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a day

2017. 6. 23

 御大も言っていたが、ああ、音楽はいいなぁと思う。特にプロの演奏に触れる時、素人の一般Pの私なんかは心の底から思う。"マラソン"のピアノの音色は素晴らしいなんていうものではなく涙が出そうだった。何でオマエが歌う?と誰よりも自分で自分にツッコミを入れた。ていうかなんで御大がここに来て歌わないんだと無茶なツッコミ返しをしたい(笑)。歌うといえば"今日までそして明日から"を不肖私に歌わせていただきありがとうございました。突然だと、歌詞がとっちらかってしまう。修行が足りませぬ。
      to boldly go where no man has gone before.

2017. 6. 22

 昨日は小中同級の元祖拓バカ盟友T君と久々に会う。先回のCMソング同様、あの頃の生活の中に普通にあった吉田拓郎をあらためて実感する。あれこれ思い出す…
 カメラ屋の息子のF君の家で、販促ソノシートの「Have a niceday」を聴かせて貰って一緒に歌った、なぜか彼の家には共鳴レックスの「僕らの旅」のソノシートもあった、「さぁもう一度歌ってみよう」ということで、何回も聴きながら歌った。「私は小鳥」のソノシートはF君は拓郎作とは知らず、百恵ちゃんのファンにあげてしまって超絶残念だった話もあった。
 そしてT君は「傷だらけの天使」の最終回に流れた井上堯之の「一人」をどうしても聴きたくて、米屋のH君のお兄さんに借りに行った。音楽マニアの米屋のお兄さんは、その年設立したフォーライフから出たレコードを番号順に全て持っていた。懐かしい。うらぶれた町だったが、音楽的にはそこそこ充実していたのではないか…と思ったりもする。

2017. 6. 21

 "フォークビレッジのテーマ"は、木田高介のバックで歌詞フルバージョンは存在しないのだろうか。こないだのテープもニッポン放送から無くなったというのをやっと見つけたと以前言ってたしな(T_T)
 3番の「ここに一人でいる僕を 夜空のどこかに記しておきたい 愛する人に 届けと」というプリティなフレーズ、木田さんのあの演奏だとoldiesで聴くのとはまた違っただろうなと思う。

 ふん選挙目当ての美辞麗句には胡麻化されんぞと思っていたが、ふと「つま恋を守り、篠島を生かす」と置き換えてみたら、なんか嬉しくなってしまった…ダメだ(T_T)

2017. 6. 19

ラジオでナイト第12回 2017.6.18

☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

こんばんは、吉田拓郎です。
今日はおじさんとおばさんには涙もの。古いものをたくさんお聞かせします

■タイトル

 僕の歌を思い出してみよう・秘蔵音源スペシャル。スペシャルということで断捨離中に、見つけた音源をかけます。最近ネットとかyoutubeによく載っている。なんでyoutubeにのっけっかなぁ。
 外人の歌う襟裳岬。当時、ナベプロが森進一の大ヒットに乗じて、ナベプロゆかりの高名な方が、この作品を外国人に歌わせてみたらどうだ?ということで企画され、その方がアメリカ在住のため、アメリカで録音された。西部劇のような、カウボーイが歌っているよう襟裳岬。誰が歌っているかはわからない。
凄く渋い。英語だとこうなるんだな。

M-1  襟裳岬  (英語しかしサビは日本語) 不詳

 昔だし保存状態も良くなくて音も悪いが、カッコイイなと思います。

 この番組のスポンサーもあるけれど、今日はスポンサーの枠を乗り越える

 71年、まだエレックの頃、CMがの依頼が来た。作詞は、永ちゃんの”時間よとまれ”とかの山川啓介、作曲は渋谷毅さん。なぜ自分が選ばれたのかわからない。代理店の方の選択か、まずエレックのチカラではない。エイベックスだったらあり得るが。なんでエイベックスにゴマするか。

 松下電器のテクニクス。
 (“僕の旅は小さな叫び”を歌う)
 ♪明日になれば明日が来るのかそいつは誰にもわからない・・・この先のメロディーがなかった。渋谷さんが「ここからは吉田君テキトーに唄いたまえ」ということだった。まだ71年当時の吉田拓郎は海のものとも山のものともわからない新人。コード進行が決まって、オケが出来ているところでテキトーにと言われても・・・でも、これをやっちゃったんですよ。血か涙の出る思い。

Ⅿ-2 僕の旅は小さな叫び

♪言葉にしたら、ああなんて小さいんだろう…このあたりは譜面がなくてテキトーに歌った。当時を彷彿とさせるシャウト。惜しむらくは、ちょっとフォーキーだなと思う。今だったら、もっと違うのができたのにぃぃぃぃ(絶叫)

 ・フジカラーのCMソング。これはレコーディング風景が浮かぶ。当時は、たくさんの集会のようなコンサートばかりでまだソロのコンサートツアーはなかった。加川良、高田渡、かぐや姫、コータロー、遠藤賢二とかと一緒だった。その中に猫というグループがいた。

 当時、「ハブ・ア・ナイスデイ」だけは使えという代理店の言うがままに作った。

 深夜放送とかでアメリカンポップスが好きで、ウォウウォウ、イエイという感じでメロディを作った。コーラスも50年代のアメリカンポップスを意識した。

 歌詞は、当時ラジオとかで、拙者、おぬしというサムライ言葉を使っていたのを使ってみた。
 猫と旅先から上野駅について、そこから夜中にスタジオに行って録音した。エレキ2本とボンゴも自分。レコーディングの技術もなかった。よくかまやつさんから聞いた話で、スパイダース時代、ストーンズの「サティスファクション」のフレーズ(弾いて見せる) で音が割れてるのは、あれはアンプの故障だろうかと悩んでいた逸話。
 フェンダーのデラックスリハーブというアンプに毛布を何重もかけてエレキの音を抑えた。
 猫の連中も下手だし、エレキはよしだたくろうだし、でも一生懸命なんだよ。

M−3 Have a nice day 気ままに写そう篇

 斬新なCMソングで、ヒットした。当時は、猫がバックだったのでステージでも結構演奏した。とてもウケたので代理店が次もと来たけれども今度は好きに作らせろということで取り組んだ。

 クラッシックな感じが面白いと思い、瀬尾一三に「クラッシックな感じでお願いできるか」と尋ねたら、「得意じゃないけどやってみよう」ということになった。弦楽四重奏のような感じと行ったら三拍子がイイと言われた。今度は広島弁を使ってみようと思いついた。
 若いころはクソのように忙しかったのにいろいろ思いついたなぁ。この発想がやがて♪ええかげんなヤツじゃけ…に繋がってゆく

M−4 Have a nice day天然色写真篇


 車の話で先日話した16台の初代がスバルレックス。
 CMソング。キャンペーンでヨーロッパで撮影したのを覚えている。初めてのヨーロッパ。むこうで運転しながらカーステで聴いていた記憶がある。アレンジが、ああ石川鷹彦だ。
 ひらがなで「よしだたくろう」だ。確か、松任谷正隆、駒沢裕城のスチールギターも入ってる。

「共鳴レックス」はあとから入れた。

M−5僕らの旅

 「共鳴レックス」やめてほしかった。興覚めするね。まだチカラがなかったのか。まいったな。

(僕らの旅はまた歌う 共鳴レックス入れた)

 いい歌だなぁ。

 ・次は、フジカラーで沢田研二。安井かずみ=ズズはジュリーが好きだった。拓郎たちのせいで音楽業界が悪くなった。あなたはいいけどフォークの人々はキライと言っていた。拓郎もジュリーのようにやりなさいと再三言われたので、ジュリーは意識していた。
“時の過行くままに”の時なんかは「やられたなー」と思った。
 それにしても、沢田研二への提供は、嬉しかった。ナベプロへの道が開けた(笑)
録音に、立ち会っていないが、大野克夫さんのアレンジ、ギターは絶対、井上堯之・・・ということはバックはPYGだったのではないかと思う

M-6 今このときめきを

 いいなぁ、いい曲だなぁ、アレンジもいい

 ・次は山口百恵。お会いしたのは 一度しかない。CBSソニーのヒットパーティで、キャンディーズや南沙織らのいる中に、百恵さんもいた。彼女から「今度、フジカラーの歌わせていただきます」と挨拶された。恐縮した。今や伝説の人、百恵さんによく曲を作れたもんだな。
 ただ“私は小鳥”タイトル良くないな

M-7 私は小鳥

 歌詞が凄いな(読む)なんて素敵な詞を書けるのだ(笑)
76年には漢字になってる 吉田拓郎

 ・いきなり79年に飛んでその間はなかったのか。お酒とか洗剤のCMとかあった気がするが…ないのか。

 “ウィスキークラッシュ”作詞佐々木勝彦…知らない。確か…アレンジは後藤次利だった気がする。
 曲は、イマイチ。もっと頑張れと思うところがひとつある。

M-8 ウィスキークラッシュ

■今週のマイ・フェイバリットソング

 「バイタリスフォークビレッジ」というラジオ番組があった。、

 初代パーソナリティがジミー時田&榊原るみ
 次が広川あけみさん、…広島時代聴いていた。
 そして佐良直美・・・その次が吉田拓郎。
 佐賀直美最終回の翌日から吉田拓郎がスタート。

 いろんなエピソードがあった
 島田さんというディレクターが、ユニークな方だったが、その方のインタビュー。

 <よみうりホールや共立講堂のコンサートでマークUを歌っている姿を観ていた
「次は拓郎だと思った」しかし当時まだ売れていなかったのでニッポン放送の営業と編成からもっと名前のあるやつないのかと言われた。営業マンが頑張って電通とスポンサーを説得してくれて決まった。
気取らない素直ないいやつだった
番組が始まってまってすぐに売れた。みんなホクホクだった。
作家の岡本おさみの印象…  暗い男だったね。>

(爆笑)一緒に食事してて岡本おさみと松本隆はツマンナイ。何も話ししてくれない。

石川鷹彦が音楽のサポート、あ、石川鷹彦だ。岡本おさみが詞の相談にのっていた。

 テーマ曲は、亡くなってしまった木田高介とリトルモアヘック。BSPみたいな感じのグループで、アルバム「人間なんて」のブラスロック部分を担当してくれている。

 木田さんは、ビブラフォンがうまく、ドラムも上手だったし、アレンジの腕も良かった。 ルームライトのアレンジもしていた、神田川もそう。

 木田高介、石川鷹彦、瀬尾一三は、音楽界に欠かせない三人だ。

 このテーマ曲もニッポン放送の一スタで録音した。エレキは吉田拓郎だ。

M−9  フォークビレッジのテーマ
 この音楽にのって「みなさんこんばんは…」

 ウマいなぁ。吉田くん良かったね、昔

■エンディング
 しかし、古いものをよく持っているな…病的なものを感じる…良くないね、
今度こそ処分しよう。断捨離だ。どういう字かわからんが。吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆ハラショ。素晴らしい。聴取率調査週間の狙いどおり、おじさんはもう大感動だ。

 御大のひとり語り。毎週そうなのだが、今回は、自分の曲をかけ、自分の音楽生活を自分の思い通りに語ってくれたので「拓郎純度」はこれまでになく高かった。唯一、外人の襟裳岬が余計だったくらいだ(笑)。かつてのラジオのような自分ひとりの音楽語りが素晴らしい。

☆一曲一曲が御大が自讃するとおり素晴らしい。

☆いきなり”僕の旅は小さな叫び”・・・おお涙が出そうだ。渋谷毅は、さすがジャズピアニスト、ジャズの即興を御大に投げかけたというのは本当だったのだな。御大は謙遜するが、その即興への返唱が素晴らしいではないか。だからこそ、御大に白羽の矢が立ったのだと思う。2並びのコスト安もあったのかもしれないが・・・・。いろいろ繋がった。
 それにしても、いいねぇ、いいシャウトだよねぇ。今ならもっとというのなら、是非是非聴かしておくんなまし。

☆"僕らの旅"の「共鳴レックス」と「語り」は、確かに邪魔だが、もう不即不離の音楽の一部になっている。またアレンジの石川鷹彦への思いの熱さが静かに伝わってくる。それとそうか、松任谷と駒沢さんが参加しているのか。そうか。それも感慨深い。ラーメンに、実は高級な出汁が使ってあったのがわかったみたいな感じだ。
 
☆ハブアナイスディ。アンプの毛布巻き。もはや貴重な歴史的証言である。

☆そうか天然色写真には、瀬尾一三さんがこの頃から絡んでいたのか。確かに、シャンパンの瓶のように音楽の才気が溢れに溢れている御大を感じる。

☆"今このときめきは"名曲にして名演。なんで公式音源にしておかなかったのだろうか。

☆"私は小鳥"…赤いアメフト・ユニフォームを着た百恵ちゃんが、くっきりすっきりフジカラー。吉田拓郎の作詞作曲と知って、中学の教室で自慢したものだった。自分には何の関係もないが。誇らしかった。

☆"ウイスキークラッシュ" 後藤次利だったの?そりゃ凄い。この曲のどこが不満なのだ。 篠島でノボリを立てて"ウィスキークラッシュ"を歌っていた連中が懐かしい。

☆フォークビレッジ。もっといろんな逸話があるだろうに。「次は拓郎だ」という島田さんの先見の明。誰か「やっぱり最後は拓郎だ」と見出してくれないだろうか。

 木田高介、石川鷹彦、瀬尾一三。かれらは、私たちにとっての恩人でもある。

☆ かぁーーーーとても一曲一曲深すぎて、こんなスペースでは書ききれない。
何回も何回も、曲も語りも反芻しよう。

☆ 常に新曲とともに明日を見つめる御大にとっては、こういう過去作品を愛でることを心のどこかで禁忌としているのだろう。断捨離というのもテレ隠しと思いたい。

☆ しかし、これだけの名曲たちをCMソング、テーマ用の曲ということで放置したことは大きな間違いであると思う。もちろん古いとか、音とかメロディーとかにご本人には、いろいろ気に入らないところがあるのだろう。しかし、そういうのは、別に公式音源にした曲にもたくさんあるではないか。おい。
 この素晴らしい子供たちを放置していることが歯がゆくて仕方が無い。だからこそ、心あるファンたちは、あえてyoutubeにUPするのだ。この子どもたちが公式音源として世に出ていれば、誰もそんなことはする必要はない。素晴らしい作品を残したいと思う気持ちのどこが病的なものか。古代遺跡に挑む考古学の発掘隊とたぶん気分は一緒である。

 感激ついでに言ってしまう。大瀧詠一は、現代CMソングの始祖といわれているが、御大の方が時期的にも早かったし、昨夜の放送を聞いてもわかるとおり、曲のクオリティもはるかに高い(当社比)。ただ大瀧さんは、これらのCM曲を公式音源に残し、自らのCMソングの実績を世界に向ってアピールしたため、CMソングの始祖のようになっているだけだ。奥ゆかしい御大にはそれができないのだ。
 "はっぴいえんど"が音楽的に素晴らしいことは私なんぞが言うまでもないが、何より彼らは自分たちで自分たちを伝説化し、日本語のロックの革命とか自讃し、周囲にも忖度させる環境造りというかプロデュースの努力をしたから、なんか実態以上に凄いことになっている気がしてならない。御大は全く逆である。もっともっと評価されるべきなのに、肝心なところで引いてしまう。断捨離とか方向違いもいいところだ。

 このCMソング群ひとつとってみても、そこに関わったミュージシャンや当時の状況も含めて、もう世界音楽遺産である。だからこそきちんと残し、田家さんだけじゃない誰かが、素晴らしいものだと絶賛する必要がある。周りの人誰か言ってよ。魂の底から素晴らしい作品たちじゃないか。

 ・・・ということで次回を切に待っています。それでも、どうしても、どうーしても断捨離するなら…ください(爆)

2017. 6. 18

 いよいよ今夜「蔵出し」が楽しみだ。所蔵品のみならず「蔵から出す」という行為自体がワクワクして嬉しいではないか。鬱月をひかえた日曜日の夜が楽しみという気分は久しくなかった。

いつからなかったかと思い返すと学校に行くようになってからだ(笑)。

 小学校入学前は、日曜の夜が幸せだった。
 夕方からテレビで「バットマン」(主演の方が先日亡くなったんだな。ロイ・ジェームスのテキトーなナレーションも好きだった)→NHKで「サンダーバード」→武田薬品提供「ウルトラQ・ウルトラマン」→不二家提供「オバケのQ太郎」→家族と一緒に渥美清の「泣いてたまるか」(時々青島幸男だった)→眠い目こすって「コンバット」で寝落ちする。今思いかえしても素晴らしいゴールデンなラインナップだった。…どんだけテレビ観てたんだ(爆)。

 そのくらい今夜は楽しみでやんす。

2017. 6. 17

 フォークビレッジ関係で何か催しなり何かががあったのだろうか。残念ながら御大のバイタリス・フォークビレッジは、お子様だったので聴いていなかった。自分には憧れと幻の番組だ。自分で聴いたのはかまやつさんのライオン・フォークビレッジからだ。そのあと谷村新司になって聴かなくなって(爆)、その次の山本コータローで番組は終わった。
 最終回は山本コータロー、吉田拓郎、かまやつひろし、南こうせつの会談だった。御大がこうせつに「何でパーソナリティをやってないオマエが最終回に出ているんだ」とずっとツッコミを入れていた(笑)
 四人の思い出語りから、番組がスタジオを開放して、石川鷹彦さんらがアシストして、いろんなミュージシャンを育てた番組だったことをその時知った。逸話、伝説の宝庫のようだ、余すことなく聴かせてほしい。

2017. 6. 16

 ディランの受賞スピーチの全文を読んだ。なるほど先日読んだのは、スピーチの最後の部分に過ぎず、本文はずいぶんと長大で、そのうえとても難解だ。
 それでも、少年だったディランが音楽に目覚めるくだりは、もうたまらない。どこかに飾っておきたいくらいだ。

 
・全ての始まりはバディ・ホリーだった。
・私が子供のころから慣れ親しんだ音楽、即ちカントリー・ウェスタン、ロックンロールとリズム&ブルースだ。3つの異なる音楽要素を彼は絡み合わせ、そこから新しいジャンル、彼ならではの音を生み出した。そしてバディは「歌」を書いた。美しいメロィー、そして独創的な歌詞の歌を。しかも歌声も素晴らしく、様々な声色を使い分けた。彼こそがお手本だった。自分にはない、でもなりたいものを全て体現していた。
・彼は力強く、刺激に満ちていて、カリスマ性があった。かぶりつく様な距離で観ていた私はすっかり心を奪われた。彼の顔、手、リズムを取る足、大きな黒の眼鏡、その眼鏡の奥の瞳、ギターの持ち方、立ち方、粋なスーツ、彼の全てを目に焼き付けた。とても22歳とは思えなかった。彼には永久に色あせない何かを感じ、私は確信したのだ。



 申し訳ないが、バディ・ホリー…知らん。知らなくても、不遜ながら、このくだりには魂の底から共感してしまう。理屈ではなくまるで音叉のように響いてくる。理由などいるまい。勝手に決めつけて悪いが、吉田拓郎を愛するすべての人が同じ心根だと思う。
 今や難解な偏屈爺さんの如きボブ・ディラン、彼はこんなふうに素晴らしいミュージシャンに逢い、ピュアに胸を焦がし、その思いを大切な灯のようにして生きてきたのだ。ディランなんかとは比べるべくもないただの一般Pの自分だが、同じようにそういう胸焦がす大切な人をこの人生で見つけ得た幸福=Luckを思わずにはいられない。

☆☆☆☆☆☆☆

 知り合いの方から、"American pie"の詞を教えていただいた。バディホリーの死=音楽死んだ日。しかし、ディラン、ストーンズ、ビートルズ、いろんな命脈に今も繋がっていることを知る。
 "Not fade away"、ああ、ストーンズが東京ドームのオープニングで歌ったあの曲だったか。遠いご先祖様にあった気分だ。

2017. 6. 15

 “飛行場”の歌といえば常富喜雄さんの”飛行場”ではないか。忘れてた。若者のインスタじゃないんだからうどんの写真を載せてる場合じゃなかった。「猫」のナンバー。♪ランプがついたり消えたりしてる僕はもう行かなきゃ…泣けるの曲なのだが、「"飛行場"この曲だけは歴史に残る名曲だ」と大絶賛していた御大とどうしてもセットで想いだす。
 ”あなただけを”が有名な常富さんだが、梓みちよの”メランコリー”と”銀河系まで飛んでゆけ”にひっそりとブリッジを架けるように提供された”ノクターン”も好きだった。♪あんたはいろんな人生をまるで一人で生きてるようと 人は私に言うけれど あたしに何ができるというの…御大と魂を共有するようなメロディーライン。うろ覚えだけれど、朝の電車で声に出さず反芻してみる。

2017. 6. 14

居酒屋でササっと作ってくれた多分メニューにない"酢橘おろしうどん"。「吉田拓郎のボーカルは柑橘系である」と言った武田鉄矢の言葉を思い浮かべながら、しみて、しみる。

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2017. 6. 13

 "故郷の廃屋"といえば"制服"だろぉぉぉと誰もがラジオの前で叫んだはずだ。2008年の映画「結婚しようよ」でもこのハーモニカの部分だけが使用されていたくらい定番だ。
 しかし、統計をとったわけではないが、世間では"故郷の廃屋"といえば、同じ集団就職がテーマの井沢八郎"あゝ上野駅"の間奏の方が有名らしい。"制服"のなだれこむような後奏の方が超絶素晴らしいと思うのだが。無念だ。
 ここに、東京駅vs上野駅、拓郎vs八郎の静かなる対決関係が始まったと言ってよい。 …よくねぇよ。"あゝ上野駅"は歌碑にまでなっているようだ。"制服"も東京駅地下道に、一番きれいな女の娘を振り返っている岡本さんの銅像つきで歌碑の設置を望みたい。怒られるぞ。

2017. 6. 12

ラジオでナイト第11回 2017.6.11

☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 こんばんは、吉田拓郎です。思い出の先生を募集しました。

<東北弁の英語先生という投書>
 俺も中学の時、英語を喋れない先生がいた。「ジャック・アンド・ベティ」の世界。
50代後半 でぃすいずあぺん…という発音。こういう先生に習うと英語は喋れない。
ハワイで喋れなかった時、恥ずかしかった。  

<投書の続き…正解すると「んだす」、道を外人に教えて「んだす」>

 英語とか音楽の先生は昔とは昔と今では相当変わったよね。

<小学校のとき黒板にチョークで書いているとき、洋服や靴下の”つぎあて”が見えるのが恥ずかしかったが、お母さんのことをほめてくれた先生という投書>

 涙なしに聴けるか。いい話じゃごさんせんか。ござんせんせんかの理由は来週。  

<家庭科おばあさん先生が、一メートルの物差しで叩くという投書>
 小学校の時、長いチョーク棒で叩く男の奥村先生。今でも嫌いだし、恨んでいる。身体が弱かったので、授業が遅れ、放課後残されたときも、ぺシンと叩かれた。キライだった。

 中学の音楽先生は、ピアノでなく、アコーディオンで教えてれたし、題材も歌謡曲が多かった。クラッシックよりポピュラーに気持ちが向かう頃だったので印章深い。
<"北帰行"を歌う>

高校の時の体育の先生。水泳の時間の水着姿がグラマラスだった。男子生徒はみんな ワオ(笑)。

 今日も一日…じゃない、そんなにやんないよ、1時間お付き合いください

■番組タイトル

 またネイルサロンに行った。三度目。これはひとつの贅沢。もともとは、西海岸から流行の発端でビバリーヒルズのセレブから広がったようだ。

 手は浅野さん、足は畑山さん、メンズとベテランはお断りといってある(笑)。

 サプリメントも安くないし、外的な若返りサプリも多い。年老いていくことの停止だけろうど、それもいいけど、贅沢によって気持ちが若返ることもある。サロンでは、50歳くらいの気分の自分がいる。精神的な若返り…健全ではないか。

 男性の心根ではサロンには入りづらい、居づらいだろうが、そこさえ乗り越えれば…あ、声が枯れてるな・・・。
 だからこれからも続ける。

M−1 ぼくの好きな先生   RCサクセション 
 キヨシロー・RC コンサートも旅もよく一緒だった。音楽仲間もキヨシローのステージの時は、みんな袖に観に行っていた。「いいよね」とみんなが思っていた。

■泣ける歌のコーナー
<故郷の廃屋歌う> 泣ける。時々ハーモニカ吹いていた。
「泣ける歌」といえど笑ってしまうのはどうなんだという話もあるが、僕にはそうではなく笑っちゃうときがある。
<なかなか泣けない拓郎さんのために美樹克彦 花は遅かったという投書>

M-2 花はおそかった  美樹克彦

 なんてコメントしたら良いか。悲しい歌だし作った人にはリアリティあるんだろうけど
俺は、まず泣けないのは「かおるちゃん」がダメ。どうして「かおる」なのか。

<遠き山に日は落ちてという、下校の思い出という投書>
 タイトルがピンと来なかったが なんだこの曲か  ドボルザークの曲らしい。

M-3 遠き山に日は落ちて 不明

 下校時間 港区も夕方5時にこういう曲が流れる。大相撲放送を観るシャッターチャンス。クラッシックの旋律にはジンとくる。

 かおるちゃんの世界とは全く違う。なのにどっちも泣ける人かいるのが面白い。

<ホームにて単身赴任の時に自分で歌って号泣したという投書>
 拓郎はこういう曲をつくってないのか?<「馬」を歌う>
 泣けるといえば<流星>のラストが歌えなかった。初日の市川で、”君の欲しいものは何ですか”…を客席が歌っているんだなというのがわかった。”僕の欲しかったものは何ですか”を皆が歌うんだろうなと思ったら、思いが募ってしまって。

 人の涙腺ゆるがして何だよ、中島みゆき。

M-4 ・ホームにて  中島みゆき

 これはやっぱり僕たちの弱いシーン。駅とか港とか空港とか。ホームに悲しみはある 
よし、駅の唄、空港の唄、港の唄作るぞ。

■ラジオでナイトクラブ
 このコーナーはいいけど、テーマ曲がなんでサム・テイラーなのか。よくわからない。
今日は、先生の話。

 自分の先生に対するスタンスとしては、「先生に媚びるタイプ」「好かれるためになんでもする」そういうやつだった。

 男性で好きな先生。大学時代、アジア社会学研究のゼミの先生が好きだった。音楽のことを書けと言ってくれて、インド音楽でパスした。 

 女性で好きな先生は、姉さん先生。谷山小の宮崎先生。下駄屋の娘に相撲で投げられておんぶして医務室。背中の感触は今も忘れない(笑)

 20年くらい前、高校の同窓会で先生と生徒の区別がつかなかった(笑)

<音楽の先生40代女性。クラッシック・ジャズしか聴かない先生。レコード鑑賞会でかぐや姫、あのねのね、断絶「傘がない」などを鑑賞した。自分は、「どうしてこんなに悲しいんだろう」をリクエストした。チック・コリアに対抗するには、松任谷正隆しかなかった。先生は、陽水と拓郎を比べて、吉田拓郎はまだ余裕があるけれど、陽水はもういっぱい、いっぱいねと評価したいう投書>
<大爆笑というかご満悦の御大>

吉田拓郎が大好きだった宮崎先生が出てくる

M-5 夏休み   吉田拓郎  一瞬の夏より

 このバージョンが好き。これは、一発録り。今年の夏はこういう録音をしたいので、いっぱい曲を作っているが、2曲しかできていない。一斉に同時にドンとやってみようというのをやってみたい。

■今週のマイ・フェイバリットソング
 声はいろいろ  陽水、みゆき、ユーミンなど。南沙織の低めの女性の声が好きだった。カレン・カーペンターとかも好きだ。ヒステリックな声は苦手だ。男性は、ディランの声はあまり好きではない、やっぱスティービー・ワンダーか。ニグロ・スピリチュアルかな。ロッド・スチュアートは好きだ。
 日本だと…吉田拓郎しか思いつかない。

 今週は ミニー・リパートン  Lovin' You
 五オクターブくらいの声が出る。若くして亡くなってしまった。

 垣花アナの声も好きだな。 顔よりも声。今週は差し入れがないのか。

 ミニー・リパートンの歌声は、人の心を平和にしてくれる。まさに小鳥のさえずりのように囁く。天が授けた声。もともと彼女が歌っていた自分の子どもの子守歌だったらしい。ミュージシャンのダンナが聴いていてピックアップしたらしい。スティービー・ワンダーも彼女を気に入っていた。この声、え、人の声なのと思ういい声。

M-6 Lovin' You ミニー・リパートン

■エンディング
ピアノは多分スティービー・ワンダー。音楽はいいもんだね

来週は、蔵出し音源。You tubeに出ているが、わざわざ持ってくるんだからいいじゃないか。なんで蔵出しがあるか、実は、引っ越しを考えていたのでいろいろ断捨離してしまって、結局引っ越しが決まらず、モノ不足になっている。

 お相手は吉田拓郎でした。


☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆今日は、先生特集なので「恩師よ」ないしは「消えてゆくもの」かと予想していたが、「ぼくの好きな先生」だった。御大は、本当に、キヨシローが好きなんだな。昔から手放しで絶賛していたもんね。でもキヨシローは、ずっと「吉田拓郎大嫌い」を公言して憚らなかった。好き嫌いのハッキリした御大だが、自分が嫌われても、自分が好きなものは好き、という愛情の見返りを求めないところに、御大の自立した魅力を感じたものた。それにキヨシローの「拓郎嫌い」は、たとえばライバル心や嫉妬や僻みのようなものの一切ない混じり気のない本当に「キライ」だったから、私も「拓敵認定」は避けてきた。なんだそりゃ。

 永遠の片思いかと思ったが、スーパーバンド時代にはキヨシローは吉田拓郎について「最近は会うと仲いいっすよ」と発言するようになり、やがて「心のボーナス」の提供、そして悲しくも幻となってしまったキヨシローの2009年の御大ライブチケットの入手に繋がる。
 殆ど交差交流のような二人だったようだが、つながりの物語が垣間見えるかのようだ。

☆なんといっても「一発録音」。良かった、アルバム制作を忘れていたわけではないのね。「2曲しかできていない」…というが、2曲も出来ているのかと思えば嬉しい。但し「アゲイン」と「僕のあたらしい歌」の2曲じゃなければだが。おい。せめて3曲あれば、あとは提供曲の本人歌唱と、未発表曲で埋められよう(爆)。楽しみにしている。…とはいえ、ライブはしばらくはないのかな。まぁいい。新曲だ。

☆「チック・コリアに対抗するには、松任谷正隆しかなかった」…この人の感性好き。とても好き。

☆「泣ける歌」は、涙を共有する企画ではなく、いかに人はそれぞれのバラバラな事情と感性で生きているかを確かめ合うコーナーなのだと知る。人はとことん違うものなのだという認識から、御大は、相互理解と世界平和を目指そうとしているに違いない。たぶん。

☆広島商大の先生は、「誰も知らなかったよしだ拓郎」によれば、大崎教授というお名前で、御大が、卒論を300枚も描いた話や「吉田拓郎くんはその気になれば学者になれた」と評していた。
 また宮崎先生も、後に自分の子どもが聴いている音楽からあの吉田拓郎くんだと知って手紙をくれたり(これは「気ままな絵日記」か)、当時の小学生の御大の思い出を詳しく語ってくださっている。
 こういう文章読むと、先生方の素晴らしさとともに、御大の魅力の周辺も浮かび上がってこようというものだ。
 御大は最近は山本コータローがキライのようだが、「誰も知らなかったよしだ拓郎」は、実によく調べられた素晴らしい文献であると思う。

☆ 「ホームにて」は泣ける。いる。身近にも聴いては泣き、唄っては涙で詰まらせる人がいる。名曲だ。
 しかし、御大の「駅とホーム」には、「制服(「故郷の廃屋はこれでしょう」)」「大阪行きは何番ホーム」という超絶泣ける歌があるのを忘れていまいか。港には、「ベイサイドバー」と「錨をあげる」いうこれまた佳曲があるのを忘れていないだろうか。空港についてはは五十嵐夕紀の「えとらんぜ」があるが、これは泣けないか。

☆ かおる はダメで たまこ はいいのだろうか。

☆また引っ越しか。今度はどこに行こうというのか。まだ旅を続けるのだな、カッコイイぞ御大。

☆それにしても断捨離とは。
 捨てるなら俺に(私に)くれ!! 整理するなら俺に(私に)任せてくれ!!という悶絶するような一群の人々の心の叫びが御大に届かなかったのだろうか。

2017. 6. 11

織田哲郎の「裏窓」「制服」あたりも聴いてみたい。そして、心の底から余計なお世話だろうが、御大、この機会に、是非、返礼歌として切ない名曲"Not too late"をライブで聴かせてほしい。クリアなボーカルで(爆)。織田さんの他の曲でもいいけれど、まさかZARDや踊るポンポコリンをカバーするわけにいはいかないっしょ。

2017. 6. 10

織田さんの"おきざりにした悲しみは"いいねぇ。小田じゃなく織田、"Not too late"の方…って知ってるよ。記録的なヒットメーカーでありなから、ずっと御大のボーカルをリスペクトしつづけてくださっていたことは知っていた。しかし、愛だけではなく、こんな言い方は失礼だが、まさに絶望をくぐり抜けたボーカルの凄み。それがやはり絶望を淵を観たような岡本さんのこの詞とも見事に呼応している気がする。愛と哀しみの静かなよりあい方が素晴らしい。徳永さんもイイがこれはキャンディーズへのレスペクトのような気がする。

2017. 6. 8

 (文学も)歌も、常にうつろうこの世界で生きている。でも、歌と文学は違う。歌は読まれるのではなく、歌われることを意図してつくられている。シェイクスピアの言葉はステージで演じられることを意図されている。それはちょうど歌が、ページの上で読まれることではなく歌われることを想定しているのと同じように。

 歌を意図されたままに聴いてみてほしい。コンサートでもレコードでも、人々が歌を聴く時に最近使う方法でも、どんな手段でもいいから。私は今一度、ホメロスに戻っていく。「ミューズ(芸術の女神)よ、私の中に入って、物語を語ってくれ」と言ったホメロスに。

                            ボブ・ディラン


 ボブ・ディランのノーベル文学賞のスピーチ。ホントに涙を流しながら読んだ。文学の侍従などではない音楽のチカラを語った。賞や評価なんかをはるかに超えてディランは素晴らしい。かつて「音楽を語れ、音楽で語れ」と言った御大と通底している。ボブ・ディランをキャッチした吉田拓郎、そして吉田拓郎にキャッチされたボブ・ディラン。ともにミューズに結ばれた二人を思わずにいられない。

 かつて「落陽の要らないライブが見えてきた」と語った御大。あれから10年。いつまで「落陽」「外は白い雪の夜」「春だったね」…を繰り返し歌っているのだ。お約束の懐メロ路線、そこにミューズなんかいるはずがない。スタンダードはもう十分だ。美しいパッケージのトリビュートにしばらく委ねとけばいいじゃないか。それよりも新しい子どもたち、そして何年も、何十年も久しく旅に出ていないたくさんの子どもたちを連れて最高の旅に出てほしい。
 
 ただの素人の自分なんかには皆目わからないが、きっと御大は本当のミューズの居場所を知っている。魂で知っている。ミューズの降りてくる本当の唄、バンド、ミュージシャン、シチュエーション・・・素敵な音楽の旅とその素晴らしい魂を見せておくれ。

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2017. 6. 5

ラジオでナイト第10回 2017.6.4

☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 こんばんは、吉田拓郎です。みなさんにも苦手なものがあるでしょう。

<家事全般得意ではない、夫にお掃除ロボット買ってもらったという投書>

 我が家にも一人いる。ウチの奥さんは家事が嫌い。でもキレイ好き。そうすると片付け掃除を始めると潔癖で凄い長い時間をかけてウンザリするくらい。それで家事がキライになる。「こんなのしたくない」と叫ぶが、そんな様子を30年観てきた。どうもしてあげられない。

<クジ運がないという2012.2014.2016チケット全敗という投書>。

 ・キライな上司。一位、責任逃れする上司。それは嫌だな。友人としても嫌。
 ・小学生の苦手な生き物(2011年)、 1.蛇2.トカゲ3.蛙‥ 僕も苦手 小学校で解剖してからか。4.鈴虫5.コオロギ…わからないな。6.猫

 ・キライな食べ物。昔、昭和20年代1. セロリ 2.レバー 3.納豆 みんな大好き。特に納豆大好き。納豆は飲める暗い好き(笑)。
  今は、1.ゴーヤ2.セロリ3.ピーマン。

 ・キライな家事  1.掃除…みんな嫌いなんだよ 2.アイロン 3.食器洗い4 .風呂洗い 5. 夕飯・・・これは、別れなさい(笑)。 朝ごはんは何とかなるが、晩御飯作るのがキライなのは困る。


■番組タイトル
 6/7 トリビュートアルバム「今日までそして明日からも吉田拓郎」が発売。非常に嬉しい。光栄だ。プロデューサーの武部聡志にありがとうと感謝したい。もちろんミュージシャンたちにも。このアルバムを楽しみにしている。先週も言ったとおりミセスグリーンアップルが良かった。最近、若者とも菅田将暉以来お付き合いがある(笑)。

 LOVE2で、kinkisと菅田将暉と並んでいた。20年前、17歳だったkinkiが、38-9歳になって、菅田将暉くんは20代。Kinkiが年下の若者を迎えているというのは新鮮だった。Kinkiがもうすぐ40歳、菅田将暉くん20歳、横に並んでる71歳。俺まずいな(笑)。Kinkiも年を取ったな。やがて菅田くんも彼らも歳をとり、こっちも歳を取るが150歳まで生きるつもりだ。日本が、世界が、どうなるか見届けたい。

 で、トリビュートアルバム。アレンジがいい。もちろんボーカルはもともと素敵だった。

M−1 やさしい悪魔  徳永英明 

■泣ける歌

 この一曲で涙腺が緩む曲を教えてください。  

<she  エルビス・コステロ 映画「ノッティングヒルの恋人」が泣けるという投書>

 ヒュー・グラントが好き。ジュリアロバーツも、プリティ・ウーマン、メキシカンの時は好きだったが、今、美貌が衰えたというわけではないよ(笑)。最近は、ジェニファー・ローレンスとか、ミシェル・ウィリアムスが好きだ。

 奥さんは、ライアン・レイノルズとかライアン・ゴブリンズが好き。自分は、男優ではマット・ディモンか昔から好き。

M−2 She エルビス・コステロ

 いいねぇ。同感。泣かせる。ボーカルもストリングスもいい。名曲中の名曲だよね。
ジェニファーローレンス…。

<井上陽水  青空ひとりきりという投書>
♪夏が過ぎ…じゃないか(笑)
<受験に失敗し、会社で孤立したとき青空を観ながら聞いたという投書のつづき>
 僕より先に陽水を知った。順番は変わらないのね、陽水好きなのね。それが君の運命だ。

M3 青空ひとりきり  井上陽水

 これライブで歌ったことある。フォーライフの頃、陽水のボーカルの歌い方はいろいろ変わる。吉田拓郎は変わらない。永遠のワンパターン。

< グラシェラ・スサーナ 「別れの手紙」思春期の恋移り、あなたより好きな人ができたという歌詞に泣けてしまうという投書>

 自分にはどうでもいいことだろ、おまえの浮気だろ(笑)。

Mー4 別れの手紙 グラシェラ・スサーナ

 これは泣けるんだろうけど…グラシェラ・スサーナさんの日本語に笑ってしまうのに、ごめんなさい。

■ラジオでナイトクラブ

 「苦手なもの」というテーマ。

<くさやのひものが苦手という投書>
 独特だよね。おれもホヤは苦手。

<虫という虫が嫌いという投書>
  僕も虫がダメ。跳ねている家蜘蛛、年に一度のゴキブリ。「おーい、虫」と奥さんに助けてもらう。「自分でやってよ」と言われるが「今詞を書いているところ」とか(笑)。

<うささん、スポーツは、見るのもやるのも苦手です。ソフトボールで反対のベースに走った。拓郎さんはスポーツ好きでも私にはちんぷんかんぷんという投書>
 (笑)実は僕は泳ぎが苦手。ハワイが大好きなのに。プールの片道、平泳ぎ、顔上げて泳ぐことはできる。顔に水に濡れると立ってしまう。
 臨海学校。泳げない組。頭に丸い帽子の上に赤い風船をつけられる。海で溺れたときにすぐわかるように。これが恥ずかしい。女子にモテない。最終日、浮袋で競泳。どんな気持ちかわかる? 嫌だったな。

 生き物では、虫、蛙が苦手。あとは、学生時代は、女子が苦手。あまり好いてくれないんだもん。
 あとは、高いところと 狭いところ。剛と俺はダメだね。LOVE2で、潜水艦、バンジーどちらも剛と俺は、やんなかった。

 映画は、SFが映画好きじゃない。CGはどうも好きではない。最近、朝が苦手になった。でも奥さんがドタバタと起きるので寝ていられない…ラジオ聴いてからブッとばされるな(笑)。苦手なことで奥さんにお願いすることは「おーい虫」。

■今週のマイ・フェイバリットソング

 今週は「アルバート・ハモンド  カリフォルニアの青い空」
72年。いかにもウエストコーストという感じ。サウンドも心地よい。LAを謳歌するような作品。
 しかし、ずいぶん時間経ってから、CAで成功を夢見て出てきた若者が厳しい現実に出会うという唄だった。雨が少ないところだが、二週間雨が降り続いたことがあるらしい。さわやかなサウンドだが、夢見てCAにやってきてみたが、自尊心も食べるパンも愛されることもなく、家に帰りたいという唄。サウンドからはとてもそうは聴こえない。

M―5  カリフォルニアの青い空 アルバート・ハモンド

 明るい歌と思っていたのに…ショックだった。


■エンディング

<21才だけどデジタルが嫌でアナログが好き、ラジオのアンテナ立てて聴いているという投書>
心根がいい。ラジカセが一部評価を受けている。カセットに録っておいたものをデジタルにしたが、カセットずいぶん捨てた。取っておけばわかった。

 そういうカセットとかの音源を今度持ってくる。CMソングとか。

<21歳ですがキャンディーズ好きです。銀河系まで飛んでゆけのデモテープが聴きたいという投書>

 (歌う!) 

