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a day

2017. 3. 28

 WOWOWで武部聡志還暦ライブを観た。その洗練された豪華さにびっくらこいた。ライブというよりまさにアワード。グラミー賞みたいだ。話に聴いていたかまやつさんのトリビュートも素晴らしく胸が熱くなった。恐るべし武部聡志の仕事と松任谷正隆のプロデュース。谷村新司の「武部ちゃん」を除けば(笑)最高の音楽ショーだった。

 しかし、鬼畜な私はそこで終わらない。感激しながらふつふつと怒りが湧いてくるのを禁じ得ない俺を許してくれ。
 武部聡志のためにこれだけできるなら、なぜ吉田拓郎のためこういうアワードをやらない。なるほど御大が真っ先に嫌がるに違いない。だが御大の好き嫌い、ひいては御大が出るか出ないか、そんなことは関係ない。とにかく音楽界が、全力で御大を讃えるところに意味がある。身を挺していまの音楽ジャンルを開拓し、コンサートツアーをはじめとした業態を作りあげ、その土台の上に生きている音楽界ではないか。口先だけのレスペクトではなく、音楽的にもハイクオリティなアワードをやってくれよ。それができない音楽界なんかツマラナイ音楽と忖度に永遠に呪われるがいい(爆)。
 是非御大が現役のうちにありったけのリスペクトをお願いしたい。そこに例えばユーミンと中島みゆきの両手に花で腕をとられて席につく御大は素敵だろうし、逆にそういうおめでたい席を拒否して、あくまで孤高に歌う御大もまた最高に魅力的に違いない。

どっちにしても御大が輝けばいいのだ。

2017. 3. 27

昨夜、知り合いの御大ファンの方から「ラジオやってないんだけど何時からだっけ?」と問い合わせが来た。ったく来週からだろ!と一瞬思ったが、こうして先走ってしまうのも拓郎さんへの愛が溢れてこぼれてしまったからなのよ…と満島ひかりなら言うだろうと思い直した。いみふ。ただ経験則で こういう愛がこぼれている人は肝心な本番を聴き逃すことも多いので、ぬかりなく。

2017. 3. 26

 卒業式シーズンはやはり松任谷由実の「卒業写真」だ。あ、違う「荒井」か、なーんだバカヤロ。すまん。数年前にテレビで観たユーミンのこの曲の本人歌唱がすんばらしかった。ステージ中央にグランドピアノが二台並んで松任谷正隆と武部聡志が二人だけで伴奏する。震えた。
 当然、私の妄想は飛ぶ。ユーミンが二台なら御大はピアノをデーンと三台並べて、松任谷正隆、エルトン永田、武部聡志のピアノの協奏で「流星」を歌うのだ。もう、そんなの聴いたら絶対に全力で泣くぞ。しかし昨年のステージを観ると御大が真っ先に泣いて歌えなくなるのではないかと心配だ。おい。

 「いや、そのシチュエーションだったら”マラソン”だろ」、「いや”言葉”でしょう。」「どうして”どうしてこんなに悲しいんだろう”じゃないんだろう」という居酒屋系の意見も併記しておく。

 ピアノvs御大 が聴いてみたい

2017. 3. 25

 ライブ会場にゴキブリを放って逮捕されたというニュース。とんでもないヤツがいたもんだ。ゴキブリといえば、御大が「夜ヒット」で「あの娘/いつ夜」を歌った回でスタジオにゴキブリが出て騒然となったのを思い出す。御大のよけ方がカッコ良くてプリティだった(笑)。「あ、これ番組で飼ってるんです、太郎って名前なんです」とくだらないフォローの井上順さんがまた嬉しい。
 井上順といえばダジャレ攻撃だ。いつも最初は喜んでいる御大も最後は「帰ってくれよ」と辟易していた(笑)。かまやつさんと御大と井上順と盛り上がっていたラジオのあのゆるい雰囲気が懐かしい。ダジャレが「おやじギャグ」として社会から放逐されて久しいが、井上順のダジャレを久々に聴きたい。デーブスペクターと日米ダジャレ決戦をしてくれ。もちろん日本の圧勝である。

2017. 3. 24

 「カルテット」は椎名林檎の主題歌も良かった。椎名林檎といえば、10年位前、齋藤ネコさんの「猫カル」(をを、カルテットだ)をライブハウスに観に行ったら、同じテーブルに椎名林檎さんが座られてびっくらこいた。緊張したがとても気さくな方だった。ご自分のカバンから焼酎のボトルを出して粋に飲んでおられた。空になったボトルを置いて帰られたので、うやうやしく頂戴して家宝にした。こういう種類の家宝のことを考えるとどうしたって御大のファンの彼を思い出す。トレジャーハンターとは君の事だよ。♪大人は秘密を守る…それにしても「晴耕雨読」か。いい言葉だ。でも「雨読」はいいけど「晴耕」は辛いな(爆)。
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2017. 3. 23

 音楽とは無関係の仕事だし、趣味でバンドや楽器をやってるわけでもないが、なぜか、職場の目を盗んで、せっせと楽譜をコピーして切り貼りしている(謎)。楽譜っていいなぁ。建物や機械の設計図みたいで。あの燃えたぎる演奏も感動のメロディーもこのペラペラの紙におさまってしまう。逆にこのペラペラの紙を紐解くと壮大な音楽が生まれる。なんだっけか、昔のお坊さんがお経のことを巻けば一巻に収まり、広げれば天地を包むとか言っていたのを思い出す。いかん線香臭いな。楽譜のハナシだ。

 御大は「楽譜は必ず一枚にまとめる」と言っておられた。よくわかんないが心の底からカッコイイな。御大直筆の楽譜って見てみたい。TYIS、レプリカでいいからグッズで売ってくれまいか。額に入れて部屋に飾っておきたいのだ。季節替わり、月替わり、その時の気分で曲を取り替えたりして。

2017. 3. 22

ドラマ「カルテット」は面白かったなぁ。「それでも生きてゆく」以来、満島ひかりの演技にはいつもいつも打ちのめされる。彼女だけでなく、行間の魅力に満ちた共演者たち。それにしても、ステージに空き缶投げちゃいけないぞ、卯辰山。それでも、音楽と音楽家はいっそう美しく輝く。いいシーンだった。思いとはこぼれおちてくるもの。

2017. 3. 21

ラジオは心の底から楽しみで全力で応援するが、ただ基本はそんな必死になってメール募集しなくてもいいんではないか。昔からハガキやコーナーなんてロクに読まなかったし続かなかったじゃん(笑)もう、御大あなたが好き勝手にボゾボソ、タラタラ喋ってくれればそれでいい。たまに珍しいデモテープでもかけてくれれば悶絶だ。御大が普通に一人語りすれば、それがそのまま詩となり、唄となり、ドラマとなり、私たちを救う経典(おいおい)となるのだ。

2017. 3. 20

 先月のNHK-FMのある番組で、たまたま大瀧詠一「君は天然色」、デュークエイセス「鉄人28号」、吉田拓郎「知識」が流れた。関連性のない偶然の選曲結果のようだが、妙に感慨深い。

 「知識」を歌う御大はかつて「自分にはウンチクと呼べるものが全くない」とキッパリ宣言していた。他方、博識で有名な大瀧詠一は、菊池Pのインタビューの時「大瀧さんはウンチク王だから…」と言われて怒り出した。「知識というのはただそれだけでは何の意味もない。好きなものと結びついていてこそ意味がある。ウンチク王などといわれるのは心外だ。」
 この二人のミュージシャンはスタンスこそ違うが、薄っぺらな知識やウンチクに振り回されないという気骨において通底している。

 そして御大は子どもの頃、毎月「少年」という雑誌を愛読していたという。「俺だけダルセーニョ」の中にも、いつも雑誌の発売日の前日の夜に、父親が本屋で特別に入手してきてくれて一日早く読めることが、病弱だった自分には非常にうれしかった…というくだりがある。
 なぜなら御大はこの雑誌に連載されていた横山光輝の「鉄人28号」がとにかく大好きだったからだと確かハワイからの公開放送の時に語ってくれた。

 ということで冒頭の三曲は深くつながっているのだ。…と得意気に書いているが、これもウンチクではない(笑)
 「鉄人」が大好きでワクワクしながら雑誌を楽しみにしている病気がちな少年御大、毎月わざわざ前夜に本屋に足を運ぶ父親、それを大人になっても忘れない御大…他人の親子のハナシではあるが勝手ながら、心に思い浮かべてみようではないか。ちょっと幸せで、妙に胸が熱くなったりする…そういうものだと思う。そういうものってどういうものだ(爆)。そういうものとしか言い方がない、そういうものなのだ。

2017. 3. 19

チャック・ベリーが亡くなった。殆ど知らないので偉そうに語れるものではないが、ロックンロールの始祖であり、ストーンズの師匠であり、この業界で唯一キースリチャーズを殴った人として知っていた(爆)。後年のチャック・ベリーのトリビュートライブの映像を観ると、お歳をめされたチャック・ベリーが、やはり、キース先生のギターの弾き方を厳しく叱っているシーンがあった。キースも怒られた生徒のようにオドオドしていた。すごい人なんだな。御大のことを叱る内田裕也みたいなものか。>比べるな。

2017. 3. 18

お彼岸である。この時期、仏花が貧相なのに異様に高くなるのが悲しい。ま、こっちも仏花のことなんて日頃忘れているから仕方ないことなのか。御大の話で、広島修道大の歌碑の序幕式で貰った花束をそのままお墓にお供えしたら派手に浮きまくってて大笑いした(爆)という話が好きだ。

2017. 3. 17

 ユーミンのHPでのムッシュの追悼のUSO・RADIOを繰り返し聴く。「今日この話をしたらこうなってしまうとはわかっていだんだけど…」と涙に途切れる言葉。そこにユーミンの素晴らしさをあらためて思い知る。巧く話せるかどうかに関係なく今このときに話さなきゃいけないことがある。後にいろいろ言われたり、もっとソツなくできたかもしれないとか逡巡はあるかもしれないが、今この時だからこそこめられるものがある。

 思えば、御大のラジオも昔からずっとそうだった。打算も計算も無く、そのときの思いをいつも言葉にしてくれた。時に世間を敵に回したり、物議をかもしたりもしたが、いつも率直果敢に今を話してくれた。そんな大事件ではなくとも、たとえば新曲ができるとプロモーション戦略なんか、まるっと無視してすぐにデモテープを聴かせてくれたり、ライブが近く盛り上がってくるとネタバレ上等で、リハの録音を延々と聞かせてくれたりもした。そんな御大が大好きだった。あ、過去形じゃない大好きだぜ。

2017. 3. 16

 久しぶりにテレビで野球を観たらほぼ全員知らない人だった(爆)。またその知らない彼らが強いのなんので驚いた。だいたい最後に球場で観戦したのは高橋由伸がプロ入り初HRを打った時だからどんだけ昔なんだ。
 昔といえば御大が東山紀之と巨人VS西武の日本シリーズを観戦する番組があったのを思い出した。江川卓に感想を聞かれた御大が試合のことではなく「試合中、後ろの席のおばさんが、ボクのことを石野真子の元ダンナと勘違いしてずーっと『アンタ知ってるわよ』と声掛けてきてうるさかった」と怒っていたのが面白かった。

 そうそう、御大ご提供の原辰徳の「季節の風の中で」…うっかりアイツの歌と間違えそうなタイトルだけど結構好き。♪友よ、若さはぁぁぁ〜で燃えてしまう。

 ああ、昨日は東京ドーム記念日だったかっ!!

2017. 3. 15

 武田鉄矢の水戸黄門と聞いて、驚きと嫌な予感しかしない。しかし、よく考えれば、何十年か前も、ドラマの開始前には、武田鉄矢が学校の先生?,熱中時代のパクリかよと叩かれたものだ。教育大なのに気の毒だった。「らしくなさ」のイメージだけで決めつけまいと自戒。

 もしうまくいかなかったら、今度は御大に黄門様のオファーが来るに違いない。そのときは、助さん=長渕剛、格さん=浜田省吾、八兵衛=坂崎幸之助、風車の弥七=甲斐よしひろで脇を固めてほしい。ただ、このキャスティングの難点は二つ。黄門様が一番スマートで背が高くなってしまうことと江戸時代にサングラスがあったかどうかだ(爆)

2017. 3. 14

教えていただいたユーミンのサイトのUSORADIOはたまらない。絵が浮かぶと言われたが本当だ。御大のつぶやきとあわせると大切な人を亡くした男女の間の書簡のようでもある。ここのところずっと「吉田拓郎さん」と言ってた気がするユーミンの呼び捨ての「拓郎」を久々に聞いた。苗場に行ったんだ。ライブのあとのホテルのバーで松任谷正隆のピアノにあおられて「アジアの片隅で」のサワリを歌った…という昔ネットで読んだ都市伝説のような書き込みは本当だったのかもしれない。御大の人となり、失礼だけど少女のようにピュアなユーミンの心情、とにかくたまらない。

2017. 3. 13

 築ほぼ70年の家を取り壊し、その柱の木を記念に残してもらった。どうしようもない古家だったが、柱は削るとキレイなままでしっかりとヒノキの香りがした。凄いもんだ。

 御大は、木の香りが大好きで、建築中の家を見つけるとしのびこんでその香りに恍惚となると話していた。まさに変態の心わからずして何が健康体かの世界だ(笑)

 70年経っても中身は無垢なままだった木を観て、長年の感謝も去ることながら申し訳ない気持ちでたまらなくなった。木とは悠久な時間を生きているのだと思い知る。いや、外身は老いようとも人間の魂(ソウル)も同じではないかとも思う。
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2017. 3. 12

 被災地の方々とは比ぶべくもないが、東京もしばらく街は暗く不安の塊だった。地震後初めて会ったと思われるイカレタ感じの若者カップルが、駅で会うなり「おお無事だったかー」と抱擁しているのを横で見ているだけでもらい泣きしそうだった。何度でも書くが、そんな中でエルトン永田さんが怒るように弾いていた「時代」、御大がチャリティー放送で歌ってくれた「春を待つ手紙」。忘れられない。音楽のチカラを信じようと思った。

 若者といえば、最近、御大とインタビューに出ていた菅田将暉くん。あの濃い顔がなぜか懐かしかった。そうだ「レインボーマン」をリメイクするなら主人公はぜひ彼にやってほしい。いみふだろうが。

2017. 3. 11

”僕等はどこに 居たんだろう あの日は何を 見たんだろう”・・・ 御大、春を待つ手紙を歌っておくれ。 

2017. 3. 10

確かに深夜ラジカセのチューニングを気にしながら、御大の一言をも聞き漏らすまいと夢中になったものだ。これから毎週の足掛け二日の放送が嬉しいったらありゃしない。それにしても名曲について御大自身の解題やファンの方々による棚卸しとは面白い。自分も一人だと思い込みや好みや偏った性格でどうしても見えない限界がある。たとえば名曲とされる「外は白い雪の夜」。メロディーや演奏は心の底から美しいと思うが、あの詞のどこが感動的なのかサッパリわからない。影を踏んで歩くカップルなんて怖いだけだ。それは感性の無さですと言われればそれまでだが(涙)…

2017. 3. 9

めざましTVで御大を観る。ああ、さり気ない立居振る舞いを含めて超絶かっけーな。この一週間の悲痛事に心配していたが、ちょっと安堵した。もっとも、たかが一ファンの思い込みなんかはとうに超えて生きてるお方だが。仕事場の同僚が「最後のレギュラーですって」と反応していたが、すぐに最後とか最終とか言うのは御大の若い頃からの習癖なので軽くスルーするのがファンのたしなみというものだ。それにしてもホントに苦手な曲とかトホホなこととか吊るし上げていいのか?そういう事は、もうそれこそいっばいあるよ(爆)

2017. 3. 8

 ドラマ「カルテット」での“カヴァレリアルスティカーナ”が印象的だった。何度言っても舌を噛みそうだ。それにしてもどうなるんだ、あのドラマは。視聴率はよくないようだがハマってしまう。この曲を聴くと、条件反射で頭が走馬灯状態になって涙が出そうになる。今は、どうしても御大とあの方の様々な映像が走馬灯状態で浮かぶ。そもそもこの曲がこんな条件反射の走馬灯曲になったのは"ゴッドファーザーV"のアル・パチーノのせいだと思うが。
 かつて仕事場のオペラファンの同僚に、“カヴァレリアルスティカーナ”が聴きたいと言ったら、古今東西いろんなオーケストラのものを10バージョン以上持ってきてひとつひとつ熱心に解説してくれた。こっちは区別がつかないし、申し訳ないが辟易した。でも自分も、もし「落陽」が聴きたいと言われたら、73だ、79だ、85だの用意して、高中とか青山とか熱く語って困らせるに違いない。…良き隣人でいたいものだ。

2017. 3. 7

 御大、言葉にしてくれてありがとう。追悼コメントなどより切実なものが伝わってくる気がする。もう充分だ。

 教会と聞いて、かつてテレビのワイドショーで観たかまやつさんのお父様のティーブ釜萢さんのご葬儀を思い出す。かまやつさんがあの笑顔でご挨拶しながら大粒の涙をポロポロとこぼされていた。ちょうど御大はロスのレコーディング中で帰ってきて直ぐにラジオでお悔やみを述べていた。
 あの時はこんな日が来るとは思いもしなかった。人生とはいったい何なのだ。

 御大、俺がついているぞ、いらないだろうけど。

2017. 3. 6

"水無し川"ですね。カントリーで御大が寄り添う中にムッシュの歌う"水無し川"を聴けたのは今となっては貴重だった。ついでに"竜飛崎"も聴きたかったけど詮無いことよね。 "吹雪のあとに春の陽ざしが 花に酔ったらその時泣こう"ステージで御大もココが特に好きだと言っていたフレーズ。御意。心にしみる。松本隆の"春を待つ手紙"か。そうか、かまやつさんは"水無し川"の季節に旅立ったのだな。

2017. 3. 5

 御大作曲以外では、かまやつさんの歌う”幼きものの手をひいて(阿久悠/筒美京平)”が好きだった。阿久悠さんは、御大の”純情”についても書いてある”なぜか売れなかったぼくの愛しい唄”という著書の中で、この作品のとおり、当時まだ小さかった息子さんの手をひいて仕事場にやってきたかまやつさんのことを書いている。”君に何を聞かせ 君に何を見せる 二人だけの旅を続けて”かまやつさんの明るいボーカルゆえにいっそう心にしみる傑作だ。
 御大の”子供に”、ディランの”FOREVER YOUNG”と並ぶ世界の三大父親ソングだ。いまテキトーに思いつきで言っているだけだが。
 一般Pの私ごときが大きなお世話だが、今のTAROかまやつさんの悲しみはいかばかりか。そしてどんなお父さんだったのだろうか…ってこれもさらに大きなお世話か。

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2017. 3. 4

 いろんな方々のムッシュの逸話が溢れている。どれも笑顔のこぼれる話ばかりだ。”人徳”なんて言葉はキライだが、なんかそれしか浮かばない。

 79年の深夜放送セイヤング。あることで悩む御大に、かまやつさんは、シンシアのサビを歌って、拓郎は、こんなイイ曲が書けるんだから、その有り余る才能を人間関係でなく音楽につぎ込んで…あとは奥さんの膝で寝ていればいいんだよ…とさり気なく語りかけた。ウロ覚えだったが、御大ファンの先輩がメモしてくださっていた。ありがとうございます。あの夜の柔らかなアドバイスを書き留めていたとは、俺と同じあの星見つめて…みたいな気分だ(笑)

 エリマキトカゲ音頭はぶっとんだ(笑)。かまやつさんは新曲発表の記者会見までやって、曲を聴いて固まっている取材陣に「皆さんさっきから誰もメモを取ってませんがそれで大丈夫ですか?」(爆笑)

