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a day

2017. 10. 21

 いつも「ザ・バンド」と「愛奴」の落差をネタにする御大だが…

 ディランのドキュメンタリー"ノーディレクションホーム"によると、そもそも「ザ・バンド」がディランのバックに選ばれたのは、当時、観客の「帰れコール」がエスカレートして危険だったので、ボディガードになるような屈強なミュージシャンが必要だったからだそうだ。

 また浜田省吾によれば、拓郎と愛奴のツアー中、鹿児島での打ち上げの飲み屋で、御大が怖いお兄さんたちと喧嘩になった時、御大を守るため愛奴全員で突撃して乱闘になり全員放り投げられたそうだ(爆)

 この二つのバンドは、ともに熱いスピリットと崇高な使命において共通している…というのが私の見解だ(爆)

2017. 10. 20

♪秋でもないのにの本田路津子さんのCD-BOXが発売、どうしてこんなに悲しいんだろう、結婚しようよ、のカバーが収録されている…と教えていただいた。

 本田路津子といえば、デビュー直後の御大と一緒にNHKのオーディションを受けた仲だ。御大のカバーも聴きたいが、やはり本田路津子といえば“耳をすましてごらん”だ。そう思ってYoutubeで聴きなおしてみたら、あまりのすばらしさに泣きそうになった。こりゃあ、御大、NHK落ちるわ(爆)。
 ドラマ「藍より青く」も懐かしい。藍より青く…藍よりも青いサマルカンドブルー…って色まで変えて言うことか。大和田伸也、ハンサムだなぁと子ども心に思ったものだ。それにしても長男は伸也なのに弟はバクでいいのか、大和田家。大きなお世話か。

 また本田路津子さんは、当時、NHK少年ドラマの「わんぱく天使」のテーマも歌っていた。当時小学生に人気だった”がんばれヘンリーくん”が原作で大好きなドラマだったが、本田さんの主題歌が妙に切なくて侘しくて、子どもながら、明るいドラマに全然マッチしていないんじゃないかと思ったものだ。

…そう考えると、本田さん、”結婚しようよ” はどんなふうに歌ったんだろうか。

 

2017. 10. 19

「ラジオでナイト」のエンディングは、フォー・トップスの”Same old song”だと御大に教えて貰うまで知らなかった。恥ずかしいが、私にはどうしても石野真子の「日曜日はストレンジャー」のイントロに聴こえてしまう。
 石野真子といえば、もち「狼なんか怖くない」だが、筒美京平作曲の「日曜日はストレンジャー」と「プリティ・プリティ」あたりも心弾む名曲だ。
 また御大が真子ちゃんのデビューアルバムに書いた曲で、御大が”♪タンタンターン”と歌っているメロ先のデモテープも忘れじで、御大曰く”鼻血も出たわよの歌”=「ジーパン三銃士」、これもまた名曲。
 青春のアイドル石野真子なのだが、それは、吉田拓郎と筒美京平がとっておきの技を繰り出し合うプロレスのリングみたいたなものでもあった。御大もデビュー前の真子ちゃんを観て女子プロレスに行けばいいのにと思ったらしいし(笑)。

2017. 10. 18

 「監獄のお姫さま」。こうしてみるとあらためて豪華な女優陣だ。まるで”日本を救え!のスーパーバンド”みたいだ。あまりにもスーパーなので超個人的には、松岡茉優、ついでにこっちにも出てくれまいか。しかし、クライム・ミステリーでもあるのか、読めぬ。初めからクライマックス。ライブで言うといきなりオープニングで”人生を語らず”と”落陽”を演ってしまう構成と似ている。なんだそりゃ。とにかく、クドカン…大丈夫か…たのむぞ、小ネタ散りばめた面白いドラマに転がして、日本を救ってくれ。

 「監獄のお姫さま(プリズン・プリンセス→プリプリというらしい)」
<プリプリ第1回思いつきと感想メモ>
☆「メンタルと生き様だけが女優で演技は素人なの」
  いかにも劇団だからこそ出てくる名セリフに笑った。
☆ 姉御の和服姿。たおやかさと貫禄と美しさ。
☆ キョンキョンなのに「カヨさん」
☆ 満島絶好調の予感
☆ 吉田拓郎関係の小ネタを散りばめておくれ。

2017. 10. 17

 幻の”吉田拓郎&ザ・バンド”の会場は、東京・府中競馬場が予定されていた。

 いつも中央道を走りながら、あのあたりに近づくと、多くの人はウキウキとして♪中央フリーウェイ〜右に見える競馬場、左はビール工場〜を口ずさむ。ユーミンのようなシャレた気分になるらしい。 ウチの家人がそうである。
 しかし、私は、右に見える競馬場を観ると、ああ、拓郎&ザ・バンドがここで演るはずだったのにと残念な思いがこみあげ、左のサントリーのビール工場を観ては、プレミアム・モルツのプレミアムおやじがいつの間にか矢沢永吉に替わっていた無念さに心が砕けそうになる。

 私はそういうツマラナイ国に住んでいる。「そんなことばっか言っているオマエが一番ツマラナイ」という声が聴こえたが…空耳だろう。

 はっ、今日は「監獄のお姫様」だ。サッポロ★ドライを痛飲しながら観よう。もう売ってねぇよ。

2017. 10. 16

ラジオでナイト 第29回 2017.10.15
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

吉田拓郎です。

<奥様のロケで忙しいのなら、ロケに同行してはどうかという投書>
 「拓郎、一緒に来ればいいのに」といわれるが、小泉今日子とか管野美穂とかいるところで恥ずかしい。ロケ弁も悲しいらしい。ドラマは観ているのはいいけれど、撮影の現場で作る方は厳しい。早朝から深夜までが連日で辛い。映画RONINの撮影でわかったけれども、現場も不潔だったり、大変なんだよ。ロケ弁もえてして美味しいわけではない。
 これから冬になって手料理が恋しい。我が家では、義母の教育のおかけで家庭的な料理が多い。炊き込みごはん、肉じゃがとか。その中で、手羽大根が好きだ。でもしばらくは無理みたいだ。手羽大根を食べたいよ。

<ひとりの過ごし方 自分で募集しといて勝手にしろよとはひどいけど、慣れっこですという投書>
 確かに自分で募集としいて「何言ってんだよ」という(笑)

<つま恋2006のMC「若者どもは夢のあと」「つわものども」ではないかという投書>
本当にバカヤロー(笑)
<人生を語らず〜遅すぎることはない 早すぎる冬よりもの意味がわからない、という投書>
 (歌う)どうしてよ。こんなことがわかんないで。遅すぎることはないんだよ、早すぎる冬よりも。

<川の流れの如く「みずもに浮かぶ」は「みなも」ではないかという投書>
 起立礼…歌っている。「みずも」でいいの。そういう作家もいるし。でも確かに「みなも」かな(笑)。

<間違い探しが多いが…気にしちゃダメ。アーティストは自由という投書>
 気にしてないよ。いろんなことがあるけど。もう終わったことだしさ。確かに、俺の場合、多いよね。陽水も「極彩色(ごくさいしき)」を「ごくさいしょく」と歌っているものがあるらしい。

 いろいろあるけど、たかが歌じゃねぇか。

■タイトル
 AI で強い将棋囲碁のソフトがある。リスナーにロボットがあったら何をし欲しいか聞いてみた。

 10代 着物の着付け…着物はいいね。色めく。僕がしてあげる
   おばあちゃんになったら白髪染めしてほしい。
 20代  トレーナー…なーに(笑)
 30代  食器洗い・洗濯…おれもそう。今はわかる。
 40代  好きな音楽
 60代  小さい字を読んでほしい…10代と随分違う。

 20代男性   会社で怒られているので慰めてほしい…情けないな、しっかりしろよ。
 30代男性  風呂面倒…ちよっとだけわかる。今、奥さん忙しく。一人でネイルには行けないづら。
 40代    ロボットは怖い…「ウエストワールド」というユルプリンナー主演のロボットに襲われる映画があった。
 50代  ロト6の予想…競馬とか予想できないのかな

 最近、トム・ペティが亡くなった。トム・ペティ&ハートブレイカーズはボブ・ディランのバックで演奏したことがある。このトム・ペティ&ハートブレイカーズとザ・バンドは世界最強だと思う。
 来日した時も、ボブ・ディランというよりハート・ブレイカーズを観たかった。シンプルだけれど、いい演奏だった。エイトビートでリッケンバッカーに対応していた。

 その後、ジョージ・ハリスン、ジェフ・リン、ロイ・オービソンらと共にトラヴェリング・ウィルベリーズというグループで素敵なアルバムを何枚か出した。

 ご冥福をお祈りします

M−1 I Won't Back Down  トム・ペティ  



無人島
<ウォシュレットを持ってゆくという投書>
 無人島なんだから電源ないだろ。

<筆記用具、経験を残しておきたいという投書>
 お薬はいらないんでしょうか。糖尿の薬か血圧の薬かの話。かかりつけの医者にラジオを聴いてもらったら先生も笑ったらしい。無人島で、まさか薬に発想が行くというのが、凄い。

■ベストテイク・レコーディング
 僕がある時期青春の一ページを原宿で過ごした。ユイもあったし、そこで青春を送った。
でも、ある時から、そういう日常から引きたくなってきた。嫌気がさしてきたというか、仲間とズレてきた。原宿と別れようという思いで「ペニーレインへは行かない」を作った。原宿との青春に訣別の歌だ。ニューミュージックの連中が集まっても最初は良かったが、熱気がありすぎ、蒸し暑さ、暑苦しい。
 一人のミュージシャンとしてシンプルに生きてゆくのがいい、こういう熱気の中にいるのがいいとは思えない。熱気とはおさらばという気持ちで詞を書いた。  

 この曲のバックは不良バンド。中西康晴、エルトン永田、青山徹、島村英二。中西が、シンセサイザーを巧みに操っていて、打ち込みではない島村のシンセドラムが、世界観を作っている。青山がギターを効果音としてディストーションをきかせて歌詞と実にマッチしている。 
 そして間奏のジェイク・コンセプションの素晴らしいサックスソロ。彼はフィリピン出身で幅広く活躍していた。当時はジェイクが席捲していて聴かない日はなかった。中島みゆき、ユーミン、松田聖子、みんな彼を使っていた。最近は間奏になぜサックスを使わないんだろう。ジェイクは、80代と思うが元気でいてほしい。
 コードだけで「まかしといて」とプレイしてくれた。矢沢永吉の影響ですぐ「ビッグだね」というのが口癖だった。  

M−2 ペニーレインへは行かない  吉田拓郎


■今週のマイ・フェイバリットソング
 
 「今週のマイ・フェイバリットソング」が録音になっているけど、生で言わなくてよくなった。ホッとした。

 トム・ペティの話をしたけれど、ザ・バンド。好きだったね。松任谷正隆とよくレコーディングで「バンドいいよね」と話していた。僕がディラン、松任谷がバンドを意識していた。レコーディングにしてもアレンジにしても、バンドには憧れていた。

M−3   アイシャルビーーリリースト   ザ・バンド
 大好きだけど…シブイね。   

 1974年にザ・バンドをバックにコンサートをするという話が盛り上がった。事務所の社長がカナダに飛んで交渉したら、のってきた。夜中に社長から「もうすぐ決まる。5,6,7本のツアー。曲作れよ。」と電話で言われて興奮した。「曲も作るし、演奏したい曲もある」。しかし、その後の電話で「拓郎…ポシャっちゃったよ」。泣いた。「どうしたんだよ」「ディランがツアーをする」と言い始めた。ロビー・ロバートソンーが「ディランのオファーを断れない」ということでボシャッっちゃった。

 もし演っていたら、どうなってたんだろう。

 それでディラン&ザ・バンドの全米ツアーを観に行った。ミュージカルステーションの金子社長さんやソニーや事務所の連中とロスに観に行った。行きの飛行機で金子社長が、「家内のおにぎり食え」(笑)。あの頃は、エコノミーだったかな、窮屈で長い時間かけてロスまで行った記憶がある。

 ロスL.Aフォーラム。そこの熱気が凄かった。ディランは、直前に自動車事故でコンサートを休んでいた、実に久々のコンサートだったので、異様な盛り上がりだった。みんなで横に並んで観たが、ここでおにぎり出さないでよ、さすがにここで出したら怒るよ(笑)

 凄いコンサートだった。ザ・バンドはディランを囲むようにいる。ディランが端にいて、バンドが真ん中。それがカッコイイ。
 帰ってツアーでマネした。「愛奴」…でも愛奴とバンドは違う(笑)ドラムが浜田省吾だもんね。

 ロビー・ロバートソンがディランのギターをチューニングしにくるんだよ。ディランはチューニングできないのかな、 泉谷みたいだな(笑)

 すべてがもう夢のようで。

 あまりに素晴らしく、俺にはもったいない、早すぎたかなとも思った。

 ディランのバンドで、ザ・バンドとトム・ペティ&ハートブレイカーズ、これは良かったけど、その他のバックバンドには納得していない。映画「イージーライダー」に使われた曲。

M−4  ザ・ウエイト     ザ・バンド


■エンディング

 お相手は吉田拓郎でした。
 ハワイ。持ち上げるのが無理なら、持ち下げるのでもいい
方言 故郷 広島でも始まったらしいな。いいたいことはたくさんある。広島市民球場。王さんのホームランで立ち上がったら叩かれた。広島は怖いところだな。

 さて来週は選挙でお休み。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆最初に言っておきたい。「国難」で解散・総選挙するそうだが、おかげで来週はラジオが飛ぶ、こっちは「拓難」である。

☆「字が違う」「読み方が違う」のコーナーは確かにもういい。御大のMCなんて、もともといい加減なんだし(笑)
 ただ、意味があるとすれば、普段は話題にも意識にも上らない「川の流れの如く」なんて曲を御大にリマインドさせるという効果は大きいかもしれない。
 「みずも」でなく「みなも」だから♪今は黙って水面(みなも)に浮かべ…という「流れる」まで記憶換気してくれればいいのに。確かに、たかが唄だ。「RONIN」も「川の流れのごとく」も「君の街に行くよ」も次のライブで唄ってしまえばいいことだ(爆)。ワーオ。
☆トム・ペティを悼む御大。図らずも、何日か前のadayで知りたかった、トム・ペティの解題を伺う事ができた。ボブ・ディランのバックとして、「ザ・バンド」と「トム・ペティ&ハートブレイカーズ」は、双璧・世界最強と言う言葉が聴けたことが嬉しい。

☆ 「ザ・バンド」との幻の競演。いつも思うのは、「後藤由多加」って凄いよな。だって、28歳くらいの若造が、アメリカ行って「ザ・バンド」と契約交渉して成立寸前まで行くんですぜ。なんという度胸と才覚と情熱。みんなもっともっと誉めよ、讃えよ。

☆ そして思うのは、御大のみならず残念だったなという無念の思いだ。本当に実現していたらどうなっていたんだろう。時期的にたぶん「ペニーレインでバーボン」「人生を語らず」「暮らし」「僕の唄はサヨナラだけ」とかをバンドと演奏することになったのだろうか。夢想は尽きない。

☆Shangri-laや「あの娘を待っている街角」の時の御大の喜びは、そういう歴史と文脈のうえにあることを考えないとわからない。いや、意識してもしょせん御大の気持ちなのでわからないが(爆)

☆ ただ、私は、それをとおりこして、今も「ザ・バンド」と「トム・ペティ&ハートブレイカーズ」という二大バンドへの超絶熱い気持ちをここまで語る御大がもうたまらなく大好きである。トム・ペティやバンドが何者かに関係なく、ここまで力強いオーラを聞き手に向って送りながら語る御大にしびれるのだ。

☆ 同じバンドへの敬愛で語られた「ペニーレインへは行かない」。私は間違いなく蒸し暑いファンの一人だ。あの時、御大に置いていかれた側である。御大はもちろん誰も私のことなんか知らないが(笑)。そういう鬱屈した思いがあって、この曲を音楽的にきちんと聴き込んでいなかった気がする。

☆  なので、この解題は嬉しい。そうか不良バンドの本領発揮か。何回も聴き直してしまった。特に、ジェイクの間奏のすばらしさ…御意。 「ローリング30」や79年のツアーはジェイクのサックスと不即不離の関係にある。

 「英雄」の扇情的なすんばらしいサックス、そして暗い海のような情景を湛えた切ない「冷たい雨が降っている」の間奏、砲撃・爆発のようなライブの「されど私の人生は」、 そして、今でも聴くたびに泣きそうになるのは79年ライブの「もうすぐ帰るよ」のリリカルで歌うような間奏。もうたまらん。 
 そして、79年から10年以上の歳月を経て、流れてきた「しのび逢い」の繊細な前奏。

 最近お姿を見たのは、もう随分前だ。ベーシストいかりや長介さんと競演するCMだった。あれも超絶カッコ良かったな。 ジェイクさん、いつまでもお元気でいてくださいと私も言いたい。

2017. 10. 15

 LIVE2016のDVDを観る。いい。いろいろ文句もあったがやっぱりいい。よくできた映画のような構成とかいいところがたくさんあるが、やっばり70歳の吉田拓郎のカッコ良さだ。自然の摂理に逆らうような無理がなく、かといって熟練、熟達というような人為的なものでもなく、あくまで自然に美しい姿と声とオーラ。そういう70歳を目の前に得た私たちの幸せ。

 どうしたってライブの会場の空気というかにおいを思い出す。古館のいうピンク映画館のにおいなどでは断じてない、もっと聖なるものだ。ラグビー選手がラグビー場の土や芝のかおりを思うようなそういうものだ。一年か。ああ、そろそろ待ち遠しいレベルが上がってきた。

2017. 10. 14

 名著「君たちはどう生きるか」が最近、漫画になったらしい。どんな形であれ青少年に是非読んでほしい。「君たちはどう生きるか」⇔「僕達はそうやって生きてきた」…なんかタイトルが呼応していて嬉しい(爆)。「僕達はそうやって生きてきた」年齢になっても、この本には新しい発見と感動がある。

「だからねぇコペル君、肝心なことは、いつまでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えてゆくことだと思う。君が何かしみじみと感じたり、心のそこから思ったりしたことを、少しもゴマ化してはいけない。そうして、どういう場合に、どういうことについて、どんな感じを受けたか、それをよく考えてみるのだ。」

 そうやって吉田拓郎を聴く。僕はそうやって生きてゆく。コペル君、君はそう思わないかしら。

2017. 10. 13

 秋だ。「ミノルホドコウベヲタレルイナホカナ」ツアーを思い出す。「夏と君と冷やしたぬき」というツアーもあった。よく考えているのか、あるいはテキトーなのかよくわからないタイトルたちだが、今になると愛しいものだ。
 最近のように、LIVE2012,2014,2016と年号そのままだと、ライブの内容が想起しにくい。一応、個人的には「エマニエル」「どっちがどうなのよ」「WooBaby」と呼んでいるが、詩情もなにもない。やはりツアータイトルは欲しいな。

2017. 10. 11

  吉野家の牛丼には少年の頃からトテモお世話になってきた。

 ちょっと前に久々に入って「並」と注文したら、「牛丼の並みでよろしいですね」と確認された。なんだそりゃ。「並」といったら「牛丼」に決まっとる。
  しかし、確かに豚丼、牛すき焼き丼、サラシア牛丼・・・豊富な各種定食まである。昔は「牛丼」と「牛皿」しかなかったのに。

 …面白くない。

 例えば「落陽」をリスクエストしたら「吉田拓郎、山田パンダ、竹原ピストル…どれになさいますか?」と聞かれて不愉快にならないファンはいまい。「あ、それとも藤井フミヤの落陽ですか?」などと聞かれた日にゃ、怒らないファンはいまい。あ、それとは話が違うか。いや同じようなもんだ。

 多くのミュージシャンが音楽だけではなく、役者や映画監督や評論家やコメンテーターやタレントにと多彩に活動している。だいたいどれも今ひとつである(爆)※個人の意見です。
 しかし、吉野家は「牛丼ひとすじ」であり、吉田拓郎は「音楽ひとすじ」だからこそ偉大であり美しいのだ。吉野家よ、苦労は多かろうが原点のひとすじに還ってくれ、そして御大よこのまま音楽ひとすじの道をどこまでも行ってくれ。

…なぜ牛丼屋でここまで熱くならにゃならんのかは別にして。

2017. 10. 10

☆ エルトン永田さんの誕生日だ。おめでとうございます。豊かなる一日の"サマータイムブルース"の間奏を涙ぐんで聴く。何度聴いても、間奏だけで一篇の作品のようにドラマチックだ。

☆ 全然関係ないけれど「ジャージーボーイズ」観てクリストファー・ウォーケンと松重豊って似てるなと思った。心の底からどうでもいいことだが。

2017. 10. 9

ラジオでナイト 第27回 2017.10.8
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 吉田拓郎です。おうちに、一人でいる生活。奥さんはドラマの仕事で、朝は4時から深夜まで、ドラマ関係者は大変だ。ドラマは観ているのは楽だけど一本作るだけでも大変なことだ。そういうわけで一人の時間が多いので、音楽聞いたり、録りための映画を早送りで、スーザン・サランドンとジュリアン・ムーアは苦手だが、よく出ている。将棋番組も観る。

