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a day

2021. 8. 3

☆☆☆セットリストは愛のメニューC☆☆
 タイトル変えた、なんかキモイか。
5 ■ 1981年通称体育館ツアー・武道館

 夏休み(アカペラbyジェイダ)
 この指とまれ
 虹の魚
 いつか夜の雨が
 春を呼べU
 言葉
 風のシーズン
 二十才のワルツ
 恋の歌  
 Y
 悲しいのは
 パーフェクトブルー
 愛の絆を
 外は白い雪の夜
 サマータイムブルースが聴こえる
 愛してるよ
 たえこ MY LOVE
 アジアの片隅で
 encore
 サマーピープル
 ファミリー
 encore
 イメージの詩


 攻め度 ☆☆☆☆☆
 充実度 ☆☆☆☆☆+
 寸評)
 2021年の今から眺めるといかにも80年代という典型的なセットリストに見える。なぜこのセットリストにかくも心を惹かれるのか。なぜこれが攻めてるリストだといえるというのか。説明しよう(爆)。
 
 青色の7曲が当時の新曲(1981年)である。新曲といってもレコーディングもされていないガチの新曲たちであり(サマピだけはシングルになっていたな)、まさに"ライブ73状態"であり、攻めているぜ、ウォウウォオオ。しかもその曲たちのクオリティが高くすんばらしかった。
 オープニングは見知らぬ曲ながらノリノリで総立ちになり、"出まかせ言うな、愛など語るな、オイラとにかく大嫌いだね"という煽情的なシャウトに打ちのめされた。"春を呼べ"のウキウキする爽やかな高揚感、心にしみいるダイエーの歌=Y、映画を観ているようなドラマティックな"サマータイムブルース"と初めての曲たちのすべてが心の中にズシズシと入ってきた。"パーフェクトブルー"や"愛してるよ"とかあとでレコードになって聴くとどうかと思う曲も臨場感があり心に響いた。"風のシーズン"なんかはライブの方がアレンジも良かったな。しかも松任谷正隆、鈴木茂らの今となっては最後の大仕事でもある。新しい音楽を初めて聴くことの至福が武道館の中にあふれかえっていたのだ。
 新曲以外も昔の歌は、"恋の歌"と"イメージの詩"くらいである。あとは78年あたりから80年の若い曲たちがカタチづくるセットリスト。これがいい。バンドサウンドの二十歳のワルツ。たまらん。やっぱり"言葉"は弾き語り(80年武道館)よりピアノだよな。鈴木茂の"虹の魚"、"たえこMY LOVE"で踊る。そして"サマーピープル"までが清々しい。"落陽"がなくとも"アジアの片隅で"と"ファミリー"の怒涛のなだれ込で十分にライブは燃え立つのだ。
 そうそう冒頭の"夏休み"のアカペラで包み込まれるところもOK松任谷。もうラッピングからしておしゃれで素晴らしか。

 ともかく新しい曲、若い曲の祭典という鮮度の良いセットリストがすぱらしい。真夏だったけれど、春の青い嵐が武道館に吹いていた気がする。ああ、もう一度観てぇよ。

2021. 8. 2

☆☆8月2日の太陽は☆☆
 つま恋記念日だ。俺ももちろん、みんなジジババになってゆく昨今。映像、音源、できるだけたくさんのスタッフ、ファンの経験者の方々のお話を集めておいて欲しいね。もう「映像の20世紀」くらいの対応でお願いしたいです。

☆☆お前人生を攻めてるかB☆☆
1989年 東京ドーム公演

 チェックインブルース
 パラレル
 楽園
 夕陽は逃げ足が速いんだ
 遠い夜
 冬の雨
 Woo Baby
 ひまわり
 恋唄
 約束〜永遠の地にて〜(結婚しようよインスト)
 あぁ、グッと
 シンシア
 その人は坂を降りて
 望みを捨てろ
 春だったね
 抱きたい
 帰路
 encore1
 六月の雨の中で
 七つの夜と七つの酒
 encore2
 ロンリー・ストリート・キャフェ
 encore3
 この指とまれ
 英雄


攻め度  ☆☆☆☆☆
充実度 ☆☆☆
寸評)
 新作アルバム全曲をステージで演奏する。これはありそうで実はなかったことだ。しかもドームという大舞台で観客は明らかにスタンダード曲を求めているのに、”落陽”すら歌わない…うーん攻めてるぜ。
 新作以外でも随所に光る攻めの選曲。特にオープニングは”チェック・イン・ブルース”。すげえチャレンジ。この当時でも既に忘れられていた一曲で、カッコイイオープニングを実現してみせた。通底する”Woo Baby”まで歌ってしまう。
 その反面でしみじみと聴かせる”恋唄”。たぶん初演だ。10年目に初演とはこれもチャレンジだ。
 そして”望みを捨てろ”。なんで今ここで。びっくらこいた。で、あんまり出来が良くなくてまたびっくりした(※個人の感想です)。
 新曲続きで重くなった流れに喝を入れるような「あぁグッと」も秀逸だった。幻の新曲ながら大作の存在感十分の”夕陽は逃げ足が速いんだ”。 いいセットリストだ。
 アンコールでの弾き語り一本勝負。この日の伝説となった”ロンリーストリートキャフェ”はドームの万単位の客席を制圧した。映画「シン・ゴジラ」で、たぶん新橋付近でゴジラが突然口から火炎を吐き出して、オペラ曲をバックに周囲一面が燃え上がるシーン。あれを思い出させる。※これも個人の感想です。

 ドームと客の期待という大きなうねりに呑み込まれなかった点で攻め度は高い。但し、アルバム全曲歌唱も、これが例えば”今はまだ人生を語らず”だったら凄いが、”ひまわり”だったことがなんというか。好きなアルバムだがライブで燃え立つものがない。

 さてここまで仕組んだわけではないが、偶然にも2019、2009、1999、そして1989年と10年刻みになっている。いいセットリストは10年に一度しか出ないということ(爆)…ではない。断じてないのでつづく。

2021. 8. 1

☆☆おまえ人生を攻めてるかA☆☆

3 ■1999年 20世紀打ち上げパーティー


 01.イメージの詩〜親切(メドレー)
 02.マークU〜こうき心〜落陽(メドレー)
 03.今度はいったい何回目の引越しになるんだろう
 04.襟裳岬
 05.大阪行きは何番ホーム
 06.いつか夜の雨が
 07.フラワー
 08.外は白い雪の夜
 09.マラソン
 10.流星
 11.メドレー
(たえこMYLOVE〜恋の歌〜明日に向って走れ〜カップスターのテーマ〜元気です〜君去りし後〜あいつの部屋には男がいる〜ペニーレインでバーボン〜たどり着いたらいつも雨降り〜もうすぐ帰るよ〜人生を語らず)
 12.我が良き友よ
 13.AKIRA
(encore)
 14.気持ちだよ
 15.全部だきしめて


 攻め度  ☆☆☆☆☆
 充実度  ☆☆☆

寸評)
 前年たる1998年の通称「全部だきしめてツアー」は、拓郎が椅子から立ちあがって歌う全国ツアーを再開した感激が大きくて目ただなかったが、セットリスト自体はベストアルバム的な凡庸さでつまらなかった。
 しかし今回は、まずメドレーを多用しているところに斬新さがある。が、賛否は別れる。俺は曲をブツ切りにしてまとめるのはとても抵抗がある。一曲でいろいろ味わえていいでしょうと拓郎は言っていたが、そんなのは三品食堂でしか許されない。どこだよ。
 但しそれ以外でも攻めのポイントは多い。今や定番だが、この時は実に10年ぶりにステージで歌われた“流星”。もう捨て曲かと思っていたよ。そしてLOVE2の貴重な成果物といってよい秀逸なカバー”フラワー”。これに代表される陽気なステージの反面で、”マラソン”をしみじみと聴かせる妙味も忘れない。特に先の”流星”と”マラソン”では、サングラスを外して歌うところにも痺れた。これまた久々の"襟裳岬"と"大阪行きは何番ホーム"の二曲のさすらい感がいい。またフォーライフに別れを捧げる”いつか夜の雨が”、そしてラストに”AKIRA”の選曲も驚いた。”気持ちだよ”の新曲アップも良かった。

 それでメドレー嫌いと矛盾するようだが、11.のメドレーの中の選曲が実にいいのだ。ぶつ切りでなく全長版で歌ってくれたら涙チョチョ切れなリストなんである。

 ということで、メドレーであることを捨象してセットリストを眺めていると実に味わい深いぞ。眺めているだけでとえらく幸せな気分になってくる。メニューに目を奪われる井之頭五郎の気分で「ああ、今オレは吉田拓郎の海の真っただ中にいるマンボウだ」とつぶやきたくなるのである。セットリストもそれ自体でひとつの作品なのだと教えてくれる。

△セットリストはTAKURO MANIAさんのものを参照いたしました。ありがとうございます。

2021. 7. 31

☆☆おまえ人生を攻めてるか@☆☆
 一昨日の日記に書いたように85年のつま恋の時に”春を待つ手紙”が候補曲に入っていたんだな。最近のラジオでもライブのたびに多様な候補曲をかなりの数にわたって検討したりしていることがわかった。わかったけれど、それにしちゃ、毎回似たような、またこれかよ的なセットリストが多くなかっただろうか。※あくまで個人の感想です。たぶんお中元お歳暮に何を贈るかあれやこれや必死で考えたけど、考えすぎて結局サラダ油の詰め合わせを送ってしまうのと同じではないか。違うか。すまん。

 そうはいっても、油断していると、おおそう来たか、こりゃなんか攻めてるなぁ、と胸にしみるセットリストも確かにあった。セットリストだけでライブの良し悪しをはかれるものではないことはもちろんだ。ただ果敢に攻めてるな系のセットリストは、それはそれで意外性も含めて素晴らしいものだ。残念ながらもうライブはないんだし、つらつら振り返ってみるのもいいさ。攻めてると思うセットリスト5題。あくまでも俺の超偏見だから違うとか言われても知らないよ。

■最初に別格
 まず古い曲を捨てて全曲を新曲で通した1980年の春ツアー。こりゃある意味、究極に攻めてるね。大学受験でチケット買いそびれたので悲しいことだが観ていないが。
 同じように新曲が中心に据えられたセトリということでは、もはや伝説のライブであり、神盤というべきアルバムでもあるライブ73、このあたりは別格ということで。あと20曲の絞り込みの勝負なので、5〜60曲を歌う各種イベントも除外。

1 ■ 2019年Live73yearsツアー

pre今日までそして明日から
   or大いなる〜今日までそして明日から

  わたしの足音
  人間の「い」
  早送りのビデオ
  やせっぽちのブルース
  ともだち
  あなたを送る日
  I'm In Love
  流星
  そうしなさい
  恋の歌
  アゲイン
  ※慕情
  運命のツイスト
  純〜王様達のハイキング(メンバー紹介)
  ガンバラナイけどいいでしょう
  この指とまれ
  俺を許してくれ
encore
  人生を語らず
  ※ありがとう
  今夜も君をこの胸に


攻め評価 ☆☆☆☆☆+
充実度  ☆☆☆☆☆
寸評) 
 このセットリストは驚いたね。まず一曲目”私の足音”で見事に一本! ”落陽”も”春だったね”も”外は白い雪の夜”もエントリーさせない。作詞・作曲吉田拓郎に限ったところにも果敢な姿勢が光る。補充詞つきの”あなたを送る日”、弾き語りではなくバンドサウンドで聴かせた”そうしなさい”、長年のチャレンジのすえに演奏された”純”、寸止めの禁断曲”王様達のハイキング”、そしてオーラスの”今夜も君をこの胸に”の見事な蘇生。いいねぇ、挑んでくるセットリストだね。また”運命のツイスト”という新曲を配しているところにも攻め度ポイントが高い。


2 ■ 2009年Have a Nicedayツアー

無題

 加川良の手紙
 風の街 (メンバー紹介)
 ウィンブルドンの夢
 白夜
 明日の前に
 いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった
 マスターの独り言
 歩こうね
 吉田町の唄
 伽草子
 俺を許してくれ
 流星
 マークII
 ひらひら
 真夜中のタクシー
 フキの唄
 春だったね
 いつか夜の雨が
 ガンバラナイけどいいでしょう
encore
 早送りのビデオ
 とんとご無沙汰
 ガンバラナイけどいいでしょう
  〜今日までそして明日から


攻め評価   ☆☆☆☆
充実度  ☆☆☆☆
寸評)
  最後の全国ツアー。開演前歌唱という前代未聞の禁じ手。ムカつくが攻めてるといえば攻めているな。しかもここで誰もが予想しなかっただろう”無題"をかまして驚かせた。そう来たか、まいりました。”加川良の手紙”のオープニング、”風の街”とシンクロするメンバー紹介、松本隆が行けばよかったと悶絶したという荘厳な”白夜”は絶品。”明日の前に”と”吉田町の唄”という強力な三拍子の双璧。前半のセットリストの攻めっぷりは見事だ。後半はスタンダードっぽくなるが、”ガンバラナイけどいいでしょう”で観客をひき込みながらの大団円も凄かった。もし広島で”いつも見ていたヒロシマ”が演奏されたら嬉しかったのに。ライブの充実度は極めて高かったが、”無題”と”たえなる時に”という超名曲をシークレットにした罪は重い(爆)ので☆を減じた。


                                   明日につづく
△セットリストはVientoさんの「明日に向って走れ」を参照させていただきました。ありがとうございます。

2021. 7. 30

☆☆我が心のストレート・ボール☆☆
 昨年、吉田拓郎がライブからの撤退を決めた時のスタッフに充てた手紙を読み返してみた(オールナイトニッポンゴールド2020年10月号)。

 吉田拓郎です。諸事情をふまえて苦慮の結果、残念ではありますが、僕の来年初夏に予定のラストツアーは中止を決断しました。僕の心情をお話しておきます。
 東京での集中的なリハーサル、地方への多人数での移動、コンサート終了後の食事、楽屋でのありかたなどすべてが危険と隣り合わせだという判断に至りました。
 同時に僕個人のステージへのこだわり。それは吉田拓郎のライブは客席と一体化してこそ完成されるというルーツであったものがこの環境下では望めないという現実、それらをすべてを考慮した結果このツアーは中止せざるをえないと決断しました。
 大変申し訳ない気持ちでいっぱいですが、拓郎の心中お察しくださいますよう、このような形でありますがお願いいたします。
 どうぞ、みなさんの、そしてご家族の健康にご留意されてこの苦難の時を乗り越えていただきたい心から願うものであります
                           2020年9月 吉田拓郎