「銀河系まで飛んでゆけ」は、梓みちよの馬飼野康二さんがアレンジしたものが秀逸だ。

<いま将来の夢ありますか? 学童保育の仕事をしているが、小学一年生に訊ねられたらどう答えるかという投書>

 自分は、夢多き人間。年齢に関係なく夢は持つ。10年たったら「バウ・リニューアル」をしたい。前回のハワイでやり損なっている。10年続けたらハワイ行こうか。キツイかな(笑)。

 昔の音源は、昔オールナイトニッポンで流したものとダブルかもしれないけれど持ってくる。

 お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆放送も第10回、おめでとうございます。

☆嫌いなものを語りながらも、アットホームな「明るい日常」を感じる放送だった。リスナーだけでなく、奥様にも語りかけているようだった。今の御大の心境というか境涯が覗けるようだ。

 ちょうど、古希を迎えた恩師の家にお邪魔して、そこで奥様も同席され、あれやこれやと話に花が咲く暖かな休日の昼下がりのような放送だった。意味わかんないよな。

 潔癖な家事、スポーツの話から臨海学校の風船の話、映画の話、「おーい虫」、朝が弱いけど奥様のドタバタで眠っていられない話・・・。どれも初めて聞いた話というより何度か聴いた話だけれど、こうして聞くと、どの話もほっこりとして何ともいとおしい。

 さらに恩師は明るく言うのである

「時に君は、カリフォルニアの青い空は夢破れた若者の話って知っていたかい」
「いいえ、でも先生、ロスにレコーディング行かれた時にも大嵐で、海も下水も氾濫して、ウンコが道路に浮いてて、『俺はもう帰るぞ』と叫ばれていましたよね(笑)」
「あんときは悲惨だったよ」
「それからね。この歳になっての夢はね、10年後に、細君とバウリニューアルをすることなんだよ。以前、ハワイでやる予定がポシャッたからね」
「ああ、あのハワイは残念でした。素敵ですね。是非僕たちもまた呼んでくださいよ。」
「ところで僕はね、150歳まで生きてこの世界を見届けてやるんだ」
「あー先生、それは是非是非、僕たちも頑張ります。先生、いつまでもお元気で。」

という状況を意味不明に妄想をしていた(笑)。先週受けた音楽著作権のセミナーで講師の方が「ファンクラブというけれど、本質は、イカレタ人たちの集まりです」と言われたが、自らそのとおりだ(爆)。

☆「青空ひとりきり」。そうだ歌ったな。78年大いなる人ツアー。イントロが「心もよう」のフェイクだった。御大らしい粗削りな歌い方が魅力的だった。この時は、世間的に厳しい状況にあった陽水への御大流のエールだったのだなと思う。それにしても陽水との順番にこだわる御大の小ささが素敵(笑)

☆カリフォルニアの青い空。こんなこと言ったら怒られるだろうが、この曲は、全編、浜田省吾テイストで感慨深かった。浜省が作ったんでないかい?

☆10年たったら「バウリニューアル」。いいなぁ。ああ、そうだったよな。バスは一号車だったんだよな。残念。何なら来年でもいいではないか。

☆「150歳まで生きてこの世界を見届ける。」心強い今日一番の一言である。

☆☆☆総括☆☆☆
 秘蔵音源=イカれた生徒たちが狂喜することをきっちりと認識された恩師。

帰りがけに

「キミ、今度珍しい音源を用意しておくよ。昔オールナイトニッポンでかけたのと重なるかもしれないけど、とにかくまた来たまえ。」と恩師が気遣いをもって言葉をかけてくれたようで嬉しい。

 毎週押しかけてしまうぞ。

2017. 6. 4

 「田村正和が再び眠狂四郎を演る」というニュースを吉田拓郎ファンの会の中の田村正和部会の部会長からいただいた。あるのかそんな部会。ある。部会報「阪妻がすべてだなんて言いませんよ」(未完)まであるのだ。正和氏の病気説もあって心配していたのだが、安堵した。眠狂四郎といえば市川雷蔵という人も多いが、絶対に田村正和である。いかに市川雷蔵が凄い役者であろうとも。井上陽水でも矢沢永吉でもましてや桑田佳祐なんかでもなく、絶対に吉田拓郎という確信と似ている。眠狂四郎も御大も孤影悄然と旅する人なのである。

 さてこの人も孤影悄然と旅する人、ボブ・ディラン。今や偏屈爺さんという感じだが、ビジュアルのカッコ良さにあらためてしびれている。あまりビジュアルが取り沙汰されてこなかった気がするが。イケている。

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2017. 6. 3

お土産にいただいたボブ・ディランの分厚くずっしりと重い全曲解説。ただ外国語だから読めない(涙)。しかし曲名と写真だけでも楽しめる。それにこの重さが語りかけてくるものがある。いいなぁ、欧米は。これを目指そう。御大、おまえもがんばれよ(爆)。

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2017. 6. 2

世界の"裏窓"から・・・今日はノイシュタットの裏窓・・・たぶん。♪おまえだけがカタチあるものよ、モノみな壊れ風吹く街に・・・。そういえばもう20年以上も前、田園都市線のとある駅前で、この唄を弾き語っていた見知らぬ青年がいた。御大の少し荒くれたボーカルと手風琴が胸にしみる名曲。この御大の子どもも静かに旅を続けているのだろうか。今は、どこにいるんだ。
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2017. 6. 1

 6月はいろいろあれど浜田省吾の♪6月の雨の雫、紫陽花の花、北鎌倉・・・。浜省が鎌倉に住んでいたころの御大を思って歌った唄・・・嘘だ、んなワケがない。そういえば夢と消えた御大の鎌倉ライブはもう10年も前のことか。NHKドラマの「ツバキ文具店」は観ているが、鎌倉、手紙の代筆屋、多部さん・・・と好条件が揃っているのだから、もっともっと面白く作れなかったかなぁ・・と素人ながら思う。この原作の小川糸(春嵐)さんは、浜省と共作で「砂の祈り」という名曲を書いた。おっ、浜省に戻ってきたぞ。

2017. 5. 31

 今回の朝ドラは観ないと決めていたが、気が付くと東京の女子寮が舞台になってからかなり真剣に観ている(笑)。ドラマでは脇役だが、映画「ソロモンの偽証」で見事な主役を張った藤野涼子さんが特に好きだ。凛とした可愛らしさ。それにしても寮の最後の合唱「見上げてごらん夜の星を」には感極まってしまった。これぞ泣ける歌じゃないの。

 アルバム「detente」発売時のどっかの雑誌のインタビューで、御大は自分から「見上げてごらん夜の星を」を挙げて「これからはこういう唄を歌っていきたい」と語っていた。しかし、まだ辛うじて20代だった自分は「拓郎、情けないこと言うなよ」とトホホな気分になったのを覚えている。私にとって御大は常にロックでシャウトする英雄であってほしかったのだ。

 もちろん、今となっては、この唄もこの唄を選んだ御大の魅力も身に染みてわかる。青臭く勝手だった自分が恥ずかしい。でもまぁあの時は、それはそれで切実な御大への思いだった気がする。御大の子どもたちを、その時のリアルタイムの小さな器でしか理解できなかった申し訳なさを悔い、だからこそわかる御大の作品の素晴らしさを見上げることが、名もない星のささやかな祈りだ。だからミセスの流星も時間が経ったら、素晴らしかったと反省するのかもしれないが、もう時間はそんなにないか(笑)。

2017. 5. 30

 加藤和彦のオールナイトニッポンの吉田拓郎ゲスト回の筆録の載ったHP(Tfさん)を教えて貰った。40年前にほんの一瞬だけ聴いたあの放送に逢える感激。そうか「午前0時の街」は、メロ先なんて単純なものではなく、スタジオに入って試行錯誤でメロディーを作り上げる実験だったのか(単に間に合わなかっただけかも)。ともかく当時中学生の自分には理解できんわな。御大とトノバンの会話の妙味も嬉しい。
 それにしても、これに限らず、この方は膨大な御大の言葉を一字一句大切に起こして刻んでおられる。冗談ではなく何より尊い世界遺産の保存。今さらかもしれませんが平伏して感謝申し上げます。

 そして、御大、あなたの子どもの「流れる」は、今ごろどこを旅しておられるのだろうか。前回の放送以来、そのことが気になって仕方がない。

2017. 5. 29

ラジオでナイト第9回 2017.5.28

☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 こんばんは、吉田拓郎です。

<熊本の方、家で寡黙な父、箸がでるまで待っている夫という投書>
 九州男児。 西郷隆盛の話が有名だが、あれは奥様が掌で泳がせていたという説があり、九州の女は懐が深い。

<マイトガイ小林旭に書いた「ハーモニカの唄」があったという投書>
 オマエ俺の古傷に触れるな。原辰徳、真田広之も作ったが、覚えていない。
最近は、森進一「夜行列車」が浮かんでくる。<♪本当に一駅だけだぜ…>詞は悪いが、曲はいいじゃないか…と思い始めている(笑)。

 春は運動会の季節。秋と思っていたが、秋は文化祭とか、子どもが忙しいらしい。子どもの都合でいいのか。特に今年は5、6月とむちゃくちゃ暑いぞ。

 自分の小学校の時の運動会は悲惨だった。足が遅かった。球技は得意で選手にも選ばれたが、陸上競技はダメだった。徒競走はビリ。変わった少年で、母親によれば、ビリになっても笑顔になって観客席に手を振りながら走っていたらしい。母親からなぜビリなのに笑っていると怒られた。人間が変わっていた。ビリでも嬉しかった。
 もうひとつ体育で跳び箱が苦手、何段でも飛べない。跳び箱に座ってしまう。体育の時間は嫌だったな。

■番組タイトル
 6月7日にトリビュート「今日までそして明日からも吉田拓郎」が出る。武部聡志くんがトリビュートアルバムを70歳記念ということだが、それは別にして人選に苦しんだようだ。
 出来上がりは、トリビュートでは一番思うのは、自分の作品が手元から離れて子どもが旅に出ている感じがある。ちょっと一人旅…いい旅を選んだなと思う。僕の子どもたちが旅に出たんだな。その中でもこれは、ぶっとんだ。この人たちは間違いなく大ブレイク間違いなし。よくぞ、ここまでやってくれたという感じ。

M−1  流星  ミセスグリーンアップル

 今後注目だ。しびれるな。新曲みたいな新鮮さ。

<なつかしのLOVE2の復活ニュースに驚いたという多数の投書>

 先日LOVE2の復活を収録した。実は、昨年からオファーがあって打ち合わせが続いていた。光一、剛がなんか拓郎さんとやりたい。彼らには番組のハワイが印象的だった。ハワイへでも行ってという話が端緒だった。打ち合わせを重ねて「LOVE2をやろう」という自分の話から復活に繋がる。一番不安だったのは、篠原ともえのプリプリティ。今や妙齢の女性でデザイナー、お綺麗になられた方がどうなんだろう。篠原にメールすると「やります。絶対やってみせます。」ということだった。

 もともと光一、剛は、メールを出してもなかなか返事が来ない。スタジオに入ってから、光一から返事が来たくらいだった。スタジオで再会の瞬間。20年間のブランクが瞬時に消えた。ずっとやっていた感じ。不思議な感覚。スムーズにできた。
 ゲストの菅田正暉。もはや親友。古館伊知郎。どっちも面白い。トークのところがメチャクチャ面白い。「トリセツ」で光一とトークバトル。「なんですか、こんな歌」という光一に、さすがに拓郎さん怒りました。「そんなこと言ってるからおまえたちは幸せになれないんだ。」…面白かった。

 「久しぶり、懐かしい」じゃなくて、これがやりたかったよね・・・ということでみんな一致した。


■ラジオでナイトクラブ
<「アロハオエ」流れる>
 ああ行きたいな。空港で、飛行機の中で、これを聴くと、ハワイを去るのが寂しい、今度いつ来られるかと考えてしまう。
「泣ける歌のコーナー」

<悲しみのアンジーという投書>
 そういう曲だが、ミック・ジャガーのボーカルで泣けるか。
<エルトンジョンCandle In The Wind><悲しくてやりきれない>
<兄ちゃん><なごり雪><となりの町のお嬢さんのB面の「流れる」>
<中村ブンさんの母さんのゲタという投書>

M-2 母さんのゲタ  中村ブン
 んー、僕は泣けないな。こういうフォーキーなのは泣けない。<悲しみのアンジーを歌う>こっちの方がまだ泣けるかな。こういうアルペジオで泣けない。音楽は好き嫌い。この人の感動とこの人はキライというのはある。それは使用がない。吉田拓郎が大嫌いな人もいる。
<テレサ・テンの香港で泣けるという投書>

M-3  香港  テレサテン
<メロディー反芻してみせる>。泣けないね。天邪鬼だね、吉田拓郎。気が合わない。
 いい曲だけと。 ♪ダンダンディディンドゥ…<サントリーのCM>
こっちの方が泣けるね。

<硬派だったが歳をとると涙腺が弱くなる…「仰げば尊し」という投書>
 これはしょうがない。これは泣ける。たとえ森繁久弥が歌っても。これには異論はない。

M-4 仰げば尊し  不明

 これはずるい選曲だな。卒業式泣けるよな。作者不詳か。これは辛いな。

<披露宴での はしだのりひことクライマックス「花嫁」という投書>
 これは泣けないな。不思議だね。はしだのりひこポップじゃないか。泣かせるグループでもないし。確かに泣かせるグループはあるけれど、これは楽しく聞いた思い出がある。

M-6 花嫁

 この曲を聴いたら泣けるよ…推薦してください。

■今週のマイ・フェイバリットソング

 今週は「ジミー・ジョンズ  グッドタイミング」

 一番最初に買ったシングル盤。嬉しいくらい楽しい歌だった。。坂本九さんで知った。なぜかというと、アメリカンポップスは、夢とか愛とか平和で…とにかく平和なんだよ。
後に、リアリズムになって歌が難しくなってきた。バカな唄と言われるようになった。♪うぉううぉう、いぇいいぇい…言葉に何の意味もない、合いの手みたいなもの。僕は、あの時代のノー天気 あ、これが一番だ、ノー天気。まったく罪がなくてよかったな。ややこしくなった最近の音楽。

M―5  ヘレンショベロ  悲しき片思い

M―6  ニールセダカ  小さい悪魔

 その後に、カーペンターズがイエスダディ・ワンスモアを歌う。「あの頃のすべてのシャラララ、すべてのウォウウォウが良かったと歌う。

M―7 イエスタディ・ワンスモア  カーペンターズ

 そう、いまでも輝いている。そういうのが、すっかり無くなってしまって、アメリカどうなのよ。昔は無条件な憧れがあった。


M-8 グッドタイミング ジミー・ジョンズ

 こういうのが自分のルーツにあるな。今でも大好きだな。ジミー・ジョンズ。

<エンディング>
 アメリカンポップスあり、演歌あり、R&Bあり、考えてみると自分のルーツがよくわからない。わからないよね。それがいいよね、


 お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆そうなのか「ハーモニカの詩」は古傷なのか。いい曲だと思うぞ。原辰徳は「季節の風の中で」だ。うっかりするとアイツの唄と間違えそうなタイトルだ。確かに詞は古い青春モノみたいだし、原辰徳の唄はキモかったが(爆)、味わいのあるメロディーで大好きだった。♪友よ、若さはぁぁぁのところの展開は聴いてて清々しいチカラが湧いた。真田広之の「砂漠の都会に」もそこそこヒットしたと思うし、いい曲だった。

 ともかくひたすら発掘を進める崖っぷちのメロディー探検隊としては、御大自身に発掘されたくないメロディーがあることを知った。うーむ道は険しい。

☆自分の不明をさらすようで恥ずかしいが、ミセスグリーンアップルの「流星」。ちっとも良いとは思えなかった。かつての手島葵の流星の素晴らしさはわかったが。こりゃわからん。

☆ 「あなたの泣ける曲を教えてください」と募集しておいて、投書してきた方々に「これは泣けないな」「君とは合わないね」と撃破するとは、本当にとんでもない御大だ。
 好きではないがこれが谷村新司とかだったら、一曲一曲「母さんのゲタ、これは泣けるね」と共感の輪を広げていくのだろうが、さすが御大は傍若無人である。
 上等だ。天邪鬼でムツカシイ爺さんをいかに泣かすかというゲームの開始だ。みんな頑張ろうではないか。

☆ 「サマーピープル」「無人島で」「あいつの部屋には男がいる」…思いつくだけでも御大の様品に頻出するウォウウオゥイエイエイのルーツが明らかにされた。あれは、困ったときの埋め草かと思っていたが、ポップな理由があったのだな。
 昔、武田鉄矢が御大に「ウォウウォウイェイェイは詩人としての敗北である」と意見したら、頭を叩かれたと言っていた。このウォウウォウイェイェイは、詞ではなく、ポップなメロディーからあふれ出た感嘆符であるということがわかった。

☆今日の問題点は、名作「流れる」をいとも簡単にスルーしたことだ。投書者の方は、実にいい感じで御大に「流れる」を思い出してもらおうという細やかな気配りが感じられたが、御大の完全スルー。ってかよく憶えていないとか言ってなかったか。
 Uramadoも「流れる」は超名曲としての大絶賛しており、この曲をライブでもう一回聴くまで死ねないと思っているくらいだが、やはり辛い心象風景の作品なのだろうか。私のような鬼畜なファンが必要以上に騒ぐから、天邪鬼になってしまっているのだろうか。なかなか難しい。名曲の再生を願ってやまない。

 それにしてもいかにスターとはいえ、御大のメールに返事しない光一、剛はどうなんだ。御大、試しに私にメールしてみろ(爆)

☆ 「禍福は糾える縄のごとし」「幸福だけでよられた縄は無い」という向田邦子理論。ロック、R&B、アメリカンポップス、フォーク、歌謡曲、演歌、そこに愛と悲しみを交えてさまざま音楽と情感がより合って糾われた御大の音楽の強さを思う。

<総括>
 第9回ということで、連ドラであれば、そろそろ大詰めであるが、もちろんそういうもんじゃないので、熟成度を増しながら、たゆとうように番組は進む。進んでいってほしい。

2017. 5. 28

社会人ラグビーの応援と観戦。風が気持ちいい。監督が始終、怒鳴っている。そのうちに「もっと、もっと、もっと来ーいっ!」、そんなこと叫ばれると私の心は勝手にあの日の篠島に飛んで行ってしまうじゃないか。
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2017. 5. 27

 加藤和彦のオールナイトニッポン。自分で言っといて殆ど記憶がないが、殆ど聴いていなかったからだ。月曜日の御大の後枠だったはず。記憶にあるのは、御大がアルバム「明日に向って走れ」発売近辺にゲスト出演したことと、川村ゆうこが2ndシングル「孤独なランナー」のプロモーションで出たことくらいだ。「孤独なランナー」を聴いた加藤和彦が、川村ゆうこに「前の曲(風になりたい)の方が良かったね」と話してて、ハッキリ言うなぁと驚いたことを覚えている。
 でも♪あーあー青春はー孤独なランナー…って結構好きだよ。ああ青春みたいだって、おんなじ松本隆だからいいじゃないか。大野克夫さんの拓郎節もカッチョエエ(爆)

2017. 5. 26

 御大のさいたまライブとかの後は帰りが心配なので、いつも東京駅まで戻ってそこで飲む。しかし、東京駅地下の店は終わりが早い。どの店も忙しそうな店員が出てきて「○時ラストオーダーなんですけど…」と言う。親切で言ってくれているのだろうが、ひねくれ者の自分には「ったく、もう店じまいなんだよ」という声に聴こえる。
 ココもダメ、アソコもダメとうろついて切ない気分になったところ、最後に小さな居酒屋の前で、店のおじさんが「ごめんなさい、あとちょっとでラストオーダーなんですけど…でも良かったら呑んでってくださいませんか。」とやさしく言ってくれた。もう、おじさんにキスしちゃおうかと思った(爆)。たった一言の温かみが嬉しい。

   午前0時の街はいかがですか
   似合いの服を選んで着るように
   好みの店に
   ぶらりと歩けば 身体も足まかせ
   今夜をどうぞ
   やさしいあの娘と一緒に待ってます


 あの優しくwelcomeな歌を思い出した。いい店とめぐり会いたいものだ。それにしてもあらためて心安らぐいい歌だなと思う。確か加藤和彦のオールナイトニッポンにプロモーションで出たとき、御大はこの唄はメロ先だと言っていた記憶があるのだが、どっちが先でも隠れた名曲。

2017. 5. 25

 最近所用でよく東京駅の地下を歩く。どうしたって「制服」が浮かぶ。御大の本人歌唱は別格として、2008年のトリビュートアルバムの下地勇のカバーが絶品だ。この下地Verは、この曲がフォークではなく極上のブルースであることをしっかり見抜いて歌い上げているところがツボだ。聴くたびに涙が出そうになる。そして聴くたびに下地勇・・・誰なんだと思う。すまん。

 今や東京駅地下は、キャラクターストリート有り、アンテナショップ有りと栄誉栄華のお祭り騒ぎ状態に驚く。学生の頃は、うらぶれた寂しい場末感が漂ってて、隅に行くと実にテキトーな飲食店も結構あり、それはそれで味わい深かった。今のこの明るい全力感がどうも鬱陶しい。余計なお世話だが。

2017. 5. 24

 ライアン吉田。ライアン・ゴズリング。"ラ・ラ・ランド"は観ていないが、”きみに読む物語”でその若者を知った。とにかくこの映画はオープニングだ。夕暮れの川を一人静かに舟を漕いでゆく老人。
 しぼったばかりの夕陽の赤が、ためらいもなく夕映えに燃えて、僕の肩を貫いてゆく・・・カヌーは一人乗り。その毒気すら感じる美しい夕景のオープニングに、本編の話もライアン・ゴズリングもすっかり忘れてしまった。おい。いや憶えているが、もはやこの二人の人生の旅路は私なんかが語ることではない。

 ともかく何かの象徴のようなオープニングのt.yな景色なのだった。


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2017. 5. 23

 神田広美さんの夫は穂口雄右さんなのか。穂口雄右さんといえばキャンディーズだ。中学3年生の夏、キャンディーズの新曲「夏が来た」を聴いたとき、絶対に御大の作曲だと確信して「拓郎がキャンディーズに曲を作ったぞ!!」と学校中に触れ回ったら、穂口さんの作曲で顰蹙を買った。御大が「やさしい悪魔」を書くまでの間、肩身の狭い思いをしていた。それにしても、見事な拓郎節のツボ。御大本人もこうも見事には作れまい(爆)。

「やさしい悪魔」がヒットし始めた頃は、すでに中学校を卒業していた。なので今こそ中学の同級生に「みろ、吉田拓郎はキャンディーズに名曲を書いたろう」と涙ながらに訴えたい(爆)

2017. 5. 22

ラジオでナイト第8回 2017.5.21

☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆
 こんばんは。自分の名前をお好きでしょうか。吉田拓郎は、子どもの頃は名前で悩んでいた。
 拓郎なので、拓ちゃんとか言われていたがあまり好きじゃなかった。
 苗字の吉田も。吉田、山田、和田・・・・学校では、あいうえお順の最後の方なのでなんでも最後。身体検査の時、着替えていると次の女子の青木あたりが迫ってきている。吉田も嫌だった。

 プロデビューしても、郷ひろみ、西城秀樹とか。吉田拓郎はあり得ない。なので、入江剣を提案した。剣ちゃん?、拓郎でいいじゃんと言われた。

男の子名前ランキング2016
 @柊希しゅうきA凰おうB颯かけるC陽翔はるとD大翔だいとE凛空りく・・・

1946年生まれ
 @稔 A和夫B清C弘D博E豊F進G勇H進I修

 なんかもうどうでもいいな(笑)

女の子名前ランキング2016

 @心陽こはるA心桜こころB和楓ほのかC唯愛 ゆうなD紬つむぎE凛りんF向日葵ひまわりG杏月あんずH叶愛とあ

1946年
@和子A幸子B洋子C美智子D節子E弘子F京子G悦子H恵子I美代子

※名前ランキングはさすがにラジオだけではわからないのでサイト検索して書いています。
 みーんな「子」か。安易だ(笑)

 吉田拓郎の名前を変えるとして、「吉田ドロン」「アラン吉田」…アラン・ドロンよりカッコイイと思っていたときがあった(笑)ライアン・ゴズリングにちなんで「ライアン吉田」とか、カミさんが好きなサッカーの遠藤保仁で、吉田保仁とか…

 「吉田拓郎」を誰かが襲名するとして2代目に譲るとなったら、坂崎には譲らないよ、絶対譲らない(笑)

 自分の名前というものはそれで一生を過ごすもの、拓郎も定着してきたからいい。もし剣さん、正さん、清さんと呼ばれていたらどうなんだろうな…運命的なものを感じる。

■番組タイトル
 デモテープ。ファンにはたまらない。78年7月1日発売 神田広美 「ドンファン」
 松本隆に聴くと、原宿でレミーマルタンの水割りにレモンスライス浮かべて飲んでいた自分がモデル。そんなやつ原宿にはいなかった。
 ヨーロッパに行ったとき、そこで日本人に教わった。こんな風に飲むのが流行している。レミーマルタンを水割りでしかもレモン・スライスを浮かべる人もいなかった。

 ドン・ファンの詳しい意味はわからないが、イメージは、フランス、女たらし、プレイボーイ。 松本隆が吉田拓郎をイメージして作ったというが、俺はプレイガールたちの中で踊っていないよ。プレイガールは俺なんか相手にしてくれなかった。

 安井かずみ、加賀まりこさんたちプレイガールの人たちはみんなフォークをバカにしていた。その中でズズはひとりだけ可愛がってくれた。髪のにおいをかいでなんのシャンプー使っているの?とかかまってくれた。
 フォークは、毎日汚い恰好で、そのままステージで歌って、そのまま飲みに来ると怒っていた。

M−1 ドンファン   デモ・テープ 

 4チャンネル。ベースとギター2本と歌だった。馬飼野康二は、デモテープに忠実に作ってきてくれた。ギターのフレーズをそのまま使ってくれている。

M−2 ドンファン  神田広美

<拓郎はカッコイイ、剣はしっくりこないという投書>
 「アラン」 「ドロン」 「ライアン」と呼ばれたい

<姓名判断で名前を3回変えたという投書>
 姓名判断あまり信じない。名前を変えるという感覚もわからない。

<成人の日生まれで成人。予定日の一日前に生まれたけど父親がいいやとその名前に。  固定の日じゃなくなったという 仕事先にメールが届かないのは「成人」でアダルトでフィルタリングされていたという投書>
 (笑)
 姉貴・宏子。区役所で字が違ってた。誕生日も生まれた日と届け出日と二つある。うちも父親がいい加減だった。

<雅子 みやびやか 気に入っている投書>
 自分で自分を雅やかというな(笑)
 太陽の「陽子」という名前が好き。

<裕子ひろこ…石原裕次郎と説明していたが最近は若い人にはわからないという投書>
木村拓哉くんの時に「拓哉」が増えた。木村拓哉くんに拓哉の拓、拓郎の拓 開拓の拓は珍しいと話し合う。

 開拓の拓は、親父が、田んぼを耕して開拓しろという意味でつけた。違う形だが、ある意味目的は達したと思う。

 それにしても、正広、拓郎、哲朗。宏子・・・「ろ」が好きだったのか

 吉田の「吉」。土の上と下どちらが長いのか。兄貴の家族からの手紙は、吉田の「土」の下が長いけど、自分は下が短い。吉田というのは、昔、良い田んぼがあったのか。苗字のいわれも考え面白い。

■ラジオでナイトクラブ

<ローハイドのテーマ> 懐かしい。よく観た。

 ジーンズがウォッシュでなく、ブルー・ジーンズに、ガンベルトを買って、コルト45のモデルガンを差して、広島の目抜通りを銃を抜いたりしまったり、イキガッテ歩いたものだ。  

 西部劇やっぱりジョンウェイン。テレビでは、ローハイド、ララミ牧場、ボナンザ、ライフルマン(チャック・コナーズ)、ワイアットアープ、 夢中になったなぁ。

 クリントイーストウッドが出ていたローハイド。フェイバー隊長エリック・フレミング、 
ララミー牧場のジェス・ハーパーのロバート・フラー。淀川長治さんが解説していた。 
ボナンザ、別名カートライト兄弟…

 いい男が好きだったのかもしれない。
<電気屋の娘だったので西部劇を観まくったという投書>
二枚目が好きだった。

<映画館閉館の際の特集で「リオブラボー」を観たという投書>
リッキーネルソン。ディーンマーチンが主題歌「ライフルと愛馬」。これがいい。

 結局、古き昔の日本の父親像みたいなものか。西部劇もそういう役割をが果たしていたのではないか。しかし、その後、リアリズムで、そういうものは嘘なんだと言われ始め、インディアンたちへの差別とかも指摘されてヌーベルバーグによって、ジョンウェインが疎まれるようになった。

 僕たちも同じだ。 既製の歌謡界を斜めで観て、そんなのインチキだと僕たちが出てきた。
 そうなると本物がすたれてしまう。よくない。ズズが「日本の音楽をダメにしたのはあなたたちだ」と言ってたけどある意味ホントだ。 古館さんの対談で言った通りも本当は、僕は、ナベプロでジュリーと張り合いたかったんだから。

 ジョニー・キャッシュのこの曲を聴くと「ああ西部劇」という気持ちになる。 

M−3 ゴースト・ライダーズ・イン・ザ・スカイ

デタラメの英語で歌っていた 「ユピアイエーYippie yi yaaaaay」を再現。

※Yippie yi yaaaaayも歌詞を検索して書いたものです

■今週のマイ・フェイバリットソング

 今週は「潮来笠」
 佐伯孝夫・吉田正  これは現代の筒美京平・松本隆ではないか。

 高校の時、イタコ刈だった。当時は、しびれたものだ。今になるとわからない。
髪型にはブームがあって、サーファーカット、聖子ちゃんカット、ウルフカットとかもあった。

<2番の歌詞を朗読>この歌詞がわかったのだろうか。橋幸夫が17歳。同世代若者がキャーキャー夢中だった。なんでだろう。わからない
潮来の伊太郎という人が三度笠で股旅・・・そういう世界だよね。。
この歌が若者に受けた意味がわからない

自分は、橋幸夫派だった。

M―4 潮来笠


<エンディング>

<オープニングの曲を訊ねる投書>

 僕の趣味。アマチュア時代よくカバーしていた「フォー・トップス」の「いとしのルネ」。そしてエンディングは「セイム・オールドソングス」。
 どうせ吉田拓郎はフォークだと思っているやつら、こういうR&Bが好きなんだ。フォークではない。このラジオがいつまででききるかわからないが これからも潮来笠とかいろいろ好きな曲をかけていく。最後まで勉強だよ。


お相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆名前に悩んでいたという御大の話は何度も聴くが、どうにも実感が湧かない。ファンにとって、「吉田拓郎」は、もはや単なる名前ではなく、そこに自分の人生の多くを捧げてしまった輝ける特別のワードだ。故事成語・四文字熟語のような確固不動のものなので、この「吉田拓郎」に悩んでいたとか、それ以外の名前とかは全く想像がつかない。

 姓名判断は自分も信用しないが、それでも、この名前とこの偉業の結びつき、何か人智の及ばぬ運命的なものを感じてしまう。

☆「名前」「西部劇」と二大テーマで盛りだくさんだったが、核心は「父親」だったのではないかと思う。
 名前とは、親が授け、授けられた名前をバトンのように子は生きる。それは御大の場合「父親」だったのだろうね。
 「吉田町の唄」にもあるように、畑を開拓しろと託された名前。御大は、ちょろっと「父の願いは別の形だけど実現された」と控えめに語った。子は生きて、父の命名を実現したのである。ここじゃないかな。昨日のポイントは。勝手に決めるなよ(笑)。

 「成人さんの命名」の話は、話としても抜群に面白いが、そこに覗く父親の姿があって、御大に触媒のように働いているところが、また素晴らしい。

 「この名も故郷も静かに生きる」という吉田町の歌のフレーズがしみる。

☆ 西部劇は、ありし日の理想の父親像のようだと御大も語った。ジョンウェイン。開拓の理想の父でもあったのか。既製のものを開拓するにあたって生ずる軋轢。文句を言われながらもかばってくれたズズの話は、そんな開拓の象徴かもしれない。

☆ 同じ開拓の拓でありながら、あちらの若い拓は、昨年、開拓すべきところで、しくじってしまったのではないかと思うが・・・余計なことだ。すまん。

☆個人的には「ボナンザ」が好きだったな。子どものころ家族で見ていた。再放送だったのかな。開拓者魂と家族愛がテーマだった。投書の方も言っておられた三男ジョーのマイケルランドン。「ボナンザ」終了後そのスピリットを続けたいということで、「大草原の小さな家」という一大ドラマを制作・主演した。話も年代も食い違うが「ボナンザ」と「大草原」は、家族と開拓というところで繋がっている。・・・・というメールを書いたが読まれなかった(爆)

☆御大の潮来刈は、「誰も知らなかったよしだ拓郎」の口絵写真で拝観できる。90年に短髪にしたとき、潮来刈にもどったのかと思ったが、そうでもなかったようだ。

☆あの、デモテープの4チャンネルの音、ファンにとってなんかすげー懐かしいね。たぶん碑文谷だよね。若き日の長渕が遊びに来て、この4チャンネルにハマってしまって部屋から出てこなくなってしまったと苦笑していたのも懐かしい。

・・・あ、だからデモテープは全曲かけてね。お願い。

☆オープニングとラストの曲。もちろん知らなかった。よくぞ投書者の方が訊いてくださったものだ。ありがとうございます。

☆☆総括☆☆☆

☆「フォークじゃない」。御意。わかりましたってば。名前も開拓も何もすべては音楽のため。音楽家吉田拓郎を存分に展開してください。御大から「最後まで勉強だよ」とのお言葉。いいね。嬉しかったりする。今週は吉田の「吉」の正しい描き方を勉強した。違うか。
 御大、ララランド観たんだな。どうだったんだろう。

2017. 5. 21

 予告どおりなら今夜はドンファンだ。ドンファンといえば、当時、御大はセイヤングで、神田広美さんにもっと口を開けて歌うように指導したと言い、神田広美も歌謡番組で「拓郎さんの指導を意識して歌ってます」と健気に話しており、感動したものだ。しかし、わりと最近になってラジオで御大は「神田広美さんには会ったことがない」と言っており(爆)、神田広美さんの公式HPではドンファンの記載がなかった(爆)。なんか孤独だ。
 思い出すのは、武田鉄矢が「101回目のプロポーズ」の撮影で浅野温子とスタジオで会った時に「初めまして」と挨拶された話だ。武田鉄矢は寂しそうに「あの人の中で『RONIN』はもう無かった事になってるんですね」としみじみ語っていた。
 もし今、御大が神田広美や浅野温子と会ったら、彼女らは「初めまして」と挨拶し、御大も「あ、どうも初めまして吉田です」とかいうのだろうか。事実のカタマリがイコール歴史となるのではなく、歴史とは事実という具材がほどよく入って、いろいろ味を加えて、最後にソースとマヨをかけられたお好み焼きみたいなものではないかと思う・・・って何えらそーに語ってんだよ(爆)。

2017. 5. 20

 5月20日はマラソン記念日。83年、武道館で前奏曲として流れた「マラソン」を初めて聴いた日を勝手に祝っているだけだ。
 田家さんの文章に、御大が「これより良くなかったらミュージシャンはクビだぜ」と言って「マラソン」のデモテープを聴かせてくれた・・というくだりがあった。たぶんラジオ特別番組「吉田拓郎 行き止まりまで走ってみたい」の収録の時だろう。幸いミュージシャンはクビにならず、完成版の「マラソン」は世に出て今につながる。魂の底からの傑作。わけても御大の圧倒的で悲愁に満ちたボーカルと、その背後で、硬質のピアノが、まるで蒲田行進曲のヤスの階段落ちのように転がりながらなだれ込んでいくところの圧巻さ。どうしても違う例えが浮かばぬ。この絶品のピアノは中西康晴か。とにかくすんばらしい。
 しかし、それはそれで、とにかくそんな演奏を作らせた「御大のデモテープ」が超絶聴きてぇぇぇぇぇぇ。これをもって今年のマラソン記念日の叫びとさせていただきます。
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2017. 5. 19

 雨畑氏が渡独するのでNinjin design officeも大忙しのようだ。渡独といえばドイツ語を「独語」と表記するのを見るたびに、心の中で「ひとりごとかよ」とツッコミを入れ♪丘をのぼって…が流れ始める。どうでもいいことだが、いつもどうでもいいことしか書いていない。
 そしてドイツといえば、ベルリンの壁が崩壊した直後に、突如、かまやつひろしさんが、ベルリンの壁の上に現われて「バンバンバン」を歌った。あれはなんだったんだろうか。その後、壁のあったところで意味不明に怒って歌っていた憂国の歌手もいたが、思想・信条・主張とは無関係に、あの場所でひたすらハッピーに歌っていたかまやつさんこそ無敵に素敵だと思う。あれをボーナストラックにした当時のフォーライフもなかなかのものだと感心する。

2017. 5. 18

 「車」「ナンパ」「ホテル(カリフォルニア)」と聴けば、どうしたって”チェックインブルース”を思い出す。”♪・・・着いたら激ぇしくぅ抱いてあげるからぁぁ MOTELはもうすぐさ!エンジンが燃えるぜ!”ひー。御大もすげぇ歌作るなと驚いたもんだった。究極の”やる気ソング”とでもいうのだろうか(爆)。御大はよく、小田和正の”♪君を抱いていいのぉ”を揶揄しているが、あなたのこの歌の方が凄いですからと言いたい。
 また忘れた頃にこの曲を東京ドームのオープニングに持ってきて、この大舞台に、よりによってこの選曲は何なんだぁぁぁ!と驚きつつ、これまた超絶カッコ良かったりするので、もうわけがわからん。

2017. 5. 17

 めざましテレビで一瞬観ただけだが、篠原ともえが完璧シノラーになっていたのも凄かった。年齢を重ね、キャラも落ち着き、デザイナーとしても名をなしていたのに、迷いもテレもなくあのシノラーへの戻り方が実に爽快なまでに素晴らしい。伊達公子が、今もコートに立つのと同じくらい感動的だった。しかし、音楽番組なのだから、やっぱゲストは歌手かミュージシャンじゃないかい?次回を期待してしまう。

2017. 5. 16

LOVE LOVEあいしてる スペシャルで復活…ってもう収録していたんだ。あの人は出なくてもいいけどあの人は出てほしい…とか考えだすといろいろあるけれど(爆)ワイドショーのニュースで流れた御大とkinkikidsとシノハラの映像を観て、すべてふっ飛ぶ。いいなぁ。そうだそうだ、こうだった。相変わらずシャープでリラックスしたような今の御大の居姿も嬉しい。光一君の楽屋での「レギュラーでやりますか」の御大の「ちょっと待とう」…脈はある(笑)。

2017. 5. 15

ラジオでナイト第7回 2017.5.14

☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆

 車の話。高校卒業後免許を取ったがお金が無くて車が買えなかった。
東京に来て、収入を得てから車を買い始めておよそ16種類。

 最初、CMの関係で@スバルレックスを貰った。

 かまやつさんの乗っていたミニクーパーに憧れたけれど、高くて買えないのでAホンダシビックに乗った。これがいい車だった。もう一度乗りたい。

 三代目は、印税が入っていたので、中古だったが外車のBジャガーXJ6。店で「これ、ちょうだい」って言って買った。

 Cフォード・ムスタング

 Dアウディ

 EBMW320i

 また同車のFオープンカーを買った
このオープンでツアーの時、四国まで事務所の人間と一緒に行った。

 Gベンツ450SL H同車 白
 Iポルシェ924  
 いたく気に入っていて、逗子に住んでいたころで、東京の仕事LOVE2あいしてる にこれで通っていた ゆっくり走らせてトラックに追い抜かれていた。

 Jスズキ・ジムニー  Kinikiにすすめられた。可愛い。半年くらい乗ったか。

 Kジープ・ラングラー
 色をブルーに塗り替えたらハイライトと同じ色になってしまった

 Lベンツのゲレンデバーゲン
 堂本光一に推されて

 MアウディA1
 坂道発進で下がるのが怖い。

 NBMW 116i

 そして今は、O車種は言えないが、自慢の車。「きゃああ拓郎さん可愛い」と言われるような車に乗っている

 若者には車離れが進んでいて、市場も縮小している。先週の放送でも、「ひっかけろ」と拓郎おじいちゃんがいったでしょ。若者よ、車がないと女は落ちないぞ(笑)、めちゃくちゃなことを言う71歳。

※車種についての整理は、先輩ファンの方のメモのお力を全面的にお借りしました。ありがとうございました。

■番組タイトル
 広島時代、デートでドライブをする。知り合いの女の子に電話して車を借りた。三菱ミニカ。借りといて違う女性を助手席に乗せる。いい時代だった。ナンパには車だ。

 今でも運転していて素敵な女の子を見つけると「わお」とか言っている。

 東京来る前1966-7年頃、秘蔵のものが出てきた。大学生の頃の吉田拓郎の歌が聴ける。幸せ者め。心して聴け。

 ダウンタウンズ。浜ちゃんじゃなくて、「恋のダウンタウン」で決めたバンド「ダウンタウンズ」。広島では人気があり、LMC中国大会で優勝もした。
「渚のボードウォーク」いろいろな人がカバーしているドリフターズではなく僕らは、ストーンズのバージョンをカバー。

M−1  渚のボードウォーク   ダウンタウンズ

 吉田拓郎は、このバンドでは、リードギターだけどこの曲では歌っている。いいねぇ。親衛隊の声も入っている。
 (吉田拓郎が)大学生の頃の歌なんて聞けないよ。うまかったな。

M−2  渚のボードウォーク  ローリング・ストーンズ

 ミックジャガーも若いが吉田拓郎も若く甲乙つけがたいじゃないか。なんでこのバンドはプロにならなかったのか。就職して将来を考えるやつもいたし、吉田拓郎は勝手に東京に行ってしまうし、続かなかった。ともかく当時から吉田拓郎は人気があった。だから東京に来て多少キャーキャー言われても動じない(笑)

M−3  渚のボードウォーク  ドリフターズ

 いろんな音楽が聴けるこんな贅沢な番組はない。

<免許ない愛車=男性遍歴 黒のセドリック スカイライン カローラ  グローリア   マークU  その後クラウンひとすじ 国産車がいいという投書>
<トヨタパプリカ18歳 ストーンズのシール貼って女の子を載せていたという投書>
 またネールサロンいってきたけど二度目の快感。指の手入れ、指と指が触れ合う。どうなのよ。新しい発見。足も ふくらはぎのマッサージもあった。悦に入る、王様気分(笑)
<アメ車専門という投書><学生時代カローラ・レビンで「無人島で」を聴きながら彼女とドライブしたという投書>
 車の中では、山下達郎を聴け。女子とよからぬことをしたりするために車が欲しいというのは自然な気持ち。
<スポーツカー志向であるという投書>
 昔、RXセブンをエレックの社長から借りて乗ったことがある。 

 そういえば、最初にシビックに乗せたのはユーミンだった。パックインミュージックにユーミンと石川セリが出ていた。井上陽水と一緒に番組に陽水と乱入した。陽水は、石川セリが好きだった、これがきっかけで付き合うようになったのではないか。車には、一台一台の思い出がある。
 今の自動車は、月に二キロくらいしか走っていない。 バッテリーが上がらないように、事務所の友達が乗ってくれている。