そういう一人の寂しさもあめわけで、時間のつぶし方のアンケートがある。

 20代女性  「Siri に話しかける」「手あたり次第ライン」
 …ダメだね。
 20男性「youtube投稿動画の案を練る」
 …なーにが
 30代女性「ヨガ・ストレッチしながらビデオ観る」
 …なーにが
 40代女性 「アイドルのDVD等」
 …なーにが
 40代男性  「酒のつまみをつくる」「プラモデル」
 …なーにが
 60代男性「パズル等脳トレ」
 …なーにが
 60女性「犬ペット」
 …なーにが

 他にないのかよ  全体的に、若い人はスマホやネット、年寄りになるとテレビとかかな・・・どうでもいいか。  

■タイトル
 無人島にひとつ持ってゆくもの
<旦那ではない、別れたあの人という投書>
…なーにが

<旦那を持っていく、矢じりになる石を見つけたり、火も起こせる、木も登れて家も作れるし、海で 獲物も採れる、外科の治療もできるという投書>
旦那が必要なんだな。その旦那に逢いたいな。

<通信手段を持っていきたいという投書>
姿勢を正して。

<吉田拓郎さん連れて行きたい中三受験生、 拓郎さんはギターを持ってきてくださいという投書>
 ギターは持っていきません。行く気はないけど楽器は持って行かないよ。「無線機」はわかる。いいなぁ。

<血圧と糖尿の薬で悩んでいるのでどちらにしようか迷っているという投書>
 ふははははははははは (大笑い)
 これは切実だね。おまえは両方もってゆけ。おまえだけはは許すぞ。

 ハワイの企画。
<殺到するので論文選考、「吉田拓郎の多大なる影響」で審査すべきという投書>
 確かに論文はいいな、でも70年代の弾き語りがイイという頑固爺のは読みたくない

<サインと握手とエステという投書>
 実にシンプルな企画。そういうのは、俺じゃなくて、南こうせつでいいんじゃない。

<ハワイでモヒート奢りますという投書>

 モヒートはマイアミだよ。ヘミングウェイで有名  ハワイはチチとマイタイ
チチはココナッツミルクとラム酒…わかんない。

<娘がハワイで挙式 一緒にという投書>
 本当に勝手な奴だな。そうはイカのあし。

 ハワイは、実現に向って着々と進んでいる。前回のハワイ実現しなかった富山も行けるといいですねと言っていた。

M−1 スリープウォーク  サント&ジョニー


■ラジオでナイトクラブ
 方言

<名古屋、「あらすか」…こんなアラスカみたいに寒い場所あらすか‥という投書>
<名古屋、机を移動する…つる  広島…をさげる、香川…かくという投書>
 さっぱりわからない。

<福岡の田川 語尾に「き」をつける、「行ってくるき」 「すき焼きがすきやき」という投書>
昔、田川出身の陽水とパンダ、どっちが都会人か言い争っていて可笑しかった。

「モーリス」…あったなぁ
<長崎 三つの文字  とっとっと という投書>
とっとっと? とっとっと

<秋田 ひともじ「け」「く」「め」という投書>
 食べて「け」、いただきます「く」、おいしい「め」
 寒いのでなるべく口を開けないで会話するのはホントらしい。

■ベストテイク

 ライブ73。 ソニーに移籍した直後のアルバム。それまではエレックにいて、フォークブームの中でギター一本で演奏することが多く、バンドも十分な形ではなかった。
 移籍後、それまでにたまったストレスか一気にライブ73で爆発した。ライブ73は、もはやフォークソングではない。50、60のリズム&ブルースに、ブラスセクションまで配した。一日目は、満足いく出来ではなかった。その夜、瀬尾一三と村岡健と打ち合わせをして修正して、満足なリハーサルもできなかったが、二日はベストなステージが出来た。ライブ盤は殆ど二日目。
 73年だからミュージシャンも芽生えの頃、すさまじく手馴れている時代ではないし、大編成も珍しかった。ドラム田中清司。すばらしい ベース岡沢章、この時代にこんなベースがあったのか。エレキは、高中正義だし、オルガンは、松任谷正隆、ブラスは、村岡健で、ストリングスにコーラスもつけていた。
 この大編成でシャウトして歌う感じ。これのどこがフォークなんだろう。そういう枠に入っていないと思う。

 田中、岡沢、高中は今でも聴くという…ミュージシャンも絶賛するアルバム。 
 73年にこんな演奏ができているのか。
 ブレイクしまくっている、爆発している演奏。

M―2 君が好き   吉田拓郎

 もう爆発してるね。  ドラムとベースのかけあい、アンサンブル。 ミュージシャンのエネルギーが凄い。

 このテープをスタジオに持っていてトラックダウン の時、普通は楽器などの音の上げ下げをするんだけど、「これいじるのやめない」という空気になった。このまんまエネルギーを出そうとしたライブ73でした。


■今週のマイ・フェイバリットソング
 今週は、キャロル・キング。ジェームス・テーラーとイメージだぶる。60年代後半から活躍が目立ちアルバム「つづれおり」で有名なシンガーソングライター。しかし、その前にも名楽曲を他の歌手に提供していた。メロディーが当時の5,60年代の典型的なコード進行 C- Am- G 7。これをひねって転調させるところが好きだった。
 
M−3 One Fine Day  シフォンズ   …好きだったなこの曲
M−4  Go Away Little Girl Steve Lawrence

M−5 ロコモーション   リトル・エヴァ     …伊東ゆかりが歌っていた。

 こんなふうに既にヒット曲を既に作っていた。リトル・エヴァは、キャロルキングのベビーシッターだったらしい。
 ニールセダカは、「おおキャロル」 キャロル・キングと恋仲だったという噂。ニールセダカ (カレンダーガールを歌う)。

M−6  おおキャロル  ニールセダカ

 ビッグスター同志。おおキャロルに呼応して「おおニール」を作ったという噂がある。
 俺が中島みゆき、ユーミンを歌にするとこうなるのか(笑)

M−7 きみのともだち キャロル・キング 


■エンディング
 ハワイで歌わないと言ったら、奥様は「あなた50歳の誕生日で歌ってたわよ」と。
 方言、ふるさと、無人島…募集。

お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

 キャロル・キングも素晴らしかったが今日はとにかく一点集中。ライブ73である。御大の解説は、いちいちごもっともである。もう超絶すんばらしい。それは、拓郎ファンすべての共通の思いだろう。

 このライブ73は、「フォークじゃないことの証明」なんてことは、もう当ったりめぇよ。そんな小さな意味にとどまらない。ライブ73の威力は、そういうフォークに対する反証の具としではなく、これが音楽世界の最高峰のひとつであることを積極的に証明する証拠として用いるべきだ。
 自分の思いは、以下uramadoの「君が好き」で書いた通りだ。

 http://tylife.jp/uramado/kimigasuki.html

「 名盤「よしただくろうライブ73」に初めて針を落とし、この作品のイントロでビッグバンド全開の一撃を受けた時はびっくらこいたものだ。まるで黒船がいきなり大砲を撃ってきたかのような衝撃だった。フォークじゃないじゃん。吉田拓郎は、かねてから管弦を入れたビッグバンドの演奏で歌うことを夢見ていたという。その夢がかなった総勢約30名に及ぶビッグバンド。そのパワー全開のぶ厚いロックンロール。その激しい演奏とせめぎあうような拓郎のシャウト。 素晴らしい。ああ、もう賞とか勲章と殿堂入りとかなんでもいいから授与しろよ。
 うねるようなギターを弾く高中正義、松任谷正隆は二十歳そこそこ、拓郎も瀬尾一三もそしてこのコンサートを企画・製作したユイの後藤由多加らスタッフもみんな二十代の半ばだった。そんな若者たちが、よくこんな音を実現させ、また残せたものだ。間違いなく音楽の神様が、演奏させ残した音なのだと思う。」

 と私ごときが偉そうに書いているが、このライブ73のライブとアルバムについては、もっともっと熱い思いを持たれ、深い音楽的分析・考察をなされている方々がたくさんいらっしゃる。それほどに、ファンそれぞれの胸の中にあるライブ73の大きさは計り知れないものがあろう。

 これはもはや文化財のレベルである。

 しかし、そういうファンの高い評価をよそに、日本の音楽史で、このアルバムは賞や栄誉や殿堂はおろか、一般的に評価されたり語られたりすることは殆どない。そういうツマラナイ国に私たちは住んでいる。拓郎ファンは、きっと日々とても生きづらいはずだ。>おまえが決めるな。

 よくある「JPOPを作ったアルバム○○」「ニューミュージック名盤ベスト○○」とか夥しい評論本や記事が入れ代わり立ち代わり出ているが、どこにもライブ73は、取り上げられていない。
 そして必ずその手の歴史本、評論には、うやうやしくNo1アルバムとして「はっぴいえんど」が祭り上げられている。「はっぴいえんど」。あんな低体温の寝言みたいな音楽が、日本の音楽革命だなんてほんとかよ。このライブ73を理解せずスルーして、意味がわかんねぇ。
 偉大なミュージシャンで組成されていたから、彼らへの「忖度」で音楽界が動いているだけではないかと私は思う。それはいいから、音楽の神様に懺悔して、このアルバムもをちゃんと刮目して観ろ、いや聴け…か。

 とにかく、レコード化されなかった「ともだち」「子供に」「襟裳岬」「金曜日の朝」など珠玉のアウトテイクを参集させて、このライブのコンプリート盤を是非是非出してほしい。初日もあわせて是非。豪華BOXにして、貴重な未発表写真や関係者の証言を集めたブックレットもつけよう。

 せめてこの偉大なる作品を現代にリマインドさせ、そして後世の人々に投げかけようではないか。年齢にして吉田拓郎27、瀬尾26、松任谷正隆22、高中正義20、田中清司25、岡沢章22、石川鷹彦30、後藤由多加24、恐るべき若造たちの偉業を歴史はきっと見逃さないはずだ。







2017. 10. 8

 映画「ジャージーボーイズ」を観た。ついつい、続けて3回観た。御大に手紙を書きたくなった。番組にメールとかいうのでなく御大に…いらないだろうけどさ(爆)。それにしてもクリントイーストウッド、これを作った時は、84歳なんだね。なんでこんなに軽やかな映画が作れるんだろうか。歌って、ゆれて、泣いて、アナと雪の女王みたいだった。それはちょっと違うか。こういう芸術の感性に、歳は関係ないのか、あるいはこれが熟練の技というものなのだろうか。本当に、クリントイーストウッドっていいでしょう。これから年齢を重ねてゆく御大の活動までもが楽しみになってくるような一作だった。

2017. 10. 7

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 昔、中山ラビさんがMCで教えてくれた。

「フォークシンガー」という品種の「バラ」(上)と「ロックンロール」という品種の「バラ」(下)があるらしい。

 いかにもという感じの好対称だ。

 フォークかロックかなんて関係なく、御大ご本人は「ハイビスカス」というところがなにかとても象徴的だ。君は薔薇より・・・って、これはイケナイ人の歌だった(爆)

2017. 10. 6

 ノーベル文学賞というと昨年のボブ・ディラン→LIVE2016→御大の「風に吹かれて」というループが回り始める。村上春樹はまたもや残念だったとニュースになるが、ご本人は迷惑だと言っているし「身銭を切って本を読んでくれる良き読者に比べれば賞など何の意味もない」と語る。マスコミは別にして、ただ毎年静かにひたすら待つハルキストと言われる方々を観ると、自分も良き聴き手でいようと殊勝な気持ちになる。

 

2017. 10. 5

 ここのところ日々ニュースを観ていると、それこそ”腹を立てたり怒ったり”したくなるが、もはや、自分は若者ではなく、こんな世の中を作り上げてしまった大人の側だ。かといって何かをするワケではなく、やましさやウシロメタさに思い切りさいなまれる。

…しかし、さすが御大、こんな忸怩たる気分にも対応した作品たちも用意してくれている。

 @晩餐   (作詞 岡本おさみ)
 A白い部屋 (作詞 松本隆)
 B憂鬱な夜の殺し方 (作詞 森雪之丞)
 C裏窓   (作詞 石原信一)

 特にABCの「ベッドでニュースを聞かないでシリーズ」>なんだそりゃ…こんな艶っぽい状況は自分には無縁だが、それでも悲しいくらい胸に迫る名曲たちである。
 こんな心象をこんなふうに多彩に歌い上げられるところに御大の魅力の一端があろうというものだ。やはり御大は天才だ。
…こういう結論でいいのか。いいじゃないか清水健太郎。いみふ。

2017. 10. 4

 トム・ペティが亡くなった。まだ66歳だったのか。ボブ・ディランの2回目の来日公演は、トム・ペティとハートブレイカーズがバックだった。
 ディランの初来日公演にはなぜか頑に行かなかった御大。ラジオで小室等さんから「今回も行かないの?」と聞かれた御大は「行くよ!だってトム・ペティと演るんだぜ」とひたすら熱かった。まるでディランよりもトム・ペティを観に行くようだった。
 これが最初で最後の来日だったようだ。ご冥福をお祈りします。できれば、御大にとってのトム・ペティとは何だったのか解題してほしい。

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          "BOB DYLAN ALLE SONGS"より

2017. 10. 3

 30代のファンの方が、打ち込みを評価し「車を降りた瞬間から」「約束」を絶賛したのは胸に響いた。リアルタイムのしがらみなく音楽として聴くとそうなのか。面白い。面白いと同時に、なんとなくポンコツ化しつつある自分を感じるのであった。

 ちょうど最近読んだ本の一節を思い出した。

「カスタマイズには終わりがあってはならないのです。でなければ私たちはカスタマイズに縛られてしまいます、我々は常に更新しています。私もあなたも常にあらたまりつつある。自分が変化してゆく以上、自分が乗る自転車も変化してゆくべきです。変化して更新された自分にあわせて自転車もあらためる。これが正しいカスタマイズです。」
(吉田篤弘「小さな男、静かな声」p.296)

 御大がひとりで語り、ベストテイクや音楽を解題し、さまざまな音楽世界を語る。これは、過去の集大成や思い出とかではなく、永遠に変わりゆくためのカスタマイズではないのかと思った。それは聴いているこちらにとっても同じことだ。

2017. 10. 2

ラジオでナイト 第27回 2017.10.1
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 吉田拓郎でござんす。ニッポン放送内でのアンケート。女性が男性におっさん、おじさんを感じるとき。

20代の女性。 <メールラインで絵文字使う人>
 俺も武部・鳥山へのメールでは、音楽的な話なので、絵文字は入れないが、奥さんにはハートやニッコリをつけたりする。

<「今朝も10キロ走った」「今度東京マラソン出るんだよ」 聴いてもいないのにランニングをアピールする>

30代の女性。  

<コピー機、新しい機器の前でうろたえている人>

 オレも笑えない。電車乗れないだろうな。昔は、横須賀線乗ったけど、今は乗れない

<酔っぱらうと顔を寄せて至近距離に来る人>

40代の女性  <派手な時計とセカンドバックとバブルの抜けない人>
 臭い人はカッコつけてもおじさん。タバコとかポマード臭。

<ランチの後、歯の間につまっている人>
 はさかりがちな野菜。炒めたほうれん草、小松菜、春菊とかがあるね。
・・・「はさかる」っていうのかな。RONIN以来、ノイローゼだよ。

50代の女性  <シャツインする人>。  ベルトにおなかが乗っている人かな。
 クリントイーストウッドはシャツインしているけどいつまでもカッコイイ。

<自分のオヤジキャグで笑っている>  それはオレか。

■タイトル

<気になっていること「ローリング30」の「君の街に行くよ」で「身を粉にして」は、「こな」ではなく「こ」にしてという投書、複数>
 そっとしておけよ。「君の街に行くよ」は松本隆。漢字で「粉」とあるのを「こな」と歌ってあげたの。71歳今日の今日まで気づかなかった。(「君の街に行くよ」該当部分、歌う)
すみません。世の歌手は間違いないのかね。他の人もいると思う。このシリーズが続くのか。

<「我が身可愛く」嘴青く、嘴は黄色いだろという投書>
 いいだろ、オレの生き方は俺の自由だよ。これでは戦いの場だ。いいだろ、嘴青くで。くちばしが黄色い…それぐらい知ってるよ(笑)

<「赤い燈台」は「しれとちょう」は、「しりとちょう」という投書>
 調べると、駅は「しれと」、町は「しりと」らしい。そんなことするなよ(怒)そもそも岡本おさみさんのふりがなで最初に歌った、小柳ルミ子のせい。

M−1  赤い燈台  小柳ルミ子

 毎週メールハガキで元気になれる。御礼申し上げる。深夜放送でやっているけど、
このごろ楽しみになってきた。雰囲気を読んでくれる。

<6つの顔というが、ファンに逢ってしまった時の顔があるという投書>
 オレは、つくり笑顔するからな。<出版社のパーティでファンですと声をかけたら、たぶん「気軽に声かけんな、坊主、今飲んでんだ」と怒られると予想していたら、 敬語でていねいに話してくれ、最後には「ありがとうございます、またライブにお越しください」とまで言われて感激したという投書>
 なにせ僕は昔からお茶をやっていますから。ジェントルマンな顔というのがありました。

<30代のファン「車を降りた瞬間」バリバリ打ち込み嬉しかった。おじさんおばさんの好きなアコースティックとかと違って打ち込みもいい、「約束」とかも好き、フェスに来て歌ってくれという投書>
嬉しかった。日本独自のフォークソングを好きな人々は、打ち込みと聞くだけで拒絶してしまう。ピコピコサウンドを想像するけど違う。今、コンピュータは必須だよ。プロトゥールスの時代。
 昔だったら、歌がアイドルうまくなかったので、8から10チャンネルくらいでツギハギしていた。今はプロトゥールスで、音程はすぐ治せる。長短も調整できる。そう考えると
歌のうまさとかってよくわかんない。
 写真なんかも修整が簡単で信用できない、コンピューターは、音楽とも深い関係。コンピュータだからダメというのは、はあまりに音楽をバカにしている(爆)。「車を降りた瞬間から」は、こういう打ち込みでやった曲で自分でもいいアレンジができた自信作。こういうものもベストテイクとして流してゆきたい。これからもレコーディングやステージでも打ち込みを使っていきたいと思っている。

■今週のベストテイク

 今日のベストテイク。これリズムセクションは打ち込み。ドスンという重低音な感じを希望した。ギタリストの小倉君が、デモどおりやってくれ、ベースも僕がやりますよとやってくれた。ギタリストはベースも弾ける。鳥山もベースはうまい。
 跳ねないレゲエの感じで、小倉君がギターを三重に重ねてくれた。間奏は、違うギタリストがいいかなという感じで、高見澤に頼んだ

 当時T×2ショウというテレビを二人でやっていた。ゲストに女子メダリスト中尾美樹さんが来たとき仲宗根美樹 と言ってしまった (「川は流れる」を歌う)。 
当時ゲストによく出ていた「フォルダー5」。そのメンバーの満島ひかりが大女優になったので、高見澤にメールしたら、「ああ、うらしまひかりですね」と返事が来た(笑)
 この曲の時も闘牛をして骨折して包帯だらけでスタジオに来た。弾いてもらったけど  大したフレーズは弾けない。高見澤は自分でブログレッシブなギターというけど、俺は認めないが・・・幸いにして(笑)高見澤らしくないギターになった。こんなギターなら誰でも弾けるわという感じもするが。エンディングに高見澤らしくトレモロが馬のいななきのように出てくる。ちんぷんかんな人(笑)

M-2 夜が来た  吉田拓郎

これはいいな  ♪ヨールレイホー  ステップを踏みながら次のステージで絶対やろうかな。

■今週のマイ・フェイバリットソング

素朴な疑問  「今週のマイ・フェイバリットソング」は生なのに、「ベストテイク」は生じゃない。どうして違うのか(笑)。

 フォーシーズンズ。大好きだった。Big girl don’t cry 恋はやせがまんは。5週連続ビルボードの大ヒットだった。日本語のタイトルはどうかと思う。
M−3 Big girl don’t cry 恋はやせがまん 
M−4 Walk like a man 恋のハリキリボーイ

クリントイーストウッドの映画「ジャージーボーイズ」には感動した。音楽好きな人はぜひ観てほしい。

 天性の裏声というボーカルのフランキー・バリ のファルセットが時代を引っ張っていたビートルズが出てくる前は、フォーシーズンズで決まりだった。
「ジャージーボーイズ」で描かれたバンドの確執。バンドは必ずごたごたがある。それで多くは解散してしまう。自分のアマチュア時代の経験では、酒と女とパチンコのもめごとが多かった。 どこのパチンコ屋がでるかでもめる(笑)
映画は是非観てほしい

「シェリー」は、日本で九重佑美子が、ダニー池田とニューパラダイスとカバーした。 低音の「Why don’t you come out」 を「さぁ出ておいで」と訳していたのを聴いて倒れた

M−5  シェリー  フォーシーズンズ


■エンディング

お別れの時間ですが、ハワイの企画は続いている
ハワイ旅行へどう持ち上げるか

故郷、無人島、募集。

お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆RONINの「あがらい」は、「あらがい」「あがない」か、意味がわからなかったから気になったが、あとはいいじゃないか(笑)。
☆でもおかげで「赤い燈台」が聴けたのは嬉しかったなぁ。いい作品だよねぇ。「蛍の河」とともに超絶名曲だ。また小柳ルミ子さんの歌唱がすんばらしい。小柳ルミ子さん、サッカーもいいけれど、この二曲をなんとかしてくれ。