 拓郎が今の状況をどう思っているか邪推したり、拓郎がこういうこと言っているからどうすべきたとか利用したり牽強付会するつもりは断じてない。吉田拓郎は、いつだって絶対不可侵の自由人なのだ。
 それでもこの文章を読むと心の奥底に「これ!」と直覚でズシンと入ってくるものがある。不可知なものだし受け取る人それぞれに違うかもしれない。でも誇らしくてチカラ強い何かだ。言えない何かだ。カオスな世の中だが、我はゆく心の命ずるままに…その歌じゃねぇよ。拓郎のこの言葉を"よすが"に。とにかくみなさんご無事で。

2021. 7. 29

☆☆in1985☆☆
 オープニング(STAGE-A)が"悲しいのは"。2曲目が"SCANDAL"。「レコードではおとなしかった」と拓郎も2020年の拓つぶで述懐しているが、この曲はワイルドさにこそ真骨頂があったという意味だろう。オープニングの高揚感をそのままグイグイとこの曲で引っ張っていったのを思い出す。そしてファンキーなアレンジで驚かされた3曲目"暑中見舞"。…よくできた曲順だとあらためて思う。それはそれ。
 でさ、2010年のTAKURONICLE展で、拓郎手書の85年つま恋セットリスト案が展示されていてさ、撮影禁止なので慌ててメモしました。間違ってたらごめんな。STAGE-Aのオープニングの最初の3曲が、

  1. 悲しいのは
  2. 親切
  3. 春を待つ手紙

というこりゃまた悶絶なセットリストだったわけです。もしこのとおりのSTAGE-Aだったら、どんな感じだったのだろうか。想像がつかない。このカオスの世の中、妄想たくましくして過ごす一日。


 

2021. 7. 28

☆☆太陽のせい☆☆
 思う間もなく今日はつま恋85の記念日。
 あの日も実に暑かったよな。篠島もつま恋もイベントの試練は夜中起きていることではなく、早朝の開場から夜の開演までの炎天の待ち時間にある。後ろの席の見知らぬねーちゃんが「ああああ暑い、暑い、あたしがこんなに暑いのに、今頃、拓郎はクーラーの効いた部屋できっとオンナといるんだよ、ああムカつく、ああ暑い」と唸ってたのが耳に残っている。夜7時にご本人がステージに登場しての第一声「愛してるぜ」の一言でねーさん涙ぐんで悶絶してたけど。

 適度に暑く適度に涼しい季節に開演してくれてありがとう2006。あらためて御礼申し上げます。

 天気は晴朗なれど85の重たい雲のようなどんよりとした空気。そりゃあ「生涯最良の日」ですばい。クオリティも高く、ゲストの豪華さも超絶すんはらしかったが、俺には、これで拓郎が消えてしまうと言いう哀しみがそこ、ここに立ち込めて見えた。篠島のような手放しの意気軒高とは違っていた。豪華さと哀しみがしっかり結びあっている。ラストアルバム…ラジオでいただいている情報だけからだとそういうのを想像しちゃうんだよね。

 85年のアレンジは面白いのがいっぱいあったな。"僕の唄はサヨナラだけ"は驚いたし、鎮魂歌のような""ああ青春"、イントロの前にイントロがあるシリーズで"大阪行きは何番ホーム"これが好き。あと"愛してるぜ"も。

2021. 7. 27

☆☆教えてくれてありがとうin篠島☆☆
 そうだ、そうだ、常富さんの檄は「拓郎も頑張る!!」だったよ。ありがとう、長生きするもんだ。

2021. 7. 26

☆☆7月26日は篠島記念日☆☆
 本当だったら今日は常富さんや渋谷さんの「篠島を語る」という催し物の日だった。残念だ。俺には常富さんに伝えたいことがあった。こっちのメッセージが伝えられるような企画だったかどうかはわからないが。

 篠島のいよいよこれからラストステージという午前1時過ぎだった。ステージの中央に常富さんが一人突然出てきて、あの小柄なお身体を震わせて観客に思い切り檄を飛ばした。応援団の「学生注目っ!」「なんだーっ!」の世界だ。よく言葉は覚えていない。

 「これから最後のステージだ!」「おーっ!」
 「俺達バンドは命をかけている!」「そうだーっ!」
 「みんな燃えてゆくぞーっ!」「おーっ!」
 〜ラストステージ一曲目「知識」のイントロが始まる。ぐああああ燃えるぜ!

 当時「軽薄キャラ」で売っていた常富さんが最高にカッコ良かった瞬間だ。あの檄は今も耳に残っておるのだ。このことをご本人に伝えたかった。

 あー何度も載せたけど、篠島グランドホテルの展示室に飾ってあった1979年7月26日の吉田拓郎のサイン。拝むよろし。
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2021. 7. 25

☆☆沈みゆく島☆☆
 …難しいな。こういうのをカオスというのかもしれない。とにかく「スポーツに生きる人」と「スポーツに巣食うヤカラ」をしっかりと区別したい。感動は往々にしてその境界をあいまいにする。
 「吉田拓郎に生きる人」と「ヤカラ」の間を行ったり来たりさすらう俺も「吉田拓郎に生きる人」で常にありたいと切に思うよ。自分の心を確かにしておこう。二十歳の頃は…どうだったか。

2021. 7. 24

☆☆ものの冥利☆☆
 昨日の”今はまだ人生を語らず”日記はイキリすぎた。我ながらウザい。なので@で終了。読んじゃいないと思うけど。
 それにしても開会式に「五輪真弓」が出演しなかった意味がわからない。これまで周囲からさんざん「ごりんまゆみ」「ごりんちゃん」と揶揄され続けてきた彼女だ。ここで盛大に国家を歌って世界を制圧してもらうのが、寺内貫太郎のばーちゃんの言葉を借りれば「ものの冥利というものだ」。
 そうそう贔屓の劇団の方が開会式に出演しているのには驚いた。日頃、1ミリも心に残らない芝居を心掛けている劇団の方々だ。いいのか(爆)。そこが、いいのか。これもまた冥利だ。

2021. 7. 23

☆今はまだ人生を語らずを語り継ぐ@☆

 “ペニーレインでバーボン”について語りたい…と拓郎は2021年の初めから口にしていた。天国の島の7曲にエントリーし「会心の一作、自信作」とまで宣い、この曲が決して消えてしまった過去の曲ではないことを感じさせてくれた。そして拓郎がこの曲の詳細を語る前に、2021年7月9日のオールナイトニッポンゴールドで、完全な形での”今はまだ人生を語らず”の再発売がアナウンスされた。控えめに語っていたがこの知らせに拓郎は涙したとつぶやいていた。私のみならずたくさんの人の世界一小さな海が溢れかえったことだろう。ああ、生きていて生きてて良かったと。

 約30年間の不在を経て、このアルバムが帰還する。これは事件だ。事実としては、昔のアルバムが復刻する…それだけのことかもしれない。しかし、それで終わらせてなるものか。

 なんにしても吉田拓郎の最高傑作である。1980年5月号の週刊FMの森永博志のインタビューで「オレのアルバムでは「今はまだ人生を語らず」が一番イイ」とポロリと語っていた。もちろんその後も40年間たくさんのアルバムを作ったし、拓郎の気持ちも変わっているかもしれない。それになんといっても天邪鬼なお方だし(爆)。それでも最高傑作の集団にいることは間違いないだろう。

 そして、吉田拓郎の最大の不幸はこの最高傑作が30年近く廃盤になっていたことだ。つい最近のようだが、米津玄師やあいみょんが生まれたころには、このアルバムは世間の表面が消えていたのだ。膨大な数の人がこのアルバムを知らずに育ったことになる。その間に顔が4つ並んだアルバムがJ-POP最高峰ということになり、私は風街帝国の支配のもとに生きなくてはならなくなる…って、いいや、今日はこのくらいにしといてやらぁ。そこにこのアルバム、まさにフォースとともにあらんことを…って、よしさない。
 押し付けられるのは嫌だろうが、特に若い人たち聴いてほしい。歳いった方々にもフォーク歌手というイメージを離れてゼロの気分でこのアルバムを聴いてほしい。どこに出しても恥ずかしくない…と私は思う。このアルバムを聴いてフォークソングだというものはいないだろうし、このアルバムを凌駕するエナジーのロックアルバムというのもたぶんあるまい。珠玉のメロディーも、魂のブルースも息づいている。どっからでもかかってこい!状態である。
 このアルバムをもってしても通じなかったらそれまでとあきらめがつく。仕方がない。永遠にわかりあえないということで彼岸と此岸をお互いにどこまでも生きてゆきましょう。

 その前にチカラの限り世界に向って推挙したい。って俺の世界なんてチッポケなものだ。しかし、拓郎をレスペクトする…と言っているミュージシャン、評論家、その他の著名人の方々という世界の発信力を持った人々よ、頼むぞ。しっかりと宣揚しておくれ。ここで沈黙したり、薄っぺらな称賛で済ませた日にゃあ、俺は全部覚えておいて、二度と「拓郎さんのファンです、尊敬してます」などは言わせないぜ。

 またエラそうに書いているが、俺はギリギリのリアルタイムだったものの、まだ子供だった。知らないことも感じ取っていないこともたくさんたくさんある。当時オトナとしてこのアルバムを待ち焦がれ、迎えて聴きこんだ、そして調べこんだファンの先達・同志の方々の声も是非聴かせてほしい。

 ということで、どうしていいかは皆目わからないが、名盤”今はまだ人生を語らず”のご帰還を最恵国待遇で歓迎する準備を始める。

 これはラストアルバムの大切な前哨戦であるとともに、未来に向かって蒔かれた種のようなものだと思うのだ。

 ペニーレインでバーボン http://tylife.jp/uramado/pennylane.html
 人生を語らず http://tylife.jp/uramado/jinseiwokatarazu.html
 世捨人唄 http://tylife.jp/uramado/yosute.html
 おはよう http://tylife.jp/uramado/ohayou.html
 シンシア http://tylife.jp/uramado/shinshia.html
 三軒目の店ごと http://tylife.jp/uramado/sangenmenomisegoto.html
 襟裳岬 http://tylife.jp/uramado/erimomisaki.html
 知識 http://tylife.jp/uramado/chishiki.html
 暮らし http://tylife.jp/uramado/kurashi.html
 戻ってきた恋人 http://tylife.jp/uramado/modottekita.html
 僕の唄はサヨナラだけ http://tylife.jp/uramado/bokunoutahasayonara.html
 贈り物 http://tylife.jp/uramado/okurimono.html

2021. 7. 22

☆☆流れてゆけ、流れてゆけ、私の歌たちよ☆☆
 老齢ということで自分の分は予約できたものの家族のワクチン予約がとれない。ネット、電話どれも壊滅だ。そもそもワクチン自体が供給不足だという。会員先行予約、プレリザーブetcを経たあとの一般発売がごく僅かだったのと似ている。
 幸い近所の医院がネットも電話も関係なく、実際に病院に並んだ順に予約を受け付けるというので早朝から並んだ。懐かしい。こうやって深更早暁にプレイガイドに並んだものだった。おかげで予約ができた。ありがたい。並びながらとなりの見知らぬおばあさんといろいろ話した。こういうのもプレイガイド時代によくあったな。
 混迷するオリンピックの話になって「こういう時こそ三波春夫の"東京五輪音頭"だと思うのよ」と力説していた。御意。おばあさんには言わなかったが俺にとってオリンピックとはトワ・エ・モアの「虹と雪のバラード」なんだよ。どちらの歌も大会と音楽と私らの間に素朴な信頼関係というか静かな蜜月があった。

 プレイガイドに並んでいた頃には吉田拓郎というと渋谷公会堂だったな。イベントみたいに年一で武道館が入るが、あとは渋谷公会堂が多かった。コンサートの日は渋谷の公園通りあたりをウキウキしながら闊歩したものだ。
 なので後に「渋谷系」というと、俺たちは元祖渋谷系なのではないかと思っていたが、どうも違うみたいね>あったりめぇだろ。

2021. 7. 21

☆☆歩けるかい☆☆
 暑い、絶対に暑い、我らが黄金バット。いみふ。昨年までは外回りで歩いていた道のりがあまりにツラ過ぎて初めて路線バスに乗ってしまった。路線バスが嫌いなのは、地域や会社によって前乗り、後乗り、乗車券、料金の支払などさまざまな違ったオキテがあるからだ。アウェーのバスでは大抵恥をかいたり注意されたりする。例えば昨日も区間によって運賃が二分されるので乗る時に下車停留所を言わなくてはならないらしかった。そんなの知らんから、みんなが「〇〇」「××」とか言ってるので俺も「大人一名です」とか言ってしまって恥をかいた(爆)。また運転手の妙に鼻に抜けるアナウンスが聴き取れなかったりしてややこしい。それなら1〜2キロくらいなら、いっそ歩いてしまった方がいい。バスに乗るより自由な気がしてって、ああ、いい歌だな。エルトン、間奏を弾いてくれ。

 それにしてもこの猛暑のうえに、世の中に満ちている憎しみと悲しみ。近頃セミは鳴いているものの地球はもうすぐ終わりですね。

 “無法松の一生”でたちまちファンになってしまった園井恵子さんの評伝本があることを知り読み始めた。若い著者なのに、今ではほぼ無名に近い女優の人生を実に丁寧に調べてある。最終章のヒロシマの日に向ってまるで”この世界の片隅に”の実録を読んでいるようである。「流れる雲を友として」、ホラ、ある種のイカれた人々は「流れる雲を」だけでやられてしまうのだ。もちろん俺もだ。
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2021. 7. 18

☆☆夜空のどこかに記しておきたい 愛する人に届けと☆☆
 無法松の一生で主人公松五郎に可愛がられる少年が後の桑田佳祐…おっと間違えた長門裕之であり、やがて吉田拓郎・かまやつひろし・南沙織の揃った”ミュージックフェア”の司会をつとめることになる。>ってそこをゴールにするなっ!超名優だぞ。
 クリアな映像で観たら、未亡人役の園井恵子の美しさとオーラにやられてしまった。宝塚女優だったのか。これは松五郎さん惚れちゃうわ。しかし彼女はこの映画の2年後、広島への巡業公演の時に原爆で亡くなってしまわれた。私のカンタンな2行で語りきれる話ではなく、なぜ彼女が女優になったか、なぜ無法松で大人気女優となったのに巡業劇団員になったのか、そして原爆にあった時はどんな状況だったのか、それはひとひつひとつに深い話があるようだ。あちこちが消えて風化してしまったはるか昔の映画であっても、今もまた息づいてる命hmmm。こんなふうに今さらだけど70年以上の歳月を経て出会う事、知る事もある。