■新コーナー、ラジオでナイトクラブ

初任給  アーティスト契約ではない  印税はなく  給料だった
3万5000円くらい
ボーナス9万円か。  
1万円札を高円寺のカーテンレールに吊るして毎晩眺めて最後の一枚を貯金した。
デビューが変だよな。

<昭和56年4月に就職し、初任給95000円でサントリーローヤルを父にプレゼントしたという投書><拓郎さんと同年で国家公務員で初任給29700円だった。アパートは一畳1000円と言われていた。初任給で母にバナナを買ったという投書>
 バナナ…涙がでる。いい話だ。兄さんと呼んでおくれ。

■ 提供曲
 78年、伊藤咲子歌、セブイ・レブン500店舗記念の曲を頼まれた。非売品。松本隆作詞で石川鷹彦編曲。
 石川鷹彦のアレンジかいい。石川鷹彦元気になったのかな。具合が悪いんだよ。みんな心配してあげて。 元気になってくれ。

 松本隆も太田裕美とかの曲を書いていてまだ大先生になる前だった。石川ひとみ、木之内みどりなんかに曲を書いた。木之内みどり、良かったよ。石川ひとみも歌がうまかった。売れない曲もあったが。

M-4  友達になろう  伊藤咲子

 伊藤咲子は歌うまいな。

■今週のマイ・フェイバリットソング

今週はイーグルス「ホテルカリフォルニア」

 素晴らしい完成度。バンドアレンジの完成形だろう。例えばドラムのおかず フィル、タムが計算されつくしている気がする。
 ボーカルにまつわるようなギターのオブリガードのすばらしさ。
 ギターソロは、ドン・フェルダー、ジョー・ウォルシュ二人のかけあい。それがやがてツインになってハモってゆく。これ以上のギターフレーズはない。完璧に作り上げられた素晴らしい完成度。今も聴きながら寝る。まさに、メロディーが降りてくるような、神が作らせたんではないかと思える作品。

M―5 ホテルカリフォルニア イーグルス 

 こういうのを聴いているとバンド作りたいなと思う。でも実際作るとこうはいかないんだよね。

<エンディング>
涙腺曲を募集。西部劇の思い出<ローハイドのテーマを歌う>

ここまでのお相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆☆☆

☆ 車遍歴は、まさに御大の歴史だね。自分は、40歳過ぎて車を始めて買い、すぐにペーパーに戻ったから、御大や投稿者の方々のような車への思いやそこに結びついた人生や思い出がないので、遠くから眺めているより無い。いいもんだなぁとうらやましく思う。

☆ 通りすがりに緑のジャガーを買ってしまう話はスターな逸話で憧れた。中古だったんだ(笑)。庶民性から離れないところも好きだ。

☆四国行ったのは、デタントツアーの時、宇田川さんとだよね。いまさらですがお疲れ様でした。

☆松任谷正隆のカーグラTVに御大が出たら面白いだろうなと思ってしまう。きっとあんまり話がかみ合わなくて、そこがまたいい味がでそうである。

☆そうかシビックには、ユーミンがお初でしたか。御大・陽水/ユーミン・セリのダブルデートのことはユーミンもラジオで話していたことがあった。御大のこのときの印象を「うらぶれている」と語っていた。どうしてだろうと思っていたが、外車に乗せてくれるカーマニアのお坊ちゃま松任谷に対して、庶民のためのシビックだったからではないかとふと邪推が芽生えた(笑)。

☆吉見佑子さんが昔テレビで語っていたが「フォークの人々の中で、拓郎さんだけが車を持っていた。車に乗ると行動範囲も違ってくるし、見えている景色も違っている。だから拓郎さんだけが突出していた」という趣旨の話。そんな話を思う。御大はたまたまフォーク界に紛れ込んでしまった「みにくいあひるの子」だったのだ。いみふ。

☆「僕の車」を聴きたくなるってもんだ。

☆若い御大と若いミックジャガーの聴き比べができるなんて、確かにマニアにはたまらん。

☆伊藤咲子の「友達になろう」を御大のラジオで聴ける日が来ようとは誰が思っただろうか。
こんな傑作が、非売品で音楽界の岸辺に打ち捨てられて消えようとしていたのだ。世界の文化のため、平和のため、愛のため、そんなことがあってイイはずがない。どんな片隅の、どんな崖っぷちの名曲も、きちんと拾い上げられ、宣揚され、愛でられ、後世に引き渡されるべきなのである。
 とにかく、この番組の発掘モードは素晴らしい。素晴らしいったらありゃしない。頼むぞ御大。崖っぷちにはたくさんの傑作が危うく転がっているし、岸辺には多くの名曲が打ち上げられているのだ。

☆「ホテルカリフォルニア」大絶賛。「こういうのを聴いているとバンド作りたいなと思う。でも実際作るとこうはいかないんだよね。」

 御大、そう言うなよ。若い頃からバンドに育まれ、イーグルスを語るのを聴いても、バンドの素晴らしさを誰よりも深く知っている御大である。わかりすぎているのかもしれないが・・・そんなあなたが終生バンドを持たなかった・・・なんて話は、ありえまい。
 崖っぷちと岸辺に漂う名曲傑作を拾い上げるためにも、御大に必要なのは、リムジンでも、大型高級車でもなく、機動性があり、確かな走りで、小回りがきき、しかも気品の漂う国産車のようなバンドである。ああ、車に詳しければこういうヤツと銘柄を言えるのに。
 御大、バンド作ってくれよ。今日は、気分いいからちょっと歌ってみるか、これ思い出して演ってみるか・・・「ハイ喜んで!」っていうようなlifeと音楽があざなえる縄のようによりあったバンド。

☆石川鷹彦さん、お元気に活躍される日を待っています。聴かせて頂きたい音楽がたくさんあります。復活の日を祈っております。

☆☆☆総括☆☆☆☆

 自分語りモード、発掘モード、リア充モード。すべてアゲアゲである。ワタシは御大ファンとして、心の底から坂崎幸之助さんに恩義を感じ、感謝している一人だが、それでもこの坂崎からの自立は大きいといわざるを得ない。どんどん行きましょう。

2017. 5. 14

「友達になろう」の頃(78年秋ころ)は、セブン・イレブンも24時間営業じゃなかったはずだ。当時、地元の友人の家がセブン・イレブンで、深夜にトラックが突っ込む大参事があったけれど、閉店時間だったので怪我人はいなかった。その友人が「♪セブンイ・レブンいい気分…開いてなくて良かった!」と自虐で歌っていたのが忘れられない。前にも書いたか。

 勝手ながら、今は、セブン・イレブンも無理に24時間営業しなくていいし、御大も無理に朝までやらなくていいと心の底から思う。私が決める事ではないが。必要がなければ夜はできるだけ静かにいたい。♪夜を横切る君には背中の孤独は重くないかい? あ、これもこのころだ。御大、ものすげー働いてたんだな。

2017. 5. 13

5/14の蔵出しの予想。
http://tylife.jp/uramado/tomodachininarou.html
だったら嬉しいな。


それはどうでもいい。本題。

 だから“ポーの歌事件”たったひとつをとってみても御大は実に大変だったなぁと心の底から思うのだ。「生まれ変わったら吉田拓郎になりたい」など軽々に言えるものではない。しかも、このポーの歌騒動の時は、御大は座骨部膿症で入院し麻酔なしでお尻にメスを入れてたんだぞ。くぅぅぅ痛そう( ;∀;)。どんだけ悲しみの人なのか。

 子どものころから大好きだったケストナー「飛ぶ教室」のまえがき

「この人生では、なんで悲しむかということはけっして問題ではなく、どんなに悲しむかということだけが問題です。子どもの涙はけっしておとなの涙より小さいものではなく、おとなの涙より重いことだって、めずらしくありません。」

 スーパースターの悲しみだってそうなのだろう。

2017. 5. 12

勢いで、もう少しだけポーの歌のこと話させてくれ。
渦中の当時、御大はセイヤングで「えー、ポーの歌の話をしますね…」と、本件の顛末を丁寧に説明してくれた。しかしそうはいっても理不尽な事件。話しながら御大の温度は沸々と上がり、やがて離婚や金沢の時のマスコミの“あさましさ”にまで話は及び沸点を超え沸き上がった。この熱い語りに感動した自分はその放送のカセットを軽く100回は聴いたと思う。ホントにテープは擦り切れてちぎれてしまった。
 そのセイヤングの翌週の「週刊プレイボーイ」は、その放送を取り上げ「盗作の言い訳で、またも男を下げた拓郎」という言語道断な見出しで御大の写真入りの記事を載せた。その鬼畜な内容への怒りに震えた私は、ヒュー・ヘフナーに厳重抗議の手紙を書いてやった(嘘)。ともかく自分にとっては「読売新聞」に続き「週刊プレイボーイ」も恨み骨髄の禁書となった。…しかし、週刊プレイボーイについては、その後も若さゆえの必要から何冊も買ってしまった(爆)。まったく我ながら情けないm(__)m。

 あれから幾年、最近、中学・高校の社会科の学校教材の文化史に御大が写真入りで掲載されたことを教えていただいた。喜ばしく、誇らしいことだ。ただ、その写真が、例の週刊プレイボーイの「男を下げた拓郎」と同じ写真(たぶんフォーライフの設立会見)だったのにちょっと凍りついた。…青春とは終わりまで厳しいものなのだ。

2017. 5. 11

 今さら”ポーの歌事件”の話もないよな、申し訳ない。御大が学生時代にラジオで聴いて好きだった幻の作品"ポー”をステージで他人の作品としてカバー演奏しただけなのに、御大の預かり知らぬところで勝手に録音され、無断でレコードになり、そのまま御大の作詞・作曲として誤表記・誤登録されてしまったために起きた盗作騒動。大新聞に無神経に騒ぎ立てられ御大もさぞや口惜しかったろう。私ですら悔しかった。だから、あの新聞は読まないと高校生のとき誓った(爆)。また、オンステージ第2集がこれだけ時間が経ってもCDにならない一因なのかと邪推してしまう。

 しかし、恨み節だけで終わってはなるまい。当の作曲者であり御大の敬愛する浜口庫之助さんは、当時の週刊誌のインタビューに『拓郎くんのように才能ある人がそんなことするワケがない』と、くだらない疑惑も瞬殺だった。それを読んで高校生だったけど自分もごっつう感動した。
 著作権法もジャーナリズムも侵すことのできない音楽家同志の信頼と共感がそこにあった。それこそがいちばん尊いものなのだと思った。
…とはいえ、同じ週刊誌の記事の中で御大に失礼な論評をしていたバイオリニストの某氏、ワタシは今でも許さん・・・って、だから、よしなさいm(__)m

 お天気加減じゃないけれどあの時を思うと熱くなる。

2017. 5. 10

いくら首相が熟読しろと言っても、ポーの歌の件以後、読売新聞は読まないと誓ったのだ。

2017. 5. 9

 まるで野生の呼び声のようだった「若き日のナンパ」回顧話(笑)。これに呼応して超絶久しぶりに”男と女の関係は”を聴いてみる。凄いわー。”Woo baby”のような粋さもなく、ひたすら「どうよ、どうよ」スピリットがギンギン炸裂しているだけだ。エネルギッシュな頽廃感とでもいうのだろうかね。ああ、いけない人だったんだなぁとしみじみ思う(爆)。
 当時、御大の歌に人生の答えを求めていた青臭い坊主だった自分が、裏切られたような気持でいっぱいだった日々の苦さまで思い出してしまった。ま、それからもいろいろあった。オシム元監督の言葉を借りれば「それが人生だ、そして厄介な人生はまだまだ続くよ」というところか。なぜオシムなんだ…は別にして。

2017. 5. 8

ラジオでナイト第6回 2017.5.7

☆☆☆あらすじ☆☆☆

 春は出会いの季節。
<60歳近くになって甘いもの特にアンコが好きになったという方の投書>
 今は、自分も甘いものは好きだ。ここのところ酒を呑まなくなった。月に一度くらい、ビール、時々冷酒を少し、料理によっては妻とワイン。

 お酒を呑まなくなったため、その分、糖分を欲し甘いものが好きになったのか。ショートケーキとか好き。しかしアンコはダメ。母親の関係で小さいころからお茶をやっていて、アンコ系がすっかり嫌になった。

<喜多條の受難、慶応(松本隆、松任谷正隆、鳥山雄司)にやさしく早稲田(喜多條忠、常富、陣山)に冷たい>
 そんなつもりはないけど…そうなんだ。

 最近ネールサロンに行っている。右足の指が巻き爪である。男子禁制だけど奥さん連れて行って貰った。両手、両足投げ出し、上半身(両手)、下半身(両足)それぞれ別の女性のサービス(笑)で王様気分。今度、いつ連れて行って貰えるか妻におねだりしている。

 「相席居酒屋」が流行しているらしい。
 男女間にはナンパしかないと思うが…古いかな。集団であっても、最後は、二人きりで「俺の事どう思う、どうなんだ」と言うしかない。大勢・団体ではダメだ。最近の若者は、草食化しているので、その日は連絡先交換だけで終わるとのこと。ダメだよ、その日のうちだよ。奥さんとは、ある美容院で出会った(前から同じ美容院だとは知っていたが)。「今日レコーディングしてるんだよ」と誘った。そして食事しながら、「よし!今夜だ!」と決心したもんだ。結局は、ナンパかひっかけしかない。

■番組タイトル

 ナンパは今は流行していない。きっと失敗が怖いのかな。広島の頃からナンパの失敗をたくさん経験しているので、失敗することが前提でどんどんナンパする。もし自分が若くて原宿を歩いてたら50人くらい、おいおいと声をかけるだろう。

 逆にナンパされたことはない。バンド時代、そこそこ人気はあったが、親衛隊がいたからら、ナンパされた覚えがない。ナンパされたかった。「どうよ、どうよ」と言われてみたかった。

<プリティウーマンを歌う 転調をアピールしながらワンコーラス歌う>
この転調の素晴らしいこと。ロイ・オービソンという人はどうしてこんな転調を思いついたのか。

M-1  プリティウーマン  ロイ・オービソン

 しかし、男はネイルサロンが恥ずかしいとか言っていると流行にどんどん疎くなっていく、もっといろんなことに顔出した方がいいな…最近、俺は変わったな。

■提供 ブルボン パズルメイト

 男と女は合コンで結婚につながったという人々が多いんだろうな。俺は歪んでいるから、そういうカップルで大丈夫なのかと思ってしまう。

<家事に尽くす夫からの投書>
立派だ…尻にしかれた亭主になっている。自分の周囲の武部、鳥山、TBSの方…みんな女性上位だ。

<夫が妻の髪型の変化とかに気づかないという投書>
ダメだよ、ちゃんと声かけなさい。自分もそうしている。本当はどう思っているかは別にして。聴いてないかな。(奥さん)この番を結構組気に入って聴いてるんだ。

とにかく褒めて、気を使って、ありがとうを忘れない。

<妻は補充が嫌い シャンプー、洗剤などを詰め替えてくれないという投書>

 それはズボラだ。教育しなきゃ。俺は言えないけど(笑)

<ダンナがフラリといなくなることが喧嘩の原因という投書>
 それは、君のダンナがおかしい。風来坊というか大陸系。吉田正広さん、この人が大陸系で、どこにいくかわからない人だった。

<復唱させると答えられず結局話を聞いていないダンナという投書>
…これ以上頭が痛くなるのでこの辺でお開き

■新コーナー、ラジオでナイトクラブ

 「男と女の取り扱い説明書」。西野カナの歌「トリセツ」今更だが、センスがいい。
♪このたびはこんな私を選んでくれて〜返品がきません。女性の気持ちが綴られている。
男にも、アメリカの歌に男の心を知るには100の夜と100の昼が必要た゜という歌がある。100 Days, 100 Nights

M-2 トリセツ 西野カナ

…いいなぁ。
 「急に不機嫌、理由答えないのに、放っておくと怒る」。爪がキレイだ、髪の毛など褒める男たちよ、気をつけな。  
 太ったな、みたいな余計なことは言わない。「樽みたいな身体だな」と父が母に言っていた。俺の柄じゃないとかいわないで記念日にレストランとかエスコートしよう。

 自分という男のトリセツ。三度の食事さえあれば、何でも言う通り、生ごみ、洗濯ものの整理何でもします。

■今週のマイ・フェイバリットソング

 今週はフランク永井さんの「有楽町で逢いましょう」

 ビックカメラになる前のそごうデパートのテーマソング。ここのところデパートは無くなってきている。松坂屋銀座店も銀座シックスに変わったし、渋谷パルコもなくなった?

 その百貨店が歌詞に出てくる。「駅のホームも濡れたろう」濡れるホーム、濡れないホームがあるのだろうか。四谷駅は濡れるんだよな。佐伯孝夫さんというベテランの作詞家。ホームの心配をするところが凄い(笑)
 「小窓に煙るデパートよ」…「デパートよ」なんて斬新な歌詞だろう。「今日の映画はロードショー」…ティールーム、ホーム、デパート、ロードショー 言葉の響きが時代的だったのか。

M―3  有楽町で逢いましょう

 (弾き語りで反芻する)いいねぇ。

  最近、男は三高四低とのこと。高身長、高学歴、高収入。そのうえに最近では、低姿勢、低依存、低リスク、低燃費。
 男達よ、これからは、低姿勢、低依存、低リスク、低燃費。どうすりゃいいんだ。西野カナよ、これから男たちの生きる道を歌ってくれ。

<エンディング>
 泣ける曲を募集。「アロハオエ」、ハワイの空港、マウイの空港。機内で聴くと涙が出る。

 ここまでのお相手は吉田拓郎でした。

☆☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆

☆ムッシュのお別れ会に出なかったので少し心配だった、しかし、日々リア充な生活をおくられているようで安堵した。ネールサロン結構、甘いもの結構。70歳を超えて「オレ最近俺変わったな」といえる自由な人間としての魅力が素晴らしい。

☆どうしても大酒呑みのイメージがあるが、お酒との付き合い方もだいぶ変わったようだ。それはそれで素敵だ。しかし、いまだに忠誠を誓うかのようにバーボンにレモンスライスを浮かべて呑んだくれている自分が哀れである。


☆15通くらい書いて、書いてやっと読まれた星紀行。物量功勢か。ありがとうございます。もっといいメールがあったのに(笑)
 出身校を知らなかったというが、松本隆、松任谷正隆が慶応、喜多條、常やん、陣山さんが早稲田ということは、そもそも御大から教えられたんだと思うが。早慶の学校がどうのこうのというより、慶応にイメージされる都会感、シティ感、早稲田にイメージされるカントリー感、土着感。御大は都会感・シティ感に弱く、カントリー土着の人々には親近感ゆえ邪険に扱う傾向がある。しかし、どんなに踏まれても御大への愛が揺るがない一群のカントリーな人々がいることを言いたかったのだ。御大もたぶんわかっていて最近の「キタジョー」のつぶやきがある。

☆今回の不満は、御大の作品、デモ、提供曲など自作語りが無かったことだ。これは、どうしたって寂しい。プリティウーマンだけでなく、ご機嫌な転調を御大の歌でも聴かせてほしい。

☆御大の「男女交際観」。「ナンパでその日に決める」。これは賛否というか、そもそも御大にしかできないことなので、議論にも参考にもならない。こんなことができるのは、世界広しと言えども、御大とミック・ジャガーとディック・ミネぐらいではないか。

☆男女間の話は、永遠のアポリアなんでそうそう簡単に答えは出ない。西野カナに答えがあるとは思えない。中島みゆきさんとかに直接ご指南いただいたほうがよいのではないか。冬山に軽装備で登ってしまったみたいに、最後は途中でやるせなくなって降りてきてしまった感がある。しかし、真摯になんとかわかりあおうという意思が御大には窺えて、そこはとても魅力の周辺だった。

☆恐るべし大陸浪人吉田正広氏。「樽」と言ったのはあなたでしたか。

☆四ッ谷駅のホームが濡れるのは、丸の内線だよね。地下鉄にのって。

☆「ここまでのお相手は吉田拓郎でした。」なんかこの対話感がしみじみといい。

☆☆☆総括☆☆☆
 元気に日々を新しく生きる御大が嬉しいが、やはり御大の音楽とからめて話てくれないとどこか全体に物足りないよ。

2017. 5. 7

 ミュージックフェアで谷村新司とさだまさしが百恵さんの息子三浦祐太朗と「いい日旅立ち」を歌うのを観ながら、家人が「拓ちゃんも百恵さんに曲書いとけば良かったのに」といつもながら心無い発言で私を苦しめた(笑)。それが世間だ。フジカラー「私は小鳥」が頭を駆け巡る。小粒ながらポップスのマギーブイヨンのように凝縮された名曲。これを消えてゆくものにしてしまってイイのか。まさに崖っぷちのメロディーである。
 これが大瀧詠一あたりだったら、本人歌唱含め4〜5曲のバージョンをしつこく公式音源で残したはずだ。この作品に限らずもったいない。すべて御大の執着のなさが原因だ。それは奥ゆかしさという魅力であると同時に歯がゆさでもある…とずっと書いてきた。

 また何年か前のラジオで、「自分の出演ラジオを全部カセットに録っていたが、カビが生えていたので引っ越しの時に全部捨てた」と平気で言ってて、私はめまいで倒れそうになった。御大、何てことを。御大に執着がないのなら、なぜスタッフがきちんとデジタル化して保管しておかなかったのかとフツフツと怒りが湧いてきた。会費とって薄っぺらなマガジン作って、コンサートの落選通知送ってくる前に、もっとやることがあろう。
 私たちの命は限られているが、御大の音楽を通じて、後世につながる悠久な時間を生きていることを忘れてはならない。

 かなり話がそれた。百恵さんといえば三浦友和だ。熟年を超えて、実に一層素晴らしい役者になった。その友和さんと御大が共演した「しあわせ戦争」が観たい。御大が女子高生にビンタされて、巻き舌で怒ってしまい、友和さんが素で笑いをこらえて止めるシーン。昔は、youtubeにあったのだが。

2017. 5. 6

 おだやかな海を眺めながら「僕の大好きな場所」の御大本人歌唱と高木ブーさんの二曲を繰り返しエンドレスで聴く。ちょっと涙ぐむくらいイイ。御大天才。同じ曲、同じ空気ながら交互におりなす二人のテイストの違いが気持ちいい。わかりやすく言うと柿ピーの柿の種とピーナッツのような感じだ。って、わかんねぇよ。
 残念ながらハワイの海ではなく、伊東と熱海の間くらいの海だが…十分だ。この海はハワイとつながっているし、宇宙レベルで考えれば、地球儀では15pも離れていない。ハワイの近くの海と言ってしまっても、嘘ではなく誇張に過ぎない(爆)。

2017. 5. 5

懐かしいアメリカTVドラマなら自分にも思い入れがあるが、御大のアメリカドラマへの愛はハンパない。かつてのラジオでのアメリカドラマテーマ曲特集で語られた御大の博識ぶりには驚いたし、深夜のTVで古舘伊知郎と影山民夫の三人でアメリカのTV西部劇を解説したのも忘れられない。御大は超絶テレビっ子だったのだな。

2017. 5. 4

岡本おさみ×吉田拓郎×井上順@風の中

♪友よ、君と街へくり出し、肩など組んでふと見上げれば
月も今宵は、なんだかイイね なんだかイイね
ああ、ああ風の中

 ベタだけど心に沁みる詞、凡庸だけど(爆)しみじみとおだやかなメロディー、順さんのちょっと音痴だけど優しい声。作品としてひとつのカタマリになると妙に泣けてくる昨今。

2017. 5. 3

 お別れ会のニュースに御大の姿が見えなかったが、参列されていたのだろうか。もし、されていなかったとすれば、健康や御身体がよくないのか、それだけがひたすら心配だ。

 お身体がお元気なのであればいい。一般Pで部外者の自分だけれど、御大のかまやつさんへの思いや二人の間の信頼関係の深さは外からでもわかる。そんなの人間だからわかる。それがあるから、お別れの会に出る御大、反対に、敢えて出ない御大、どちらであっても等しく愛おしく胸を打つ。
 そんなニュースを居酒屋で観ながら「人生とは悲しみで敷き詰められた道を、できるだけ朗らかに歩いていく作業だ、だから歩け、歩け 足が痛くても…」と励ましあった。いみふ。

  よくわからないが、とにかく御大、愛してるぞ。

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2017. 5. 2

井上順さんは重度の難聴で大変だったんだな。歌えない、人の言葉がすぐに聞こえない。

あの日の何気ないラジオを思い出す。

順「かまやさつんて、歳だけど加齢臭って無いですよね」
ムッシュ「は?」
順「だって、無臭(むっしゅう)」
御大「…もう、順ちゃん帰ってもらうよ」
順「またまた拓郎、そんなこと言わないでよ」

ラジオからこぼれてきた何気なくも幸せな時間よ。

2017. 5. 1

ラジオでナイト第5回 2017.4.30

 春の新生活から一か月。上京した人は故郷が恋しい時期かな。東京在住を中心に考えると、例えば、東京出身の武部聡志とは話がズレることがある。東京生まれ東京育ちは、故郷をもたない。南沙織の早春の港♪故郷持たないあの人のいい故郷になりたいの〜。実家に帰る、故郷に錦という感覚が東京人にはない。

 僕とか井上陽水、中島みゆきとか、東京に出てきた人々には、東京で一旗揚げて、錦を飾ろう、東京中心文化が許せない、東京へのアンチテーゼがあったりする。 
 例えば東京とローカルの違いとして、Mくんという佐賀県出身の人と鹿児島出身の吉田君がどこかへ出かけて用事が終わったら、まっすぐ家に帰る。しかし、東京出身の人は、帰りにお茶飲んで行こうという。僕は、お茶飲みたいと全く思わない。

 東京に来たのは、20,21歳か。23歳でデビューだから。郷ひろみとか17歳で同期だった。

 友達の運転するコロナに乗って広島から上京した。コンパクトステレオ、レコードのターンテーブル、ディランのアルバム7,8枚。そしてヤマハのギター。広島のギター教室の子からの借り物だった。これらを積んで車で上京。
 三田を目指したが、六本木あたりで迷った。タクシーに怒鳴られた。これが第一声。怖い街だなぁ。その後 新宿あたり歩いていても東京の人はキツいなと思った。
みなさんの上京の話を聴かせてほしい。

■番組タイトル

<1976年、学生服で上京、通勤の満員電車で、立ちっぱなし。「どけよ、こら」と言われたみんなイライラしている印象だったという投書>
<寝台列車あさかぜで上京という投書>
 寝台列車あさかぜ・・・あったな。窓を開けとくと石炭の煙で鼻の孔とかが真っ黒になった、それは、「あさかぜ」ではなく「きりしま」だったか。

<1980年に上京して武道館で予備校の入学式。一年浪人しても一年長生きすればいい。 武道館、ビートルズ、ドリフターズ、南こうせつの武道館だと感激したという投書>

 矢沢永吉じゃなくて南こうせつが日本人初武道館なんだよな。意外だけど。

 さて上京ということで、この曲。これは森進一への提供曲だったが、売れなかった。だいたい詞がよくない… 喜多條忠だ(笑)また出た。来週も出るかな。
メロディーも良くない。これじゃ歌手が可愛そうだ。

M-1 「夜行列車」 森進一 

 森進一。いい曲書かなくてごめんね。


■提供 ブルボン パズルメイト

 ジングル。坂崎とずっとやっていたので 「ひとりでしゃべってます」にジンとくる。

 上京した時の東京の女性へのショック。「なによ」「だってさ」「吉田くん何やってんの?歌手?変なの」広島にはそういう女の子がいなかった。いいなぁ東京の女…そんな素敵でもないのにいい女に見えて…人生が狂ってしまった。

<81年のオールナイトニッポン、引っ越し記念プレゼント。ツアーで使用した歯ブラシ、バック、植木鉢などをプレゼントしていた。そこで「人生を語らず」のイタリーで買った帽子を貰ったという投書>  
 いい帽子だから家宝にしなさい。

<拓郎さんのオベイションアダマスを持っています>
 あれは高いんだよ。今もこうせつは使っている。何でプレゼントしたんだろう。ギターは、いっぱい持っていたな。今は二台くらい。レンタルで済ます(笑)
鈴木茂、青山徹、徳武弘文 みんなに一台ずつ差し上げた。テレキャス・ペイズリーのは徳武に、赤いテレキャスは、泉谷にあげた。
…みなさん大事にお使いください 今更返せとは言いません。いずれ莫大な資産価値を生み出すでしょう(笑)

■新コーナー、ラジオでナイトクラブ

・「僕の歌 あの歌を思い出してみよう」という目玉企画が封印。自分の曲を悪く言うこと辛くなったので。また単発でやるかもしれない。

 ・会員制のクラブ。毎週あるテーマについて語る。今週のテーマは「父親」について。父親を歌った「おやじの唄」・「清流」は相反した唄だ。

M-2 おやじの唄

 パック・イン・ミュージックのオンエアーの日に父の死を知る。葬儀に出れず。そのまま杉並の高円寺に帰って、おやじの写真の前に盃。
父親にはずっと否定的だった。 

 女系家族だから、女性の話ばかりを聴いて母、祖母、姉という女性側に寄り添ってしまう。だから父親の意見を聞いていない。だんだん批判的になっていったし母親の肩を持つようになっていた。

 映画「フィールドオブドリームス」を観た。父親の天の声。「それを作れば彼が来る」。彼が作った野球場にゴーストたちが集う。
 「父の声」。妻と妻の母の三人で鹿児島に父親の声を訪ねていった。父の声は聴こえなかったけど。一般にお父さんは寡黙な人が多い、多くを語らない人が多い、だからどうしても母親の味方になって、母親サイドから見てしまう。こうして「おやじの唄」を作らせた。今聴いてもいい歌だな。
 そして「フィールド・オブ・ドリームス」を観て鹿児島に行き、父を思い直す。長いこと母親にまるめこまれていた。悪い言い方かもしれないが騙されていた。父親批判のそういう気持ちが強すぎた。父を見直そうと一念発起して「清流」という歌を作る。あるカメラマンのキレイな川の流れの映画を作りたいので音楽を依頼された。静岡、山梨かの川。そのきれいな川を見つめているうちに心が洗われて、父親のことを思ってこの作品を作った。

M-3  清流   午後の天気Ver.

26歳(おやじの唄)と51歳(清流)。正反対の唄を作ることとなった。若いころは父親のことも軽く考えていたのかもしれない。考えさせられる。

■今週のマイ・フェイバリットソング

 広島時代のダウンタウンズ時代の作品。最初はバチェラーズ、しかし、ボブ・ディランのフォークでコンテストに出たりしたてバンドは中断。
「土地に柵する馬鹿がいる」(サワリを歌う)

 プロを目指して上京して千葉県の検見川・高徳院で居候し、曲をたくさん作ったが(CBS)コロンビアにアプローチするも売れずに意気消沈。
そんなときに広島大学の睦月くんに「東京はつまんない」と手紙を書く。そのころ、「恋のダウン・タウン」という ペトゥラ・クラークの唄が流行していて「ダウンタウンズ」というバンドを提案した。

M-3  ハング・オン・スルーピー マッコイズ 

 睦月がR&Bもやろうということで「ホールドオンアイムカミング」なども演奏するようになった。バートラッセルがバイブレーションズに書いた"My Girl Sloopy"という作品だった(経緯を説明しながら)いかにも山下達郎みたいだ(笑)。

<「好きになったよ、女の娘」一番をフル歌唱>

「たどり着いたらいつも雨降り」の原型。ダウンタウンズは、「好きになったよ女の娘」と「.ハング・オン・スルーピー」で広島を席捲し、上京し、ナベプロにいってポシャッた
…今でも大好きな作品だ

エンディング

<出待ちについての投書>

 出待ちは結構です。気持ちだけで十分。それより湿気のある拍手を。


☆☆☆思いつきと感想☆☆☆


☆ アンチ東京という東京への御大の愛と屈折に満ちた思いが伝わってくる。御大の才能と実績は、既に東京だ、広島だ、鹿児島だ、という地域問題のレベルなどはるかに超え、時代を超えた永遠不滅の域に達しているのだから、東京のことなんかどうでもイイじゃないかと思う。しかし、やはり東京との確執こそが、御大のここまでの音楽的実績の原動力になったとすれば大事なテーマなのだろうか。

 東京生まれ育ちの私としては、東京人に故郷がないというのはちょっと心外だ。そりゃあ武部聡志は東京でも田園調布という都会の一等地だからであって、御大よ、蒲田あたりに来てみろ、十分に田舎でバッチリうら寂しい故郷感に満ちているぞ。

☆出かけて、帰りにコーヒーを飲むかすぐ帰るか、あの75年の衝撃的なラジオの最終回を思い出す。そういうところで、すれ違ったというあの切ない話。家路こそが御大にとっての大切な道ということなのか。

☆出ました「夜行列車」、またまた出ました「喜多條忠」。演歌がテイストに合わないと言いつつ、ここまでのテイストが出せればもう体内の演歌細胞の存在を否定できまい。この曲は演歌との国境の塀のうえを危うく歩きながら演歌の陣地に落ちてしまった感が強い。でもさ、いい歌だと思うよ。昔から好き。夏みかん剥くあたりがとてもいい。


☆ギター。オベイションもプレゼントしたんだ。すげー。80年の弾き語りは殆どこのオベイションだよね。シングルになった「証明」もこれだったと思う。
 たぶんシンプジャーナルの御大の自宅のギター公開特集号の写真を見ながら話しているんだと思う。

☆あの人生を語らずのイタリーの帽子。あれは、2006年のつま恋で見せてくださった方に違いない。コンサート二日前に、施設内のバスの前をうろうろしていたら、親切に、「ラジオで拓郎さんから貰ったんです」と教えてくださって、ひぇーーー見して、貸して、触らせて、被らせての状態となった。あの時はありがとうございました。もうそこにいた皆で、被るときはひざまづいて両手を合わせて戴冠式のようにうやうやしく頭に乗せたものだ。
 申し訳ないが、私含めて、誰一人として似合わなかった。遊園地のお猿の電車の運転手さんみたいになっちまった(笑)。御大の凄さがあらためてわかった。

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☆ 父親の話は感慨深かった。「吉田拓郎における父子関係の研究」がテーマの私には(爆)、あらためて貴重な話であった。「おやじの唄」と「清流」。相反するだからこそ不即不離の唄なのだろう。
 あらためて2004年のビッグバンドのprecious-story通称「男の一生コンサート」(私が勝手に言ってるだけですので)を思う。「おやじの唄」と「清流」がセットリストにあった(コンサートパンフに写りこんだリハ曲目一覧)。「清流」は歌唱されず、コンサートの前奏曲として流された。歌わなかったのは残念だったが、これはこれでとても意味深いイキな演出であった。ココまで来ると「清流」には「おやじの唄」が必要で、「おやじの唄」には「清流」が必要なのだと思う。

☆ダウンタウンズ。あの当時の音楽や話をするだけで、御大の心が軽やかになるのがわかる。もう、歌う、歌う、歌う。それが何よりも嬉しい。たぶん、私らが御大の曲を聴いたり語ったりするときと本質は変わらないのではないかと思う。
 それを素晴らしい形にして、音楽作品群として世に現出せしめたところに、御大の稀有な才能と力量があるのだと思う。・・・・まとめてどうする。

<総括>
 やはり御大は、ひとりでしみじみ語るのが一番である。この静かだが、しっかりとした流れがいつまでも続きますように。

2017. 4. 30

 やっぱり「清流」はオリジナルDVDのゆったりとしたテンポが好きだ。「午後の天気」の出来上がりが悪いというわけでは断じてないが、心に深く静かに沁み込んでゆくあの原曲のたゆとうようなテンポが最高だ。
 「情熱」なんかもそうだよ。82年ライブでは超絶スローに歌われた。まるで自分の心を確かめるようにゆっくりゆっくり歌い上げるところが説得的だった。翌年のアルバムのアップテンポは、せかせかとしていて、なんか結婚できない言い訳ソングみたいに聴こえる気がする。すまんな御大。ゆったりしたテンポを説得的に歌い上げる、シャウトもいいけど、ここに御大のボーカルとしての素晴らしい力量がある…と思うよ。

2017. 4. 29

「おやじの唄」「清流」「吉田町の唄」を聴きながら、この少年の日記を読むとたまらない。

1月9日
  ほんとなら今日、父は鹿児島へ帰ることになっていたが『明日にのばす』といったのでぼくは大喜びだ。
1月10日
  いよいよ今日は父とお別れだ。汽車が動き始めると、僕は悲しくて涙が出た。さようなら・・・

1月20日
  父が鹿児島に帰ってから10日たつ。なんとなくさびしい。父も広島に来て仕事をすれば一緒に  暮せるのに・・・。どうしてだろう・・・?

1月21日
  今日、父から写真を送ってきた。ぼくはしかめっつらをして写っているのでみんなが笑った。その時のねえさんの笑い声は、いまでもおぼえている。こうだ。クワッハッハッ、クワッハッハーハー   父も元気に笑って暮らしているのだろうか。


       (t.y life:Sideways「そして父に遭う」より
          …って元ネタは「誰も知らなかった吉田拓郎」山本コータローだ)

2017. 4. 28

 おやじの唄は何度聴いても胸にしみる。そして唄だけでなく、御大が徒然に話してくれた父子にまつわる小さなエピ。病弱少年だった御大に発売日の前夜に大好きな雑誌を手に入れて来てくれる、いつか天文館のデパートを全部買ってやると豪語し、市電に乗ると「拓郎、どうだオレが押すと速くなるぞ」と自慢する。そして月日が流れ、風呂敷から御大のアルバムを出して職場の同僚に自慢していたという父親。他人の父親ながらしみじみとしてしまう。「神は細部に宿る」というけれど「親も細部に宿る」のではないか。

2017. 4. 27

 西日本新聞の松任谷正隆のインタビュー。「吉田拓郎の、自分の作品を買ってがっかりした」「過去のものはいつも稚拙」・・・別のところで御大のボーカルの凄さを絶賛していたので、あくまで自分のプレイについてということは文脈でわかるけどさ。御大を引き合いに出さずに松任谷家の中での例え話にしていただけるとありがたい(笑)。それに「人生を語らず」のイントロを始め自分にとってはどれも珠玉の技としか思えない。死ぬまでにもう一度武道館で「舞姫」のあのキーボード炸裂の演奏を聴きたいと思う。OK松任谷にどれほどシビれたことか。

 がっかりしたなら是非もう一度、心ゆく演奏をお願いします。

2017. 4. 26

 このあいだの日曜日の昼下がり中華料理屋のカウンターで調理場を眺めていた。昼のオーダーが一段落すると、店主の爺さんは、黙って残ったチャーハンを炒めて皿に盛り、何かのアンをなみなみとかけ、たくさんのキクラゲを乗せると、黙って従業員らの作業台の近くに素っ気無く置いた。メニューにはない。"まかない飯"だ。いいなぁ。美味そうだなぁ。
 私はいつも思うのだ。御大の"デモテープ"に心惹かれるのは、この"まかない飯"が美味そうなのとおんなじだと。お客さんに出す正式な料理ではないが、料理人の真髄と働く人々に届けたい思いがこめらている。公式メニューとはまた違った味わいと魅力があるのが"まかない飯"であり、それは御大のデモテープの魅力に似ていると思うのだ。
 私らは一般Pでスタッフではないが、そこは長年御大を愛してきた同志。御大から深夜に聴かせてもらうデモテープは、主人がそっと出してくれる"まかない飯"みたいに嬉しく味わい深いものなのだ。

2017. 4. 25

昨日書いたラジオのアルフィーネタを思い出した。誰も待っていないだろうが(笑)たぶん、そのとき。御大は預金通帳を持って現れて「さぁ、今夜はこれで飲むぞぉぉ」と意気込んでいた。酩酊して町を歩きながら通帳を振り回すので、アルフィーの面々が「危ないので、持ってますから」といっても「拓郎さんどんなに酔ってても絶対通帳を渡さないんですよ。」と高見澤。このハナシ結構好きだった。

2017. 4. 24

ラジオでナイト第4回 2017.4.23


 1964年東京オリンピックから 2020年東京オリンピックまでの56年間。町の中から消えていったものがたくさんある。自分には「消えてゆくもの」という歌があり、「夏休み」なんかもそういう歌だ。
 ・角のタバコ屋さん
 ・社会科の先生の仁丹
 ・十歳以上の年上の女の人の体験談
 
 昔の夏休みの風景、風情もそうだった。姉さん先生の宮崎先生はきれいだった。絵日記、とんぼ、すいか…みんな実体験だ。 

 本屋がなくなっている、個人商店が少なくなっている。高層化で平屋の家が少ない。空き地も少ない 昔は空き地で凧揚げとかをよくやった。広島の家は、周りは田んぼで埋め立て地、レンコン畑とかがあった。だから「夏休み」なんていう歌が書けた。

 季節の挨拶もメールで済まされることが多くなった。自分も年賀状・暑中見舞いとか面倒で、お中元、お歳暮もいただいても感激が薄い

 昔はこうじゃなかった。ネット中心の世の中で消えてしまうものがある。

 最後は、人間は人の温もり・・・というライターの小谷くんの言。

■番組タイトル

予告しているが、避けて通りたい。このコーナー避けてとおりたい。

 70年代後半、ディスコによく行っていた。六本木に、かまやつさんと毎晩のように。パブカーディナルで飲んでから、スクエアビルの地下の「キャステル」。新進気鋭の方たちがモデルたちを連れてくる。もう一軒、「キサナドゥ」。サーファーたちが集まっていた。こっちの方が好きだった。ここでよくナンパした。

 当時はよくロッド・スチュワートが流れていた

 キサナドゥ、キャステル と売れてない頃のアルフィーを連れてハシゴしたことがあった 一か所30分程度。そして、朝の4時ごろに、イタリアントマトでアイスクリームを食べた
アルフィーもまだブレイク前で知られていないので、目立たない。女の子は誰も気付いてくれなくて悲しい。
 「お 拓郎さんですか?」「そこにいるのはアルフィーの三人かっ!!」と一芝居打つが、誰も気づいてくれず。ナンパ成果なし。そのうち下がゆるくなってきしまったという事件もあった

M−1  "Da Ya Think I'm Sexy?" アイム セクシィ  ロッド・スチュワート

 マネージャーの渋谷君は堅物だったけれど、このアイムセクシーだけは踊っていた 盆踊りのようなカタイ踊りだったなぁ

■提供 ブルボン パズルメイト

<中学時代以来のファンで、ラジオでリスナーにプレゼントしたライブ73で使用したテレキャスターを温存しています。いろいろ手を入れて変わったが、今でもいい音を出すので是非持ち主に弾いてほしい・・という投書>
 写真を観るとビックガードとか違うが本物のようだ。73のテレキャスをプレゼントしたのは覚えていない…電話してみよう
<電話不通>
 この人は、ギブソンのピックアップが逆さとか自分のギターのことをよく知っているし、真実らしい。しかし、今さら返せとも言えないし(笑)

・デモテープを持ってきた。93年の南沙織のアルバムに康珍化作詞で曲を書いた。逗子の家の小さなスタジオでコンピュータで作っていた たくさんのデモテープがある。自分でもデモテープ特集を作っている。これからもいろいろ聴かせたい。

M-2 黒い瞳  本人歌唱のデモテープ

 ・・・よくできている。自宅でこういうデモテープを作って歌手に渡す。この曲のアレンジゃーの萩田光雄は、ほどんどそのまま使っている。良い出来だったのだ。瀬尾一三からよく怒られたものだ。「拓郎、デモテープに凝り過ぎでアレンジしようがない」。ついついデモテープにはいろんな音を入れて凝ってしまう。

 南沙織の低いボーカルは、竹内まりやと似ていて、魅力的だ。筒美京平の作品だし、どの作品もクオリティが高く、今も彼女の作品は、高く耳に残っている。

M-3 黒い瞳 南沙織

■僕の歌 あの歌を思い出してみよう 最終回(笑)「春を待つ手紙」

 思い出したり考えちゃいけない。放っておこう。これでおしまいにする。

M-4 春を待つ手紙  ワンコーラス

 この唄は好きだ。しかし、いろいろ反省して文章を書いてきた。恥ずかしくて言えないので。

>文章を読む
 この歳になって季節をどう過ごし、どう乗り越え、次の季節をどうむ迎えるかを考える
人間は一人なのか、常に誰かの助けが必要なのか、二人にその答えを求めていた。

 しかし、この詞は、男目線があるかもしれない、女性にそう言わせてみたい…という願望。
 「約束なんて破られるから美しい」…変ではないか。
 「誰かの言葉が身体をかすめます」…誰が言った、それって誰なんだ。みんな父母からは約束は守れと教わったはずだ。約束は破ってはいけないと言われただろう。
 この作者は何を言っているのでしょうか(笑)
 「あなたはあくまで男でいてほしい、私を捨ててもあなただけ捨てないで」・・・そんなことを書いた僕は本当に許されない。
<朗読を終わって>
「約束なんて破られるから美しい」…よく書いたもんだよ。
「私を捨ててもあなただけ捨てないで」…そんな女はいないよ。

<ギターで弾き語りで歌うと「あなただけ捨てないで」のところ感極まって泣いてしまうという投書>
 ごめんね(笑)
<投書の続きで、「素直」と「最終電車」というその対比・対応がわからないという質問に対して>
 書いた僕にもわからない。なんのことだろう。

 こんな風に、人の歌なんて信じちゃいけない。いろいろあるんだ。

M-5  春を待つ手紙   フルコーラス

■今週のマイ・フェイバリットソング

 ムード歌謡を寝るときによく聴く。1968年中井昭/高橋勝とコロラティーノ「思案橋ブルース」

 不思議な雰囲気。キザな詞。 
 「戻りのはしないさ 昔の気ままなこの俺には」・・・おお、こういうキザなところに来るな。
 「夢は捨てたのさ じっと孤独を噛みしめた」しかし、急に手の平をかえして「でもおまえを好きだと言ってみた」…
 不思議な雰囲気。ファルセットと音域が微妙そして美しいメロディーに、なんとも萎えて、けだるさを感じ、よく眠れる。

M-6 思案橋ブルース 中井昭/高橋勝とコロラティーノ

 ついていけないもの

<フォークの世界に引き込んでおいて、フォークはキライだ、ロックだレゲエだと最近は演歌だ。篠島・つま恋でやりながら、最近は東京近辺でしかライブをしない。いち早くネットを始め、やっとついてったのに、最近はラジコ、ニコニコ動画についてけない。拓郎さんにこそついていけない・・・という投書>

その場でコロコロ変わっていくのでご注意を。

<☆の思いつきと感想>

☆キタ━━━━━(゚(゚∀(゚∀゚(☆∀☆)゚∀゚)∀゚)゚)━━━━━!!!!「デモテープ」降臨。
 あれから30年以上、御大も71歳、こっちも60歳が見え始めた今、こうやって深夜にラジオで再び「デモテープ」を聴かせてもらえるとは思ってもみなかった。それだけで今夜の放送はもう悶絶である。ああ、デモテープ。糖質ダイエットをしている私が、これだけで軽くごはん三杯は食べてしまう。それがくらい感動的だ。

 デモテープの公開には魂の底から、感謝しながら、でも敢えて言いたい。

 デモテープはノーカット=フルコーラスで聴かせろぉぉぉ!!