☆可愛がられるおじさんというのは、御大はじめごく少数の選ばれた人々であり、私を含めた大多数のおじさんは、世間から基本的に鬱陶しいものと取り扱われる運命にある。だからこそせめて御大は素敵でいてほしいのだ。

☆「打ち込み」には、自分も拒絶反応が強かった。なので御大に怒られているような気分でラジオを聞いた。すまなかったな。断じて音楽をバカにしてはいないが、常に誤読を繰り返しながらゆくのが自分の歩みである。
 しかし、アルバム「俺が愛した馬鹿」の水が一滴もでない砂漠ような「風になりたい」、アルバム「マッチベター」の「いくつもの夜が」などは、となりの席で小学生がゲームをやっているようなピコピコ音が、どうしてもダメだ。
 ただ、そこが御大の凄いところで「ひまわり」の一部と「176.5」の全部については、打ち込みの進化と熟達が示される。その成果物としての「車を降りた瞬間から」だと思う。ああ何日か前に書いたけど「しのび逢い」も、絶品だよ。

☆同時代やリアルタイムのしがらみのない30代の若者は、そういうふうに「打ち込み」を両手広げて迎え、聴くのか。「車を降りた瞬間から」は、さすがに全世代的名曲だが、「約束」をチョイスするあたりが、とても感慨深かった。若い世代の聴き感じる吉田拓郎というものにも興味が湧いてくる。若者はどんなふうに吉田拓郎を聴き、伝えていくのだろうか。

☆ライブの打ち込みが不可欠なこともわかる。しかし、レコーディングとライブは少し違うのではないかとの思いを拭い去れない。細かなところで打ち込みのアシストがあるのは当然にしても、例えば大切なキーメロが打ち込みというのは、不明な自分にはよくわからないんだよ。キーボードや管のミュージシャンを補員すればいいのではないか。どうしても大切な部分が打ち込みになるなら、ワタシが弾いていますって感じで人工ロボットのペッパーくんあたりをステージに座らせておいてくれ(爆)。

☆同じく「夜が来た」。このヨーデルの意味がわからず個人的にはトホホソングであった。http://tylife.jp/uramado/yorugakita.html
でも、昨日、サラリとヨールレイホーを弾き語ってくれたが、あーら不思議、ちょっとカッコイイじゃん。ライブで思い切り説得してほしい。もし凄く良かったったら、お詫びに、みんなでハイジと爺さんとペーターとロッテンマイヤーさんのコスプレで駆けつけて一緒にステップを踏もう。みんな…って誰だよ。

2017. 10. 1

教えていただいたBSプレミアム TOKYOディープ!「マイペースで行こう!国分寺」。おお、明日(10月2日)午後7時だ。”ほんやら洞”の中山ラビさんに篠原ともえ突撃か。御大の話は出るのだろうか。二人でぶっちゃけトーク”吉田拓郎”をしたら超絶面白い番組になると思うのだが。ともかくラビさんとシノラーのサシの2ショット。以前観た吉田類の酒場放浪記の時とはまた違い胸がさわぐ(爆)。ま、みんな広く言えば人類ならぬ”吉田”類ではあるが。なんだそりゃ。

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2017. 9. 30

 私事だが…って、ココに書いてあることは全部どうでもいい私事だ(笑)。
 仕事の先輩で、兄弟子ともいうべき方が10年前に病気で亡くなった。変人だったけどトテモ頭がキレて、どこかペーソスがあって、自分なんかにも優しくしてくれた方だった。
 昨日、高校の同窓会の仕事をしていたら、偶然にもその方が同じ高校の先輩だと知って驚いた。下町の片隅の名も無き小さな高校である。そこの同窓だったとは。知っていたらもっともっといろんな話ができたろうに。世の中は狭い。狭いくせに大事なところでズレる。思い通りにいかないものだ。

 帰りの電車、御大の「しのび逢い」がi-podから流れてきた。まったく関係ない唄だけれど、その方の顔や場面が次々浮かんできてやばかった。あまりにやばいのでエンドレスで聴いてしまった。この美しくも切なく長いイントロのすばらしさ、繊細に流れてゆく御大の唄声のやさしさ、心の琴線に触れまくる。さすが御大。…とどのつまり、ただの電車の中の酔っぱらいなのだが。

2017. 9. 29

 「車を降りた瞬間から」にひっぱられて久々にアルバムとして「176.5」を聴く。このアルバムは発売当時から大好きだった。胸にしみる作品たちだけれど、どこか都会的でシャレオツな空気がまた嬉しい。祭りのあとは恩田三姉妹の素敵なCMを思い出すし、落陽は、野村宏伸のしょーもないドラマが浮かんでくる(爆)。
 何度聴いても名盤の176.5だけれど、何度観てもこのジャケットはヒドイ。「え、気分でも悪いんですか、拓郎さん」と言いたくなる。なんでこんな写真使うかね。奥ゆかしい御大だから、あまりジャケット写真にまで口出ししないのかもしれないが、いくつになろうと吉田拓郎は、ビジュアル系アイドルである…そのことを忘れちゃいないか、制作サイド。

2017. 9. 28

魑魅魍魎が入り乱れてワケがわからない。しかし、国難だろうが希望だろうが、削り渡せない個人の尊厳がある。"焼け尽きた都市から"聴こえるものに耳を澄ませたい。ただでさえ少ない子どもと若者。「一人も死なんように思案するのがアンタの役目だろうが」というRONINの武田鉄矢のセリフを思い出す。アンタとはアイツらだけでなく、自分も含まれているわけで。

2017. 9. 27

☆故郷か。1986年「サマルカンドブルー」のプロモーションで、日曜の夜の落合恵子のラジオに御大がゲストに来たことがあった。落合恵子の社会派トーンの番組だったが、拓郎が来ると、すっかりレモンちゃんになってしまって嬉しそうだった。御大は、そのレモンちゃんにせがまれて「旅の宿」を弾き語ると「最近、田舎もいいなと思うんだよ。親とは暮らせないけど、兄弟とは暮らせるかな、帰っても良いな、って最近考えるんだよ」としみじみと語っていた。ご隠居様の発言のようだが、それはそれで鎧を脱いだ素敵な拓郎の姿に思えたものだ。

☆御大もチラっと言っていたが、東京人に故郷がないと言われる。しかし、東京生まれの端くれとしては、東京にだって昔からの地縁や人々の情の深い絆はある。大切な田舎であり故郷なのだ。全国からあまりにたくさんの人がやってくるので希薄化してしまっているだけだ。

2017. 9. 26

 今日でLIVE2016初日市川から1年ですぜ。毎週のラジオのおかげで穏やかな気持ちでいられるが、やはり次のLIVEが待ち遠しい。

 ちなみに今までの「最長公演間隔」は、2009年7月のHave a nicedayから2012年10月のLIVE2012までの3年3か月間だ。長い年月のことを故事の喩で「三年三月」と言うが、昔の人はこのことを予想してたんだな…してねぇよ。フォーライフの社長業で忙しかった時代も85年つま恋後の休業時代もこの三年三月には遠く及ばない。
 自分も含め皆さんよく頑張ったよなと心の底から思う(爆)。なので御大、待つ身の辛さがわかるからと急ぎ過ぎず、でも記録更新だけは気をつけて、最高のLIVEを待っているぜ。

 えっと曲ですね。森昌子さんで「あなたを待って三年三月」>読んでないだろうけど田家さんすみません。

 あ、でも、これ凄くいい歌詞だ(涙)、阿久悠さんは凄いな。御大、長くなりそうだったらみんなで迎えにいきます。

2017. 9. 25

ラジオでナイト 第26回 2017.9.24
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 吉田拓郎です。

<いつも疑問だが、ラジオでナイトの意味を教えてくれという投書>
 ラジオでナイトという意味よ(笑)ラジオのnightと「ラジオじゃなきゃ」をかけている。こういう吉田拓郎は、ラジオでないと味わえない

 吉田拓郎には4つの顔がある。

「ラジオの顔」:明るく多弁っていってもたくさんのウンコじゃないよ(笑)、アドリブの多い、自由人。

「テレビの顔」要所では語るが基本はシャイシャイボーイ。テレビカメラが凄い苦手。赤いランプが点灯すると固くなってしまう。

「ステージの顔」 音楽に集中する。客席など殆ど見ないし、目に入らない。音に夢中というか魅入られている。他の事がわからず音楽に没頭している。

「家庭での吉田拓郎」  ここが問題(笑)  家庭では非常に優しく、腰の低い、聞き分けの良い男。

 この4つの顔の他に
「レコーディングの吉田拓郎」やや頑固、譲らない、妥協しない。

「日常の外面」 お店や買い物に行ったとき、非常に穏便で物分かりがよく、協調性豊かでつきあいがいい。

 こういう6つの顔を持った吉田拓郎である。

■タイトル

6つの顔があって疲れる。ラジオのままの吉田拓郎を期待してステージに来るとそこではまた違う。

 ハワイについてのメールが来ているが、本格的にハワイに行かなきゃとか思うが、オレは 天邪鬼だからな。今、ハワイにいるメールが来ている。
<ハワイにいる、カニを食べに行って、ワイケレに行って、ショッピング三昧・・・ いう投書>
 いいなぁ。何度も言うけれど、時間と空気、風の吹き方が日本にはないものがある。それにハワイの人々の心根が素敵だ。優しい人々、アロハ、マハロの心で迎えてくれる。 ハブ・ア・ナイステの心が嬉しい。
 我が家も奥さんの母が健在の頃よく行った。年に2、3回行ったこともある。行ってないなぁ。

<みんながハワイに行けるわけではないので前夜祭・壮行会を福島ハワイアンズで、拓郎さんのお手は煩わせません、乾杯の御発声だけで、「バカなてめーら」それでは満足ですという投書>
 いい企画だ(笑)。バカな、てめーたちって言った?言ったな。冗談じゃないよ。乾杯なんてやんないよ。そういうのやんないんだよ。

<例のハワイ企画あと5年先にしてほしい、退職金でローンを完済してから行きたいという投書>
 現実的だな。あと5年…生きてるかな。ローンの支払いか。頑張ったね。俺もローン終わった時ホッとしたよ  小市民的だな。知ってるミュージシャンで、ローンを組んだことないヤツが2人いる。名前はやめておこう。この野郎って感じ。

次のが面白い、
<ハワイで将棋を教わる、講師は吉田拓郎という投書>
(笑)ハレクラニのプールを貸し切り将棋。外国人は、何やってるんだと思うんだろうな。

M−1  パイナップルプリンセス  アネット

 オアフもいいが、マウイ島が好き。カアナパリが人気で、ゴルフ場とか多い。ラハイナ…矢沢永吉が歌ったね。あのあたりが人気だけど、僕はそこから一時間離れたワイレアに泊まる。割高だけど、ケアラニホテルが大好き。日本人も、そもそも人も少ない。ここが大好き。ここで過ごすと、いいなぁという気分になる。パイナップルプリンセス聴いていて思った。
 田代みどり 好きだったな。♪小さなおっば片手にチュキチュキよ(笑)。そんな歌詞ないよ。最初に買ったのが、田代みどりのパイナップルプリンセス。テイチクだったよ。中学生でバイトして、レコードプレイヤーと田代みどりのそのレコードを買った。

 かつて千葉にいたときお寺に居候して曲を書いて売り込みをしていた。もともとは、逗子海岸でフォークコンテストにギター弾語りで三位になって平凡パンチとかに注目された。そのあとに検見川のお寺で居候。河合楽器の店長の実家で、そこでレコード会社とかに売り込みしたが、相手にされなかった。

<鹿児島から千葉のお寺を尋ねたら、住職から歓迎されて、部屋に案内してもらった、拓郎さんは毎日のように船橋に呑みに行っていた、行きも帰りも玄関ではなく部屋の窓から出入りしていたという投書>
 千葉とか船橋にはよく行った。大学生の友人がいたこともあった。深夜帰ると玄関は締まっているので、凄い高い位置に窓があった。大きなイチョウの枯葉を掃いていたが、掃いても、掃いても尽きなかった。

<奥様のドラマで出前ばかりなら、リスナーの家で御馳走になるのはどうかという投書>
 そんなことしたら外面いいから、嫌といいながら歌っちゃうよな。美味しいもの作ってくれよ。味にうるさいよ。…さんまといわしとあじの違いはわかるけど。さわら、めかじきはわからない。味音痴。
もともと孤独でいたいから。あんまり人とつながりたいという気持ちがない。孤独癖がある。

<いろんなメールの募集は、飽きたと言いつつ、そこそこ読んでいたが、「治らないクセ」は募集したけど全く取り上げられていないという投書>
 忘却とは忘れ去ることなり。忘れちゃえ。

<函館ですが、住んでいる人は幸福度最下位。拓郎さんライブに車で札幌に行きましたよねという投書>
 車で函館も札幌も行ったよ。函館でもライブやったよ。いいところだよね、幸福度ランキングがどうして低いのかね。

■今週のベストテイク
 思い出深い一曲、記憶に新しいテイク、納得度の高いテイク、素晴らしいギター、唄声 …そういうコーナー。
 吉田拓郎さんの曲の中で、今日は敢えて裏切って、自分が結構気に入って今も時々聴いている。 
 テーマは、広島から上京する時。飛行機でも新幹線でもなく、友達に車にのっけてきてもらった。ヤマハのギターとディランのアルバム、アメリカンポップスのレコード、壁掛けステレオを積んできた。そうやって車で東京に来た。僕の音楽人生が始まった。車を降りた瞬間に、まさに人生が転がりはじめる。まさにライク・ア・ローリングストーン。それで泉岳寺で降りたのかな。そこが始まりだった。

 90年頃、コンピュータで打ち込みをやっていた。よくデモテープを作った。ギターは手入れだが、ベースやキーボードやストリングスを打ち込みによって自分でアレンジしていた。これによってアレンジの幅は広がった。こんなこともできるっていう感じで、自分の音楽の幅が広がった  ベースとかストリングスの知識が広がった。「176.5」というアルバム。(※ 百七十六点五と発音)
これはドラム、ベース、キーボード、ストリングスが打ち込み。ギターだけが徳武弘文。結構好きで今も聴いている

M−2 車を降りた瞬間から 吉田拓郎

■今週のマイ・フェイバリットソング
 日本人ということ、今の時代に対してアンチテーゼ、こういうことでいいのかというテーマ。まず一曲聴いていただきたい。

M−3 北国の春  千昌夫 

 有名な作品。この歌の「季節が都会ではわからないだろうと母から来た包」、2番には「お互い好きだと言い出せなかったまま別れた彼女」。こういう景色。今も日本の景色にはあるのだろうか。
 故郷は、本当は鹿児島だけど、暮らしたのは広島。そういう思いが最近消えてきている。猛暑豪雨によって地球規模で季節感が失われている。夏が暑い、冬が寒い、春や秋はこうだったか、わからなくなっている。ローカル出身としては。故郷のことを思い浮かべて母や家族を思って涙したこともあった。そういう気持ちも消えつつあって、これでいいのかと思う。故郷にしかない人情も消えつつある。  

 そういう歌の中でおこがましいけれど

M−3  吉田町の唄   吉田拓郎

■エンディング

しかし、1時間でこんなにトーン変わる番組があるか。最初はワーワー騒いでいて、成長したね、人が変わったように「吉田町の唄」は重かったね。

ハワイ、無人島に持ってゆくもの募集。

奥さんのドラマが朝早い。朝4時起きとか辛いんだ。

お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆6つの顔。なるほど。これらの顔は場面、場面でキレイに分かれているわけではなくて、波状的に入り乱れてやってくるところがファンにとっての吉田拓郎の難しさと申せましょう。しかもご本人の言うとおり「天邪鬼」が加わるので、(6つの顔)×(天邪鬼並)ということでとても難解である。
 この複雑な波に翻弄されながら、これをうまく乗りこなすのがファンの極意だ。いまだに波に乗れず、転覆ばかりしているが。

☆「治らないクセ」。あった、あった、私も送ったけど、そうだ完全になかったことになっている。また、しつこいが、あそこまでマウイのケアラニやビーチを愛しながら、なぜ過去のファンミーティングでファンにマウイの火山の山登りをさせたのか。しかも本人はドタキャンで(爆)
 それもこれも(6つの顔)×(天邪鬼並)の複雑な波を乗りこなすためのファンの修行だと言えよう。>言えようじゃねぇよ!!

☆「車を降りた瞬間から」 http://tylife.jp/uramado/kurumawoorita.html
 2004年の吉田拓郎の半生を語るprecious story ツアーのオープニングはこれだと予想していたのだが。それくらいうってつけの名曲だ。そうか徳武さん以外は打ち込みだったんだな。ずつと打ち込みはキライだと文句ばっかり言ってきたが、このなだらかに滑ってゆくような爽快感は打ち込みだからこそ出せたのだろうか。昨日はそんな気がした。
☆ずっと「イチナナロクテンゴ」だと思っていたよ。長生きはするもんだ。

☆鹿児島から検見川にトライした人、ハラショー。すんばらしい。いい話が聞けました。

☆フェイバリットソング。季節と故郷と、そしておそらくは地球環境や人の心の荒廃とか世の中のこととか、御大は、いろんなことを感じているに違いない。昔のラジオだったら、問題提起やアンチテーゼや怒りや異議申し立てを、そのまま饒舌に語ってくれたはずだ。でも、御大は言葉少なかった。それらを声高や饒舌にはもはや語らない。そういうものなのなのかもしれない。多分そのために「北国の春」と「吉田町の唄」の二つの曲で「語った」のだと思う。まさに言葉ではなく「音楽で語った」。
 それにしても「吉田町の唄」は何度聴いてもいい歌だよね。御大の気持ちが、この作品の中にしっかりと託されている気がする。

2017. 9. 24

 昨日がつま恋記念日なら、今日は撤収記念日か。解体されるステージ、散じてゆく人々、片付けられるモノたち、”祭りのあと”の寂しさは。
 立ち去り難くウロウロしていると駐車場で機材の積み込みトラックの前で若者たちが作業をしている。そこで道路に一台の乗用車が止まり、運転席から顔を出した島村英二さんが、大きな声で「おーい、みんなー気をつけて帰れよぉぉ」と若者たちに叫んで手を振った。観ていて不覚にも泣きそうになった。

 ♪道の向こうで手を振った 大きな声でサヨナラ言った…

 あれ以来、この歌を聴くとあの光景を思い出す。

2017. 9. 23

 2006年9月23日の太陽も、拓郎に惚れていたので台風を吹き飛ばして、つま恋の空で燃えてくれた。あぁ岡本さん。

 余計なお世話ですが、今日が記念日のみなさんお互いさまおめでとうございます。

 それはもう、かけがえのない時間だった。自分の体験・経験の他にもいろいろな話、噂、都市伝説を耳にする。例えば…
 ライブ中にブロックの柵を掴んで思い切り揺らしながら「たくろぉぉぉ!!」と絶叫していた迷惑なおじさん。係員が注意しようとしたら「小田和正」だったので注意できなかったという話。都市伝説だとしても、この話すごい好き。

 1975年をも体験した方々にはさらに感慨深いものがおありだろう。羨ましいを通り過ぎ、仰ぎ見るような感じだ。

 とはいえ、75年に行けなかった者にも行けなかったなりに、ささやかな思い出がある。

 1975年8月2日の深夜、中学生の僕とTくんは、キャンプ教室で福島県裏磐梯国民休暇村のテントの中にいた。トランジスタラジオで、DJだかアナウンサーが、"今入ったニュースで、吉田拓郎のコンサートに何万人もの人が集まってもの凄いことになっているようです"と興奮気味で伝えていた。「何が起こってるんだろう」、「行きたかったなぁ」、T君と二人で、見たことも無いはるか遠いつま恋を想像して悶絶するしかなかった。

 で、私たちは、そのときの悔しさから、やがて御大のライブへの旅を始めるのだった。つま恋から遠くはなれたところで起きた、他人には心の底からどうでもいい小さな物語の始まりである。

 それから30年以上、私たちの青春もここに完結したのだった(笑)

 きっと、みなさん同じだろうが、DVDで、かまやつさんの出てくるところは、もはや尋常な気持ちでは観ていられない。今まで笑って観てたのに。

 なので、とにかく自分も含めてすべてのみなさん、長生きしよう、してください。魂の底から叫びたい今日の記念日である。

 
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2017. 9. 22

☆「アジアの片隅で」といえば、1987年の伝説の「夜のヒットスタジオ」だ。歌も演奏もそれは凄かった。でもそれ以上に熱唱する御大に寂寥感というか、もの悲しさが滲んでいて辛さも感じた。

 残念なスーツとスニーカーのせいもあったが(笑)、何より観客がいなかったからだと思う。御大の熱唱に唱和して投げ返す観客、それをさらに観客に投げ返す御大。この熱きラリーから立ち上がる至極のオーラ。それがこの作品の神髄だ。
 そこでは観客は観客ではなく、立派な「楽器」のひとつなのだ。投げ返す観客がいないとき、御大の熱唱オーラはシャボン玉のように漂って雲散してゆく。それが寂寥感の原因だったと思う。
 だからあの時、2、30人でもいいから観客を入れるべきだったのだ。ファンなら誰でも、必ずや素晴らしい楽器になってくれたはずだ。だってそれがファンというものだから。御大の薫陶を受けたファンとはそういうものだ。
 話は違うが、加藤和彦が亡くなった時、御大は「もっとオレを頼りにしろよ」と悔しそうにつぶやいた。同じくここで御大に言いたいのは「もうちょっとファンを頼りにしろよ」ということだ。孤高の御大は素敵だが、そこまで一人でゆくこともない。次は是非。