 たくさんの音楽家やファンの思い溢れる中、奥さんと二人悄然と旅立つとは… 本当に風のように生きたとはこの人のことではないかと思う。

2017. 3. 3

 ああ、だめだ。悲しすぎる。何がどう悲しいのかもわからない。

 思えば最初からいつもかまやつさんがいた。いてくれた。

♪空がこんなに青くって…このまま行けばいい自由と連れ立ってぇぇ…中1のころ聴いていたムッシュのライオン・フォークビレッジ。「なんと来週は6か月の沈黙を破り、あの吉田拓郎くんがゲストに来てくれます…」へー。まだタクロウなんて名前しか知らなかった。よく知らんがそんな凄い人なのか。そのラジオで二人で出すシングル「シンシア」を発表。かまやつさんご推奨ということでワケもわからず大人の気分で初めて買ったシンシア…イイ…竜飛崎もしびれた。夏休みはそればっかり繰り返し聴いた。Tくんとムッシュのものまねを練習した。

 同年の秋。TBS「歌謡最前線」で御大が「ペニーレイン」を炎のように熱唱したときも、緊張する御大を「ザマァミロ」と囃しながら笑顔で見守っていた。ベスト30歌謡曲、ミュージックフェア…南沙織を引っ張ってこっち向きなさい・・・とにかくいつも一緒にいた。

 翌年、下駄を鳴らしてが大ヒット大爆発、世の中がムッシュと御大で染まるのを目の当たりにした。
 御大がムッシュのこの曲を最後に他人に曲は書かないといって発表した水無し川。御大の嘘つき。釜田ですよ昭和元年。コッペは蒲田に住んでいた。

 Dr.ムッシュの不思議館。ムッシュのラジオに出ると、御大はいつも嬉しそうでグダクダだった。だいたいエッチな話かエンガチョな話しかしない。ヘビの夢でいってしまう話、ポインセチアを食べた話、フェラーリ酔っ払い運転の話、タクロウ、雪之丞ってハクイぜ、ムッシュ顔が歪んでるよ、松任谷正隆を誘って喧嘩観戦した話、赤枝先生=御大=ムッシュの性の悩み相談室、所ジョージのゲストで生ラジオでいきなり御大に電話して放送禁止用語を言わせようとしたり、御大が呆れていたエリマキトカゲ音頭…いつも笑っていた。そういえばプライベートでとある銀行の待合のベンチで見事に周囲から浮いて座っていたかまやつさんをお見掛けしたこともあった。なんてカッコよくて、おしゃれで、自由で、オバカで軽くて、温かくて偉大な人なんだ。

 つま恋85の水無し川歌詞忘れラララララで誤魔化し事件。「アジア」爆唱のヒットスタジオ。緊張と興奮と情動で確実にどっかにイっちゃってる感じの御大のもとにもしっかり駆けつけて応援してくれた。ムッシュ還暦パーティでの御大VS泉谷乱闘事件。
 いろいろあっても、つま恋2006の寄り添って歌う二人。これからは、もう泣かずには見られまい。そしてショットガン・チャーリーとして同行したカントリー。毎回、靴下をお土産にくれると御大は嬉しそうだった。

 カントリー熊本公演の翌朝、ホテルの朝食会場に行ったら、一人会場から出てくるかまやつさんとすれちがった。声をかけたら、ヨッ!と手を上げて飄々と去っていった。

 いつも御大とともにあった。凄いミュージシャンであり才人なのに、そこに、笑顔で飄々と幸福感を醸し出しながら、ただいてくれた。そのことの大きさと重さを思いはじめるとたまらない。

 ファンとも言えないはしくれものですら、こんな気持ちなんだから、一緒に歩いてきた方々、お近くにいらした方々、真摯に愛してきた方々のお気持ちはどんなものか想像もつかない。

 今夜すべての居酒屋でそれぞれのムッシュをかみしめて飲もう。

 本当にありがとうございました。

2017. 3. 2

かまやつひろしさん。絶句。言葉がありません。ずっとずっといてくださる方だと思っていました。なんてことだ。ただの一般Pの私ですが、とてもお世話になりました、ありがとうございました。ご冥福を祈らせていただきます。

…だめだ そんな言葉で気持ちは静まらない

2017. 3. 1

掘北真希さん引退。御大の心中お察しします。昔、御大が作曲したアイドルは皆引退するという呪われた伝説…というか実績があった。とんと依頼が無くなったと御大も嘆いていた。だが、長い目でみると皆かなりの高率で復帰して活動している。かつての御大の曲を大切にしてる方も多い。結果的に御大の曲は縁起の良い物だったのではないか。

 つま恋が新規オープン。大歓迎だが”聖地のスピリット”もキチンと継承されるのだろうか。このドサクサで南こうせつの銅像が建ったり、レストランのパネルが桜井と小林武史のapbankに変わったり、いきなり星野源とか三代目J soulとかがライブを打ったりしやしないか。不幸にも私達は、昨年つま恋と全力でお別れしたため、年齢的に心身のエナジーを使い果たしてしまった感が強い。一旦座るとなかなか立てない爺ちゃんみたいだ。今この隙を突かれると防御が非常に脆弱だ。これからこそ聖地奪還の気概で新しいつま恋に足を運びたいものだ。
 当然、こけら落としは御大関係で頼むぞ。吉田拓郎ガンバレ、吉田拓郎ガンバレと子どもたちにも連呼してもらいたい(よしなさい)。

2017. 2. 28

 アカデミー賞授賞式。受賞取り違えは驚いたが、その後のフォローは感動的だった。面白かったのは、過去に受賞した名優たちが自分への誹謗悪口のツイートを自ら朗読するコーナー (笑)。下手クソ、ムカつく、糞ジジイ、アバズレ…辛辣なツイートに、ある俳優はその通り!ある俳優はクソ野郎!とそれぞれのリアクションで笑いをとる。ノーサイドな温かい空気。アメリカって、すげーなぁと思った。
 「キーボード、グリッサンドでキメてるヒマがあるなら、打ち込みに頼らずキーメロくらいちゃんと弾けよ」「天才ギタリストにしても、アンタの落陽は、学食のハムくらい薄っぺらだ」「踊るな、仕切るな、映り込むな」みたいな悪口を鷹揚に朗読してはくれまいか。おい。

2017. 2. 27

TVドキュメント「宮崎駿、終わらない人」を観直す。何度目かの長編引退の撤回。御大と一緒で、その都度消尽してホントに辞める気だったのだと思う。宮崎監督と違うのは、御大には鈴木敏夫Pがいない。クレバーな御大は自ら鈴木Pの役割も果たそうとしている気がする。そこが魅力であり心配でもある。

2017. 2. 26

「桐島、部活やめるってよ」→「石山、慕情歌うってよ」→「石山、流星歌ったってよ」。いつの間にか虜になってる私とその周辺。愛の行間に満ちたボーカル。行間案件だ。いみふ。敬称略してすみません。「うるせバカ」と言われるので遠くから観ていよう。ロックウェルよ屋根の梁を高く上げよ。

2017. 2. 25

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第20曲・完>

♪僕の唄はサヨナラだけ


 言うまでもない御大の最高傑作だ。身の置き所のない悲しみが波動のように押し寄せる凄絶な詞、重厚で魂に染み入るようなメロディー、自分が作った曲でもなんでもないが(あったりめぇだ)、ブルース、R&Bソウル、ロック、フォーク、歌謡曲…どっからでもかかってこい!と叫びたい(笑)

 しばらくご無沙汰だったが、2014年の「AGAIN」の時に武部・鳥山チームでセルフカバーされたがアウトテイクとなった。もしライブで実演されるとすれば、このバージョンが最短距離にいるのか。しかしシロウトの戯言だが、この最新バージョンはトテモ正しい演奏なのだろうが、どこか物足りない。"行間”がない。ちょうどノンアルコールでカロリーオフのうえに特保指定のビールみたいだ。この曲に限らずかつての演奏には、テクニックのみならず怨念や情念の詰まった"行間”があった。高中しかり青山しかり、キース・リチャーズなんて今や"行間”しかない(爆)。もっと行間を!

 …と昨日はここまで書いてとん挫して、独酌しながら田家さんの「サンデー毎日」を読んだ。かつて読んだエピばかりなのだがなぜか深く心揺らされる。読みながらLIVE2016を観た某巨匠の「これだけ拓郎さんが気持ちよく歌っておられるのだから流派の違いはあってもそれはミュージシャンとしての立派な仕事です。」というお言葉を思い出した。

 御大はあえて"行間”のない演奏を選んだのだろうか。怨念と情念の詰まったライブではなく、打ち込みの多用も含めて整然と組み立てられて、御大自身がひたすら気持ちよく歌えるそんな演奏を2016に求めたのか。すべては邪推だが。
 怨念や情念という行間から遠く離れた、おだやかな"僕の唄はサヨナラだけ"…それが今なのかもしれない。
 それは今の御大が選ぶ道である。どんな道を選び、誰が演奏しようとも、常に”御大の魂(ソウル)"とともにあってほしいと切に思うのだった。

2017. 2. 23

♪砂浜で身を焦がす若者のレイディオウ…が頭から離れん。一人のレディオウ楽しみにしているっす。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第19曲>

♪ガンバラナイけどいいでしょう


 コンサートツアーからの撤退宣言と前後して発表された当初は、またヘンテコな唄を、トホホな唄を…とガックシモードになったものだった。でもこの唄は、決して後退や撤退の唄ではなかった。あらゆるシガラミから解き放って新しいステップへと進む清々しい唄であることがわかる。「人の顔色をうかがいながら頑張る」という鎖を身をよじってほどいていく唄。特にライブでの説得力が素晴らしかった。ローラのCMも良かったなぁ。エルトン永田さんがプロフィールで代表曲にリストアップしている気骨も素敵だ。

2017. 2. 22

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第18曲>

♪陽気な綱渡り


 心の底から申し訳ないがLIVE2016のコーラスのパフォーマンスがうるさい。…と個人的に感じる。映像を観ながら…えーい”春だったね”で飛び跳ねるな、”ジャスト・ア・RONIN”を田中星児のビューティフルサンデーみたいにウキウキ踊るな、御大の歌う姿に集中しているのに満面の笑みで勝手に映り込んでくるな。かぁぁぁ新曲プロモを仕切るな、もっと御大を見せろぉぉぉと…もう、ひたすら鬼畜な思いが溢れる。好青年のシンガーたちよ俺を許してくれ。
 しかし、それも含めて今の御大なのだとすれば、文句ばかり言うのも忸怩たる思いがある。
…そこで考えた。ここまで歌って踊ってのパフォーマンスを全面に出すのであれば”東京キッドブラザーズ”を演ってもらおう。御大が作曲した”彼が殺した驢馬”の作品群は「素敵なのは夜」以外の曲は忘れ去られているが、ご存知の方はご存知のとおり名曲が多い。そもそも団体ミュージカル用の作品だからセルフカバーもしにくかったのだろう。今こそこの名曲たちを本人歌唱でカバーしてはくれまいか。
 コーラス全員がステージ最前列で”♪だーけどーワタシはーふりかえらーなーいー(時代はなげく)”と両手を広げて汗だくで熱唱する中、後ろから踊り出てきた御大が柴田恭兵のように”♪疑いもなく愛の唄が欲しいぃぃぃ”とソロ歌唱をキめる。考えるだけで感動する。ホントか(爆)。

 まじめな話、このアルバムの中で、一番好きなのが”陽気な綱渡り”だ。たゆとうようなコーラスの海。「伽草子」の白石ありすさんの危ういメルヘンの世界が広がる佳曲だ。昔から胸がキュンとなる曲だ。自分でもキモイが。テレサ野田がカバーしたようだが、篠原ともえあたりにもカバーをして欲しかったが、それも今は昔。”ふゆがきた”以来、何でもありの本人歌唱で是非情感たっぷりに歌い上げてほしい。

2017. 2. 21

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第17曲>

♪私の足音



…ママ、驚かないでね、あの映画で三国連太郎さんと佐藤浩一さんが同じ顔してるのよ…

>そんなことはいい。しかし公式盤未収録になってしまったのが心の底から残念な一曲だ。
 口ずさむだけで元気が湧く。お仕事でごっつう憂鬱な外回りの時も、この歌と”歩け歩け”を口ずさむと心なしか足取りも軽くなる。歩みの中に、御大と一緒に闊歩しているような晴れ晴れとした気分になるロードソングだ。今の御大のボーカルで聴きたい。そして、ぜひ御大本人歌唱の公式盤を残してほしい。

2017. 2. 20

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第16曲>

♪ペニーレインでバーボン


 1974年の秋、たまたま観ていたTBSテレビ「歌謡最前線」において、ガチで「ペニーレインでバーボン」を歌う御大を観て、中学生坊主はまさにカミナリに撃たれた。「何だ!このすげー兄ちゃんはっ!!」というわけで、この作品は、個人的にはファンとしての初期設定ともいうべきものだ。万感の思いや漲るチカラなど語りつくせない。
 諸事情からもう本人歌唱は聴けないとあきらめていた。それが2006年にあのつま恋でTAKURO BANDとともに蘇生したときの感激と興奮。見事な復活。青空のつま恋で熱狂したペニーレイン。もう何もいらないと思った。…あれから10年。そろそろいいじゃん。また聴きたいぜ。
 愛も悲しみも歴史も遺恨も、あらゆることを蚊帳の外に置いてもう一度この作品の渦中で歌い踊りたい。

2017. 2. 19


 居酒屋で”ひれ酒”を呑んだ。ドラマ「HERO」で木村拓哉と児玉清がひれ酒をしみじみと呑むシーンを思い出す。責任をかぶって左遷される木村に、上司として庇ってやれなかったことを詫びる児玉清。しかし木村はあっけらかんと「平気っすよ、どこに行っても同じことをするだけです…」と答えるシーンが忘られぬ。つまるところ、自分もこの先どこに行こうと、どうなったとしても…そこで御大を聴くだけである。

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<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第15曲>

♪清流


 コンサートの開始に音源が流され、やがてアルバム収録。あとはステージでの歌唱を待つばかりの状態だ。このゆったりとしみいるような美しい歌に聴き手入りたい。御大としてはご尊父を歌ったにしても、もっと大きな人生の何かとの和解のような、しかし決して妥協や後退ではなく、次のステージにゆっくりと上ってゆくような盤石さがある。そんなあなたに会いたい、あなたの声が聴きたい。
 ステージで安曇野のあの映像も観たいな。ズボンのすそを気にしつつ、名前のない川をゆく御大の後姿も。

2017. 2. 18

 いつも人生の節目にギターがいたんだね。私たちの人生の節目にいつも御大がいてくれたように。…決まった(^^ゞ

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第13曲>

♪戻ってきた恋人


小花模様の長いスカート…を御大の唄声で聴きたい。ちょっと不思議でポップなリズムに揺れながら映画のような情景を体験してみたい。御大と安井かすみさんの二人が共有していたものは二人にしかわからないが、そこを背伸びして覗くような蜜月の世界。「金曜日の朝」とメドレーでもいいんでねぇか。>おまえが決めるな

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第14曲>

♪人生キャラバン


「戻ってきた恋人」「金曜日の朝」が始まりなら、この曲は悲しいけれど共作の締めくくりか。しかしCaravanは永遠に続く。二人の結晶のような美しい作品だ。聴く者にも静かなチカラが湧く。沙羅双樹を手に、この隊商(caravan)についてゆきたい。硬質なピアノと御大のボーカル、嗚呼ステージで聴きたい。独立でもよし他の曲の前哨曲としてもいい。>だからおまえが決めるなって

2017. 2. 17

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第12曲>

♪黄昏に乾杯


 黄昏に乾杯とはミもフタもないなと思ったものだが、ほどなくこの歌の深さが身にしみてわかる。「今は黄昏また逢えてよかった」…今となってはもう人生はこれしかない(笑)。御大のメロディーが切なく優しくなんとも美しい。結構イイ曲書くよな、御大って(爆)>おい。そしてあふれる歌ごころ。もうたまらん。
 でもLIVE2016の映像を観ていると、この歌が入り込む隙間はないか。もちろんこういうライブ=御大のマックスのパフォーマンスは素晴らしい。そんなライブと同時並行に、こんな歌を聴くライブも在ってほしい。弾き語りをやれとかそういうことではない。シャウトもなく、スタンディングもなく、かといってフォークでもなく、ただ御大の繊細な唄声があって、そんな御大をみんなで囲って耳を澄ます空間。御大のボーカルを手にとるようなライブ。フォーマルなライブとともにそんなインフォーマルなライブも在ってほしい。

2017. 2. 16

 どうしてもLIVE2016を大画面と爆音で味わいたくてブルーレイ設備完備のカラオケBOXに行く。すげー。堪能。御大の歌声がたまらん。また大画面なので微生物くらいの大きさで会場にいる自分がわかった。亡くなったK君のTシャツを着ている。フツーにはワカラナイが、どうだK君これで満足してくれただろうか(笑)。
 映像の余韻に浸ろうとしていたところ、なんとそのカラオケに西城秀樹の「夕陽よ俺を照らせ」が入っているではないか。感動のあまり人々の迷惑を顧みず♪夕陽よ、俺を照らせ…と悦に入って延々と歌ってしまい顰蹙を買った。皆さん申し訳ない。しかしいい歌なんだよ。御大これも歌ってくれはまいか。


<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第11曲>

♪純


 確か昨年のライブ前のつぶやきで「純」をやってみようかと言ってので待ってたのだが。LIVE2016の映像を観ながら、この苛立つような熱い歌を是非ステージでカマシて欲しいとあらためて思った。「有象無象の町に灯りをともせ」「生きるもの全てが愛で繋がれる」という聖なる感じもたまらなくイイ。是非、次回。“どけ、どけ、どけウシロメタイヤツはどけぇえ!”は、ファンサイトで流してくれたパイロット版みたいに語尾を上げてガナってほしい。
 当時「クロ高」のファンの若者たちが、この歌に感動していたのをネットで何度も観た。彼らがこの歌を思い出し“よすが”にしたいと思ったとき、どうすればいいのか。今も売ってるかどうかもわからない「純・流星2003・ホームランブギ」というなんか雑なシングルしかないのでは可哀そうだ。ここはライブで決定版を残すときだと思うのだが。

2017. 2. 15

 宮下舞台監督への田家さんのFMでのインタビューはすごく良かった。スタッフでありながらファンの憧れをしっかりと持ち続けている。楽譜事件のくだりは、田家さんの本で読んでいたが、ご本人から聴くとさらに感動し涙ぐんでしまう。そうかジェイクとエルトンさんはそうだったのか。すんばらしい。自分も御大についてゆこう。そして、御大についてゆくジェイク、エルトン両巨匠と宮下舞監にもついて歩いてゆこう。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第10曲>

♪二十才のワルツ


 やはりこの曲。胸が締め付けられるような曲とはこのことだ。宮下舞監のリクエストで百万の援軍を得た気分だ。確かに2007年のMCのワルツ特集でこの作品だけ正式演奏に昇格しなかったんだよな。それにしても「暗い」とは何だ、若いスタッフたちめ(爆)。まだ見ぬ世界への希望と今ここにある傷心とが織りなすような感涙の名作。自分は外白よりこっちの方が泣ける。 
 弾き語りの代表作のようだが、1981年の体育館ツアーでのフルバンドの演奏が圧巻だった。島村さんのドラムが砲撃のようにビシビシ決まる中での御大の切々とした絶唱に震えたもんだ。バンドサウンドこそベストなのではないかとも思う。ああ聴ききてぇ。

2017. 2. 14

ファンサイト「吉田拓郎大全集」が閉じたらしいとの話にショックを受ける。一時的なものなのか、そうあってほしい。ともかく私なんぞが言うまでもない偉大なサイトだ。いろんなことを教わり、忘れかけたことを確認させてもらい、またただ眺めているだけでもワクワクした。いつも静かに泰然と“そこにあるサイト”。後世まで残すべき文化遺産みたいなものだから、なんとか再開・継続してほしい。とはいえお世話になりながらちゃんとお礼を言ったことがなかった。ありがとうございます。ぜひ、これからもそこにあってください。