もはやこれは世界遺産・文化財の域なのだ。

 ともかくサンプリングを使用することによって、御大のデモテープのクオリティはさらに凄くなっていることを確認。いっぱいあるんでしょう。今後がひたすら楽しみである。

 ・自分のデモを棚からおろして
 ・僕の提供曲を思い出してみよう

 このあたりのコーナー化を是非是非、魂の底からお願いしたい。

☆ライブ73のギターの話も驚いた。この方はよくぞ連絡してきてくださったものだ。心から感謝したい。

 率直にいって、御大も私たちも高齢である。人生カウントダウンに入っている。このNumberedな日々。もはや素晴らしいコレクション、知識、経験を秘蔵したり溜め込んでおいても、墓場には持っていけない。愛は惜しみなく、デモテープもお宝ギターも経験も、あらゆるものがすべて腹蔵なく世に拠出されるべきだと思う。こんなショボいサイトだが、私ごときがこんなサイトをやってるのも気持ちだけは同じつもりだ。

 もはや御大は歴史上の人物であり、私たちはひとりひとりが貴重な歴史の体験者にして証言者であることを忘れてはならない。キリストの教えを直接聞いた人々、お釈迦様の説法に耳を傾けて旅した人、大塩平八郎と一緒に乱を起こした人々(爆)、歴史はすべてこのたくさんの一般Pを含めた方々が作っている。

 知っていること、もっているものは、どんな小さなことでも世界に向かって表現しよう。さすれば、例えば嵐に呑み込まれても歴史はそれを見逃さないだろう。歌そのままか。

☆「春を待つ手紙」の自虐はちょっと聴いていて辛かった。そこまで言わなくてもと思った。「最終電車」なんて謎のままでいいじゃんか。しかし、大好きな作品だからこそ、ファンとはいえ他人にあれこれ言わせたくない。そしてこの番組のメインのコーナーを自分で締めくくりたいという御大の気骨なのだろう。

「季節をどう過ごし、どう乗り越え、次の季節をどう迎えるかを考える。人間は一人なのか、常に誰かの助けが必要なのか、二人にその答えを求めていた。」・・・この言葉だけを抱きしめて、これからもこの作品を愛でよう。

☆アルフィーのイタトマ伝説は、一時期の彼らのネタだったので散々聴かされた。笑えるエピソードがひとつ漏れていたのだが…思い出そう。

☆「ついていけないものは吉田拓郎という投書」。ハラショ。笑った。もういちいちそのとおり御もっともである。こうしてファンは、難破船のようなあちこち翻弄され今日も御大の海を漂う。ファンはファンで大変だ。

 しかし、御大は言うのだ。
「それはその人の問題でしょう」
 あぁ、もうなんてヤツだ。

☆御大のディスコ狂いは当時から有名で、しょーがねーなと思っていたが、そのおかげで名曲「Y」が誕生するのだから、これも芸の肥やしのうちなのか。

<総括>
 番組を長編ドラマとすれば、今日で、第一章というか第一部が終わった感じである。いろんな世間話的ネタを募集しているが、それはそれでいいけど、しょせん昼のラジオゆうゆうワイドとかの番組には、かなうまい。あくまで名曲誕生秘話、ライブの思い出、デモテープ、名曲、秘蔵曲などなど、ともかく音楽を語り、音楽で語ってほしい。

2017. 4. 23

 「春を待つ手紙」の間奏を松任谷正隆がどう弾いたのか確かめたくて番組にメールしたけど、そういうテーマの話ではないのだろうな。
 79年春のシングル「流星」、秋の「春を待つ手紙」。今にして思えば超絶な布陣だったのだが、79年当時の自分の感想は「この年のライブは凄かったけど、拓郎、シングルは冴えなかったなぁ」というものだった。心の底から自分の不明を恥じお詫びしたい。リアルタイムにきちんと作品を感じ取ることは難しいことだ。ホントにつまんない作品だってあるし(爆)。そんな償いの気持ちでこんなサイトを続けている。

2017. 4. 22

♪安いホテルを出て西に向かおう(人生キャラバン)…と御大は歌い、えのきどいちろうは、"西に向かうものは西に進む"とかいう謎のエッセイを御大のコンサートパンフにかつて寄稿した。だから…というわけではないが、今日はちょっと西に向かってみた。せせらぎが流れていて、サラソーの木ではないが、大きな桃の木の花が見事に満開、その方々が苦闘の末、ここまでたどり着かれたキャラバンを温かく讃えているようで美しかった。お疲れさまでした。
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2017. 4. 21

 御大ファンの彼の命日に向けて恒例の墓参。もう8年か。霊感もなく守護霊との対話もできないが(おいおい)彼の声が聞こえるようだ「こっちは、かまやつさんと加川良さんが来て大騒ぎですよ」。超絶楽しそうだが、くれぐれも決して御大、御大関係の皆さんや私らをまだ呼ばないでくれとお願いした(爆)。
 彼は、豊かなる一日の”どうしてこんなに悲しいんだろう”を聴きながら悄然と旅立った。今日はコレを聴こう。彼だけでなくいつかの今日に旅立たれたすべての方々にお送りします。

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2017. 4. 20

随分前から毎SEASON「孤独のグルメ」のエキストラ登録をしているが音沙汰が無い。LOVE2も5年間、観覧応募を続けたがついぞ当選しなかった。ラジオも身を削って(笑)投書しているが読まれない。と思ってたら数日前、歩いていたら偶然、ロケをしている沢尻エリカ様をお見掛けした。ココか。ココで使ってしまうのか。別に・・・美しかったです。

2017. 4. 19

 御大は「外は白い雪の夜」の時の放送を松本隆が聴いていなかった気遣っていたが、毎回受難が続き先週は「もっといい詞を書けよ」とまでいわれた喜多條忠には全く気遣いがない(爆)。ここでも慶応には遠慮し、早稲田には遠慮がない御大である。とにかく"がんばれ喜多條2017"ということでこのサイトは喜多條忠を応援したい。なんだそりゃ。

☆☆☆
 そして忘れてはならないのが、作詞の喜多條忠だ。「神田川」「赤ちょうちん」という青春フォーク路線からの脱却に苦悶していた喜多條。私生活でも男一人で幼子を抱えて大変だったらしい。そこに拓郎からの仕事依頼の呼び出しがかかる。しかし、呼びつけておいて拓郎は「梓みちよの大人の歌詞の依頼が来てオマエに頼もうかと思ったけれど、オマエにゃ無理だよな。松本隆に頼もうかな。」といきなり不遜な態度に出たそうだ。御大ならやりかねない。この挑発的な依頼に「やりますよ、やりゃあ、いいんでしょ」と応戦したという。
 そうはいっても大人の女性の詞というテーマに苦悶する。そして男ヤモメだった喜多條が、子どもだった娘と公園でオウムを見た時のエピソードから「人の言葉が喋れる鳥」のプロットが生まれ、ようやく詞が完成し、拓郎側に提出した。その後のある日、新幹線で移動中の喜多條に、突然、新幹線車内電話で呼び出しがかかる。携帯のない昔、車内呼び出し電話ってあったよね。電話の主は拓郎で、こう告げた。「オマエ凄い詞を書いたな。俺のメロディーは負けた。」。その後、実際に拓郎は、別のいろいろな機会に「メランコリーは、詞の勝ちです。僕のメロディーが負けました。」と語っているのを自分も何度も耳にした。
 拓郎は絶賛の言葉を新幹線車中の喜多條に届けたのだった。電話の声を聞いた喜多條は車中で男泣きに泣く。作詞家としてのスランプにあった苦しさ、拓郎の挑発的な依頼の時の悔しさ、いろんなことが混然一体とこみあげてきて人目をはばからず号泣したという。そう語る喜多條の様子をテレビで見ながら、私も家人があきれるくらい泣いた(笑)。厳密に言うと喜多條忠に共感したのではない。素晴らしい詞であることを、新幹線の電話を使ってまで伝えようとした御大の心に泣いたのだ。フツーは電話が、つながる場所に着くまで待てばいいじゃん。でも、喜多條に早く話したい、移動中?新幹線?、いいや待てない、えーい呼び出そう!、そうまでしても絶賛の気持ちを届けようとする拓郎の素晴らしさ。私たちファンは誇りと感動をもって胸に刻みたい。
                  ……uramado メランコリーより

あれ喜多條さんより御大の応援になってるか

2017. 4. 18

たとえそれが番組のメインの企画でも、とっとと終わらせてしまう自由さと痛快さ。いいじゃないか、清水健太郎。いみふ。歌を損なってまで続けることは無い。御大の歌と歌への思いより大切なものはない。"何よりも勝るのは自分の心""一人でつぶやく声はたった一人のもの"…「何処へ」を久々に聴き直す。いいじゃないか。

2017. 4. 17

ラジオでナイト 第3回 2017.4.16



・スポーツの話。スポーツ観戦が好き。最近は、クライミング。えもいえずセクシー。
蜘蛛のように角度が反ったところを登る美しさ。
・バドミントンにもハマっている

<相撲の升席が狭すぎるというパピー星人さんの投書>

 千代の富士と六本木で知り合い、升席のご招待を受けた。妻と妻の母と知人の4人で国技館で観戦。足を伸ばせないが、何ともリアルで凄い世界。相撲取りのお尻がデカイ。
 後に陽水宅で、益荒男関と寺尾関に会ったことがある。その時、気になっていたので「升席で座ってると酒や弁当持ってきてくれるが、お心付けは必要か」と尋ねた。「気持ちだから、した方がいい」と言われ何もしなかったことを後悔。
 帰りがけ陽水は、力士たちにサングラスをプレゼントしていた。相撲取りにサングラスでいいのか。

<サッカーについての投書>
 妻は変わらずに遠藤が好き。でも妻は浮気性。いろいろファンが変わる。野球にはあまり興味示さない。やはりサッカーだ。

<筋トレの投書>
 スポーツ・ジムをやめた。同じことをやるルーティンがいやになった。自宅のエレベーター前のスクワットしかやっていない。

<ランニングをしているという投書>
 走る人は偉い。観ているだけで心を洗われる、清々しくなる。

どのスポーツも胸が熱くなる。

■番組タイトル

 i-pod聴きながら寝るが、歌謡曲のジャンルがいい。昔は自分のアルバムを聴いていたが、最近は他人に作った歌を吉田拓郎作品集として聴く。

 それでも「キャンディーズ」は、目がさえる。「アン・ドゥ・トロワ」の別のテイク、これが僕のデモテープに近くていい。特にランちゃんがいい。水谷くんだけが男じゃないと言いたい(笑)

・木内みどり、神田広美、中尾ミエなんかもいい。
 神田広美<♪ドンファン を歌う>松本隆が書いた。

・「アン・ドゥ・トロワ」のレコーディングの時に突如のキャンディーズの解散発表だった。喜多條は、解散は知らなかったと思うが、「これでお別れ」というピッタリの歌詞だった。「解散するって本当なの?」と聞いたら「事務所を通してください」と冷たい返事。
・やさしい悪魔のレコーディングの時の靴の音。誰かのブーツを叩いて音を出した。キャンディーズがこの曲の出来立ての振付を現場で自分にだけみせてくれた。嬉しかった。感動した。 

M-1 やさしい悪魔  キャンディーズ

■提供 ブルボン パズルメイト

<かつての深夜放送でラジオ出待ち入り待ちの投書>

 出待ち入り待ち…そういうの無くなったなぁ。

<”ガウチョスカート”を知っているだけで相当に時代に追いつく努力しているのではないかという投書>

 NHKのニュースナイン。大好きな桑子さんのガウチョスカーとでがっかりしている
世界的にはこんなファッション日本だけだ。ELLE VOGUEにもない。男たちよ、このファッションはどうなんだ?

・中尾ミエへのファンレター。紫のインクで、中尾ミエの本名ミネコのネのむつかしい漢字を調べて努力した。
・時津山にファンレターも書いた。ファンレターは、生涯この二通だけだ。

・その後、中尾さんと六本木で逢った時、かつてファンレター出した話をしたが、「知らないわよ」…悲しかった。
 堂本光一の舞台「Shock」に中尾さんがゲストで出ていた時に観に行ったら、アドリブで光一から「今日拓郎さん来てますよ。好きだったそうですよ」と暴露されて…恥ずかしかった。

こうしてみると喜多條、松本が多い。アレンジは馬飼野康二が多い。この中尾ミエの曲も喜多條だとは知らなかった。

「バカだよねあいつ、まだ手を振ってる」…喜多條も松本も男目線である。いつかそういう詞の話もしたい。先週の放送(外は白い雪の夜)松本聴いていないだろうな、聴かれたくない。

このギターは極悪バンドの青山徹の彼しかできないフレージング

M-2  風の中で  中尾ミエ

この歌唱いいなぁ。後悔しているのは 喜多條もっといい詩書けよ(大笑)

■この曲のココはどうなのコーナー こうき心

<ほとんどすべてのコーナーにダメ出しという投書>
今週と来週くらいで、このコーナーは終わり。勘弁してくれ。
やっぱり自分の曲を自分で語るのはよくない。曲をダメにしていく。

M-3こうき心

作った時の記憶がない。たぶん上京直後。

 母と祖母と姉で暮らしていた子ども時代。父は鹿児島、自分たちは広島で生活。
祖母と父のソリが合わなかったという話を後に聞いた。

 女系家族で育った。大学2年のころ、このまま女の中で暮らすのはどうかと疑問がもたげてきた。家出志向、そろそろこの環境から逃げ出そうと思い始めた。

 このまま女性に囲まれているのでなく、この町を出てみよう。
あらためて詞を読み直す。

 街を出てみよう、話をしてみよう、歌詞が全部、上京を目指している。

 恋をしてみよう。当時ガールフレンドがいた。上京前に、どうだい今夜あたり…「やだ」と言われた

涙を違う町で流してみよう  新鮮な涙かもしれないか

雨に打たれてみよう  すべての環境から出て雨に打たれてみよう  外は雨が降っているじゃないか

 こうしてすべて合点がいく。名曲だ。
 どうだ諸君。素晴らしい 完成度の高い曲。もう辞めるっていったけど、このコーナーやってよかった(笑)

M-4 こうき心73

■今週のマイ・フェイバリットソング

 ボブ・ディラン、ボブ・ディランと言ってきた。自薦の選曲アルバムを作ったこともある。
 当時の自分のディレクターが「にしきのあきら」と同じだったが、ボブ・ディランを知らなかった。

 当時、ディランは、あまり知られていなかった。高田渡、遠藤賢司、加川良、岡林くらいは知っていたが、大雑把に日本では知られていなかった
 和製フォークを通じて世に認識されることになった。

 Don’t think twice,it’s all rightくよくよするなよ、ラブマイナスゼロ、淋しき街角
を弾き語る。
 メッセージソングといわれるが、実に美しいメロディを書く人なんだ。メロディメーカーである。ライク・ア・ローリングストーンも軽快なロックだが、実にキレイなメロディーである。美しいメロディメーカーであることを知らずにいる和製フォークが腹立たしい

一番好きな曲として・・・

M-5   I want you. Bob Dylan

 奥床しい…こういう漢字、70歳過ぎても学ぶ


 来週の「春を待つ手紙」でたぶんコーナーは最終回

★個人的思いつきと感想★

☆多くの方の予想通り、曲のたな卸しのコーナーは、終焉が近い。この番組の目玉規格にして柱だったと思うが、この自由さが素晴らしい。若い頃にコーナーができなかった人が、年取ってコーナーができるようになることはあり得ないことを証明(爆)。しかし、いいぞ、そんな御大が痛快でならない。この自由さとテキトーさ、そしてその向こうで、本当に大切なものは何かをキチンと教えてくれる。

☆そして、自ら埋もれた提供曲の発掘と顕揚に心が向いていることが嬉しい。「アン・ドゥ・トロワpart2」。part2といいながらこっちが先に出来たという、クロマティ高校のメカ沢くんの弟みたいなものだ。わかんねーよ。
 この静かなるアレンジを聴くと、公式盤のアン・ドゥ・トロワが妙に作り物臭く聴こえてしまう。それだけ、このpart2は逸品だ。

☆「風の中で」。「風の中」は井上順だ。間違えやすいので注意。注意してどうすんだよ。この曲もいい曲だし、やっぱり青山なんだな。それも嬉しい。

 ・この曲を発表したときオールナイトニッポンで流して「これは売れるぜ」と御大が自信をもってつぶやいたのが忘れられない。なんとしても憧れていた方に喜んでいただきたかったのだろう。それだけにヒット作にできなかった悔恨のようなものが御大にあるのが伝わってきた。…それにしても、喜多條さんの受難はいつまで続くのか。

☆こうき心。御意。名曲だ。っていうか、これを名曲じゃないと言ってたヤツっているのか。さすがに衆目一致の名曲でしょう。それにしても「女系家族からの旅立ち」という解題がいいな。

☆出ました。ボブ・ディラン。 メロディメーカーとしての才能に惚れ込んでいた御大。だから、そこをすっ飛ばして反戦・政治のアジテーターとして彼をうすっぺらに祭り上げたフォーク界が御大は大嫌いだったのかもしれない。反対に、ディランのメロディーメーカーとしてのポップな才能を理解していた桑田圭祐を絶賛したのかもしれない。そんな風に勝手に想像するのも面白い。

 御大がサラッと歌った、くよくよするなよ。ものすげぇぇぇカッチョエエ。「風に吹かれて」もいいが、もっともっと美しいポップな名曲を御大流でカバーしてほしいっす。

<総括>
 どんどん自由になってゆく御大がいいぞ。是非、崖っぷちの提供曲の救済の旅に出ましょう。

2017. 4. 16

 今日のラジオは「春を待つ手紙」だ。久々にシングル盤を引っ張り出してみる。今更だが、通販生活か無印生活のパンフの表紙みたいなジャケット。なぜ御大の写真じゃない。79年篠島直後、シャープでカーリーな美しきビジュアル時代ではないか。
 B面が「外は白い雪の夜」。「TOUR1979」からのシングルカット。山本コータローが当時のラジオで御大に向かって「”外は白い雪の夜”はいい曲だからB面にするなんて言わないでほしい…」と呟いていた。A面を外白にする説があり、御大があえて「春を待つ手紙」をA面する選択をしたことがうかがえる。そもそもなぜ「ローリング30」は、21曲も入っててシングルカットが一曲もなかったのだろうか。レコードの愛読者ハガキには、どの曲をシングルカットにするかというアンケートまでついていたのに、この時に外白をシングルにするのが常道だったはずだ。
 そして、そうやって「春を待つ手紙」をA面に選択しながら、なぜ御大はその年の秋のツアーでこの曲を歌わなかったのか、というより今日に至るまで幾星霜なぜこの唄は封印されてしまったのだろうか。

 あー日曜の朝から昔のシングル盤ひっぱりだして、なぜ、なぜと我ながらめんどくさいヤツだ。

2017. 4. 15

 室内楽奏のようなオリジナルの「外は白い雪の夜」とライブバージョンは全く様相が違う。小さな雪灯りのように繊細なオリジナルに対して、ライブでは、ピアノは決然と鳴り響き、御大は打って変わってこれでもかと絶唱を放つ。これはこれで悲恋の歌詞を超えて素晴らしい荘厳さを感じさせる。
 長い年月の間コンサートで、心無い一部のファンからマンネリだ、飽きたと謗られながら(それは私だ)も、練り上げられたライブバージョン。4番の♪…私を綺麗な思い出にして…のあとの島村英二の地鳴りのようなドゥルルルルルという超絶なドラムロールに鳥肌が立ち、♪席をぉぉぉ立つのはぁぁぁの〜最後の大絶唱のクライマックス。あぁ、これぞライブバージョンの頂点ではないか。全く別曲のようだ。
 「明日に向って走れ」なんかもそうだ。満身創痍の状態でなんとか立ち上がろうと苦悶するようなオリジナルに対して、ライブバージョンは、清清しく立ち上がり障害を振り切ってずんずんと進んでいくかのようで全く違う。

 ひとつの作品がちょうど細胞分裂して二つの作品となったみたいだ。


体細胞分裂_模式図.svg.png


 わざわざ図にまでしなくていいっ!!

 ともかく、こうしてみると名曲とはまさに生物で、カスタマイズというか最適化しながら時代とともに生きてつづけてゆくものなのかと思う。

2017. 4. 14

自分は何にもしないで「一年だ」とか勝手にしみじみと言うのは申し訳ないですが、本当に大変な一年だったと思います。DVD「歩道橋の上で」の中で、御大の部屋と黄色いトランクと窓から見える熊本城と街並み。御大、また行きたいっす。

2017. 4. 13

 ラジオで久々に聴いたオリジナルの「外は白い雪の夜」の美しさに聴き入る。もう飽きたとか、詞がベタだとかさんざん悪口を言っといて今さら面目ない。聴きなれたライブVer.とは違う室内楽奏のようなぬくもり。雪の夜にともる小さな灯り、泣いてる女と戸惑う男の光景を言葉だけはなく歌と演奏で丹念に描き上げている。たまらん。吉田拓郎、石川鷹彦、徳武弘文、島村英二、石山恵三、エルトン永田、あらためて名前を記してしまいたくなる。そして最後のバイオリンかフィドルのはかない切なさといったらない。まさにロックウェルに音楽の神様が降りていたことの証明だ。

 この原曲のアレンジのまま、幾星霜を経てさらに磨かれた、あのオリジナルのミュージシャンの技で、今聴きたい。思うにまかせぬこともあろうが、できるだけあのロックウェルの奇跡のミュージシャンで聴きたいよ。聴かせてくれ。

 一般的には松本隆の詞が冴える名曲と評されるが、怒られることだろうが、松本隆の凡庸な詞が、美しいメロディと素晴らしい演奏を得て名曲に昇華した作品・・・と言ってしまえ。

 ロックウェルの奇跡の一人、石山恵三さんお誕生日おめでとうございます。

2017. 4. 12

 そう、当時、御大が当時の新曲「外は白い雪の夜」を若い娘に聴かせたという一人は、アイドルの栗田ひろみさんである。おそらく浅田美代子さんのご学友で御大のご自宅に遊びに来られたのだろう。その時、栗田ひろみさんがこの作品を聴いて涙を浮かべていたと御大はセイ・ヤングで話していた。
 ああ…栗田ひろみ。「夏の妹」「放課後」「6羽のカモメ」…名前を聴くだけで甘酸っぱい思いが胸に溢れるというものだ。超絶可愛かったけど、どこかイケない雰囲気もあって中学生にはたまらなかった。篠山紀信さんでヌードになったときはびっくらこいたものだ。
 そう言えば、当時、栗田ひろみと井上陽水の交際が週刊誌のスクープになった。え、陽水と?例えば御大がアイドルと浮名を流してもそれはビジュアル系スターだからしょうがないと気にもしなかったが、陽水と栗田ひろみは驚いた。結局、地位とお金があればルックスは関係なく、この世はOKなんだと中学生なりに屈折した結論を出した(爆)。おい。失敬だろぉ。
…いかん、やっばり詩情のかけらもない。

2017. 4. 11

 第1回目の分も含め、昨日書いたラジオの記録は自分で読み返してみても心の底からウルサイぞ。あの番組の詩情のようなものが見事にかき消されている。もともと、ラジオの記録をしようと思ったのは敬愛する御大ファンの先輩の影響だ。彼女は70年台の昔から御大のラジオのメモをていねいに録っていらした。今でも御大のことで不明なことや困ったときにそのメモが登場する。そこには詩集のように御大の言葉や様子が記されていて実に素敵だった。
 それをマネしようとしたのだが、自分の記録は詩集なんかには程遠くデキの悪い受験生のノートみたいだ。あのメモの凄さをあらためて思った。

 たまたま昨今、Ninijin officeの方々とエア読書会をしている某作家に「ラジオ」と「静かな声」をめぐる小説があり全員が魅入られているところだ。チューニングをあわせて聴くことにこだわると言った御大。ラジオから流れる”静かな声”の世界を深くゆたかに味わいたまえというように聞こえる。ラジオとメモ。うーむ。アナログのチカラ。
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2017. 4. 10

ラジオでナイト第二回 2017.4.9


 4月5日で71歳。ここまでくると「もう放っといてくれ」という感じだ。ここ十数年、義理でくださるおばさん以外チョコも来ないし。HappyといわれるものがHappyではなくなっている。「これからアトはどうもちこたえるか」しかない。

<若い女性が生まれ変わったら吉田拓郎になりたいというネットの書き込みを読んだという投書>
 投書者の言う通り辛い人生だ、おすすめしない、こんな人生は俺だけでいい。

<2012年のライブの心のこもったお辞儀が素晴らしい、さすがお母様のお茶の先生の思いがしみついていらっしゃるという投書>
 お辞儀は一度頭を下げると上げられなくなる(笑)頭を上げると怒られそうだ。もういいかな、もういいかなと考えてから上げる。次回のライブでは、スッと行きたい。

 ついていけないこと。テレビとかのタレントの名前が一致しない。菅田将暉くんとか20代の人ら会うとドキドキ。

もう時代に乗り遅れている。
・スマホも2世代前のもの。変える気にならない。いいじゃないの、キビキビ動かなくても。
・ネットにもついてけない。
・異性にもついていけない。ついてったらストーカーだ(笑)。アイドル・女性の名前もすぐ忘れる。
・車の運転もしない。これからブレーキとアクセル間違えることがないとはいえない、75歳になったら免許証は返還したい。

 決して恥じることはない。年取ることは良いことなのかどうか、みなさんのついていけないことを教えてくれ。

<ジムに行くとお尻の穴をぐっとしめて…といわれる話の投書>
(何か言いそうなって)、コレはラジオでは言えない、脱線すると喋っちゃいけないことを喋ってしまう。いかに吉田拓郎は普段、ラジオで喋っちゃいけないことを喋っているか。

M-1 いくつになってもHappy Birthday
■提供 ブルボン パズルメイト

 ジングル「吉田拓郎ひとりで喋ってます」

■この曲のココはどうなのコーナー>
 今回も喜多條忠(笑)。メランコリー。馬飼野康二のアレンジは素晴らしい。喜多條は、「神田川」が代表作だが、「ハローグッバイ」キャンディーズの「やさしい悪魔」「暑中見舞申し上げます」とか。「暑中お見舞申し上げます」が喜多條だとは最近知った。

M-2 メランコリー 梓みちよ

・覚えているのは、梓みちよに、なるべく下手くそに歌ってくれと頼んだ。歌唱力のある人なので朗々と歌わないでくれ(試しにビブラートをきかせて歌ってみせる)とお願いした。軽く歌ってくれたのが良かった。
・乃木坂が出てくるが、この頃、乃木坂のフィリピンパブによく通っていた。ママが宝塚時代の梓みちよの同級生。バンブーダンスを踊っていた。杉田二郎と一緒にギター弾いて歌って、そのあとディスコ赤坂ムゲンに行ったりして、あの頃は、よく遊んでいた。

・紫のインクで中尾ミエにファンレターを書いたことがあった。中尾ミエが大好きだった。後に中尾ミエに曲を作った時に、目立つように紫のインクで書いたのに、なんで返事くれなかったといった。「ンもう 返事くれないんだもん」

<緑のインクは、中世の決闘状や絶交・絶縁に使用されたという詳しい説明の投書>
 昔は疑わなかったが、“緑のインク〜サヨナラの合図”今になって本当かなと思う。そこまで喜多條が知っていたのか、喜多條は誰から聞いたのか。

<各種恋愛のジンクス・言い伝えの投書の紹介>

 結局、中尾ミエに紫のインクで書いた吉田拓郎の気持はどこへ持ってゆけばいいのか(笑)

■僕の唄、思い出してみよう

M-3外は白い雪の夜(途中まで)

・1978年11月21日「ローリング30」に収録。
・箱根ダイアランドというホテルに泊まり、近くのロックウェルスタジオで制作。
 松本隆とホテルにこもって、アルバム2枚分を作り上げた。松本隆が詞を書いて、その横で、俺が5,6分、7,8分で曲をつけて、そのままレコーディングという作業。松本隆は、「オレが一晩苦しんだ詞なんだからもう少し時間をかけろ」といったらしい。
 しかし、作家にはそういう瞬間がある。「曲が降りてくる」そういうときが確かにある。

 「外は白い雪の夜」を78年ころも若い女の子たちに聴かせた「素敵な詞」と涙を流して感激した。
 現代はどうだろうか。
 ・今夜で別れと知りながらシャワーを浴びる女性が今いるのか?そんな面倒臭いことするか。別れるのにわざわざシャワー浴びるか? 別れに一発とか(笑)
 ・サヨナラの文字、タバコ何本並べればいい、そんなの並べてみなきゃわかんない
 ・最後の化粧をするので私をきれいな思い出にして、後姿を観たいから いつもあなたの影を踏み歩いた癖が直らない・・・「そんなキレイに別れられる女はいないよ」とカミさんは言っていた

<男を縛る強い女、男にすがる弱虫についての経験的考察の投書>

 やはり松本隆は男目線で書いていて、女性目線だとまた違うのかもしれない

<♪最後の化粧をするから…拓郎さんのカテージの化粧のMCを思い出してしまうという投書>

 80年か90年の頃、メイクに凝ったことがあった。アイラインにファンデーションと化粧は慣れてくると濃くなる

 広島だったっけ、コーラスの女子に「化粧が濃すぎます」と注意された。タムジンの娘からも「私もそう思う、濃すぎる」と注意された。

M-4 外は白い雪の夜 (full)

■今週のマイ・フェイバリットソング

 演歌は、リズムも詞も入り込めなかった。しかし、最近は演歌にもグっときている。
今日は都はるみ。広島のロックバンド時代、広島ACBのマスターが都はるみのポスターを貼っていた。その横でハウンドドックとか歌うことの違和感をマスターに訴えると「何いってんだ、都はるみに比べたらオマエたちの音楽なんて屁のようなものだ」と。

 寝るときにi-podを聴いている。寝やすいように10曲単位でフォルダにしているが、歌謡曲には、都はるみ、前川清が入っている。

 アンコ椿は恋の花。これは凄い。16歳の少女のこの歌唱、こぶし、唸りのタイミング、軽快さ、天才だ。毎日聴いている。

M-5 アンコ椿は恋の花

  車をバックするときには、窓を開けて後ろを観ないとできない。ミラーではなく、肉眼で確認しないとできない。だから雨の日は濡れてしまう。

<番宣では遺言のような放送かと思ったが、結果どうあれ…>
 「結果どうあれ」っていいね。

 ガウチョスカートについていけない。若い子もおばさんも、こんなのはやめてほしい。

★個人的思いつきと感想★

☆お誕生日にはいろいろな思いがおありだろう。”これからどう持ちこたえてゆくか”の言葉が重く、だからこそカッコイイ。

☆“いくハピ”はシンプルながら実に素晴らしい歌だなぁとの思いを新たにする。

☆生まれ変わったら吉田拓郎になりたい。そうお気楽簡単なものではないとご本人はもとより投書されたファンの方も同じように言っていたのは笑える。花も嵐も踏み越え実に大変な道のりだった・・・という共感がファンにもあるんだよなあ。

☆お辞儀。なかなか頭を上げられないという話、どうあれ御大のReverenceの美しさは永遠のものだ。

☆「お尻の穴をグっと」…きっとまたエンガチョなことを言いそうになったに違いない御大。坂崎さん相手だったら平気で喋っていただろう。フォローなり後始末なりをしてくれる人がいないからか抑え込んだ気がする。

☆喜多條さんの受難は2週続くか。Uramadoで書いた通りすばらしい曲であり、この作品をめぐる御大と喜多條さんの二人の間のドラマは涙が出る。

「紫のインクで中尾ミエにラブレターを書いた」御大はこれが言いたかっただけなのではないか。
☆キャンディーズの「暑中お見舞い申し上げます」。キャンディーズ大人化計画の一環なので喜多條さんの作詞について知らないとは思わなかった。「暑中お見舞申し上げます」は、最初、常富さんの作曲でそのメロディー(後に「暑中お見舞い申し上げますpart2」としてベスト盤に収録された)が没になって現在の曲になった。なので大人計画として、拓郎に依頼→フォーライフ社長就任で多忙→御大が常富さんに投げた…のかと思っていたが違うのか。どうでもいいことだが。

☆杉田二郎とフィリピンパブでバンブーダンスか。困った男同志じゃないか(笑)。

☆出ました「外は白い雪の夜」。言いたいことはuramadoで書いてしまった。よく考えるのは松本隆の方だとまで書いてしまった(笑)。申し訳ない。

☆「外白」を聴いて泣いた若い女性の一人は、当時のセイヤングでの御大のハナシによれば、女優の栗田ひろみさんである。なつかすぃぃぃぃ。

☆矛盾するようだが、「外白」、久しぶりに聴いた原曲の歌と演奏が素晴らしい。いいな。もちライブでの島村さんのドラムロールがドゥルルルルルというバージョンもたまらない。レコードとライブ、細胞分裂した2曲の別曲のようでもある。どちらも演奏と歌とメロディは圧倒的にすばらしい。

☆「曲が降りてくる」。ロックウェルには神様が降りてきていたことが、このアルバムを聴けばわかる。まさに聖地降臨である。今は原田真二のプライベートスタジオになってるんだよね。

☆化粧。王様バンド時代、御大はもとより、武部チー坊さんの化粧も濃かったというMCで大笑いしたのは、2014年だったか。確かに、王様の頃、化粧していたことがあった。
 コーラス女性とタムジンの娘さんに注意されたのは、2005年の初日の広島公演のことだと思う。あの時も化粧しすぎで白すぎだという話が、その後のツアーのMCのネタになっていた。何十年周期で時々、厚化粧になる謎の御大。

☆ 都はるみのアンコ椿大絶賛。「ずばらしき仲間U」のSATETOのリハーサルでアンコ椿は恋の花をギターで弾く御大の姿がチラリと観られる。
 なんとなく思った私の勝手な迷言

 「御大は演歌が大嫌いだが、演歌は御大のことが大好きである」

いみふ。
<総括>
 いい感じ。もっと深奥な話が聴きたい。時代についていけない、女性にもついていけない、運転免許返還、アナログ礼賛と…悟りの境地に近づく枯れた老人のような発言が目立つ。しかし、ガウチョスカート(調べちゃったよ、いいのかなこれで)のファッションを叱るなど、まだ煩悩の火は消えていない。なんかの拍子に「だーから、おまえらファンは時代遅れなんだ!!」と怒り出す可能性が大であると思う。「結果どうあれ」という投書の方は正鵠を得ている。ハラショ!
来週も楽しみにしています。

2017. 4. 9

 かのドラマで松たか子のことも気になり、ちょうど4月でもあり短編映画「四月物語」を観直した。若くて、恋心があって、春に桜が舞えば、もうこの地球上に勝てるものはない。最後に登場する飄々とした加藤和彦がとても素敵だ。役者ではないミュージシャンはこういうワンポイント出演がいい。
 御大もドラマ・映画出演作が数あるものの、一番ウマイのは「微熱少年」のチャラいカメラマンと「刑事物語4」のラーメン屋台の客…だと個人的には思うよ。もちろファンとして役者をしている御大が観られるのは嬉しいが、長尺のセリフや演技が厳しい。そのかわりこれらのワンポイント出演は立居所作も含めてとてもイイ。ミュージシャンゆえの瞬発的オーラがうまく出ている気がする。
 当時の「キネマ旬報」によれば、このラーメン屋の撮影時には、武田鉄矢には内緒のサプライズで御大が登場して武田の驚いた様子をそのまま映画に使う計画だったらしいが、事前に発覚してしまったらしい。残念。サプライズだったらどうなってたんだろうな。

2017. 4. 8

 サイト2開設周年ということでNinijn design officeの皆さんが地下の日本酒のお店でお祝いをして下った…というより無理矢理呼び出してお祝いの会を忖度させたというのが近い。すみません。こんな駄文を入れるにはもったいない器を用意してくださった、画伯、デザイナーの方々あらためてありがとうございました。
 吉田拓郎ファンではない方々はこのサイトの営みをどう思っておられるのか、怖くて聞けなかったが、とにもかくにも今後ともよろしくお願いします。

 TOPのイラストを描いてくださった画伯。しつこいがLIVE2014のシルエットと似てるがこっちはその5年前の作品なのだ(爆)。
 その画伯が小学生だった冬の日、校庭の木に登ってトランジスタラジオを聴いてたら”金曜日の朝”が流れてきた…それが私にとっての拓郎です…何度聴いてもイイな話だ。音楽にしてもラジオにしてもそんなふうにあってほしいと思う。

2017. 4. 7

 ファン・関係者の方々の加川さんへの思いを読むと、胸が詰まる。御大の悲しみもいかばかりか。
 渡辺プロの芸能界に憧れながら、ひょんなことからフォークの世界に放り込まれた御大。沢田研二らの煌くスター達と違ってフォーク界は「なんでこんなにルックスの悪いやつばかりなのか」と嘆く。「俺のルックスに勝つヤツがいない」と。そんな中に美しいルックスの加川良さんを観た御大は衝撃を受ける。「あ、俺はコイツをライバルとして戦っていくのか」。
 加川良さんは音楽家としてはもちろん、”ルックスで御大を脅かした男”としても歴史に残ってほしい。でもそうはいっても御大はオレの方がルックスが良いと思っている…に3000点。

2017. 4. 6

加川良さんのご冥福をお祈りします。加川さんを大切に思ってこられた方々どうぞお力落としなきよう…としか言えません。それにしても訃報が続き過ぎです。比べるまでもなく私には教育勅語なんかより、魂の底から「教訓T」です。素晴らしい歌をありがとうございました。

2017. 4. 5

お誕生日おめでとうございます。

1975年、まだ中学生の頃、朝日新聞に「2001年に有名人は何歳になっているか」という特集記事があり、そこには「吉田拓郎 51歳」とあって友人と大笑いしたものでした。2001年ははるか遠い未来で、50歳なんてすげー爺さんだと思っていたからです。そして今、2000年も超え自分たちも50歳をとうに過ぎて、現実は厳しく笑うどころじゃありません。そして御大も51歳どころか71歳となり想像を絶します。
 しかし、あの頃とかわらず、御大は新曲を書き、ライブをやり、ラジオで語っています。今もこうして御大をよすがに生きていられる幸せ。かくして私たちは素晴らしいLUCKを引いたのでした。心の底から感謝とお祝いを申し上げます。

長寿と繁栄を!Live long and prosper!