☆おい、前日だぞ!。マイクロバスの御大に手を振って、西ゲートに集合だ。みんな溝に落ちるな、迷子になるな。野生の呼び声がする多目的広場にみんなの生き霊を飛ばそう(爆)。

2017. 9. 21

☆とはいえ、いつも渾身の熱唱、全力で感動の「アジアの片隅で」といワケではなかった。91年に観た浜松では、♪…思うのだがぁぁぁぁぁ〜のシャウトを4番まで全部省略していて驚いた。スカのリズムどころかスカスカの省エネモードだった。まったく油断ならん御大だ。渾身↔テキトーの落差の大きさこそが、御大のという人間のふり幅の大きさだ(爆)。そのふり幅の中を右往左往するのがファンではないか。

☆先日のドラマ「渡る世間は鬼ばかり」に出演していた山本コータローはインパクトが強かった。老けた…というより人間ではない何かに進化してゆく途中の生き物のようだった。何になろうとしてるんだ。まさに誰も知らなかった山本コータローだ(爆)

2017. 9. 20

ラジオでのほんのちょっとの弾き語りでも"アジアの片隅で"には熱く反応してしまう。1980年の初披露の時、御大が一人あのギターリフを延々と弾き続ける中にバンドメンバーが登場、やがて地の底から湧き上がるように始まった演奏。条件反射で「集まれ!行くぞ!」と号令がかかった気になるってもんだ。

2017. 9. 18

ラジオでナイト 第25回 2017.9.17
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

こんばんわ吉田拓郎です。

<RONINの歌詞は拓郎さんが「あがらい」といったら「あがらいだ」、どこまでもついてゆくという投書>
 ついてこなくていい。間違いを認めたんだからもういい(笑)

<RONINの間違いの他「もうすぐ帰るよ」の「野心」”のごころ”と”やしん” という投書>
 岡本おさみさんから「拓郎君、”のごころ”というのは言葉ののりがいいね」と言われて初めて気づいた。”やしん”と読むとは知らなかった。”やしん”は”邪心”と思っていた。(「もうすぐ帰るよ」の該当のところを流す)。どうして現場で正してくれなかったか。「拓郎さん、おかしいっすよ」と言ってくれないか
 それでもついてくるというファンが嬉しい(涙)RONIN、 もうすぐ帰るよ、そしてもう一曲。

<「ガラスの言葉」で”ミルクウェイ”と”ミルキーウェイ”でも、牛乳の道でも、歌い続ける という投書>
 オレのファンは、みんな苦しいんだな(「ガラスの言葉」該当のみ聴く)。知ってたんだよ。言いにくかったので、のっけから間違っていた三曲。こんな歌手はいないだろう。


■タイトル

 生きているといろんなことがある。昔は見過ごしてくれたが、いまは情報にしてもミスにしても共有し拡散するいやな時代だ。

 最近の男と女の話、結婚にこだわらず先送りすることが多い。男と女の関係が変わっている。

 5位 だらしいない  4位 マイナス思考  3位 ケチ2位 食べ方が汚い…男でも嫌だな  1位 態度のデカイやつ… 上司には弱く、 部下には厳しい
あと、大風呂敷広げるやつ…いるいる。女性に冷たい態度をとることをカッコイイと勘違いしているヤツ、傑作なのは、車バックする時に助手席に手を回す。カッコつけてるね。僕は、運転下手なんで、窓から顔出してバックする。一度、助手席の人には降りてもらう(笑)。
 あと嫌な男としては、指を鳴らす男(笑)。自分は自慢する男は嫌だな

・・・・あと一緒に酒をのみたくない男としては、

 5位 自慢こき  4位 無理に酒をすすめる  3位 女性に奢らせる…自分も学生時代、同級生の宇都宮君にたかっていた2位 説教臭い 1位 自慢話する男
 ニッポン放送の女性に聴いたら、「オレ何歳に見えると聴く男」(笑)大丈夫か、小池、松岡、橋口。すぐフェイスブックにのっけるSNS男、飲み会なのにラインばかりやっている男。

 男が女を愛するとき。世界が敵に回ってもいい、悪い女でもかまわない、親友でも背を向ける。恋は盲目…バカだなぁという歌。

M−1  男が女を愛するとき  パーシィ・スレッジ

(※電車台風で豊橋ありで止まっている)


<津軽弁  アップダウンクイズで「へ」ではじまる身体部位「へなが」と言って落ちて行ったという投書>
 「へなか」=「背中」
<広島弁  「へしゃげる」  「いなげな」  「かばちたれるな」という投書>
 難しい方言は東北が圧倒的に多い

<富山弁  ここは私が払う  「私が抱いたゲル」という投書>
 ここで抱かれてもと思うよね。

<いつもチンチンに冷えたというが、チンチンとはやかんの沸騰のことという投書>
<夜行列車を津軽弁でという投書>
 (歌う。ほんどさ  一駅だぜ  夜行列車ば おめえさ  乗せたさ・・・そったきゃ寂しげな…)


■今週のベストテイクレコーディング

 あるギタリストの話。昔からのファンは知っている青山徹。事情があってミュージシャンを辞めてしまった。最近、ドラムの島村によれば会社で偉くなっているみたい。
その彼の入魂と渾身のメロディーに感動した。ギターのイントロと間奏とエンディング。珠玉不滅。 他の著名なギタリストにコピーしてくれと頼んだが、素晴らしいギタリストだけどこの感じは出せないと言われた。青山じゃないと無理だ・・・と。ニュアンスとフィーリングかけしかできない。まさに珠玉だ。

 楽器には、弾く人によって持ち味がある。アドリブも全然違う。いろんなミュージシャンのプレイに接して幸せな気分になる。いろんなギタリストと出会い、それぞれにひとり、ひとり、感激してきた。

 出会ったギタリスト、矢島賢、高中正義、鈴木茂、青山徹、徳竹弘文、渡辺格、鳥山雄司、稲葉政裕、小倉博和…みんな素晴らしかった。

 この曲のホントに、こんなフレーズは青山しかできないだろう。

M−2 I’m In Love 吉田拓郎

■今週のマイ・フェイバリットソング

 レゲエ。流行前からジャマイカのアルバムとか聴いていた。(「アジアの片隅で」を歌う)、リズム、スカのリズム(「フォエバーヤング」を歌う)、盆踊りみたいな感じで、これは流行るなと思ったが、意外に定着しなかった。もっと大流行する
 リズムに身体が熱くなる。最近演奏していないので、次のライブでやりたい。自然に熱くなってシャウトしたくなる。レゲエとかスカのリズム不思議に舞い上がる
 
M−2  アイ・ショット・ザ・シェリフ エリック・クラプトン
M−3  マスター・ブラスター スティービーワンダー
Mー4  好きならずにいられないUB40
M−5   アジアの片隅で
M−6  無人島で
 気持ちいいな。「無人島で」やりたいな。夏の島という感じ。そうだ、「無人島に」ひとつ何をもってゆくかを募集する。

 好きだなこの曲…
M-7 No Woman, No Cry  ボブマーリィ

■エンディング

 みんなでいかにしてハワイに行けるか、どういうことをすれば拓郎さんが喜んでくれるか持ち上げ企画を募集。

お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆いきなり歌詞間違いの御三家についての懺悔。「間違いだろうとなんだろうと拓郎さんが言うのだからついてゆく」という投書者の心配りというか心の在り方が、聴いている方にも嬉しくなる。ついつい鬼の首取ったように騒ぐ自分は、見習いたいものだ。
 しかし、長年の謎と論争に終止符が打たれてしまう寂しさもある。邪馬台国はどこにあるかわからないままでいて欲しい、ツチノコも見つからないで欲しいという理不尽な気持ちと似ている。
 それにしても確かに「のごころ」というのは、かなりいい言葉だと思う。ケガの功名かもしれないが。

☆ちょうど高中正義と鈴木茂のギターを聴いたばかりなので、ギタリストの系譜は感慨深かった。御大の歴史は、そのまま素晴らしいギタリストとの共演の歴史でもあるとあらためて思う。
「青山徹」は歴史にも心にも刻まれるギタリストだ。ファンからの青山についての問いかけには、割と拒絶的反応か多かった御大が、青山への想いを静かに語ってくれた。御大やともに活動していたミュージシャンの方々には、ファンにはわからない深い感慨がおありだろう。ファンにはファンで、「青山」を思うだけで、沸き上がる何とも言えない熱い思いがある。しかし、彼はいない。大好きな映画「桐島、部活やめるってよ」。「青山、ギターやめるってよ」は、青山の突然の退場がもたらす、周囲の心の歪みや葛藤みたいなところがあの映画ととてもよく似ていると思う。

☆I’m In Loveは、ファンになって以来初めて、発売日にレコードを買わなかったシングルだ。「こんな曲をシングルにしやがって」と怒り心頭の当時だった。偉そうにこんなサイトやっているが、しょせん私は、この作品の美しさ、御大に珠玉とまでいわせた渾身の仕事に気付かなかった無知蒙昧の輩に過すぎない。何度でも言うが、その懺悔のためにこのサイトをやっているのだ。それも言い過ぎだな。すまなかったな、御大。
 こうして30年経って、ようやく渾身と珠玉の仕事を理解できてあいまみえる。生きている間に気付いてよかったと喜ぼう。

☆80年代の「レゲエ」への傾倒。確かにこの頃世間でもレゲエがブームだったが、例えばレゲエのリズムをパクるような薄っぺらなミュージシャンたちをかなり露骨に軽蔑していたと思う。ニューミュージック界に「おまえらレゲエを知らないな」と啖呵を切った御大も忘れられない。
 自分の「レゲエ」は、「ボブ・マーリイ」への敬愛だと語っていたことがあった。御大の「レゲエ」は、うわべだけではなく「レゲエ」の魂との深い感応だったのではないか。うまく言えないが「レゲエ」が食材だとすると、これみよがしに皿にレゲエを盛り付けるのが世間の流行だったが、御大はそれをせず、レゲエをダシにして思いっきり煮込んで濃厚なスープをとるタイプだったと思う。何事もカタチではなく物事の深奥を掴むのが御大の真骨頂だ。

 だから、レゲエがよくわかってない自分でも、昨夜の御大の刻むレゲェのリズム=「アジアの片隅で」のサワリを聴いただけで自然と身体が熱くなってくる。それは、きっと御大がレゲエとしっかりと結縁しているからだろうと思う。「アジア」歌っておくれよ。もちろん「無人島で」も。「ハネムーンへ」は微妙だが。

2017. 9. 17

 鈴木茂のボーカルを聴きながらふと思った。昔は、コンサートツアーのコーラスは、バンド・ミュージシャンがつけていた。ツアーで専門のコーラスが投入されたのは、81年体育館ツアーのジェイダが最初ではなかろうか。それまではバンドが頑張っていた。
 78年のツアーでは、鈴木茂が♪人間なんてララーラララ〜と一生懸命歌っていたのを憶えているし、79年秋には♪バーイ、バーイ、ラーブ〜♪マイファーミリー〜などと熱唱していた。あれでボーカルが鍛えられたのではないか>ちげーよ

 しかし、ミュージシャンはいざとなると歌う。これは定理か。つま恋85のメイキングビデオもいきなり王様バンドのコーラス練習シーンから入るし(笑)

2017. 9. 16

 東京国際フォーラムで「クロスオーバージャパン」と銘打ったギタリスト・バンドの競演ライブを観た。クロスオーバーとは、”異質なものが入り乱れる祭典”という意味らしいが、高中正義、鈴木茂、岡沢章、エルトン永田、佐藤準…というと、私には、異質どころか、ある一つの崇高な目的のためにオーガナイズされた見事な体系的構成としか思えない(爆)。

 そういう偏狭な自分にはもったいない贅沢で気分が舞い上がる時間だった。

 それにしても鈴木茂は、あんなに歌うのか。朗々と歌う。ボーカリストみたいで驚いた。私ごときに言う資格はないが、それでも御大を支えたギタリストとしては超絶好きだったから言わしてもらうと、もっともっとギター弾きまくってくれ、ギターで語ってくれよという一抹の寂しさがあった。そういうものだとしたら、すまん。

 高中正義は、わかりやすく凄かった。身体と魂が自然と揺れてしまう。黒船を聴くとどうしても、あの映画の風景が浮かんでくる。この高中の演奏中に、御大が現われて、そのまま「RONIN」を歌ってくれたら、どんなにか素晴らしいだろうと、余計な妄想まで飛んでしまった。

 終演して居酒屋の片隅で、日本酒と辛子蓮根で静かに打ち上げる。御大のバックにいるので当たり前と思ってきたが、これまで実に素晴らしいを方々を見聞きしてきたのだなぁという感慨に浸る。もちろんカシオペアもナニワエキスプレスも凄かった。また、あれだけのギタリストがいるバンドでも、キーボードは二人いる。しつこいがキーボードが一人で打ち込み多用というのは、やっぱりツマラナイ…やっぱ"バンド"じゃないと、などとあれこれ勝手に考えながら、いつかまたフォーラムで御大を観るハレの日を思うのだった。

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2017. 9. 15

 85年のつま恋の直後のラジオでの武田鉄矢の述懐。

「現役での最後のステージという吉田さんでしたから、♪行くんもとどまるもそれぞれの道なんよ…仕事するも休むのもそれぞれの道なんだ、との思いをこめて歌いながら、吉田さんのことジッと見つめたんですよ。そしたら、やっこさん、眼をスッとそらしましてね(笑)」

 電車の中でふと思い出して、しみじみと笑う…不気味なおじさんであった。

2017. 9. 14

 ウチのハイビスカスも咲いた。今年のお盆前に花屋さんのオマケでいただいて放置しておいた小さな鉢植えだったが、急に花が咲いてびっくらいこいた。吉田家とお揃いで嬉しい。はっ、これは神のお告げか。御大、奥様がお忙しそうだし、とりあえず一緒にハワイにロケハンに行きませんか。>誰なんだよ、おまえは(爆)。花とは無縁だったが、来年も是非咲いてほしいという気持ちになるから不思議だ。
 
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2017. 9. 13

 今日は島村英二さんの誕生日だ。おめでとうございます。ラストショウの祝還暦ライブを観たのはもう何年前だろう。あの時は、島村さんは最後に”ともだち”を歌ってくれた。
 先日の"ラジオでナイト"のベストテイクで、松任谷正隆のヘッドアレンジで、島村さんがセカンドラインを叩いたという話が出た。そういえば、若者に人気の”ゆず”の”栄光の架け橋”も、松任谷のアレンジでドラムが島村さんだ。「若者に人気」と言う表現をしている時点で私はアウトだが(涙)、島村さんはまさにさまざまな世代の架け橋かもしれん。久々に打ちのめされたいぜ。

2017. 9. 12

 鮮やかに咲いた御大のハイビスカスを観ると、どうしたって「季節の花」を思い出す。何回もそこここで書いたが、どうしたって傑作でしょう。「またウソをつき また夢を見る、また迷っても また探す道、またほほえんで また口ずさむ・・・・」リフレインが歳とともに深く感じる。なんでライブで演らないかな。「花の店」より全然いいと思うぞ。
 この作品を聴いたとき、御大は60歳の壁なんてとうに超えたと思った。70歳をとうに超える新作を心の底から楽しみにしている。

 この歳になっても新曲を待つ楽しみがある幸せ…ってこれも何回も言ってきたが、えーい、何回でも言うんだよっ!

2017. 9. 11

ラジオでナイト 第24回 2017.9.10
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

以前、平凡パンチのデビュー前の記事を紹介した。
<「ジャンルなどない。歌です」という拓郎さん確固たるアイデンテティが素晴らしいという投書>
 いや、僕はブレる男。例えば、坂崎くんとやっていたANNG。突然、朝青龍が来たとき、そんなに好きじゃなかったのに、「ずっとファンです」と言ってしまう。その場その場でブレていく。

<宇宙人、怖い話、泣ける話、またギターを持っても歌とメロディーが不確か、バカボンのパパの「これでいいのだ」的態度がいいという投書>
 そう、これでいいの。
<ラブレター、スマホメールが普通、ラインで告白というのは馴染めないという13歳の投書>
 おっさんみたいだな。ラインで愛の告白というのは、僕は、開いた口が塞がらない。メールでさえ告白すべきではなく、口頭せめて手紙ですべき。もう古いのだろうか。

<拓郎さんラブレターの経験を問ういう投書>
 出したことも貰ったこともない。ファンレターはあるけど、全然モテなかったから。押し倒すために山で練習する男だから、情けない。

 ラブレターのコーナーを忘れていた。正直言うともうそこに心がない。宇宙人、UFOもどうでもいい、知ったこっちゃない。ブレまくり。もともとテキトーなんだから。


 妻がドラマの撮影に入る。というわけで、撮影に入ると、俳優の仕事は大変だ。時間がハッキリしない。音楽はリハもライブもおおよその時間は決まっている。しかし、テレビドラマなんかだと俳優の現場は時間が読めない。スケジュールとか観ているだけで貧血がおきそう。例えば、本読みって、朝5時よ。きついのよ。4時30分とかもこれからもありそう。「拓郎、寝てていいからね」と言いつつ、音がうるさい。ベッドルームは別でも、ドタンパタンとうるさぃ。寝ていられないで結局起きてしまう。夜も深夜のこともあり、まったく不良のような生活。
 そうなると食事が大問題。夜はバラバラ。いよいよ出前シリーズが始まる(涙)。最近は、オンライン宅配サービスがある。レストランの商品を出前してくれる。焼肉、イタリアン、和食、お好み焼き、うなぎ…一週間は乗り切れる。でも、一人の食事は寂しい。むなしい。(♪むなしさだけがあった・・・歌おうとするも出てこない)

■タイトル
 東京で初めての経験は出前だった。真っ黒のつゆ中にうどんでびっくりした。調査した田無のソバ屋では、出前の人気のランキングは@ざるそばA冷やしたぬきそば…関西にはない。関西はうどんだな。おれは「冷やしたぬき」というと「うどん」。とにかく、もう早くドラマ終わってくれ。但し今度のドラマは、脚本を読むと今度のはかなり面白い。

 最近、テレビで、僕の好きでない場所で、好きでない歌っている様子を観た。(漕げよマイケル…歌う) テレビでおじさんたちがギター一本で弾き語りで歌ってるのを観て、そんなことをしてるんじゃないなよ、おやじたち、と思う。漕げよマイケル、ハイウェイメン、ブラザース・フォー、PPM、キングストントリオ、こういう曲をフォークソングと思っていた。こういう明るい作品がアメリカンフォークの典型だ。
 しかし、日本では四畳半フォークというって暗い湿っぽい歌が流行してしまって、そういうところでフォークファンになっている人は、未だにギター一本でそういう歌に浸っている。たまにはそういう地味なものではなく、こういうのを皆で合唱してみろよ。

M−1  漕げよ マイケル   ハイウェイメン


■ラジオでナイトクラブ

 ANNGハワイ六日間の旅のパンフ。ラジオ収録の舞台裏。「ラジオだけに生歌、生演奏」生演奏なんかするつもりなかったよ。ふれあいたくない。確かに、いろんな企画が立っていた。残念ながら、ああいうことになったが、僕なんか荷造り終わって行く直前だった。それ以来だから、かなり長く行っていない。行きたいな。はい、気を付け。吉田拓郎をどうやって持ち上げればハワイに行けるか。どう喜ばせるか。

 方言について。さんまさんが東京来たときも言っていたが、今やテレビは関西弁ばかりになった。

<長野県伊那市では、「疲れた」=「ごしたい」。腰が痛いが訛ったのではないかという投書>
<「瓶の蓋」=「ぼっちょ」という投書のつづき>
<北海道  「捨てる」=「投げる」、西日本の「なおせ」=「片付けろ」 という投書>
広島でも「なおせよ」という。
<鹿児島 「あいがともさげもした」=「ありがとうございました」、「電球」=「でんきんたま」という投書>
勘弁してくれよ(大笑い)電気の球、確かに「できんたま」だな。「おまえんち」の「ん」と同じ。でんきんたま…どんな球だろう、凄いな(笑)
<焼津 「ちんぶりをかく」=「すねる ふてくされる」という投書>
妻に「ちんぶりかく」といわれたらどうすんだろう(笑)
< 「だから」=「ええだで」、「頭にくる」=「やっきりかく」 投書の続き>

 一番は、「ちんぶりかく」。これは和むな(笑)

■今週のベストテイク

 今週のベストテイク。売れたかに関係なくベストテイクレコーディングの曲をかけたい。   ミュージシャン、エンジニア、歌、のアンサンブルで、これはというものが時々ある。但し、なかなかない。僕の場合は、どうしても120点が欲しいのかな。スタジオの音…アトモスフェアも大事。エンジニア、マイク、エフェクター等の相性すべてがあいまったときに生まれるベストテイクを特集してゆく。

 今週は、松任谷正隆と演った「風の街」。ドラマ「あこがれ共同隊」の主題歌で山田パンダで中ヒットしたのを僕が演った。松任谷のヘッドアレンジ。島村英二がドラムだった。こういうセカンドラインという指示があって、タムをつかいながらタクツクタンという感じで、そこに駒沢のスチールがからんでくる。駒沢のスチールギターはこの頃、不可欠だった。コードしか書いてなかったが「せーの」でやった。凄い大納得のテイクになった
派手ではないけど小編成で最高の出来上がり。コーラスは元猫。