2017. 2. 13

 市川の後もそうだったが、新曲「ぼくのあたらしい歌」が頭から離れない。気が付くと歌ってたりもする。このハッピー感。どこにも縫い目がないポップなメロディー。70歳を超えて熱いステージがある事とともに、瑞々しい新曲もあることを証明してくれて嬉しい。
 欲をいえばこのテーマなら御大は自分で詞を書けはよかったのに。康珍化の詞はいつもどこかこそばゆい。岡本おさみ、松本隆、石原信一の詞そして何より御大自身の詞は、それぞれタイプこそ違うがどこかで一度とことん絶望を味わったような人間の凄みが滲んでいるが、康珍化の詞は、屈折のない、のどかな讃歌みたいで、自分のようなヒネクレ者には気恥ずかしい…そこがいいのかもしれんが。
 ともかくこの作品は、これからまだまだ出てくる新曲たちの頼もしいフラグだ。アルバムがすんげー楽しみだ。

2017. 2. 12

ニュースでかの国とこの国の間のゴルフの話ばかりを聞かされていると、5番アイアンを振り回して大乱闘した御大をまぶしく思い出す(笑)。LIVE2016を観ながら、wowwowでstonesのキューバライブも観てしまう。ああ、キースもPaint it blackで、同じような黄色いギターを弾いている。力強く、素敵に70歳を超えてくれたこの国とかの国のミュージシャンにこそ希望を感じる。ああ、なんてすんばらしい、なんてカッコイイ爺さんたちなんだ。

 ゲネで、御大は最後"だいじょうぶ""なんとかなるでしょ"のあと"ケセラセラなるように…"と言おうとしているのだろうか。

2017. 2. 11

 御大は大変だったのだろうけど、フィナーレで客席もスタンディングして聴き入る「流星」。これは実に素晴らしい曲順だったと思う。胸が熱くなって何度も見返してしまうよ。

 昨日は久々に新幹線に乗った。やはり新幹線に乗るとウキウキしてしまう。御大の♪新幹線はウンと速い…が頭に流れ出す。そして新幹線に乗ると必ずやってしまうこと

 1 掛川駅通過の際の聖地つま恋の看板への礼拝
 2 エイトマンが一緒に走っていないか車外のチェック いみふ。
 3 何気にグリーン車を通って芸能人がいないかチェック

 誰もがやってることと思う>やらねぇよ!
 行きにはつま恋の看板が見つからず撤去されてしまったのかとショックを受けたが、見落としただけで帰りにはちゃんとあって安堵した。ちなみに芸能人はいなかったし、エイトマンも走っていなかった。

 おお、そんな君のタブロイドが着く…

2017. 2. 10

 バックステージの御大も素敵だ。現場の和やかな雰囲気。御大が、ひとりひとりのミュージシャンやスタッフに細やかに心を配っているのがよくわかる。ひとりひとりと握手をし、相手の心を柔らかくする屈託ない言葉をかける。いいなぁ御大。

 しかし、たかがファンだから無責任に言ってしまうが、どうなんだろう…反対にミュージシャンは盛り上がってはいるが、御大に向けての熱いオーラみたいなものは、あまりよく見えてこない。例えば、かつて青山さん、武部チー坊、島村さん、エルトンさん、瀬尾さんらに垣間見えた、仕事を超えて溢れる御大への深い愛のようなもの。松原さん、渡辺格さんにはにじみでている気がするが…。

 鳥山さんは、インタビューで今回は「バンドで」と言われたと語る。素人がいうのもなんだが、バンドって、言われたからやるのではなく、相思相愛の中に自然に湧き出る紐帯みたいなものではないかと思う。
 素晴らしいステージ、そしてこれがバンドであるとすれば、それはとにかくひとえに御大の全力のサービス精神と気配りつまりは人徳があったればこそ出来上がったものだと思う。和気あいあいとしている雰囲気の向こうに、孤影悄然とゆく御大の姿が浮かぶようだ。その素晴らしさこそ、あらためて胸に刻みたい。

 などと勝手に思いながら週末の本格視聴に備えよう。

2017. 2. 9

 「Blu-ray、良すぎ!」…御意。深夜まで観入ってしまった。ライブでありながら、あの日観たものとはまた違う。全てが精緻に練り上げられていているのがよくわかった。どこにも隙がない。”あの曲を歌ってくれればいいのに”とか自分のあれこれ勝手な文句などどこにも入る隙間がない。こっちの勝手な思いなんかしっかりと跳ね返される。盤石無敵の拓70歳だ。これでこそ御大。こっちもめげないが(爆)
 「アゲイン」は演奏のたびに磨き上げられるようで、聴くたびに心に深く入りこんでくる。「流星」は、その顛末が映像だとよくわかり胸がつまる。「WooBaby」昔は失礼したけど、こんなふうに会えてすげー嬉しいよ。
 インサートされるバックステージ・ゲネの様子がまた感動させてくれる。真剣な眼差しと屈託のない笑顔を繰り返しながら快活に、丹念に音楽を作り上げている姿。たまらない。御大の魅力の半分はバックステージにあると思う。子どもが大工さんの野丁場仕事をいつまで眺めているように、ずっと見ていたい。公開リハというのとも違う…作業の様子をそっと覗かせてほしい。おとなしくしているから(笑)。

まだまだ観込まねば。

2017. 2. 8

 同志ファンの方の「Blu-ray、良すぎ!観ればわかります」との興奮した第一報が。あぁ早く観たい。観るぞ。<愛しい歌>は、十分観込んでから考え直そう。
 それにしても「拓70歳」のフレーズが心に響く。このインパクトには、アイコ16歳もかなうまい。恋かくれんぼ。いみふ。はっ、アイコ…。
 そういえば、雨畑氏は昔から御大を恐れ多くも「拓」と呼んでコンサートでも「拓―っ|」と叫んでいて、なんてヤツだと思っていたが、ついにご本人が追いついてきたのか(爆)
 ともかく発売日周辺のお祭りのような喜びを今年も味わえる幸せをありがとう。

2017. 2. 7

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第9曲>

♪この指とまれ


 "逃げるは恥だが役に立つ”“恋ダンス”“星野源”…わからん。断じて批判や非難をしているのではなく、涙ながらに、さっぱりわからん。星野源…心の底から申し訳ないが、四谷大塚とかにいる勉強のできる生意気な小学生にしか見えない。
 “逃げ恥”“逃げ恥”と言われていると「逃げるは恥だがアンタなんかに卑怯だなんて言わせないぜ」と意味不明な啖呵を切りたくなる。「オイラお先にちょいとごめん」ああ、いい歌だなぁ。やっぱり自分にはこっちだ。
 しかし、今や時代は谷村新司と吉田拓郎が仲良くデュエットする時代である。この作品を“嵐からの隠れ場所”にするのは間違っているのかもしれない。どうであれ、御大の闘志あふれる痛快なこの歌を久々に聴きたい。

2017. 2. 6

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第8曲>

♪今夜も君をこの胸に


 正直言って80年代にコンサートの最後でこのイントロが始まると「ああ、またこれかよ」と落胆したものだ。「人間なんて」「アジアの片隅で」「ファミリー」のようにコンサートの最後は燃焼発散して終わるべきものと勝手に思い込んでいた自分にはこの軟弱な終わり方がトテモ気に入らなかった。
 今こうして聴くとなんと美しい曲なんだろうかと刮目する。あらゆる意味で「御大、あなたは上手いなぁ」と唸ってしまう。甘い色香のラブソングの穏やかな海をゆらゆらと漂うような心地よさ。このリフレインにいつまでも浸っていたいと思う。んーこの曲は子供にはわからんばい。またステージで聴き惚れたい。青山じゃないギターだとどうなるのかも聴いてみたい。

 かつての自分の不明不覚をお詫びしたい"すべての御大の歌に懺悔しな"シリーズの一曲だ。

2017. 2. 5

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第7曲>

♪放課後



 ちょっと前までyou tubeにDUOの原曲がUPされていたんだが…

 こんなん歌うワケないだろと思いつつも、「ふゆがきた」を歌ったのだからもう何でもアリだろうという気もして、かすかな期待の細い糸を切れないでいる。

 御大のこの詞は、多くの男子が憧れるシチュエーションだ(星紀行調べ)。そしてみずみずしいロック&ポップ。特に石川鷹彦大先生のアレンジとギターがすんごくカッチョエエ。何度でもいうが、若いころのキンキにカバーしてほしかったのだが、ここまでくれば40歳も70歳も一緒だ(笑)。
 学校を卒業しても、人生とは最後まで何らかの課題に煩わされるものだとすれば、人生の楽しみは常に放課後とともにあるのではないか。お、いいな(爆)。というわけで本人歌唱を切に望むところである。

2017. 2. 4

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第6曲>

♪アジアの片隅で


 前の日記にも書いたが、昨年の大晦日の新聞のイエモンの一面広告。「残念ながら、この国にはまだこの歌が必要だ…一緒に歌ってください。」が頭から離れない。かの歌も名曲であり必要かもしれないが、それならこの歌はもっともっと必要だと思う。聴きたい…というより唱和したい…歌・演奏・唱和・叫びがひとつの塊となって会場全体が揺れるあの4D。御大ここはひとつこの世界の片隅のアジアの片隅の人々に見せてあげましょうよ。ステージも客席もリポビタンDを飲みまくって挑もうではないか。

2017. 2. 3

いいじゃないか、天ぷらうどんで。あなたの後ろには、広島に行くたびに ちからの肉うどんを涙ぐんでありがたくいただく拓バカどもがたくさんついているぞ。…それがイヤか(爆)。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第5曲>

♪川の流れの如く


 かっちょええ。木田高介さんのあの奔流の水がほとばしるような感じもたまらない。幾星霜を経ようとも流れ続ける御大の川の流れを味わいたい。あのエンディングもよろしくお願い。終わったあとに「ふるさと」が始まっても私怒らないぞ。何だそりゃ。

 ともかく今この時期ガツンと歌っておいた方がいいと思う。美空ひばりさんの「川の流れのように」が日本のスタンダードになってしまった今日。「あ、拓郎さんのこの歌、ひばりさんの唄に似てるわね」と平然と言ってのける輩が多く、怒りで夜も眠れない(爆)。どう考えても、拓郎ファンだったという秋元康が、御大のこの作品にインスパイアされて作ったのではないかと思うのだがぁぁぁ。

2017. 2. 2

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第4曲>

♪マラソン


 昨年末のSONGSの副題は、”風のように...なんて考えた事があったなぁー”だった。「僕はあの時風になり」というこの歌はもう今の御大の心境からは遠く離れてしまった過去のものなのか。しかし、自分にとっては今もって歳ごとに心の深奥にぐいぐいと刺さってくる。絶望の淵から見下ろしているような御大のボーカルと雪崩のようなピアノをステージで聴きたいよ。

 この切なさに満ちた歌を聴くと、まったく関係ないのだが、モロボシ・ダンの「それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ」というセリフが浮んできてしまう。いみふ。

2017. 2. 1

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第3曲>

♪たどり着いたらいつも雨降り




 “たどり着いたらいつも雨降り” よく考えるとそこらのコピーライターが裸足で逃げ出すような見事なフレーズだ。
 ロック関係者までもがひれ伏すスタンダードながら、ライブ登板回数はそんなに多くはない。なんでだ。島村英二さんがアマチュアの頃からカバーして大好きだったのに、いまだ御大のライブで一度も演奏したことがないというからどんだけ頻度が低いかがわかる。最後に聴いたのは”冷やしたぬき”ツアーだった。ともかく、つま恋75のように有無を言わせぬ演奏の海に溺れながら、踊りたいぜ。モップスも氷室京介も子供ばんども山崎ハコも(爆)何するものぞの本人歌唱のぶちかましを。

2017. 1. 31

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第2曲>

♪昨日の雲じゃない


 ゆったりした鈴木茂のギターが静かに語る。呼応するような御大の歌声がまた切ない。

“幾度も君に伝えたが すれ違うような時がゆく”
“いつもと同じに出来ぬ僕 君にも変化を求めてた”

 御大はそんなこと考えて作ったんじゃないのだろうが、このフレーズが御大とファンの関係と思ってみると心が痛い。新しい御大の変化を認めずに今日の雲に向かって昨日の雲の方が美しかったと言い張る自分。
 ああ御大に申し訳ないなと沈んだ気持になる。ライブで、この歌の美しいギターと御大の歌声を前にしてそんな自分を深く懺悔したい。すぐ元に戻ると思うけど(爆)

2017. 1. 30

愛しい曲は人それぞれだろうから御大のご苦労も偲ばれる。しかし次のライブがあって、あれこれ歌ってほしい歌を夢想する楽しみ、ただの独りよがりとはいえ無上の幸せである。御大よ、心の底からありがとう。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第1曲>

♪夕映え



 「僕は誰にも奪われない 愛する君を振り返る…愛する君のそばにいる」…ねぎらいをもち過去を振り返っているが、そこには「懐古」の甘ったるさはなく、黄昏の悲しみや哀愁はを超えて、明日を見据えながら、仁王立ちする御大の姿が浮かぶ。爽快で勇躍胸躍る。歳を重ねた今だからこそわかる傑作。こんな傑作を作ったのもすごいが、歌わずに放置しているのはもっとすごいぞ。今こそ聴きたい。迷惑といわれようと自分も愛する御大のそばにいる(爆)。

2017. 1. 29

 今日は"星野源とPPAP"が全く理解できない怒りと悲しみを書こうと思ったが、御大の気力に満ちた「まずは一曲」というつぶやきを読んで、そんなこと書いてる場合ではないと自戒した。
 昨年どうせ誰も読んじゃいないと思いつつもライブに向けて<ご無沙汰している愛しい曲>を勝手にリストアップした。案の定、一曲も当たらず、かすりもしなかった(爆)。しかし、しょせん孤高のサイト、2017年バージョンも続けよう。

 まずは、なぜか当たらなかった2016年の愛しい20曲のおさらい。

 以下再録。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第1曲>

♪流れる


 ああ、ステージで是非聴きたい。御大の結晶のような静かなる名曲。御大も名曲と讃しつつ、なぜかステージでやらない。この彫琢された深みある詞は、今の御大の声でこそ聴きたい。聴くまで死ねないぞ私は。
 uramadoにも書いたが「今は黙って静けさを愛せばよい」の御大の忘れられない自筆パネル。今度は私が自筆のプラカードにして会場に臨んでもいい。いらないだろうが。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第2曲>

♪季節の花


 私はこの作品のおかげで今生きているといっても過言ではない。いや少し過言か。天才は60歳をとうに過ぎても、こんなに清々しく心躍る歌を創れるものなのか。ああ御大を聴き続けてきてよかった。自分もこの歌を胸に、また迷っても、また探す道、またほほえんで、また口ずさんで、またウデを組み また歩き出し、50代を超えて生きていこうと思った。
 雲が切れて青空が広がるようなギターのイントロから鷲掴み。なんといっても、「また雨がふり また風が吹き、またウソをつき また夢を見る、またウデを組み また歩き出す、また陽が昇る また涙する・・・」リフレインのすべてのひとつひとつが美しく愛おしい。高揚する観客のグルーヴとしっかり組み合ったライブバージョンが是非是非欲しいのだ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第3曲>

♪僕を呼び出したのは


 「残酷な季節」「あれからはどうしていたの」「叫ぶ絵」「光る指輪」・・・二人の再会のドラマに聴き入りながら、間違いなく聴き手はそれぞれの青春を思い出しそれぞれにとって大切だった人を心に描くはずだ。そういう名作だ。だからこそこの歌がライブで歌われるとき会場に5000人いれば5000の切ないドラマが疼いていて、そのドラマがたち御大に向って集まり寄り添う。人それぞれテンデバラバラな5000のドラマは、「少しはぐれたけれど今日まで生きてきたよ」というフレーズに結ばれてひとつになって会場を静かに揺らすのである。こんな歌のチカラを持っているのは御大しかおるまい。ライブでの熱唱が待たれる作品だ。是非会場でそれぞれの魂をゆさぶってほしい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第4曲>

♪Fの気持ち


 あれこれ言ってもこの陽気でご機嫌でテキトーなロックンロールこそが御大の真骨頂だ。いいねぇ。「コード」を歌うとは、そこいらのミュージシャンとは発想の原点からして違うのだ。
 「音楽言語」を真正面から歌ったのは世界の音楽史上「ドレミの唄」と「Fの気持ち」の2曲だけだ。しかも「ドレミの唄」は「ドはドーナツのド、レはレモンのレ・・・」と稚拙だが、こっちはコードを歌いながら人生のスピリットを歌っている分、先を走っているぞ。
 世界の最先端を走っている気分で「A♭B♭CC」と観客がスタンディングして身体文字作りながらノリノリで唱和すれば、西城秀樹のYMCAも武田鉄矢のJYODANも恐れるに足らず。別に恐れてないか。そんな解放感のある盛り上がりをライブで体験したいのだ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第5曲>

♪春を待つ手紙


 これは泣きたい気持ちで人生の極北を超えようとするすべての人々の祈りの唄だと思う。
 おそらくすべてのファンが待ち焦がれる名曲にしてライブ未演のまま。2009年にはテレビ番組「大いなる明日」でビッグバンドの演奏したものを最後の部分だけBGMとして流す。なんなんだこの寸止めは。かつて吉見佑子が文句たれたのを怒っているのか。東日本大震災のチャリティ放送で初めて弾き語りでお披露目されたが、さらに私たちが待つのはライブのフルバンドの初演だ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第6曲>

♪風になりたい


 自他ともに認めるこの美しき名曲。アルバム「俺が愛した馬鹿」に収録されてはいるものの、
 失礼を承知で言う。御大よ、お願いだから、ちゃんとした演奏で、もう一度ちゃんと歌ってくれまいか。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第7曲>

♪月夜のカヌー


 船を下りた水夫は、大海に一人乗りのカヌーで漕ぎ出していく。灯台もなければ、同僚船も護送船団もない暗い海。「月夜のカヌーで夢の続きへ漕ぎ出そう 息を潜め漕ぎ出よう」これは岡本おさみさんが残してくれた珠玉のメッセージだと思うのだ。心の底から勇気づけられる。ライブで、御大のちょっとラフでワイルドな歌いっぷりで、今こそ聴きたい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第8曲>

♪僕の好きな場所


 アルバム「AGAIN」を聴いてこの陽性のポップにしびれた。高木ブーさんも大好きだが、やはり御大は歌がうまいなぁ。今更だが。どこにも縫い目がない、まさに天衣無縫なメロディーと歌唱が、心をウキウキと弾ませてくれる。ハワイの日差しとか空気とかが持つ幸福なエッセンスがすみずみまで行き渡っている。しばし会場をマハロな世界に包み込んでおくれよ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第9曲>

♪RONIN


 御大は奥ゆかしいからA面の「ジャスト・ア・RONIN」しか歌わないけれど、このRONINこそ傑作である。

  愛に飢えた獣のように牙をむかないで
  今日からおまえの心はおまえ自身のものだ
  もう争わないで、もう戦わないで
  そう自由の風に酔え そうすべてを解き放て

 こんなにも深くてチカラ強い愛の唄があろうか。最後のリフレインとシャウト。これはライブを想定して作られたとしか考えられない。この暗い世の中の灯火をともすようにステージで歌ってほしい。1985だけでなくRONIN FORVER!!