 拓郎がライブを撤退した以上、もう吉田拓郎のライブは、音源と映像とあとは私らの記憶の中にしかない。これからの私らも、はるか未来の人々もそれでしか知るすべがない。私たちの経験も含めてすべては未来に向かって蒔かれた貴重な種なのかもしれない。
 無法松の一生の特典映像で、コロナ禍でありながら、この発掘と保存と修復のために魂と勢力を注ぐ世界中の人々にも頭が下がった。頭を下げながらいろいろ考えさせられた。

2021. 7. 17

☆☆☆フィルムは生きている☆☆☆
 何かと流行りの4Kデジタルリマスターだが、ウチには4Kテレビがない。それでも昔の映像が目を見張るほどキレイになるのは嬉しい。
 ちょうど出た阪妻の「無法松の一生」の4Kリマスターを買った。戦時中の昭和18年…亡くなられた田村正和が生まれた年の映画ながら、これまでとは比べるべくもない美しい修復に感動した。阪妻さんは田村高廣さんに酷似しているのだが、最後の祇園太鼓のシーンでは田村正和になっている。遺伝とは奥深いものだな。
 そうなると戦時中の検閲で大切なラストシーンがカットされているのがかえすがえすも腹立たしく無念だ。戦後はGHQからもカットされていて、もうボロボロの慢心創痍だ。それでも魂の名作である。だからこそまた悔しくなるスパイラル。

 それとは違う話だが、カットといえばつま恋、篠島、他のライブ映像は、再発されるたびにMC始めどんどんカットされて短くなっているのがこれまた悲しい。篠島なんて冒頭の九段会館の対談シーンもラストシーンの海を見つめる拓郎のシーンなど名シーン(ホントにそう思ってるのかよ)が惜しげもなくカットされている。そうだ、ペニーレインの「青山徹だ、松任谷、松任谷だ」も戻してくれるんだろうな。
 とにかくカットするという引き算の発想ではなく、探して、足して、修復してという足し算の発想でお願いしたい。もう文化財なんだから。

2021. 7. 16

☆☆☆夏一人☆☆☆
 ここいらは梅雨が明けたそうだ。
夏がやってきた(「名前のない川〜安曇野の四季 拓郎のナレーションの声で)。
 何度でも言うがキャンディーズの"夏が来た!"は、"やさしい悪魔"よりも"アン・ドゥ・トロワ"よりも拓郎っぽい。拓郎本人でもこうも見事に作れまいという拓郎節だと思う。

2021. 7. 15

☆☆Dr.ムッシュの不思議館☆☆
 というわけでムッシュかまやつモードに入ってしまったので、iPodで、かまやつさんのセルフカバーを繰り返し聴く。いい。いいアルバムだぜフォーライフ。居酒屋がやっていたらコレをかけてもらって小一時間泣きながら聴くのに。佐藤準さんのビアノでムッシュがオサレに歌う一人"シンシア"がまたいい。
 昨日はワクチン接種だった。会場はジジババばっかりだ。俺もそうなのだと認識した。ドクターが「これからオデコで検温します。温度が高くなるので帽子をかぶっている人は脱いでください。」と呼び掛けていた。ここでもなんとなくかまやつさんをまた思い出した…すまん。
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2021. 7. 13

☆☆☆わが心の納戸☆☆☆
 先日のラジオで衝撃だった“ペニーレインでバーボン”。個人的には1974年のTBS「歌謡最前線」のテレビ出演を思い出す。何度だって書くが、中学1年だった俺は、”ペニーレインでバーボン”→”暮らし”→”襟裳岬”とガチで歌う吉田拓郎を観た瞬間、イナヅマが俺の身体駆け抜け、すべての夢が走り出した。なんで浜省なんだ。
 この時、自分は歌うわけではなく、たぶん「時間ですよ昭和元年」収録中だった、かまやつひろしさんがテレビ出演で緊張している拓郎を励まそうと応援にやってきた。
 やはり先日のラジオでサワリのギターだけで昇天させられた”アジアの片隅で”。1987年の久々の夜ヒット出演の時もこの”アジアの片隅で”を歌わんとする拓郎の応援にかまやつさんは突然スタジオに現れた。そして2006年つま恋の二人寄り添う”我が良き友よ”。「拓郎、我が良き友よ…ヘタだね」「ヘタだよ、でもかまやつさんに言われたくないよ(笑)」というバックステージのやりとりも大好きだ。
 かまやつさんとのラストワーク…といえば、岡本おさみとのラストワークともシンクロする”Country”ツアーのショットガンチャーリーなのか。あれこれ先日の放送の中だけでループしている。
 俺はかまやつさんはずっとあのまま自由な感じで生き続け絶対死なないと本気で思ってたよ。
 ”Country”熊本公演の翌日、ホテルですれ違いざまに「かまやつさん、昨夜のライブはありがとうございました」と勇気を振り絞って声をかけたらハーイと手を挙げてくれた。ああ、カッチョエエ。俺の心の納戸に大切にしまってある。

2021. 7. 12

☆☆海を漕ぐ男たち☆☆
 "ラストワーク"だと思うと、どうしたって"錨をあげる"が、あらためて胸にしみる空の輝き。コンビは最後まで船出と出立を歌ったのだ。

2021. 7. 11

☆☆☆人生という名のSL☆☆☆
金曜のラジオは淡々と進行していたが、そこで語られていたのは悠久なる時間の流れと壮大なドラマだった。ラジオと音楽が大好きだった広島の少年が、時代の音楽とシンクロし、幾多の衝撃と出会って、どのようにして「吉田拓郎」になっていったのか。
 入れ子のように語られた岡本おさみとの出会いとラスト・ワーク。学生時代に睦月さんが指南してくれたR&Bがあったればこそ岡本さんの字余り字足らずを見事な音楽に昇華することができた。
 そしてそのコンビ終焉のアルバム…じゃなくて前代未聞のCD+DVD+雑文集「歩道橋の上で」。「秋時雨」が最後の集大成だったなんて話を聴けるとは思わなんだ。そういえば2019年2月3日の「ラジオでナイト」は、あいさつの前にいきなり「黄昏に乾杯」を流していたのも忘れられない。あらためていとおしくなる「歩道橋の上で」。DVDでは拓郎のドラミングが観れるのがオイラのツボ。
 さらにびっくらこいた「ペニーレインでバーボンの帰還」。ハラショ。過去は変えられないが未来は変えられる。この過去達を抱えて、君たちはどう生きるか…走馬灯な放送であった。

 そうだ、赤い燈台…ちゃんとルミちゃんを評価していた私を褒めてあげたい。http://tylife.jp/uramado/akaitoudai.html ルミちゃんも頑張って!!
「蛍の河」もすげー好きだ。そういえば「蛍の河」って「今はまだ人生を語らず」のテイクアウトでなくアウトテイクだったんだよね。ついでにボーナストラックでお願いっ!

2021. 7. 10

オールナイトニッポンゴールド  第16回 2021.7.9

☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 こんばんは吉田拓郎です。よした…でなくて吉田です。週替わりのパーソナリティの金曜日、今週は吉田拓郎がお送りします。

 今は7月3日10時30分、雨だが近所の木々が碧を増して美しい。そういうことを感じる年齢になった。だいたいこの放送は一週間前に冨山君にデータを送る。午後はタイガー&ドラゴンの続きを観たいという、忙しいスケジュール(笑)。決め事はないけど、宮藤官九郎にハマっている。午前中に頑張っていこう。
 いきなりびっくりするテープ。広島県立皆実高校時代、青くて田舎者で世間知らずで一日が、あっという間に過ぎていった。夜寝る時に明日何しようかのうと考えて眠れなくなってくる。明日こそあの娘に声かけてみたいな。もぞもぞしていた。

 あの時代、ラジオはトランジスタラジオが発売されたたばかりで夜イヤホンつないで聴いているとたまに東京の放送とかが入る。広島では深夜の放送はないけど、東京では深夜放送があった。僕もリクエストハガキ出したことがあったし、読まれたこともあった。なのでリクエストハガキを書いたり、楽しかった。
 広島の放送にハガキを書いたことがあった。例によって吉田拓郎レアなコレクションが納戸にあって、古いテープはCDに焼いていた。その中にリクエストしてアナウンサーが読んでいるという音源があった。山口の岩国のトップ20。マニアックな小僧だった
広島RCCで読んでくれて拓郎ってこういうガキだったんだ。当時からシブいな。
 
 (広島市霞町の吉田拓郎さん、・・・・・・・)

 いやーびっくりだよね。RCCのアナウンサーとも知り合いになって、番組に出たりもしていた。変わったヤツだった。
 大学のころ憧れの女子アナがいて、フランスのシャンソン歌手、シャルル・アズナブルが大ファンだったと聞いて、広島のマルタレコードの口の大きい店員さんに聞いて買って放送局でプレゼントします。三つか四つ年上だったんだけど「嬉しいです。ありがとう吉田君」と言われて三回くらいデートした。いろいろ聞いていると彼女は広島が限界で東京で仕事がしたい。僕の方はまだ大学生で、我が家の女ボス母は「あの人は年上よりもずっとしっかりした考えを持っている、ちょっとランクが違う、あの人はオトナでアナタは飽きられる」という厳しい言葉。でも当時は母親の言うとおりにするいい子だっので、結局別れた。淡い気分でリクエストを出したりそういうことをしていたのが、東京に出て深夜放送をしている・・・なんだろうなという気分。いろいろ楽しい思い出のすべてが吉田拓郎の曲のエキスになっている。ああそれが青春。

■今夜も自由気ままに吉田拓郎のオールナイトニッポンゴールド

 70年代ソニーの頃に「今はまだ人生を語らず」というアルバムがあってこの中のある一曲がカットされたままだった。先日ソニーの担当の方から、諸般の問題を解決してフルで発売したいという話を聞いた。できれば、あっちへ旅行に行く前にいしてほしいと思っていたので、それが嬉しい。近いうちらこれが実現しそう。CDだけでなく昔ながらのLPでも聞いてみたい。嬉しくて涙が・・・最近涙もろい。   
 最近、雑誌で読んだ記事。涙を惜しみなく流しましょう。地球は海が支えている。人間の目も世界で一番小さな海で大切なんだ。人間は赤ちゃんの頃には、自己中心、私のこと観てと泣いていたが。オトナになると自分以外のものに共感共鳴したい。例えばドン底から這いあがったスポーツ選手に感動したりする。ある大学教授が、感情から泣くのは人間だけの特権なので涙は出し惜しみなくと書いていた。最近は、子ども笑顔だけで泣いてしまう。
 もうひとつ、最近、泣く行為は睡眠をとるよりも効率的にストレス解消するということで大いに涙を流しましょう。
 「漁港の肉子ちゃん」僕も観ました。稲垣来泉ちゃんが歌う姿をテレビでも観た。映画館で涙を流し、歌う姿に涙を流したという人も多かった。世界一小さな海ということです。
 この曲の広島商科大学の応援団でバンカラな先輩がいて、いつも外股で歩いている人をモデルにしたんだけど、今はそういう応援団ていないんだろうな。 
今日は2006年にかまやつひろしさんと歌ったバージョン。きっとかまやつさんはあっちでワーワー遊びまくっている、俺はこっちで、誰も遊んでくれると人がいなくてつまんねーよと言っている。

M-1  我が良き友よ     吉田拓郎&かまやつひろし

■CM

<拓郎さんの普段の服装はどうしているのか、ステージしか見たことないという投書>
ジーンズ党なので、ジーンズ、コットンパンツが多い。スーツはとんと着ていない。ジーンズはいろんなパターンがあるが、裾の幅は18センチにしている。 細いスキニーとかがフイットするので、ステージとかではくが、おっさんはどうかと思っている。裾18〜20センチにこだわりがある。
 スーツ着はないな。バブルの頃はアルマーニとかステージでも着ていた。海外のレストランでもドレスコードがあったけど、今は世界がカジュアル。大好きなハワイでも  ショートパンツOKになっている。
 ゴルフも昔は襟付きだったけど今はどうなんだ。ゴルフってマナーがうるさい。今は自由というかマナーが悪いな。近所を歩くとき見てみてという華やいだ気分でいたい。

<「王様達のハイキング」のあのライブのジャケットは誰ですかという投書>
先日タムジン・ファミリーとリモートの会議をした。その時、あの娘は誰なんだ?あの時はタムジンにまかせたけど誰かは知らないと尋ねた。あれはタムジンの知り合いの娘  で雑誌のモデルだったんだけど、不思議な雰囲気なのでスカウトした。
 拓郎らしくないジャケット。少女のことは知らないけどその後はモデルになったとかならなかったけど。あの酒飲みの荒くれバンドとジャケットの少女のとりあわせが結構  評判だった。

<漁港の肉子ちゃん、よかったです、イメージの詩もピッタリという投書>
 良かったな。ネットとかでつまんなかったとか言いたい放題で、もうウルサイしウザイ。僕も観ました佳代さんと二人で。アニメって不思議で、実写よりわかりやすく心を打つ。もともとアニメには距離感あったけど、こんなに曲が使われているし観なきゃという気分だ。
 テレビやネットにはうんざりだ。くだらねぇとか思ってしまう。そこへいくとスポーツ観戦しいいな。奥さんは最近は読書している、もとから本が好きだけど「アンナカレーニナ」とか読んでいる。若いスポーツ選手には目が光輝くけれど冷めやすい(笑)
サッカーだけはビデオに撮って観ている。碧とかおるが断然トップ。

<コロナ禍で佳代さんのいうとおり、ショッピング三昧したいという投書>
 先月は正直な叫びだった。どうしてもストレスはたまる。普段どおりの生活は無理。僕らは酸素吸ってるんだから。ペニーレインでバーボンにもあったとおり、勝手なことばかりテレビでその場しのぎのことを言ってるのを観て引っ込めという気分。
 コロナが収束したらショッピング、レストランに存分に行ってほしい。奥様たちご苦労様。拍手。