2017. 4. 4

NOTE「ラジオでナイト 第1回 2017.4.2」


 70年代初頭、バイタリス・フォークビレッジが初めてのラジオ番組。ディレクターの島田さんがユニークな人で、岡本おさみさんが台本だった。
 当時は、エレックというデタラメなところにいたので、マネージャーが収録日を忘れたり、いろいろと大変だった。それから50年近く過ぎて今や71歳。3年半ぶりのラジオ。

 ウェブ、ニコニコ動画、ラジコ…もうついていけない。

(幸ちゃんはいないのかというリスナー投書に)
 さすがに飽きた。俺はラジオの仕事とステージに全力を入れているのにアイツにとってはいろんなレギュラーの仕事のひとつ。面白くない(笑)。今回もお願いだから、坂崎だけは呼ぶなと注文した。

■番組テーマ

 みんなからのハガキ・メールが欲しい。昔、そういうやりとりの中で「春だったね」が生まれた。
 そちらからの声が聴きたい。それによって、自分も100才までやるぞみたいな気分になれればいい。

M-1 シンシア

 一人の友人が天国に召されました

 かまやつひろしさんの思い出は数知れず。しかし放送では言えないものばかり。自分のかまやつさん像は「暴れん坊」「とんでもない方」。

 昔、かまやつさんからフェイセスの山内テツさんのマネージャーの方を六本木のディスコで紹介された。好きなタイプではなかった。
 若い頃は
「気にいらない人にはあからさまに腹を立てるタイプ」
 だった(笑)
 トイレで「ムッシュ、あいつ嫌いだよ」「じゃ、やっちゃえよ、いいんじゃない」
ということで外に出て喧嘩が始ると、ムッシュはいない。原宿に松任谷正隆を呼びに行っていたとのこと。

■提供 ブルボン パズルメイト

 ジングル「吉田拓郎ひとりで喋ってます」

(オーストラリアの方のメール・帰国したら広島の歌碑に行きたい)

 先端技術・デジタルの時代でもアナログに愛着を抱いて生きていくのがいい。

■「リンゴ」について

 昔は何かというと喫茶店だった 岡本さんの詩にも喫茶店がよく出てくるが、自分はコーヒーが飲めないので心ここにあらずの場所だった

M-2 リンゴ

 (リスナーからのリンゴの二人についての各種設定の解釈を読む。わけてもミュージシャンと劇団員に食いつく。)

 元マネージャーの渋谷さんは、広尾の西日の当たる部屋に住んでいて山口百恵のポスターが貼ってあった。

…このコーナーはもうすぐ終わりかもしれない。歌が台無しになっていく。

笑っちゃいけない。

M-3 井上陽水の「リンゴ」

 曲に対する解釈は、次回以降は「春を待つ手紙」と「こうき心」を予定している。

■コーナー「僕のあの曲を思い出してみよう」

 思い出そうとはいっても、そっとしておいて欲しい気もする

テーマ小坂一也「春になれば」

M-4 小坂一也「春になれば」

 原宿プレイバッハで知り合う。曲を作ることになった。

 喜多條忠の詞。
「誰からも傷つけられたくなくてギターばかり弾いてた…」
 →そんな情けない男になっちゃいけないぞ、喜多條(笑)
「左手でお前の髪をまさぐり、右手で心をまさぐり…」
 →おっぱいを触っているのか、こら。

 小坂さんから生前、いつか自分の葬儀で♪サイクリング、サイクリング、ヤホーを歌ってくれるなということだった。

■今週のマイ・フェイバリットソング
 チャック・ベリーが亡くなった。ロックンロールの最初の人。
 (ギターでリフを弾く〜やせっぽちのブルース)

 ビートルズ、ローリングストーンズ、みんな影響を受けている。日本のフォークにはこういうものがない 四畳半フォークなんてダメ。
「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」というキースが企画したチャック・ベリーのためのライブで、チャックベリーが俺のアンプに触るなと怒って、キースがなだめているシーンがある。こういう凄い人。 

 日本でも青山徹がFの唄のバックで、チャック・ベリーのダック奏法をマネしていた(“あの娘といい気分”を弾く)

 いろんな人が亡くなる。残された生かされた人間はもう少しがんばろうと思う。

M-5  "Johnny B. Goode"

 (投書・去年横浜で流星で涙した拓郎さんに自分も泣いてしまった
そのあとで、今見たことは誰にも言うんじゃないぞといいながら ブログに自分で書いてしまう拓郎さんが好きです)

 ラジオに周波数合わせて聴こう。メール、ハガキ、封書を待っている。


★個人的思いつきと感想★

☆坂崎さんも小室さんも局アナも坂上とし恵もいない御大のひとり語り。待っていました。御大の一人語りは、やはり原点にして頂点である。
 ギターまで抱えてくれて言うことはない。
同時に坂崎幸之助からの自立。また何か困ったら「おい坂崎」に頼ることは明らかだろうが。

 フォークビレッジ当時が21,2歳ということはなかろう、とはいえよくある伝説という名の誤差の範囲だろう。

☆リスナーからの投書を真摯に求める御大。100歳までやろうという刺激を求めているところが嬉しいじゃないか。100年続きますように。

☆…と言うそばから、リンゴの解釈をリスナーに募集しながら、妙に素っ気なく、ひいては、これじゃ曲を台無しにするので、こんなコーナー消えるかもと初回にして言い放つテキトーさ。現役だぜ御大。

☆かまやつさんの葬儀のつぶやきがあまりに悲痛だったので心配したが、「残されたもの生かされたものとしてのがんばり」というフレーズで前向きな空気が伝わってきて嬉しい。かまやつさんのラジオで話せるエピソードがない、暴れん坊ととんでもない方、と言っていたが、それは御大あなだってそうでしょう。

☆六本木喧嘩事件。原宿に松任谷を呼びに行ったと言っていたが、ANNGのかまやつさんの言によれば、喧嘩しに外に出ていった御大の後をかまやつさんがついていったら,たまたまディスコの入り口で通りがかりの松任谷正隆に会った。「これから拓郎が喧嘩するんだけど観る?」「あ、観る、観る」という顛末だったが、これも伝説という名の誤差の範囲内だろう。

☆「春になれば」のこきおろしは何となく笑えなかった。今も大好きな作品だ。たぶん御大自身もそう思っているはずだ。私なんかは他の曲はさんざん文句言ってるので偉そうには言えないが。
 いろんな曲を思い出そうというコーナーながら、ポロリと「そっとしておいてほしい」との言葉が耳に残る。大丈夫、名曲はそんなことで揺らぎはしない…と思うよ。

☆それにしても「春になれば」は、名曲ながら、小坂一也の歌唱は職場の上司のカラオケを聴かされているみたいだった。御大のバージョンを聴きなおすとやっぱウマイよ、御大。

☆心の底から申し訳ないが、陽水のリンゴ。あらためて聴くとひたすらキモいだけだ。

☆渋谷マネの西日のあたる部屋が切ない。夕陽よ、渋谷を照らせ。

☆チャック・ベリー。御大のギター実演が心の底から嬉しい。うまいなぁ。
というわけでくれぐれもフォークは禁句である。だから気をつけよう。フォークの神様とかフォーク・シンガーとかフォークの肩書きがついた時点でもうアウトである。しかし、間違いなく世間の98%の人は吉田拓郎=フォークと確信している。御大の悲しみの旅路がここにある。

☆チャック・ベリーがキースを叱る「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」。かつて a dayにも書いたけど、当然ながらビデオを御大も観ていたんだな。嬉しいぜ。キースを叱るチャックベリー。御大を叱る内田裕也か。全然違う。

☆それにしても、”あの娘といい気分”とっさに「F」という最初の仮タイトルが出てくるとは面白い。きっとFっていつも呼んでるんだ。これから私もそう呼ぼう。拓バカ一代。

☆「今見たことは誰にも言うんじゃないぞ!言いながら ブログに自分で書いてしまう拓郎さんが大好きです」と若いリスナーのこの発言に3000点。看破しとる。

<総括>
 ひとり語り…嬉しいったらありゃしない。番宣取材では、最後のラジオということで遺言みたいな雰囲気もあって心配されたが、聴いてみるとポジティブでそれでいてテキトーさもある自由な放送で安心した。ずへては御大の進むまま、ついていくしかない。毎週、毎週、愛でてまいりましょう。

2017. 4. 3

こういう感じの一人語りを待っていた。坂崎さんも小室さんも局アナもいない御大の喋りはいいねぇ。早くも潰れそうなコーナーたち(爆)それでこそ御大。ちらちらと覗く前向きな気分もまた嬉しい。ギター抱えていたのもまた至福。「ライブで人には言うなといいながら自分でブログに書いてしまう拓郎さん」と書いてきた青年は若いのに偉い(笑)。そうそう何よりご本人の名曲解題も聴きたい。最近だと「"僕の道"は"家路"だった」みたいなやつ。こっちの思い込みと都市伝説を粉砕するような語りも楽しみだ。ちゃんと愛でようこのラジオ。

2017. 4. 2

 嘘から出たマコトにならないかと毎年4月1日になると思う。年々クオリティが上がるばかりか円熟味まで滲み出ていて凄いもんだ(爆)。

 さて4月だ。吉見佑子さんの1980年頃のエッセイで、吉見さんが御大と二人の時に「ねぇ歌ってぇ」と言ったら、御大から「んなもん、歌えるかっ!」と怒られたと書いてあった。
 しかし、ずいぶん経って、TVの「お喋り道楽」で、ゲストの細川直美さんにメロメロになった御大は「ボクはノーギャラでは歌わないというプライドがあるんだけど、今日は…」とかなんとか調子のイイ事言ってサイモン&ガーファンクルの「4月になれば彼女は」を甘く歌ってあげていた。「拓郎の人でなしっ!!」という吉見佑子さんの叫び声が聞こえた気がするが、空耳か(笑)。
 プロであっても「歌う」のはあくまで個人的な情熱と都合だ。決して御大は人類の博愛平等のために歌っているわけではない。だからこそ素敵なのだと吉見さんも言いたかったのだろう。

 4月になれば御大は …ラジオだ。

2017. 4. 1

驚いた。御大化粧品とタイアップですか。春から凄いニュースだ。ソーネン7117とは凄い。TVCMはいつからだろうか。楽しみでならない。是非欲しいぞ。マツモトタカシちゃうちゃうマツモトキヨシに行けば置いてあるだろうか。それにしても「ハンド・イン・ハンドクリーム」はいらねーぞ。

2017. 3. 31

来月はワンタンの旨い店に遠出することになった。それにしてもワンタンといえば御大だ。一時期ステージ前に楽屋でよく食べていたらしい。ある日のラジオで、今日は鈴木茂がワンタンの実を全部食べてしまったのでスープだけ飲むことになったと嘆いておられた。こういう大いなる人々のどこまでも小さい話をラジオで聞かせてほしい。

2017. 3. 30

調子にのって偉そうに書いても、結局、御大という人のことはわからない。わかったような気になるけど結局わからない謎なのだ。それに一瞬わかったとしても、次の瞬間には、御大はたちまち違う場所、違う境涯に行ってしまう。"胸まである草分けて ぐんぐん進む背中を 追いかけていた見失わないように"ドリカムの「晴れたらいいね」を思い出す。ドリカムは心の底からどうでもいいのだが、このフレーズを聴くとわかった気になって御大の背中を見失うまいと自戒するのであった。

2017. 3. 29

 昨日の妄想妄言の続きだが、いまや流行語の「忖度」って面白い。憲法に表現の自由が堂々と保障されながら、なぜこの国の報道自由度が世界72位なのか? まさにこの国が「忖度」で出来上がっているからかもしれない。若い頃の御大が、あそこまで衝撃的でまたマスコミ等から叩かれたのは皆が大切にしていた「忖度」を見事に蹴飛ばして見せたからではないか。
 御大は「忖度」の人ではなく「思いやり」の人なのだと思う。思いやりは忖度と似ているが、そこには計算や打算もない。「忖度」と「思いやり」の違いの分だけ、御大は損をしている気がしてならない。そこがファンから観ても歯がゆかったりする。もっと「忖度」があればアワードとかやってもらえたのに(爆)。
 しかし、何度でも言うが、そういうところがまた御大の深甚なる魅力だったりするのでややこしい。って自分でややこしく考えているだけなのだが。

2017. 3. 28

 WOWOWで武部聡志還暦ライブを観た。その洗練された豪華さにびっくらこいた。ライブというよりまさにアワード。グラミー賞みたいだ。話に聴いていたかまやつさんのトリビュートも素晴らしく胸が熱くなった。恐るべし武部聡志の仕事と松任谷正隆のプロデュース。谷村新司の「武部ちゃん」を除けば(笑)最高の音楽ショーだった。

 しかし、鬼畜な私はそこで終わらない。感激しながらふつふつと怒りが湧いてくるのを禁じ得ない俺を許してくれ。
 武部聡志のためにこれだけできるなら、なぜ吉田拓郎のためこういうアワードをやらない。なるほど御大が真っ先に嫌がるに違いない。だが御大の好き嫌い、ひいては御大が出るか出ないか、そんなことは関係ない。とにかく音楽界が、全力で御大を讃えるところに意味がある。身を挺していまの音楽ジャンルを開拓し、コンサートツアーをはじめとした業態を作りあげ、その土台の上に生きている音楽界ではないか。口先だけのレスペクトではなく、音楽的にもハイクオリティなアワードをやってくれよ。それができない音楽界なんかツマラナイ音楽と忖度に永遠に呪われるがいい(爆)。
 是非御大が現役のうちにありったけのリスペクトをお願いしたい。そこに例えばユーミンと中島みゆきの両手に花で腕をとられて席につく御大は素敵だろうし、逆にそういうおめでたい席を拒否して、あくまで孤高に歌う御大もまた最高に魅力的に違いない。

どっちにしても御大が輝けばいいのだ。

2017. 3. 27

昨夜、知り合いの御大ファンの方から「ラジオやってないんだけど何時からだっけ?」と問い合わせが来た。ったく来週からだろ!と一瞬思ったが、こうして先走ってしまうのも拓郎さんへの愛が溢れてこぼれてしまったからなのよ…と満島ひかりなら言うだろうと思い直した。いみふ。ただ経験則で こういう愛がこぼれている人は肝心な本番を聴き逃すことも多いので、ぬかりなく。

2017. 3. 26

 卒業式シーズンはやはり松任谷由実の「卒業写真」だ。あ、違う「荒井」か、なーんだバカヤロ。すまん。数年前にテレビで観たユーミンのこの曲の本人歌唱がすんばらしかった。ステージ中央にグランドピアノが二台並んで松任谷正隆と武部聡志が二人だけで伴奏する。震えた。
 当然、私の妄想は飛ぶ。ユーミンが二台なら御大はピアノをデーンと三台並べて、松任谷正隆、エルトン永田、武部聡志のピアノの協奏で「流星」を歌うのだ。もう、そんなの聴いたら絶対に全力で泣くぞ。しかし昨年のステージを観ると御大が真っ先に泣いて歌えなくなるのではないかと心配だ。おい。

 「いや、そのシチュエーションだったら”マラソン”だろ」、「いや”言葉”でしょう。」「どうして”どうしてこんなに悲しいんだろう”じゃないんだろう」という居酒屋系の意見も併記しておく。

 ピアノvs御大 が聴いてみたい

2017. 3. 25

 ライブ会場にゴキブリを放って逮捕されたというニュース。とんでもないヤツがいたもんだ。ゴキブリといえば、御大が「夜ヒット」で「あの娘/いつ夜」を歌った回でスタジオにゴキブリが出て騒然となったのを思い出す。御大のよけ方がカッコ良くてプリティだった(笑)。「あ、これ番組で飼ってるんです、太郎って名前なんです」とくだらないフォローの井上順さんがまた嬉しい。
 井上順といえばダジャレ攻撃だ。いつも最初は喜んでいる御大も最後は「帰ってくれよ」と辟易していた(笑)。かまやつさんと御大と井上順と盛り上がっていたラジオのあのゆるい雰囲気が懐かしい。ダジャレが「おやじギャグ」として社会から放逐されて久しいが、井上順のダジャレを久々に聴きたい。デーブスペクターと日米ダジャレ決戦をしてくれ。もちろん日本の圧勝である。

2017. 3. 24

 「カルテット」は椎名林檎の主題歌も良かった。椎名林檎といえば、10年位前、齋藤ネコさんの「猫カル」(をを、カルテットだ)をライブハウスに観に行ったら、同じテーブルに椎名林檎さんが座られてびっくらこいた。緊張したがとても気さくな方だった。ご自分のカバンから焼酎のボトルを出して粋に飲んでおられた。空になったボトルを置いて帰られたので、うやうやしく頂戴して家宝にした。こういう種類の家宝のことを考えるとどうしたって御大のファンの彼を思い出す。トレジャーハンターとは君の事だよ。♪大人は秘密を守る…それにしても「晴耕雨読」か。いい言葉だ。でも「雨読」はいいけど「晴耕」は辛いな(爆)。
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2017. 3. 23

 音楽とは無関係の仕事だし、趣味でバンドや楽器をやってるわけでもないが、なぜか、職場の目を盗んで、せっせと楽譜をコピーして切り貼りしている(謎)。楽譜っていいなぁ。建物や機械の設計図みたいで。あの燃えたぎる演奏も感動のメロディーもこのペラペラの紙におさまってしまう。逆にこのペラペラの紙を紐解くと壮大な音楽が生まれる。なんだっけか、昔のお坊さんがお経のことを巻けば一巻に収まり、広げれば天地を包むとか言っていたのを思い出す。いかん線香臭いな。楽譜のハナシだ。

 御大は「楽譜は必ず一枚にまとめる」と言っておられた。よくわかんないが心の底からカッコイイな。御大直筆の楽譜って見てみたい。TYIS、レプリカでいいからグッズで売ってくれまいか。額に入れて部屋に飾っておきたいのだ。季節替わり、月替わり、その時の気分で曲を取り替えたりして。

2017. 3. 22

ドラマ「カルテット」は面白かったなぁ。「それでも生きてゆく」以来、満島ひかりの演技にはいつもいつも打ちのめされる。彼女だけでなく、行間の魅力に満ちた共演者たち。それにしても、ステージに空き缶投げちゃいけないぞ、卯辰山。それでも、音楽と音楽家はいっそう美しく輝く。いいシーンだった。思いとはこぼれおちてくるもの。

2017. 3. 21

ラジオは心の底から楽しみで全力で応援するが、ただ基本はそんな必死になってメール募集しなくてもいいんではないか。昔からハガキやコーナーなんてロクに読まなかったし続かなかったじゃん(笑)もう、御大あなたが好き勝手にボゾボソ、タラタラ喋ってくれればそれでいい。たまに珍しいデモテープでもかけてくれれば悶絶だ。御大が普通に一人語りすれば、それがそのまま詩となり、唄となり、ドラマとなり、私たちを救う経典(おいおい)となるのだ。

2017. 3. 20

 先月のNHK-FMのある番組で、たまたま大瀧詠一「君は天然色」、デュークエイセス「鉄人28号」、吉田拓郎「知識」が流れた。関連性のない偶然の選曲結果のようだが、妙に感慨深い。

 「知識」を歌う御大はかつて「自分にはウンチクと呼べるものが全くない」とキッパリ宣言していた。他方、博識で有名な大瀧詠一は、菊池Pのインタビューの時「大瀧さんはウンチク王だから…」と言われて怒り出した。「知識というのはただそれだけでは何の意味もない。好きなものと結びついていてこそ意味がある。ウンチク王などといわれるのは心外だ。」
 この二人のミュージシャンはスタンスこそ違うが、薄っぺらな知識やウンチクに振り回されないという気骨において通底している。

 そして御大は子どもの頃、毎月「少年」という雑誌を愛読していたという。「俺だけダルセーニョ」の中にも、いつも雑誌の発売日の前日の夜に、父親が本屋で特別に入手してきてくれて一日早く読めることが、病弱だった自分には非常にうれしかった…というくだりがある。
 なぜなら御大はこの雑誌に連載されていた横山光輝の「鉄人28号」がとにかく大好きだったからだと確かハワイからの公開放送の時に語ってくれた。

 ということで冒頭の三曲は深くつながっているのだ。…と得意気に書いているが、これもウンチクではない(笑)
 「鉄人」が大好きでワクワクしながら雑誌を楽しみにしている病気がちな少年御大、毎月わざわざ前夜に本屋に足を運ぶ父親、それを大人になっても忘れない御大…他人の親子のハナシではあるが勝手ながら、心に思い浮かべてみようではないか。ちょっと幸せで、妙に胸が熱くなったりする…そういうものだと思う。そういうものってどういうものだ(爆)。そういうものとしか言い方がない、そういうものなのだ。

2017. 3. 19

チャック・ベリーが亡くなった。殆ど知らないので偉そうに語れるものではないが、ロックンロールの始祖であり、ストーンズの師匠であり、この業界で唯一キースリチャーズを殴った人として知っていた(爆)。後年のチャック・ベリーのトリビュートライブの映像を観ると、お歳をめされたチャック・ベリーが、やはり、キース先生のギターの弾き方を厳しく叱っているシーンがあった。キースも怒られた生徒のようにオドオドしていた。すごい人なんだな。御大のことを叱る内田裕也みたいなものか。>比べるな。

2017. 3. 18

お彼岸である。この時期、仏花が貧相なのに異様に高くなるのが悲しい。ま、こっちも仏花のことなんて日頃忘れているから仕方ないことなのか。御大の話で、広島修道大の歌碑の序幕式で貰った花束をそのままお墓にお供えしたら派手に浮きまくってて大笑いした(爆)という話が好きだ。

2017. 3. 17

 ユーミンのHPでのムッシュの追悼のUSO・RADIOを繰り返し聴く。「今日この話をしたらこうなってしまうとはわかっていだんだけど…」と涙に途切れる言葉。そこにユーミンの素晴らしさをあらためて思い知る。巧く話せるかどうかに関係なく今このときに話さなきゃいけないことがある。後にいろいろ言われたり、もっとソツなくできたかもしれないとか逡巡はあるかもしれないが、今この時だからこそこめられるものがある。

 思えば、御大のラジオも昔からずっとそうだった。打算も計算も無く、そのときの思いをいつも言葉にしてくれた。時に世間を敵に回したり、物議をかもしたりもしたが、いつも率直果敢に今を話してくれた。そんな大事件ではなくとも、たとえば新曲ができるとプロモーション戦略なんか、まるっと無視してすぐにデモテープを聴かせてくれたり、ライブが近く盛り上がってくるとネタバレ上等で、リハの録音を延々と聞かせてくれたりもした。そんな御大が大好きだった。あ、過去形じゃない大好きだぜ。

2017. 3. 16

 久しぶりにテレビで野球を観たらほぼ全員知らない人だった(爆)。またその知らない彼らが強いのなんので驚いた。だいたい最後に球場で観戦したのは高橋由伸がプロ入り初HRを打った時だからどんだけ昔なんだ。
 昔といえば御大が東山紀之と巨人VS西武の日本シリーズを観戦する番組があったのを思い出した。江川卓に感想を聞かれた御大が試合のことではなく「試合中、後ろの席のおばさんが、ボクのことを石野真子の元ダンナと勘違いしてずーっと『アンタ知ってるわよ』と声掛けてきてうるさかった」と怒っていたのが面白かった。

 そうそう、御大ご提供の原辰徳の「季節の風の中で」…うっかりアイツの歌と間違えそうなタイトルだけど結構好き。♪友よ、若さはぁぁぁ〜で燃えてしまう。

 ああ、昨日は東京ドーム記念日だったかっ!!

2017. 3. 15

 武田鉄矢の水戸黄門と聞いて、驚きと嫌な予感しかしない。しかし、よく考えれば、何十年か前も、ドラマの開始前には、武田鉄矢が学校の先生?,熱中時代のパクリかよと叩かれたものだ。教育大なのに気の毒だった。「らしくなさ」のイメージだけで決めつけまいと自戒。

 もしうまくいかなかったら、今度は御大に黄門様のオファーが来るに違いない。そのときは、助さん=長渕剛、格さん=浜田省吾、八兵衛=坂崎幸之助、風車の弥七=甲斐よしひろで脇を固めてほしい。ただ、このキャスティングの難点は二つ。黄門様が一番スマートで背が高くなってしまうことと江戸時代にサングラスがあったかどうかだ(爆)

2017. 3. 14

教えていただいたユーミンのサイトのUSORADIOはたまらない。絵が浮かぶと言われたが本当だ。御大のつぶやきとあわせると大切な人を亡くした男女の間の書簡のようでもある。ここのところずっと「吉田拓郎さん」と言ってた気がするユーミンの呼び捨ての「拓郎」を久々に聞いた。苗場に行ったんだ。ライブのあとのホテルのバーで松任谷正隆のピアノにあおられて「アジアの片隅で」のサワリを歌った…という昔ネットで読んだ都市伝説のような書き込みは本当だったのかもしれない。御大の人となり、失礼だけど少女のようにピュアなユーミンの心情、とにかくたまらない。

2017. 3. 13

 築ほぼ70年の家を取り壊し、その柱の木を記念に残してもらった。どうしようもない古家だったが、柱は削るとキレイなままでしっかりとヒノキの香りがした。凄いもんだ。

 御大は、木の香りが大好きで、建築中の家を見つけるとしのびこんでその香りに恍惚となると話していた。まさに変態の心わからずして何が健康体かの世界だ(笑)

 70年経っても中身は無垢なままだった木を観て、長年の感謝も去ることながら申し訳ない気持ちでたまらなくなった。木とは悠久な時間を生きているのだと思い知る。いや、外身は老いようとも人間の魂(ソウル)も同じではないかとも思う。
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2017. 3. 12

 被災地の方々とは比ぶべくもないが、東京もしばらく街は暗く不安の塊だった。地震後初めて会ったと思われるイカレタ感じの若者カップルが、駅で会うなり「おお無事だったかー」と抱擁しているのを横で見ているだけでもらい泣きしそうだった。何度でも書くが、そんな中でエルトン永田さんが怒るように弾いていた「時代」、御大がチャリティー放送で歌ってくれた「春を待つ手紙」。忘れられない。音楽のチカラを信じようと思った。

 若者といえば、最近、御大とインタビューに出ていた菅田将暉くん。あの濃い顔がなぜか懐かしかった。そうだ「レインボーマン」をリメイクするなら主人公はぜひ彼にやってほしい。いみふだろうが。

2017. 3. 11

”僕等はどこに 居たんだろう あの日は何を 見たんだろう”・・・ 御大、春を待つ手紙を歌っておくれ。 

2017. 3. 10

確かに深夜ラジカセのチューニングを気にしながら、御大の一言をも聞き漏らすまいと夢中になったものだ。これから毎週の足掛け二日の放送が嬉しいったらありゃしない。それにしても名曲について御大自身の解題やファンの方々による棚卸しとは面白い。自分も一人だと思い込みや好みや偏った性格でどうしても見えない限界がある。たとえば名曲とされる「外は白い雪の夜」。メロディーや演奏は心の底から美しいと思うが、あの詞のどこが感動的なのかサッパリわからない。影を踏んで歩くカップルなんて怖いだけだ。それは感性の無さですと言われればそれまでだが(涙)…

2017. 3. 9

めざましTVで御大を観る。ああ、さり気ない立居振る舞いを含めて超絶かっけーな。この一週間の悲痛事に心配していたが、ちょっと安堵した。もっとも、たかが一ファンの思い込みなんかはとうに超えて生きてるお方だが。仕事場の同僚が「最後のレギュラーですって」と反応していたが、すぐに最後とか最終とか言うのは御大の若い頃からの習癖なので軽くスルーするのがファンのたしなみというものだ。それにしてもホントに苦手な曲とかトホホなこととか吊るし上げていいのか?そういう事は、もうそれこそいっばいあるよ(爆)

2017. 3. 8

 ドラマ「カルテット」での“カヴァレリアルスティカーナ”が印象的だった。何度言っても舌を噛みそうだ。それにしてもどうなるんだ、あのドラマは。視聴率はよくないようだがハマってしまう。この曲を聴くと、条件反射で頭が走馬灯状態になって涙が出そうになる。今は、どうしても御大とあの方の様々な映像が走馬灯状態で浮かぶ。そもそもこの曲がこんな条件反射の走馬灯曲になったのは"ゴッドファーザーV"のアル・パチーノのせいだと思うが。
 かつて仕事場のオペラファンの同僚に、“カヴァレリアルスティカーナ”が聴きたいと言ったら、古今東西いろんなオーケストラのものを10バージョン以上持ってきてひとつひとつ熱心に解説してくれた。こっちは区別がつかないし、申し訳ないが辟易した。でも自分も、もし「落陽」が聴きたいと言われたら、73だ、79だ、85だの用意して、高中とか青山とか熱く語って困らせるに違いない。…良き隣人でいたいものだ。

2017. 3. 7

 御大、言葉にしてくれてありがとう。追悼コメントなどより切実なものが伝わってくる気がする。もう充分だ。

 教会と聞いて、かつてテレビのワイドショーで観たかまやつさんのお父様のティーブ釜萢さんのご葬儀を思い出す。かまやつさんがあの笑顔でご挨拶しながら大粒の涙をポロポロとこぼされていた。ちょうど御大はロスのレコーディング中で帰ってきて直ぐにラジオでお悔やみを述べていた。
 あの時はこんな日が来るとは思いもしなかった。人生とはいったい何なのだ。

 御大、俺がついているぞ、いらないだろうけど。

2017. 3. 6

"水無し川"ですね。カントリーで御大が寄り添う中にムッシュの歌う"水無し川"を聴けたのは今となっては貴重だった。ついでに"竜飛崎"も聴きたかったけど詮無いことよね。 "吹雪のあとに春の陽ざしが 花に酔ったらその時泣こう"ステージで御大もココが特に好きだと言っていたフレーズ。御意。心にしみる。松本隆の"春を待つ手紙"か。そうか、かまやつさんは"水無し川"の季節に旅立ったのだな。

2017. 3. 5

 御大作曲以外では、かまやつさんの歌う”幼きものの手をひいて(阿久悠/筒美京平)”が好きだった。阿久悠さんは、御大の”純情”についても書いてある”なぜか売れなかったぼくの愛しい唄”という著書の中で、この作品のとおり、当時まだ小さかった息子さんの手をひいて仕事場にやってきたかまやつさんのことを書いている。”君に何を聞かせ 君に何を見せる 二人だけの旅を続けて”かまやつさんの明るいボーカルゆえにいっそう心にしみる傑作だ。
 御大の”子供に”、ディランの”FOREVER YOUNG”と並ぶ世界の三大父親ソングだ。いまテキトーに思いつきで言っているだけだが。
 一般Pの私ごときが大きなお世話だが、今のTAROかまやつさんの悲しみはいかばかりか。そしてどんなお父さんだったのだろうか…ってこれもさらに大きなお世話か。

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2017. 3. 4

 いろんな方々のムッシュの逸話が溢れている。どれも笑顔のこぼれる話ばかりだ。”人徳”なんて言葉はキライだが、なんかそれしか浮かばない。

 79年の深夜放送セイヤング。あることで悩む御大に、かまやつさんは、シンシアのサビを歌って、拓郎は、こんなイイ曲が書けるんだから、その有り余る才能を人間関係でなく音楽につぎ込んで…あとは奥さんの膝で寝ていればいいんだよ…とさり気なく語りかけた。ウロ覚えだったが、御大ファンの先輩がメモしてくださっていた。ありがとうございます。あの夜の柔らかなアドバイスを書き留めていたとは、俺と同じあの星見つめて…みたいな気分だ(笑)

 エリマキトカゲ音頭はぶっとんだ(笑)。かまやつさんは新曲発表の記者会見までやって、曲を聴いて固まっている取材陣に「皆さんさっきから誰もメモを取ってませんがそれで大丈夫ですか?」(爆笑)

 たくさんの音楽家やファンの思い溢れる中、奥さんと二人悄然と旅立つとは… 本当に風のように生きたとはこの人のことではないかと思う。

2017. 3. 3

 ああ、だめだ。悲しすぎる。何がどう悲しいのかもわからない。

 思えば最初からいつもかまやつさんがいた。いてくれた。

♪空がこんなに青くって…このまま行けばいい自由と連れ立ってぇぇ…中1のころ聴いていたムッシュのライオン・フォークビレッジ。「なんと来週は6か月の沈黙を破り、あの吉田拓郎くんがゲストに来てくれます…」へー。まだタクロウなんて名前しか知らなかった。よく知らんがそんな凄い人なのか。そのラジオで二人で出すシングル「シンシア」を発表。かまやつさんご推奨ということでワケもわからず大人の気分で初めて買ったシンシア…イイ…竜飛崎もしびれた。夏休みはそればっかり繰り返し聴いた。Tくんとムッシュのものまねを練習した。

 同年の秋。TBS「歌謡最前線」で御大が「ペニーレイン」を炎のように熱唱したときも、緊張する御大を「ザマァミロ」と囃しながら笑顔で見守っていた。ベスト30歌謡曲、ミュージックフェア…南沙織を引っ張ってこっち向きなさい・・・とにかくいつも一緒にいた。

 翌年、下駄を鳴らしてが大ヒット大爆発、世の中がムッシュと御大で染まるのを目の当たりにした。
 御大がムッシュのこの曲を最後に他人に曲は書かないといって発表した水無し川。御大の嘘つき。釜田ですよ昭和元年。コッペは蒲田に住んでいた。

 Dr.ムッシュの不思議館。ムッシュのラジオに出ると、御大はいつも嬉しそうでグダクダだった。だいたいエッチな話かエンガチョな話しかしない。ヘビの夢でいってしまう話、ポインセチアを食べた話、フェラーリ酔っ払い運転の話、タクロウ、雪之丞ってハクイぜ、ムッシュ顔が歪んでるよ、松任谷正隆を誘って喧嘩観戦した話、赤枝先生=御大=ムッシュの性の悩み相談室、所ジョージのゲストで生ラジオでいきなり御大に電話して放送禁止用語を言わせようとしたり、御大が呆れていたエリマキトカゲ音頭…いつも笑っていた。そういえばプライベートでとある銀行の待合のベンチで見事に周囲から浮いて座っていたかまやつさんをお見掛けしたこともあった。なんてカッコよくて、おしゃれで、自由で、オバカで軽くて、温かくて偉大な人なんだ。

 つま恋85の水無し川歌詞忘れラララララで誤魔化し事件。「アジア」爆唱のヒットスタジオ。緊張と興奮と情動で確実にどっかにイっちゃってる感じの御大のもとにもしっかり駆けつけて応援してくれた。ムッシュ還暦パーティでの御大VS泉谷乱闘事件。
 いろいろあっても、つま恋2006の寄り添って歌う二人。これからは、もう泣かずには見られまい。そしてショットガン・チャーリーとして同行したカントリー。毎回、靴下をお土産にくれると御大は嬉しそうだった。

 カントリー熊本公演の翌朝、ホテルの朝食会場に行ったら、一人会場から出てくるかまやつさんとすれちがった。声をかけたら、ヨッ!と手を上げて飄々と去っていった。

 いつも御大とともにあった。凄いミュージシャンであり才人なのに、そこに、笑顔で飄々と幸福感を醸し出しながら、ただいてくれた。そのことの大きさと重さを思いはじめるとたまらない。

 ファンとも言えないはしくれものですら、こんな気持ちなんだから、一緒に歩いてきた方々、お近くにいらした方々、真摯に愛してきた方々のお気持ちはどんなものか想像もつかない。

 今夜すべての居酒屋でそれぞれのムッシュをかみしめて飲もう。

 本当にありがとうございました。

2017. 3. 2

かまやつひろしさん。絶句。言葉がありません。ずっとずっといてくださる方だと思っていました。なんてことだ。ただの一般Pの私ですが、とてもお世話になりました、ありがとうございました。ご冥福を祈らせていただきます。

…だめだ そんな言葉で気持ちは静まらない

2017. 3. 1

掘北真希さん引退。御大の心中お察しします。昔、御大が作曲したアイドルは皆引退するという呪われた伝説…というか実績があった。とんと依頼が無くなったと御大も嘆いていた。だが、長い目でみると皆かなりの高率で復帰して活動している。かつての御大の曲を大切にしてる方も多い。結果的に御大の曲は縁起の良い物だったのではないか。

 つま恋が新規オープン。大歓迎だが”聖地のスピリット”もキチンと継承されるのだろうか。このドサクサで南こうせつの銅像が建ったり、レストランのパネルが桜井と小林武史のapbankに変わったり、いきなり星野源とか三代目J soulとかがライブを打ったりしやしないか。不幸にも私達は、昨年つま恋と全力でお別れしたため、年齢的に心身のエナジーを使い果たしてしまった感が強い。一旦座るとなかなか立てない爺ちゃんみたいだ。今この隙を突かれると防御が非常に脆弱だ。これからこそ聖地奪還の気概で新しいつま恋に足を運びたいものだ。
 当然、こけら落としは御大関係で頼むぞ。吉田拓郎ガンバレ、吉田拓郎ガンバレと子どもたちにも連呼してもらいたい(よしなさい)。

2017. 2. 28

 アカデミー賞授賞式。受賞取り違えは驚いたが、その後のフォローは感動的だった。面白かったのは、過去に受賞した名優たちが自分への誹謗悪口のツイートを自ら朗読するコーナー (笑)。下手クソ、ムカつく、糞ジジイ、アバズレ…辛辣なツイートに、ある俳優はその通り!ある俳優はクソ野郎!とそれぞれのリアクションで笑いをとる。ノーサイドな温かい空気。アメリカって、すげーなぁと思った。
 「キーボード、グリッサンドでキメてるヒマがあるなら、打ち込みに頼らずキーメロくらいちゃんと弾けよ」「天才ギタリストにしても、アンタの落陽は、学食のハムくらい薄っぺらだ」「踊るな、仕切るな、映り込むな」みたいな悪口を鷹揚に朗読してはくれまいか。おい。

2017. 2. 27

TVドキュメント「宮崎駿、終わらない人」を観直す。何度目かの長編引退の撤回。御大と一緒で、その都度消尽してホントに辞める気だったのだと思う。宮崎監督と違うのは、御大には鈴木敏夫Pがいない。クレバーな御大は自ら鈴木Pの役割も果たそうとしている気がする。そこが魅力であり心配でもある。

2017. 2. 26

「桐島、部活やめるってよ」→「石山、慕情歌うってよ」→「石山、流星歌ったってよ」。いつの間にか虜になってる私とその周辺。愛の行間に満ちたボーカル。行間案件だ。いみふ。敬称略してすみません。「うるせバカ」と言われるので遠くから観ていよう。ロックウェルよ屋根の梁を高く上げよ。

2017. 2. 25

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第20曲・完>

♪僕の唄はサヨナラだけ


 言うまでもない御大の最高傑作だ。身の置き所のない悲しみが波動のように押し寄せる凄絶な詞、重厚で魂に染み入るようなメロディー、自分が作った曲でもなんでもないが(あったりめぇだ)、ブルース、R&Bソウル、ロック、フォーク、歌謡曲…どっからでもかかってこい!と叫びたい(笑)

 しばらくご無沙汰だったが、2014年の「AGAIN」の時に武部・鳥山チームでセルフカバーされたがアウトテイクとなった。もしライブで実演されるとすれば、このバージョンが最短距離にいるのか。しかしシロウトの戯言だが、この最新バージョンはトテモ正しい演奏なのだろうが、どこか物足りない。"行間”がない。ちょうどノンアルコールでカロリーオフのうえに特保指定のビールみたいだ。この曲に限らずかつての演奏には、テクニックのみならず怨念や情念の詰まった"行間”があった。高中しかり青山しかり、キース・リチャーズなんて今や"行間”しかない(爆)。もっと行間を!