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第10曲>

♪ステラ


 大好きな歌だがこんなん歌うはずがないと思い記憶の片隅に飛んでいた。しかし2012年に突如「ふゆがきた」が歌われたとなると黙ってはいられない。乙女な世界だけれどおそらく誰もが密かに共感してしまう詞。それよりなにより御大のメロディーがすんばらしい。ドラマチックなメロディー構成、しかも清々しくあたたかい。こりゃ名曲ばい。なぜ捨て置くのか理由がわからない。もしかして御大の豪華作詞陣の中にビックネームの松本隆と松本明子の名前が並んでしまうのは失礼という配慮だろうか。いみふ。そんなことはあるまい。御大の本人歌唱で泣きたい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第11曲>

♪愛の言葉


 中村雅俊への提供曲。ずいぶん前に、慧眼を持った当時の知り合いがイチオシしていた。中村雅俊への提供曲はどれも素晴らしいが、このポップでロックな作品は特にカッコよさが際立つ。よく練られたメロディーもたまらん。これ御大が、ちょっとラフな感じで本人歌唱したらゼッテー、カッコイイぞぉぉ。御大、思い出そうよ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第12曲>

♪あれふれた街に雪が降る



 御大の雪の歌には名作が多い。というか名作しかない。幻想的で抒情あふれる「雪」、悲しみに満ちてドラマチックな「外は白い雪の夜」。そして、忘れてはならない、美しい日常のささやかな幸福を歌った「ありふれた街に雪が降る」。この仄かにあたたかで、美しいメロディーと御大の繊細な歌唱がたまらない傑作である。聴きたい。聴き惚れたい。たまには、誰もいなくなる別れの悲しみではなく、小さな幸せに満ちた美しい雪の唄を。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第13曲>

♪裏窓


 ねぇ御大、聞いてくださいよ。その時、俺、まだCDデッキ持ってなかったんで、アルバム「detente」はミュージックカセットで買ったんすよ。そしたら「裏窓」入ってなかったんすよ。ひどくないっすか?
「Bonus track on CD」ってCDに書いてあっても意味なくないっすか?カセットじゃ曲の存在も知りようがないし。しかもこんなカッチョエエ傑作を。可哀想っすよね。可哀想と思うなら、私が行ったライブの時だけBonusで歌ってくださいよ。ちゃんと手風琴つけて荒くれた感じでお願いするっす。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第14曲>

♪チークを踊ろう


 大学生になって初めてディスコに行った。この時、新宿のニューヨーク・ニューヨークに行くまで、「チークダンス」というのはこの曲のような軽快なテンポで男女が頬を寄せて踊る踊りだと信じていた。どっかの民族舞踊だろ、そりゃ。
 思想性がないとか軟弱とか一瞬思ったこともあったが、この曲にこそ御大の広大深遠な音楽的才能が凝縮しているといってもいいと思う。人の心と身体をウキウキと弾ませ揺らさずにおかない音楽の魔力に満ちている。これぞ御大の魅力。思想は岡林信康に任せればいい。アンコール一曲目あたりでいきなりやってくれないか、ノリノリで盛り上がりたい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第15曲>

♪又逢おうぜ、あばよ


 「命絶つほどの狂気ではなく 命救うほどのチカラでもないが 諍いと和みのはざまに流れてゆけ 流れてゆけ 私の歌たちよ」。たまらん。ここのフレーズでこの作品はまさに光り輝く。この作品だけではなく、御大のすべての作品を照らすかのようだ。
 歳をとるということは人と別れることだと思い知る。ここ数年だけでも素晴らしいミュージシャン、音楽関係者が次々と亡くなられた。そして一緒に聴いていたファンの方たちの何人もが卒然と旅立ってしまった。なんてこったい。もはや、こうしてライブを待ちライブを満喫することは奇跡のような事かもしれないとガラにもなく思う。「また逢おうぜ そうさ また逢おうぜ」、若いころと違いこのリフレインがより切実に心に響く。もともとコンサートのラストナンバーとして生まれたこの作品。何度も何度も「また逢おうぜ」と確認してから会場を後にしたい。そして絶対にまた逢おう。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第16曲>

♪しのび逢い


 「逢引」「逢瀬」を歌っているにもかかわらず、この作品から溢れ出る崇高さは何だろうか。「君の年月が僕と同じでないから困ってしまう」それは人目をはばかる逢瀬なのかもしれないが、御大は、相手の気持ちと相手とのあるべき距離を真摯に思い悩む。この御大の繊細な逡巡が、人間の美しさという高みにまで至っている気がしてならない。御大の唄はすべて、人間と人間の距離感を探しさまよう歌なのではなかろうか。カタチだけだと単調で長い歌だが、御大がライブで語りかけるように歌うとき、間違いなく会場全体は奥深く引き込まれていくに違いない。そんなことになったら至福のひと時ですぜ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第17曲>

♪この風


 アルバム「午後の天気」には「僕の道」という傑作があるが「この風」を聴いたときにもいたく感動した。実に素晴らしいメロディーだ。
 作詞の銀色夏生さんは、「尊敬する方の声で、その人のために書いた私の言葉が歌われる! 感無量です。もし拓郎さんに歌ってもらう詩を私が書くならば、とものすごく集中して考え、すぐに浮かんできた、これしかないという詩を書きました」と語る。
 それに見事に応えた、哀愁あるドラマチックな珠玉のメロディーと艶のあるボーカル。その上メロディーにも歌唱にも、まるで初対面の人にきちんとした礼装で応接するような「品のあるよそゆき感」がある。当時68歳にして、御大のこの仕事の素晴らしさ。比べるのも失礼だが、おいらのじいちゃんは68歳の時もうヨイヨイだったぞ(爆)。若者なんぞに全くひけをとらない御大の音楽力に感嘆するほかない。最後にハジケまくる、たぶんエルトン永田氏のピアノがまた扇情的でたまらん。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第18曲>

♪Not too late


 稀代のヒットメーカー織田哲郎は言う「吉田拓郎さんってボーカリストとしても最高だと思うよ。なにしろ声が素晴らしい。拓郎さんはホント色々な意味で、凄いところで戦い続けてきた人だと思うよ。」織田さんの心からの絶賛が嬉しい。お願いだからもっともっと褒めて(笑)。この作品で、織田さんのメロディーを得て、御大は、ボーカリストとして、そして詩人としてそのチカラを見せつける。
 歳をとるとともに限られていく時間、その中でいずれは別れなくてはならない愛する人へのただれるような思い。しかし、限りある時間だからこそ「Not too late」〜遅すぎることはないう言葉を高く掲げる御大。聴く方も年齢を重ねるたびに、身につまされるような思いが深くなる傑作だ。ああ、ステージで今の御大によるさらに深みを増したであろう絶唱が聴きたい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第19曲>


♪よせばいい


 あらゆるしがらみを振り切って自由になろうと御大は歌っているのだろうか。解放の歌に聴こえる。それでいて御大の言葉は限りなく優しい。
 「どうしてこうなったなんて気づかないままがいい」「心が薄っぺらだとしても今は痛むときだから」自らも深く傷ついたことがあるからこそ出てくるであろうこのフレーズの細やかさが泣ける。
 「何もできないからなんて アワレを慰めないで」のフレーズは、私にとって青春の支えだった「僕の一番好きな唄は」を彷彿とさせ嬉しい。「ああ、それだって、よせばいい」という御大の歌唱が解放しくれるものは大きいはずだ。
 そういえば「僕の一番好きな唄は」は聴いたなぁ。

  会社の社長さんなど偉いと思うなよ
  ましてや歌い手さんなど先生諸兄など
  一番偉いヤツ そいつはこんなヤツ
  自分の叫びをいつでも持ったヤツ
  自分のアワレを慰めたりしないヤツ
  戦いに負けたと嘆くじゃないぞ
  強者に立ち向かえば逃げるじゃないぞ

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第20曲・完>

♪Life


 どうしようもない絶望が見えそうな時。例えば天を仰ぎたくなるようなこんな朝。多数派のストリームには絶対に乗りたくないと思うこんな時。でも人間だけは信じていきたいと思うそんな時。この作品は静かに傍らにいてくれる。「こちらを向けと言われて背いても 人が人として息づいているんだ・・」この剥き出しのスピリットで作られたようなこの作品は、悲しみの川に漕ぎ出すオールのようなものかもしれない。明け方のつま恋に響き渡ったような御大の絶唱をもう一度、いやいや何度でも聴きたい。

2017. 1. 28

"「ポップメーカー」だった拓郎はそれを封印して、フォーク・スタイルでデビューしたこととその強烈な個性のため生涯、デビュー時のイメージから逃れることができなかった"(田中雄二・文藝別冊「追悼加藤和彦」)「生涯」って勝手に締めくくるなよと思いつつも、そこにある御大の苦悩の淵源か。

2017. 1. 27

御大も大好きだったという“星影のバラード”。カッコイイなぁ。♪ I love you more than I can say …なるほど このエッセンスが「すなおになれば」に転生していくんだ。これも傑作だ。★ドライとか広岡達朗とか浮かびくる雑念を振り捨てて、今こそ味わいたい。二つの名曲。

2017. 1. 26

朝からテレビで映画の宣伝のため劇中歌の「今日までそして明日から」が流れている。いい朝だ。主演の二人、若林豪も酒井和歌子も随分若いな。二人とも痩せて面長になったみたいだ。>それは「百万人の大合唱」だろぉ!と一人つぶやく。世界中の監督さん、もっといい曲がたくさんあるから使ってね。

2017. 1. 25

最近読んだ小説で「コンプリート」という言葉に弱い男の話があり共感した。だからか夢で、レコード屋に入ると御大の見慣れたアルバムに全部「コンプリート完全盤」と大きなロゴが入っており、どれも知らない曲が数曲ずつ入っていた。こりゃあ大変だと叫び目が覚めた。夢の続きがみたい(爆)。

2017. 1. 24

松方弘樹さんのご冥福をお祈りします。特にファンではなかったけれど妙に悲しい。映画「結婚しようよ」の入江若葉との老夫婦の役が最後に観た出演作だった。隠居老人役だがあの映画出演者の中で1人最強なオーラが漲ってて面白かった。ご尊父の月影兵庫・花山大吉をリメイクしてほしかった。

2017. 1. 23

テニス好きな家人のおかげで昨夕は全豪の錦織圭の応援に阿鼻叫喚だった。錦織というとやはり錦織一清が必ず思い出される。お姉さんがファンだったおかげで御大ファンの彼は、現役アイドル全盛の時からラジオで「7月26日未明」を流すなどの気骨を魅せてくれた。ケイももちろんニッキも頑張ってくれ。

2017. 1. 22

松本隆はミュージシャンだから自分の詞が最終的にどんな楽曲として完成するかまで気にしているが、岡本おさみは言葉を吐いたらそこで任務終了、どんな楽曲になるのかワクワクと楽しみにしているかのようだ。そんな対照的な作詞家二人をうならせてしまうのだから、やっぱり御大あなたが一番すごい。

2017. 1. 21

「旅に唄あり」の若き日の岡本おさみと松本隆の対談が貴重で面白い。とはいえ二人には作詞家という以外まったく接点がない。山陰の人と東京の人、風景の中に入ってゆく人、と距離を置き風景を描く人、吐き捨て言葉を求める人とそれを切り捨てようという人。ほぼ対立状態だ。穏やかな対談だがお互いが嫌いだろうという感じが行間が覗く気がする(笑)

 それにしても何が凄いって、この相反するこの二人言葉をどちらも見事な作品に仕上げて歌う御大、あなただよ。

2017. 1. 20

岡本おさみの「旅に唄あり」を再読中。何気なくこんなフレーズがあった。

「襟裳から苫小牧に出て、何か列車に乗るのもあきたし、時刻表をみてると、フェリーが仙台まで出ているらしい。フェリーに乗ることを決めて、苫小牧をぶらつくことにした。」

 当時、岡本さんは気ままにブラブラ旅をしていただけなのだろうが、その足跡から名作が生まれる、しかも「襟裳岬」と「落陽」の名作が繋がっている。こりゃ、もう、松尾芭蕉の「奥の細道」と双璧をなす世界である。

2017. 1. 19

劇場で二回目の「この世界の片隅に」、平日でも満員。公開直後よりも観客層は多様でしかも熱があった。隣の見知らぬ爺さんも泣いておった。二回見ても飽きることなく深く感じ入る。御大のステージと同じだ。別の映画の大きなパネルで吉田拓郎「今日までそして明日から」もしっかり確認。

ユーミンと私の弟の誕生日である。弟は心の底からどうでもいいが(笑)、ユーミンお誕生日おめでとうございます。

2017. 1. 18

小室等さんが新六文銭で御大と一緒のライブの際、客席で一部の客がうるさかった。小室さんが横を見ると御大がキレる寸前だったので機先を制しその客に静かにしてくれと注意した。終演後の楽屋で御大から諭すように「小室さん、お客を叱っちゃいけないよ」と注意され頭にきた小室さん…いい話だ(笑)

2017. 1. 16

「ぶらり途中下車の旅」テーマが鈴木雅之の「いつか街で会ったなら」になるときいて観た。蒲田だ。鈴木雅之へのレスペクトもあるのか。中学の時、自分が中村雅俊の"いつ街"のシングルを買ったのも蒲田だった。どうでもいいが。あらためていい歌だなぁ。初めて聴いたのはスター千一夜で中村さんが壇ふみの前で披露したときだった。中村雅俊と壇ふみは結婚するんじゃないかと当時思っていたよ。大きなお世話だが。

2017. 1. 15

 映画「この世界の片隅に」。キネ旬年間1位獲得で上映館も拡大。嬉しい。製作費が不足するもファンの願いをこめた募金で完成…ところが大手配給会社からも相手にされず、くだらない理由でテレビ等大手マスコミも完全無視を決め込む四面楚歌。ひたすら観客の観たい、観せたい気持ちがまさに草の根のように広がっていった。
 既存の芸能界やテレビからもスポイルされ、ファンと繋がるコンサートとラジオだけを頼りに立ち上がっていった無名の新人よしだたくろうのストリームと重なる気がしてならない。かくしてどちらもこれから100年以上残るものである。
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2017. 1. 14

 THE YELLOW MONKEYが大晦日の全面広告に「残念ながら、この国にはまだこの歌が必要だ。紅白で一緒に歌ってください」と代表作『JAM』の歌詞を掲載し、雨畑氏はその夜の熱唱に胸わしづかみになったそうだ。
 それと同時に「この国にはまだこの歌が必要だ」という広告には本来「アジアの片隅で」の歌詞こそふさわしく、御大がこの暗い世界に向けて絶唱し人々を打ちのめすべきだったのに…と地団駄踏んだらしい。なのに、なにイエモンに先を越されてんねん。「外白」歌って紅白コリゴリだとか言ってる場合か、PVでお手手開いて揺れてるんじゃないぞ…どこまでも怒り燃え立つ人であった。最後は、孤高のサイトなのに新年会とかやってんじゃないぞ、茶道の打ち水なんてどうでもいいだろ…と自分も怒られた。
 とはいえ雨畑氏はじめNinijnのスタッフの皆様平素よりサイトのためにいろいろありがとうございます。来年の新年会でまたお会いましょう(笑)。

2017. 1. 13

Ninjin Officeとの新年会。雨畑氏が超絶熱かった。SONGSの“春だったね”のイントロ=馴染みのオルガンのキーメロが打ち込みで、武部氏は生で弾いてない。え。松任谷正隆に始まる名ミュージシャン達が奏で繋いできた大事なキーメロだ。グリッサンドでキメてる余裕があるなら、ココは心こめて弾いてくれ!と怒る。

名フレーズが打ち込みなら御大は誰とアイコンタクトし観客は誰に拍手すればいいのだ。ライブとバンドの生音の素晴しさを教えてくれたのは御大じゃないか。キーボード増やせ!、サックス入れろ!と止まらない。さらに雨畑氏は、紅白に出たTHE YELLOW MONKEYの大晦日の新聞一面広告を持ち出して啖呵を切った…続く。たぶん。

2017. 1. 12

昨日の続き)御大の真骨頂がラブソングの美しさにある事…今は解る。その全く正反対の極にある“僕の一番好きな歌”。高齢化進む私達でもこの歌が再び必要となるかもしれないし、この歌に救われる若者も必ずいる。未来に向かって種を蒔くように公式音源としてきちんと残すべき時期だと思う。

ラブソングからハードソングまで相反するような様々な「極」を抱え込み計り知れない大きさの御大という器。同じ国なのに端と端では気候も時差も公用語も違う大国みたいだ。なのでファン同士の民族内紛も時に起きる。この大きさを楽しみ、迷い、右往左往しているのがファンというものなのか。

2017. 1. 11

ぼくのあたらしい歌…かつて"僕の一番好きな歌は"にシビレていた。この歌に惚れ込んでしまうとその後の御大のラブソングが全て堕落して見え苦しんだ。若さ故の生硬と狭量。後に「ラブソングを歌い叱られるのは拓郎だけだ」と友人と反省した。御大にはすまなかったが当時はこっちも必死だったのだ。

2017. 1. 10

「1・2ロックンロール!」つま恋のシーンを何度も見直してきた。今度は客席も一緒にやらせてくれ。ハンド・イン・ハンドになっちまうか(汗)DVD必見、もちろん御意。新曲アルバムに、その次に…存分に打ち水を打って下され。しっかりと通過して次の茶会を楽しみにしておりますぜ。

2017. 1. 9

♪夜明けに目覚めて…テレビで御大の「ぼくのあたらしい歌」のプロモを垣間見た。初日市川でのみ歌われたというテロップ。御大の屈託のない無邪気な笑顔とお手々開いてのポーズが印象的だ。やっぱり陽性のいいメロディーだね。好々爺のロック・ポップがここにある。…なんて怒られるか。

2017. 1. 8

何回か書いたが、成人式会場には手塚理美がいた。美しかった。フォーライフの「ボビーに片想い」は名曲だったが、御大の作曲を断ってユーミンを所望し、はからずも松本隆×ユーミンの初顔合わせになってしまう。複雑だ。そうそう、真田広之の「砂漠の都会に」はいい曲だったよな。勝手に追想。

2017. 1. 7

昨年初めてライブに行った友人からの年賀状に「今年も拓郎のライブに行こうな!」と書いてあった。軽いぞ。今年あるのかないのか繊細な問題に皆、密かに胸を痛めているというのに(爆)。しかし去年、衝撃の入門をしてしまった以上やむをえない気もする。御大、いっちょ今年も頑張ってくれまいか。

2017. 1. 6

「ねぇ、1月の6日からツアー始めるヤツっている?」という話は昨年の日記に書いていた(汗)。あの「人間なんて」ツアーは特にサックスが素晴らしかった。「パラレル」の後奏でいきなりサックスが入るところがたまらん。また音色の海に漂うような「ひまわり」も素敵だった。小島俊治さんお元気か。

2017. 1. 5

冬将軍の到来とニュースがいえば当然♪冬将軍の足音がするぅぅが頭に鳴り響く一群の人々のひとりである。どこか春の明るい香りがするかまやつさんバージョンに対して、御大のバージョンは真冬の満身創痍のようなやるせなさが漂う。どっちを聴くか。武田鉄矢の土着バージョンというのもあるが(爆)

2017. 1. 4

年始のLOVE2で和服を着た御大がお茶の指導をする回。何気に見せた御大の帛紗(ふくさ)の折り方が、素人の目からも見事だった。"帛紗さばき"というらしい。吉田宗拓がチラリと覗く。かっけー。今年も御大の打ち水をきちんと通過する客でありたい。こんな無礼なサイトやっといてなんだが(爆)

2017. 1. 3

森進一の歌う「夜行列車」は演歌全開だが、デモの本人歌唱はどんなんだったのだろう。夏みかん食べながら流れ駆け落ちするどこか垢抜けないこの歌が昔から大好きだが、できれば演歌ではない御大の生粋バージョンがあれば。森進一も御大も無かったことにしているふしも窺えるが(笑)。課題曲練習中。

2017. 1. 2

あれから35年。酔ってバンドの方々と神社と間違えペットのお墓、延命地蔵にお賽銭をなげた初詣。翌日は武田鉄矢と西田敏行が訪れて、泥酔した御大と西田が外は白い雪の夜でチークを踊る…ラジオで話してくれた怒涛の正月エピソードが忘られぬ。芸能人のお正月はすげーなと憧れたものだ。

2017. 1. 1

健康、平和、平等、当たり前の言葉が実に深く胸にしみる空の輝き。やりたいことがいっぱいとは私達の幸せの芽舎もいっぱいだ。音楽って本当にいいなって言ってる御大って本当にいいな。新曲アルバム?一発録り?観客が必要なら遠慮しないでいつでも呼んでくれ。

2016. 12. 31

カラオケで"アゲイン"を歌ったら未完のため途中から歌と演奏がズレて途中終了になった(恥)。布施明がいたら怒鳴られていたところだ(汗)。でも"…僕らは今も自由のままだ"を歌わずしてカタルシスはない。@前奏で一番の歌詞を朗読(爆)二番から歌うAお詫びして2回入れて分けて歌う…妙案はないものか(笑)
皆さんはどうしてますか?>どうもしてねぇよっ!