M−2  風の街   吉田拓郎

■ マイフェイバリットソング

 広島から上京して会ったフォークソングの人々の中に、R&Bのわかる人は殆どいなかった。物足りなかった。ビートのない音楽多いなと思っていた。エレックでは理解してもらえなくて、納得できなかった。本当にやりたいことができる様になったのはSONYに移ってから。スリーコード。C7 F7 G7。これで成り立っている。 これなくして、ビートルズもストーンズもクラプトンとかもあり得ない。フォークの人々はこれを通っていない。(野良犬のブルース…歌う)唯一、かまやつさんが、フリフリとかバンバンバンで、スリーコードを使っていた。
日本には皆無たが、アメリカのフォークロックにはたくさんいる。

M−3 Roll Over Beethoven  チャックベリー
M−4  ハウンドドッグ  エルビス・プレスリー
M−5  The Hippy Hippy Shake  Swinging Blue Jeans =
M−6 Dizzy Miss Lizzy ビートルズ


全 部3コードだけど基本。僕達はそうやって生きていた。今度のアルバムではそういう3コードのハードな曲を目指す。そのための詞を書いている。このスイング感、ロックンロール感がいい

M−7  Good Golly, Miss Molly リトル・リチャード


■エンディング
方言、大きなテーマとしてハワイ募集
お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆やはり吉田拓郎はブレない信念一貫の人だと思う。ただそれは音楽・思想等の基幹部分であって、そうでない部分は、実にテキトーで(笑)、そのテキトーさを隠そうともしないため、私たちはその落差に振り回され驚くのである。
 いったいどこのラジオパーソナリティが、あれだけハガキを募集しておいて、「もう心がない」「もうどうでもいい」と捨て台詞を吐くだろうか(爆)。すごい放送だ。”録音なのにNO編集、NOフォロー”とはこの番組のことだ、柳原可奈子。

☆誰もが思ったはずだ。夕食のひとりが寂しかったら毎日でもご一緒するぞ。いえ、ご一緒させてください。そんな叫びが夜空をこだましたに違いない。それにしても、年内は大変だな、吉田家。収録が年末に終わったら、それこそお二人ハワイに行けばいいのに。

☆といいつつ、2011年のハワイは、バス1号車まで決まっていたのにな。是非行きたいがどう、あの御大をどう接待するかは難題だ。

☆ベストテイクは面白い。楽しみな企画だ。確かに、大好きな演奏ではあったが、「風の街」がそれだというのはわからなかった。音楽家だけが知りえることかもしれない。そう思って聴く「風の街」は思い込みかもしれないが、サウンドが「塊」になって響いてくる。そうか、島村さんだったのか。島ちゃんと松任谷のやりとり、そして「せーの」で録音。そうやって解題していただくと、そのスタジオ空気がこちらにも伝わってきて、ますます愛おしくなろうというものだ。自分がイイと思っていた演奏が、御大にとってのベストテイクだったとしたら、また嬉しいだろうし、楽しみなコーナーである。
 もうひとつの感慨は、いろんな意味でかなり辛かった、キツかったと御大が述懐するアルバム「明日に向って走れ」のレコーディングだが、そこでも音楽的な妙味というか、ベストテイクはこうして降りてくるのかと感慨深かった。やはり音楽ときちんと取り組む音楽家の仕事とは凄いものなのだなと感じ入った。

☆3コードのハードな作品は楽しみだが、いわゆるロケンロールみたいなのは、もうつまんないな。シロウトが申し訳ない。そこに美しいメロディー展開がからんでこその御大だと思う。ともかく、アルバムが進行しているようで嬉しい。楽しみにしているぜ。ちなみに野良犬のブルースは、正規アルバム「青春の詩」にちゃんと所収されているぞ。

2017. 9. 10

 You tubeにキレイな音源があると教えていただいたので、久々に「ALL TOGETHER NOW」のフィナーレ曲を聴いた。何度聴いてもいいが、びっくらこいたのは、表記が、作詞:小田和正、作曲:吉田拓郎になっていた。逆だろ。「ALL TOGETHER NOW」のWikipediaも同じだから、その辺が原因なのか。この詞は、吉田拓郎の単独作詞であるとチカラをこめて言いたい。
 しかも素晴らしい詞だ。”今こそ、その手に小さな勇気をもて”。こんな祈りのような繊細な詞を小田和正が書けるはずがない(※個人の感想です)。RONINの詞も素晴らしいが、このALL TOGETHER NOWの詞もまた名作だ。どんだけこの詞が素晴らしいかという思いは、Uramadoに書いたが、例によって鬱陶しいことしか書いていないので参照の必要はない。ともかくこの素晴らしい詞は吉田拓郎の手になるものであるという事実こそが大切だ。

t.y life > uramado > オールトゥギャザー・ナウ

2017. 9. 9

 “こんにちは”の「カハラ」は南国の風を感じさせてくれ、”マラソン”のそれは目もくらむようなまぶしいハワイの陽射しを体現しているような気がする。ラジオで投書を読まれたご夫妻はカハラを楽しまれているだろうか。御大ならずとも羨ましい。多くのファンにとって「ハワイ」は「ただのハワイ」にあらず「吉田拓郎のいるハワイ」である。吉田拓郎がハワイを作り、ハワイが吉田拓郎作っている、そんな場所だ。いみふ。

 御大は、あれからハワイに行っておられないのだろうか。番組で一緒にという発想はとてもとても嬉しいが、まずは、奥様とお二人だけで行ってみられるのもイイような気もする。余計なお世話か。御大の静かなるハワイをその手に取り戻し、青空の下のプールやバニヤンバーあたりから、「やっぱり今度はおまえたちも来いよ」と便りが届くのも素敵だ。そして次に、待ち焦がれる我々一行を率いて至福のハワイに連れて行っておくれよ。ま、私がどうこういうことではないか。えーっと、曲ですね、拓郎さんで「僕の大好きな場所」>田家さんかよっ!
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2017. 9. 8

 「RONIN」に気を取られていたが「私の足音」もすんばらしかった。高橋幸宏のドラムが"走っている"ということなので何回も聴き直してみたが、自分ごときにはよくわからない(爆)。むしろこの演奏がよりいっそう愛おしくなるばかりである。そういえば、定かではないが、チャーリー・ワッツのドラムが時に走ってしまうことをキース・リチャーズがとても喜んでいた記憶がある。そのくらい気持ちがほとばしる素敵な演奏だと思おう。

2017. 9. 7

キャッチフレーズといえば、「今また時代を撃つ」という御大のキャッチフレーズ(1981・アルバム「ONLY YOU」)に対して、「もう拓郎は時代なんて撃たなくていいんだ」と吐き捨てる様に書いた田家秀樹さんの文章を時々思い出す。この吐き捨てにこめられた深い愛。生きざま音楽評論家には決して書けまい。…そういう悪態をつきたいのではなく((笑))、求め過ぎる自分のようなイカれたファンの心にこそ響いてくる。田家さんにポンと肩を叩かれて「いいじゃないか、拓郎さんを静かに見ていましょうよ」と諭されているような気分になるのだった。

2017. 9. 6

 「RONIN」を喜ぶファンの方々が思いのほかたくさんいるようで感激して心強かった。孤高のサイトと言いながらも、同志よ‥みたいな気分になる。この声が御大にしかと届いてほしい。願わくば、ステージや新録で再生されんことを。
 「流星」だって、発売年の79年に歌われた以後、次にライブで演奏されたのは20年後だった。長き封印を解いたのは、その間のファンの声なき声のチカラもあったのではなかったのかと思う。まさに今だからこそ聴かせて欲しい。

 武田鉄矢に悪態をつくたびに、彼がいなければ「唇をかみしめて」「RONIN」もなかったのだと思い返す。また彼が見つめた御大の数々のエピソードには、彼だからこそ拾えた素晴らしいものがたくさんある。いい人です(爆)。諸国漫遊の世直し旅のご無事をお祈りします。

2017. 9. 5

 30年にわたる「あがらい論等」についに終止符が打たれた。つけたし歌詞の作詞者も確定した。…長かった。駅の見慣れた指名手配犯人のポスターに、ある日「ご協力ありがとうございました」とシールが貼ってあったのを見るようだ(爆)。どういう例えなんだよ。この虚脱感。ともに語り合った人々よ、お疲れ様でした。

 あれから30年。吉田拓郎「サマルカンドブルー」と浜田省吾「J.BOY」の発売日である。一人は、栄光のロードに背を向け、もう一人は、そのロードに勢いよく打って出てゆく。そんなコントラストを複雑な思いで眺めた、あの日だった。

 30年経って、二人ともお元気な様子を拝して、長生きはするもんだと思う。

2017. 9. 4

ラジオでナイト 第23回 2017.9.3
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

吉田拓郎です。

<前回のハワイツアーは中止になったが、封印された水着はもう着れない、70年代に帰りたい…という投書>
 ハワイでは水着にならないと。僕は、海は波が怖いから入らないけど、プールで半日過ごす。水着にならないとつまらない。欧米は、若者よりリタイアした方や老夫婦が多い。彼らは、樽のような身体でも、水着が平気だ。アジアの人は、欧米人のような逆三角形じゃないし、歳を取ると上半身の胸が薄くなるのでみすぼらしい、淋しい水着姿になってしまう。だから、女性の方でお年をめして体格が良くなったら水着はいいのではないか。女性は堂々と水着になればいい。

<来週夫婦でカハラに行きますという投書>
 いいですね。行きたい。オアフ島とは思えないいいホテル。イタリアンレストランのコックスとかあるけどいいな、ハワイに気持ちは飛んでゆく。

<積み立て貯金をする、拓郎ハワイに行こう積み立て、拓郎さんの唄でのど自慢大会をする…という投書>
 オレの事知らないな。そんなの聴きたくないよ。  

<6年半前からハワイに向けてずっと鍛えていました→オアフ→マウイと日程付きの投書>
 昔、50歳の誕生日をハレクラニでやった。メニューも全部考えた。素晴らしいパーティだった。
<拓郎さんとセッションして…という投書>
 おれは、おまえたちとセッションなんかしないよ。そんなに君たちと仲良くしようと思ってないよ(笑)。

<拓郎さんとビールで乾杯、拓郎さんとお喋りしよう、ネイルサロンに行こう…そして拓郎さんのライブという投書>
 やるわけないだろ。基本、全日自由時間がいい。無理か。

 日本からハワイ行く人は、137万人。ハワイが好きな理由は、1.美しい空気感。そうだね説明できない空気感。ホノルル空港出ると空気が違う。風の感じ。燦々と日が照っている。空気がまったり。時間よとまれ…矢沢永吉って感じだ。2.ショッピング。アラモアナとかショッピングセンターがある。瀬尾ちゃんと行くと二人で買い物おじさんになっている。  ジーンズを10本20本買ったりする。3.食事や言葉に苦労しない4.治安が良い5るアクセスが良い。行きは追い風で早いが、帰りが向かい風で時間がかかる。 

 結婚式を挙げる人も多い。1.ロケーションが良い2ハネムーンも兼ねる3.両家の絆が深まる 田中家と横山家が親密になる。誰だ。 4.家族旅行で親孝行もできる

 結婚式もいいが、バウリニューアルもというのもある。今度行ったら、カミさんとこれをしようと思っている。これ全員でやろうか。すっかりその気だ。

■タイトル

 ハワイは4泊6日が標準だが、それでは足りないと思う。最悪で5泊7日、6泊8日くらいがいい。島に行くのもいい。ハワイのホテル選びの際、注意してほしいのは、オーシャンフロントは真正面に海が見えるという意味。オーシャンビューは、ちょっとでも見えるということだから気をつける。パーシャルオーシャンビューは背伸びすれば見えるという感じ。マウンテンビューというのもあるし、シティビューもある。最もやばいのは、吉田建が泊まった部屋は、パーキングビューで駐車場の前だった(笑)

<拓郎さんは何もしなくていい、ファンがおもてなしますという投書>
 そうだよ。こういう企画を考えてみろよ。来てやったぜ、てめぇら。ハワイまで行って吉田拓郎に何かをしてもらおうという発想が浅はかだ(笑)。

 次の曲は、歌詞に大きな間違いを発見した。1985年以来、歌詞を間違えていた。お詫びしなきゃ。この詞は、映画「RONIN」のテーマ曲で、幕末の志士たちを描いた歌だけれど、今だからこそ聴かせたい気がする。

M−1 RONIN  吉田拓郎

 素晴らしい歌ですが、間違いわかりましたでしょうか。

 …この曲に武田鉄矢のバージョンがあって、最後に自分で詞をつけてる。これは許せない。だせ〜。
 「あらがい」抵抗の「抗」で「抗う」を「あがらい」と歌っている。スタッフや誰かが間違いに気付かなかったものか。30年間気づかないままだった。誰か言えよな。歴史に残るミスだ。同時に自分のボキャブラリーのなさを感じる。

 先週の陽の当たらない曲、いい曲だったという投書がたくさん来た。あらためていい曲のキャッチコピーを送ってくれたが。みんな才能のないこと。どんくさいのばっかり(笑)。
 そうそう、ハワイロケの映画を作って「歩け歩け」を主題歌にというのもあった、

<すべての曲に共通するコピー、 荒れ果てた大地に水をまききった  ありあまる才能と安易な発想で提供されたという投書>
 失礼だろ!

<ときめきトリップ…名古屋はええとこだで、聴いてチョという投書>
 奥に言葉で((笑))方言の募集もしている。
<井上順  俺の唄もまんざらじゃないぜという投書>
 順ちゃんに聴かせたいな。
<ふゆがきた…ふゆってこんなにかわいいんだ…キュンキュンという投書>
 変態だぞ((笑))。
<夜行列車を森昌子に提供という投書>
 無理だろ(怒)。
<井上順…ホラ扇風機に向って歌ってるみたいだろ‥という投書>
 はははは(大笑)
<人によかれとわが身を削る…という投書>
 どこの演歌の司会者だ、玉置宏か。
<夢はいつも帰って行った 挫折  ああ夜行列車という投書>
 意味がよくわからない((笑))

 来週くらいから新しい企画で、ベストテイクレコーディングを特集したい。今聴いても納得のゆく曲、レコーディングの時に手ごたえがあった曲、今聴いてもこれは素晴らしいという音がある。バランスとか音の聴こえ方も素晴らしく、バンドとエンジニアの技量とか三位一体になった、いいアンサンブル。これはうまくいった、抜群、という作品がある。

 とりあえず今日は、この作品。前にかけた「歩け歩け」と同じお蔵入りいた曲。高中正義、加藤和彦、小原礼、高橋幸宏と松任谷正隆。松任谷はキーボードだけでなくバンジョーもうまい。彼は、フラットマンドリンとかもうまい。石川鷹彦とはまた違う、ザ・バンドのような演奏ができる。ほぼミカバンドと松任谷正隆による「私の足音」。

 秘密を明かすと、この曲のテンポは最初と最後で違う。ドンカマを使っていない。なので、ドラムとベースのテンポは最初はスローなんだけど、やがて早くなる。ユキヒロのドラムがいわゆる「走ってる」演奏。

M−2 私の足音  よしだたくろう

■今週のマイ・フェイバリットソング
 コニーフランシス。フランスの女性歌手。先日テレビで観た。79歳で健在だった。60年代初期のアメリカは男性歌手ばかり、ポール・アンカ、リッキーネルソン、プレスリーそういう中に、女性で出てきて一人で次々とヒットを飛ばした。
 みんながそう評していたが、ちょっと泣いてるわけではないが、泣き節になるところが特徴だった。日本でも泣き節の歌手がいた。松田聖子は、初めて聴いたとき「コニーフランシスだ」と思った。(アー私の恋は  チュルリラ  説明できず)

M−3 青い珊瑚礁  松田聖子

M−4 夢のデート  コニーフランシス
 ね。共通した泣き節があるでしょ。コニーフランシスはかわいいベイビー  大人になりたい  ロックンロールもカントリーも、はてはカンツォーネもウマイ。

M-5 渚のデート  コニーフランシス


■エンディング
<今夜の星空、不倫ですよね。そこで…という投書> 
 長いよ(笑)

 方言、ふるさと自慢と愚痴、ハワイの企画 吉田拓郎をどう迎えるか

 お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆おお「ハワイ」モードか。結果的に行く、行かないは別にして、吉田拓郎がハワイの話を始めると、湧き立つなにか、それこそ吹いてくる風がある。それがいい。御大、元気なんだな。その幸福感が漲る。それがいいのだ。

☆接待と来たか(爆) もともと御大のハワイツアーは、他の歌手のハワイツアーと違って(よくは知らないけどさ)いろいろなミゼラブルな事も起きる(爆)。ホエールウオッチングツアーといいながら、揺れてる船を観たら御大が帰っちゃったとか、一緒に来るはずの御大が来なくて、なぜかハワイなのに火山に泣きながら登ったりとか、バスから一度も降りないサファリパークのような市内観光とか、ファンとしての愛が試される。それを超えてハワイは楽しいし、御大も魅力的なのだ。まさにファンとは、愛と悲しみで編まれた一本のロープであるという…向田邦子理論がここでもあてはまる。

☆それにしても、キャッチコピー募集しながら、どれも才能がない、ダサイとは相変わらずの御大だ。私たちの投書の束は、時代劇で言えば、斬られ役のサムライたち、仮面ライダーで言えばショッカーの戦闘員のようなものでバッタバッタと御大にやっつけられる((笑))。ここでも屈折した愛が試される。

☆それは、いい。

  今日の主テーマは「RONIN」だ。

 もう私は泣きそうだった。

 この超絶名曲のRONINはとっくに捨てられたと思っていた。御大が、RONINを憶えていたこと、いい曲だと言ってくれたこと、今だからこそ聴かせたいと言ってくれたこと、胸が張り裂けそうであった。この歌は、ほぼすべての御大の煌くエッセンスが詰まっている。そしてまた、まさにベストテイクのように御大のボーカルの艶が素晴らしい。
 私の思いなんぞは、どうでもいいだろうが、どんなにこの作品が好きか、素晴らしいかは、かつてUramadoに渾身で書いたとおりだ。なかでも悶絶したのは、そこにも書いた、長年の疑問だった、「あがらい」と「武田鉄矢バージョンの歌詞」の由来までがわかったことだ。すんばらしい。生きててよかった。御大ありがとう。
 「抗い」か。「贖い」か。とどっちかずっと迷っていた。ファンの間でも秘密結社のように議論されていた。まったくしょーがねーなーとか言いつつ(笑)。自分は「あがない」説だったのだが、これでハッキリした。
 そして、そうか、武田鉄矢バージョンのあの金八臭たっぷりの歌詞は武田が勝手につけたのか。これが川内康範先生だったら、死ぬまで許してもらえないぞ。虎屋の羊羹を御大の自宅玄関に置いて帰れ。いみふ。
 ともかくこれでもう疑問も迷いもない。御大、あなたの素晴らしい歌詞と歌唱で、今こそこの作品を歌い直そう。命をもう一回吹き込もう。失礼を承知でいう。こんな世の中だからこそ、こんな地球だからこそ、そんな今だからこそ、あなたが魂をこめて歌うべきだ。べき論で歌うものではないが、毎朝、桑田佳祐を聴かされている不幸な日本に向って(※感想には個人差があります)、今こそ歌おうおうおう、自由だよ、夜明けだよ。レコーディングでもいい、ステージでもいい。これを歌わないでどうするという気がする。

☆私の足音、コニーフランシス これもすんばらしかったけど、今日はとにかく超絶「RONIN」だ。

2017. 9. 3

 土曜ドラマ。今度は植木等か。山本耕史は顔は似ていないけれど、声の作り方が見事だ。本人の本質的なところに少しでも近づこうという役者としての強い意思が窺える。あ、堀北略奪の罪で、御大はお嫌いかもしれないが(笑)

 冒頭の「スーダラ節」の歌詞を読んだ僧侶の父・植木徹盛さんの「これは親鸞聖人の教えだ」と感嘆するところ。植木さんが生前に詳しく語っていたところでは、「父は…詞を読んでしばらくウーンと唸りながら第一声は『青島幸男は天才だっ!』と叫んだ」ということだった。ずっとこの話が好きだった。
 なので、以来その影響を受けて、御大の名曲・名詩に出会うたびに「んーー吉田拓郎は天才だ!」「うーーー岡本おさみは天才だ!」「石原信一は…」「松本隆は…」などと感嘆するクセがついた。てか、最近は酔うとそれしか言ってない気がする(爆)。

 「刑事物語」での最初で最後の二人の一瞬の共演を思いながら、御大が次のステージで熟達の成果物「スーダラ節」を披露しても驚かない心の準備をしておこう。

2017. 9. 2

 行きつけだった居酒屋が閉店してしまった。小さくて汚いけどいい店だった。BEAMSとかが並ぶなかで、よく頑張ってきたというべきだろうか。隣の見知らぬ老紳士と芸能人と映画の話でとことん盛り上がったら、芸能プロの会長だったなんてこともあった。最後のほうだったけれどとてもお世話になりました。お疲れさま。