 …と昨日はここまで書いてとん挫して、独酌しながら田家さんの「サンデー毎日」を読んだ。かつて読んだエピばかりなのだがなぜか深く心揺らされる。読みながらLIVE2016を観た某巨匠の「これだけ拓郎さんが気持ちよく歌っておられるのだから流派の違いはあってもそれはミュージシャンとしての立派な仕事です。」というお言葉を思い出した。

 御大はあえて"行間”のない演奏を選んだのだろうか。怨念と情念の詰まったライブではなく、打ち込みの多用も含めて整然と組み立てられて、御大自身がひたすら気持ちよく歌えるそんな演奏を2016に求めたのか。すべては邪推だが。
 怨念や情念という行間から遠く離れた、おだやかな"僕の唄はサヨナラだけ"…それが今なのかもしれない。
 それは今の御大が選ぶ道である。どんな道を選び、誰が演奏しようとも、常に”御大の魂(ソウル)"とともにあってほしいと切に思うのだった。

2017. 2. 23

♪砂浜で身を焦がす若者のレイディオウ…が頭から離れん。一人のレディオウ楽しみにしているっす。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第19曲>

♪ガンバラナイけどいいでしょう


 コンサートツアーからの撤退宣言と前後して発表された当初は、またヘンテコな唄を、トホホな唄を…とガックシモードになったものだった。でもこの唄は、決して後退や撤退の唄ではなかった。あらゆるシガラミから解き放って新しいステップへと進む清々しい唄であることがわかる。「人の顔色をうかがいながら頑張る」という鎖を身をよじってほどいていく唄。特にライブでの説得力が素晴らしかった。ローラのCMも良かったなぁ。エルトン永田さんがプロフィールで代表曲にリストアップしている気骨も素敵だ。

2017. 2. 22

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第18曲>

♪陽気な綱渡り


 心の底から申し訳ないがLIVE2016のコーラスのパフォーマンスがうるさい。…と個人的に感じる。映像を観ながら…えーい”春だったね”で飛び跳ねるな、”ジャスト・ア・RONIN”を田中星児のビューティフルサンデーみたいにウキウキ踊るな、御大の歌う姿に集中しているのに満面の笑みで勝手に映り込んでくるな。かぁぁぁ新曲プロモを仕切るな、もっと御大を見せろぉぉぉと…もう、ひたすら鬼畜な思いが溢れる。好青年のシンガーたちよ俺を許してくれ。
 しかし、それも含めて今の御大なのだとすれば、文句ばかり言うのも忸怩たる思いがある。
…そこで考えた。ここまで歌って踊ってのパフォーマンスを全面に出すのであれば”東京キッドブラザーズ”を演ってもらおう。御大が作曲した”彼が殺した驢馬”の作品群は「素敵なのは夜」以外の曲は忘れ去られているが、ご存知の方はご存知のとおり名曲が多い。そもそも団体ミュージカル用の作品だからセルフカバーもしにくかったのだろう。今こそこの名曲たちを本人歌唱でカバーしてはくれまいか。
 コーラス全員がステージ最前列で”♪だーけどーワタシはーふりかえらーなーいー(時代はなげく)”と両手を広げて汗だくで熱唱する中、後ろから踊り出てきた御大が柴田恭兵のように”♪疑いもなく愛の唄が欲しいぃぃぃ”とソロ歌唱をキめる。考えるだけで感動する。ホントか(爆)。

 まじめな話、このアルバムの中で、一番好きなのが”陽気な綱渡り”だ。たゆとうようなコーラスの海。「伽草子」の白石ありすさんの危ういメルヘンの世界が広がる佳曲だ。昔から胸がキュンとなる曲だ。自分でもキモイが。テレサ野田がカバーしたようだが、篠原ともえあたりにもカバーをして欲しかったが、それも今は昔。”ふゆがきた”以来、何でもありの本人歌唱で是非情感たっぷりに歌い上げてほしい。

2017. 2. 21

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第17曲>

♪私の足音



…ママ、驚かないでね、あの映画で三国連太郎さんと佐藤浩一さんが同じ顔してるのよ…

>そんなことはいい。しかし公式盤未収録になってしまったのが心の底から残念な一曲だ。
 口ずさむだけで元気が湧く。お仕事でごっつう憂鬱な外回りの時も、この歌と”歩け歩け”を口ずさむと心なしか足取りも軽くなる。歩みの中に、御大と一緒に闊歩しているような晴れ晴れとした気分になるロードソングだ。今の御大のボーカルで聴きたい。そして、ぜひ御大本人歌唱の公式盤を残してほしい。

2017. 2. 20

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第16曲>

♪ペニーレインでバーボン


 1974年の秋、たまたま観ていたTBSテレビ「歌謡最前線」において、ガチで「ペニーレインでバーボン」を歌う御大を観て、中学生坊主はまさにカミナリに撃たれた。「何だ!このすげー兄ちゃんはっ!!」というわけで、この作品は、個人的にはファンとしての初期設定ともいうべきものだ。万感の思いや漲るチカラなど語りつくせない。
 諸事情からもう本人歌唱は聴けないとあきらめていた。それが2006年にあのつま恋でTAKURO BANDとともに蘇生したときの感激と興奮。見事な復活。青空のつま恋で熱狂したペニーレイン。もう何もいらないと思った。…あれから10年。そろそろいいじゃん。また聴きたいぜ。
 愛も悲しみも歴史も遺恨も、あらゆることを蚊帳の外に置いてもう一度この作品の渦中で歌い踊りたい。

2017. 2. 19


 居酒屋で”ひれ酒”を呑んだ。ドラマ「HERO」で木村拓哉と児玉清がひれ酒をしみじみと呑むシーンを思い出す。責任をかぶって左遷される木村に、上司として庇ってやれなかったことを詫びる児玉清。しかし木村はあっけらかんと「平気っすよ、どこに行っても同じことをするだけです…」と答えるシーンが忘られぬ。つまるところ、自分もこの先どこに行こうと、どうなったとしても…そこで御大を聴くだけである。

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<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第15曲>

♪清流


 コンサートの開始に音源が流され、やがてアルバム収録。あとはステージでの歌唱を待つばかりの状態だ。このゆったりとしみいるような美しい歌に聴き手入りたい。御大としてはご尊父を歌ったにしても、もっと大きな人生の何かとの和解のような、しかし決して妥協や後退ではなく、次のステージにゆっくりと上ってゆくような盤石さがある。そんなあなたに会いたい、あなたの声が聴きたい。
 ステージで安曇野のあの映像も観たいな。ズボンのすそを気にしつつ、名前のない川をゆく御大の後姿も。

2017. 2. 18

 いつも人生の節目にギターがいたんだね。私たちの人生の節目にいつも御大がいてくれたように。…決まった(^^ゞ

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第13曲>

♪戻ってきた恋人


小花模様の長いスカート…を御大の唄声で聴きたい。ちょっと不思議でポップなリズムに揺れながら映画のような情景を体験してみたい。御大と安井かすみさんの二人が共有していたものは二人にしかわからないが、そこを背伸びして覗くような蜜月の世界。「金曜日の朝」とメドレーでもいいんでねぇか。>おまえが決めるな

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第14曲>

♪人生キャラバン


「戻ってきた恋人」「金曜日の朝」が始まりなら、この曲は悲しいけれど共作の締めくくりか。しかしCaravanは永遠に続く。二人の結晶のような美しい作品だ。聴く者にも静かなチカラが湧く。沙羅双樹を手に、この隊商(caravan)についてゆきたい。硬質なピアノと御大のボーカル、嗚呼ステージで聴きたい。独立でもよし他の曲の前哨曲としてもいい。>だからおまえが決めるなって

2017. 2. 17

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第12曲>

♪黄昏に乾杯


 黄昏に乾杯とはミもフタもないなと思ったものだが、ほどなくこの歌の深さが身にしみてわかる。「今は黄昏また逢えてよかった」…今となってはもう人生はこれしかない(笑)。御大のメロディーが切なく優しくなんとも美しい。結構イイ曲書くよな、御大って(爆)>おい。そしてあふれる歌ごころ。もうたまらん。
 でもLIVE2016の映像を観ていると、この歌が入り込む隙間はないか。もちろんこういうライブ=御大のマックスのパフォーマンスは素晴らしい。そんなライブと同時並行に、こんな歌を聴くライブも在ってほしい。弾き語りをやれとかそういうことではない。シャウトもなく、スタンディングもなく、かといってフォークでもなく、ただ御大の繊細な唄声があって、そんな御大をみんなで囲って耳を澄ます空間。御大のボーカルを手にとるようなライブ。フォーマルなライブとともにそんなインフォーマルなライブも在ってほしい。

2017. 2. 16

 どうしてもLIVE2016を大画面と爆音で味わいたくてブルーレイ設備完備のカラオケBOXに行く。すげー。堪能。御大の歌声がたまらん。また大画面なので微生物くらいの大きさで会場にいる自分がわかった。亡くなったK君のTシャツを着ている。フツーにはワカラナイが、どうだK君これで満足してくれただろうか(笑)。
 映像の余韻に浸ろうとしていたところ、なんとそのカラオケに西城秀樹の「夕陽よ俺を照らせ」が入っているではないか。感動のあまり人々の迷惑を顧みず♪夕陽よ、俺を照らせ…と悦に入って延々と歌ってしまい顰蹙を買った。皆さん申し訳ない。しかしいい歌なんだよ。御大これも歌ってくれはまいか。


<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第11曲>

♪純


 確か昨年のライブ前のつぶやきで「純」をやってみようかと言ってので待ってたのだが。LIVE2016の映像を観ながら、この苛立つような熱い歌を是非ステージでカマシて欲しいとあらためて思った。「有象無象の町に灯りをともせ」「生きるもの全てが愛で繋がれる」という聖なる感じもたまらなくイイ。是非、次回。“どけ、どけ、どけウシロメタイヤツはどけぇえ!”は、ファンサイトで流してくれたパイロット版みたいに語尾を上げてガナってほしい。
 当時「クロ高」のファンの若者たちが、この歌に感動していたのをネットで何度も観た。彼らがこの歌を思い出し“よすが”にしたいと思ったとき、どうすればいいのか。今も売ってるかどうかもわからない「純・流星2003・ホームランブギ」というなんか雑なシングルしかないのでは可哀そうだ。ここはライブで決定版を残すときだと思うのだが。

2017. 2. 15

 宮下舞台監督への田家さんのFMでのインタビューはすごく良かった。スタッフでありながらファンの憧れをしっかりと持ち続けている。楽譜事件のくだりは、田家さんの本で読んでいたが、ご本人から聴くとさらに感動し涙ぐんでしまう。そうかジェイクとエルトンさんはそうだったのか。すんばらしい。自分も御大についてゆこう。そして、御大についてゆくジェイク、エルトン両巨匠と宮下舞監にもついて歩いてゆこう。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第10曲>

♪二十才のワルツ


 やはりこの曲。胸が締め付けられるような曲とはこのことだ。宮下舞監のリクエストで百万の援軍を得た気分だ。確かに2007年のMCのワルツ特集でこの作品だけ正式演奏に昇格しなかったんだよな。それにしても「暗い」とは何だ、若いスタッフたちめ(爆)。まだ見ぬ世界への希望と今ここにある傷心とが織りなすような感涙の名作。自分は外白よりこっちの方が泣ける。 
 弾き語りの代表作のようだが、1981年の体育館ツアーでのフルバンドの演奏が圧巻だった。島村さんのドラムが砲撃のようにビシビシ決まる中での御大の切々とした絶唱に震えたもんだ。バンドサウンドこそベストなのではないかとも思う。ああ聴ききてぇ。

2017. 2. 14

ファンサイト「吉田拓郎大全集」が閉じたらしいとの話にショックを受ける。一時的なものなのか、そうあってほしい。ともかく私なんぞが言うまでもない偉大なサイトだ。いろんなことを教わり、忘れかけたことを確認させてもらい、またただ眺めているだけでもワクワクした。いつも静かに泰然と“そこにあるサイト”。後世まで残すべき文化遺産みたいなものだから、なんとか再開・継続してほしい。とはいえお世話になりながらちゃんとお礼を言ったことがなかった。ありがとうございます。ぜひ、これからもそこにあってください。

2017. 2. 13

 市川の後もそうだったが、新曲「ぼくのあたらしい歌」が頭から離れない。気が付くと歌ってたりもする。このハッピー感。どこにも縫い目がないポップなメロディー。70歳を超えて熱いステージがある事とともに、瑞々しい新曲もあることを証明してくれて嬉しい。
 欲をいえばこのテーマなら御大は自分で詞を書けはよかったのに。康珍化の詞はいつもどこかこそばゆい。岡本おさみ、松本隆、石原信一の詞そして何より御大自身の詞は、それぞれタイプこそ違うがどこかで一度とことん絶望を味わったような人間の凄みが滲んでいるが、康珍化の詞は、屈折のない、のどかな讃歌みたいで、自分のようなヒネクレ者には気恥ずかしい…そこがいいのかもしれんが。
 ともかくこの作品は、これからまだまだ出てくる新曲たちの頼もしいフラグだ。アルバムがすんげー楽しみだ。

2017. 2. 12

ニュースでかの国とこの国の間のゴルフの話ばかりを聞かされていると、5番アイアンを振り回して大乱闘した御大をまぶしく思い出す(笑)。LIVE2016を観ながら、wowwowでstonesのキューバライブも観てしまう。ああ、キースもPaint it blackで、同じような黄色いギターを弾いている。力強く、素敵に70歳を超えてくれたこの国とかの国のミュージシャンにこそ希望を感じる。ああ、なんてすんばらしい、なんてカッコイイ爺さんたちなんだ。

 ゲネで、御大は最後"だいじょうぶ""なんとかなるでしょ"のあと"ケセラセラなるように…"と言おうとしているのだろうか。

2017. 2. 11

 御大は大変だったのだろうけど、フィナーレで客席もスタンディングして聴き入る「流星」。これは実に素晴らしい曲順だったと思う。胸が熱くなって何度も見返してしまうよ。

 昨日は久々に新幹線に乗った。やはり新幹線に乗るとウキウキしてしまう。御大の♪新幹線はウンと速い…が頭に流れ出す。そして新幹線に乗ると必ずやってしまうこと

 1 掛川駅通過の際の聖地つま恋の看板への礼拝
 2 エイトマンが一緒に走っていないか車外のチェック いみふ。
 3 何気にグリーン車を通って芸能人がいないかチェック

 誰もがやってることと思う>やらねぇよ!
 行きにはつま恋の看板が見つからず撤去されてしまったのかとショックを受けたが、見落としただけで帰りにはちゃんとあって安堵した。ちなみに芸能人はいなかったし、エイトマンも走っていなかった。

 おお、そんな君のタブロイドが着く…

2017. 2. 10

 バックステージの御大も素敵だ。現場の和やかな雰囲気。御大が、ひとりひとりのミュージシャンやスタッフに細やかに心を配っているのがよくわかる。ひとりひとりと握手をし、相手の心を柔らかくする屈託ない言葉をかける。いいなぁ御大。

 しかし、たかがファンだから無責任に言ってしまうが、どうなんだろう…反対にミュージシャンは盛り上がってはいるが、御大に向けての熱いオーラみたいなものは、あまりよく見えてこない。例えば、かつて青山さん、武部チー坊、島村さん、エルトンさん、瀬尾さんらに垣間見えた、仕事を超えて溢れる御大への深い愛のようなもの。松原さん、渡辺格さんにはにじみでている気がするが…。

 鳥山さんは、インタビューで今回は「バンドで」と言われたと語る。素人がいうのもなんだが、バンドって、言われたからやるのではなく、相思相愛の中に自然に湧き出る紐帯みたいなものではないかと思う。
 素晴らしいステージ、そしてこれがバンドであるとすれば、それはとにかくひとえに御大の全力のサービス精神と気配りつまりは人徳があったればこそ出来上がったものだと思う。和気あいあいとしている雰囲気の向こうに、孤影悄然とゆく御大の姿が浮かぶようだ。その素晴らしさこそ、あらためて胸に刻みたい。

 などと勝手に思いながら週末の本格視聴に備えよう。

2017. 2. 9

 「Blu-ray、良すぎ!」…御意。深夜まで観入ってしまった。ライブでありながら、あの日観たものとはまた違う。全てが精緻に練り上げられていているのがよくわかった。どこにも隙がない。”あの曲を歌ってくれればいいのに”とか自分のあれこれ勝手な文句などどこにも入る隙間がない。こっちの勝手な思いなんかしっかりと跳ね返される。盤石無敵の拓70歳だ。これでこそ御大。こっちもめげないが(爆)
 「アゲイン」は演奏のたびに磨き上げられるようで、聴くたびに心に深く入りこんでくる。「流星」は、その顛末が映像だとよくわかり胸がつまる。「WooBaby」昔は失礼したけど、こんなふうに会えてすげー嬉しいよ。
 インサートされるバックステージ・ゲネの様子がまた感動させてくれる。真剣な眼差しと屈託のない笑顔を繰り返しながら快活に、丹念に音楽を作り上げている姿。たまらない。御大の魅力の半分はバックステージにあると思う。子どもが大工さんの野丁場仕事をいつまで眺めているように、ずっと見ていたい。公開リハというのとも違う…作業の様子をそっと覗かせてほしい。おとなしくしているから(笑)。

まだまだ観込まねば。

2017. 2. 8

 同志ファンの方の「Blu-ray、良すぎ!観ればわかります」との興奮した第一報が。あぁ早く観たい。観るぞ。<愛しい歌>は、十分観込んでから考え直そう。
 それにしても「拓70歳」のフレーズが心に響く。このインパクトには、アイコ16歳もかなうまい。恋かくれんぼ。いみふ。はっ、アイコ…。
 そういえば、雨畑氏は昔から御大を恐れ多くも「拓」と呼んでコンサートでも「拓―っ|」と叫んでいて、なんてヤツだと思っていたが、ついにご本人が追いついてきたのか(爆)
 ともかく発売日周辺のお祭りのような喜びを今年も味わえる幸せをありがとう。

2017. 2. 7

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第9曲>

♪この指とまれ


 "逃げるは恥だが役に立つ”“恋ダンス”“星野源”…わからん。断じて批判や非難をしているのではなく、涙ながらに、さっぱりわからん。星野源…心の底から申し訳ないが、四谷大塚とかにいる勉強のできる生意気な小学生にしか見えない。
 “逃げ恥”“逃げ恥”と言われていると「逃げるは恥だがアンタなんかに卑怯だなんて言わせないぜ」と意味不明な啖呵を切りたくなる。「オイラお先にちょいとごめん」ああ、いい歌だなぁ。やっぱり自分にはこっちだ。
 しかし、今や時代は谷村新司と吉田拓郎が仲良くデュエットする時代である。この作品を“嵐からの隠れ場所”にするのは間違っているのかもしれない。どうであれ、御大の闘志あふれる痛快なこの歌を久々に聴きたい。

2017. 2. 6

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第8曲>

♪今夜も君をこの胸に


 正直言って80年代にコンサートの最後でこのイントロが始まると「ああ、またこれかよ」と落胆したものだ。「人間なんて」「アジアの片隅で」「ファミリー」のようにコンサートの最後は燃焼発散して終わるべきものと勝手に思い込んでいた自分にはこの軟弱な終わり方がトテモ気に入らなかった。
 今こうして聴くとなんと美しい曲なんだろうかと刮目する。あらゆる意味で「御大、あなたは上手いなぁ」と唸ってしまう。甘い色香のラブソングの穏やかな海をゆらゆらと漂うような心地よさ。このリフレインにいつまでも浸っていたいと思う。んーこの曲は子供にはわからんばい。またステージで聴き惚れたい。青山じゃないギターだとどうなるのかも聴いてみたい。

 かつての自分の不明不覚をお詫びしたい"すべての御大の歌に懺悔しな"シリーズの一曲だ。

2017. 2. 5

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第7曲>

♪放課後



 ちょっと前までyou tubeにDUOの原曲がUPされていたんだが…

 こんなん歌うワケないだろと思いつつも、「ふゆがきた」を歌ったのだからもう何でもアリだろうという気もして、かすかな期待の細い糸を切れないでいる。

 御大のこの詞は、多くの男子が憧れるシチュエーションだ(星紀行調べ)。そしてみずみずしいロック&ポップ。特に石川鷹彦大先生のアレンジとギターがすんごくカッチョエエ。何度でもいうが、若いころのキンキにカバーしてほしかったのだが、ここまでくれば40歳も70歳も一緒だ(笑)。
 学校を卒業しても、人生とは最後まで何らかの課題に煩わされるものだとすれば、人生の楽しみは常に放課後とともにあるのではないか。お、いいな(爆)。というわけで本人歌唱を切に望むところである。

2017. 2. 4

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第6曲>

♪アジアの片隅で


 前の日記にも書いたが、昨年の大晦日の新聞のイエモンの一面広告。「残念ながら、この国にはまだこの歌が必要だ…一緒に歌ってください。」が頭から離れない。かの歌も名曲であり必要かもしれないが、それならこの歌はもっともっと必要だと思う。聴きたい…というより唱和したい…歌・演奏・唱和・叫びがひとつの塊となって会場全体が揺れるあの4D。御大ここはひとつこの世界の片隅のアジアの片隅の人々に見せてあげましょうよ。ステージも客席もリポビタンDを飲みまくって挑もうではないか。

2017. 2. 3

いいじゃないか、天ぷらうどんで。あなたの後ろには、広島に行くたびに ちからの肉うどんを涙ぐんでありがたくいただく拓バカどもがたくさんついているぞ。…それがイヤか(爆)。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第5曲>

♪川の流れの如く


 かっちょええ。木田高介さんのあの奔流の水がほとばしるような感じもたまらない。幾星霜を経ようとも流れ続ける御大の川の流れを味わいたい。あのエンディングもよろしくお願い。終わったあとに「ふるさと」が始まっても私怒らないぞ。何だそりゃ。

 ともかく今この時期ガツンと歌っておいた方がいいと思う。美空ひばりさんの「川の流れのように」が日本のスタンダードになってしまった今日。「あ、拓郎さんのこの歌、ひばりさんの唄に似てるわね」と平然と言ってのける輩が多く、怒りで夜も眠れない(爆)。どう考えても、拓郎ファンだったという秋元康が、御大のこの作品にインスパイアされて作ったのではないかと思うのだがぁぁぁ。

2017. 2. 2

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第4曲>

♪マラソン


 昨年末のSONGSの副題は、”風のように...なんて考えた事があったなぁー”だった。「僕はあの時風になり」というこの歌はもう今の御大の心境からは遠く離れてしまった過去のものなのか。しかし、自分にとっては今もって歳ごとに心の深奥にぐいぐいと刺さってくる。絶望の淵から見下ろしているような御大のボーカルと雪崩のようなピアノをステージで聴きたいよ。

 この切なさに満ちた歌を聴くと、まったく関係ないのだが、モロボシ・ダンの「それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ」というセリフが浮んできてしまう。いみふ。

2017. 2. 1

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第3曲>

♪たどり着いたらいつも雨降り




 “たどり着いたらいつも雨降り” よく考えるとそこらのコピーライターが裸足で逃げ出すような見事なフレーズだ。
 ロック関係者までもがひれ伏すスタンダードながら、ライブ登板回数はそんなに多くはない。なんでだ。島村英二さんがアマチュアの頃からカバーして大好きだったのに、いまだ御大のライブで一度も演奏したことがないというからどんだけ頻度が低いかがわかる。最後に聴いたのは”冷やしたぬき”ツアーだった。ともかく、つま恋75のように有無を言わせぬ演奏の海に溺れながら、踊りたいぜ。モップスも氷室京介も子供ばんども山崎ハコも(爆)何するものぞの本人歌唱のぶちかましを。

2017. 1. 31

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第2曲>

♪昨日の雲じゃない


 ゆったりした鈴木茂のギターが静かに語る。呼応するような御大の歌声がまた切ない。

“幾度も君に伝えたが すれ違うような時がゆく”
“いつもと同じに出来ぬ僕 君にも変化を求めてた”

 御大はそんなこと考えて作ったんじゃないのだろうが、このフレーズが御大とファンの関係と思ってみると心が痛い。新しい御大の変化を認めずに今日の雲に向かって昨日の雲の方が美しかったと言い張る自分。
 ああ御大に申し訳ないなと沈んだ気持になる。ライブで、この歌の美しいギターと御大の歌声を前にしてそんな自分を深く懺悔したい。すぐ元に戻ると思うけど(爆)

2017. 1. 30

愛しい曲は人それぞれだろうから御大のご苦労も偲ばれる。しかし次のライブがあって、あれこれ歌ってほしい歌を夢想する楽しみ、ただの独りよがりとはいえ無上の幸せである。御大よ、心の底からありがとう。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌2017 第1曲>

♪夕映え



 「僕は誰にも奪われない 愛する君を振り返る…愛する君のそばにいる」…ねぎらいをもち過去を振り返っているが、そこには「懐古」の甘ったるさはなく、黄昏の悲しみや哀愁はを超えて、明日を見据えながら、仁王立ちする御大の姿が浮かぶ。爽快で勇躍胸躍る。歳を重ねた今だからこそわかる傑作。こんな傑作を作ったのもすごいが、歌わずに放置しているのはもっとすごいぞ。今こそ聴きたい。迷惑といわれようと自分も愛する御大のそばにいる(爆)。

2017. 1. 29

 今日は"星野源とPPAP"が全く理解できない怒りと悲しみを書こうと思ったが、御大の気力に満ちた「まずは一曲」というつぶやきを読んで、そんなこと書いてる場合ではないと自戒した。
 昨年どうせ誰も読んじゃいないと思いつつもライブに向けて<ご無沙汰している愛しい曲>を勝手にリストアップした。案の定、一曲も当たらず、かすりもしなかった(爆)。しかし、しょせん孤高のサイト、2017年バージョンも続けよう。

 まずは、なぜか当たらなかった2016年の愛しい20曲のおさらい。

 以下再録。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第1曲>

♪流れる


 ああ、ステージで是非聴きたい。御大の結晶のような静かなる名曲。御大も名曲と讃しつつ、なぜかステージでやらない。この彫琢された深みある詞は、今の御大の声でこそ聴きたい。聴くまで死ねないぞ私は。
 uramadoにも書いたが「今は黙って静けさを愛せばよい」の御大の忘れられない自筆パネル。今度は私が自筆のプラカードにして会場に臨んでもいい。いらないだろうが。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第2曲>

♪季節の花


 私はこの作品のおかげで今生きているといっても過言ではない。いや少し過言か。天才は60歳をとうに過ぎても、こんなに清々しく心躍る歌を創れるものなのか。ああ御大を聴き続けてきてよかった。自分もこの歌を胸に、また迷っても、また探す道、またほほえんで、また口ずさんで、またウデを組み また歩き出し、50代を超えて生きていこうと思った。
 雲が切れて青空が広がるようなギターのイントロから鷲掴み。なんといっても、「また雨がふり また風が吹き、またウソをつき また夢を見る、またウデを組み また歩き出す、また陽が昇る また涙する・・・」リフレインのすべてのひとつひとつが美しく愛おしい。高揚する観客のグルーヴとしっかり組み合ったライブバージョンが是非是非欲しいのだ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第3曲>

♪僕を呼び出したのは


 「残酷な季節」「あれからはどうしていたの」「叫ぶ絵」「光る指輪」・・・二人の再会のドラマに聴き入りながら、間違いなく聴き手はそれぞれの青春を思い出しそれぞれにとって大切だった人を心に描くはずだ。そういう名作だ。だからこそこの歌がライブで歌われるとき会場に5000人いれば5000の切ないドラマが疼いていて、そのドラマがたち御大に向って集まり寄り添う。人それぞれテンデバラバラな5000のドラマは、「少しはぐれたけれど今日まで生きてきたよ」というフレーズに結ばれてひとつになって会場を静かに揺らすのである。こんな歌のチカラを持っているのは御大しかおるまい。ライブでの熱唱が待たれる作品だ。是非会場でそれぞれの魂をゆさぶってほしい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第4曲>

♪Fの気持ち


 あれこれ言ってもこの陽気でご機嫌でテキトーなロックンロールこそが御大の真骨頂だ。いいねぇ。「コード」を歌うとは、そこいらのミュージシャンとは発想の原点からして違うのだ。
 「音楽言語」を真正面から歌ったのは世界の音楽史上「ドレミの唄」と「Fの気持ち」の2曲だけだ。しかも「ドレミの唄」は「ドはドーナツのド、レはレモンのレ・・・」と稚拙だが、こっちはコードを歌いながら人生のスピリットを歌っている分、先を走っているぞ。
 世界の最先端を走っている気分で「A♭B♭CC」と観客がスタンディングして身体文字作りながらノリノリで唱和すれば、西城秀樹のYMCAも武田鉄矢のJYODANも恐れるに足らず。別に恐れてないか。そんな解放感のある盛り上がりをライブで体験したいのだ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第5曲>

♪春を待つ手紙


 これは泣きたい気持ちで人生の極北を超えようとするすべての人々の祈りの唄だと思う。
 おそらくすべてのファンが待ち焦がれる名曲にしてライブ未演のまま。2009年にはテレビ番組「大いなる明日」でビッグバンドの演奏したものを最後の部分だけBGMとして流す。なんなんだこの寸止めは。かつて吉見佑子が文句たれたのを怒っているのか。東日本大震災のチャリティ放送で初めて弾き語りでお披露目されたが、さらに私たちが待つのはライブのフルバンドの初演だ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第6曲>

♪風になりたい


 自他ともに認めるこの美しき名曲。アルバム「俺が愛した馬鹿」に収録されてはいるものの、
 失礼を承知で言う。御大よ、お願いだから、ちゃんとした演奏で、もう一度ちゃんと歌ってくれまいか。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第7曲>

♪月夜のカヌー


 船を下りた水夫は、大海に一人乗りのカヌーで漕ぎ出していく。灯台もなければ、同僚船も護送船団もない暗い海。「月夜のカヌーで夢の続きへ漕ぎ出そう 息を潜め漕ぎ出よう」これは岡本おさみさんが残してくれた珠玉のメッセージだと思うのだ。心の底から勇気づけられる。ライブで、御大のちょっとラフでワイルドな歌いっぷりで、今こそ聴きたい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第8曲>

♪僕の好きな場所


 アルバム「AGAIN」を聴いてこの陽性のポップにしびれた。高木ブーさんも大好きだが、やはり御大は歌がうまいなぁ。今更だが。どこにも縫い目がない、まさに天衣無縫なメロディーと歌唱が、心をウキウキと弾ませてくれる。ハワイの日差しとか空気とかが持つ幸福なエッセンスがすみずみまで行き渡っている。しばし会場をマハロな世界に包み込んでおくれよ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第9曲>

♪RONIN


 御大は奥ゆかしいからA面の「ジャスト・ア・RONIN」しか歌わないけれど、このRONINこそ傑作である。

  愛に飢えた獣のように牙をむかないで
  今日からおまえの心はおまえ自身のものだ
  もう争わないで、もう戦わないで
  そう自由の風に酔え そうすべてを解き放て

 こんなにも深くてチカラ強い愛の唄があろうか。最後のリフレインとシャウト。これはライブを想定して作られたとしか考えられない。この暗い世の中の灯火をともすようにステージで歌ってほしい。1985だけでなくRONIN FORVER!!

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第10曲>

♪ステラ


 大好きな歌だがこんなん歌うはずがないと思い記憶の片隅に飛んでいた。しかし2012年に突如「ふゆがきた」が歌われたとなると黙ってはいられない。乙女な世界だけれどおそらく誰もが密かに共感してしまう詞。それよりなにより御大のメロディーがすんばらしい。ドラマチックなメロディー構成、しかも清々しくあたたかい。こりゃ名曲ばい。なぜ捨て置くのか理由がわからない。もしかして御大の豪華作詞陣の中にビックネームの松本隆と松本明子の名前が並んでしまうのは失礼という配慮だろうか。いみふ。そんなことはあるまい。御大の本人歌唱で泣きたい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第11曲>

♪愛の言葉


 中村雅俊への提供曲。ずいぶん前に、慧眼を持った当時の知り合いがイチオシしていた。中村雅俊への提供曲はどれも素晴らしいが、このポップでロックな作品は特にカッコよさが際立つ。よく練られたメロディーもたまらん。これ御大が、ちょっとラフな感じで本人歌唱したらゼッテー、カッコイイぞぉぉ。御大、思い出そうよ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第12曲>

♪あれふれた街に雪が降る



 御大の雪の歌には名作が多い。というか名作しかない。幻想的で抒情あふれる「雪」、悲しみに満ちてドラマチックな「外は白い雪の夜」。そして、忘れてはならない、美しい日常のささやかな幸福を歌った「ありふれた街に雪が降る」。この仄かにあたたかで、美しいメロディーと御大の繊細な歌唱がたまらない傑作である。聴きたい。聴き惚れたい。たまには、誰もいなくなる別れの悲しみではなく、小さな幸せに満ちた美しい雪の唄を。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第13曲>

♪裏窓


 ねぇ御大、聞いてくださいよ。その時、俺、まだCDデッキ持ってなかったんで、アルバム「detente」はミュージックカセットで買ったんすよ。そしたら「裏窓」入ってなかったんすよ。ひどくないっすか?
「Bonus track on CD」ってCDに書いてあっても意味なくないっすか?カセットじゃ曲の存在も知りようがないし。しかもこんなカッチョエエ傑作を。可哀想っすよね。可哀想と思うなら、私が行ったライブの時だけBonusで歌ってくださいよ。ちゃんと手風琴つけて荒くれた感じでお願いするっす。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第14曲>

♪チークを踊ろう


 大学生になって初めてディスコに行った。この時、新宿のニューヨーク・ニューヨークに行くまで、「チークダンス」というのはこの曲のような軽快なテンポで男女が頬を寄せて踊る踊りだと信じていた。どっかの民族舞踊だろ、そりゃ。
 思想性がないとか軟弱とか一瞬思ったこともあったが、この曲にこそ御大の広大深遠な音楽的才能が凝縮しているといってもいいと思う。人の心と身体をウキウキと弾ませ揺らさずにおかない音楽の魔力に満ちている。これぞ御大の魅力。思想は岡林信康に任せればいい。アンコール一曲目あたりでいきなりやってくれないか、ノリノリで盛り上がりたい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第15曲>

♪又逢おうぜ、あばよ


 「命絶つほどの狂気ではなく 命救うほどのチカラでもないが 諍いと和みのはざまに流れてゆけ 流れてゆけ 私の歌たちよ」。たまらん。ここのフレーズでこの作品はまさに光り輝く。この作品だけではなく、御大のすべての作品を照らすかのようだ。
 歳をとるということは人と別れることだと思い知る。ここ数年だけでも素晴らしいミュージシャン、音楽関係者が次々と亡くなられた。そして一緒に聴いていたファンの方たちの何人もが卒然と旅立ってしまった。なんてこったい。もはや、こうしてライブを待ちライブを満喫することは奇跡のような事かもしれないとガラにもなく思う。「また逢おうぜ そうさ また逢おうぜ」、若いころと違いこのリフレインがより切実に心に響く。もともとコンサートのラストナンバーとして生まれたこの作品。何度も何度も「また逢おうぜ」と確認してから会場を後にしたい。そして絶対にまた逢おう。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第16曲>

♪しのび逢い


 「逢引」「逢瀬」を歌っているにもかかわらず、この作品から溢れ出る崇高さは何だろうか。「君の年月が僕と同じでないから困ってしまう」それは人目をはばかる逢瀬なのかもしれないが、御大は、相手の気持ちと相手とのあるべき距離を真摯に思い悩む。この御大の繊細な逡巡が、人間の美しさという高みにまで至っている気がしてならない。御大の唄はすべて、人間と人間の距離感を探しさまよう歌なのではなかろうか。カタチだけだと単調で長い歌だが、御大がライブで語りかけるように歌うとき、間違いなく会場全体は奥深く引き込まれていくに違いない。そんなことになったら至福のひと時ですぜ。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第17曲>

♪この風


 アルバム「午後の天気」には「僕の道」という傑作があるが「この風」を聴いたときにもいたく感動した。実に素晴らしいメロディーだ。
 作詞の銀色夏生さんは、「尊敬する方の声で、その人のために書いた私の言葉が歌われる! 感無量です。もし拓郎さんに歌ってもらう詩を私が書くならば、とものすごく集中して考え、すぐに浮かんできた、これしかないという詩を書きました」と語る。
 それに見事に応えた、哀愁あるドラマチックな珠玉のメロディーと艶のあるボーカル。その上メロディーにも歌唱にも、まるで初対面の人にきちんとした礼装で応接するような「品のあるよそゆき感」がある。当時68歳にして、御大のこの仕事の素晴らしさ。比べるのも失礼だが、おいらのじいちゃんは68歳の時もうヨイヨイだったぞ(爆)。若者なんぞに全くひけをとらない御大の音楽力に感嘆するほかない。最後にハジケまくる、たぶんエルトン永田氏のピアノがまた扇情的でたまらん。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第18曲>

♪Not too late


 稀代のヒットメーカー織田哲郎は言う「吉田拓郎さんってボーカリストとしても最高だと思うよ。なにしろ声が素晴らしい。拓郎さんはホント色々な意味で、凄いところで戦い続けてきた人だと思うよ。」織田さんの心からの絶賛が嬉しい。お願いだからもっともっと褒めて(笑)。この作品で、織田さんのメロディーを得て、御大は、ボーカリストとして、そして詩人としてそのチカラを見せつける。
 歳をとるとともに限られていく時間、その中でいずれは別れなくてはならない愛する人へのただれるような思い。しかし、限りある時間だからこそ「Not too late」〜遅すぎることはないう言葉を高く掲げる御大。聴く方も年齢を重ねるたびに、身につまされるような思いが深くなる傑作だ。ああ、ステージで今の御大によるさらに深みを増したであろう絶唱が聴きたい。

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第19曲>


♪よせばいい


 あらゆるしがらみを振り切って自由になろうと御大は歌っているのだろうか。解放の歌に聴こえる。それでいて御大の言葉は限りなく優しい。
 「どうしてこうなったなんて気づかないままがいい」「心が薄っぺらだとしても今は痛むときだから」自らも深く傷ついたことがあるからこそ出てくるであろうこのフレーズの細やかさが泣ける。
 「何もできないからなんて アワレを慰めないで」のフレーズは、私にとって青春の支えだった「僕の一番好きな唄は」を彷彿とさせ嬉しい。「ああ、それだって、よせばいい」という御大の歌唱が解放しくれるものは大きいはずだ。
 そういえば「僕の一番好きな唄は」は聴いたなぁ。

  会社の社長さんなど偉いと思うなよ
  ましてや歌い手さんなど先生諸兄など
  一番偉いヤツ そいつはこんなヤツ
  自分の叫びをいつでも持ったヤツ
  自分のアワレを慰めたりしないヤツ
  戦いに負けたと嘆くじゃないぞ
  強者に立ち向かえば逃げるじゃないぞ

<なぜかご無沙汰している愛しい歌 第20曲・完>

♪Life


 どうしようもない絶望が見えそうな時。例えば天を仰ぎたくなるようなこんな朝。多数派のストリームには絶対に乗りたくないと思うこんな時。でも人間だけは信じていきたいと思うそんな時。この作品は静かに傍らにいてくれる。「こちらを向けと言われて背いても 人が人として息づいているんだ・・」この剥き出しのスピリットで作られたようなこの作品は、悲しみの川に漕ぎ出すオールのようなものかもしれない。明け方のつま恋に響き渡ったような御大の絶唱をもう一度、いやいや何度でも聴きたい。

2017. 1. 28

"「ポップメーカー」だった拓郎はそれを封印して、フォーク・スタイルでデビューしたこととその強烈な個性のため生涯、デビュー時のイメージから逃れることができなかった"(田中雄二・文藝別冊「追悼加藤和彦」)「生涯」って勝手に締めくくるなよと思いつつも、そこにある御大の苦悩の淵源か。

2017. 1. 27

御大も大好きだったという“星影のバラード”。カッコイイなぁ。♪ I love you more than I can say …なるほど このエッセンスが「すなおになれば」に転生していくんだ。これも傑作だ。★ドライとか広岡達朗とか浮かびくる雑念を振り捨てて、今こそ味わいたい。二つの名曲。

2017. 1. 26

朝からテレビで映画の宣伝のため劇中歌の「今日までそして明日から」が流れている。いい朝だ。主演の二人、若林豪も酒井和歌子も随分若いな。二人とも痩せて面長になったみたいだ。>それは「百万人の大合唱」だろぉ!と一人つぶやく。世界中の監督さん、もっといい曲がたくさんあるから使ってね。

2017. 1. 25

最近読んだ小説で「コンプリート」という言葉に弱い男の話があり共感した。だからか夢で、レコード屋に入ると御大の見慣れたアルバムに全部「コンプリート完全盤」と大きなロゴが入っており、どれも知らない曲が数曲ずつ入っていた。こりゃあ大変だと叫び目が覚めた。夢の続きがみたい(爆)。

2017. 1. 24

松方弘樹さんのご冥福をお祈りします。特にファンではなかったけれど妙に悲しい。映画「結婚しようよ」の入江若葉との老夫婦の役が最後に観た出演作だった。隠居老人役だがあの映画出演者の中で1人最強なオーラが漲ってて面白かった。ご尊父の月影兵庫・花山大吉をリメイクしてほしかった。

2017. 1. 23

テニス好きな家人のおかげで昨夕は全豪の錦織圭の応援に阿鼻叫喚だった。錦織というとやはり錦織一清が必ず思い出される。お姉さんがファンだったおかげで御大ファンの彼は、現役アイドル全盛の時からラジオで「7月26日未明」を流すなどの気骨を魅せてくれた。ケイももちろんニッキも頑張ってくれ。

2017. 1. 22

松本隆はミュージシャンだから自分の詞が最終的にどんな楽曲として完成するかまで気にしているが、岡本おさみは言葉を吐いたらそこで任務終了、どんな楽曲になるのかワクワクと楽しみにしているかのようだ。そんな対照的な作詞家二人をうならせてしまうのだから、やっぱり御大あなたが一番すごい。

2017. 1. 21

「旅に唄あり」の若き日の岡本おさみと松本隆の対談が貴重で面白い。とはいえ二人には作詞家という以外まったく接点がない。山陰の人と東京の人、風景の中に入ってゆく人、と距離を置き風景を描く人、吐き捨て言葉を求める人とそれを切り捨てようという人。ほぼ対立状態だ。穏やかな対談だがお互いが嫌いだろうという感じが行間が覗く気がする(笑)

 それにしても何が凄いって、この相反するこの二人言葉をどちらも見事な作品に仕上げて歌う御大、あなただよ。

2017. 1. 20

岡本おさみの「旅に唄あり」を再読中。何気なくこんなフレーズがあった。

「襟裳から苫小牧に出て、何か列車に乗るのもあきたし、時刻表をみてると、フェリーが仙台まで出ているらしい。フェリーに乗ることを決めて、苫小牧をぶらつくことにした。」

 当時、岡本さんは気ままにブラブラ旅をしていただけなのだろうが、その足跡から名作が生まれる、しかも「襟裳岬」と「落陽」の名作が繋がっている。こりゃ、もう、松尾芭蕉の「奥の細道」と双璧をなす世界である。

2017. 1. 19

劇場で二回目の「この世界の片隅に」、平日でも満員。公開直後よりも観客層は多様でしかも熱があった。隣の見知らぬ爺さんも泣いておった。二回見ても飽きることなく深く感じ入る。御大のステージと同じだ。別の映画の大きなパネルで吉田拓郎「今日までそして明日から」もしっかり確認。

ユーミンと私の弟の誕生日である。弟は心の底からどうでもいいが(笑)、ユーミンお誕生日おめでとうございます。

2017. 1. 18

小室等さんが新六文銭で御大と一緒のライブの際、客席で一部の客がうるさかった。小室さんが横を見ると御大がキレる寸前だったので機先を制しその客に静かにしてくれと注意した。終演後の楽屋で御大から諭すように「小室さん、お客を叱っちゃいけないよ」と注意され頭にきた小室さん…いい話だ(笑)

2017. 1. 16

「ぶらり途中下車の旅」テーマが鈴木雅之の「いつか街で会ったなら」になるときいて観た。蒲田だ。鈴木雅之へのレスペクトもあるのか。中学の時、自分が中村雅俊の"いつ街"のシングルを買ったのも蒲田だった。どうでもいいが。あらためていい歌だなぁ。初めて聴いたのはスター千一夜で中村さんが壇ふみの前で披露したときだった。中村雅俊と壇ふみは結婚するんじゃないかと当時思っていたよ。大きなお世話だが。

2017. 1. 15

 映画「この世界の片隅に」。キネ旬年間1位獲得で上映館も拡大。嬉しい。製作費が不足するもファンの願いをこめた募金で完成…ところが大手配給会社からも相手にされず、くだらない理由でテレビ等大手マスコミも完全無視を決め込む四面楚歌。ひたすら観客の観たい、観せたい気持ちがまさに草の根のように広がっていった。
 既存の芸能界やテレビからもスポイルされ、ファンと繋がるコンサートとラジオだけを頼りに立ち上がっていった無名の新人よしだたくろうのストリームと重なる気がしてならない。かくしてどちらもこれから100年以上残るものである。
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2017. 1. 14

 THE YELLOW MONKEYが大晦日の全面広告に「残念ながら、この国にはまだこの歌が必要だ。紅白で一緒に歌ってください」と代表作『JAM』の歌詞を掲載し、雨畑氏はその夜の熱唱に胸わしづかみになったそうだ。
 それと同時に「この国にはまだこの歌が必要だ」という広告には本来「アジアの片隅で」の歌詞こそふさわしく、御大がこの暗い世界に向けて絶唱し人々を打ちのめすべきだったのに…と地団駄踏んだらしい。なのに、なにイエモンに先を越されてんねん。「外白」歌って紅白コリゴリだとか言ってる場合か、PVでお手手開いて揺れてるんじゃないぞ…どこまでも怒り燃え立つ人であった。最後は、孤高のサイトなのに新年会とかやってんじゃないぞ、茶道の打ち水なんてどうでもいいだろ…と自分も怒られた。
 とはいえ雨畑氏はじめNinijnのスタッフの皆様平素よりサイトのためにいろいろありがとうございます。来年の新年会でまたお会いましょう(笑)。

2017. 1. 13

Ninjin Officeとの新年会。雨畑氏が超絶熱かった。SONGSの“春だったね”のイントロ=馴染みのオルガンのキーメロが打ち込みで、武部氏は生で弾いてない。え。松任谷正隆に始まる名ミュージシャン達が奏で繋いできた大事なキーメロだ。グリッサンドでキメてる余裕があるなら、ココは心こめて弾いてくれ!と怒る。

名フレーズが打ち込みなら御大は誰とアイコンタクトし観客は誰に拍手すればいいのだ。ライブとバンドの生音の素晴しさを教えてくれたのは御大じゃないか。キーボード増やせ!、サックス入れろ!と止まらない。さらに雨畑氏は、紅白に出たTHE YELLOW MONKEYの大晦日の新聞一面広告を持ち出して啖呵を切った…続く。たぶん。

2017. 1. 12

昨日の続き)御大の真骨頂がラブソングの美しさにある事…今は解る。その全く正反対の極にある“僕の一番好きな歌”。高齢化進む私達でもこの歌が再び必要となるかもしれないし、この歌に救われる若者も必ずいる。未来に向かって種を蒔くように公式音源としてきちんと残すべき時期だと思う。

ラブソングからハードソングまで相反するような様々な「極」を抱え込み計り知れない大きさの御大という器。同じ国なのに端と端では気候も時差も公用語も違う大国みたいだ。なのでファン同士の民族内紛も時に起きる。この大きさを楽しみ、迷い、右往左往しているのがファンというものなのか。

2017. 1. 11

ぼくのあたらしい歌…かつて"僕の一番好きな歌は"にシビレていた。この歌に惚れ込んでしまうとその後の御大のラブソングが全て堕落して見え苦しんだ。若さ故の生硬と狭量。後に「ラブソングを歌い叱られるのは拓郎だけだ」と友人と反省した。御大にはすまなかったが当時はこっちも必死だったのだ。

2017. 1. 10

「1・2ロックンロール!」つま恋のシーンを何度も見直してきた。今度は客席も一緒にやらせてくれ。ハンド・イン・ハンドになっちまうか(汗)DVD必見、もちろん御意。新曲アルバムに、その次に…存分に打ち水を打って下され。しっかりと通過して次の茶会を楽しみにしておりますぜ。

2017. 1. 9

♪夜明けに目覚めて…テレビで御大の「ぼくのあたらしい歌」のプロモを垣間見た。初日市川でのみ歌われたというテロップ。御大の屈託のない無邪気な笑顔とお手々開いてのポーズが印象的だ。やっぱり陽性のいいメロディーだね。好々爺のロック・ポップがここにある。…なんて怒られるか。

2017. 1. 8

何回か書いたが、成人式会場には手塚理美がいた。美しかった。フォーライフの「ボビーに片想い」は名曲だったが、御大の作曲を断ってユーミンを所望し、はからずも松本隆×ユーミンの初顔合わせになってしまう。複雑だ。そうそう、真田広之の「砂漠の都会に」はいい曲だったよな。勝手に追想。

2017. 1. 7

昨年初めてライブに行った友人からの年賀状に「今年も拓郎のライブに行こうな!」と書いてあった。軽いぞ。今年あるのかないのか繊細な問題に皆、密かに胸を痛めているというのに(爆)。しかし去年、衝撃の入門をしてしまった以上やむをえない気もする。御大、いっちょ今年も頑張ってくれまいか。

2017. 1. 6

「ねぇ、1月の6日からツアー始めるヤツっている?」という話は昨年の日記に書いていた(汗)。あの「人間なんて」ツアーは特にサックスが素晴らしかった。「パラレル」の後奏でいきなりサックスが入るところがたまらん。また音色の海に漂うような「ひまわり」も素敵だった。小島俊治さんお元気か。

2017. 1. 5

冬将軍の到来とニュースがいえば当然♪冬将軍の足音がするぅぅが頭に鳴り響く一群の人々のひとりである。どこか春の明るい香りがするかまやつさんバージョンに対して、御大のバージョンは真冬の満身創痍のようなやるせなさが漂う。どっちを聴くか。武田鉄矢の土着バージョンというのもあるが(爆)

2017. 1. 4

年始のLOVE2で和服を着た御大がお茶の指導をする回。何気に見せた御大の帛紗(ふくさ)の折り方が、素人の目からも見事だった。"帛紗さばき"というらしい。吉田宗拓がチラリと覗く。かっけー。今年も御大の打ち水をきちんと通過する客でありたい。こんな無礼なサイトやっといてなんだが(爆)

2017. 1. 3

森進一の歌う「夜行列車」は演歌全開だが、デモの本人歌唱はどんなんだったのだろう。夏みかん食べながら流れ駆け落ちするどこか垢抜けないこの歌が昔から大好きだが、できれば演歌ではない御大の生粋バージョンがあれば。森進一も御大も無かったことにしているふしも窺えるが(笑)。課題曲練習中。

2017. 1. 2

あれから35年。酔ってバンドの方々と神社と間違えペットのお墓、延命地蔵にお賽銭をなげた初詣。翌日は武田鉄矢と西田敏行が訪れて、泥酔した御大と西田が外は白い雪の夜でチークを踊る…ラジオで話してくれた怒涛の正月エピソードが忘られぬ。芸能人のお正月はすげーなと憧れたものだ。

2017. 1. 1

健康、平和、平等、当たり前の言葉が実に深く胸にしみる空の輝き。やりたいことがいっぱいとは私達の幸せの芽舎もいっぱいだ。音楽って本当にいいなって言ってる御大って本当にいいな。新曲アルバム?一発録り?観客が必要なら遠慮しないでいつでも呼んでくれ。

2016. 12. 31

カラオケで"アゲイン"を歌ったら未完のため途中から歌と演奏がズレて途中終了になった(恥)。布施明がいたら怒鳴られていたところだ(汗)。でも"…僕らは今も自由のままだ"を歌わずしてカタルシスはない。@前奏で一番の歌詞を朗読(爆)二番から歌うAお詫びして2回入れて分けて歌う…妙案はないものか(笑)
皆さんはどうしてますか?>どうもしてねぇよっ!