<壁にもたれてジージャン姿の不良ぼっい姿に衝撃を受けた、原点にかえって不良っぽくやってほしいという投書>
 俺は不良じゃない。母朝子さんから厳しく躾けられている。ただ70年代にはどいつもこいつもいい子ばかりで、はじけようと思っていた。みんなで飲みに行く地方で、みんなつまんねーの。俺はすぐ違う店とか行きたいんだけど、そいつらは一軒目の女の子とずっといたいという人ばかりだった。俺はひとところにずっといたくない。三軒目のの店ごとってあったでしょ。せっかくローカルに来ているのだかもう一軒いこう、面白いことがあるかもしれない。しかし一軒目で腰据える人ばかり。僕が不良というより他の人が固かったんだ。僕は普通にやっているだけ。

<ミスチルの桜井さんと稲葉さんが、拓郎さんのように言葉が伝えられるミュージシャンだと語っていたという投書>
 以前にスタジオで隣がミスチルのレコーディングだったことがあった。プロデューサーの小林武史とはテレビで対談していたので、スタジオを覗いたら、僕のスタジオより暗い、不思議な雰囲気。あれ?暗いな、顔がわからない。僕は根が明るいので部屋が暗すぎる、なんか儀式みたいだった。なので、じゃあねと退散してきた。そういう不思議なレコーディング。僕のスタジオはぎんぎんに明るい、松原とかよく大声で笑うし。桜井君とは小田の番組でも一緒になったことがあった。  
 ギターの松本君は、いきつけのカウンターバーで、僕がワイワイやっていると、松本くんすーっと入って特別のカレーを食べて帰ってゆく。そんなに遠い存在ではないけれど、なんというか遠くから応援している、そういう距離感。

CM

 いまとなってはこの曲をなんで歌ったか。好きじゃないんだという曲を当ててもらう。毎月応募にこれ違うとか言っているとヒントが絞られてくることに気が付いた。今月は少しだけ。

<「知識」 血気盛ん生意気で勘違いしていたことを思い出させるという投書>
 失礼なこというな。よけいなこと言うな。違うんだよ。こんな名曲を作れるもんな作ってみよといいたい。世間知らずかもしれないけれど、今だって心境は変わっていない。
<「馬」という投書>
 違います。どうでもいい。俺はミュージシャンなんだから。
<「aday」という投書>
 ラジオの一通の手紙でOLの嘆きがあったので面白いとレコードにした。好きな曲>
ガットギターで小倉さん=おぐちんゃんが哀愁たっぷりに仕上げてくれている。二人だけでレコーディングした。できればまた歌いたいと思っている曲た。
<「アジアの片隅で」という投書>
(間奏弾く)
 確かに歌いたいという気持ちはない。アレンジは素敵だ。松任谷正隆のアレンジ。間奏での青山とのツインギターは気分いいんだよ。フレーズもいいし。レゲエだしさ。曲として嫌いじゃない。歌う気にはならないけど。
正解は50通あった。あと2〜3週間こぞって挑戦してほしい。カマカ素敵でしょ。色もいいでしょ。弾かなくても飾り物としてもかわいくてキレイでいいよ。
◇11時
(佳代さんのコーナー)
夫)昔 ガンバ遠藤くん、チケット貰って観たじゃない。富山くんもいて、彼は本田が好きで。詳しいから何でも聞いてって感じだったけど。

妻)すごく詳しいと思って聞くと全部知っているの。そのネタ知ってるんですけど。な〜んだそんなことしか知らないのって感じ。

 音楽人生のはじめの頃、実際の僕とは違う岡本おさみのイメージで語られた。文句なしに感動して敬服してメロディーをつけているが、岡本さんと僕は相反するところが多い。彼は旅人だけど僕は乗り物嫌いの旅嫌い。家にいるのが大好き。根本が違う。
 また彼の詩には、やたらコーヒーが出てくるけど、僕は今でもコーヒーは飲まない、飲めない。このふたつでも相いれない関係なのにコンビだった。

 岡本おさみに限らず、喜多條忠、松本隆とのコンビを組んだ。自分にはもっていない世界感で歌うのが楽しい。僕には書けない。冒険だな。音楽そのものが大好きなので何でもトライしたくなる。岡本さんとは気の合わない、実際には会ったりしないで封筒で送ってくるだけ。その岡本おさみとのラストワーク。最後の仕事。みなさんの目にも耳にも止まっていないのかな。
 この時にメッセージを送って「おかもっちゃん、今のあなたの背の高さの歌詞を書いてね。詩に出てくる女の人は奥さんでしょう。今抱いている奥さんへのメッセージを書いて。それがシンプルでわかりやすい。身の丈と会わないと思ったものもあったが、これだというのが5〜6曲が出来て満足。これだよね。
 70年代色が濃い詩人なので、アレンジするときにもその匂いを残して、ミュージシャンも石川鷹彦、エルトン永田、島村英二、徳武弘文。そこに小倉博和。アコースティックで、おぐちゃんに現代ギターを入れてもらいダサい感じにならないようにフォークロックに仕上げた。フォークロックって日本にはなかにかない。バーズとかラヴィン・スプーンフルとかいたけど日本には根付かなかった。
 これらのラストワークに、途中で体調不良で中止になったツアーのカントリーのリハやバックステージで名古屋城の観光したりしているシーンを入れている。

M-2 歩道橋の上で 吉田拓郎

CM

 上京してまもなく岡本さんら出会うのがバイタリス・フォークビレッジだった。佐良直美さんのあとだった。製作スタッフに石川鷹彦、構成作家に岡本おさみさんがいた。アマチュアのグループを紹介するのがメインだった。
 札幌の公開録音の時に楽屋にミニスカートでいたのが中島みゆき。その時はわからなかったけれど、どんな子だったか・・・うかつなこと言えないし(笑)
 岡本さんから時間がある時に見てと大学ノートを貰った。びっしりと詞のような散文のようなものが書いてあって、韻を踏んであるわけでもなく整理した形跡がなくて書きなぐってあった。そこがコンビの始まりだった。

M-3  沈丁花の香る道で   吉田拓郎

CM

 岡本おさみという人は、音楽的はあまり知識ないし譜面も読めないし楽器も弾かないし、音楽情報は持ち合わせていない。字数もバラバラで、一番と二番で言葉の行数が違う。面白いと 思ってメロディーをつけてゆくと、二番で違っていてメロディーに載らないことがあった。
 だけどそれまでの流行歌は、花鳥風月の定型的なものが多かった。それは面白くない。アメリカンポップスもディランが型にはまらない自由につむいでゆくオリジナル見せてくれたこと観ていると、岡本さんのまとまっていない詩にメロディーをつける作業が新しい音楽がみえてくるのではないか。
 特に僕は、ソウル、オーティス・レディングとかアレサフランクリンとかリトルリチャードとかが好きだったし、それが役に立った。例えば君去りし後、君が好き、また会おう、からっ風のブルース。
 ファンキーで演奏が始まると止まらない、字余り字足らずだからできた。ルームライトも流行歌にはあり得ないコード進行だった。小柳ルミ子が歌った「赤い灯台」。これ凄く字余りだけど、難しいけれど、小柳ルミ子はうまい。今でも寝ながら聴く。
 これぞ岡本おさみの真骨頂と思って、二人の最後にふさしわい

M-4  秋時雨 吉田拓郎

CM

 大変な衝撃・刺激を受けてきた。それまでのアメリカンポップは、あの娘とデートとかキッスが素敵とかwoh woh、Yeah Yeahとか明るくて楽しくて青春を謳歌するような歌詞で、日記のようだった。メロディーは美しく魅了された。
 アメリカンポップスを日本語で歌う和製ポップスも流行していた。例えばザ・ヒットパレードでは、伊東ゆかり、中尾ミエとか渡辺プロの歌手がたくさん出ていた。ヒットしたけれど、しっくりこないなとは思っていた。大好きだったニール・セダカのカレンダーガール

M-5 カレンダーガール ニール・セダカ

 こういう唄とかコニーフランシスのVACATIONとかを聴いているところに突然ビートルが登場した。ビートルズの登場にショックを受けた。4人だけの凄い完成度。4人集まればなんかできる。 どこかに飛び出せる、広島を飛び出せると考えた。だからバンド作りたい。ビートルズが教えてくれた。

M-6  抱きしめたい ビートルズ

 バンドを作りたい、そうすれば広島から脱出できる、女系家族から羽ばたける。そこへ今度はボブ・ディランが強烈なパンチ。「風に吹かれて」の歌詞を読んでびっくりした。I love youが出てこない。僕らはアメリカンポップスでシンプルだったはずの青春がディランで複雑になっちゃうわけ。老成している人生をうたっているのも凄い刺激だった。20代で生きてゆくのはどういうことかを歌っていることがガツンと来た。


M-7 ライク・ア・ローリングストーン
 
 広島でR&Bのバンドをやっていた。ダウンタウンズの睦月くん、広島大政経学部だったけど、彼がソウルが好きで音楽人生に影響を受けた。黒人音楽を教えてもらった。中国四国のコンテストで代表に選ばれたり、米軍のキャンプのアメリカ兵の前で演奏するようになった。R&Bが音楽人生の基礎となった睦月くんのおかげだ。

M-8 ノック・オン・ウッド エディー・フロイド

■エンディング
 僕にとっての十代は、世界の音楽が怒涛の変化をみせて突き進んでゆくというスリリングな時代だった。そんな時に青春を送れて良かった。たくさんのことを音楽が教えてくれた傷つきそうな青春も、怒れる青春も、激しい青春も、青臭い青春を教えてくれた。

 ありがとうニールセダカ、ありがとうビートルズ、ありがとうボブ・ディラン、ありがとうR&Bといいたい。

 永遠はなくて期限がある。今は重要な時間だ。過去とか思い出は心豊かにしてくれている。心のよりどころだ。しかし過去は変えることができない。未来はささやかでも変えられる可能性がある。まだ間に合うんじゃないのか。僕らは今とこれからを大事にしてゆこう。遅ればせでも、年齢、キャリアどうでもいい。今日とか明日を楽しみに生きる。あっちに行くときに笑顔でいってくるぜと船に乗りたい。

 次回は8月13日。当選発表。

M-9 この世の果てまで   スキータ・デイヴィス

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆

☆根っからのラジオっ子であり、ハガキ職人であり、リクエスト小僧だったというのが嬉しい。やっぱりラジオ・パーソナリティになることが運命づけられていたのだと思う。

☆吉田家の納戸。王家のピラミッド。私を警備員に雇わないか?>おめーだけは絶対ない。

「ペニーレインでバーボン」の帰還。そして「今はまだ人生を語らず」の再リリースに快哉を叫びたい。良かった、良かった、良かった。最高傑作が廃盤というこのうえない不幸がようやく終わる。ソニー。全力で売っとくれ。ロック、フォーク、ポップス、ブルースどっからでもかかってこい。いつまでも顔が4つ並んだアルバムをうやうやしく神棚に置いておいてはいけない。さぁ、同志よ、巻き返すぞ!!

☆ミスチル=小林武史との微妙な距離感。それはあなたが番組で小林武史に面と向かって「君、スケコマシでしょ」と言ったことと関係はないのか。別にそのままでいいけれど。

☆いきなりの「アジア」。おおおお、と悶絶。発火・発情しました。たまらんね。

☆岡本おさみとのラストワークの話は貴重だったし胸にしみた。最後の集大成が「秋時雨」なのか。「花嫁になる君に」「ハイライト」から始まった旅の終着点がそこなのか。大切に聴き直したい。

☆つま恋の「我が良き友よ」を聴いて。拓郎が背中から、かまやつさんに寄り添って歌うシーンが観たくなって観たら。泣きそうになった。ショットガンチャーリーとのカントリーツアーを忘れまい。

☆「未来はささやかでも変えられる可能性がある。まだ間に合うんじゃないのか。僕らは今とこれからを大事にしてゆこう。遅ればせでも、年齢、キャリアどうでもいい。今日とか明日を楽しみに生きる。」…だったらさ、だったらさ

☆ありがとうニールセダカ、ありがとうビートルズ、ありがとうボブ・ディラン、ありがとうR&Bそしてありがとう吉田拓郎。

☆☆☆☆今日の学び☆☆☆
 岡本おさみの字余り字足らずをメロディーにのっけて言葉の活劇にまで高めたのは、R&Bのソウル。"字余りソング"とか言ってんじゃねぇぞ。

2021. 7. 9

金曜日の朝を聴きながら、居酒屋とお別れをした。お元気で!いつかまた!

2021. 7. 8

☆嘘をつけ永遠のさよならのかわりに☆
 「ありがとうラビ」で思い出した中学の国語の教科書に載っていた「一切れのパン」。ネットで検索したら同じようにあの話が忘れられないという人がそれなりにいて安堵した。いろんな意味でスリリングな話だった。とどのつまり「永遠の嘘をついてくれ」ということか。ラビさんだって今度のことで謎だった本名も年齢までも新聞で明らかになっちゃって。聞いていた年齢とずいぶん違うし(爆)。きっと怒っておられるでしょう。
 拓郎のことも俺も昔は3日に一度くらい「この嘘つき」と怒っていたが(爆)、嘘だったからいいんじゃないかと今は心底思う。芸術家の正直と誠実さは私のような小市民とは少し違ったところに軸足があるに違いない。まぁいいや。
 「永遠の嘘をついてくれ」はアゲアゲの時はつま恋2006年を聴くけれど、ヘタレな時は、FromTのデモテープ。これがまた絶品ばい。吉兆のささやき女将のように耳元で歌ってくれている感じがたまらん。頭が真っ白になって…ってホントに最近がぜん白髪が増えちゃったよ。

2021. 7. 7

☆☆おやすみなさい☆☆
 ラビさんの通夜式。無宗教で音楽が流れ真っ赤なバラが溢れていて、いたるところにラビさんの写真が飾られている。写真撮影もOK。みんな自由に行き来している。祭壇の遺影のまばゆいほどの笑顔がいい。その笑顔の背景のたくさん2ショット写真たちの中に…あった。見逃しやしないぜ。
 ラビさんは「らしくないと不評だった」というけれど加藤和彦と組んだ「グッバイ上海」が一番好きだ。もうアルバム「サマルカンドブルー」くらい好きだ。

 グッバイ上海 グッバイ上海 
 ジャンク浮かべて帰る日はるか
 ゆらりゆられて帰る日はるか〜

 ああ、気持ちいい。ずっと頭の中で流れている。もっとらしい名曲があると怒られるかもしれないが。端くれのファンの俺にはこれだ。

 まさに緊急事態のはざまにお別れをすることができた。主のいないツタの絡まるお店。当然本日は休業だ。やっぱり皆様帰りに寄っておられる。続いてくれますように。

 「ありがとう、ラビ」…って書いて気づいた。あれ中学の時の国語の教科書に全く同じセリフがあった。そうだ「一切れのパン」のラストの一文だ。関係ないか…いやあるか。なくても、関係あるように生きようと思った。
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2021. 7. 6