 BEAMSといえば、10年くらい前の御大のラジオで、

御大「BEAMSに入ったけど年齢的に浮いて恥ずかしくて買わないで出てきた」
かまやつさん「ボクは今もBEAMSで買ってるよ」(爆)
井上順さん「ボクは、BEAMS行ったことないけど、"天むす"食べた」(笑)

 かまやつさん、かっけーな。そして井上順さんのあくなき"駄洒落道"の追及はホント素晴らしい。まるで砂地に太いホースで水を撒くかのようだ。若者の間に「おやじギャグ」ということばが浸透して久しいが、若者よ、井上順を超えてから言え、と言いたい。

2017. 9. 1


 石川さゆりの「月の盃」。いい曲だなぁということで軽く流してきたが、前回の放送で、心に楔を打たれた。スキャンダルに苦しむ彼女に、静かなエールをこめて新境地のメロディーとアレンジを送ったという御大が素敵すぎる。凡百の励ましの言葉に優る、本当に「音楽」のチカラって素晴らしいと思う。そう思うと何度も繰り返して聴きたくなる「月の盃」だ。

 石川さゆりさんは、数年前、とある方のライブでゲスト出演さたれたのを近くでお見受けしたことがあった。美しい歌声のキレイな方だった。♪ウィスキーがお好きでしょ…を歌ってくださった。「これはレコードのドラムも島さんだったわね」とステージの島村英二さんとアイコンタクトしていた。「島さん」か。いいなぁ。きっと、御大は「拓さん」、エルトンさんは「エルさん」、松本隆は「まっさん」、松任谷正隆は、えーっと「おまっとうさん」ではないか…ツマラないオチ考えてんじゃねぇよ(爆)


 9月になれば…乙女座会はあるのだろうか。

2017. 8. 31

「襟裳岬」もそうだが「竜飛崎」上空も通過しているのではないか。まったくなんて夏の終わりだ。

 番組中に興に乗って歌われる吉田拓郎の歌唱&ギターが、どんどんイイ感じになっているのはすべてのリスナーの共通意見ではないか。これも毎週楽しみだ。
 いっそのこと「ひとりで喋ってます」のラジオで「ひとりで歌ってます」という企画をやってもらえないか。あのラフな感じでサラリと歌ってほしい。そういう御大もまた魅力横溢だ。

 わかっている。御大に「歌ってください」などと進言しようものならと大抵良くないことになるのが、ファンの経験則というものだ(爆)サファリパークのライオンに手を出して「お手!」と言うくらい危険だ。なんだそりゃ。

 しかし、ピカソとか有名な画家が、サラサラと鉛筆で描いたスケッチが、それはそれでまたとても魅力的なように、軽く歌い流す御大はとても素敵で、毎週、毎週、もっと聴きたいなと思うのである。

2017. 8. 29

 「…それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ」と森次晃嗣さんにあのセリフを今こそ世界に向けつぶやいてほしい。


 作品のクオリティが高くても「時代とマッチ」しなければ…という御大の言葉は、身を削って作品を作ってきた本人の言葉としてあまりに重い。
 その時の、時代の空気みたいなものがあって、その中で良質なものをリアルタイムで見極めるのはとても困難なことだ。少なくとも自分にはその力が大きく欠けている。

 早い話、例えば、1979年の春のシングルが「流星」、秋が「春を待つ手紙」、今にしてみれば姿勢を正したくなる超絶素晴らしいリリースの布陣だが、どちらもセールスは厳しいものだった。
 自分にしてからが、この名曲性を理解しえていなかった。もちろんレコードは買ったよ。でもそれだけだった。本当に名曲たる実感がなかったから、TBSのザ・ベストテンにリクエストしたり、文化放送の小川哲哉に電リクしたり、ロイジェームスの不二家歌謡ベストテンにハガキを書いたりもしなかった。そのときの時代の空気に埋もれ、名曲のクオリティを見極める目が曇っていことに痛恨の思いがある。

 なので今になって「流星」「春を待つ手紙」を名曲だと讃える時、自分にはどこかヤマしさがある。リアルタイムできちんと激賞出来なかった自分の不明を恥じ、御大に申し訳なかったと心の底で思う。

 その懺悔の気持ちでこのサイトを始めた…それは嘘だが(爆)、その時代当時のリアルタイムの気分と、それから幾星霜を経た今になっての気持ちとの偏差は、きちんと省みてゆきたい。

2017. 8. 28

ラジオでナイト 第22回 2017.8.27
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

吉田拓郎です。

<全アルバム全シングル 612曲、重複除いて550曲。フォーラム22日借り切ればオールタイムで歌えるという投書>
 そんなに少ないか。もうすぐ2000曲かと思ってたが。それにしても全曲歌うって、これをステージでどうなのって曲はある。スタジオだからできたという曲もある。

さて今日は、陽の当たらなかった作品に光をあてるコーナーです。
■タイトル

<番組でギター弾いてくれるのが好き、僕笑っちゃいますという投書>
(歌う)今週のテーマから外れる ヒットしている。はい姿勢を正して。
売れなかったというと失礼なので、陽の目をみなかった…同じだ。 最初の曲は、デモテープを作ったことまでよく覚えている。当時の自分のスタジオ16チャンネルで12チャンネルくらい使って作った。スタジオはいろんな事情があって手放したが(笑)。これは作っていて自信があった。1985年。売野雅男作詞  船山基紀編曲  この曲は絶対いけるとおもった。なぜ?と思った。

M−1  六本木レイン  研ナオコ

どうだろうな。ズレているのかな。作詞、作曲、編曲、歌手、全部そろっているような気がする。思ったより売れなかったのはショックだったな。自画自賛。起立。

 2曲目は、僕はレコーディングの現場に立ち会わないことが多いが頼まれれば行く。松本隆とかは詞の手直しがあるので現場に行くが自分は声がかからなければ行かない。
キャンティーズ、石野真子、井上順とか呼ばれていった。そう考えると呼ばれなかったのはなぜだろう。呼ばれてない人はどうなんだろう。
この作品は、出来上がり聴いてびっくりした。普通はアイドルだと下手でガッカリすることは多いが。これはうまいなとおもった。デモテープでは、ベースの速弾きを自分でやった覚えがある。

M−2  ハート通信  石川ひとみ

 メチャクチャウマイ。松本君との最初かな、伊藤咲子どっちだろうな。歌のうまいアイドルだった。

 次は、阿久悠さんの詞。当時、LOVE2で一緒だった吉田建にアレンジ頼んだ。石川さゆりといえば演歌だけど、ヒップホップみたいにしないかと提案した。石川さゆりさんは、いろいろトラブル時期で、少し変わったことしようよと。詞を観て、これは吉田建に行けるよ…と言ったけど、行けませんでした。姿勢を正して。

M−3 月の盃   石川さゆり

 いい感じのアプローチだよね。アレンジも新鮮。阿久さんも気に入っていらした。

 1978年。フォーライフの社長になって「大いなる人」の頃、東京キッドブラザースの仕事をした。
副社長後藤が持ってきた。フォーライフの先行きに暗雲が立ち込めている時代。そのため社長自らいろんな仕事をしていた。
 東京キッドは、アングラ劇団。僕は、アングラが苦手。メジャー志向が強かったので。「彼が殺した驢馬」という芝居。その全曲殆どを作った。ブレイクする前の柴田恭平がいた。そこに藤田敏八監督の映画「八月の濡れた砂」に主演したテレサ野田が客演していた。僕が一日だけレッスンした。フォーライフとしても、テレサ野田で一曲、どうよ、という企画をディレクターが持ってきた。糞忙しいのにどうなんだよと思った。…殆ど長い愚痴だったな。松本隆の詞だし、いい曲なんだけど、ボーカルがちょっと。  

M−4  ♪ラブカンバセーション  テレサ野田

♪ラブカンバセーション ここはディミニッシュコード

 売れるか売れないか。詞・曲・歌い手などの良し悪しではなく、時代とマッチするか、聴く人の心情をつかむかどうかが大事だ。いい曲だからヒットするか、というとそういうわけではない。そこらへんが売れる、売れないの線引き。

 桜井久美「大晦日」歌いにくい詞だなぁ。岡本おさみさんの詞を歌う人は可哀想。「ルームライト」とかも。こないだクラッシックの人が「襟裳岬」を歌っていたけけれど、歌えていなかった。これは歌じゃないよ。「あんたを超えて」四方堂亘。知らないよね。
  「あなたを愛して」BUZZ。昔は、オフコースと双璧だった。小田がロックバンドにしてブレイクしたけど、それまでは陽の目を見なかった。BUZZは、「ケンとメリー」がヒットしてその何曲か後に、 オレが詞まで書いて、石川鷹彦にアレンジしてもらったけれど、 これはだめだった。清水健太郎「さらば」…ダメだった。言葉がないな(笑)

 この曲をかけなきゃいかん。新聞で森進一の大全集の広告を観た。「襟裳岬」は入っていたが、なぜか「夜行列車」が入っていない。諸君、どう思う。カミさんに言ったら「森さんが嫌いじゃないの?」 こうなったら意地になるよ  な、喜多條。マイフェイバリットで毎週売れるまでかけるぞ(笑)

M−5 夜行列車  森進一

 ちょっとメロディに、詞に、そしてボーカルにインパクトが足りないことは否めない。「否めない」はこういう時に使う。「襟裳岬」より「夜行列車」が好きな人もいる。夜行列車もなくなっているし、懐かしさでもう一度ブレイクしないか。
いいキャッチフレーズを募集する。オレの手ビューの時のキャッチフレーズは何度も言うけれど、「荒れ地に太いホースで水を撒く」だもんね。どんなオシッコをするんだ。

 次の曲は、康珍化作詞でアレンジが武部聡志。古い曲でも結構、武部がアレンジしている。武部とはLOVE2で初めて会ったけど、その前からアレンジは何曲かあったことを知った。
康珍化には、独特の世界がある。可愛らしいし、男の世界もある。これは、詞がトテモかわいい。早く歌ってほしいなと思った。加藤紀子は当時25歳。

M−6   ふゆがきた  加藤紀子

 宣伝マンは、こういう作品にキャッチフレーズをつくる。この仕事は大変だ。昔はお皿をもって売れ込みにラジオ局とかに回っていたものだ。

■今週のマイ・フェイバリットソング

  かねてからずっと言っていたTBSの企画でオーケストラつけて高校三年生みたいにして作ってくれた。東海林太郎さんのように歌っている。そういえば、昔のマネージャーの渋谷高行。酔うと東海林太郎(国境の町をハミング)を歌う。踊れない人なのに、ディスコでカタイ踊りをする人だった。

 考えてみりゃ、準ちゃんはずっと引き合いに出されて、最初は嬉しかったかもしれないけれど今やさぞ迷惑だろうな(笑)。「勘弁してよ吉田君」って感じかも。しかし初恋というのはいいもんだけど、苦い思いがある。歌を作ってプレゼントなんて、男たるもの、いい大人になれないぞ。高倉健はそういうことしないんだよ。思い出は、大学よりも高校が一番だ。悲恋、悲惨だけど思い出深い。
 後に番組で準ちゃんに逢った時は倒れそうになった((笑))そんなことは言うなら言わないでと嶋田さん怒っているだろうな。

M−7 準ちゃん  吉田拓郎

 これ次のエイベックスのシングルカットだな

■エンディング
もう神にかけて準ちゃんはかけない。デモテープとか断捨離しよう

どうしたら、番組でハワイに行けるか募集。珍曲。変わった方言。
お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆ 「全曲550曲を22本のライブで歌い切れる」というメールにいきなり衝撃を受けた。なるほど。私のようにやれ崖メロだ、隠れた名曲がたくさんあるだろ、とかここで文句言っているのはダダをこねてる子どもみたいなものであって、こんな風に具体的プラン設定を示すところが実に大人で素晴しい。まるでデキるビジネスマンのプレゼンを聴かされているようだった。御大は、否定したが「意外にたやすいことだな」と思ってくれたのではないかと期待してしまう。

☆ 「六本木レイン」は名曲だ。非のうちどころのないクオリティ。12チャンネルで作ったデモテープも超絶聴きたい。研さんは、「明日の前に」もカバーしていて、こっちもメチャメチャうまい。カップリングで再リリースしてはくれまいか。

☆ 出たぁーーーーーーーーー。「ハート通信」。これぞアイドル提供曲の真骨頂だと私は思う。絶品とはこのことだろう。もうアグネスのことは忘れよう、忘れていいという気がした。「ハート通信」は、石川ひとみによって命を与えられた、石川ひとみの傑作である。時期は、「東京メルヘン」の方が普通に先なのではないか。

☆ 「月の盃」。いいねぇ。しみるよね。阿久悠は「さらば」だと思ったが、こっちか。ヒップホップだったのか。スキャンダルに苦しむ石川さゆりへのさり気ないエールだったことが窺えて、それも嬉しかった。

☆ 東京キッドブラザースは、結果として名曲名盤となったものの、私には、東由多加さんが、単なるイッちゃってる怖いおじさんにしか見えず、御大との間で会話が成立しこと自体が想像つかない。案の定、一度は大喧嘩になって、曲を全部引き上げるとこまでいったらしい。

☆ 御大…テレサ野田が好きだったくせに(爆)。ラブカンバセーションは、なんか妙に郷愁を感じる。この曲は、テレビCMもあった。最後に「日音」て出るやつ。

☆ 桜井久美…ひさみ だったのか。

☆ BUZZは、「あなたを愛して」の時、ラジオ関東の番組を持っていて、リアルタイムで、この作品の売り出しを観ていた。しかし、最後「私たちの青春のすべてをかけたこの作品だったのですが…」と事実上の敗北宣言を出したのも聞いていた。万感胸に迫るものがある。

☆ 「夜行列車」の落選は悲しいが、奥様の「森さん、この歌嫌いなんじゃない」のお答えには笑ってしまった。

☆ 「ふゆがきた」は、本人歌唱の記憶も新しい。それ以来冬にはならない曲になってしまった。吉田建まで出てくるなら、松本明子の「ステラ」はどうなんだ。あれは、売れたのかもしれない。
☆ 2週続けての企画は素晴らしかった。お茶らけた企画になりやしないか不安だったが、御大は、真剣に作品たちを振り返り、勝負曲を選出してきた気がする。どれも名曲である。御大のメロディメーカーの才を存分に味わうことができたし、堂々たるひとつの世界があった。もちろんこれで終わりではないし、これに尽きるものではない。どうか、こういう企画を続けてほしい。音楽関係者も御大にレスペクトとかおべんちゃら言う時間があったら、レコード会社横断で、「吉田拓郎提供曲全集BOX」でも作ってくれよ。そこには「夜行列車」も入れて。

☆ここまで御大を惚れさせ、音楽を作らせ、そして今も追慕を受ける。確かに、嶋田さんは心の底から迷惑かもしれないが、拓郎ファンにとっては、あなたくなして今はなかったという偉人である。もはやファンにとっては「準ちゃん」は永遠の讃美歌のようなものだ。

2017. 8. 27

 陽の目を観なかったメロディーたちは、こうして今の私たちに逢うためにひっそりと生きていてくれた。詞を奪われたり、憂き目をみたり…たぶんいろんなことがあったでしょう、人に隠れて泣いたでしょう。それでも、よくぞこれだけの仕事をしておいてくれた御大。ともに感謝したいものだ。もう一度、崖っぷちのメロディー探検隊憲章を胸に刻みたい。

 ところで、この隊憲章は、古典的な野崎孝氏の訳とその後の村上春樹氏の訳が二種類ある。どっちか迷うところだ。心の底からどうでもいいことと思われるだろうが。

 「でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子ども達がいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。何千人もの子どもたちがいるんだけれど、他には誰もいない。それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かがその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。(中略)そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。たしかにかなりへんてこだとは思うけど、僕が心からなりたいと思うのはそれくらいだよ。(J.Dサリンジャー 村上春樹 訳)」


 「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしてるとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない。で、僕があぶない崖のふちに立っているんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえてやることなんだ。(中略)一日じゅう、それだけやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういうものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げていることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。(J.Dサリンジャー 野崎孝 訳)」

 …6:4いや7:3で古典訳かな。

 ま、そんなことはいいか、がんばっていきまっしょい。今日も名曲に逢えることを楽しみにしちょります。

2017. 8. 26

ああ、夏も終わってゆく。夏の終わりの唄は数あれど、

“海辺の町は夏の終わりと酸っぱい恋で、
         みかん色に知らんふりして暮れてゆく”

このフレーズにすべでが凝縮されている気がしてならない。

  あれこれ自分が感慨に耽っても、やはり夏は若者のものだ。
縁も脈略もないが毛沢東の言葉を勝手に借りれば、

  「夏は、君たちのものであり、また、われわれのものでもあるが、しかし、結局はきみたちのものである。きみたち青年は、午前八時、九時の太陽のように、生気はつらつとしており、まさに、希望はきみたちにかけられている。」

  地球の気候が大変わりしつつあってとても心配だが、若者の夏よ、永遠なれと、おじさんは遠い目で思う。

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2017. 8. 25

 で、ヘタクソながらも「制服」を歌わせてもらった。今まで「集団就職」「一番キレイだった女の子」のイメージがなかったが、今の私には「ひよっこ」の藤野涼子さんがいる(爆)。もう彼女に捧げた。妙に腰の低い男に私がなってあげよう。いみふ。

 前回の放送以来、“さよならロッキー”が頭を離れない。♪さよならロッキー、さよならエイドリアン…が脳内で繰り返す。いい曲だったな。確か、当時、セイヤングにカーニバルがゲストで来たと思う。

 いい曲だけど、唯一の違和感は詞だ。「無名な詩人」の彼との貧しいながらも愛のある暮らし。二人で無理してロードショーで観た「ロッキー」。“帰り道に あなたはシャドウボクシング、真似た” その気持ちは心の底からわかるが、「ロッキー」を観た帰りに路上でシャドウボクシングする人が、詩人になれるとは思えない(爆)ペンを捨てても仕方なかったのではないか。岡本おさみも松本隆も中原中也も、ロッキーを観た帰り道にシャドウボクシングしたりしなかったと思う。>中原中也は映画観てねーだろ。

2017. 8. 24

 ピアノを囲んでそれぞれがそれぞれに勝手な思いを抱えて歌う。私ごときでも音楽っていいなとしみじみ思う。いい夜だった。松山千春さえもいとおしい。
 それにしても、御大は南さんと山本さんの歌詞先導にいつも怒っているが、ご自身が、篠島他でのガッツリ歌詞先導をして「夏休み」を歌唱されていたことは、どうお考えなのだろうか(笑)

2017. 8. 23

 これまで、真夏に仕事で外回りする時は、♪歩け歩け太陽の道を…の唄をいつも脳内で繰り返しながら頑張って歩いてきたところ、今年7月には熱射病に倒れてしまった。年齢を感じざるを得ない。さすがにそれ以降は気をつけて♪歩けるかい、歩こうね、歩こうよ…という感じで養生しながら歩いている。ネタではないぞ。「歩け歩け」〜「歩こうね」それぞれの人生のライフサイクルに対応した作品を用意してくれている御大の懐の深さを思わずにいられない。

 あ、チェリーズの「わたしのサタン」のジャケットだ。真田広之かっけーな…。そういえば前回言っていた阿久悠のもう一曲は、もしかしたら、あれだろうか。あの曲も名曲だ。聴きながら自分で涙ぐみつつUramadoを書いた記憶がある。やはり歳だ(爆)

2017. 8. 22

 夏の終わりはかくも深き提供曲の世界に身を委ねようではないか。

 御大は、軽くスルーしてしまったが、大野真澄「ダンディー」は大好きだった。
 詞が松本隆であることを考えると、多分やさぐれてしまったドンファンを書こうとしたのではないかと思われる。まさに「使用後のドンファン」というくらい哀しく切ない。これも吉田拓郎がモデルだと言いおったら許さんぞ松本隆(爆)。

 この詞を包む御大のメロディーがいい。哀愁を含んでいながら、どこか心地よく音楽の海に浸ってしまうような気持よさがある。吉田君、ここでも天才の仕事をしているよ。

 わりと最近フォーライフのオムニバスアルバムにCD音源で入ったよね。

2017. 8. 21

ラジオでナイト 第21回 2017.8.20
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 こんばんは吉田拓郎です。

 売れなかった曲というのは、もしかしたら注目を浴びた曲より愛すべきヤツらではないかという気がしてきた。ああ、売れなかったという感慨と同時に、愛情を新たに感じている、かわいいヤツらだなと思う。売れなかった原因はいろいろあるが、一番は、メロディーが良くなかった。詞が良くなかった。たとえば喜多條さん‥名指しか(笑)。アレンジが大事だけれど、これがイマイチだった可能性がある。また歌った歌手が、マッチしていなかったということもありうる。これも致命的な原因として、歌った人が下手だったということもありうる(笑)。現場では言えなかったけれど、この人、下手だなぁと思ったことがあった。
  それから詞・曲・アレンジ・歌が時代とフィットしていないこともあるかもしれない。聴く人との心情とズレがあったのかもしれない。なんて吉田拓郎は勇気があるんだろう。


■タイトル
 こうしてみるとそういう曲が、意外に多いんだ。とても二週では、できないので抜粋する。
 
M−1  恋かくれんぼ  富田靖子

 (歌う)いい曲じゃん。最初からノっている。作詞松井五郎に作曲入江剣だよ。荒れ果てた大地に太いホースで水を撒く。あらためて世に問う、新たなキャッチフレーズで再プッシュしたい。いいよ、これ、アレンジもムーンライダースの白井(良明)君がやってるんだけど。いいね。

 陽の目を観なかった曲。いろんな曲が出てきた。さよならロッキー、六月の花嫁、エトランゼ、私のサタン…
<キャンディーズのやさしい悪魔かと思った私のサタン、もうおうおうおうとのことろがいいという投書>
(ほぼワンコーラス歌う)「キャンディーズ」みたいに売りたいという会社に、喜多條と、それならキャンディーズみたいな曲にしてみたら、売れなかった(笑)。作詞喜多條に馬飼野康二のアレンジ。次の曲もそう。70年代、80年代よくやってたな。

 次の曲は、いしだあゆみさん、30歳の時だそう。

M‐2 今夜は星空 いしだあゆみ

 うーん、唸ってます。いいよな。君たちが宣伝マンだったらどうやって売っていくか。キャッチフレーズを募集する。

 次の曲は、いきさつはわかっていないけど、名古屋でしか発売にならなかったのではないか。井上美里という人の曲、ラジオでオンエアされたこともないし、家にもレコードでなく、カセット音源しかない。これは、バカな野郎どもでもさすがに知らないだろう。

M−3  Tokimeki Trip 井上美里

 名鉄百貨店のCMだったらしい。井上美里。会ったことない。この曲はメチャクチャ良くない?1984年。吉田君、結構な仕事やってない?