2016. 12. 30

昔からの謎だが、なぜ「吉田拓郎公式カレンダー」を発売しないのか。例えばタムジンによる最新ライブや過去の名ショット12枚で構成され、毎年毎年買うのが楽しみで身悶えするようなカレンダー。オマケ特典のショボイのでなく堂々たる商品として出して欲しい。永遠のビジュアルスターの御大ですぜ。

2016. 12. 29

Xマスプレゼントの話を色々聞く。幼い御大にお父上が「拓郎、天文館には"デパート"というものがあってな。いつかそれを買ってやるから今はプレゼントは我慢しろ」という話を思い出す(笑)。この話好きだ。とどのつまりプレゼントとはモノではなく贈り贈られる二人の関係性にこそあるんだろうね。

根津甚八さんの訃報。ご冥福をお祈りします。根津甚八、ブッカー・T、吉田拓郎、小室等での騒々しいヤンタンの一夜を思い出す。「いつか夜の雨が」をシングルカットする話に「いいんじゃない、今初めて聴いた曲だけどさ」と渋さの中にテキトーさが覗いていた(笑)。

2016. 12. 28

つま恋存続とな。良かった!…しかし歴史の教科書では聖地の管理者が変更すると必ず戦争が起きているので、喜びつつもおのおのがたぬかりなく(笑)ここは御大に先陣を切っていただき新生つま恋に「t.yの御旗」を。さもないと他にも狙っている大名が(笑)…ということで戦争が起きるのか(涙)

2016. 12. 27

数少ない引っ越しのたびに思うのは業者さんのスキルの凄さだ。迅速かつ的確に撤収と移動とセッティングを繰り返す。間近に見たことはないがコンサートのスタッフも同じなのかも。つま恋のTAKURO展で当選した御大の特大パネル。唯一の家宝のご真影(爆)。丁寧に梱包して慎重に運んでくれた。感謝。

2016. 12. 26

引っ越し準備で疲れ果てる。こんなことを何回も繰り返す御大はホントに凄いなとしみじみ思う。短かったがこの町ともお別れだ。芸能人が住んでいるという噂だったが、誰とも会わなかったな。さよなら、いちょう通り。さよなら、つま恋。さよならSMAP。♪海よさよなら さよなら明日

2016. 12. 25

つま恋。ご関係の皆様心の底からありがとうございました。ここが永遠の聖地となるか、遺跡となってしまうかは、これから生きてゆく私らの心の在り方次第なのかもしれない。今年、渡辺格さんはおそらくご家族が大変な中で音楽を届けてくれていたのだな。ご家族のご冥福をお祈りさせてください。

2016. 12. 24

SONGS。いやぁぁ御大愛してるぞ。ファンになっちゃいそうだ。こうして聴くと歌がうまいなぁ(爆)。年月を湛えつつも新しいボーカルがいる。やはり今年私達はもの凄いものを観て聴いて体験したのだ。皆、長生きして、いつか「あの70歳のLIVE2016は凄かったよなぁ」と歴史を語る日へと進もう。

…それにしても朝からつま恋三昧、そしてSONGSの超絶な御大、最後に宇多田ヒカルと小田和正の花束を君に送ろう愛しい人…を聴いていると、ひとつながりの人生走馬燈状態に陥って妙に泣けてしまう。

2016. 12. 23

さよならつま恋・聖地讃頌まんがA

12月23日未明。「NHK ここから〜 ゲスト南こうせつ」
ナレ「つま恋といえば、こうせつさんですが、つま恋が最後となる今のお気持ちは・・・」

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父「ぐっ南め、 "おいちゃんのつま恋"で締めくくるつもりじゃなっ!」

 ※フィクションであり実在の方々とは関係ありません、たぶん。

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父「…南め、…ああ、つま恋よ…うう拓郎さん、うううううう…」
娘「父さん今夜SONGSがあるじゃないの(あぁ拓郎ファンてメンドクサイわ…)」

 ※こういう家族は実在します

2016. 12. 22

さよならつま恋・聖地讃頌まんが@

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娘「父さん、毎日新聞につま恋の記事よ。『さよならフォークの聖地』ですって…」
父「ふざけるなっ!!フォークの聖地じゃなくて"拓郎さんの聖地"じゃっ!!」

2016. 12. 21

舞台裏=バックステージやスタジオでの御大も実に魅力的だ。一流料理人や宮大工等の職人の姿とも重なるカッコ良さが覗くんだな。楽しみだ。綿100とな。ステテコを着る時は教えてくれ。拓100のこだわり男女の私たち、多少生き辛いかもしれないが(笑)超絶幸せな人生っす。深謝。メリークリスマス。

2016. 12. 20

今年最後の歌謡祭。プロの技とともに音楽と過ごす至福に感謝。"タクシードライバー"も良かった。"これからは君の時代だ"と確かに似ている。さすが通底しあう御大とみゆきさん。"落陽"熱唱おじさんの「おまけにブーケを拾ってね…」にツボる(笑)。そりゃ松本隆だ。音楽愛に満つる人々が素敵だ。


23日には「目黒川フォークジャンボリー」(@目黒LIVESTATION)という催しがあるらしい。行けないが勝手に応援。

♪チーム拓郎,♪松任谷趣味…御大VSユーミンか
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全部、松任谷。おそ松くんみたいだ↓
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2016. 12. 19

御大のかつての信条「私生活だけキースリチャーズ」…あれだけ身体に悪い事をしても今だに平気でステージに立つ不思議。ボブ・ディランがノーベル文学賞なら、キースはさしづめノーベル医学生理学賞候補か(爆)。キースの"Slipping Away"は超絶心にしみる傑作だ。キースの"流れる”だと勝手に思う。

2016. 12. 18

忘年会というと昔、御大の家で酔ってポインセチアの赤い葉っぱを食べながら講談したというかまやつさんの話を思い出す(笑)。心配したが退院されステージに姿を見せてくれ嬉しい。忘年会といっても忘れたくない、忘れられない1年だった。残り少ないがまだ今年のイベントは終わっちゃいないわけで。

2016. 12. 17

当時から御大の言う“風のように…”の意味が解ったようで解らなかった。“風”と言う時の御大はいつもどこか生きづらそうに見えた。“僕はあの時風になり“なんて絶望の淵を覗く様だった。風とは何だったのか、御大の今の”風”はどんなふうに吹いているのか。番組が楽しみだ…が60分は短すぎやしないか。

今年のグリーティングカード、いいなぁ。嬉しい。来年も精一杯ご愛顧させていただきますのでよろしくお願いします。私達に幸あれ(爆)。

2016. 12. 16

光一君の御大への呼掛け。ああいう事が最近妙に胸に沁みる。多分、加齢だ。もし自分にイイ歳になった息子がいて道の向うから呼掛けられたらこんな気分かも…と想像してみる(笑)。トップアイドルといえど存外孤独なのもので、孤独ゆえに御大を慕う気持ちはファンの心情と少し重なるのかもしれん。

2016. 12. 15

「社長時代、年末のボーナス・人事の査定が辛かった」…怨嗟をまともに受けながら巷の中小企業の社長さんと同じく誠実に悩み苦闘していた御大。こんなスーパースターはいまい。社長ゴッコだ何だと世間は揶揄しようとも、そんな御大を心の底から誇りに思う。kinkiよ、君らのことも大好きだぞ(爆)。

2016. 12. 14

FNSの番宣で「全部だきしめて」を聴くと「御席をちゃんとご用意してたのに...」という残念感が漂うがパズルの最後のピースのように都合よく小さく収まる御大ではない(笑)。今日は誰が最後にカミナリを落とすのか。いつも最後に酔った経営者か上司が思いきり怒って終わる忘年会の如き緊張感(汗)

2016. 12. 13

DYLANのスピーチのシェイクスピア以下のくだりはまるで御大のつぶやきのようだ。DYLANの影響を受けたという御大だが元々通底する魂を持つ二人なのではないか。同じくDYLANを信奉するシンガー達とは明らかに一線を画している。シェイクスピアを読破した少年御大は何を思ったのだろうか。

2016. 12. 12

BOB DYLANのスピーチを何回も読み直し涙ぐむ。圧巻。御大ファンであることをも誇りに感ず。"和製BOBDYLAN"て御大に失礼だと思ってたが、御大は日本のBOB DYLANであり、BOB DYLANは米国の吉田拓郎なのだと確信する(爆)。上から目線ついでに、スウェーデン・アカデミー、いい仕事したな!

2016. 12. 11

日曜日午前に「地球ZIGZAG」を観ていたのは遠い昔。「ロンサムトラベリンマン」は原題が「星降る街」だった。いいタイトルだ。トラベリンマンだとどうしても乗り物酔い薬「トラベルミン」を思い出してしまう(笑)。星降る街で星を数える御大。あの時のZIGZAGの若者達よ、今こそ聴いてほしい。

2016. 12. 10

今さらだが西城秀樹の「聖少女/夕陽よ俺を照らせ」のシングルは超絶素晴らしい。御大のポップな才能が炸裂。特に最近は♪夕陽よ俺を照らせ 移りゆく季節を照らせ…のフレーズが頭から離れない。なんと心弾み心沁みるメロディーなのか。天才。秀樹にぜひ歌い継いでほしい。きっと女神は微笑む。

2016. 12. 9

あれから7年。御大を至近距離で見た夜。重松清が”吉田拓郎は約束の場所に一人で来て一人で帰った”と書いたように、取り巻きもお付きもいない孤高の御大の恰好良さと静かなるオーラ。先日のFNSに出て欲しかったが、出なくて良かったのか。ともかく御大が長渕剛でなくて良かったと心の底から思った。

2016. 12. 8

昔、武藤まき子さんがワイドショーで御大にインタビューした時のまるで姉弟のような話ぶりが忘れられない。安井かずみ、コシノジュンコ、浅川マキ、落合恵子…母性本能ならぬ姉性本能的なツボが御大にはあるのか。自分なんかにはわからない姉性から見た御大の魅力というものがあるのかもしれない。


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2016. 12. 7

あれから10年。ミノルホドツアー大阪で終演。忘れじの「つま恋」の年の終りだが「つづく」の文字が浮かんでいた。それから喜びと試練のあざなえる縄のごとき10年。しかもここにきて「つま恋の終焉」という悲痛事。しかし御大は70歳を飛び越えてくれ、今も「つづく」の文字が浮かぶ。至福なり。

武藤まき子さんご冥福をお祈り申し上げます。

広島時代、デビュー前の御大とお互い東京を目指そうと励ましあった話をされていました。

2016. 12. 6

♪頭の中にはさぁぁ・・「五木寛之に捧げる詩」という御大の唄があったが、今、気になっているのが頭の中の話ではなく「五木寛之は頭を洗わない」=「だから禿げてない」という伝説だ。いや伝説ではなく医学的支持を得ている学説のようだが、どうにも試す勇気が出ない。どうなんだろうか。

2016. 12. 5

あれから35年。アルバム「無人島で」発売。海のジャケットは季節柄さすがに冷たそうだった。A面とB面の様相が全く違う。A面の高揚感とB面の失速感。松本隆と御大の背中合わせのランデブー。心は松田聖子に行ってしまってたのか松本隆(笑)。今となるとこの失速感も実に味わい深いが。

2016. 12. 4

いよいよカウントダウンの日々。今日つま恋に集う皆様、どうか存分に聖地を実施なさってください。十字軍の遠征を見送るみたいだ。是非、聖地奪還を…って違うか。せめて多目的広場に団結小屋を建て占拠してしまうとか(爆)。なんとかならないか、悲しくて悲しくてとてもやりきれない。

2016. 12. 3

その記事では御大と岡本さんが「アジアの片隅で’89」を作ろうと意気投合する。半分冗談にしても待っていたのに。映画「この世界の片隅に」が着実に拡がる。超絶ヒットアニメの影になってしまった不運。いや、この映画もかの曲も「片隅」から静かに「100年生き続ける」との言葉を信ずる。

2016. 12. 2

昔の雑誌の記事。岡本さんが御大に「ステージで『アジアの片隅で』を歌うんだが♪思うのだがぁぁぁ〜のメロディーがワカラない」と尋ねてきた。「それフェイクだからメロディーなんて無いよ」と困惑する御大。…確かに。きっと世界で御大1人しか歌えまい。岡本さんはあの美声でどう歌ったのかな。

2016. 12. 1

例えば今年のライブで聴けた「いつでも」。♪胸にしみる空の青さが、胸にしみる空の深さが、胸に落ちた熱い涙が・・・この最後のたたみかけが胸にこみあげてくるようでたまらない。岡本さんはこんなメロディーと歌唱で自分の言葉に命を与えられどんな気持だったろうか。余計なお世話だが(笑)

2016. 11. 30

流しの床屋の小説を読む。さしづめ岡本おさみは旅する流しの作詞家だ。彼の詞に、出不精で家にいることが大好きな男が、誰よりも旅情と詩情を汲んだ曲をつけて歌いあげる。「名コンビ」という薄っぺらな言葉では言い尽くせない二人の不思議な関係。拓郎ファンだけに投げかけられた謎かもしれない。

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2016. 11. 29

明日は岡本おさみさんのご命日。追悼するにはあまりに大きな人であり作品群だ。一度だけ、つま恋2006年の翌日、遠巻きにお目にかかった時の気さくな笑顔が思い出される。そのつま恋も無くなるとは、なんてこったい。御大が元気で新曲のレコーディングしていることがどんだけ心強いことか。

2016. 11. 28

かくしてダニー・コリンズとは違って御大の新曲は、のびやかにおだやかにファンのもとに届けられるのであった。ステージへのお早いお戻りをお待ちしています。
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2016. 11. 27

電撃わいどで浜田省吾がDJの時。「プロ初舞台の拓郎さんの京都会館は超満員で、拍手がもう風になって来た」「緊張のライブが終わり皆で外に出て、僕は拓郎さん達から少し遅れて夜風の中を歩きながら、○○○の△△△を口ずさんでいました」。素敵な絵だ。浜省、何の曲だったっけ?>友達かよっ!


<ライブ73記念日2日目>
「・・懐かしの曲が出てまいりましたが・・」というMC。デビューして僅か3年、弱冠27歳。懐かしいも何もないだろうと思う。早送りのビデオのとおり、このときの御大の3年間というのは一般Pとは全く違った密度の時間軸だったのではないかと思う。

2016. 11. 26

そのラジオで、高校生の私は御大に超絶失礼なメッセージを送ったが、それでも御大は優しかった。今は心からお詫びしたいが、こんな失礼の佃煮みたいなサイトをやってたら通じまい。「電撃わいど」は帯番組で、大ブレイクする前の中島みゆき、浜田省吾らもDJだった。いい番組だった。懐かしいぜ。

<ライブ73記念日1日目>
 年齢にして御大27、瀬尾26、松任谷正隆22、高中正義20、田中清司25、岡沢章22、石川鷹彦30、後藤由多加24、恐るべき若造たち。
 LIVE1973OPENING>♪春だったね〜♪せんこう花火〜♪マークU〜♪ともだち
 LIVE2016OPENING>♪春だったね〜♪やせっぽちのブルース〜♪マークU〜♪落陽
若過ぎる凄さと70歳にしての凄さ。両方を手にできてファンは幸せだ。記念日おめでとう!!


 昨夜、目黒で聴いた「君が好き」のアウトロのピアノはもの凄かった。プロフェッショナル!

2016. 11. 25

吉田拓郎のレコードを買いにいく特別な一日。ファン誰しもそれぞれにあったはずだ。実人生と結びついたかけがえのない日。その日は斎戒沐浴し正座して聴くと言ったファンもいた。例えば39年前の今日は「大いなる人」。たぶんその夜のラジ関「電撃わいどうるとら放送局」の御大、ごめんなさいね。

2016. 11. 24

♪ニュースでは足元に気をつけてと呼びかける・・・いい歌だなぁ。歌うまいなぁ御大。たまにはステージで歌っておくれよ。しかし、ホントに雪になってきた。いじわるな雪か、いたずらな雪か、いずれにしても、みなさんお気をつけて。自分が一番危なかったりする。

2016. 11. 23

早口は御大の真骨頂だ。「言えなくなったのがいつからかまでも忘れちまった」(親切)「例えば嵐に呑み込まれても歴史はそれを見逃さないだろう」(街へ)、特に「肩抱きゆぎずり生きる命感じながら」(街角)に至ってはプロのアナウンサーでも噛まずに歌えまい。老化防止に効果的かも。

2016. 11. 22

去年の日記を見たら同じ話を幾つも書いてた(老)。御大の話に「昔それ聞いたよ」、「しかも昔と話違うし」と不遜にツッコむのを止めようと反省しかけたが「自分の事は棚に上げて」が御大の教えだ。いいじゃないか、清水健太郎。話す方もツッコむ方もワケわからなくなるまで長生きし続けよう。

2016. 11. 21

新曲が21曲は凄かった。小学生で25mプールしか経験ないのに初めて50mプールで泳いだ時みたいだった。いくら泳いでも向う岸が観えてこない感じ。至福。それに38年前の今日は目黒区民センター「君に会ってからというもの僕は」記念日。最近この時の同志に会えて感激。サイン貰ったとは凄ぇよ。

2016. 11. 20

38年前の今日の夕方、待ち切れずレコード店に翌日発売のアルバム「ローリング30」を買いに行った。2枚組LP+シングルのズシリとした重さが忘れられない。今年グッズ売り場でエイベックスのアナログ盤を手にとった時その重さを思い出した。レコードにしろ本にしろ重さってのも大事なのかもしれない。

2016. 11. 19

映画の話の続き。広島と呉。日頃張り合いながら、お互いの町が空襲で被害を受けると救援に駆けつけ励ましあう。御大の昔からの口癖、「馳せ参ずる」のだ。そんな関係が町どうしにもある。現代も同じ。「馳せ参ずる」気持ち。結局人間にはそれしかないし、それこそが唯一の希望なのかもしれない。

2016. 11. 18

そう、映画「この世界の片隅に」の話だ。御大の座右の銘「明るい日常」。悲惨極まりない絶望や悲しみもこの「日常」がやがて回収してくれる。そんな柔らかくも強靭な「日常」が描かれていた。「誰でも何かが足らんぐらいでこの世に居場所はそうそう無うなりゃせんよ」広島弁が胸にしみる空の輝き。

2016. 11. 17

ライブ2016の素晴しさを語りすぎず簡単に言うと、ほぼマンネリの選曲、ソツなくツマラない優等生バンド、無駄に元気なコーラスらを御大一人のチカラで超絶凄いライブに仕上げたことだと思う。謙遜するなよ御大。だからひたすら前を向き全てを一人で牽引するように必死に歌っていたのではないか。

2016. 11. 16

映画「この世界の片隅に」。あの惨劇を、ブレない「明るい日常」から、語りすぎず、だからこそ深く描く。語りすぎといえば今の御大のつぶやきを思う。真実のステージに過剰な言葉は不要のはず。歴代の名キーボード陣の果てにコレが「円熟」なんて。エール交換は身内で済ませ、音楽で語ってくれよ。

2016. 11. 15

アル・パチーノの新作(2015)"Dearダニー"を観る。久々に素敵な主演作だ。あらすじは老境のロックスターが頑張って「新曲」を書く話。以上。一般Pの自分にも新曲を書くことの希望や怖さが伝わってきた。さすが名優パチーノだが随分汚い爺さんになっちゃったな(涙)。今年の御大が美しかっただけに。

2016. 11. 14

昔はライブ直後のラジオに「終わったコンサートの話なんかしたくない」と出演せず田家さんを困らせた御大(笑)からの長い便りに驚く。至極のライブ2016を深く深く胸に刻んだ。御大、どうか心の底から自由なライブを。受け止めて、受け止めて、繰り返し繰り返し旅に出ましょうぞ。長寿と繁栄を。
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2016. 11. 13

紅葉の季節は♪紅葉だ。"見渡せば紅葉 赤々と紅葉"。島倉千代子×吉田拓郎、二人の天才の手になる静かだが極上のラブソングだ。お千代さんも、そして私に「ね、可愛い曲でしょ」とこの歌を教えてくれた二人の御大ファンも皆もういない。なので生きてる限りはどこまでも紅葉の季節は♪紅葉なのだ。

2016. 11. 12

今日から映画「この世界の片隅に」が公開だ。「君の名は」とかと違ってひっそりとすぐ上映終了しちゃうと思うので、心して早く観に行かねば。いい作品に仕上がっていますように。と言っといてなんだが、なぁんで御大を主題歌にしなかったかなぁ、そこだけが悲しくて悲しくてとてもやりきれない。

2016. 11. 11

御大がスタジオにいる。He is there.それだけで嬉しい。理由はなんでもいい。いるという事実だけで元気が出ようというものだ。

2016. 11. 10

♪さよならアメリカさよならニッポンが頭の中を回る。もちろん司会の御大の曲紹介から始まらなくてはならない。もともと世界情勢などわかっちゃいないが、ますますわからない。♪日本はどこへ行くんだろう、子供は何を見るんだろう、もう少し生きていようかミスター・・・

2016. 11. 9

 つま恋1975も篠島も松任谷グループと瀬尾ビッグバンドの「対バン」決戦が華だ。各々のアプローチで御大をいかに輝かせるか!という競合がすんばらしい。両バンドに連結器のように松任谷や青山がいたことも関係あるのか。まさにイベントゆえの至福。全てのバンドよ何卒御大を熱く固く支え給え。

2016. 11. 8

 松任谷正隆が、最後の最後に自分の音を理解してくれる掛け替えのないミュージシャンとして挙げたのが、亡くなられた松原正樹さん、それにジェイク・コンセブション、浦田憲司両氏。そうなんだ。聴きなおしてみたくなる。とりあえず「明日に向って走れ」「ひまわり」は措いて、松任谷×ジェイク=「TOUR1979」を聴く。どれも超絶名演なれど、ひっそりと「もうすぐ帰るよ」がイイ。原曲の面影はなく、しみじみと歌い上げられている。間奏と後奏のサックスの歌うような美しさ。
「舞姫」は、キーボードばかりに気を取られていたが、キーボードとサックスとのシンクロが実に絶妙だ。
 それにしても、御大、いい声だ、歌うまいなぁ。結局そこへ。

2016. 11. 7

 松任谷氏のインタビュー本を読み耽る日々。やはり、つま恋の御大の「背中」の話は感動する。10年くらい前のNHKの特番のインタビューで松任谷がボソリと「篠島の時、拓郎はとにかくつま恋を超えようと必死だった」と語っていたことがあった。今度のつま恋の話を読むとその言葉の意味が一層に深められる気がする。
 松任谷インタビューに限らず、あまりに知らない話が多すぎる。もともと自分個人は、つま恋はじめ70年中盤までのライブも輝ける活躍時代も経験しておらず、あれこれ読み聴きし、また先達ファンの方々にいろんなカタチでいろんなことを教えていただいたにすぎない。それでも道は果てしない。
 御大が創ったすべての音楽を聴きたいし、あらゆるライブの話、エピソードをひとつ残らず聞きたい。おそらく御大の素晴らしい音楽や話がもっともっと大量に眠っているに違いないのだ。
 もはや人間国宝と文化財の域に達した世界ではないか。あらゆる証言や記録をとことん掘り起こして集積してほしい。

2016. 11. 6

 たまたま「パナホーム」に行ったら今だに「♪家を作るなら〜」があちこちに流れていて嬉しくなった。迷惑を省みず「この曲、大好きでホラi-podに入れてるんですよ」と見せたら会社の方も喜んでくれた。変な奴と思ってたかもしれないが。
 かつてLOVE2で、高中正義から「加藤和彦やってぇ」と頼まれた坂崎くんが例のモノマネで歌ったシーンを思い出す。御大がスポンサーに気を使ってちゃんと「ナショナル住宅ぅぅ」のところまで一緒に絶唱していたことも(笑)
 それを思うと富士フィルムよ、ちょっと何とかしてみようとか思わないか。いえ、思ってくれませんでしょうか。

2016. 11. 5

 御大の神聖な「自由の歌たち」の前に、なんでおまえが憲法と勝手に結びつけてごちゃごちゃと偉そうに・・・と声なき声が聞こえる(笑)。偉そうにゴチャゴチャ書いて人々を不快にさせるのはこのサイトの目的なので仕方ない(爆)。
 しかし、御大が憲法に基づいて「自由」を歌ってるかのような表現に読めたとしたらそれは違う。御大は、憲法なんかに関係なく、それ以前に、御大は御大なるがゆえに自由だ。何にも勝りまず御大の描く自由の歌たちがあって、憲法はそっと、かしづいてその盾になっているに過ぎない。そういうエレガントなものだ。
 憲法があって自由があるわけではなく、御大も人も、もともと自由だ。そうでないと、憲法のことがウザい政治家らに「自由は責任を伴う」なんていわれて、ごもっともです自由を一部、国にお返ししますなんてことになりかねない。まぁいい、よくないが、いい。ともかく御大の音楽に漲っている自由への気骨に目を見張り、耳を澄まそう。

2016. 11. 4

「自由」の歌たちを眺めながら一人悦に入る(笑)。やっぱ素晴らしいぜ、御大。一言一言、背後にある世界が広がってくる。これに限らず、御大のフレーズに触れたファンなら誰もがそうだろう。
 どの作品も大切だが「これが自由というものかしら自由になると淋しいのかい」という切なるフレーズにあらためて胸を打たれる。それと今年も聴いた「僕らは今も自由のままだ」のすべてを透かすような美しさ。若い頃の不安に満ちた「自由」とそこから幾星霜を経た「自由」が呼応しあっているような気がする。

 「私の足音」は、公式音源がないのがつくづく寂しい。リミックスしたりセルフカバーして残してほしいな。

2016. 11. 3

 11月3日は、立派な人々が勲章を貰う日というイメージだが、もともとは日本国憲法が公布された日だ。今年で70年。おい、御大と同じ歳だ。あれこれ満身創痍の感が強い憲法だが、私は心から「いくつになってもHappy birthday」を歌ってあげたい。

 憲法12条は、「・・・自由は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」と規定する。
 自由への不断の努力。ほんの一瞬「自由への長い旅」なんて唄や歌手の顔が浮かぶが、
それは気の迷いで(笑)、やはり御大だぜ。御大ほど歌に「自由」が登場する音楽家はおるまい。
 それは、辻説法やスローガンのような「自由」ではなく、人が生きていくうえで遭遇する希望、失望、恐怖、孤独、喜び、平和、自堕落などあらゆる実相とともにあり、ラブソングともしっかり結びついた「自由」だ。御大は、それをまさに不断に歌ってきてくれたと思う。

 そう思って、「自由」のフレーズのある歌を拾いだしてsidewaysで年代順に並べてみたら、まるで一大叙事詩のようになってしまった。

 自由とは、わたしたちの生活のあらゆる場面に寄りそってくれる頼りがいのある大切な友人である。それを御大の歌は教えてくれる。

2016. 11. 2

 LIVE2016の反省会というか反芻会。地下の店で飲酒実施しながら実施。それぞれ言いたいことはあれど、私達は、実はもの凄いライブを観てしまったのではないか。歴史の真っ只中なので気づかないだけで、後世の人からみると歴史に残る偉業だったのではないか。例えば世の中がガヤガヤ騒がしいなと思っていたら実はそれが大化の改新だったという7世紀の人みたいなものだ(爆)>いみふ 
 とにかくココから始まるさらなる歴史があるに違いないとの結論。

 他方、横浜で観た、寄り倒しの観客を駆除せんと警備員との小競り合い。おいおい演奏中だぞ。迷惑だ、ルール違反だと正論はあろうが、感激して思わずステージに駆け寄る観客の燃え立つエナジー。もはや枯葉の乾燥した拍手などと言えまい。
 昔、温厚な御大ファンの亡K君が、警備員さんにキレて「あんたも音楽が好きでこの仕事に就いたんだろうが!!」と啖呵を切ったことを思い出す。

 くぅぅぅ、真実のステージがもう恋しくてならない。

2016. 11. 1

 くだんの松任谷さんのインタビュー本で、

「(松任谷)由実さんと拓郎は、いつも僕の意見を取り入れてくれた。大切にしてくれた。だから二人の現場ではとても気持ちよく音楽を作ることができました」

と語る。
 ユーミンと拓郎といえば世間の通りイメージでは、わがままでおよそ他人の意見など聞かなそうである(笑)。「意見を取り入れる」だけでなく「大切にしてくれた」というところに御大とユーミンの人柄、それに対する松任谷さんの深い敬意が覗きファンとしては心の底から嬉しくなる。

 「でも打ち上げはクレージーだった」・・ってどんな打ち上げだったんだ、知りてーー(笑)


 ちょっとウロ覚えだが、昔、LOVE2で、藤原紀香がゲストの時、Kinkiと藤原さんが「松任谷正隆さんて最初はとっつきにくそうで嫌われてるのかと思ったら実は優しい方で・・・」と盛り上がっていたところ、

 御大 「彼は、とっつきにく「そう」ではなく、とっつきにくい男。」
 一同 「ええーっ!(爆)」
 御大 「だって、ちょっとしたことですぐ不機嫌になるしさぁ」
 堂本剛「拓郎さん、それ一緒ですやん(笑)」
 御大 「なんだ、おい! オレはハッピーにやってるだろう(爆笑)」 

あのシーンが好きだった)^o^(

2016. 10. 31


 松任谷正隆の最新インタビュー集。表紙の金文字からして嬉しい。拾い読みだが、読んでて泣きそうになる。

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 あの頃、私なんかにとっての「吉田拓郎の誇らしさ」のひとつにビッグネームの「松任谷正隆」と「鈴木茂」を助さん格さんのように従えているという天下の黄門ステイタスともいうべきものがあった。あのアレンジと華麗なプレイの松任谷正隆がおり、そこから、スピンオフするようにエルトン永田さんが現れ、やがて武部聡志が現れたという法流イメージがある。実際の出自、師弟関係はわからないが。
 御大の「人となり」の話(ああ、御大、やはり実に素晴らしい人なんだな)、師・加藤和彦の話、そしてつま恋の話も泣けてくる。Shangri-laのガースハドソン、春を待つ手紙、ユイ、陣山君なんて単語が自然に出てくるところも嬉しい。
 ALL makes me cry!

 ついでに、そうだ、「あの日に帰りたい」は「家族の秘密」の主題歌で、秋吉久美子と池上季実子だったよな、可愛かったよなーと若き日の煩悩の世界までトリップしてしまった。

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2016. 10. 30

 横浜の囲み取材は全文や映像はないものか。
 きっと「スター千一夜」なら放送してくれたぞ。いつの話だ。

 「ウチに帰って奥さんのご飯を食べたい」

 「ディランという人は、心の奥に持っているものを生涯、人には明かさない。僕は納得した」

 こんな言葉からも今の吉田拓郎のカッコよさと魅力が覗く。たまらない。

 思えば、家が大好きな生粋の「おうちっこ」が、決起して家を出て歌いに来てくれた。やり遂げて“家路”に向かう背中に、もっともっと・・と詮なきことは言うまいと自戒。

 そのかわりまた近いうちに、できるだけ近いうちにまた来てね(爆)


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2016. 10. 29

 日々を余韻が吹き荒れて帰ってゆける場所がない(涙)。

 御大がサラリと歌った「風に吹かれて」、よかったねぇ。一流シェフが本格仕事のあいまに作ってみせる、これまた美味な“まかない料理”みたいだった。食べたことないけど。ぜひ映像であまねく世間に。

 田家さんのブログの横浜最終日のくだりを読んで胸が熱くなった。おだやかな文章の行間から御大への深い愛と共感が次々と溢れ出してくるかのようだ。一方、ディランのノーベル賞と御大をからめた富澤一誠さんの文章は立派なことが書いてあるが、御大への愛ではなく、どうだ、オレって凄いだろうという筆者の得意満面が浮かんでくる気がする。気がするだけね(笑)・・・勉強になった。自戒。ともかく御大への愛こそすべてだ。


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2016. 10. 28

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あぁこれで、もう何もすることがなくなっちまったわい
            (時事漫画「ロスな人々」終)

2016. 10. 27

 終わったよ。至福の一か月間。ハラショ!ブラボ! 心の底からお疲れ様でした。この一か月、いやSONGSを入れるともっとか。知人の言葉を借りれば、70tyの御大が立ち上がってステージに向かったこのしばしの時間は、それ自体御大の作品であり、歌詞も曲もないが2016年の新曲のようなものだと思う。幸せだ。ありがとう。
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2016. 10. 26

消えている

御大、わかりました。何にも読まなかったし聞かなかったことにして忘れます。
・・・違うのか?