☆☆又逢おうぜ、あばよ☆☆
 20時迄であろうと時勢的に不謹慎であろうとこれが飲まずにいられよか。ラビさんに献杯させていただいた。俺よりも特にラビさんに近しかった方からは、整理がつかないままいろんな思い出が湧き出てくる。

 ボイトレなんかしたことがないというのにいつも天然の迫力と艶のあったボーカル、実はいつも密かに気にされていたぶっ飛びのステージ衣装、時々ラビさんの話に出てくるシャイでやんちゃで、でもカッコイイ若き吉田拓郎のこと。そうそう2006年の武道館の2階席で壁にもたれてたったまま腕をくんで”唇をかみしめて”を歌う拓郎を凝視していた立ち姿の粋さ。

 20年近く前の12月30日、店は常連さん満席貸切の持寄りパーティの日。何にも知らずに初めて蔦の絡まる店に入って来た姉妹。ひとりは0歳児を抱えている。場違いもいいところ。フツーは今日はお断り…なのに、ラビさんはカウンターの常連さんを「どきな!」とどかして笑顔で席を用意する。いろんな辛いことがあって飲みながら二人で潸然と涙している姉妹にワケも素性もきかず「うるさくてゴメンね」とひたすらやさしくしてくれた。そして二回目からはまるで家族みたいに迎えてくれた。

 故人が素敵であればあるほど、ご冥福、安らかにではおさまらない。どうしてもああすればよかった、こうもできた、ごめんなさいという思いも溢れかえってくる。そこまでラビさん近くにいたあなたのことはわからないので軽々には言えないけどさ。

 わからないついでにいえばオダギリジョーの法則で、時間は消え去ってゆくものではなくて、たぶん今もどこかでラビさんは歌っていたり、飲んだくれていたり、いらっしゃい、おかえりと笑顔でドアを開けている。生き残った人は、亡くなった人を可愛そう、申し訳ないと思わないこと、できるだけ幸せに生きようすることがルール…らしい。

 遠くヨーロッパから想うインスタがいいな。そうか好きだったんだな。ちょっと泣けてくる。
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2021. 7. 5

☆☆ジャンク浮かべて帰る日はるか☆☆
 明け方にメールで中山ラビさんのことを知る。ほんやら洞もラビ組もとんとご無沙汰していたが、ラビさんのあの凄みのあるボーカルはどんな世の中になっても不滅だろうとタカをくくっていた。だから目を疑った。昨日はちょうど北山修先生の「共視論」のアカデミックシアターのDVDを観ていたところだったんだよ。ちょうどと言えるのかわからないが。
 2005年の京都会館で拓郎は「俺は関西公演に来ると関西フォークからは嫌われていて辛かったけれど、中山ラビだけはやさしくしてくれた」と述懐していた。ラビさんは拓郎にやさしかっただけでなく常連でもない一般Pの端くれの拓郎ファンにもやさしく接してくれた。10年以上も前だけど、雨畑と俺を引き連れて、一夜のすげー冒険に出てくれたことがあった。忘れようとて忘れられないよ。
 こんな俺ごときでもたくさん思い出すこと、たくさん言いたいことが溢れてくる。だからもっとそばにおられた方々の悲しみはいかばかりか。またね。ありがとうございました。ラビさん、おやすみなさい。

2021. 7. 4

☆☆明日を待てない人がいる☆☆
 静岡、神奈川の土石、水害が凄い。凄いなんてもんじゃない。つい一昨年の台風で、レベル5の警報を受け、近所の川の大氾濫を覚悟した身にもかかわらず、事が自分でないとすっかり鈍感になってしまう俺が情けない。
 とにかく皆様ご無事で。とにかく掘って掘って掘り起こして助かる命を助け出してほしい。救助に関わる方々には頭が下がる。こんな時にと怒られるかもしれないが、人命・災害に惜しみなく高度の技術と最新鋭のメカを投入する国際救助隊サンダーバードを作ってほしい。いや心の底から本気で思う。もう自分も含めて安全な場所は殆どなく、私らはみんな悪魔の斧に震えて眠るしかないのよ。

2021. 7. 3

☆いくつもの朝がまた☆
 怒涛の“人間なんて”で終演して電光掲示板に”See you again Shinojima”の文字が輝き、あちこちでバンザイが始まり9時過ぎても帰らない観客たち。

 4日後のセイヤングにこの時のハガキを書いてきたリスナーさんの言葉を思い出す。たぶんその方もあの晩は家に帰っても眠れなかったのだろう。


  私はなんて幸せなんだろうと思った。
  朝だ。退廃の影などない、美しい朝だ。

 拓郎のおかげでそういう朝が何度か…いや何度もあったなぁ。

2021. 7. 2

☆☆武道館よ屋根の梁を高く上げよ☆☆

「ずっと歌うという決心が今ハッキリついた」と君が言ったから7月2日は武道館記念日


2021. 7. 1

☆寄り添われる人☆
 南こうせつのサマーピクニック。拓郎が神田川を歌った年の公演。拓郎が歌い終え、こうせつが出てきてMCを始めると、拓郎がこうせつの肩に一瞬何気なく手を置いた。するとこうせつはMCしながら、すかさず、その拓郎の手をしっかり握る。つかまえたって感じで。拓郎が肩を組んだ貴重なツーショットを逃してなるまいという強い意思が感じられた。※個人の感想です。…拓郎スッと手を離しちゃうんだけど(爆)
 そうだ、2006年のつま恋オープニングでは拓郎は全力で逃げ出したことをよもや忘れはすまい。

 85年のつま恋で、山本コータローが「岬めぐり」を歌っている、その少し離れたところで拓郎も立って口ずさんでいる。すると山本コータローは、サビの部分でグイと拓郎を引っ張りよせて、ピンマイクで頬を寄せて歌うミック・ジャガー&キース・リチャーズあるいはジュン&ネネみたいな状態になった。拓郎は笑って一緒に歌っていたけれど、なんか迷惑そうにも見えた。いや迷惑だったに違いない。※これも個人の感想です。


 とはいえ日本をすくえ!のオープニングで、泉谷、小田、拓郎三人で支えあってアカペラでバンザイを歌う。あれはいいね。すげー素敵だ。

 今日の学び…いくら好きでも無理に寄り添っちゃダメ。

2021. 6. 30

☆☆寄り添う人☆☆
 三木聖子はこの放送のすぐ後に喉を傷めて引退し、裏方として実績を残し今も堂々と活躍しておれらるとネットで読んだ。あの時はきっと一番辛い時期だったのだろうな。

 夜ヒットで三木聖子が感極まって歌えなくなった時、それを観ている歌手たちの様子もチラチラ映る。スーちゃんは涙目で凍り付いている。ミキちゃんが蘭ちゃんの方に振り向いて眉をしかめて何か言う。蘭ちゃんの様子はフレームアウトしていて見えないが、たぶん蘭ちゃんが「行こうよ」とゴーサインを出したのだろう。その10秒後くらいにわらわらとキャンディーズの三人が三木聖子に寄り添って一緒に歌う。こういうのにお爺ちゃん弱いの。泣けちゃう。

 でさ、超個人的なことをふと思い出した。40年前に生まれて初めてカラオケを歌った日のこと。蒲田のサントリー館。常連のTくんがイントロ当てクイズでゲットしたボトルがしこたまあるキャバレーみたいなつくりの店だった。100人くらいは客がいる店の中央のステージで歌うのだ。曲は「メランコリー」。それくらいしか拓郎の曲がない。音痴の俺は緊張したちまち音程を外しステージで無残な状態になった。そこに颯爽とTくんが駆けつけて寄り添ってくれた。彼はメチャ歌がうまいので、おかげで♪淋しいぃぃ淋しいもんだね〜が客席の大合唱になった。今頃こんな形ですまんが、ありがとう。
 スター芸能人とは比ぶべくもない一般Pの俺の話で厚かましいが、そこはそれ、小さな物語でも、自分の人生の中では誰もがみな主人公…って拓郎も歌っているじゃないか>さだまさしだろ。

                         この話は明日も続く。

2021. 6. 29

☆☆泣ける☆☆
 真剣に観ていなかったんだけどドラマ「ドラゴン桜」の最終回で、新垣結衣がサプライズ出演して長澤まさみと手を握り合うシーンで思わず泣けたと職場のスタッフが話していた。いいオトナがしょうがねーなーと冷笑していた。
 今日ネットで何気に昔の「夜のヒットスタジオ」を観ていたらキャンディーズの"やさしい悪魔"…ハラショ。その後、おお懐かしの「三木聖子」の登場だ。しかしお母さんがサプライズで登場し感極まって「三枚の写真」を歌えなくなる。そこにキャンディーズが応援にかけつけ一緒に寄り添うんだよ。その様子に俺も思わず涙ぐむ。可憐な花々のように美しい。口ほどにもない俺だ。
 
 "やさしい悪魔"等の映像を観るたびに、もう何十年も経っているというのに、必ず「作曲 吉田拓郎」のテロップをしっかり確認して、おお拓郎が作ったのか、いい曲作るよな〜と思いを新たにしたりしませんか。俺は毎回そうします。それだけでなく人がいる時は「ああ、これ吉田拓郎が作ったんだ〜、すげーなー」とわざとらしく聞えよがしに口に出してウザがられる一方だ。

 "三枚の写真"は松本隆。卒業・遠距離・悲恋シリーズはもう独壇場だよな。でも三木聖子はこのあとですぐ引退してしまう。いまごろどうしておいでだろうか。

2021. 6. 28

☆☆90分一本勝負☆☆
 超久しぶりに居酒屋に行くと自分一組だけがお客様。厳しいな。客さえまばらなテーブルの椅子。テーブルないだろ。他客が誰もいないので心おきなくアルバム「明日に向って走れ」を聴かせてもらった。「拓郎、歌うまいよな」「いい声だよな」と100回くらい一人つぶやいてウザがられた。このアルバムのおかげで俺はペダルスチールで泣くパブロフの犬になった。
 そして聴き終わるとそそくさと退店する。別にあのお達しに従っているわけではない。切ないぜ。とはいえ、そうだよな、酒飲みと居酒屋の権利だけを声高に主張するのは違うよな。みんな大変なのだ。この世界中びしょ濡れにして冷たい雨が降っているのだ。
 もし次に客一人だったら…俺は何を聴こう、君は何を聴く。

2021. 6. 27

☆身体の中で魂が揺れる☆
 「言霊(ことだま)」。そういえば、つま恋の売店に「音魂(おとだま)」ってTシャツが売っていたな。
 「…つま恋も篠島も関係ないだろ。要するに魂こめて歌えばいいんだろうということで、2時間半ぶっ続けで行きまっせ!」1979年7月2日日本武道館)。御意。

2021. 6. 26

☆☆イメージの詩☆☆
 “ミュージックフェア”を観た。…すまん、やっぱり子役は苦手だ(爆)。でも、子どもたちも含めてたくさんの人がこの歌、この歌の言葉のことを知ったはずだ。まったく関係ないが観ながら映画「三島由紀夫VS東大全共闘」での最後の三島の言葉を思い出した。

「言葉は言葉を呼んで、翼をもってこの部屋の中を飛び回ったんです。」
「この言霊(ことだま)がどっかにどんな風に残るか知りませんが、その言葉を、言霊を、とにかくここに残して私は去っていきます。」

 たぶん初めての人にはかなり変わってて、小難しくて、でも何処かひっかかる"イメージの詩"の言霊たちが飛び回るのが観えたような気がした。教科書には載っていないが、あちこち飛び回ってこの世界のどこかでどこかに刻まれますようにと切なく願う。

2021. 6. 25

☆☆歴史はそれを見逃さないだろう☆☆
 たまたま見せてもらった中学校の音楽の国定教科書(「中学生の音楽2.3下」教育芸術社)。表紙を開くと、オイ、いきなりユーミンだぜ。まるで音楽雑誌みたいだ。ユーミンが全国の14歳に語りかける。素敵だ。
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 俺はユーミンファンとは言えないけれど、なんとも感慨深い。そして誇らしい。OK松任谷!
 さて問題は同じ教科書のJ-POPの歴史のページだ。フォーク、ロック、歌謡曲、テクノポップ、アイドル、ヒップホップ、渋谷系まで広く載っているが…いねぇじゃん
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 特にアイドルのところで「70年代頃からニューミュージックのアーティストも作品を提供するなど、それまでの歌謡曲とは一線を画した…」とまで説明されているのに出てこないのはどう考えてもおかしいだろ。ああ見えて拓郎はとても奥ゆかしい人だから、そんなことはいいと言うかもしれない。しかし拓郎がよくても俺がよくない。
 “赤いスイートピー”が載るのはそりゃ名曲だし当然だ。ただ、それだけってどうなのよ。歴史の教科書の江戸時代=徳川幕府のところで徳川家康が全く出てこないで、八代将軍松平健の写真だけがバーンと載っていたらどうだろうか。それと同じだ。>よく、わかんねぇよ

・・・ということで、なんかもういいやというオワコン感に苛まれていた昨今だが、やはり私もこのサイトも闘い続けなくてはならない。どんなにあざけられ、そしられて、理解を生まずとも。そう思いを新たにした。

追記)
そう思うと、肉子ちゃんの「イメージの詩」、よくぞカバーしていただきましたと心の底からお礼を言いたくなる。子役があざとい、意味の咀嚼がないと批判する人もいたが>それはオマエだろ。…すまんな。明日は手をあわせてミュージックフェアを観るよ。

2021. 6. 24

☆☆愚痴☆☆
 周囲でワクチンを打った、予約したという話が耳に入ってくるが、私の地域では6月末に接種券発送予定ということでまだなーんにも届いていない。しかも私の年齢は7月20日予約開始だと。なんだかな。この気分、何かに似てると思ったら、ファンクラブの先行予約もぴあプレリザーブも落選して、あとは一般販売を待つしかないときの気分と似ている。ああ、もうライブは終わったんだぜ。
 ファイザー、モデルナ、アストラゼネカの違いもよくわからない。俺は勝手に、ソニー、フォーライフ、エレックみたいなものだと思っているが、医学的根拠はゼロだ。>あったりめぇだろ。
 とにかくみなさん打つ人も打たない人もくれぐれもお大事に。友よ、この闇の向こうには、友よ輝く明日がある。夜明けは近い…のかなぁ。