2016. 12. 30

昔からの謎だが、なぜ「吉田拓郎公式カレンダー」を発売しないのか。例えばタムジンによる最新ライブや過去の名ショット12枚で構成され、毎年毎年買うのが楽しみで身悶えするようなカレンダー。オマケ特典のショボイのでなく堂々たる商品として出して欲しい。永遠のビジュアルスターの御大ですぜ。

2016. 12. 29

Xマスプレゼントの話を色々聞く。幼い御大にお父上が「拓郎、天文館には"デパート"というものがあってな。いつかそれを買ってやるから今はプレゼントは我慢しろ」という話を思い出す(笑)。この話好きだ。とどのつまりプレゼントとはモノではなく贈り贈られる二人の関係性にこそあるんだろうね。

根津甚八さんの訃報。ご冥福をお祈りします。根津甚八、ブッカー・T、吉田拓郎、小室等での騒々しいヤンタンの一夜を思い出す。「いつか夜の雨が」をシングルカットする話に「いいんじゃない、今初めて聴いた曲だけどさ」と渋さの中にテキトーさが覗いていた(笑)。

2016. 12. 28

つま恋存続とな。良かった!…しかし歴史の教科書では聖地の管理者が変更すると必ず戦争が起きているので、喜びつつもおのおのがたぬかりなく(笑)ここは御大に先陣を切っていただき新生つま恋に「t.yの御旗」を。さもないと他にも狙っている大名が(笑)…ということで戦争が起きるのか(涙)

2016. 12. 27

数少ない引っ越しのたびに思うのは業者さんのスキルの凄さだ。迅速かつ的確に撤収と移動とセッティングを繰り返す。間近に見たことはないがコンサートのスタッフも同じなのかも。つま恋のTAKURO展で当選した御大の特大パネル。唯一の家宝のご真影(爆)。丁寧に梱包して慎重に運んでくれた。感謝。

2016. 12. 26

引っ越し準備で疲れ果てる。こんなことを何回も繰り返す御大はホントに凄いなとしみじみ思う。短かったがこの町ともお別れだ。芸能人が住んでいるという噂だったが、誰とも会わなかったな。さよなら、いちょう通り。さよなら、つま恋。さよならSMAP。♪海よさよなら さよなら明日

2016. 12. 25

つま恋。ご関係の皆様心の底からありがとうございました。ここが永遠の聖地となるか、遺跡となってしまうかは、これから生きてゆく私らの心の在り方次第なのかもしれない。今年、渡辺格さんはおそらくご家族が大変な中で音楽を届けてくれていたのだな。ご家族のご冥福をお祈りさせてください。

2016. 12. 24

SONGS。いやぁぁ御大愛してるぞ。ファンになっちゃいそうだ。こうして聴くと歌がうまいなぁ(爆)。年月を湛えつつも新しいボーカルがいる。やはり今年私達はもの凄いものを観て聴いて体験したのだ。皆、長生きして、いつか「あの70歳のLIVE2016は凄かったよなぁ」と歴史を語る日へと進もう。

…それにしても朝からつま恋三昧、そしてSONGSの超絶な御大、最後に宇多田ヒカルと小田和正の花束を君に送ろう愛しい人…を聴いていると、ひとつながりの人生走馬燈状態に陥って妙に泣けてしまう。

2016. 12. 23

さよならつま恋・聖地讃頌まんがA

12月23日未明。「NHK ここから〜 ゲスト南こうせつ」
ナレ「つま恋といえば、こうせつさんですが、つま恋が最後となる今のお気持ちは・・・」

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父「ぐっ南め、 "おいちゃんのつま恋"で締めくくるつもりじゃなっ!」

 ※フィクションであり実在の方々とは関係ありません、たぶん。

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父「…南め、…ああ、つま恋よ…うう拓郎さん、うううううう…」
娘「父さん今夜SONGSがあるじゃないの(あぁ拓郎ファンてメンドクサイわ…)」

 ※こういう家族は実在します

2016. 12. 22

さよならつま恋・聖地讃頌まんが@

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娘「父さん、毎日新聞につま恋の記事よ。『さよならフォークの聖地』ですって…」
父「ふざけるなっ!!フォークの聖地じゃなくて"拓郎さんの聖地"じゃっ!!」

2016. 12. 21

舞台裏=バックステージやスタジオでの御大も実に魅力的だ。一流料理人や宮大工等の職人の姿とも重なるカッコ良さが覗くんだな。楽しみだ。綿100とな。ステテコを着る時は教えてくれ。拓100のこだわり男女の私たち、多少生き辛いかもしれないが(笑)超絶幸せな人生っす。深謝。メリークリスマス。

2016. 12. 20

今年最後の歌謡祭。プロの技とともに音楽と過ごす至福に感謝。"タクシードライバー"も良かった。"これからは君の時代だ"と確かに似ている。さすが通底しあう御大とみゆきさん。"落陽"熱唱おじさんの「おまけにブーケを拾ってね…」にツボる(笑)。そりゃ松本隆だ。音楽愛に満つる人々が素敵だ。


23日には「目黒川フォークジャンボリー」(@目黒LIVESTATION)という催しがあるらしい。行けないが勝手に応援。

♪チーム拓郎,♪松任谷趣味…御大VSユーミンか
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全部、松任谷。おそ松くんみたいだ↓
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2016. 12. 19

御大のかつての信条「私生活だけキースリチャーズ」…あれだけ身体に悪い事をしても今だに平気でステージに立つ不思議。ボブ・ディランがノーベル文学賞なら、キースはさしづめノーベル医学生理学賞候補か(爆)。キースの"Slipping Away"は超絶心にしみる傑作だ。キースの"流れる”だと勝手に思う。

2016. 12. 18

忘年会というと昔、御大の家で酔ってポインセチアの赤い葉っぱを食べながら講談したというかまやつさんの話を思い出す(笑)。心配したが退院されステージに姿を見せてくれ嬉しい。忘年会といっても忘れたくない、忘れられない1年だった。残り少ないがまだ今年のイベントは終わっちゃいないわけで。

2016. 12. 17

当時から御大の言う“風のように…”の意味が解ったようで解らなかった。“風”と言う時の御大はいつもどこか生きづらそうに見えた。“僕はあの時風になり“なんて絶望の淵を覗く様だった。風とは何だったのか、御大の今の”風”はどんなふうに吹いているのか。番組が楽しみだ…が60分は短すぎやしないか。

今年のグリーティングカード、いいなぁ。嬉しい。来年も精一杯ご愛顧させていただきますのでよろしくお願いします。私達に幸あれ(爆)。

2016. 12. 16

光一君の御大への呼掛け。ああいう事が最近妙に胸に沁みる。多分、加齢だ。もし自分にイイ歳になった息子がいて道の向うから呼掛けられたらこんな気分かも…と想像してみる(笑)。トップアイドルといえど存外孤独なのもので、孤独ゆえに御大を慕う気持ちはファンの心情と少し重なるのかもしれん。

2016. 12. 15

「社長時代、年末のボーナス・人事の査定が辛かった」…怨嗟をまともに受けながら巷の中小企業の社長さんと同じく誠実に悩み苦闘していた御大。こんなスーパースターはいまい。社長ゴッコだ何だと世間は揶揄しようとも、そんな御大を心の底から誇りに思う。kinkiよ、君らのことも大好きだぞ(爆)。

2016. 12. 14

FNSの番宣で「全部だきしめて」を聴くと「御席をちゃんとご用意してたのに...」という残念感が漂うがパズルの最後のピースのように都合よく小さく収まる御大ではない(笑)。今日は誰が最後にカミナリを落とすのか。いつも最後に酔った経営者か上司が思いきり怒って終わる忘年会の如き緊張感(汗)

2016. 12. 13

DYLANのスピーチのシェイクスピア以下のくだりはまるで御大のつぶやきのようだ。DYLANの影響を受けたという御大だが元々通底する魂を持つ二人なのではないか。同じくDYLANを信奉するシンガー達とは明らかに一線を画している。シェイクスピアを読破した少年御大は何を思ったのだろうか。

2016. 12. 12

BOB DYLANのスピーチを何回も読み直し涙ぐむ。圧巻。御大ファンであることをも誇りに感ず。"和製BOBDYLAN"て御大に失礼だと思ってたが、御大は日本のBOB DYLANであり、BOB DYLANは米国の吉田拓郎なのだと確信する(爆)。上から目線ついでに、スウェーデン・アカデミー、いい仕事したな!

2016. 12. 11

日曜日午前に「地球ZIGZAG」を観ていたのは遠い昔。「ロンサムトラベリンマン」は原題が「星降る街」だった。いいタイトルだ。トラベリンマンだとどうしても乗り物酔い薬「トラベルミン」を思い出してしまう(笑)。星降る街で星を数える御大。あの時のZIGZAGの若者達よ、今こそ聴いてほしい。

2016. 12. 10

今さらだが西城秀樹の「聖少女/夕陽よ俺を照らせ」のシングルは超絶素晴らしい。御大のポップな才能が炸裂。特に最近は♪夕陽よ俺を照らせ 移りゆく季節を照らせ…のフレーズが頭から離れない。なんと心弾み心沁みるメロディーなのか。天才。秀樹にぜひ歌い継いでほしい。きっと女神は微笑む。

2016. 12. 9

あれから7年。御大を至近距離で見た夜。重松清が”吉田拓郎は約束の場所に一人で来て一人で帰った”と書いたように、取り巻きもお付きもいない孤高の御大の恰好良さと静かなるオーラ。先日のFNSに出て欲しかったが、出なくて良かったのか。ともかく御大が長渕剛でなくて良かったと心の底から思った。

2016. 12. 8

昔、武藤まき子さんがワイドショーで御大にインタビューした時のまるで姉弟のような話ぶりが忘れられない。安井かずみ、コシノジュンコ、浅川マキ、落合恵子…母性本能ならぬ姉性本能的なツボが御大にはあるのか。自分なんかにはわからない姉性から見た御大の魅力というものがあるのかもしれない。


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2016. 12. 7

あれから10年。ミノルホドツアー大阪で終演。忘れじの「つま恋」の年の終りだが「つづく」の文字が浮かんでいた。それから喜びと試練のあざなえる縄のごとき10年。しかもここにきて「つま恋の終焉」という悲痛事。しかし御大は70歳を飛び越えてくれ、今も「つづく」の文字が浮かぶ。至福なり。

武藤まき子さんご冥福をお祈り申し上げます。

広島時代、デビュー前の御大とお互い東京を目指そうと励ましあった話をされていました。

2016. 12. 6

♪頭の中にはさぁぁ・・「五木寛之に捧げる詩」という御大の唄があったが、今、気になっているのが頭の中の話ではなく「五木寛之は頭を洗わない」=「だから禿げてない」という伝説だ。いや伝説ではなく医学的支持を得ている学説のようだが、どうにも試す勇気が出ない。どうなんだろうか。

2016. 12. 5

あれから35年。アルバム「無人島で」発売。海のジャケットは季節柄さすがに冷たそうだった。A面とB面の様相が全く違う。A面の高揚感とB面の失速感。松本隆と御大の背中合わせのランデブー。心は松田聖子に行ってしまってたのか松本隆(笑)。今となるとこの失速感も実に味わい深いが。

2016. 12. 4

いよいよカウントダウンの日々。今日つま恋に集う皆様、どうか存分に聖地を実施なさってください。十字軍の遠征を見送るみたいだ。是非、聖地奪還を…って違うか。せめて多目的広場に団結小屋を建て占拠してしまうとか(爆)。なんとかならないか、悲しくて悲しくてとてもやりきれない。

2016. 12. 3

その記事では御大と岡本さんが「アジアの片隅で’89」を作ろうと意気投合する。半分冗談にしても待っていたのに。映画「この世界の片隅に」が着実に拡がる。超絶ヒットアニメの影になってしまった不運。いや、この映画もかの曲も「片隅」から静かに「100年生き続ける」との言葉を信ずる。

2016. 12. 2

昔の雑誌の記事。岡本さんが御大に「ステージで『アジアの片隅で』を歌うんだが♪思うのだがぁぁぁ〜のメロディーがワカラない」と尋ねてきた。「それフェイクだからメロディーなんて無いよ」と困惑する御大。…確かに。きっと世界で御大1人しか歌えまい。岡本さんはあの美声でどう歌ったのかな。

2016. 12. 1

例えば今年のライブで聴けた「いつでも」。♪胸にしみる空の青さが、胸にしみる空の深さが、胸に落ちた熱い涙が・・・この最後のたたみかけが胸にこみあげてくるようでたまらない。岡本さんはこんなメロディーと歌唱で自分の言葉に命を与えられどんな気持だったろうか。余計なお世話だが(笑)

2016. 11. 30

流しの床屋の小説を読む。さしづめ岡本おさみは旅する流しの作詞家だ。彼の詞に、出不精で家にいることが大好きな男が、誰よりも旅情と詩情を汲んだ曲をつけて歌いあげる。「名コンビ」という薄っぺらな言葉では言い尽くせない二人の不思議な関係。拓郎ファンだけに投げかけられた謎かもしれない。

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2016. 11. 29

明日は岡本おさみさんのご命日。追悼するにはあまりに大きな人であり作品群だ。一度だけ、つま恋2006年の翌日、遠巻きにお目にかかった時の気さくな笑顔が思い出される。そのつま恋も無くなるとは、なんてこったい。御大が元気で新曲のレコーディングしていることがどんだけ心強いことか。

2016. 11. 28

かくしてダニー・コリンズとは違って御大の新曲は、のびやかにおだやかにファンのもとに届けられるのであった。ステージへのお早いお戻りをお待ちしています。
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2016. 11. 27

電撃わいどで浜田省吾がDJの時。「プロ初舞台の拓郎さんの京都会館は超満員で、拍手がもう風になって来た」「緊張のライブが終わり皆で外に出て、僕は拓郎さん達から少し遅れて夜風の中を歩きながら、○○○の△△△を口ずさんでいました」。素敵な絵だ。浜省、何の曲だったっけ?>友達かよっ!


<ライブ73記念日2日目>
「・・懐かしの曲が出てまいりましたが・・」というMC。デビューして僅か3年、弱冠27歳。懐かしいも何もないだろうと思う。早送りのビデオのとおり、このときの御大の3年間というのは一般Pとは全く違った密度の時間軸だったのではないかと思う。

2016. 11. 26

そのラジオで、高校生の私は御大に超絶失礼なメッセージを送ったが、それでも御大は優しかった。今は心からお詫びしたいが、こんな失礼の佃煮みたいなサイトをやってたら通じまい。「電撃わいど」は帯番組で、大ブレイクする前の中島みゆき、浜田省吾らもDJだった。いい番組だった。懐かしいぜ。

<ライブ73記念日1日目>
 年齢にして御大27、瀬尾26、松任谷正隆22、高中正義20、田中清司25、岡沢章22、石川鷹彦30、後藤由多加24、恐るべき若造たち。
 LIVE1973OPENING>♪春だったね〜♪せんこう花火〜♪マークU〜♪ともだち
 LIVE2016OPENING>♪春だったね〜♪やせっぽちのブルース〜♪マークU〜♪落陽
若過ぎる凄さと70歳にしての凄さ。両方を手にできてファンは幸せだ。記念日おめでとう!!


 昨夜、目黒で聴いた「君が好き」のアウトロのピアノはもの凄かった。プロフェッショナル!

2016. 11. 25

吉田拓郎のレコードを買いにいく特別な一日。ファン誰しもそれぞれにあったはずだ。実人生と結びついたかけがえのない日。その日は斎戒沐浴し正座して聴くと言ったファンもいた。例えば39年前の今日は「大いなる人」。たぶんその夜のラジ関「電撃わいどうるとら放送局」の御大、ごめんなさいね。

2016. 11. 24

♪ニュースでは足元に気をつけてと呼びかける・・・いい歌だなぁ。歌うまいなぁ御大。たまにはステージで歌っておくれよ。しかし、ホントに雪になってきた。いじわるな雪か、いたずらな雪か、いずれにしても、みなさんお気をつけて。自分が一番危なかったりする。

2016. 11. 23

早口は御大の真骨頂だ。「言えなくなったのがいつからかまでも忘れちまった」(親切)「例えば嵐に呑み込まれても歴史はそれを見逃さないだろう」(街へ)、特に「肩抱きゆぎずり生きる命感じながら」(街角)に至ってはプロのアナウンサーでも噛まずに歌えまい。老化防止に効果的かも。

2016. 11. 22

去年の日記を見たら同じ話を幾つも書いてた(老)。御大の話に「昔それ聞いたよ」、「しかも昔と話違うし」と不遜にツッコむのを止めようと反省しかけたが「自分の事は棚に上げて」が御大の教えだ。いいじゃないか、清水健太郎。話す方もツッコむ方もワケわからなくなるまで長生きし続けよう。

2016. 11. 21

新曲が21曲は凄かった。小学生で25mプールしか経験ないのに初めて50mプールで泳いだ時みたいだった。いくら泳いでも向う岸が観えてこない感じ。至福。それに38年前の今日は目黒区民センター「君に会ってからというもの僕は」記念日。最近この時の同志に会えて感激。サイン貰ったとは凄ぇよ。

2016. 11. 20

38年前の今日の夕方、待ち切れずレコード店に翌日発売のアルバム「ローリング30」を買いに行った。2枚組LP+シングルのズシリとした重さが忘れられない。今年グッズ売り場でエイベックスのアナログ盤を手にとった時その重さを思い出した。レコードにしろ本にしろ重さってのも大事なのかもしれない。

2016. 11. 19

映画の話の続き。広島と呉。日頃張り合いながら、お互いの町が空襲で被害を受けると救援に駆けつけ励ましあう。御大の昔からの口癖、「馳せ参ずる」のだ。そんな関係が町どうしにもある。現代も同じ。「馳せ参ずる」気持ち。結局人間にはそれしかないし、それこそが唯一の希望なのかもしれない。

2016. 11. 18

そう、映画「この世界の片隅に」の話だ。御大の座右の銘「明るい日常」。悲惨極まりない絶望や悲しみもこの「日常」がやがて回収してくれる。そんな柔らかくも強靭な「日常」が描かれていた。「誰でも何かが足らんぐらいでこの世に居場所はそうそう無うなりゃせんよ」広島弁が胸にしみる空の輝き。

2016. 11. 17

ライブ2016の素晴しさを語りすぎず簡単に言うと、ほぼマンネリの選曲、ソツなくツマラない優等生バンド、無駄に元気なコーラスらを御大一人のチカラで超絶凄いライブに仕上げたことだと思う。謙遜するなよ御大。だからひたすら前を向き全てを一人で牽引するように必死に歌っていたのではないか。

2016. 11. 16

映画「この世界の片隅に」。あの惨劇を、ブレない「明るい日常」から、語りすぎず、だからこそ深く描く。語りすぎといえば今の御大のつぶやきを思う。真実のステージに過剰な言葉は不要のはず。歴代の名キーボード陣の果てにコレが「円熟」なんて。エール交換は身内で済ませ、音楽で語ってくれよ。

2016. 11. 15

アル・パチーノの新作(2015)"Dearダニー"を観る。久々に素敵な主演作だ。あらすじは老境のロックスターが頑張って「新曲」を書く話。以上。一般Pの自分にも新曲を書くことの希望や怖さが伝わってきた。さすが名優パチーノだが随分汚い爺さんになっちゃったな(涙)。今年の御大が美しかっただけに。

2016. 11. 14

昔はライブ直後のラジオに「終わったコンサートの話なんかしたくない」と出演せず田家さんを困らせた御大(笑)からの長い便りに驚く。至極のライブ2016を深く深く胸に刻んだ。御大、どうか心の底から自由なライブを。受け止めて、受け止めて、繰り返し繰り返し旅に出ましょうぞ。長寿と繁栄を。
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2016. 11. 13