 それにしても武田鉄矢がエッセイで御大を評した言葉を思い出す。

 「コイツは本当の風雲児だ。たちまち違う空に駆けて行ってしまう。」


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2016. 10. 25

 気が付くと小田和正と浜田省吾のツアーも並走していたのだな。

 小田和正。一年後にすべての記録を持っていく男。一緒に走ろうなといいながら、ゴール間際に全力疾走で抜いていく、中学とかの体育の時間によくいるやつを思い出してしまう(爆)。

 個人的には、「オフコース」時代のあのクールで寡黙なイメージからすると、最近のTVスポットで観る、自転車で走り回り、観客にマイクを向けて一緒に歌う姿は結構衝撃である。霞が関のエリート官僚が、議員に転身するんで地元選挙区でタスキかけて自転者に乗って、お年寄りと握手しまくっている姿と妙に重なってしまう。すまん。
 かつてハマった神ドラマ「それでも、生きてゆく」のテーマ曲。ドラマも神なら、テーマ曲「東京の空」も神曲だった。♪自分の生き方で自分を生きて、多くの間違いを繰り返してきた・・聴くだけで今でも涙が落ちる。

 浜田省吾。御大が休んでいたときに(笑)、よく聴いたし、ライブにも行った。「♪ドラム叩ける仕事見つけたんだ二度とキャンパスには戻らないつもり」(さよならに口づけ)「♪走り始めた1974年」(DARKNESS IN THE HEART)の御大とシンクロするところがたまらん。そうやって御大が始めた「コンサートツアー」をここまで最強かつ壮大に発展させた浜省のチカラを思う。しかし、浜省は、やさぐれ、誰かにひたすら謝罪するような美しいラブソングこそ真骨頂だと思う。
 新作「マグノリアの径」が好きだ。♪二人で旅にでようトスカーナへ行こう のフレーズを聴くと心が疼いて、結局、武蔵小山の「トスカーナ総本店」のミートソースを食べに行く。いいのかそれで。

 このように私のねじくれた心の隙間は、小田さんでも浜省でも埋まらない。御大しかないのである。迷惑だろうが。

 小田さん、浜省という「親拓派」のみなさんのツアーのご無事な完走をお祈りします。
 そして、何より御大のツアー楽日、文字通り楽しい日になりますように。

2016. 10. 21

Memorandum 2016.10.19 東京国際フォーラムホールA

 「いくつになってもHappybirthday」は稀代の名曲だと心の底から思う。この思いのたけは、こっちに書いたとおりだ。http://tylife.jp/uramado/ikuhapi.html
 もはや吉田拓郎という一歌手のレパートリーとして、限られたファンだけが楽しむだけではあまりにもったいない。広くこの世界の老若男女・少年少女・生きとし生けるものに知らしむべき、寄らしむべき名曲だと思う。

 御大が讃えるのは、その人の地位、名誉、財産、業績ではなく、容姿や性格でもない。ただ「君が君になったこと」「人生に向かい合って歩いている」そのことだ。つまりは「生きてること」それ自体をひたすら誉め讃えて喜んでくれる無条件の愛。
 「いろんなことがあったでしょう 人に隠れて泣いたでしょう」と優しい眼差しもたまらない。「いくつになってもhappy birthday to you」という一度覚えたら忘れない陽性のメロディーに乗せてたたみかけてくる。もはやこれでノーベル賞を貰っても私は驚かないぞ。

 世界のいたるところで、学校や会社の朝礼の時、あらゆる日常生活の場面で、誕生日の人を讃えて、皆で合唱しよう。世界の人が誰かに向けて心をこめてこの歌を歌うようになったとき、戦争は無くなるはずだ。昔、村上龍は「気持いいセックスが戦争を止める」と言ったが、これには個人の力量差、年齢差、性癖差があるので厄介だ(笑)。この深い愛の歌こそ戦争を止めるために一番近くにあるツールだろう。

 私事だが、・・って日記だから当たり前だ。小学校の同窓会があり、お世話になった方に誕生日のお祝いをすることになっている。先日、フォーラムのライブを共にした同級生らは御大のこの歌に感動し、急遽「いくハピ」を合唱するしかないと決意した。T君はギターアレンジと譜面を書き、われわれは練習と根回しに余念がない。御大ファンの三人の間では盛り上がるが、果たして水分が抜けて乾燥し尽した同級生連中には受け入れられるだろうか。まさに砂漠に種を蒔いてホースで水をやるかのようだ。少しでもこの作品が広がりますように。蒔けるところには種を蒔き続けたい。

 それにしても誕生日の日とこのライブが重なった人は羨ましいなあ。おめでとうございます。

2016. 10. 20

Memorandum 2016.10.19 東京国際フォーラムホールA

 昨夜の日記で書いたけど、いやぁ、声は出る出る、それに軽やかな身のこなし。爽快に飛ばす、オープニング4曲。あまりにご機嫌で「朝陽がサン」までスタンディングでノってしまった。張りのある声。曲ごとに最後に決めるカッチョエエ、ポーズ。Woo Babyなんて超絶すばらしくなってゆく。
 初日、御大の体力は大丈夫なのか?と心配した自分が馬鹿みたいである。それだけゆとりある盤石のステージだった。かつてエルトンさんの語っていた「ライブの現場で進化していく人」という言葉がどうしても思い出される。御大は生粋の「ライブ人」なのだとあらためて痛感する。

 「テレビにもネットにも真実はありません。真実はこういうステージにあります。」「テレビ(SONGS)を観た広島の連中が、『だいぶ疲れていて(声も出てなくて)大丈夫か』と言ってきたけど、バカ野郎、リハーサルはあんなもんだって。テレビなんか出るんじゃなかった。あんなの出なくても僕の人生になんの影響もない」


 いいぞぉ、痛快、痛快)^o^(。真実がステージにある。なんと心強い言葉。しかし、真実が2年に一回4,5本では、世の中はたちまたち嘘でいっぱいになってしまう。御大は大変だろうが、もっともっと真実を私たちの暮らしの中に放って欲しい。

 ボブ・ディランと家出のMC。でも、そこにはノーベル賞の話もおめでとうも一切なかった。まったくスルーだった。御大にとってディランはディランということか。
 バンドアシストも受けながら歌われた「風に吹かれて」の2コーラス。これが逸品だった。うまいなぁ。ディランへの思いは、そこに溢れていたに違いない。「音楽で語れ」という姿を見せてくれた。

 あと一本。あまりに寂しすぎる。月1回でいいからこのままずっと続けましょうぜ(爆)

 そうそう、歌詞は「傘をすぼめて」→「肩をすぼめて」になっていた。解決。一緒に、悩んでくださった方々ありがとうございました。

2016. 10. 19

<朝>

 ノーベル賞委員会、ディランに連絡つかないというのは凄い。たぶん受賞拒否でも、ポーズでもなく、ホントに関心がないのだ。むつかしい人だ(笑)

 むつかしいといえば、亡くなってしまった同年の拓友K君が、生前「最近のボブ・ディランのあの声って絶対に歌う前にヘリウムガスを吸ってますよね」と嘆いていたのを思い出す。変声もさることながら、歌い方、メロディーの崩し方がハンパではなかったことに基因する。

 僕ら70年代中葉青春世代には、「風に吹かれて」も「ライク・ア・ローリングストーン」も既に古典だった。唯一、リアルタイムにディランで衝撃を受けたのが「ハリケーン」(アルバム「欲望」)だった。このスケール、このボーカル、たたみかける歌唱、溢れる迫力。「こりゃすげえ、これがボブ・ディランか」とぶっ飛んで、中学校や高校の教室でも話題になっていた。

 それでも僕やK君が、御大を離れてディランの虜にならなかったのは、その前年の「ペニーレインでバーボン」「人生を語らず」の超絶な凄さに接していたからだと思う。「ハリケーン」のあの粘りこみながら、たたみかけるディランのあのボーカルにしたって、御大はすぐに、例えば「ローリング30」の「英雄」で負けず劣らずの質感と力量のボーカルを見せてくれた。ディランも凄いが、やはり御大だぜ。

 人間は生物だから誰しも声は変わっていく。しかしそこに漲る気骨は、変わらない。不易流行の御大のボーカル。頼むぞ。

<昼>

 ギターの渡辺格さんのお父様が先週亡くなられたとのこと。関係ない自分ですが、ご冥福を祈らせていただきます。誰であれ、どんな立場であれ、辛いことに変わりはないが、舞台人の方はこういうとき本当に大変だと思う。
 アイコンタクトでお応援しよう・・というほど近くの席ではないが。

<開演前>
 飲んだくれもほどほどにしよう。ということで「熱燗」をツマミに「まぐろ茶漬け」を夏目漱石になった気分で(爆)。いみふ。

 雨畑、古舘伊知郎と笑顔で手を振り合うq(^-^q)

 宇田川さんと隣の席で語り合う。音楽夜話。湯だめ、うどん。お目にかかれて光栄です。
坂崎、タカミー、光一諸氏にスタンディングオベイション!
 あ、高橋真梨子だ。ミーハー魂がうづく。

<終演後>
 今季、最後から二番目のライブ無事終わる。最高だ。最高だよ。どんどん進化していくのがわかる。より身軽により軽やかになっていく御大。♪歳月という名の鎖を身をよじって解いてゆく・・かのようだ。

 「風に吹かれて」ツーコーラスありがとうq(^-^q)わざとらしいノーベル賞の話なんかせずに、思いを音楽で語る御大が素敵だぜ。

 「傘」と「肩」もスッキリしたよ。

「テレビにもネットにも真実はない。真実はステージにある。」御意!だからこそ虚飾に満ちた世の中に、もっともっと真実のステージを放ってくれよ!

 いろいろ書きたいけれど、ここらがガラケーの限界だ。お疲れ様。みなさん良い夜を。

2016. 10. 18

 今朝、NHKの朝ドラで、戦争からの復員者情報のラジオ放送に「里の秋」が流れた。

「里の秋」。御大は、この唄を今も昔もよく歌ってくれて、私なんかはそれでこの唄を知ったようなものだ。

 この「里の秋」という歌は、川田正子さんという歌手の昭和20年の唄だ。

  静かな静かな 里の秋
  お背戸に木の実の 落ちる夜は
  ああ 母さんとただ二人
  栗の実 煮てます いろりばた

  明るい明るい 星の空
  鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
  ああ 父さんのあの笑顔
  栗の実 食べては 思い出す


 この唄について、ちょっと調べてみたことがあった。もともと学校の先生によって昭和16年くらいに作詞されていて、主題は、出征した戦地お父さんを思って、銃後をしっかり守りますという家族の唄だった。こんな詞が続いたらしい。


  きれいな きれいな 椰子の島
  しっかり 護って くださいと 
  ああ 父さんの ご武運を  
  今夜も ひとりで祈ります          

  大きく大きく なったなら
  兵隊さんだよ うれしいな
  ねえ 母さんよ 僕だって
  必ず お国を 譲ります


 ところが敗戦になり、作詞者の方は、学校の教師として自分が戦争を鼓舞する唄を作り、教え子を戦地に送り出したことを悔やんで教師の職を辞し隠遁していたそうだ。

 しかし、この唄の素晴らしさを知る人々が、そんな彼を探し出して説得して再びこの唄を世に出すのだった。

 その際、作詞者は、新しい歌詞を三番に改題した。

  さよならさよなら 椰子(やし)の島
  お舟にゆられて 帰られる
  ああ 父さんよ御無事(ごぶじ)でと
  今夜も 母さんと 祈ります


 戦争が終わり、戦地から帰還する父を思う唄として再生させたのだった。

 川田正子さんの歌う唄は、今朝のNHKの朝ドラのように、戦地引揚者の情報を伝えるラジオ番組で流れると大絶賛され、荒廃した国民の心にたちまち広がったという。今で言うヒット曲でしょうね。

 作詞者が戦争に加担したと自責に苦しんだ唄は、傷ついて戦地から戻る人達をあたたかく迎える唄として蘇生したのだった。音楽の素晴らしいチカラを思う。


 御大は、少年時代、お父さんと離れて暮らしてたんで、そこがこの唄の心象風景と重なったのではないかと思ったりするけど、それは余計な詮索だな。
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2016. 10. 17

 自分の勝手な感想だが、2012年のライブから、御大は演奏中、バンドを一顧だにせず、ずっと前を向いているイメージがあった。歌うことにコンセントレートしようというそんな必死な姿に見えた。
 御大のバンドとのアイコンタクトを繰り返すつぶやきを読んで安堵する。やはりステージの御大は、熱唱しつつも、バンドの演奏に聴き入り、楽しそうに見つめ、時に競い合うように、音楽を楽しむ姿が目に焼き付いている。「ミュージシャンは音楽で語れ」と御大が自ら言うように、ステージの無言の会話のキャッチボールを繰り返す姿は、こっちも嬉しくなろうというものだ。自分が上から目線で言うことではないが、頼むぞミュージシャン陣。

 しかも「客席と一体」ということであれば、どうか御大、遠慮なく観客ともアイコンタクトをとってくれ。私はちゃんとキャッチボールを返すぞ、バシバシ来てくれて構わないぞ、私の席番号は(爆)

 今度の10月19日のフォーラム、奇しくも2003年の昼夜公演の国際フォーラムと同じ日だ。不安と固唾を呑んで待ったあの日のフォーラム。御大はそんな昔のことというかもしれないが、今こうして御大の新しいステージを楽しみに待つ身としては感慨深い。
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2016. 10. 16

 5月に引続いて安曇野のとある工房に日帰りで伺った。疲れた。しかし「工房」という言葉だけで嬉しくなってしまう。

 タイトな時間の中でも、御大ファンの聖地の一環「大王わさび農場」。寄らずに帰られましょか。いわずと知れた「月夜のカヌー」と「名前のない川」を思いながら、透明な清流を漕いでいく。いい気候だ。紅葉は二週間後らしい。

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 船頭のおにいさんが、「この川は養殖の「ニジマス」も登ってきます」とつぶやく(写真はこの時のものではないっす)。「ニジマス」を聞き逃すファンはおるまい。そうなのか。ウキウキしてきしてしまう。松本隆の名フレーズ「底の石が透ける水に右手浸せば」の美しさをあらためて思う。

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 但し、船着き場の注意書。オールというかパドルを流してしまうと罰金3000円らしい。ひー。
 「無題」で「オールをどこかさらわれちまった」、松田聖子「哀しみのボート」に「オールさえもなくしたまま二人」、薬師丸ひろ子「WOMAN」にも「時の河を渡る船にオールはない」。これを「オールをなくして困った松本隆の三部作」と勝手に呼んでいるが、そうかきっと松本隆はこれを心配していてくれたのか(爆)。

2016. 10. 15

 昔、山田パンダさんが話していた。

 パンダさんの奥さんが原宿で帽子屋「みょんみょん」を営業していた時。
御大が、ボブ・ディランの「Desire(欲望)」のジャケットを持ってやってきて

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「これと同じ帽子を作ってくれ」

とオーダーを入れた。

 苦心して作り上げ、試着に来た、御大は喜び満面で、その帽子のまま原宿の町に飛び出していったそうな)^o^(。

 1980年10月新宿西口都有地でのイベント「TONY」に、御大はこの帽子でステージに登場。

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 当時の新曲「ヒロシマ」と「アジア」を熱唱した。カッチョエかった。

 それほどにディランの存在は大きいんだな。


 御大は「血の轍」からディランがわかんなくなったと言うが、私なんかは「血の轍」以降「欲望」「ストリートリーガル」「インフィデル」このあたりで、やっとディランの凄さがわかった気がする。御大みたいでカッコイイじゃんと思った。
 そんな中におこなわれた78年の初来日武道館は、客席で観ていたときはわかんなかったが、ライブ盤になってそのすんばらしさに驚いた。
 奇しくも、ボブ・ディランの「BUDOKAN」と御大の「王様達のハインキングin Budokan」。ともに「武道館ライバムアルバム大賞」の外人部門と日本人部門でグランプリを受賞した。・・・そんな賞は無いけどな。

 御意。「えんび服」と「投げやりでヘンテコなスピーチ」に期待します。

 そんな昔の話は置いといて、フォーラム、パシフィコと明日に向かってライブは進化してゆく。始まったが、切に終わってほしくない。

2016. 10. 14

 ボブ・ディランのノーベル賞受賞、おめでとうございます。世界も捨てたもんじゃない。

 ディランありて御大の今日があるなら、ちっぽけながら自分の今日もディランのお陰によってある。海より深く、空より高く感謝申し上げます。

 しかし、これでさらにボブ・ディランをさらに文学者・哲学者として崇め神格化する、したり顔評論があふれ返るに違いない。
 そういう自分もディランに詳しいわけではないが、自分にとっての名著「ディランを聴け」の中山康樹氏の唱える、難しい哲学者のように見えるが、ディランは実は何も考えていない飽きっぽいテキトーな人で、ただ抜群に歌がうまく、超絶の天才メロディーメーカーであるところが素敵であるという「稀代の無責任男説」(笑)を信奉している。

 そういう説からは、とにかく不世出の音楽家として、今も歌い続けて新曲を作り続けていることが究極の魅力ということになる。それは御大も同じだ。

 ノーベル賞とは、びっくりしたが、おかげでこれから御大が候補になっても驚かない心の準備ができた。村上春樹には悪いが、見えたぞ、御大。


 ところで先月の日記で書いた、大宮駅からソニックシティまでの僅かな道のり。かつてボブ・ディランがソニックシティでコンサートの後、大宮駅までトボトボ歩いて行ったのを目撃したと知人から聞いた。世界のスーパースターが、大宮まで徒歩移動ってすげーぞ。ノーベル賞の受賞までした今、ディランが歩いた道、金箔で舗装して世界遺産にしてはどうか。それまで、勝手に仮称”ディラン・ロード”と呼んでうやうやしく歩くことにする。

2016. 10. 13

Memorandum 2016.10.11 大宮ソニックシティホール

 となりの席が、ボーカルこと大野真澄さんだった。皆さん,観に来るんだなぁ。♪ダンディー。いい曲で大好きだった。
 ♪今夜は酒に酔えない 涙で酔うのさ〜今夜は酒で酔えない・・詞の意味は違うが、まさしく酒ではなく御大に酔った一夜だったぜ。

 個人的な今回のライブの印象曲は「Woo Baby」と「海を泳ぐ男」だ。新曲もよかったが現在行方不明だし。学校の教室でいえば、「Woo Baby」は、昔、不良で近づきにくかった同級生、「海を泳ぐ男」は、地味で目立たなかった同級生が、後年クラス会で再会したら実はものすげーイイ奴で意気投合してしまうような感じだ。

 前の日記で書いたが、最近の福山雅治は、インタビューで、御大の言葉である「歳をとるといろんなことからズレていく。それを補正しようとするな・・・」に勇気づけられたと語った。
 「時代は変わったそうだから君の後ろに僕はいる」という「海を泳ぐ男」を思った。
 かつてUramadoで書いたとおりだ。書いといてよかったが、このときはまだ若かった>自分。 http://tylife.jp/uramado/umiwooyogu.html

 「年齢を重ね」、老いるべきところは老い、負けるべきところは負ける。しかし、それでも清々しい明日はある。思い出に足をとられずに毅然と泳いでゆく。そんな爽快さが胸にしみる。ライブの中心曲に堂々の昇格おめでとう。
 特に最後に本編とは違うメロディーで歌われる部分。
 「ありのままでいればいい こだわるほどのことじゃない
       あれはみんな陽炎だったから 今は少し沁みるさ この胸に」
 いろんなものを振り捨てながら明るく進むフレーズに勇気づけられる。

 福山くんが御大の言葉に救いを求めたように、私もこの歌に助けられるに違いない。

 それにしても歌詞モニターをガン見しながら慎重に歌ってくれた大宮の御大、ありがとう!(^^)!

2016. 10. 12

Memorandum 2016.10.11 大宮ソニックシティホール

 とりあえず思いつくままに。

 大宮へ。新幹線はうんと速く、大宮もうんと近い。25分の車中で旅気分を出すのはかなり大変だった。ロング缶は、やっと一本しか飲めないし、冷凍みかんは売ってない。ま、そんなことは心の底からどうでもいい(笑)

 御大が、かなりのご機嫌で、この会場の居心地の良さを語ってくれた(但し、楽屋ではなくステージがイイということ)ことが嬉しかった。それは山下達郎と共有している気分らしい。おかげで、ライブは、軽やかに盛り上がった。客席も存分に乗らせていただいた。

 何より、御大のボーカルがとても伸びやかで素晴らしかった。初日、そしてフォーラムの切羽詰まったタイトな感じではなく、全体にゆとりすら感じさせてくれた。ボーカルの変化でこうもライブの印象は変わるのだろうか。セットリストはフォーラムと同じだったが、例えば「ジャスト・ア・RONIN」なんてすごくよかったなぁ。

 以前、エルトン永田さんが語っていた、

「あのお方はライブの人です。ライブを重ねる中で、蘇生し、目を見張るように進化するお方です。」

という言葉を思い出した。まさに進化するボーカルだった。

 本編最後に「流星」を歌い切ってくれた時には、まるで雲間が晴れたように感動が湧き立ち、自然と涙がこぼれた。遠い昔、79年の3月、セイヤングで初めて出来立ての「流星」を聞かせてくれた日。「これが流行りとかとマッチしているかどうか疑問を持っていて・・・」という自虐的で控えめなコメントとともに想起された。
 しかし、神曲としてスタンダードとなり、こうして2016年の堂々たるエンディングとして私たちを打ちのめした。至高のエンディングだ。

 個人的には間近で御大を拝しぶっ飛んだ(笑)。御大の視線の先がどこにあるかも逐一チェックしていた。最後に、一階前方、一階席の後方、二階席と、くまなくキチンと視線を送って手を振っているんだよ。感動した。そして深々と頭を下げReverenceする御大を間近にすると、こちらも深々と頭を下げざるを得ない。ご両家のご挨拶みたいになった(笑)。

 ただ、やっぱり「傘をすぼめて」は「肩をすぼめて」の間違いではないかと思うが(爆)。

 「Woo Baby」 何度も懺悔したけど、やっぱりええなぁ。岡本さんの珠玉のエッセンスというべき「悲しいのは」も胸にしみる。
 そして「人生を語らず」。やはり、超えてゆけという叫びが私たちの行く手を照らしてくれるのだと思う。

 ともかく大宮に神様がいるのであれば、あらためて感謝したい一夜であった。

 私がいうのも甚だ失礼千万だが、大丈夫だ、御大。まだまだ。どこまでもこの道を行こうではないか。
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2016. 10. 11

 「ある雨の日の情景」。本当にファンにとって至福のひと時だ。確かステージの歌詞では「傘をすぼめて」〜「煙草に火をつけた」になっていた気がする。自分はずっと「肩をすぼめて」と思っていたよ。え、間違いじゃない?のと一瞬思ったが、あそこに出るということは政府の公式見解だ。うん、いろんな意味で長生きはするものだ(笑)

終演。
なんともゴキゲンな御大が嬉しい。あの伸びやかなボーカル。すげえ。星紀行、間近の御大に失神しそうになる。オックスか。愛してるぞ御大。まだまだ!行きまっしょい。

2016. 10. 10


 あと3回。そうか、みんな満身創痍だったのか。御大の口から出るからこそ「真実のステージ」という言葉が重い。
 こっちは、感動しつつも、あれこれ文句も言い、大宮までの新幹線の缶ビールと貝柱と冷凍みかんのことしか考えておらず(笑)、申し訳ない気持ちにもなった。しかし真実のステージである以上、客席にも客それぞれの真実がある。すまん。”大人しくいい子では死んだ気になる”のだ。

 いろいろ言っても至上の音楽の前には言葉がない。「SONGS」で御大が静かに語っていた、長かった道のりも語るべき人生も、音楽をやっていると全部飛んでしまって訪れるという幸福な時間。それは、もちろん客席も同じだ。

  調子にのって、これも昔、難しくて投げ出した西田幾多郎「善の研究」を思い出す。この方の哲学である「純粋経験」=「真実」ということがよくわからなかった。「純粋経験」とは、

 「恰も我々が美妙なる音楽に心を奪われ、物我相忘れ、天地ただ嚠喨たる一楽声のみなるが如く、この刹那いわゆる真実在が現前している。」

という。これって御大の音楽に接する私たちのことだよな。

 御大の音楽に心奪われている時、そこでは音楽を聴いている自分のことを意識したりしないし、吉田拓郎という存在や歴史を意識したりもしない、ただひたすらに音楽そのものの海の中を漂っているような一瞬がある。
 たぶん、その瞬間が西田幾多郎の言う「純粋経験」であり「真実在」なのだ。まさに「真実のステージ」だ。やはり、すべての道は拓郎に通じているのだ。

 そういえば、今日は、エルトン永田さんの誕生日だ、おめでとうございます。

 ともかく御大を愛するすべてのミュージシャンの皆さま、御身体を大切に、どうか御大を末永く支えてください。

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 今夜は、西田幾多郎先生に仁丹を食べさせられる夢を見ぬようご注意ください。>見ねーよ

2016. 10. 9

Memorandum LIVE2016.10.3 東京国際フォーラム・ホールA

・・・でもって構成と組み立てについて考えてみた。

 今回のライブは、初日から心配になるほど凄い重量感だが、時間的には約2時間ちょっとで2012, 14年とあまり変わらない。なんでだ。いろんな理由はあろうが、ひとつには「構成」も理由なのかと思う。

 御大も、「まるでアンコールのようだ」という冒頭の怒涛の4曲。このラインナップは凄いっしょ。躍動感、意外性、感動、お約束・・燃え立つドラマの要素のすべてが凝縮している。それらを総括するような5曲目の「アゲイン」の美しさ。ここまでの5曲で一本のまとまったライブを観たくらいの完結感を感じてしまう。
 映画「ゴッドファーザーpartU」の冒頭で幼いビトーがシチリアから命からがらニューヨークにたどり着くプロローグ。短い映像だが映画の核心を含み、まるで一篇の映画を観た気分になるのと似ている。映画ファンからは怒られるかもしれないが。

 次の「朝陽がサン」から第二部として本編が転がりだす感じだ。聴かせる曲が中心ながらも、「全部抱きしめて」以降で感情解放させ、ロックンロールしながら、最後は「流星」で重厚かつ荘厳にしめくくる。

 そして、アンコール。アンコールというより、もう自分的には第三部だ。「ある雨の日の情景」のアカペラ・コーラスから、御大ギターをブリッジに始まる「Woo Baby」そしてアゲアゲ全力疾走の2曲によるフィナーレというドラマチックな展開を魅せてくれた。

 超勝手な感想だが、このコンサートは、それぞれのパワーと展開を持った三部構成に思える。東京・新大阪間の新幹線で駅弁を立て続けに三つ食べたような充足感がある(爆)。これだ。もちろん偏屈な私は、おかずの好き嫌いに一喜一憂し、「コレじゃなくてアノおかずを入れてくれよ」と文句をいいたくなるのだが(笑)。

 勝手ついでに、あてずっぽうだが、この三部構成は、能楽とかで言われる「序」→「破」→「急」のようなものかもしれない。
 「序」でテーマと核心を提示し、「破」が展開部、「急」がクライマックスの速い動きで終結・・・という序破急。
 まさにこの三つの塊が見事に連動した構成と組み立てが、このライブの重量感の因ではないかと思う。昔、古典で習った世阿弥の「一切の事に序・破・急あり」とはこれのことだったのか。さすが全ての道は御大に通ずる。・・なんかとても違う気もするが(笑)、いや、そういうことにしよう。
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2016. 10. 8

 ストーンズが新作アルバムを出すというニュース。経年の深い魅力に満ちたミックのキースの2ショット写真が胸に刺さる。毎日血を全部入れ替えながらも(爆)、なんて素敵な笑顔なのか。SMAPも解散しなければ、やがて木村と中居は、こんな雰囲気(あくまでも雰囲気ね)に近づけたかもしれないのに・・って余計なお世話か。

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 http://www.universal-music.co.jp/rolling-stones/news/2016/10/06_release/

 御大のツアーパンフもいつも高いと思いつつも(値段はいいからもっとページ増やしてくれよ)、バックステージでの御大のこういう笑顔を求めて買ってしまう。今回はネットで買ったんでまだ観られない。
 そのストーンズの新作はカバーアルバムとのことだ。それはそれで意義深いが、そうなると「新曲」を作った分だけ御大のほうが偉いと思う。
 その新曲をフォーラムで封印し、ちょっと困惑しているが、あまり深くは考えまい。おおかた「こんな連中にこんなイイ曲聴かせてやるのはもったいない」とか言うひどい理由だったりするに違いない(笑)。

Memorandum LIVE2016.10.3 東京国際フォーラム・ホールA

 フォーラムに一緒に行ったその一人の友達は、それが生まれて初めての御大のライブだった。長年、御大の作品を聴き込みながら意外だった。ともかく、こんな時期に、こんなところから御大のライブの世界に入門してくる人間もいるのだ。なので、どうか、まだまだ頼むぞ御大。

 終演後、フォーラムの長い階段を下りながらその友人にライブの感想を尋ねると、彼がは絶賛したのは、スバリ「構成」だった。「いやあ、コンサートってさ、一曲目から、最後の曲まで、立たせ、座らせ、聴かせ、泣かせ、躍らせ、燃え立たせ、よく出来た構成なんだね」。つまりは、考え抜かれ練り上げられた構成の美しさが彼のツボだったらしい。なるほど。目の前の一曲一曲に一喜一憂しているだけの私には、目から鱗だった。たぶん彼もそれまでは単品として聞いていた作品群が、ライブでは、織りなされた構築体として現れて圧倒されたに違いない。

 構成は構成それ自体で、建築物とか生け花とか高級料理の盛り付けとかアートのような御大の意思の現れたひとつの独立した作品なのかもしれない。今さらだが。御大の渾身の構成を、あんまりちゃんと考えたことなかった。ただし、彼だけじゃなく、ファンでも、こういうライブ構成について考えている人は、そういえばいたよなと思い出す。

 つづく。

2016. 10. 7

Memorandum LIVE2016.10.3 東京国際フォーラム・ホールA

小学校の同級生二人と
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行ってきましたよ、拓郎さんのフォーラム。一人は、中学1年の頃、初めて「吉田拓郎」を教えてくれた恩人で、もう一人は79年篠島などのライブに共に転戦した同志なんですよ。二人とも30年近い年月を超えて再会し、こうしてライブに集いました。でも「同窓会」じゃないんですよ。有名人にありがちな、最近の拓郎さんを聴かないで、若き日のノスタルジーだけでファンを標榜するのではなく、平凡でささやかな人生だけれども、それぞれに厳しい極北の中、現役の拓郎さんを切実な思いで追いかけてきた三人なんですね。

 ご無沙汰していた30年間、今日までどんな風に拓郎さんを愛してきたかという歴史的逸話が面白い・・というか危なかったです(笑)。シャッター降ろさないと話せません。

 とにかく中学生の時にみんなで胸を熱くして以来、こんなに長期の保証期間としっかりしたアフターサービスのついた商品は世界に拓郎さんだけです〈笑〉。あらためて拓郎さんに感謝した夜でした。曲ですね。気恥ずかしいですが、吉田拓郎さんの「友あり」。お休みなさい。



 読んじゃいないと思うが田家さんごめんなさい。

2016. 10. 6

Memorandum LIVE2016.10.3 東京国際フォーラム・ホールA

 御大は、「ある雨の日の情景」で突然演奏を止め、客席に「みんなコーラスを歌っているの?」と問いかけた。不思議そうだった。
 それはそうだ。メインのメロディーを歌う観客はいないのではないか。気分は、ピピ&コットであり、猫である。このコーラスを歌ってこそ、御大と夢の共演が完成するのだ。
 その結果、メインを歌う御大1人対コーラスはバンド+観客5000人という図式になった。

  (問) このときの御大の気持ちは次の@〜Bどれか。
   @俺一人で寂しいじゃないか
   Aメインを一人だけで歌うって、結局俺だけ大変じゃないか
   Bバンドにコーラスさせる意味ないじゃん
・・たぶん全部が正解ではないか。

 しかし間違いなくこのライブの至福の時間のひとつなのだ。なので、いろいろあっても、がんばってくれ御大(笑)。


 さて、気にしだすととても気になる。本編最後に、御大とミュージシャン全員が手をつないでご挨拶をする。市川でもフォーラムでも御大に促されて、ミュージシャンが集まってきて並ぶ。これが遅い。皆お疲れなのだろうが、ゆるゆるワラワラと集まってくる。御大が集まれと言っているのだから、服部半蔵影の軍団のように音もなく迅速に一瞬で集まってほしい。疲れた御大が気の毒だ。私だったら御大に集まれと言われたら、名犬リンチンチンや刑事犬カールよりも速く走っていくぞ。
 そもそも手をつないでのご挨拶は、昔あったアリスのハンド・イン・ハンドみたいでなんだかな。御大は、孤影悄然と一人ステージを去ってほしいなぁ。

 唯一感動した手つなぎは、つま恋2006の開演前に、御大中心にみんなが輪になって手をつないで「ワン・ツー・ロックンロール!!」と叫ぶところ。あれは何度観ても、胸が熱くなる。手つなぎは、伝家の宝刀で、いよいよの時にだけ抜くべき刀なのではないか(笑)

2016. 10. 5

Memorandum LIVE2016 10.3 東京国際フォーラム・ホールA

 初日のハードさに御大の身体を勝手に心配していたが、フォーラムの御大は元気が漲っていた。初日でヘバってたのは自分だ(汗)。御大はステップまで踏んでいたし、コーラスと一緒に踊りだしそうな素振りまでみせてくれた。そのうちホントに踊り出すぞ(爆)。そんときゃ頼むぞ、こういう時のためのavexだ。吉田拓郎ダンス教則本(DVD付)。いみふ。

 何度でも言うがあの立姿が持つフォースこそ最強だ。鍛えたり、作ったり、演出もない。あの自然に歩いてきて、ギター抱え、マイクに向かうあの所作からにじみ出る「気品」のようなもの。最後の最後に寄り倒して御大を近くで観た。たまらん。放たれる立ち姿のオーラの波動。この威力の前には、歌詞が飛ぼうが、声が詰まろうが、そんなことスーパーウエルカム、Don’t think twice,it’s allrightだ。

 ボーカルの迫力は変わらない。でも声は変わったよなぁ。もともと音感からほど遠い自分だし、音響の問題かとも思って逡巡していたが、フォーラムを聴いてもそう思った。一般Pにわからないが、ここまでのボーカルとの格闘が覗くような気がしてならない。新曲消えてるし(涙)

 かつての声と別れるのはそれはそれは寂しい。しかし、だから昔の声を聴けばいいもんでもない。ボーカルの変化も放浪の旅のうちだ。私たちは御大の日々放浪する新しい声とともに旅をしているのだ。そして今の声に逢った。旅はまだまだ続くのだ。

 最後の最後に、ステージに男性が駆けつけてきてステージの御大に手を伸ばした。御大は意外にも握手するが、男の握手が強く、御大は少しよろける。「何てことをする!!」この暴挙に一瞬空気が凍り付いた。
 昔、ストーンズのステージに上がった暴走ファンが、御大の敬愛するキースリチャーズにギターで殴り掛かられるシーンを思い出した。行け!鳥山、渡辺(爆)

 しかし、翌日、その危険な男性が、かねてよりのコーラスメンバーであり、御大のボイトレの先生の宮下文一氏だったという話を聞いた。本当なのか。間近で見ていたが気が付かなかった。

 そうだとするとこの光景の意味は根底からガラリと変わってしまう。

 歌い切った御大に向って正面から舞台にかけより上半身をのりだしまっすぐ御大に手を差しのべていた。まさしく渾身手を差し伸べていた。それは鬼気迫る感じで、だからこそ危ない奴と思えた。

 やはりそこにいた雨畑氏によれば、御大は、最初無視して、それからはっとした顔になりその差し出した手を握ったという。
 SPなんだから楽屋でいくらでも御大を讃えることができる・・あんなこと拓郎が大嫌いなこと文ちゃんは知り尽くしてるはずなのに、どんな思いで駆け寄って手を出したのだろうか、泣けて泣けて仕方ない・・と言う雨畑氏のメールを読みながら、全力で試合を終え憔悴した選手に、コーチが思わずに駆け寄る姿を思った。こんなにも美しい光景があろうか。
 それだけでは自分の妄想は止まらず、映画「ベン・ハー」で,町中をひかれていくキリストが躓いたとき、かつて彼に助けられた主人公ベンハーが思わず水を汲んで駆け寄って手を差し伸べる。そんな光景が浮かんで1人胸が熱くなった。

 神よ、ただの仕事人ではなく、愛と気骨のある音楽家だけに御大を支えさせたまえ

 もしかすると一般にはわからないボイトレの格闘のドラマが二人にはあったのかもしれない。すべては不確かな妄想だが、それこそがファンの特権だ。そうしてこういう光景と出会うことができた。かくして生き物のLiveは、続くのだった。

 いかん、今日は3行を少し超過したか。

2016. 10. 4

間近で見た御大は元気が漲っていた。ものすげー安心し感動した。大丈夫、誰にも言わん。つま恋85の「又逢おうぜ」の件も30年間黙ってたろ(爆)。また、ある客席に座って貰うために巡らされた仲間の愛と心配の連鎖にも泣く。最高。但し御大もシャッターも繊細な壊れ物。みだりに触るんじゃねえぞ!

え、ええーー?文ちゃん先生?だったら触って差し上げて(驚)
というか試合を全うしたアスリートにコーチが駆け寄っていくみたいじゃん。すげー感動的だ。

2016. 10. 3

会場で新発アナログ盤を観て胸ワシ掴み。LPだ。消えてゆくものあれば帰ってくるものも。LPサイズの美しさ。歌詞カードも嬉しい。CDサイズじゃ老近眼には判読不能、もし松山千春の歌詞でも気付かん。家に飾り、脇に抱えて闊歩したい。で、今日。♪フォーラムよ御大を照らせ。集いよる俺達を照らせ。
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2016. 10. 2

「歳をとるといろんなことからズレていく。それを補正しようとするな・・・」。君の後ろに僕はいる・・例えばあの歌を思う。そんな御大の言葉を大切に刻む福山雅治。さすが世代を超えルックスNo.1シンガーを分かち合う二人だ。御大、コンシェルジュが欲しい時はいつでも連絡をくれ(危)。
http://beauty.yahoo.co.jp/enta/articles/551294

2016. 10. 1

 今日からダラ書きはヤメて「3行日記」厳守の誓い。

 初日以来「ぼくのあたらしい歌」が頭から離れず。浜省じゃないが、街角で、仕事場で、地下鉄の中で反芻。超大作って感じではない(当サイト比)のに、この天衣無縫な可愛いメロディーを聴くと幸福感が身体全体に湧き、心弾む。抗原抗体反応みたいだ。まさに生き物。恐るべき70歳。

2016. 9. 30

♪それは御大という名の謎だから

 調子に乗ってLIVE2016もリアルタイムで記録しておこうと思って日記に書き始めたが、なんか違う。自分が書くと感動のために感動しているようでどこか嘘くさい。このライブは、そんな薄っぺらなものじゃない。

 初日、御大のものすごいエナジーの熱唱に圧倒され感動したことは間違いない。しかし、同時に、心の底から正直に言えば、これほどに厳しい現実の壁と不安と悲しみに満ちたコンサートもなかった。泣けてくる素晴らしい歌唱・演奏があったが、不安な曲もあり、また名曲なれどライブでは何回も聴いてtoo muchな選曲もたくさんあった。若いコーラスは、こっちまで楽しくなってくるが、一台しかないキーボードでなんで同時にこんなにたくさん音がするのかとか(爆)、不遜な思いはあっちこっちに迷走する。
 ともかく感動と悲しみ、感激と落胆、希望と不安のいろんな糸が複雑に撚りあって、たぶんこのライブは出来上がっていくに違いない。

 御大も観ていたという「トットてれび」の向田邦子の回。「禍福はあざなえる縄のごとし」というセリフに「幸福だけで編んである縄はないの?」と満島ひかり演ずる徹子さんの質問に、ミムラの向田さんは、一瞬たじろぐも、キッパリと「ないの」と答える。同じように感動と絶賛だけで撚られたライブはないのではないかと思う。
 しかし、悲しみや落胆の糸が混ざっているからといって、出来上がった縄が素晴らしいものであることが否定されるわけではない。

 御大は、かつて「ミュージシャンなんだから精神論じゃなく音楽で語れ」と啖呵を切った。自分としては、御大の音楽での語りに耳を澄まし目を見張りながら、感動、落胆、勘違いのアップダウンを繰り返さないとわからない大きな謎みたいなライブだと思う。

とにかく無事にこのハードな旅を完走して欲しい。

2016. 9. 29


< Memorandum 2016.9.26 市川市民文化会館>

 アンコールの2曲目「Woo Baby」が、また素晴らしかった。この作品の発表当時、まだ若く(理由にはならないか)、御大に人生の熱きメッセージを求めてやまなかった自分は、「よりによって、こんなスキャンダラスで自堕落なラブソングを歌いやがって」と落胆しながら怒りまくっていた。この曲と同じアルバムの「I‘m In Love」に対してもそうだった。
 この2曲については、当時の自分の不明を心から恥じ、このサイトのUramadoで繰り返し懺悔してきた。しかし、こんなすげーライブ演奏を見せられたら、また何度でもお詫びしなくてはなるまい。なんといっても、いまだにFさんを怒っている御大だし(笑)。

 こうして今になってみると、恋するウキウキ感に、切ないブルースがブレンドされたご機嫌なラブ・ポップではないか。今頃、遅いか。ただし、あれから御大の歩いた歳月と道のりこそが、この作品を美しく昇華させたということも言えるのではないか。
 ともかくまさか、自分が55歳になって、70歳の御大が歌うこの歌をライブで聴いて涙ぐむ日がくるとは、これっぽっちも思ってなかったよ。 

 「80歳になってもラブソングとともにある」とSONGSで御大は言い切った。

 今さらだが御意。なんてカッコイイのだ。ちょうど最近の映画「シンゴジラ」で、研究者役の市川実日子の知見をあり得ないとしてバカにしていた高橋一生が、彼女の判断が正しかったことを知るや驚愕し、思わず「ぁああ、ごめんなさぁい」と叫んでしまったのと同じ気分だ。・・・意味わかんないよね。

 ステージの中央で、御大が引くギター・フレーズの中に、バンドメンバーがそれぞれの持ち場に戻ってゆき、その彼らの演奏がワラワラと御大のギターに寄り集まりカタマリになって唸りだす。ああ、たまんねー。もう額にでもいれて飾っておきたいような、こんな歌に2016年になって逢えるなんて。

2016. 9. 28


 SONGSで「命がけのライブ」と語り、ゲネでの「疲れたー」「えれー事になっちまった」というつぶやき。ホントにそうだったんだと初日で実感した。
 それは観客にとっては、圧倒的な感動だが、でもこんなにエナジー燃やして大丈夫なのかと心配にもなる。70歳で、ずっとスタンディングして熱唱し続けるだけでもはや想像を絶することだ。

 プロの仕事なんだから一般Pごときが心配するな、余計なお世話だとも思うが、ファンが心配しなくて誰が心配しよう。EXILEや福山雅治のファンが御大の心配をしてくれると思えない。
 御大の決意にとやかく言うのは失礼だとも思う。しかし、私の意見として、ファンとはそもそも失礼なものだ。御大への愛を頼りに、「失礼」と「礼儀」の国境付近をバランスをとりながら危うく歩いているのがファンのなのだと思う。私なんかは、往々にして失礼の側に落っこちてしまうだけだ。でも、礼儀を守るだけじゃ見知らぬ通行人と変わらないじゃないか。

 ・・・と果てしなく「ひとり会議」は続く。

「ちょっと歌いすぎ?かもなぁー」というつぶやき。

 もし過重な負担を感じるならば、休憩なりインターバルなりで御大が休める時間を。そんな小さなブレイクがあっても、このライブの凄さは少しも損なわれまい。ミュージシャンのソロでもインストゥルメンタルでもいい、加藤いづみさんが御大のアイドル提供曲メドレーを歌うとか(爆)。

 御大は昔から、なんでも「俺がやる」「俺が一人で超える」と一人で背負い込むような人だ。だからこそたまらなく魅力的で、そしてまたとても心配だったりする。頼むぞスタッフ、そんな一途な御大の生身の身体を守ってくれ。

 とにかくこの素晴らしいツアーを無事に元気に完走してほしい、願いはそれだけだ。

2016. 9. 27

 市川初日。いろんな意味で凄いものを見せられた感じだ。どんな意味でどう凄いかは一人会議してよく整理しないと自分でもわからない。

 ただ、ひと夏かけて過去のライブを振り返り、こんな曲を歌ってほしいとかあれこれ勝手なことを書いてきたが、このライブを見て、ああ、自分は古いなと思った。
 昔受験時代に(爆)、過去の問題を100題覚えても200題覚えても、本番には必ず101題目、201題目が出ると豪語していた恩師を思い出した。こっちのちっぽけな経験や予測なんかスルリと超えて、今まで見たことのないライブをやってくれた。
 あったりまえだが、御大は現役の音楽家なのだ。立ち姿が変わらず美しく、そのうえすごいエナジー放出、だけどやっぱり心配にもなっちまった。

 ピチピチとした若いコーラス陣が眩しい。この若者たちに、中国4000年じゃなくて、ファン歴40年のノリというものをお返しに見せてやろうと思ったが、今日は負けた(涙)。

 万感の本編最後とその後のReverence。御大の真意などもちろん私にはわからない。御大がかつて言ったとおり、ミュージシャンである以上、音楽で語ってもらうしかないのかもしれない。

 ともかく心の底から言いたい。愛してるぞ御大、いらんだろうけど(笑)

<前飲み後飲みの記録>
 初めての本八幡の周辺。午前11時から営業しているという居酒屋に飛び込み前飲み。清々しい若者たちが働くいい店だった。ここで気持を落ち着け、ライブに向かった。
 そしてライブ後もここに(爆)。「あ、お帰りさなさい」と迎えてくれて嬉しかった。圧倒的な感動と御大への愛と悲しみと切なさも含めて佃煮のようになった自分に、冷たいビールと目玉焼きののった焼きそばを出しくれた。救われた。こういう小さな出会いもライブの貴重な成果物だ。
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2016. 9. 26

“人生には「御大が歌う日」と「御大の歌うのを待つ日」の2つの日しかない”
“音楽界には、「御大という歌手」と「御大以外の歌手」の2種類の歌手しかいない”
"作品も言葉も「御大のもの」とそれ以外のものしかない"

そういう人々にとっての貴重なハレの日。いい日、いいスタートとなりますように。
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2016. 9. 25

とうとう、あと1day。

みんな精神論を語るなよ

音楽を語れよ、音楽で語れよ

         t.y


ともかく御大とコンサートに関る全てのSPと私達一般Pに幸あれ。