2021. 6. 23

☆巨人☆
 どういう世の中なんだろうか。♪時には無関心なこの僕でさえが腹を立てたり怒ったり〜というよりも同じアルバムの♪こんな世の中と自分を捨ててみた〜に気分か近い。ダメだこりゃな気分だ。

 そんな中で、立花隆さんの訃報を知る。「知の巨人」という賛辞のとおりだ。…っていうほど本を読み込んじゃいないが。ものすげー人だなとひたすら仰ぎ見ていた。巨人といえば20年くらい前、水道橋の東京ドームの横の歩道を歩いていたら立花隆さん本人とすれ違ったことがあった。小柄で飄々と歩いおられたが、まるで侍みたいな目をしていた。
 称賛される「巨大な知」の根底には、いつもシンプルな「けっ。ちゃんちゃらおかしいぜ!」という抜き身の熱いハートが燃えていてそこがまたカッコ良かった。
 俺ごときが、こんな世の中とスネている場合ではない。ちゃんとせねばと思った。彼が田中角栄をひたすら追いかけたように、私も吉田拓郎をひたすら追い続けよう。…それは違うか。心よりご冥福をお祈りします。

2021. 6. 22

☆あとがき☆
 それは原作をあとがきまで全部読んだほうがいいという御指南をいただいたので、早速一気に読んでみた。ええっ。もう一度観なきゃという気持ちにさせられるじゃぁないの。そう思うと映画では小さなフラグが静かに立っていたことがわかる。だからこそ、さんまは映画化を熱望したのかもしれない。そしてまた、だからこそあえて正面からそのことを描かなかったのかもしれない。しょせん下衆の勘繰りなんで、わからんけどさ。読んでから観るか、観てから読むか…という昔の角川書店のコピーを思い出した。
 …ということで田家ります。えーと曲ですね。中村雅俊で「いつか街で会ったなら」
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2021. 6. 21

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 一人で観るのはちょっと寂しかったが、二人で観るのは気恥ずかしい。だいたい俺の場合は自分が観た映画は万人必見の名作で観なかった映画はただの凡作となるので信憑性が乏しいが、それでもやっぱりいい映画だったと思うよ。
 昨日も書いたが、あの”イメージの詩”はカバー作品というより、映画音楽なのだと今さらながら気づいた。そう考えるとあの場面にはあれしかない。あれ以上のものはないと唸った。大竹しのぶだと別の映画になってしまう。そもそも子役一般が嫌いとか歌詞の意味の咀嚼はあるのかとかさんざん文句を言ったが、そしてそれは今も偽らざる意見だが、それはそれとして、いいシーンにいい音楽として使ってくださって感謝申し上げたい。
 一か所個人的に涙ぐんだシーンがあったが個人的すぎるので言わない。そうそう、あと木村拓哉の娘ということで鼻白んだが、彼女もセリフもナチュラルで内省的な女の子の感じが出ていて、とてもマッチしていた。

 さて映画館で隣の席のカップルが最後エンドロールの途中で席を立ったので驚いた。コイツらはどうして「作詞・作曲 吉田拓郎」のテロップを観ないで帰れるのだろうか。何しに来たんだ、変わった人もいるものだ。>変わってるのはオマエだ。シン・エヴァンゲリオンに続いて映画館のスクリーンのテロップの誇らしさといったらない。
 
 明石家さんまの吉田拓郎への敬意があったようにスタッフたちの宮崎駿への敬意が俺にもわかるくらい満ち溢れていて清々しかった。そして原作が読んでみたくなる映画でもあった。

2021. 6. 20

☆映画館☆
 そうだな。あの"イメージの詩"は映画のシーンにあてられた映画音楽なのだというあたりまえのことを忘れていたよ。ということで不肖私、単身向かうであります。

2021. 6. 19

☆雨は蕭々と降つてゐる☆
 大学に入ってすぐの頃、同じ語学クラスで知り合った男と二人で学食で昼飯を食べていた時のことだ。彼は「三好達治詩集」を出して「乳母車」という詩を開いて渡して「僕はこの詩が大好きで暗記しているんだ、いいかい。」と言っていきなり全編を暗唱してみせた。

 母よ
 淡くかなしきもののふるなり
 紫陽花いろのもののふるなり
 はてしなき並樹のかげを
 そうそうと風のふくなり
 時はたそがれ
 母よ 私の乳母車(うばぐるま)を押せ
 泣きぬれる夕陽にむかって
 轔轔(りんりん)と私の乳母車を押せ
  ……

 今ネットで調べて書いた↑当時はわけわからずこの突然の展開に戸惑った。学食でいきなり詩を暗唱する人。俺の育った蒲田あたりにはそんな奴はいなかったので、ああ大学っていうのは怖ろしいところだなとビビった。すると得意げな彼が「君の憶えている詩を聞かせてくれ」と言われてさらに戸惑った。なんだそりゃ。俺は覚悟を決めた。

 今は黙って風の音を聴け
 木の葉の舞う季節 季節を知れ
 思い出すな荒野の朝を 包み隠してしまえ静けさの中に
 ……
 いずれは元の闇の中へ
 答えもなく消え去るのみ
 ……
 今は黙って風の音を聴け
 今は黙って水面に浮かべ
 今はただ静けさを愛せばよい

 初めて口に出して”流れる”を暗唱して思った。こりゃいい。負けてねぇぞ。拓郎、時々惜しいけれどアナタはしっかり詩人だ。

 その暗唱野郎>おい…とはそんなに親しくならなかったが、最近母校の大学教授に就任したと同窓会ニュースで知った。
 ふと思い出して彼の好きだった「乳母車」という詩を検索してキチンと読んでみた。

     乳母車
                三好達治
 母よ――
 淡くかなしきもののふるなり
 紫陽花(あじさい)いろのもののふるなり
 はてしなき並樹のかげを
 そうそうと風のふくなり

 時はたそがれ
 母よ 私の乳母車(うばぐるま)を押せ
 泣きぬれる夕陽にむかって
 轔轔(りんりん)と私の乳母車を押せ

 赤い総(ふさ)のある天鵞絨(びろうど)の帽子を
 つめたき額にかむらせよ
 旅いそぐ鳥の列にも
 季節は空を渡るなり

 淡くかなしきもののふる
 紫陽花いろのもののふる道
 母よ 私は知っている
 この道は遠く遠くはてしない道

 ちょうど6月の雨の詩だったのだな。素晴らしい詩だなと今は思う。
    母よ 私は知っている
    この道は遠く遠くはてしない道
  いいな。吉田も負けてないけど>しつこい
 

2021. 6. 18

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☆白夜☆
 ドイツの白夜の写真。”白夜”だが”détente”の裏表紙の空みたいだ。♪世代なんか嘘さ、夢と笑えホロ苦い若さぁ…何度聴いても原曲の「若さぁ」の歌いまわしがしみる。松任谷と二人だけでスタジオに入って作った…ってラジオで言ってたな。最近のラジオでは、CBSソニーのスタジオで石川鷹彦と二人だけで作った話もしてくれる。松任谷正隆や石川鷹彦と二人でどんなやりとりをし、どんなふうに作り上げていったのだろう。観てぇ。もちろん無理だけどものすげー観たい。何時間でも観ていられる自信がある。
 コロナのためにドイツは今シーズンも大変だったみたいだ。負けないでenjoyしてくれんさいや。

2021. 6. 17

☆最後のそこんとこ☆
 梅雨に入って雲がどんより厚いが今日はあまり降らないようだ。雲が少し明るい。こんな雲を観ているといつも浮かぶ。

 断ち切れた糸をもどかしくもたどってる
 雲の切れ間に明かりを探すみたいだ
               (「海へ帰る」)
 いいな。このゆったりとしたビートもたまらなくいい。
 ただ最後の最後に出てきてしまう”泳げないけどぉぉぉ”
 くぅううう〜〜惜しいな!

2021. 6. 16

☆この〜樹、なんの樹☆
 前の日記にも書いたかもしれんが、いいや何度でも書く。手塚理美はかつて拓郎が社長の頃のフォーライフレコードから”ボビーに片想い”という曲を出した。これは松本隆の詞に拓郎が曲をつける予定だったが、手塚理美は「ユーミンの曲じゃないと嫌だ」と断った。あんまりだぜ、なんてこと言うの(涙)。それでもたぶん拓郎はユーミンととても近かったから、かくして松任谷由実作曲のかの曲が誕生した。これが、またいい曲なんだ。それでもって手塚理美はあんまり歌がうまくなかったしヒットしなかったんだよな。いろいろ悲しい1979年の春だったね。

 これが記念すべき松本隆と松任谷由実(呉田軽穂)のコンビ第一作となり、ご存じのとおりこの記念樹はやがて巨大樹となり満開の花を咲かせることになる。でも言いたい、
その樹の下に埋まってるのは、拓郎と俺の涙なんだよ!


    つづく>つづかねぇよっ

2021. 6. 15

☆想い出してボビー☆
 77年頃ラジオ関東で放送されていた拓郎の特集番組で小林亜星さんへのインタビューがあって、こんな趣旨のことを語っておられたのを思い出した。

「拓郎さんは作詞・作曲・演奏・歌まで独りでやっておられるけれど、ボクは音楽というのは「結婚」だと思っている。違う才能の人と結ばれて新しいものを作ってゆくものなので、独りで何もかもしようとしない方がいい…」

 ああ、なるほどな〜という気持ちとイヤ全部独りでやるから拓郎はいいんじゃないかという気持ちが相半ばしたものだった。しょせんイチ高校生の感想なんでいいんだけどさ。ただどちらであれ今にして思うと亜星さんは愛情深い人だったのだなと思う。

 それと亜星さんが笛を吹いて体操服着た小学生の手塚さとみがラジオ体操するCMが浮かんできて離れない。あれは何だっけ。そうそう手塚さとみもお元気だろうか。成人式で一緒だったので他人の気がしないのだ。あ、成人式会場でおみかけしただけで知り合いではないが。>ってソレ思い切り他人だろぉ

2021. 6. 14

☆さよなら巨星・亜星☆
 小林亜星さん逝く。去年、寺内貫太郎一家の再放送をずっと観ていたのでもう他人のような気がしない。親戚のおじさんを失ったみたいだ。樹木希林も加藤治子も…西城秀樹までいなくなっちゃったじゃないの。
 あの曲もこの曲も名曲の数々は筒美京平さんと双璧だね。自分ごときの身体にも亜星さんのメロディーが出汁のように身体にしみている。ご冥福をお祈りします。

 ちょうど去年買って読んでいた本「言葉の達人たち(阿久悠編)」の「歌謡曲の言葉」の章で音楽と言葉の歴史を作曲家として綴っている亜星さんの文章があった。

「ニューミュージックは革命だった
…これは日本歌謡史上の大革命だったんですよ。吉田拓郎さんや井上陽水さんがやった革命なんです。…拓郎さんの努力で歌謡曲が非常にカッコ良くなりました。」

 リップサービスでなく新しい音楽としてガチ評価しておられる。これも筒美京平さんと同じだ。

 その本で小林亜星さんは、「メロディーや詩を主人公にした音楽」、下手でもいいから大切な人に心をめて「ゴンベンにテラ(詩)の歌を歌ってあげてください」と結んでいる。狼少年ケンやレナウンからこの木何の木と幼少の頃から実にたくさんのやさしい「詩」を歌っていただいた。ありがとうございました。どうか安らかにお休みください。

2021. 6. 13

☆しのぶれど色に出にけりわが好み☆
 ラジオを聴きながら、ああ終わってゆくのだなと思った。アルバムの進捗も含めて一言一言に素晴らしいミュージシャンたちへの尽きせぬ感謝が滲んでいる。拓郎が感謝する人々はすべて私たちの恩人である。ありがとうございます。

 といいながら相変わらず私は不肖のファンですまない。しかしせっかく私も酸素を吸っているんで言わせてもらう。私は個人的に子役とその廻りがとても苦手だ。今回は新鮮な試みだと思うし、自分の感性の足りないせいだと頑張ってはみたが、トドメの”お手紙”を聞いて私の苦手因子がすべてパーフェクトに揃ってしまった。ダメだ。なのでできるだけ遠くから応援している。

 だからというのではない。私は大竹しのぶにカバーして欲しいと切に思うのだ。昨日、肉子さんの公開挨拶のニュースのしのぶさんを観て、そのあと、さだまさしの長崎ライブ2006で大竹しのぶの「フレディもしくは三教街」の映像を観て涙ぐみ、彼女の「ファイト!」のカバーの背筋も凍りそうな凄さを思い出した。彼女にこそ「イメージの詩」を魂で歌ってほしいと思った。きっと彼女は彼女の天才の感性で、この歌のソウルと行間を掴み取って、発出してくれるに違いない。カバーって、その人が咀嚼し反芻したうえの解釈だと思うのよ。10歳の少女に周囲の大人が仮託した解釈よりも、シンプルに大竹しのぶの魂の「これこそは!」を聴いてみたい。

2021. 6. 12

オールナイトニッポンゴールド  第15回 2021.6.11

☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 こんばんは吉田拓郎です。週替わりのパーソナリティの金曜日、今週は吉田拓郎がお送りします。

 今の収録時間帯は、一年以上自宅から台本もなく一人でやっているけれど午前中からトライしたいと思っている。こういう社会状況だと外に出ない、もともと外に出ない二人だが、奥さんの昔のドラマを観ている。今頃になってハマっている。一連の宮藤官九郎はすごいね。ワン・エンド・オンリーだね。面白いね。字幕だとセリフがわかって面白い。こんな人はいなかった。不思議なセリフ回し、愛あるひとこと、笑わしてくれて、また泣かせてくれる。今日も続きを観たいので午前11時半から始める。
 2021年盤の”イメージの詩”、10歳の少女のソウルフルに歌声に感動感激のメールをたくさんいただいた。心から嬉しくて熱くなる。ソウルフルな稲垣来泉さん。その来泉さんからお手紙いただきました。なかなかソツがないな(笑)。見事な10歳だな。

吉田拓郎さんへ

 私が歌わせていただいたイメージの詩に感動したといってくださったと聞きうれしいです。
 私は、拓郎さんの「流星」と「落陽」が好きです。ああ、おおおお〜流れてゆくとかをつい口ずさんでいます。
 拓郎さんの渋くてカッコいい声や歌い方が好きです。
 他にも今日までそして明日からが好きです。
 私の今までを思っています。誰かのチカラを借りたし、手を取り合ってきました。
 詩は歌詞の意味を知ることで聴こえ方が変わることを知りました
 もっと歌が大好きになりました。
                       くるみより