 次の曲は。作詞が阿久悠さん。この作詞で私が曲を差し上げた。記憶にはあるが、よく覚えていない。自分は、曲の依頼の際に、詞が先でないとダメだ。 詞がリズミックだったり、ハマったときは、これはイケると思う。詞を先に選ぶということは、売れるぞという気で作っている

M−4  ハーモニカの詩  小林旭
 どういうキャッチコピーがいいか。吉田拓郎、阿久悠、小林旭。悪くない世界だと思う。
 阿久さんとは「純情」という曲があるが、もう一曲いい曲がある。この「ハーモニカの詩」も、いいね。今のところ全勝じゃない?

 その他、「放課後」なんて曲もあった。

<「蛍の河」をお願いしたいという投書>
…小柳ルミ子のね。今回はシングルに絞りたい。

 これは作詞・作曲だよ。DUO。
「放課後」の詞を読む。

 あの女(ひと)の決めたアパートでひとり
 明日のことなど考えず
 吸いかけのうす赤いタバコなどふかしてみたよ
 何だかとっても臆病できっと
 何かを捜していたんだね
 あの女は見つかるとイイネって笑いかけたよ

 人生には早すぎて
 これからのことは多すぎて
 目がまわる目がまわる心がまわる
 これが愛でもいいじゃない
 これが愛でもいいじゃない

 授業時間は終わった授業時間は終わった
 飛びだせ 外へ飛びだせ ゥゥゥ

 これが吉田拓郎の詞か?(笑)

 フォーライフでは、他にボーカルこと大野真澄に「ダンディー」という曲を作った。詞は松本隆だけど、売れなかった。
 ケイアンナ 「今夜はごきげんな夜」 岡本おさみの作詞で、アレンジは瀬尾一三だ。
 原辰徳にもアルバム用に一曲作った。

M−5 砂漠の都会に  真田広之 

 「影の軍団V」の主題歌だっけ。真田広之って、いい声をしているね。いいボーカリストだね。

 次は、僕が詞も曲も書いた ディレクターNさんと出版社のTさんとは軽井沢のゴルフ仲間で、依頼された。普通は詞は書かないのだけれど、この時は杉田二郎のために詞を書いた。フィリピンパブ仲間だったし「アイライクユー」でバンブーダンスをよく踊った。ディスコ仲間でもある。二郎とは、よく遊んだ。このアレンジいい。ギターは、青山徹かな。

M−6 君住む街  杉田二郎

 いいね。三連だよな。こういう曲を作っていんだね。コーラスハイファイセットではないか。山本潤子の声がかすかに聴こえる。


 次は似たようなタイトルの曲。以前中尾ミエの「風の中で」をかけた。これも売れなかったけど。こっちは岡本おさみさん作詞の「風の中」。
 これは歴史に残るレコーディングだった。「我が良き友よ」、「水無し川」とかまやつさんもレコーディングに時間がかかった。しかし、この井上順は記録的。夕方から朝方までかかった。井上堯之さんが、いいオケだねぇと絶賛していたけど、ボーカルが、入った途端、空気が変わった(笑)。
 岡本さんの詞が歌いにくいので、現場でかなり変えてしまった。というわけで、オケは素晴らしいが、歌が入ったらどうなんだという

M−7 風の中  井上順

 いいアレンジで、これも馬飼野康二だ。順ちゃん聴いていないといいが。
ギターは間違いなく青山徹だ。


■今週のマイ・フェイバリットソング

 72年映画「旅の重さ」の音楽を担当した。TBSラジオで主演女優の募集をして、斉藤耕一らと審査員をしたが、僕の推薦した人はその後もダメだった。これは化けるぞというのが僕にはわからない。石野真子の時もダメでしょうと言ったら売れたし。原田真二とか男性はいいが、女性についてはダメ。

 この時、三曲レコーディングしたけど、斉藤監督が気に入らなかったので二曲没になった。監督はフォーキーな演奏を求めていて、ロックを嫌がったようだ。しかし、メンバーは、加藤和彦、小原礼、高中正義、松任谷正隆、高橋ユキヒロと豪華なメンバーだ。

M−8 歩け歩け 吉田拓郎

 斉藤監督、使ってほしかったな。素晴らしいよね。今何か使えないかね。

■エンディング

 来週は、今週よりさらにパワーアップ。あの問題作といわれている「準ちゃん」をTBSからいただいた。

 お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆スペシャル企画を前倒して始めてしまう御大の心意気どおり、素晴らしい放送だった。
御大は、膨大な崖っぷちの提供曲群から練りに練って選曲していることが窺えた。それだけで嬉しいではないか。冒頭に御大が言って通り、精査の過程で、発見があり愛情が湧き溢れ「可愛いヤツら」を実感したに違いない。まるで御大の新作アルバムを聴かされる時のような充足感があった。ハラショ御大。

☆練りに練っているからこそ、いきなり富田靖子と来たもんだ。入江剣は「幸せなんて欲しくない」とかがあるが、いかんせんもっと作品を作って、呉田軽穂、弾厚作と向こうを張ってほしいところだ。

☆いしだあゆみ。「今夜は星空」は名曲だし、なんといっても、いしだあゆみの余裕と雰囲気に満ちた歌唱が、すべてを活かしている。大人の歌唱だ。78年の豊作期のメロディーはどれも素晴らしい。78年豊作期については、Sideways 「失われた2年間が語るもの」に詳しい…って、自分で言うなっ!

☆さて、御大はすっかり昔の提供曲など忘れた老人(爆)を装いながら、いきなり井上美里「Tokimeki Trip」で、バカどもに反撃に出た。お見事。いかに提供曲を精査しているかがわかろうというものだ。崖メロでも「Tokimeki Trip」という歌があるとこは知っていても、聴いたことはなかった。名鉄百貨店。知らん。1984年あたりというのは御大もいろいろスキャンダラスな時期で、提供曲のエアポケットだったりする。
 探検隊としては、ツチノコを実際に目にしたような喜びがあったことを報告せねばならない。84年だけあって、アイドルとはいえロックスピリットに満ちている。

☆「私のサタン」。ありがとう御大。それも、♪もうおうおうおうの本人歌唱をご披露くださり、幸せです。
 そもそもDUOの「放課後」をリクエストしたのだが、なんと詞を朗読。作詞者ご本人のポエトリーリーディングですぜ。それだけでも嬉しかったが、なんといっても、石川鷹彦さんのアレンジが冴えまくる傑作なので、是非是非かけてほしいな。ってか、菅田くんに歌ってもらいましょうよ。

☆シングル・ルールがあるにしても、ちょうど昨日の日記で書いた「蛍の河」も聴きたかったですぜ。

☆「砂漠の都会に」は、ヒットしたよね。真田広之全盛だったもんね。手塚さとみの「ボビーに片想い」をついつい思い出してしまうが、関係ない。

☆阿久さんとの共作はもっともっと欲しかった。

☆「君住む街」は、不肖私のカラオケの十八番なのだが、いつも歌いながら泣きそうになる。そんな私の歌唱力への周囲の評価は低い(涙)。ひとりよがりなのであるが、この作品の素晴らしさは間違いない。

☆井上順「風の中」。「ボーカルが入った途端」に大笑いだし、岡本おさみさんの詞を現場で変えてしまったという逸話も初めて知った。んまぁ、マチャアキは、滅茶苦茶うまいから、なんとなく残念な感じもするが、順さんのボーカルはヘタだけど、ぬくもりのある魅力的な声だ。文字通り「ジンとしみる」作品だよ。今も深夜、お酒を呑んだ帰り道にひとりで歌ってたりする。

☆ でもって、ミカバンド+松任谷の「歩け歩け」ときたもんだ。カウントが入っているのは知らなかった。同じレコーディングの「私の足音」をあえてかけなかったのは、御大がこの曲「私の足音」のことを結構真剣に考え初めている兆表ではないかと勘ぐってみたりする。

☆ とにかく練りに練った前編後編構成と拝察する。後編はもっとパワーアップするという御大、楽しみだ。しつこいけれど、これだけの名曲が、今崖から落っこちで、海のもずく、ちゃうちゃう藻屑となろうとしているのだ。なんとかしてほしいしね、しようではないか。

☆シンガーソングライターのファンというのは、その人が作った歌をその人が歌うことに至福を感じる世界だ。しかし御大の場合は、それだけではなく、御大の作品を実に多彩な歌手の方々が、こうして歌うのを味わうことができる。本人歌唱だけではない、別の音楽のチャンネルがここまで豊富にあることは、拓郎ファンだけに与えられた僥倖ではないか…と、ひとり想えば、時は行く。

2017. 8. 20

「歩道橋の上で」は、何より「旅の宿」を思い起されるけれど、♪蛍が綺麗よ 見せてあげたい…のところで「蛍の河」も浮かんでくる。小柳ルミ子の唄声も美しい名曲だ。河だから、岡本さんはどこか別の場所を書いたのだろうが。それにしても、今年も蛍は観られないのかなぁ。

 さて、御大は、今日はどんなカードを切ってくるのだろうか。

2017. 8. 19

 森進一の「襟裳岬」と「夜行列車」の間に、小室等作曲の「湯けむりの町」というシングルがあった。襟裳岬の余勢をかってフォーク路線を企画したとのことだった。男がひとり温泉で、ひたすら湯治をしているだけの歌詞で、だからどうしたと心の底から言いたくなる、ある意味凄い歌だった。さすがに崖っぷちから落っこちてしまった気がしないでもない。
 しかし、この歳になって温泉に入ってると“明日は帰ろうか君のもと 湯けむりの町”と知らずに口ずさんでいたりするから音楽とは不思議なものだ。

 「夜行列車」と「冬のリビエラ」の間に「君よ荒野へ」という岡本おさみ作詞の名曲があった。これは御大に曲をつけてほしかったな。“君に今でも荒野はあるか 命かけているか”という詞は、今思うとちょっと大仰だが、胸が熱くなる歌だった。若いころは結構、励まされた。

 そう考えると森進一は、単なる演歌歌手におさまらない、チャレンジャーだったなと思う。その勢いあまって、ステージで原曲にないセリフの語りをつけてしまって、川内康範先生に怒られたのだろうか。あの時の川内先生の怒りも凄かったな。生きてる限りはどこまでも怒っていらした。
 セリフといえば「ハートブレイクマンション」。御大は、森さんとは逆に、ライブでは原曲のセリフの語りを省略するようになって久しい。きっとシャイな御大のことだから、テレ臭いのだと思う。しかし、あれは大切なセリフだと思う。松本隆が、川内先生くらい怒ってくれればいいのになと密かに思う。

 あれ?森進一の話だったのに。もういいや(爆)

2017. 8. 18

「夜行列車」の普及のため歌を練習している。おまえが歌ってどうなる。「襟裳岬」も難曲だが「夜行列車」も♪似合わぁぁぁないいってぇぇのところの声が全然出ない。わたしごときには無理だ。やっぱプロって凄いな。
 「襟裳岬」は森進一にとっても日本にとっても不滅の名曲だが、常に「冬のリビエラ」がその座を虎視眈々と狙っている気がして油断がならない。ここは「夜行列車」にも頑張ってもらって、御大の地位を盤石に固めておきたい。
♪なんの負けるか、大瀧ごとき、散らす火花の一騎打ち、頑張れ、強いぞ、僕らの御大…(「赤胴鈴之助」の主題歌一部改変、さぁ心ある同志よ、一緒に歌おう)

2017. 8. 17

 誰も知らない提供曲になってしまうには、それなりの事情があったりもする。御大は、奥ゆかしい人だから、「自分のメロディーのせいだ」と口にしたりする。そういう場合もないとはいえない…いや、あるが(爆)、やはり歌い手の歌唱力が原因というのが多い気がする。
 売れる売れないは時の運だが、やはり歌唱力のある人に歌っていただいてこそ御大のメロディーは生き、作品のクオリティーは確立する。そういう意味では、あのLOVE2時代のKinikiの歌唱力でカバーして欲しかった作品も多い。
 崖メロ探検隊の「Kinkiにカバーして欲しかったベスト3」は、@「放課後」(DUO)A「ひとりだち」(白鳥哲)B「俺とおまえとあいつ」(片山誠史)。誰なんだよ、というラインナップ(笑)。どれも歌唱力に難があるんだよ。いい曲だけに、もっと光を!と願わずにいられない。
 そういえば隊長候補だった彼はお元気だろうか。

2017. 8. 16

 ラジオでナイトの告知を読んで、昨日の日記で「皇帝のいない八月」と書いたが、「八月の濡れた砂」にしておけばよかったと、このバカは思った(笑)。いずれにしても二週続きの崖っぷち企画拡大に快哉を叫びたい。そりゃあ、一回、二回じゃ足りないよね。ありがとう御大。楽しみにしています。

 深夜、コトリンゴさんの「この世界の片隅に」の映画音楽の番組を観た。個人的に今回の広島ゆきは、御大の歌碑と呉のすずさんの景色が目的だったのでいっそう感慨深かった。
 原作ファンとしては、映画化は、ほぼ失敗するだろうと思っていたので(実際、実写ドラマはひどかった)、映像と音楽が混然と一体となった映画の素晴らしさに打ちのめされた。“悲しくてやりきれない”がいかにこの映画化に大切だったのかがわかった。
 別のインタビューだが、片渕監督の「悲しみの中からつかまえていく人生の実り」という言葉が重なり忘れられない。それって、御大の音楽そのものではないか。

 ここでも音楽のチカラを思う。

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2017. 8. 15

 今日の朝ドラは、藤野涼子さんのフィーチャーだ。ドラマにもかかわらず、クイズの応援をしてしまう。あの真剣な眼差しがまたいい。ああ、おじさんも一緒にハワイに連れてっておくれ。

 “USA for Africa”があって、”Live Aid”があった、日本では、”オールトゥギャザーナウ”があって、”ワンラストナイトインつま恋”があった。ずいぶんといろんなことが立て込んでいた1985年の初夏だった。
 そういえば、”Live Aid”にあわせて日本のミュージシャンも総出演的な番組もあった。新聞のテレビ欄には「吉田拓郎」の文字があったので夜通し観ていたがついぞ出演しなかった(爆)。”Live Aid”では、ボブ・ディランとキース・リチャーズとロン・ウッド三人でのアコギ演奏にタメ息をついた。しかし、ほどなくしてつま恋では、吉田拓郎と加藤和彦と石川鷹彦のアコギ演奏でまた感動することになった。

 今思えば、実に充実した素晴らしい夏だったのだが、当時は、心の底から楽しめなかった。どうしても”消えゆく吉田拓郎”、大きな何かが自他ともに終わってゆく寂寥感というか憂鬱さのようなものがいつも肩の上にのしかかっていて、気分が晴れなかった。つま恋85は、音楽的に素晴らしかったが、ああ楽しかったねとは決して言えない重苦しい気分だった。

 つま恋が終わると、御大はとっとと福山に雲隠れするように映画「RONIN」の撮影に入っしまった。

 あの重たい夏は、まさに「皇帝のいない八月」であった。

2017. 8. 14

ラジオでナイト 第20回 2017.8.13
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 こんばんは吉田拓郎です。夏の暑いときに冷たいチンチンに冷えたキーンとくるビール。一杯で十分。それがすごくうまい。ビアガーデン、ビアホールなどお店で飲む最初の一杯は極上だ。家で飲むとそうでもないという不思議。なぜお店で飲むビールがうまいのか。注ぎ方か、缶瓶はガスが多いのではないかなどなど、諸君、吉田拓郎流に言うと、お店で飲むビールは、そこに足を向けてお金を支払っていくところで人間としての覚悟が出来ている。家では、いざという覚悟、根性の入れ方が違う。緊迫した緊張感が足りない。家ではよく出してくれるからか。人間とビールの間のアトモスフェアーではないか。ビールにうるさい人は、温度管理などにウンチクがあるが、吉田拓郎はウンチクがない。バカなんだね。凍る直前のチンチンキンキンが好きだ。

 おつまみは、42パーセントが枝豆、なんでソラマメじゃないのか、カミさんがよくたせしてくれて好きなんだけど。2位からあげ  3位ポテトフライ  4位 塩キャベツ 4位 なんこつあげ。
 僕はとにかくつめたーーーーーくした凍る直前のビールをお店で飲む。コンサート終了後の楽屋で飲むバカがいる、ALFEEの桜井。打ち上げのお店まで待つ。そこで飲むのがうまいのなんの。


■タイトル
  若いころ広島のビアガーデンで演奏していた。うるさいロックバンドは、注文が聴こえないのでビアガーデンには向かない。音が大きいので、ハウンドドッグとか絶叫していたので(実演してみせる)電源を切られた。するとドラムしか聴こえない(笑)それでも生歌で歌った。生ビール対生歌。とにかくギャラが安かった。ビール一杯飲むと無くなってしまう、そんなギャラ。深夜によく歩いて帰った。
 あの頃から、ビールは永遠だ。是非チンチンカッキンコッキンをお店でいだく。できたら、枝豆でなくソラマメで。

M−1  夏休み   鬼束ちひろ


 ビールといえば、ハワイに行くと僕はいつもバドワイザー。What kind of beer…とか言わずに「バド」で通じる便利さ。 ハワイ行きたいな。行くか! 