紅葉の季節は♪紅葉だ。"見渡せば紅葉 赤々と紅葉"。島倉千代子×吉田拓郎、二人の天才の手になる静かだが極上のラブソングだ。お千代さんも、そして私に「ね、可愛い曲でしょ」とこの歌を教えてくれた二人の御大ファンも皆もういない。なので生きてる限りはどこまでも紅葉の季節は♪紅葉なのだ。

2016. 11. 12

今日から映画「この世界の片隅に」が公開だ。「君の名は」とかと違ってひっそりとすぐ上映終了しちゃうと思うので、心して早く観に行かねば。いい作品に仕上がっていますように。と言っといてなんだが、なぁんで御大を主題歌にしなかったかなぁ、そこだけが悲しくて悲しくてとてもやりきれない。

2016. 11. 11

御大がスタジオにいる。He is there.それだけで嬉しい。理由はなんでもいい。いるという事実だけで元気が出ようというものだ。

2016. 11. 10

♪さよならアメリカさよならニッポンが頭の中を回る。もちろん司会の御大の曲紹介から始まらなくてはならない。もともと世界情勢などわかっちゃいないが、ますますわからない。♪日本はどこへ行くんだろう、子供は何を見るんだろう、もう少し生きていようかミスター・・・

2016. 11. 9

 つま恋1975も篠島も松任谷グループと瀬尾ビッグバンドの「対バン」決戦が華だ。各々のアプローチで御大をいかに輝かせるか!という競合がすんばらしい。両バンドに連結器のように松任谷や青山がいたことも関係あるのか。まさにイベントゆえの至福。全てのバンドよ何卒御大を熱く固く支え給え。

2016. 11. 8

 松任谷正隆が、最後の最後に自分の音を理解してくれる掛け替えのないミュージシャンとして挙げたのが、亡くなられた松原正樹さん、それにジェイク・コンセブション、浦田憲司両氏。そうなんだ。聴きなおしてみたくなる。とりあえず「明日に向って走れ」「ひまわり」は措いて、松任谷×ジェイク=「TOUR1979」を聴く。どれも超絶名演なれど、ひっそりと「もうすぐ帰るよ」がイイ。原曲の面影はなく、しみじみと歌い上げられている。間奏と後奏のサックスの歌うような美しさ。
「舞姫」は、キーボードばかりに気を取られていたが、キーボードとサックスとのシンクロが実に絶妙だ。
 それにしても、御大、いい声だ、歌うまいなぁ。結局そこへ。

2016. 11. 7

 松任谷氏のインタビュー本を読み耽る日々。やはり、つま恋の御大の「背中」の話は感動する。10年くらい前のNHKの特番のインタビューで松任谷がボソリと「篠島の時、拓郎はとにかくつま恋を超えようと必死だった」と語っていたことがあった。今度のつま恋の話を読むとその言葉の意味が一層に深められる気がする。
 松任谷インタビューに限らず、あまりに知らない話が多すぎる。もともと自分個人は、つま恋はじめ70年中盤までのライブも輝ける活躍時代も経験しておらず、あれこれ読み聴きし、また先達ファンの方々にいろんなカタチでいろんなことを教えていただいたにすぎない。それでも道は果てしない。
 御大が創ったすべての音楽を聴きたいし、あらゆるライブの話、エピソードをひとつ残らず聞きたい。おそらく御大の素晴らしい音楽や話がもっともっと大量に眠っているに違いないのだ。
 もはや人間国宝と文化財の域に達した世界ではないか。あらゆる証言や記録をとことん掘り起こして集積してほしい。

2016. 11. 6

 たまたま「パナホーム」に行ったら今だに「♪家を作るなら〜」があちこちに流れていて嬉しくなった。迷惑を省みず「この曲、大好きでホラi-podに入れてるんですよ」と見せたら会社の方も喜んでくれた。変な奴と思ってたかもしれないが。
 かつてLOVE2で、高中正義から「加藤和彦やってぇ」と頼まれた坂崎くんが例のモノマネで歌ったシーンを思い出す。御大がスポンサーに気を使ってちゃんと「ナショナル住宅ぅぅ」のところまで一緒に絶唱していたことも(笑)
 それを思うと富士フィルムよ、ちょっと何とかしてみようとか思わないか。いえ、思ってくれませんでしょうか。

2016. 11. 5

 御大の神聖な「自由の歌たち」の前に、なんでおまえが憲法と勝手に結びつけてごちゃごちゃと偉そうに・・・と声なき声が聞こえる(笑)。偉そうにゴチャゴチャ書いて人々を不快にさせるのはこのサイトの目的なので仕方ない(爆)。
 しかし、御大が憲法に基づいて「自由」を歌ってるかのような表現に読めたとしたらそれは違う。御大は、憲法なんかに関係なく、それ以前に、御大は御大なるがゆえに自由だ。何にも勝りまず御大の描く自由の歌たちがあって、憲法はそっと、かしづいてその盾になっているに過ぎない。そういうエレガントなものだ。
 憲法があって自由があるわけではなく、御大も人も、もともと自由だ。そうでないと、憲法のことがウザい政治家らに「自由は責任を伴う」なんていわれて、ごもっともです自由を一部、国にお返ししますなんてことになりかねない。まぁいい、よくないが、いい。ともかく御大の音楽に漲っている自由への気骨に目を見張り、耳を澄まそう。

2016. 11. 4

「自由」の歌たちを眺めながら一人悦に入る(笑)。やっぱ素晴らしいぜ、御大。一言一言、背後にある世界が広がってくる。これに限らず、御大のフレーズに触れたファンなら誰もがそうだろう。
 どの作品も大切だが「これが自由というものかしら自由になると淋しいのかい」という切なるフレーズにあらためて胸を打たれる。それと今年も聴いた「僕らは今も自由のままだ」のすべてを透かすような美しさ。若い頃の不安に満ちた「自由」とそこから幾星霜を経た「自由」が呼応しあっているような気がする。

 「私の足音」は、公式音源がないのがつくづく寂しい。リミックスしたりセルフカバーして残してほしいな。

2016. 11. 3

 11月3日は、立派な人々が勲章を貰う日というイメージだが、もともとは日本国憲法が公布された日だ。今年で70年。おい、御大と同じ歳だ。あれこれ満身創痍の感が強い憲法だが、私は心から「いくつになってもHappy birthday」を歌ってあげたい。

 憲法12条は、「・・・自由は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」と規定する。
 自由への不断の努力。ほんの一瞬「自由への長い旅」なんて唄や歌手の顔が浮かぶが、
それは気の迷いで(笑)、やはり御大だぜ。御大ほど歌に「自由」が登場する音楽家はおるまい。
 それは、辻説法やスローガンのような「自由」ではなく、人が生きていくうえで遭遇する希望、失望、恐怖、孤独、喜び、平和、自堕落などあらゆる実相とともにあり、ラブソングともしっかり結びついた「自由」だ。御大は、それをまさに不断に歌ってきてくれたと思う。

 そう思って、「自由」のフレーズのある歌を拾いだしてsidewaysで年代順に並べてみたら、まるで一大叙事詩のようになってしまった。

 自由とは、わたしたちの生活のあらゆる場面に寄りそってくれる頼りがいのある大切な友人である。それを御大の歌は教えてくれる。

2016. 11. 2

 LIVE2016の反省会というか反芻会。地下の店で飲酒実施しながら実施。それぞれ言いたいことはあれど、私達は、実はもの凄いライブを観てしまったのではないか。歴史の真っ只中なので気づかないだけで、後世の人からみると歴史に残る偉業だったのではないか。例えば世の中がガヤガヤ騒がしいなと思っていたら実はそれが大化の改新だったという7世紀の人みたいなものだ(爆)>いみふ 
 とにかくココから始まるさらなる歴史があるに違いないとの結論。

 他方、横浜で観た、寄り倒しの観客を駆除せんと警備員との小競り合い。おいおい演奏中だぞ。迷惑だ、ルール違反だと正論はあろうが、感激して思わずステージに駆け寄る観客の燃え立つエナジー。もはや枯葉の乾燥した拍手などと言えまい。
 昔、温厚な御大ファンの亡K君が、警備員さんにキレて「あんたも音楽が好きでこの仕事に就いたんだろうが!!」と啖呵を切ったことを思い出す。

 くぅぅぅ、真実のステージがもう恋しくてならない。

2016. 11. 1

 くだんの松任谷さんのインタビュー本で、

「(松任谷)由実さんと拓郎は、いつも僕の意見を取り入れてくれた。大切にしてくれた。だから二人の現場ではとても気持ちよく音楽を作ることができました」

と語る。
 ユーミンと拓郎といえば世間の通りイメージでは、わがままでおよそ他人の意見など聞かなそうである(笑)。「意見を取り入れる」だけでなく「大切にしてくれた」というところに御大とユーミンの人柄、それに対する松任谷さんの深い敬意が覗きファンとしては心の底から嬉しくなる。

 「でも打ち上げはクレージーだった」・・ってどんな打ち上げだったんだ、知りてーー(笑)


 ちょっとウロ覚えだが、昔、LOVE2で、藤原紀香がゲストの時、Kinkiと藤原さんが「松任谷正隆さんて最初はとっつきにくそうで嫌われてるのかと思ったら実は優しい方で・・・」と盛り上がっていたところ、

 御大 「彼は、とっつきにく「そう」ではなく、とっつきにくい男。」
 一同 「ええーっ!(爆)」
 御大 「だって、ちょっとしたことですぐ不機嫌になるしさぁ」
 堂本剛「拓郎さん、それ一緒ですやん(笑)」
 御大 「なんだ、おい! オレはハッピーにやってるだろう(爆笑)」 

あのシーンが好きだった)^o^(

2016. 10. 31


 松任谷正隆の最新インタビュー集。表紙の金文字からして嬉しい。拾い読みだが、読んでて泣きそうになる。

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 あの頃、私なんかにとっての「吉田拓郎の誇らしさ」のひとつにビッグネームの「松任谷正隆」と「鈴木茂」を助さん格さんのように従えているという天下の黄門ステイタスともいうべきものがあった。あのアレンジと華麗なプレイの松任谷正隆がおり、そこから、スピンオフするようにエルトン永田さんが現れ、やがて武部聡志が現れたという法流イメージがある。実際の出自、師弟関係はわからないが。
 御大の「人となり」の話(ああ、御大、やはり実に素晴らしい人なんだな)、師・加藤和彦の話、そしてつま恋の話も泣けてくる。Shangri-laのガースハドソン、春を待つ手紙、ユイ、陣山君なんて単語が自然に出てくるところも嬉しい。
 ALL makes me cry!

 ついでに、そうだ、「あの日に帰りたい」は「家族の秘密」の主題歌で、秋吉久美子と池上季実子だったよな、可愛かったよなーと若き日の煩悩の世界までトリップしてしまった。

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2016. 10. 30

 横浜の囲み取材は全文や映像はないものか。
 きっと「スター千一夜」なら放送してくれたぞ。いつの話だ。

 「ウチに帰って奥さんのご飯を食べたい」

 「ディランという人は、心の奥に持っているものを生涯、人には明かさない。僕は納得した」

 こんな言葉からも今の吉田拓郎のカッコよさと魅力が覗く。たまらない。

 思えば、家が大好きな生粋の「おうちっこ」が、決起して家を出て歌いに来てくれた。やり遂げて“家路”に向かう背中に、もっともっと・・と詮なきことは言うまいと自戒。

 そのかわりまた近いうちに、できるだけ近いうちにまた来てね(爆)


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2016. 10. 29

 日々を余韻が吹き荒れて帰ってゆける場所がない(涙)。

 御大がサラリと歌った「風に吹かれて」、よかったねぇ。一流シェフが本格仕事のあいまに作ってみせる、これまた美味な“まかない料理”みたいだった。食べたことないけど。ぜひ映像であまねく世間に。

 田家さんのブログの横浜最終日のくだりを読んで胸が熱くなった。おだやかな文章の行間から御大への深い愛と共感が次々と溢れ出してくるかのようだ。一方、ディランのノーベル賞と御大をからめた富澤一誠さんの文章は立派なことが書いてあるが、御大への愛ではなく、どうだ、オレって凄いだろうという筆者の得意満面が浮かんでくる気がする。気がするだけね(笑)・・・勉強になった。自戒。ともかく御大への愛こそすべてだ。


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2016. 10. 28

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あぁこれで、もう何もすることがなくなっちまったわい
            (時事漫画「ロスな人々」終)

2016. 10. 27

 終わったよ。至福の一か月間。ハラショ!ブラボ! 心の底からお疲れ様でした。この一か月、いやSONGSを入れるともっとか。知人の言葉を借りれば、70tyの御大が立ち上がってステージに向かったこのしばしの時間は、それ自体御大の作品であり、歌詞も曲もないが2016年の新曲のようなものだと思う。幸せだ。ありがとう。
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2016. 10. 26

消えている

御大、わかりました。何にも読まなかったし聞かなかったことにして忘れます。
・・・違うのか?

 それにしても武田鉄矢がエッセイで御大を評した言葉を思い出す。

 「コイツは本当の風雲児だ。たちまち違う空に駆けて行ってしまう。」


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2016. 10. 25

 気が付くと小田和正と浜田省吾のツアーも並走していたのだな。

 小田和正。一年後にすべての記録を持っていく男。一緒に走ろうなといいながら、ゴール間際に全力疾走で抜いていく、中学とかの体育の時間によくいるやつを思い出してしまう(爆)。

 個人的には、「オフコース」時代のあのクールで寡黙なイメージからすると、最近のTVスポットで観る、自転車で走り回り、観客にマイクを向けて一緒に歌う姿は結構衝撃である。霞が関のエリート官僚が、議員に転身するんで地元選挙区でタスキかけて自転者に乗って、お年寄りと握手しまくっている姿と妙に重なってしまう。すまん。
 かつてハマった神ドラマ「それでも、生きてゆく」のテーマ曲。ドラマも神なら、テーマ曲「東京の空」も神曲だった。♪自分の生き方で自分を生きて、多くの間違いを繰り返してきた・・聴くだけで今でも涙が落ちる。

 浜田省吾。御大が休んでいたときに(笑)、よく聴いたし、ライブにも行った。「♪ドラム叩ける仕事見つけたんだ二度とキャンパスには戻らないつもり」(さよならに口づけ)「♪走り始めた1974年」(DARKNESS IN THE HEART)の御大とシンクロするところがたまらん。そうやって御大が始めた「コンサートツアー」をここまで最強かつ壮大に発展させた浜省のチカラを思う。しかし、浜省は、やさぐれ、誰かにひたすら謝罪するような美しいラブソングこそ真骨頂だと思う。
 新作「マグノリアの径」が好きだ。♪二人で旅にでようトスカーナへ行こう のフレーズを聴くと心が疼いて、結局、武蔵小山の「トスカーナ総本店」のミートソースを食べに行く。いいのかそれで。

 このように私のねじくれた心の隙間は、小田さんでも浜省でも埋まらない。御大しかないのである。迷惑だろうが。

 小田さん、浜省という「親拓派」のみなさんのツアーのご無事な完走をお祈りします。
 そして、何より御大のツアー楽日、文字通り楽しい日になりますように。

2016. 10. 21

Memorandum 2016.10.19 東京国際フォーラムホールA

 「いくつになってもHappybirthday」は稀代の名曲だと心の底から思う。この思いのたけは、こっちに書いたとおりだ。http://tylife.jp/uramado/ikuhapi.html
 もはや吉田拓郎という一歌手のレパートリーとして、限られたファンだけが楽しむだけではあまりにもったいない。広くこの世界の老若男女・少年少女・生きとし生けるものに知らしむべき、寄らしむべき名曲だと思う。

 御大が讃えるのは、その人の地位、名誉、財産、業績ではなく、容姿や性格でもない。ただ「君が君になったこと」「人生に向かい合って歩いている」そのことだ。つまりは「生きてること」それ自体をひたすら誉め讃えて喜んでくれる無条件の愛。
 「いろんなことがあったでしょう 人に隠れて泣いたでしょう」と優しい眼差しもたまらない。「いくつになってもhappy birthday to you」という一度覚えたら忘れない陽性のメロディーに乗せてたたみかけてくる。もはやこれでノーベル賞を貰っても私は驚かないぞ。

 世界のいたるところで、学校や会社の朝礼の時、あらゆる日常生活の場面で、誕生日の人を讃えて、皆で合唱しよう。世界の人が誰かに向けて心をこめてこの歌を歌うようになったとき、戦争は無くなるはずだ。昔、村上龍は「気持いいセックスが戦争を止める」と言ったが、これには個人の力量差、年齢差、性癖差があるので厄介だ(笑)。この深い愛の歌こそ戦争を止めるために一番近くにあるツールだろう。

 私事だが、・・って日記だから当たり前だ。小学校の同窓会があり、お世話になった方に誕生日のお祝いをすることになっている。先日、フォーラムのライブを共にした同級生らは御大のこの歌に感動し、急遽「いくハピ」を合唱するしかないと決意した。T君はギターアレンジと譜面を書き、われわれは練習と根回しに余念がない。御大ファンの三人の間では盛り上がるが、果たして水分が抜けて乾燥し尽した同級生連中には受け入れられるだろうか。まさに砂漠に種を蒔いてホースで水をやるかのようだ。少しでもこの作品が広がりますように。蒔けるところには種を蒔き続けたい。

 それにしても誕生日の日とこのライブが重なった人は羨ましいなあ。おめでとうございます。

2016. 10. 20

Memorandum 2016.10.19 東京国際フォーラムホールA

 昨夜の日記で書いたけど、いやぁ、声は出る出る、それに軽やかな身のこなし。爽快に飛ばす、オープニング4曲。あまりにご機嫌で「朝陽がサン」までスタンディングでノってしまった。張りのある声。曲ごとに最後に決めるカッチョエエ、ポーズ。Woo Babyなんて超絶すばらしくなってゆく。
 初日、御大の体力は大丈夫なのか?と心配した自分が馬鹿みたいである。それだけゆとりある盤石のステージだった。かつてエルトンさんの語っていた「ライブの現場で進化していく人」という言葉がどうしても思い出される。御大は生粋の「ライブ人」なのだとあらためて痛感する。

 「テレビにもネットにも真実はありません。真実はこういうステージにあります。」「テレビ(SONGS)を観た広島の連中が、『だいぶ疲れていて(声も出てなくて)大丈夫か』と言ってきたけど、バカ野郎、リハーサルはあんなもんだって。テレビなんか出るんじゃなかった。あんなの出なくても僕の人生になんの影響もない」


 いいぞぉ、痛快、痛快)^o^(。真実がステージにある。なんと心強い言葉。しかし、真実が2年に一回4,5本では、世の中はたちまたち嘘でいっぱいになってしまう。御大は大変だろうが、もっともっと真実を私たちの暮らしの中に放って欲しい。

 ボブ・ディランと家出のMC。でも、そこにはノーベル賞の話もおめでとうも一切なかった。まったくスルーだった。御大にとってディランはディランということか。
 バンドアシストも受けながら歌われた「風に吹かれて」の2コーラス。これが逸品だった。うまいなぁ。ディランへの思いは、そこに溢れていたに違いない。「音楽で語れ」という姿を見せてくれた。

 あと一本。あまりに寂しすぎる。月1回でいいからこのままずっと続けましょうぜ(爆)

 そうそう、歌詞は「傘をすぼめて」→「肩をすぼめて」になっていた。解決。一緒に、悩んでくださった方々ありがとうございました。

2016. 10. 19

<朝>

 ノーベル賞委員会、ディランに連絡つかないというのは凄い。たぶん受賞拒否でも、ポーズでもなく、ホントに関心がないのだ。むつかしい人だ(笑)

 むつかしいといえば、亡くなってしまった同年の拓友K君が、生前「最近のボブ・ディランのあの声って絶対に歌う前にヘリウムガスを吸ってますよね」と嘆いていたのを思い出す。変声もさることながら、歌い方、メロディーの崩し方がハンパではなかったことに基因する。

 僕ら70年代中葉青春世代には、「風に吹かれて」も「ライク・ア・ローリングストーン」も既に古典だった。唯一、リアルタイムにディランで衝撃を受けたのが「ハリケーン」(アルバム「欲望」)だった。このスケール、このボーカル、たたみかける歌唱、溢れる迫力。「こりゃすげえ、これがボブ・ディランか」とぶっ飛んで、中学校や高校の教室でも話題になっていた。

 それでも僕やK君が、御大を離れてディランの虜にならなかったのは、その前年の「ペニーレインでバーボン」「人生を語らず」の超絶な凄さに接していたからだと思う。「ハリケーン」のあの粘りこみながら、たたみかけるディランのあのボーカルにしたって、御大はすぐに、例えば「ローリング30」の「英雄」で負けず劣らずの質感と力量のボーカルを見せてくれた。ディランも凄いが、やはり御大だぜ。

 人間は生物だから誰しも声は変わっていく。しかしそこに漲る気骨は、変わらない。不易流行の御大のボーカル。頼むぞ。

<昼>

 ギターの渡辺格さんのお父様が先週亡くなられたとのこと。関係ない自分ですが、ご冥福を祈らせていただきます。誰であれ、どんな立場であれ、辛いことに変わりはないが、舞台人の方はこういうとき本当に大変だと思う。
 アイコンタクトでお応援しよう・・というほど近くの席ではないが。

<開演前>
 飲んだくれもほどほどにしよう。ということで「熱燗」をツマミに「まぐろ茶漬け」を夏目漱石になった気分で(爆)。いみふ。

 雨畑、古舘伊知郎と笑顔で手を振り合うq(^-^q)

 宇田川さんと隣の席で語り合う。音楽夜話。湯だめ、うどん。お目にかかれて光栄です。
坂崎、タカミー、光一諸氏にスタンディングオベイション!
 あ、高橋真梨子だ。ミーハー魂がうづく。

<終演後>
 今季、最後から二番目のライブ無事終わる。最高だ。最高だよ。どんどん進化していくのがわかる。より身軽により軽やかになっていく御大。♪歳月という名の鎖を身をよじって解いてゆく・・かのようだ。

 「風に吹かれて」ツーコーラスありがとうq(^-^q)わざとらしいノーベル賞の話なんかせずに、思いを音楽で語る御大が素敵だぜ。

 「傘」と「肩」もスッキリしたよ。

「テレビにもネットにも真実はない。真実はステージにある。」御意!だからこそ虚飾に満ちた世の中に、もっともっと真実のステージを放ってくれよ!