 くるみさんと拓郎さんの絵が描いてあるが、拓郎さんが誰なんだ(笑)。10歳の時にこんな手紙書けないよ。鹿児島で、近所の一子ちゃんと相撲で投げられて泣いていたし、学校では下駄屋の女子に投げられて、宮崎先生におんぶされて帰りながら、ああ気持ちいいと思っている、鼻たれ、甘ったれだった。俺にも10歳の頃があったんだな。

 絵を観ても、拓郎さんはこんなおやじなんだな。この子から見ればこういうふうに見えているんだな。年貢の納め時だ。人間引き際がありそうだな。

 正直こういう世代がこれからの日本を作ってゆくんだな。こういう姿を観ていたいな。永遠に観ていたいな。くるみちゃんありがとう。これからもお芝居、歌にがんばって。これからながーい人生、いろんなことがあるよ。さんまさんに教わってね(笑)

◇今夜も自由気ままにやっていきましょう吉田拓郎のオールナイトニッポンゴールド

 <2曲かけて二つ目のイメージの詩にじわじわと泣けてきたという投書>
そういうメールがたくさん来ている。少女の歌声が人々の心に響いたのは確実。日常いつの間にか心を乱している僕等
 そういう証拠じゃないかな。僕らはシンプルに、疑いの心を少なくして生きていたい。心惑わす日常に疲れているんだ。そういうところに彼女の歌声が響いている。
 僕なんか久しぶりにいい胃薬にであったスッキリした気分。合わない胃薬でなく、バッチリあった胃薬みたい。そういうさわやかな風が吹いていった。
 僕らの心は疲れているんだよ。
<母の影響で聴いている、帰省できないけれどラジオを聴いて母と話し合う、私はアニメが好きで、エヴァンゲリオンあのシーンで感動した、佳代さんのかわいらしい声が好きという投書>
 先週は休んだな。あの時は料理が忙しかったかぼちゃの〜を作っていた(笑)
 アニメはあまり意識していないけれど実は縁がある吉田拓郎だ。
 “気持ちだよ”は「こちら亀有交番前派出所」だし、”今日までそして明日から”は「クレヨンしんちゃん」、”純”・・・大好きな曲だけど、「クロマティ高校」、”イメージの詩”は「漁港の肉子さん」だし、「シン・エヴァンゲリオン」では”人生を語らず”
こういう縁があるんだな。そうなんだ。そういう人生なんだ。これもやってきて良かったな。素敵な音楽人生になってきている。
 2019年で熱演し、原曲では徳武が素敵なギターを弾いている

M-1   純        吉田拓郎

◇CM

<49歳ママ、拓郎さんのライブ映像を観て、こんな世界があったんだ、 こんないい歌を歌ってたんだと感激している投書>
ずっと前からあったんだ、ずっと歌っていたんだよ、もうやめるんだよ、もう間に合わない(笑)
<奥様はU24 田中碧、三苫薫が好きだと言っておられましたが、先日アルゼンチン観に行ったところ、相馬勇紀がちょっとぽっちゃりしていてかわいいという投書のつづき>
 
 碧に薫、勝てないな。おばさんたちが多彩に目をつけているな。だから、おっさんも若い人たちに関心を持とう。昔ばっかり追っかけていないで、だてに酸素を吸っているんじゃない。光を放っている若者たちを観るようにしないさい。今観なきゃツマンナイ。

 この一か月で最高の出来事は照ノ富士の優勝だな。感動した。妻もキッチンで料理の時間だけれどオープンキッチンなので観ながら料理している。我が家ではテルちゃんといっているが、その立ち合いだけは観ていられないので勝負がついてから見る。緊張の毎日。いよいよ来場所は綱取りだからケガをしないでほしい。

 川崎フロンターレは強いな。田中碧、三苫薫が活躍している。

 我が家では、テルちゃん、田中、三苫だな(笑)

 野球の話だが、<今年から森下投手、茶髪に変わって驚いているが、奥様はどうですかという投書>
 実は、気になるみたい(笑) さかんに茶髪を観て「どうなのよ」と言ってる。やや、への字(笑)

 ウチの人は中日の根尾選手、出てくると「おっと」と言って観ている。忙しいね。
若いころの吉田拓郎みたいになっちゃったが口癖。

 僕は、英国ロイヤルバレエ団の「白鳥の湖」を観た。白鳥と黒鳥。高田茜、見たかな。こうやって平野亮一さんとかも世界的なステージで踊っている。で、僕は高田茜の大ファン、そしてフィギュアは紀平梨花の大ファン。とにかく若い男子と女子に目が細くなっている(笑)。

<ファンレターを34歳で書く、2006年つま恋がきっかけで拓郎さんの音楽が好きになり、神田共立も当日は最後尾、やさしい悪魔の迫力、人生を語らずの音圧が凄かった、 僕も拓郎さんの年齢まであと40年、ロックな人生を送りたいという投書>
 神田共立は、一生忘れられないステージだったな。あの狭さ、デビューの頃の一体感が懐かしかったし、打ち解けていた バンドもその夜のパーティで、なんでしょうね、なんか楽しかったですねと言っていた。
 フォーラムだと5000人、アリーナだともっとだけど、1000とか1500人だと楽しめるというのがあった。全国ツアーをやっていって、つま恋では5万人とかになって、なれていったけど、紀伊国屋ホール、安田生命ホール、厚生年金会館小ホール、 あと神田共立講堂には育てられたという気がする。当時の絵が浮かんでくる。

 ラストアルバムもタイトルは決まった。びっくりするタイトル。そして泣くかもしれない。ジャケットはラストシューティングになるだろうし田村仁ファミリーに頼むので、彼らとスタイリストの廣澤さんと合わせてリモートで会議をした。

 いろんなアーティストが来たり、アレンジャーも凄いのだけれど、目玉は、D.竹林さんの公開レコーディング。神田より小さい100〜200人を考えている。会場というよりパイプ椅子を置いてという感じかな。ラストレコーディングを観てほしい東京とか名古屋とか話している。その風景を目に焼き付けてほしいと思う。公開その人数をどうやって選ぶか、僕は内心では、ほくそんでいる、決めていることはある、2019年のDVDを持っている人にはわかるかな、そういう人に見もらいたい。
 ま、コロナがおさまってからだけれどね。今度ワクチンに行くんで不安だけれど、これは伝染らない、伝染さないためにも義務だよね。で、撮影の話で、  つま恋に行きたいね、今どうなっているのかと言ったら今度ロケハンしてくれるらしい。

 いろいろ企画はあって楽しめる。僕がこの世からいなくなってから追悼しても嬉しくないし、いらない。消えちゃったらしかたない。生きているときにどんだけ楽しくやれるか、充実した気分でいられるかだ。酸素を吸っているんだから。僕が天国に行ってるときにあれこれしゃべるヤツはろくなヤツじゃない。
 小田和正がボーカルをフォローして歌おうかと言ってくれている。嬉しかったな。どうしてもこの人とデュエットしたい若いアーティストがいる。この人に見合う曲を作れとディレクター言われている。いい曲作るから口説いてくれといっている。
次の曲は、母の約束で歌うのをやめた曲。でも今頃は母も、拓ちゃん楽しい音楽人生だったみたいだね。良かったね。 リクエストしようかと言っているかもしれない。この曲大嫌いって言ってるかもしれないけれど。1982年の日本武道館。 暴れん坊、酔っ払いバンド。

M-2 王様達のハイキング     吉田拓郎

◇アルバムの思い出
 先週の「ローリング30」のあと松本隆君から連絡があって拓郎に会いたいなと言ってくれたらしい。いずれコロナが収束したら松本くんをスタジオに読んでかつてのアイドルのこととかも含めていろいろ話したい。今月のアルバムは、1996年「感度良好波高し」。変なタイトルだけど。

 LAの名うてのミュージシャンと作った。ドラム・ラスカンケル、キーボード・クレイグ・ダーギー、ベース・リーランドスクラーとギター・マイケル・トンプソン

 それ以前に、ラスカンケル、クレイグ・ダーギー、リーランドスクラーとは、ナッソーのコンパスポイントスタジオ。ボブ・マーリィやローリング・ストーンズが使った「ロングタイムノーシー」スタジオセッションしていたので楽しいレコーディングだった。

 アレンジの半分は僕で半分は瀬尾一三に頼んだ。作詞は石原信一で当時付き合いがあったので、コンドミニアムを借り切ってみんなで現地でレコーディングした。
 ロックギタリストのワディ・ワクテルやアコースティックギター・フレッド・タケット、中でも当時有名なマイケルトンプソンという当時売れっ子のギタリストがいて瀬尾ちゃんが選んだ。素晴らしいギタリストで、デモテープをきかせたら「ナイスギター」といつてコピーしてくれて、さすが名うてで味付けをしてくれていいギターになった。このアルバムはそういうサウンドが売りだった。日本でなかなか出せない。

ベイサイド・バー。2014年、2016年と僕がトークでベイサイド・バー、僕がたまたま入った港のバーで常連客と話し込んでいる話をしてオオウケした。二人客と世間話しながら、「あれ?吉田拓郎さんですよね、どうしたんですか?」と尋ねられてツアーで来てふらりと入ってきたといって、ジン・トニックを頼む。しばらくして外へ出たら海からの風。夜空を見上げて石ころを蹴る・・・と言いう話。

◇11時
(佳代さんのコーナー)
 妻)みなさんお元気ですか、私は毎日大変だけど頑張ってます。平和になったら、欲しいものがいっぱいあります。高い洋服とか高い靴とかバックとか買いまーす。
 夫)はははは

 それで夜空を見上げるという他愛ないハナシは、石原信一のベイサイド・バーを彷彿とさせる。マイケル・トンプソンのプレイが素晴らしい。僕の作ったフレーズを弾いてくれた。石原信一の歌詞に関しては後でいろんなことをいいます

M-3  ベイサイド・バー  吉田拓郎

 みなさんもこういう体験ある人がいるかもしれない。自分の故郷を離れてみたいと思わなかったかい。違う町で暮らしてみたい。10代にはあったな。ウチは、母、姉、祖母の女系家族だったので高校3年くらいの頃、ずっとここにはいられないだろうなと思っていた。果てしない…決まりきった日常でなく、あてはないけど果てしない旅をしたいと思っていた。
 しかし出てはみたものの、そうはいかない、理想郷にたどり着けていない。この歌詞は体験したことはある。離れたいな違うところに行ってみたいな理想郷はなく現実的には今を生きている。瀬尾一三がアレンジしたけれど、ドラマチックで壮大なアレンジだ。瀬尾一三は、中島みゆき専属のプロデューサーでアレンジャーだと思うけれど、中島みゆきは時にドラマ仕立ての作品も多い。そういう中島みゆきの影響があめのかもしれない。もともとシンプルでボッブな感じのアレンジが得意だったのが、スケール感のある感じがうまくなっている。この曲も非常にドラマチックに出来上がっている。

 石原信一の詞は好感はもってるけれど不満ももっている。いいとこあるな、いいとみいってるよな・・・でも歌ってゆくと二番、三番で「惜しいな」(笑) と思うところが必ずある。不思議な事だけどそれが彼風なんだな。それかないと根本から違ってしまうのでだから言えない。ここちょっと惜しいという未完成形の作詞家。隙が多い。吉田拓郎にはあわないと思う。
 彼は日本的な和風な言葉使いが得意だ。演歌とか似合うのかな。付き合ってると楽しい。そうは言ってもこの詩はいい出来だ、だって吉田拓郎のメロディーがついたから。いい仕上がり。でもみんな歌詞はあまり聴いちゃいないだろう。歌っていて三番あたりはどうかなという気になる。作詞の目のつけどころは10代の頃の違う世界に行きたいという気持ちをとらえている。

M-4 遥かなる  吉田拓郎

 作詞家石原信一はバハマにも同行したし、最初「夕映え」という詞が面白いなと思った。ところがこの石原さん、瀬尾ちゃんの最も苦手なタイプだった。瀬尾さんは自分をおばさんだと思っている。ショッピングも好きであれこれ買いだめする。僕もTシャツ、ジーンズも何十枚も買って自分はおばさんだからだと思っている。おばさんが苦手なおやじが石原信一なんだ。LAのコンドミニアムの生活でミスキャストぶりがはっきりした。日本人ばっかだった全員でパーティというか持ち寄りの飲み会で和気藹々と過ごしていた。そこにお酒が回ってきた。石原さんは酔うと真っ赤になるが、顔赤くして、みなさん気分がいいので歌っていいですかといったので、みんな、勝手にすりゃいいじゃんという感じだった。ギターを出してきて弾き語りで♪淋しさのつれづれに〜「心もよう」を歌い始める。
 ここからドラマが始まる。「その曲かよ」「場が場だよ」。吉田拓郎がLAにいるのに、選曲それかよ。で、唄もうまいし、かまわずずっと歌っている。だんだん曲が進んでゆくとご本人は気持ちが高ぶって涙というか目頭が熱くなっている。
 瀬尾ちゃんがその熱唱ぶりにしらけた。歌が終わると拍手でなくて全員で「なんでその曲なんだ、ここをどこだと思ってんだよ、空気が違うだろ」と言われ始めた。僕としてはおさめたのですが、それ以来瀬尾さんが石原さんと口をきかなくなった(笑)。それからお付き合いがなくなった。いろいろ作詞家として賞をおとりにもなられたけど個人的なお付き合いがなくなった。お付き合いがなくなった人がいる。それでも楽しい思い出。

 僕の曲にはツーコードというパターンがある。ペニーレインでバーボンはGとEm、春だったねだとDとEm。この曲は、AとF♯mのツーコードでメロディーがいろいろ展開していく。典型的なR&B。FromTにも入っている。デモテープのまんまコピーしてくれた。

M-5 心のままに    吉田拓郎

◇CM
 最近なって思う。僕の曲の中でこの一曲は今は歌わないな。自分らしくない曲がある。若い・・・というか勘違いしているな。その曲を当ててもらう。絶対に歌わない、嫌いな曲。ハワイのカマカの6弦ウクレレ(実演) ボディにスリ傷もあって年季ものだ。応募が600通あって、正解者がいました10人。妥当かな。

<"結婚しようよ" という投書>
 これは好きとか嫌いとか言っちゃいけない。加藤和彦という才能との出会い。これが松任谷正隆を連れてきて、石川鷹彦・・・はこの時ではないけれど、いろんな才能あるミュージシャンとのセッションが始まる。これは加藤和彦の作ってくれたもので貴重なレコーディングだった。こういう大切な音楽人生のこういういきさつは好き嫌いのジャンルではないよ。ジャンルにいれちゃいけない。