 さてここで問題提起をするのでよく聞いてほしい。

<人生を語らず、落陽、に飽きたと言っていたが、他に歌いたい歌があるんだったら歌えばイイ。落陽もやらなくていい、客のことなんか考えない、それが吉田拓郎だという投書>
…誤解されているな

<また落陽、春だったね、またかなんて思わない。よく歌ってくださったと拝みたい気分だ。もともと地方ではテキトーなこともあった。きわめつけは沖縄で二日酔いで、開演一時間遅れて、結局、椅子に座って歌ったし、そういう人間くさいところが大好きという投書>
 拍手。どちらかという後者だな。

  沖縄と大阪には借りがある。大阪はかつて当日中止にしてしまった。そういう弱いオトコなんだから。沖縄のイベンターが、シークワーサーを入れると悪酔いしないと言われて信じて、安心して古酒をシークワーサーを入れて夜中まで飲んだ。次の日朝、苦しかった。ゲーゲーゲーとベットとトイレを往復する、頭はグラグラする。で1時間遅れてステージに出たが、立って歌う元気もなかった。その後改心して沖縄に行った。本当に、沖縄と大阪には悪いと思っている。そういう小心者の男なんだから。

 フォークビレッジのテーマと僕らの旅をつなげたらどうかという鳥山の提案で…

M-2 oldies


■ラジオでナイトクラブ

<私の映画の思い出、自分も出演した佐々部監督の「結婚しようよ」にエキストラとして出たという投書>
 2006年のつま恋の時に映画収録希望したが、断って合成で作った。映画「RONIN」に出たとき、ミュージシャンなので、現場で、俳優の気持ちがわからなかった。川谷拓三さんや伊武さんにいろいろ教えていただいた。
 長いセリフが覚えられないので、川谷さんたちに監督に頼んで、短くしたりできないかな?と相談した。「なにをいうんだ拓郎くん、役者というのは一言でも多くセリフが欲しいものだ、少しでも多く演じたいものだ」とたしなめられた。川谷拓三さんからは教えて貰った。武田鉄矢から教わることはなかった。あいつは呪われていた。他の役者からはいろいろなことを教わった。

<ネールサロンで若い娘にやってもらうと拓郎さんは言っていたが、自分は、マッサージの電話予約で、希望を尋ねられて、どっちでもいいですとカッコつけてしまうという投書>
 ここが男のバカなところ。言えないよね。俺はヤダよ。自分で予約もできない、奥さんに電話してもらうので、できる。

<暑いですね、異常ですねという投書>
 本当に温暖化している。トランプさんいいの?台風やゲリラ豪雨など昔はなかった。

<昔兄弟でフォーライフのシャツを着ていた、超ベンチャーのフォーライフ。そのさなかにつま恋をやっていた。あのパワーはどこから来るのでしょうという投書>
 フォーライフのTシャツ、家のマークか、あのマークは結構苦労した。最近つま恋の特集の取材が多いがお断りしている。そもそも記憶にないから。それに、若いときには、つま恋もフォーライフの時も若者特有の「怒り」「苛立ち」「焦り」があった。現状に甘えてる自分への怒りがあった。そこからエネルギーが出てきていたのだと思う。


■今週のマイ・フェイバリットソング
  
M−3 可愛いアイシャ   スティービ・ーワンダー

 いいね、愛が満ち溢れている。これほど愛のあるミュージシャンはいない。Isn’t she lovely と歌われると、素敵だねと思ってしまう。このボーカルの愛に溢れた説得力。
一番感動的なのは、1985年 USA For Africa のメイキングVTRで、スティービーとディランの2ショットがたまらない。ココを歌ってくれというとライオネル・リッチーあたりから言われて、たぶんOKと軽く承知したディラン。俺と似てるから…そうなのよ。しかし、現場に行くと、「ココ俺どうやって歌うの?スティービー、一応わかってるけど教えてくれよ」と尋ねるとスティービーがディランの節回しでピアノで歌ってみせる。「なんだ、最初からそう言ってくれよ」(笑)これは想像だよ。とにかくこの世界の超スーパースターのショットこれほどの名場面はない。これほどの名画はない。映画「ジャージーボーイズ」も勝てない。今でも忘れられない。

M−4  心の愛  スティービーワンダー
 
■エンディング
 (夜行列車を歌う) なぁ覚えているか。夜行列車をヒットさせる会。もっと盛り上げよう。
番組でハワイへ行こうよ。どうしたらハワイに行けるのか、みんなも考えろ。
スペシャルウィークで、今まで提供曲を作っているが、まったく売れずにも僕自身も記憶にない、箸にも棒にもかからない提供曲を特集してみよう。リスナーの中に、そういう曲を知ってるやつも少しはいるかもしれないが、そういうヤツを何というか知ってる?バカって言うんだ(笑)  

お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆そうさ、バカじゃもんの。

☆暑い。吉田拓郎にはビアガーデンが良く似合う。随分前に、ビアガーデンに行ったら、偶然、隣のテーブルが吉田拓郎様御一行だったことがあった。

☆そうですか、ソラマメがお好きですか。ソラマメと言えば、このラジオの時間帯、ニッポン放送の日曜夜11時台は、大昔は、ソラマメさんこと滝良子のミュージック・スカイホリデーというラジオ番組があって、よく聴いていた。殆ど吉田拓郎の曲がかからなかったが、一度だけ「流星」が流れたことがあった。だからどうした。

☆フォーライフのあの家マークは、私にはトップブランドの印だった。Tシャツもステッカーも宝物だった。胸にマークが刺繍された多分スタッフ用Gジャンがあって、小坂一也がテレビで「春になれば」を歌うときに着ていて、心の底から欲しかったものだ。

☆さて、ライブにおける落陽、人生を語らず、春だったねの選曲についての両論併記。どちらの方も、「吉田拓郎は好きな歌を好きに歌えばイイ」というファンとしての温かな慮りに満ちていた。その意味ではどちらも相反することは言っていないと思う。齢70歳を超えた御大があれだけのライブを演ってくれることの有り難さと感激があることはすべての大前提だ。御大が気持ちよく歌ってくれることが第一だ。
 しかし、どうせ片隅のサイトなんで忖度せずに言ってしまうが、一消費者の意見としては、「落陽」も「春だったね」「人生を語らず」も我が人生にとってのかけがえのない神曲だが、ライブで聴くのは、飽きた。あぁぁぁぁぁもう完膚なきまで飽きた。てか、こんなに蔭に日向に愛に満ちた名曲が溢れているのに、なぜ一部のスタンダードしかライブでやらないのかわからないし、まるで大団円のような懐メロ歌手に自ら舳先を向けているような気がしてならない。
  ついでに言ってしまうと、鳥山・武部氏は、素晴らしいミュージシャンであることは私ごときが言うまでもないが、彼らの「落陽」は、ノンアルコールのビールかカロリーオフのコーラみたいだ。ビアガーデンで飲みたいとは思わない。優秀な模範答案なれど行間から溢れ出る魂の律動がない。なんだそりゃ。でもそんな感じがする。

 Caravanで取り上げさせていただいたように、御大ご自身が言っておられる「落陽はもう要らないというライブが見えてきた」という言葉にこそ、私は希望の明日を夢見てしまうのだ。

☆沖縄は、中野のことがあった後なので心配したな。二日酔いとは知らなかったし(笑)。前の席の女性なんて、御大が登場したとたん「生きてた」みたいに号泣しておられた。
 沖縄、大阪、気にしている御大。言わなくてもわかるよ。しかし、言ってくれて嬉しい気もする。

☆1985年 USA For Africa 大好きだった。奇跡的に集合した超絶なミュージシャンたち。私が好きなのは、ブルース・スプリングスティーンがボブ・ディランに挨拶に行って握手をするシーンだ。テンション高いスプリングスティーンと高くないというより明らかに低いボブ・ディランの握手のシーン。
 後に、長崎のスーパーバンドの楽屋で、浜田省吾が吉田拓郎に手を差し出して握手してご挨拶するシーンを観たとき、ああ、あれだと思った。浜省は、力強く握った手を振り、テレ屋の御大は、俯いてちょこんと頭を下げる。あのシーンも大好きだ。

☆出ました。ハワイ。御意。行こうじゃないですか。

2017. 8. 13

 初めて訪れた広島修道大学は、本当に緑深い素敵な場所だった。しかし若い大学生が毎日通うのには相当の克己心が必要だろう(笑)。この樹や緑のある場所で、御大が歌おうとしていたのか。感慨深い。いや、まだあるかもしれないぞ。耳を澄ませ、目を見張れ、そうだアトム、油断をするな。

 広域公園駅を挟んで広島修道大学の向かい側にある老人ホームが「やすらぎの里」で、びっくらこいた(爆)。石坂浩二を吉田拓郎に置き換えて、矢沢永吉・小田和正から泉谷しげる・小室等まで、中島みゆき・ユーミンから五輪真弓・イルカまで、オールトゥギャザー・ナウな老人ホームを思い浮かべて…絶句する。

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2017. 8. 12

 坂本九さんの「上を向いて歩こう」が全米1位を記録したことは、歴史の知識としては知っていた。しかし、御大はマイフェバリットのコーナーで、当時、毎週チャートのランクがUPするのをFENのラジオでワクワクしながら聴いていたこと、ついに1位になったときの快哉の叫びをリアルに教えてくれた。おかげで偉業の意味が身に沁みてわかった。あの歌は日本人にとって夢と希望だったんだな。当時の気持ちや空気がわからないと歴史はただの記録だ。
 あの忌まわしい事故も、あのとき日本中に走った衝撃と慟哭とともにしっかり心に刻みつけておきたい。直後にヒットスタジオで森進一が涙で歌い上げた「見上げてごらん夜の星を」も一緒に。
 ご冥福をお祈りします。

2017. 8. 11

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 やっと観られた歌碑。除幕式に行けなかった私を9年間もずっと待っててくれた。写真で何回も見て、なんて素敵な歌碑なのかとタメ息をついていたが、本物の質感はまた格別だ。本当に樹や緑が香る美しい学内に静かに、しかし凛と佇んでいた。夏休みの早朝で周囲に誰もいなかったので存分に対面できた。人目がないので、抱きしめたり頬ずりしたりして愛を確かめあった(爆)
 レプリカとかを作って欲しいなぁ、もちろん卓上サイズで、それくらい素敵だ。
 この歌碑を制作し、設置し、運営してくださる方々にあらためて魂の底から御礼申し上げます。そして、これからも未来永劫いつでもここで会えますようお願いします。

2017. 8. 10

 "可愛いヤツラ"を涙ぐみながら読み返す。涙ぐんでばかりだな。陽の目を見なかったすべての御大の子どもたちに逢いたいと思う。売れなかったということはビジネスからこぼれ落ちてしまったわけだから、殆どの音楽ビジネス関係者はもうアテにならない。可愛いヤツラを見つけ出し、愛で、しかと抱きしめてやれるのは吉田拓郎本人と私らファンしかこの地球上にいない。なんというか本気でやってほしい番組だ。
 そして御大の言う新しい発見が心の底から楽しみだ。まるで御大とみんなでキャラバンに出るみたいじゃないか。

 ところでいま広島アストラムライン拓郎号に乗って早朝の歌碑にひとり向かうところ。

2017. 8. 9

 先週末の朝ドラの「ひよっこ」で、記憶喪失の沢村一樹が、佐々木蔵之介と再会したが思い出せずに苦悶の表情を見せた時に、すかさず佐々木が「大丈夫ですよ。僕が憶えていますから。」と手を握るシーンがあって思わず涙ぐんだ。私もいつか御大の手を強く握って同じことを言いたい。どういうシチュエーションだよ(爆)。

 ついでみたいに言うのは不謹慎だが、今日も忘れてはならない日だ。この都市も焼け尽き、この都市からも確かな愛が聴こえる…のだ。そんなこんなで"崖メロ探検隊、西へ"。

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2017. 8. 8

 よくぞ思いついてくれた夢の企画。ありがとう御大。崖っぷちのメロディーを願いて幾星霜、崖メロ探検隊(隊員1名。隊長募集中)を組織して12年余、ようやくこの極北をゆく苦難の旅が報われようとしている。何にもしていないけどさ(爆)
 隊の活動報告書をお送りせねば。他の探検隊(あるのかよ)の方々の渾身の報告も楽しみだ。もしニッポン放送になければ、他局、レコード会社、全国に捜索をかけようではないか。まさに文化財の発掘という尊い作業なんだから。…あれ、御大は持ってないの?

2017. 8. 7

ラジオでナイト 第19回 2017.8.6
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

吉田拓郎です。

<天下の吉田拓郎たるもの奥さんの買い物で文句を言ってはいけないという投書>
 エルメスでなくプラダ、グッチ。奥さんの買い物を見張るのはダサイ、ウザイという人もいた。家の場合は、みつくろうのは僕の仕事、100万,200万円で文句言うなというけど、請求書を観ると、ウッヘーとびっくりするものだよ。

<坂崎さんは禁じられた遊びは弾けるという投書>
 ざげんじゃねーよ、男がすたらぁ(弾く) やっぱり弾けない(笑)スリーフィンガーではダメだ。

<LOVE2放送時間があまりに短かったという投書>
 収録は3時間、もっと面白いとろもある。光一とも、もっとやりあった。光一くんは若いころから、ファンにもずけずけ言う、泉谷しげる的なところがある。38歳になっても、ファンや僕にも、平気でかみついていく、そこがチャーミングだと思う。昔、女子大のロケで、キャーキャーいう女子大生に「うっせーな」と言う。変わっていない。最近メールで、「そこが好きだ」と書いたら「嬉しいです」と返事が来た。

 さて、なぜ土用の丑の日にウナギを食べるか。それは自分で調べてもらうこととして、うな重は普通。名古屋では、ひつまぶしというのがある。
三種類に分ける。@うな重として食べるAねぎ、わさび、のりで食べるBだし汁でお茶漬けにして食べる。知ってる?これが、うまいんだよ。

■タイトル
 ラブレターを募集しているが、メールとかハガキ、書きづらそうだね。出すも貰うも、経験が少ないのかな。みんなモテなかったんだね。吉田拓郎ファンはモテない人多かったのかな。自分もモテなかった。大学時代、女子大生に「山へ登らないか」と電話をかけた。来週の日曜、待ちあわせ、山の上でチューしようと思って、下見しに行った。犯罪だよ。押し倒す練習までした。そこまでやったのに、当日三時間待っても来なかった(笑)。

M−1  メランコリー  一青窈

 皆さんもモテなかったなりにラブレター、電話告白の思い出があるようだ。

<雑誌のペンパル募集で文通していた、弾き語りの歌を送っていたという投書>
 中尾ミエ、芦川いづみと文通したかったな、
<…で、髪の毛が細くて繊細という彼女のイメージだったが、実際の自分はそれとは全然違うので破談してしまったという投書>
 淋しい話だな。僕も「準ちゃん」(歌う)。フルオーケストラでアレンジしたものがある。TBSで作ったんだが(笑)。曲をプレゼントする手法はダメだ。女子は喜ばない。フニャケタ男はダメよ。日に焼けて汗をかいているバスケ部とかがモテる。自分に言い聞かせている。本当にモテなかったよ。

<50年前ラブレター貰ったが他人の作だったという投書>
<中一の時一目ぼれてして手紙を書いたら相手の男の子から、熊本弁ではなく、キザな文で天にも昇る思いだよ、どんどん話しかけておくれよ、いつも見ているよと返事が来たら、一瞬で覚めたという投書>
 そりゃ、広島弁で、ワシゃあ…とラブレターは書かないでしょう。このコーナーは、もうすぐ終わりそうだ。

■ラジオでナイトクラブ

 1970年3月30日「平凡パンチ」。抜粋の許可の問い合わせが来たので読み直した。全共闘学生運動崩れと暮らしていた泉岳寺のアパートが映っている。タイトルは、「120曲のニューフォークを作った日本のボブディラン」。そんなに作っていないと思う(笑)

 「フューチャーズサービス、上智の学生運動で処分された男7人に女1人。闘争に疲れて金儲けでもしようと思った。」…とある。彼らが広島フォーク村に目をつけて、「古い船を動すのは古い水夫じゃないだろう  若者の広場と広場にかける橋」が発売された。

 雑誌では、「日本のボブディラン  吉田拓郎クン」「全共闘がなぜ選んだか。吉田拓郎の才能」フューチャーズの斉藤さんが語る。「ユーゲントレーベルはドイツ語で若いという意味」「吉田くんの歌に感じちゃいました」
ウソだ、斉藤くん(笑)。
 フューチャーズサービスに広島フォーク村を引き合わせたのが、浅沼勇(エレックの専務)だった。フューチャーズサービスは、広島までやってきた。しかし、毎晩キャバレーに通っていた。どこで稼いでいるのか、すげーお金をもっていて広島で酒池肉林だった。決して純粋なものではなかった。キャバレー通いでほだされた(笑)。

 浅沼「イメージの詩はメロディーが斬新です」(歌う)そんなに斬新ではないだろう。「吉田君はこういう歌の頂点にいく、自作自演の強み、声がいい」。なにせ後に、荒れ果てた荒野に太いホースで水を撒くというキャッチコピーだったから、なんなんだとオレはと思った。
 「R&Bが好きなせいか、アフタービートが効いている。ディランの先を行っている」…褒めるなぁ、浅沼さん。「歌謡曲やコマーシャルベースでも十分いける」…って先見の明があるな。

 吉田拓郎本人のインタビューだけれど
「僕の歌は、どんなジャンルにも分類されません。要するに歌なんです。」
 ホラ、拍手。デビュー前から言っているじゃないか。
「(自分の歌を音楽として批判する人もいるけれど)僕は自分のやっていることが歌。自分の歌に歌謡曲、フォーク、ジャズとか決めたくない」(拍手)「フォークとかロックとか歌に名前をつけることになんか意味がない」拍手(笑)
「自分で作っていてどういう意味だかわからなくなる時がある」正直だ(笑)「自分から出てくるものを歌にしている。人がどう思うとかまわない。自分じゃよくわからない」
はいまた拍手。
  ニッポン放送の亀淵昭信さんのコメント、「イメージ詩っていいね。アレンジがうまい。 フォークロックは、フォークソングに飽き足らなくなって生まれてきた。ディランも再デビューは、エレキギターだった」亀ちゃんはフォークが嫌いだった。「これらの歌を冗談で作ったのではないか」…どういうことなんだ、亀ちゃん。フォークルは冗談ぽかったからか。

■今週のマイ・フェイバリットソング

M−2  夜霧よ今夜も有難う 吉田拓郎

 いいねぇ、フォーライフが左に傾いた時、立て直しで、経費をかけずに、夜中のレコーディング、アマチュアに近いミュージシャンとで作った。青山徹とエルトンが手伝ってくれた。
 浜口庫之助はセンスに洋楽のイメージがあった。ポピュラーな感じ。詞も自分で書いてて、おしゃれで、シンガーソングライターのはしりだと思う。
  浜口庫之助さんをメドレーで、
M−3 僕は泣いちっち  守屋浩
M−4 涙くんサヨナラ ジョニー・ティロットソン
M−5 バラが咲いた  マイク真木
M−6 夕陽が泣いている ザ・スパイダース
M−7  みんな夢の中  高田恭子

 どれも特有の浜口節。子どもの頃から、聴いていて僕も影響を受けている。

 石原裕次郎は、不世出の大スター。テレ臭そうに俯くあの感じに女性も男もシビレた。
日活時代が一番好きだ。後にテレビに行って、「西部警察」「太陽にほえろ」とかではなく
「あじさいのうた」「あいつと私」とか石坂洋次郎の文芸ものが特に好きだった。あの照れくさそうな感じがいいんだよ。
 裕ちゃんの香港シャツ、袖の先端がVカットしているのも憧れたし、やることなすこと ドラム叩けば、ドラム叩きたい、とか、裕次郎、裕ちゃんみたいになりたいと思っていた。
 映画を観に行くと、自分も芦川いづみと付き合っている気になってしまう、それくらい憧れたものだ。

M−8 夜霧よ今夜も有難う

 

■エンディング

ラブレター、電話の告白のメールやハガキを引き続き募集。


お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆御大はただひたすらに奥さんと一緒に買い物したい、一緒にいたいだけなのだ。その言い訳が、「見張り」なのに、そんなにマジに責めたら可哀想じゃないか(笑)。御大はお金に細かい人ではない。知らないけど。たぶん(爆)。離婚の慰謝料も養育費も払わない男がたくさんいる中で、離婚のたびに、へーきで全財産を投げ出してしまうと後藤由多加も言っていたではないか。

☆知っているか?と言われても、「ひつまぶし」も「トマトピューレのパスタ」もみんな超絶普通に知っていると思う。でも、そうか、「ひつまぶし」がお好きか。たぶんテレビで四国を旅した番組で「うな重」があまり好きでないと言っていたので、画期的なうなぎの食べ方として御大の前に彗星のごとく現れたのではないかと拝察する。

☆モテなかった悲しみと鬱屈が、御大にあそこまでの深い詩を書かせ、メロディーを作らせたことは間違いなかろう。恋愛リア充な学生生活だったら、こんなに凄いミュージシャンにはならなかったのではないか。そして、ミュージシャンになってスターになって、一般Pなんか問題にならない、超絶なモテ期が怒涛のように押し寄せたので、御大も大変だったのだろう(笑)。しかしも基本にモテなかった青春があったので、どんなに汚れても(爆)いつも御大の恋愛観はどこかにピュアなものがあったと思う。

☆「準ちゃん」フルオーケストラ。懐かしい。素晴らしい。確かに“君にも夢があり、僕にも夢がある”というセリフもあった。唯一の欠点は、このセリフで、例によって御大がテレてしまって、笑いながら言っているところだ。ダメだ、あそこでおちゃらけたら。と、いまさら何を言っているのだ。

☆「僕の歌は、どんなジャンルにも分類されません。要するに歌なんです。人がどう思うとかまわない。」
  震えるね。ああ、カッチョエエ。こういうこと言う24歳の若者も、そこからブレずに歌い続ける70歳も、素晴らしい。あらためて、そんな意気軒高な若者が、フォークだとかフォークじゃないとかくだらない論争に巻き込まれた悔しさをあらためて想像する。

☆「イメージの詩」は、メロディもアレンジもそりゃいいけど、オトナの浅沼さんも亀淵さんもリアルタイムでは、的確な評価をなしえていないのも感慨深い。あれを聴いて衝撃を受けた当時の若者たちが積み上げた評価なのだとあらためて思う。

☆上智元全共闘、フューチャーズサービス。聞けば聞くほど、ウサンクサイ(笑)。映画「マイバックページ」の、あの松山ケンイチと同志たちを思い出す。早く手を切ってよかったのではないかと思う。いつもの私なら、「それが機縁で、御大が世に出たのだから、彼らにも感謝しなくてはいけない…」とか書くところだが、彼らでなくとも、あそこまでハイクオリティの音楽になっていた御大だ。必ず誰かが見つけて世に出したはずだ。

☆「ぷらいべえと」の「夜霧よ今夜も有難う」。いいねぇ。なんでこんな歌謡曲を歌うんだと当時はガッカリしつつ怒ったけれど絶品ですばい。若き青山、エルトンの仕事と認識してくれている御大が嬉しい。何度でも言うが「赤い燈台」のキーボードなんて本当に不世出だと思う。

☆御大は、石原裕次郎のシャイさが好きだったのだとわかった。男らしさというよりも、そこに垣間見るシャイさに、自分もシャイだった御大が深く共感したのではないかと思った。

 子どものころ地元が、石原慎太郎の選挙区だったので、いつも選挙になると石原裕次郎が街頭の選挙応援に駆けつけて黒山の人だかりになったものだ。背が高くカッコ良かった。「兄貴をよろしく」という石原裕次郎の声が耳に残っている。
 私の叔父は、昔、職場の労働組合の関係で社会党か共産党かの推薦で区議選に出ないかと声がかかって、たいそう張り切っていたが、裕次郎に会いたいがために石原慎太郎の後援会にも入っていたのがバレて、両方ともクビになった。節操のない人であった(笑)。
…ああ、なんか余計な事を言ってしまいそうなのでここまで。