 いろいろ書きたいけれど、ここらがガラケーの限界だ。お疲れ様。みなさん良い夜を。

2016. 10. 18

 今朝、NHKの朝ドラで、戦争からの復員者情報のラジオ放送に「里の秋」が流れた。

「里の秋」。御大は、この唄を今も昔もよく歌ってくれて、私なんかはそれでこの唄を知ったようなものだ。

 この「里の秋」という歌は、川田正子さんという歌手の昭和20年の唄だ。

  静かな静かな 里の秋
  お背戸に木の実の 落ちる夜は
  ああ 母さんとただ二人
  栗の実 煮てます いろりばた

  明るい明るい 星の空
  鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
  ああ 父さんのあの笑顔
  栗の実 食べては 思い出す


 この唄について、ちょっと調べてみたことがあった。もともと学校の先生によって昭和16年くらいに作詞されていて、主題は、出征した戦地お父さんを思って、銃後をしっかり守りますという家族の唄だった。こんな詞が続いたらしい。


  きれいな きれいな 椰子の島
  しっかり 護って くださいと 
  ああ 父さんの ご武運を  
  今夜も ひとりで祈ります          

  大きく大きく なったなら
  兵隊さんだよ うれしいな
  ねえ 母さんよ 僕だって
  必ず お国を 譲ります


 ところが敗戦になり、作詞者の方は、学校の教師として自分が戦争を鼓舞する唄を作り、教え子を戦地に送り出したことを悔やんで教師の職を辞し隠遁していたそうだ。

 しかし、この唄の素晴らしさを知る人々が、そんな彼を探し出して説得して再びこの唄を世に出すのだった。

 その際、作詞者は、新しい歌詞を三番に改題した。

  さよならさよなら 椰子(やし)の島
  お舟にゆられて 帰られる
  ああ 父さんよ御無事(ごぶじ)でと
  今夜も 母さんと 祈ります


 戦争が終わり、戦地から帰還する父を思う唄として再生させたのだった。

 川田正子さんの歌う唄は、今朝のNHKの朝ドラのように、戦地引揚者の情報を伝えるラジオ番組で流れると大絶賛され、荒廃した国民の心にたちまち広がったという。今で言うヒット曲でしょうね。

 作詞者が戦争に加担したと自責に苦しんだ唄は、傷ついて戦地から戻る人達をあたたかく迎える唄として蘇生したのだった。音楽の素晴らしいチカラを思う。


 御大は、少年時代、お父さんと離れて暮らしてたんで、そこがこの唄の心象風景と重なったのではないかと思ったりするけど、それは余計な詮索だな。
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2016. 10. 17

 自分の勝手な感想だが、2012年のライブから、御大は演奏中、バンドを一顧だにせず、ずっと前を向いているイメージがあった。歌うことにコンセントレートしようというそんな必死な姿に見えた。
 御大のバンドとのアイコンタクトを繰り返すつぶやきを読んで安堵する。やはりステージの御大は、熱唱しつつも、バンドの演奏に聴き入り、楽しそうに見つめ、時に競い合うように、音楽を楽しむ姿が目に焼き付いている。「ミュージシャンは音楽で語れ」と御大が自ら言うように、ステージの無言の会話のキャッチボールを繰り返す姿は、こっちも嬉しくなろうというものだ。自分が上から目線で言うことではないが、頼むぞミュージシャン陣。

 しかも「客席と一体」ということであれば、どうか御大、遠慮なく観客ともアイコンタクトをとってくれ。私はちゃんとキャッチボールを返すぞ、バシバシ来てくれて構わないぞ、私の席番号は(爆)

 今度の10月19日のフォーラム、奇しくも2003年の昼夜公演の国際フォーラムと同じ日だ。不安と固唾を呑んで待ったあの日のフォーラム。御大はそんな昔のことというかもしれないが、今こうして御大の新しいステージを楽しみに待つ身としては感慨深い。
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2016. 10. 16

 5月に引続いて安曇野のとある工房に日帰りで伺った。疲れた。しかし「工房」という言葉だけで嬉しくなってしまう。

 タイトな時間の中でも、御大ファンの聖地の一環「大王わさび農場」。寄らずに帰られましょか。いわずと知れた「月夜のカヌー」と「名前のない川」を思いながら、透明な清流を漕いでいく。いい気候だ。紅葉は二週間後らしい。

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 船頭のおにいさんが、「この川は養殖の「ニジマス」も登ってきます」とつぶやく(写真はこの時のものではないっす)。「ニジマス」を聞き逃すファンはおるまい。そうなのか。ウキウキしてきしてしまう。松本隆の名フレーズ「底の石が透ける水に右手浸せば」の美しさをあらためて思う。

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 但し、船着き場の注意書。オールというかパドルを流してしまうと罰金3000円らしい。ひー。
 「無題」で「オールをどこかさらわれちまった」、松田聖子「哀しみのボート」に「オールさえもなくしたまま二人」、薬師丸ひろ子「WOMAN」にも「時の河を渡る船にオールはない」。これを「オールをなくして困った松本隆の三部作」と勝手に呼んでいるが、そうかきっと松本隆はこれを心配していてくれたのか(爆)。

2016. 10. 15

 昔、山田パンダさんが話していた。

 パンダさんの奥さんが原宿で帽子屋「みょんみょん」を営業していた時。
御大が、ボブ・ディランの「Desire(欲望)」のジャケットを持ってやってきて

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「これと同じ帽子を作ってくれ」

とオーダーを入れた。

 苦心して作り上げ、試着に来た、御大は喜び満面で、その帽子のまま原宿の町に飛び出していったそうな)^o^(。

 1980年10月新宿西口都有地でのイベント「TONY」に、御大はこの帽子でステージに登場。

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 当時の新曲「ヒロシマ」と「アジア」を熱唱した。カッチョエかった。

 それほどにディランの存在は大きいんだな。


 御大は「血の轍」からディランがわかんなくなったと言うが、私なんかは「血の轍」以降「欲望」「ストリートリーガル」「インフィデル」このあたりで、やっとディランの凄さがわかった気がする。御大みたいでカッコイイじゃんと思った。
 そんな中におこなわれた78年の初来日武道館は、客席で観ていたときはわかんなかったが、ライブ盤になってそのすんばらしさに驚いた。
 奇しくも、ボブ・ディランの「BUDOKAN」と御大の「王様達のハインキングin Budokan」。ともに「武道館ライバムアルバム大賞」の外人部門と日本人部門でグランプリを受賞した。・・・そんな賞は無いけどな。

 御意。「えんび服」と「投げやりでヘンテコなスピーチ」に期待します。

 そんな昔の話は置いといて、フォーラム、パシフィコと明日に向かってライブは進化してゆく。始まったが、切に終わってほしくない。

2016. 10. 14

 ボブ・ディランのノーベル賞受賞、おめでとうございます。世界も捨てたもんじゃない。

 ディランありて御大の今日があるなら、ちっぽけながら自分の今日もディランのお陰によってある。海より深く、空より高く感謝申し上げます。

 しかし、これでさらにボブ・ディランをさらに文学者・哲学者として崇め神格化する、したり顔評論があふれ返るに違いない。
 そういう自分もディランに詳しいわけではないが、自分にとっての名著「ディランを聴け」の中山康樹氏の唱える、難しい哲学者のように見えるが、ディランは実は何も考えていない飽きっぽいテキトーな人で、ただ抜群に歌がうまく、超絶の天才メロディーメーカーであるところが素敵であるという「稀代の無責任男説」(笑)を信奉している。

 そういう説からは、とにかく不世出の音楽家として、今も歌い続けて新曲を作り続けていることが究極の魅力ということになる。それは御大も同じだ。

 ノーベル賞とは、びっくりしたが、おかげでこれから御大が候補になっても驚かない心の準備ができた。村上春樹には悪いが、見えたぞ、御大。


 ところで先月の日記で書いた、大宮駅からソニックシティまでの僅かな道のり。かつてボブ・ディランがソニックシティでコンサートの後、大宮駅までトボトボ歩いて行ったのを目撃したと知人から聞いた。世界のスーパースターが、大宮まで徒歩移動ってすげーぞ。ノーベル賞の受賞までした今、ディランが歩いた道、金箔で舗装して世界遺産にしてはどうか。それまで、勝手に仮称”ディラン・ロード”と呼んでうやうやしく歩くことにする。

2016. 10. 13

Memorandum 2016.10.11 大宮ソニックシティホール

 となりの席が、ボーカルこと大野真澄さんだった。皆さん,観に来るんだなぁ。♪ダンディー。いい曲で大好きだった。
 ♪今夜は酒に酔えない 涙で酔うのさ〜今夜は酒で酔えない・・詞の意味は違うが、まさしく酒ではなく御大に酔った一夜だったぜ。

 個人的な今回のライブの印象曲は「Woo Baby」と「海を泳ぐ男」だ。新曲もよかったが現在行方不明だし。学校の教室でいえば、「Woo Baby」は、昔、不良で近づきにくかった同級生、「海を泳ぐ男」は、地味で目立たなかった同級生が、後年クラス会で再会したら実はものすげーイイ奴で意気投合してしまうような感じだ。

 前の日記で書いたが、最近の福山雅治は、インタビューで、御大の言葉である「歳をとるといろんなことからズレていく。それを補正しようとするな・・・」に勇気づけられたと語った。
 「時代は変わったそうだから君の後ろに僕はいる」という「海を泳ぐ男」を思った。
 かつてUramadoで書いたとおりだ。書いといてよかったが、このときはまだ若かった>自分。 http://tylife.jp/uramado/umiwooyogu.html

 「年齢を重ね」、老いるべきところは老い、負けるべきところは負ける。しかし、それでも清々しい明日はある。思い出に足をとられずに毅然と泳いでゆく。そんな爽快さが胸にしみる。ライブの中心曲に堂々の昇格おめでとう。
 特に最後に本編とは違うメロディーで歌われる部分。
 「ありのままでいればいい こだわるほどのことじゃない
       あれはみんな陽炎だったから 今は少し沁みるさ この胸に」
 いろんなものを振り捨てながら明るく進むフレーズに勇気づけられる。

 福山くんが御大の言葉に救いを求めたように、私もこの歌に助けられるに違いない。

 それにしても歌詞モニターをガン見しながら慎重に歌ってくれた大宮の御大、ありがとう!(^^)!

2016. 10. 12

Memorandum 2016.10.11 大宮ソニックシティホール

 とりあえず思いつくままに。

 大宮へ。新幹線はうんと速く、大宮もうんと近い。25分の車中で旅気分を出すのはかなり大変だった。ロング缶は、やっと一本しか飲めないし、冷凍みかんは売ってない。ま、そんなことは心の底からどうでもいい(笑)

 御大が、かなりのご機嫌で、この会場の居心地の良さを語ってくれた(但し、楽屋ではなくステージがイイということ)ことが嬉しかった。それは山下達郎と共有している気分らしい。おかげで、ライブは、軽やかに盛り上がった。客席も存分に乗らせていただいた。

 何より、御大のボーカルがとても伸びやかで素晴らしかった。初日、そしてフォーラムの切羽詰まったタイトな感じではなく、全体にゆとりすら感じさせてくれた。ボーカルの変化でこうもライブの印象は変わるのだろうか。セットリストはフォーラムと同じだったが、例えば「ジャスト・ア・RONIN」なんてすごくよかったなぁ。

 以前、エルトン永田さんが語っていた、

「あのお方はライブの人です。ライブを重ねる中で、蘇生し、目を見張るように進化するお方です。」

という言葉を思い出した。まさに進化するボーカルだった。

 本編最後に「流星」を歌い切ってくれた時には、まるで雲間が晴れたように感動が湧き立ち、自然と涙がこぼれた。遠い昔、79年の3月、セイヤングで初めて出来立ての「流星」を聞かせてくれた日。「これが流行りとかとマッチしているかどうか疑問を持っていて・・・」という自虐的で控えめなコメントとともに想起された。
 しかし、神曲としてスタンダードとなり、こうして2016年の堂々たるエンディングとして私たちを打ちのめした。至高のエンディングだ。

 個人的には間近で御大を拝しぶっ飛んだ(笑)。御大の視線の先がどこにあるかも逐一チェックしていた。最後に、一階前方、一階席の後方、二階席と、くまなくキチンと視線を送って手を振っているんだよ。感動した。そして深々と頭を下げReverenceする御大を間近にすると、こちらも深々と頭を下げざるを得ない。ご両家のご挨拶みたいになった(笑)。

 ただ、やっぱり「傘をすぼめて」は「肩をすぼめて」の間違いではないかと思うが(爆)。

 「Woo Baby」 何度も懺悔したけど、やっぱりええなぁ。岡本さんの珠玉のエッセンスというべき「悲しいのは」も胸にしみる。
 そして「人生を語らず」。やはり、超えてゆけという叫びが私たちの行く手を照らしてくれるのだと思う。

 ともかく大宮に神様がいるのであれば、あらためて感謝したい一夜であった。

 私がいうのも甚だ失礼千万だが、大丈夫だ、御大。まだまだ。どこまでもこの道を行こうではないか。
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2016. 10. 11

 「ある雨の日の情景」。本当にファンにとって至福のひと時だ。確かステージの歌詞では「傘をすぼめて」〜「煙草に火をつけた」になっていた気がする。自分はずっと「肩をすぼめて」と思っていたよ。え、間違いじゃない?のと一瞬思ったが、あそこに出るということは政府の公式見解だ。うん、いろんな意味で長生きはするものだ(笑)

終演。
なんともゴキゲンな御大が嬉しい。あの伸びやかなボーカル。すげえ。星紀行、間近の御大に失神しそうになる。オックスか。愛してるぞ御大。まだまだ!行きまっしょい。

2016. 10. 10


 あと3回。そうか、みんな満身創痍だったのか。御大の口から出るからこそ「真実のステージ」という言葉が重い。
 こっちは、感動しつつも、あれこれ文句も言い、大宮までの新幹線の缶ビールと貝柱と冷凍みかんのことしか考えておらず(笑)、申し訳ない気持ちにもなった。しかし真実のステージである以上、客席にも客それぞれの真実がある。すまん。”大人しくいい子では死んだ気になる”のだ。

 いろいろ言っても至上の音楽の前には言葉がない。「SONGS」で御大が静かに語っていた、長かった道のりも語るべき人生も、音楽をやっていると全部飛んでしまって訪れるという幸福な時間。それは、もちろん客席も同じだ。

  調子にのって、これも昔、難しくて投げ出した西田幾多郎「善の研究」を思い出す。この方の哲学である「純粋経験」=「真実」ということがよくわからなかった。「純粋経験」とは、

 「恰も我々が美妙なる音楽に心を奪われ、物我相忘れ、天地ただ嚠喨たる一楽声のみなるが如く、この刹那いわゆる真実在が現前している。」

という。これって御大の音楽に接する私たちのことだよな。

 御大の音楽に心奪われている時、そこでは音楽を聴いている自分のことを意識したりしないし、吉田拓郎という存在や歴史を意識したりもしない、ただひたすらに音楽そのものの海の中を漂っているような一瞬がある。
 たぶん、その瞬間が西田幾多郎の言う「純粋経験」であり「真実在」なのだ。まさに「真実のステージ」だ。やはり、すべての道は拓郎に通じているのだ。

 そういえば、今日は、エルトン永田さんの誕生日だ、おめでとうございます。

 ともかく御大を愛するすべてのミュージシャンの皆さま、御身体を大切に、どうか御大を末永く支えてください。

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 今夜は、西田幾多郎先生に仁丹を食べさせられる夢を見ぬようご注意ください。>見ねーよ

2016. 10. 9

Memorandum LIVE2016.10.3 東京国際フォーラム・ホールA

・・・でもって構成と組み立てについて考えてみた。

 今回のライブは、初日から心配になるほど凄い重量感だが、時間的には約2時間ちょっとで2012, 14年とあまり変わらない。なんでだ。いろんな理由はあろうが、ひとつには「構成」も理由なのかと思う。

 御大も、「まるでアンコールのようだ」という冒頭の怒涛の4曲。このラインナップは凄いっしょ。躍動感、意外性、感動、お約束・・燃え立つドラマの要素のすべてが凝縮している。それらを総括するような5曲目の「アゲイン」の美しさ。ここまでの5曲で一本のまとまったライブを観たくらいの完結感を感じてしまう。
 映画「ゴッドファーザーpartU」の冒頭で幼いビトーがシチリアから命からがらニューヨークにたどり着くプロローグ。短い映像だが映画の核心を含み、まるで一篇の映画を観た気分になるのと似ている。映画ファンからは怒られるかもしれないが。

 次の「朝陽がサン」から第二部として本編が転がりだす感じだ。聴かせる曲が中心ながらも、「全部抱きしめて」以降で感情解放させ、ロックンロールしながら、最後は「流星」で重厚かつ荘厳にしめくくる。

 そして、アンコール。アンコールというより、もう自分的には第三部だ。「ある雨の日の情景」のアカペラ・コーラスから、御大ギターをブリッジに始まる「Woo Baby」そしてアゲアゲ全力疾走の2曲によるフィナーレというドラマチックな展開を魅せてくれた。

 超勝手な感想だが、このコンサートは、それぞれのパワーと展開を持った三部構成に思える。東京・新大阪間の新幹線で駅弁を立て続けに三つ食べたような充足感がある(爆)。これだ。もちろん偏屈な私は、おかずの好き嫌いに一喜一憂し、「コレじゃなくてアノおかずを入れてくれよ」と文句をいいたくなるのだが(笑)。

 勝手ついでに、あてずっぽうだが、この三部構成は、能楽とかで言われる「序」→「破」→「急」のようなものかもしれない。
 「序」でテーマと核心を提示し、「破」が展開部、「急」がクライマックスの速い動きで終結・・・という序破急。
 まさにこの三つの塊が見事に連動した構成と組み立てが、このライブの重量感の因ではないかと思う。昔、古典で習った世阿弥の「一切の事に序・破・急あり」とはこれのことだったのか。さすが全ての道は御大に通ずる。・・なんかとても違う気もするが(笑)、いや、そういうことにしよう。
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2016. 10. 8

 ストーンズが新作アルバムを出すというニュース。経年の深い魅力に満ちたミックのキースの2ショット写真が胸に刺さる。毎日血を全部入れ替えながらも(爆)、なんて素敵な笑顔なのか。SMAPも解散しなければ、やがて木村と中居は、こんな雰囲気(あくまでも雰囲気ね)に近づけたかもしれないのに・・って余計なお世話か。

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 http://www.universal-music.co.jp/rolling-stones/news/2016/10/06_release/

 御大のツアーパンフもいつも高いと思いつつも(値段はいいからもっとページ増やしてくれよ)、バックステージでの御大のこういう笑顔を求めて買ってしまう。今回はネットで買ったんでまだ観られない。
 そのストーンズの新作はカバーアルバムとのことだ。それはそれで意義深いが、そうなると「新曲」を作った分だけ御大のほうが偉いと思う。
 その新曲をフォーラムで封印し、ちょっと困惑しているが、あまり深くは考えまい。おおかた「こんな連中にこんなイイ曲聴かせてやるのはもったいない」とか言うひどい理由だったりするに違いない(笑)。

Memorandum LIVE2016.10.3 東京国際フォーラム・ホールA

 フォーラムに一緒に行ったその一人の友達は、それが生まれて初めての御大のライブだった。長年、御大の作品を聴き込みながら意外だった。ともかく、こんな時期に、こんなところから御大のライブの世界に入門してくる人間もいるのだ。なので、どうか、まだまだ頼むぞ御大。

 終演後、フォーラムの長い階段を下りながらその友人にライブの感想を尋ねると、彼がは絶賛したのは、スバリ「構成」だった。「いやあ、コンサートってさ、一曲目から、最後の曲まで、立たせ、座らせ、聴かせ、泣かせ、躍らせ、燃え立たせ、よく出来た構成なんだね」。つまりは、考え抜かれ練り上げられた構成の美しさが彼のツボだったらしい。なるほど。目の前の一曲一曲に一喜一憂しているだけの私には、目から鱗だった。たぶん彼もそれまでは単品として聞いていた作品群が、ライブでは、織りなされた構築体として現れて圧倒されたに違いない。

 構成は構成それ自体で、建築物とか生け花とか高級料理の盛り付けとかアートのような御大の意思の現れたひとつの独立した作品なのかもしれない。今さらだが。御大の渾身の構成を、あんまりちゃんと考えたことなかった。ただし、彼だけじゃなく、ファンでも、こういうライブ構成について考えている人は、そういえばいたよなと思い出す。

 つづく。

2016. 10. 7

Memorandum LIVE2016.10.3 東京国際フォーラム・ホールA

小学校の同級生二人と
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行ってきましたよ、拓郎さんのフォーラム。一人は、中学1年の頃、初めて「吉田拓郎」を教えてくれた恩人で、もう一人は79年篠島などのライブに共に転戦した同志なんですよ。二人とも30年近い年月を超えて再会し、こうしてライブに集いました。でも「同窓会」じゃないんですよ。有名人にありがちな、最近の拓郎さんを聴かないで、若き日のノスタルジーだけでファンを標榜するのではなく、平凡でささやかな人生だけれども、それぞれに厳しい極北の中、現役の拓郎さんを切実な思いで追いかけてきた三人なんですね。

 ご無沙汰していた30年間、今日までどんな風に拓郎さんを愛してきたかという歴史的逸話が面白い・・というか危なかったです(笑)。シャッター降ろさないと話せません。

 とにかく中学生の時にみんなで胸を熱くして以来、こんなに長期の保証期間としっかりしたアフターサービスのついた商品は世界に拓郎さんだけです〈笑〉。あらためて拓郎さんに感謝した夜でした。曲ですね。気恥ずかしいですが、吉田拓郎さんの「友あり」。お休みなさい。



 読んじゃいないと思うが田家さんごめんなさい。

2016. 10. 6

Memorandum LIVE2016.10.3 東京国際フォーラム・ホールA

 御大は、「ある雨の日の情景」で突然演奏を止め、客席に「みんなコーラスを歌っているの?」と問いかけた。不思議そうだった。
 それはそうだ。メインのメロディーを歌う観客はいないのではないか。気分は、ピピ&コットであり、猫である。このコーラスを歌ってこそ、御大と夢の共演が完成するのだ。
 その結果、メインを歌う御大1人対コーラスはバンド+観客5000人という図式になった。

  (問) このときの御大の気持ちは次の@〜Bどれか。
   @俺一人で寂しいじゃないか
   Aメインを一人だけで歌うって、結局俺だけ大変じゃないか
   Bバンドにコーラスさせる意味ないじゃん
・・たぶん全部が正解ではないか。

 しかし間違いなくこのライブの至福の時間のひとつなのだ。なので、いろいろあっても、がんばってくれ御大(笑)。


 さて、気にしだすととても気になる。本編最後に、御大とミュージシャン全員が手をつないでご挨拶をする。市川でもフォーラムでも御大に促されて、ミュージシャンが集まってきて並ぶ。これが遅い。皆お疲れなのだろうが、ゆるゆるワラワラと集まってくる。御大が集まれと言っているのだから、服部半蔵影の軍団のように音もなく迅速に一瞬で集まってほしい。疲れた御大が気の毒だ。私だったら御大に集まれと言われたら、名犬リンチンチンや刑事犬カールよりも速く走っていくぞ。
 そもそも手をつないでのご挨拶は、昔あったアリスのハンド・イン・ハンドみたいでなんだかな。御大は、孤影悄然と一人ステージを去ってほしいなぁ。

 唯一感動した手つなぎは、つま恋2006の開演前に、御大中心にみんなが輪になって手をつないで「ワン・ツー・ロックンロール!!」と叫ぶところ。あれは何度観ても、胸が熱くなる。手つなぎは、伝家の宝刀で、いよいよの時にだけ抜くべき刀なのではないか(笑)

2016. 10. 5

Memorandum LIVE2016 10.3 東京国際フォーラム・ホールA

 初日のハードさに御大の身体を勝手に心配していたが、フォーラムの御大は元気が漲っていた。初日でヘバってたのは自分だ(汗)。御大はステップまで踏んでいたし、コーラスと一緒に踊りだしそうな素振りまでみせてくれた。そのうちホントに踊り出すぞ(爆)。そんときゃ頼むぞ、こういう時のためのavexだ。吉田拓郎ダンス教則本(DVD付)。いみふ。

 何度でも言うがあの立姿が持つフォースこそ最強だ。鍛えたり、作ったり、演出もない。あの自然に歩いてきて、ギター抱え、マイクに向かうあの所作からにじみ出る「気品」のようなもの。最後の最後に寄り倒して御大を近くで観た。たまらん。放たれる立ち姿のオーラの波動。この威力の前には、歌詞が飛ぼうが、声が詰まろうが、そんなことスーパーウエルカム、Don’t think twice,it’s allrightだ。

 ボーカルの迫力は変わらない。でも声は変わったよなぁ。もともと音感からほど遠い自分だし、音響の問題かとも思って逡巡していたが、フォーラムを聴いてもそう思った。一般Pにわからないが、ここまでのボーカルとの格闘が覗くような気がしてならない。新曲消えてるし(涙)

 かつての声と別れるのはそれはそれは寂しい。しかし、だから昔の声を聴けばいいもんでもない。ボーカルの変化も放浪の旅のうちだ。私たちは御大の日々放浪する新しい声とともに旅をしているのだ。そして今の声に逢った。旅はまだまだ続くのだ。

 最後の最後に、ステージに男性が駆けつけてきてステージの御大に手を伸ばした。御大は意外にも握手するが、男の握手が強く、御大は少しよろける。「何てことをする!!」この暴挙に一瞬空気が凍り付いた。
 昔、ストーンズのステージに上がった暴走ファンが、御大の敬愛するキースリチャーズにギターで殴り掛かられるシーンを思い出した。行け!鳥山、渡辺(爆)

 しかし、翌日、その危険な男性が、かねてよりのコーラスメンバーであり、御大のボイトレの先生の宮下文一氏だったという話を聞いた。本当なのか。間近で見ていたが気が付かなかった。

 そうだとするとこの光景の意味は根底からガラリと変わってしまう。

 歌い切った御大に向って正面から舞台にかけより上半身をのりだしまっすぐ御大に手を差しのべていた。まさしく渾身手を差し伸べていた。それは鬼気迫る感じで、だからこそ危ない奴と思えた。

 やはりそこにいた雨畑氏によれば、御大は、最初無視して、それからはっとした顔になりその差し出した手を握ったという。
 SPなんだから楽屋でいくらでも御大を讃えることができる・・あんなこと拓郎が大嫌いなこと文ちゃんは知り尽くしてるはずなのに、どんな思いで駆け寄って手を出したのだろうか、泣けて泣けて仕方ない・・と言う雨畑氏のメールを読みながら、全力で試合を終え憔悴した選手に、コーチが思わずに駆け寄る姿を思った。こんなにも美しい光景があろうか。
 それだけでは自分の妄想は止まらず、映画「ベン・ハー」で,町中をひかれていくキリストが躓いたとき、かつて彼に助けられた主人公ベンハーが思わず水を汲んで駆け寄って手を差し伸べる。そんな光景が浮かんで1人胸が熱くなった。

 神よ、ただの仕事人ではなく、愛と気骨のある音楽家だけに御大を支えさせたまえ

 もしかすると一般にはわからないボイトレの格闘のドラマが二人にはあったのかもしれない。すべては不確かな妄想だが、それこそがファンの特権だ。そうしてこういう光景と出会うことができた。かくして生き物のLiveは、続くのだった。

 いかん、今日は3行を少し超過したか。

2016. 10. 4

間近で見た御大は元気が漲っていた。ものすげー安心し感動した。大丈夫、誰にも言わん。つま恋85の「又逢おうぜ」の件も30年間黙ってたろ(爆)。また、ある客席に座って貰うために巡らされた仲間の愛と心配の連鎖にも泣く。最高。但し御大もシャッターも繊細な壊れ物。みだりに触るんじゃねえぞ!

え、ええーー?文ちゃん先生?だったら触って差し上げて(驚)
というか試合を全うしたアスリートにコーチが駆け寄っていくみたいじゃん。すげー感動的だ。

2016. 10. 3

会場で新発アナログ盤を観て胸ワシ掴み。LPだ。消えてゆくものあれば帰ってくるものも。LPサイズの美しさ。歌詞カードも嬉しい。CDサイズじゃ老近眼には判読不能、もし松山千春の歌詞でも気付かん。家に飾り、脇に抱えて闊歩したい。で、今日。♪フォーラムよ御大を照らせ。集いよる俺達を照らせ。
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2016. 10. 2

「歳をとるといろんなことからズレていく。それを補正しようとするな・・・」。君の後ろに僕はいる・・例えばあの歌を思う。そんな御大の言葉を大切に刻む福山雅治。さすが世代を超えルックスNo.1シンガーを分かち合う二人だ。御大、コンシェルジュが欲しい時はいつでも連絡をくれ(危)。
http://beauty.yahoo.co.jp/enta/articles/551294

2016. 10. 1

 今日からダラ書きはヤメて「3行日記」厳守の誓い。

 初日以来「ぼくのあたらしい歌」が頭から離れず。浜省じゃないが、街角で、仕事場で、地下鉄の中で反芻。超大作って感じではない(当サイト比)のに、この天衣無縫な可愛いメロディーを聴くと幸福感が身体全体に湧き、心弾む。抗原抗体反応みたいだ。まさに生き物。恐るべき70歳。

2016. 9. 30

♪それは御大という名の謎だから

 調子に乗ってLIVE2016もリアルタイムで記録しておこうと思って日記に書き始めたが、なんか違う。自分が書くと感動のために感動しているようでどこか嘘くさい。このライブは、そんな薄っぺらなものじゃない。

 初日、御大のものすごいエナジーの熱唱に圧倒され感動したことは間違いない。しかし、同時に、心の底から正直に言えば、これほどに厳しい現実の壁と不安と悲しみに満ちたコンサートもなかった。泣けてくる素晴らしい歌唱・演奏があったが、不安な曲もあり、また名曲なれどライブでは何回も聴いてtoo muchな選曲もたくさんあった。若いコーラスは、こっちまで楽しくなってくるが、一台しかないキーボードでなんで同時にこんなにたくさん音がするのかとか(爆)、不遜な思いはあっちこっちに迷走する。
 ともかく感動と悲しみ、感激と落胆、希望と不安のいろんな糸が複雑に撚りあって、たぶんこのライブは出来上がっていくに違いない。

 御大も観ていたという「トットてれび」の向田邦子の回。「禍福はあざなえる縄のごとし」というセリフに「幸福だけで編んである縄はないの?」と満島ひかり演ずる徹子さんの質問に、ミムラの向田さんは、一瞬たじろぐも、キッパリと「ないの」と答える。同じように感動と絶賛だけで撚られたライブはないのではないかと思う。
 しかし、悲しみや落胆の糸が混ざっているからといって、出来上がった縄が素晴らしいものであることが否定されるわけではない。

 御大は、かつて「ミュージシャンなんだから精神論じゃなく音楽で語れ」と啖呵を切った。自分としては、御大の音楽での語りに耳を澄まし目を見張りながら、感動、落胆、勘違いのアップダウンを繰り返さないとわからない大きな謎みたいなライブだと思う。

とにかく無事にこのハードな旅を完走して欲しい。

2016. 9. 29


< Memorandum 2016.9.26 市川市民文化会館>

 アンコールの2曲目「Woo Baby」が、また素晴らしかった。この作品の発表当時、まだ若く(理由にはならないか)、御大に人生の熱きメッセージを求めてやまなかった自分は、「よりによって、こんなスキャンダラスで自堕落なラブソングを歌いやがって」と落胆しながら怒りまくっていた。この曲と同じアルバムの「I‘m In Love」に対してもそうだった。
 この2曲については、当時の自分の不明を心から恥じ、このサイトのUramadoで繰り返し懺悔してきた。しかし、こんなすげーライブ演奏を見せられたら、また何度でもお詫びしなくてはなるまい。なんといっても、いまだにFさんを怒っている御大だし(笑)。

 こうして今になってみると、恋するウキウキ感に、切ないブルースがブレンドされたご機嫌なラブ・ポップではないか。今頃、遅いか。ただし、あれから御大の歩いた歳月と道のりこそが、この作品を美しく昇華させたということも言えるのではないか。
 ともかくまさか、自分が55歳になって、70歳の御大が歌うこの歌をライブで聴いて涙ぐむ日がくるとは、これっぽっちも思ってなかったよ。 

 「80歳になってもラブソングとともにある」とSONGSで御大は言い切った。

 今さらだが御意。なんてカッコイイのだ。ちょうど最近の映画「シンゴジラ」で、研究者役の市川実日子の知見をあり得ないとしてバカにしていた高橋一生が、彼女の判断が正しかったことを知るや驚愕し、思わず「ぁああ、ごめんなさぁい」と叫んでしまったのと同じ気分だ。・・・意味わかんないよね。

 ステージの中央で、御大が引くギター・フレーズの中に、バンドメンバーがそれぞれの持ち場に戻ってゆき、その彼らの演奏がワラワラと御大のギターに寄り集まりカタマリになって唸りだす。ああ、たまんねー。もう額にでもいれて飾っておきたいような、こんな歌に2016年になって逢えるなんて。

2016. 9. 28


 SONGSで「命がけのライブ」と語り、ゲネでの「疲れたー」「えれー事になっちまった」というつぶやき。ホントにそうだったんだと初日で実感した。
 それは観客にとっては、圧倒的な感動だが、でもこんなにエナジー燃やして大丈夫なのかと心配にもなる。70歳で、ずっとスタンディングして熱唱し続けるだけでもはや想像を絶することだ。

 プロの仕事なんだから一般Pごときが心配するな、余計なお世話だとも思うが、ファンが心配しなくて誰が心配しよう。EXILEや福山雅治のファンが御大の心配をしてくれると思えない。
 御大の決意にとやかく言うのは失礼だとも思う。しかし、私の意見として、ファンとはそもそも失礼なものだ。御大への愛を頼りに、「失礼」と「礼儀」の国境付近をバランスをとりながら危うく歩いているのがファンのなのだと思う。私なんかは、往々にして失礼の側に落っこちてしまうだけだ。でも、礼儀を守るだけじゃ見知らぬ通行人と変わらないじゃないか。

 ・・・と果てしなく「ひとり会議」は続く。

「ちょっと歌いすぎ?かもなぁー」というつぶやき。

 もし過重な負担を感じるならば、休憩なりインターバルなりで御大が休める時間を。そんな小さなブレイクがあっても、このライブの凄さは少しも損なわれまい。ミュージシャンのソロでもインストゥルメンタルでもいい、加藤いづみさんが御大のアイドル提供曲メドレーを歌うとか(爆)。

 御大は昔から、なんでも「俺がやる」「俺が一人で超える」と一人で背負い込むような人だ。だからこそたまらなく魅力的で、そしてまたとても心配だったりする。頼むぞスタッフ、そんな一途な御大の生身の身体を守ってくれ。

 とにかくこの素晴らしいツアーを無事に元気に完走してほしい、願いはそれだけだ。

2016. 9. 27

 市川初日。いろんな意味で凄いものを見せられた感じだ。どんな意味でどう凄いかは一人会議してよく整理しないと自分でもわからない。

 ただ、ひと夏かけて過去のライブを振り返り、こんな曲を歌ってほしいとかあれこれ勝手なことを書いてきたが、このライブを見て、ああ、自分は古いなと思った。
 昔受験時代に(爆)、過去の問題を100題覚えても200題覚えても、本番には必ず101題目、201題目が出ると豪語していた恩師を思い出した。こっちのちっぽけな経験や予測なんかスルリと超えて、今まで見たことのないライブをやってくれた。
 あったりまえだが、御大は現役の音楽家なのだ。立ち姿が変わらず美しく、そのうえすごいエナジー放出、だけどやっぱり心配にもなっちまった。

 ピチピチとした若いコーラス陣が眩しい。この若者たちに、中国4000年じゃなくて、ファン歴40年のノリというものをお返しに見せてやろうと思ったが、今日は負けた(涙)。

 万感の本編最後とその後のReverence。御大の真意などもちろん私にはわからない。御大がかつて言ったとおり、ミュージシャンである以上、音楽で語ってもらうしかないのかもしれない。

 ともかく心の底から言いたい。愛してるぞ御大、いらんだろうけど(笑)

<前飲み後飲みの記録>
 初めての本八幡の周辺。午前11時から営業しているという居酒屋に飛び込み前飲み。清々しい若者たちが働くいい店だった。ここで気持を落ち着け、ライブに向かった。
 そしてライブ後もここに(爆)。「あ、お帰りさなさい」と迎えてくれて嬉しかった。圧倒的な感動と御大への愛と悲しみと切なさも含めて佃煮のようになった自分に、冷たいビールと目玉焼きののった焼きそばを出しくれた。救われた。こういう小さな出会いもライブの貴重な成果物だ。
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2016. 9. 26

“人生には「御大が歌う日」と「御大の歌うのを待つ日」の2つの日しかない”
“音楽界には、「御大という歌手」と「御大以外の歌手」の2種類の歌手しかいない”
"作品も言葉も「御大のもの」とそれ以外のものしかない"

そういう人々にとっての貴重なハレの日。いい日、いいスタートとなりますように。
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2016. 9. 25

とうとう、あと1day。

みんな精神論を語るなよ

音楽を語れよ、音楽で語れよ

         t.y


ともかく御大とコンサートに関る全てのSPと私達一般Pに幸あれ。