<"いつか夜の雨が" 鳥山さんのギターカッコ良かったけど という投書>
 今でも大好きだってば。(ウクレレで歌う)ブッカーというリズム&アンドブルースマンがレゲエでアレンジしてくれた。あのシャングリラのレコーディングはトラブルが多かったし、ミュージシャンとの接し方がトウシロだった。体験しては勉強になった。その後のバハマに繋がってゆき、ミュージシャンとの付き合い方がわかり仲良くなった。この曲はいい。

<"旅の宿"  拓郎さんを知らない古い人のイメージという投書>
 違います。大ヒットしたときに自分じゃ当然だと思っていた。当時、レコーディング前に、♪浴衣の君はススキのかんざしって〜パック・イン・ミュージックでも紹介したら大反響だった。岡本さおみの珠玉の詞。これとか襟裳岬とかルームライトとかは素晴らしいと思っている。業界ではレコーディング前から評判になっていたし、ソニーでも絶対売れると太鼓判である。
 石川鷹彦とスタジオに二人だけで作った。それでよくこんなのできるなと言われた。石川さんがいかにテクニックが凄いか、ギターやエレキべースも弾いている。石川鷹彦のアレンジとかプレイが素晴らしい。俺もギターとかハーモニカとか。吉田拓郎はアレンジ力があったと断言できる。若い才能の共鳴がこれをつくりあげた。嫌いになったらバチがあたる。

<"海を泳ぐ男" という投書>
 ♪さようならさようなら〜。これは人生は自由に生きていいんだよ、自由に泳ぐ魚の唄だ。いつまでもこだわらないで自由に生きようという唄。僕らは自由に泳ぎ魚なんだ。いい詞じゃないか。
 歴代の中で最も俺を理解していたドラマー。第一人者。「吉田町の唄」「NHK101」とかもやってくれた”がっちゃん”こと今泉正義。これでも石川鷹彦は、スライドギターにフラマン被せようかと提案してくれた。最高に気に入っている。この曲は、Ipodから外したことはない。もし今度歌うとしたら一番にリストアップする。正解は10通だった。

■エンディング
 映画「サタデーナイト・フィーバー」は観たでしょうね。ディスコブームの火付け役、ジョン・トラボルタの主人公は田舎くさいけど刺激的だった。僕も毎晩のように六本木のディスコに、今は天国に遊びに行っているかまやつさんと一緒に行った。よく遊んだ。あと、この方も天国に遊びに行っている安井かずみ。彼女に連れて行ってもらった川口アパートは高級プール付きで憧れだった。そこで朝まで飲んだり、コシノジュンコや加賀まりことも遊んだ。
 原宿はどこか固い。フォークソングとかそういう感じでいたのを、かまやつひろしが連れ出してくれた。フォークと違ってグルーブサウンズ関係は、遊び人がいっぱいいた。かまやさんは特に遊ぶわけではないけれどフリーランスな感じで、スタンスが自由で固くない。そこに気が合って、原宿から六本木がメインになった。

 ディスコをどうとらえるか。これは若い社交の場だ。ナンパ目的とか不純な交友とかいうけれど、ここに行ったことがないともしかしたら人生観が違うかもしれない、そういう素敵な場所だと思う。大音響の音楽の中で踊っている最中に我を忘れる、嫌なことを忘れる。青春が宿っていたな。かまやつさんとの思い出は有意義だった。若者にとっての特権だった。日常を大切にするなら非日常になれる場所も大切なんだ。

 次回は7月9日

☆☆☆☆思いつきと感想☆☆☆
☆グドカンの何のドラマを観ているのだろうか。知りたい。夕食の用意でコーナーが飛んだり、完全に吉田家の日常の暮らしの中に溶け込んでしまっている番組だな。スタジオで収録してほしいという意見もわかるが、これはこれでどこまで暮らしの中に溶けてゆくのか貴重な実験のようで面白い。

☆読み上げられた10歳の少女の手紙に眩暈がしたのだが、心が汚れている私は触らぬ神に祟りなし。何も言うまい。とにかく若い人たちの世の中を大切に見つめることを胸に刻む。

☆若い人たちの輝きを見つめたい。それは本当にそう思う。以前に俺も吉田拓郎ばっかり聴いているのではなく、もっと若い世代の音楽を聴こうと思って、浜田省吾を聴き始めたことを思い出した(爆)。若いミュージシャンというとどうしても浜省とか甲斐よしひろが浮かびませんか。♪さようなら、さようなら〜なのは俺だ。

☆純はいいな。何度かあきらめたにもかかわらず、よく2019年のステージで歌ってくれたと思う。

☆ロイヤルをご覧になっているのか。スポーツに限らず、バレエも体型的にハンデを負った日本人が世界の舞台で活躍することは並大抵のことてはない。だからこそヨーロッパの彼らと肩を並べることの誇りのようなものをひとしお感ずる。バレエに詳しいわけではないが、私とこのサイトはとあることでヨーロッパのバレエ団を密かに深く応援し支援している。すべての道は拓郎に通じる。ああ、ステージの最後で吉田拓郎のReverence
もう一度観たい。

☆そうか、ラストアルバムのタイトルが決まったのか。泣くかもしれないのか。どんなタイトるなのか。

☆公開録音参加者をどうするかについて、「内心ほくそえんでいる」、「最後のDVD」、ああどうせ、あの悪夢の「アイ・ライク・ユー」的なものが復活するのだな。俺はもうダメだ。
☆最後のレコーディングを目に焼き付けたい。だったら100人とはいわずに。勢いで木を切ってしまった代々木公園あたり、いや全国各地でPVとかしてくれないか。

☆感度良好の話は良かったな。全体にカッコイイよなこのアルバムは。

☆Uramadoのベイサイド・バーのタイトルが昨夜の話にピッタリで、http://tylife.jp/uramado/baysidebar.html 聴きながら知人に凄いだろと思わずメールしたら、翌日、はいはいそうですねという返事が来た(爆)。すまん。確かになにが凄いんだろう。

☆石原信一は大好きなので、今日の話は面白くも、ちょっと切なかった。歌っていながら途中で「惜しい」と思う・・・って拓郎、自分はどうなんだ(爆)。しかし、吉田拓郎と瀬尾一三の前でへーきで歌を、しかも陽水を歌ってしまうのは完全にアウトだな。

☆「天国に遊びに行っている」と何度か言っていたね。悲壮感がなくて、なんかいつかまた会えるようなニュアンスがあっていいなと思った。

☆「海を泳ぐ男」のこと、また今泉正義さんのことをそんなふうに思っていると知り得たのは貴重だ。♪さようなら、さようなら〜を歌わせたことも含めてパピー星人さんGJ。
 それにしても「海を泳ぐ男」にしても「純」にしても、そんなに好きならなんで「天国の7曲」にいれなかった。私の敗因は「純」「海を泳ぐ男」にこだわったためである。と今さら言い訳してもしょうがないな。

☆石川鷹彦さんも参加できればどんなにか素敵だろう、そんな思いが行間に滲んでいた。

☆人生が変わる。それは六本木の高級ディスコだったからではないか。学生時代に新宿のニューヨーク・ニューヨークとかに通ったことがあるが、別になんも人生変わんなかったぞ。日常の中の非日常。我を忘れる瞬間。それが俺には「吉田拓郎のライブ」だったんだよ。だから今、俺たちにゃ。この世からすべてのディスコが消えるくらいの出来事なのだよ、あらためて言えば。

☆今日の学び☆
 すべては本人の才能と魅力あればこそだろうが、それでも吉田拓郎という才能を見つけて、広い世界に連れ出してくれた偉人加藤和彦、かまやつひろし、安井かずみ。でもだからといって天国には遊びに行かないで。連れても行かないでね。

2021. 6. 10

☆それでいい、それがいい☆
 「私もどれだけリクエストハガキを書いたことでしょうか」という同志のファンの方の言葉が嬉しい。いたか。一人いるということは1000人はいる。根拠はないが絶対いる。

 必ずレコードを買う、せっせとリクエストを書く、そしてヒット・チャートにキチンとやきもきする。別に自慢でも正義でも善行でもない。ただひたすら個人の楽しみだ。
 その方がいう。まだ「ラストアルバム」のチャートがありますよ。おおそうだな。どうすりゃいいのかわからないけど、買って、聴いて、どっかにリクエストして、そしてやきもきする。楽しんで楽しんでそれで、われらが青春の楽しみの打ち止めである。

2021. 6. 9

☆ラジオCMといえば☆
”もうすぐ帰るよ”のラジオCMを思い出した。

 女の子の声)「もしもし、ワタシ今駅だけどもうすぐ帰るね」
 ♪もうすぐぅ帰るよ、僕はぁ少し疲れて〜
 アナウンサー) 帰って来た拓郎節。吉田拓郎ニューシングル”もうすぐ帰るよ”

 帰って来たって、どこかに行ってたのか拓郎節。これは若気の至りでなく、今思い返しても切ないCMだ。

 手持ちのORICONの本だと、となりの町のお嬢さん、明日に向って走れ、たえこMY LOVE とヒット・チャートをそこそこ快進撃していたが、このシングルで一気に失速する。そこから長い長いシングル氷河期時代が始まるのだ。ラジオの電リクにせっせと偽造ハガキを書いて送らざるを得なかった時とも重なる。何の効果もなかったが。

 もちろん今にしてみれば売上枚数もヒットも関係ない。要は音楽そのものだ。後にLIFEのリミックスでハーモニカの音が出てきたときは、おおっそこまで作りこんであったのかと嬉しかったし、15年後にようやく観られたプロモーションビデオは貴重だし感激した。B面のVoiceもちゃんと現代に蘇生した。
 それに ”もうすぐ帰るよ”よりもっと売れなかった”流星”がこうして名曲として残っているじゃないか。
 
 余計なことだが、ファンだけれど新作レコード特にシングルは買わない派とでもいうべき人々がたくさんいるのだと肌で分かった。もちろん買ったから偉いとか、買わないからどうだこうだという資格は俺にはない。

 しかし私個人としては、発売日をジリジリと待ち焦がれて、これは売れるだろうか、ああ今回もダメだったか、シングルカットはこっちが良かったんじゃないかetc、一喜一憂、いや一悲一憂しながら氷河の上を歩いてきたファンには、知らない人だろうが、合わない人だろうが、とにかくどんな人であろうと、ムネアツの共感を感じるのだ。

2021. 6. 8

☆昔のラジオスポット☆
 「我が家」のメロディー確認のためもあってアルバム”明日に向って走れ”を最近よく聴いている。ふと発売当時のラジオCMを思い出した。

 ♪流れる雲を追いかけながら〜本当のことを話してみたい
  楽な気分にしてくれる12曲、吉田拓郎ニューアルバム「明日に向って走れ」発売中。

 超名盤”今はまだ人生を語らず”の次のアルバムで、しかもフォーライフレコード設立第1弾だぜ。なーにが「楽な気分」だよ、楽なLP作ってんじゃないよ!と中学生の俺は吠えていた。このあたりは富澤一誠と同じだ。こうして今になってみると、身を削るような魂の名盤を思う時、自分の無明がちょっと申し訳なくなる。しかしだからといってお詫びするのも違うな。
 若気の至りと老境の美化との間を行ったり来たりさすらっても。

2021. 6. 7

☆永遠の未完☆
 “アゲイン”て歌はちょっと異色な気がしてさ。普通の拓郎の歌は、気持ちや情景をガッツリと描き出してゆくけれど、”アゲイン”は、なんかスカスカだ。どんなことでも聴かせてとスカスカの器を差し出してくる。あなたの思うことや心の中にある情景をこの中に入れてみて。ホラいいでしょう、きれいでしょう、僕らは今も自由のままなんだよ、と語りかけてくれるような気がする。脳内走馬灯作成キットのような歌。>意味わかんねぇよ。

2021. 6. 6

☆久々の客席☆
 老母のワクチン接種に付き添った。会場の市民公会堂はご高齢の接種者で賑わっており、医療関係・設営者側も総力戦という空気を感じた。

 公会堂の客席でしばらく待機してなくてはならない。一人で来ている方、ご夫婦の方、家族が付き添っている方、さまざまだ。高齢者だけに家族付添人も俺を含めてそれなりの高齢だ。そんな客席に座っていると、あれ、なんか全体にいつも座っている客席の景色と同じじゃないか(爆)。客層がほぼ同じ年齢感だ。そのせいかしみじみとした気分になった。
 i-Podで”From T”を聴いていて、”アゲイン”差し掛かるとメチャメチャしみた。人生の諸先輩方には超失礼かもしれないが映画のようだった。

 若かったころの事をきかせて
 どんな事でも覚えてるなら
 思い出たちはすげなく消える
 ・・・・・・・・
 時がやさしく切なく流れ
 そっとこのまま振り返るなら
 僕等は今も自由のままだ

 拓郎はもう接種されたのだろうか。打たれる方、打たれない方、ともかくお大事になさってください。早く集団免疫とやらが達成できますように。医療、運営周りの方々も大変でしょうがお願いします。
 俺の接種は未定でたぶん遥か遠くだが、とにかく母の一回目は終わったので、あともう一回だ。アゲ〜ン、アゲ〜ン、もう一度ぉぉ。

2021. 6. 5

☆古いメロディー☆
 20歳の頃、付き合っていた彼女に何枚か拓郎のアルバムを聴かせた。その後で何が一番好きかと尋ねたら意外にも彼女は"我が家"という答えだった。僕も大好きな曲だよと答えたら、その場で歌ってみてと言われたのだった。もちろんその場でアカペラで歌った。

 ♪風は緑の中で
  夢を誘うがごとく
  川の流れはゆるぅく

 「え、違うよ」と彼女はハッキリ言った。「そんなメロディーじゃないよ」…歌いながら俺もこんなメロディーじゃないとわかっていた。しかし何回歌い直しても違った。ホラ、坂崎幸之助が音痴が歌う"五番街のマリー"というネタがあるけど、あれそのままで音程がしっかり外れていた。
 「ほんとに好きな曲なの?」とまで言われてえらく悲しかった。ほんとに音程が取れない。そりゃ俺は音程よくないけどさ。結局彼女とはそれが理由ではないけど別れた。
 これを読んている方、今、歌ってみて。この出だしのメロディーはもちろん音感のある人は歌えるのだろうが、でも難しくないかい? 今歌ってみても相当に危うい。でも本当に好きな曲なのだよ。
 

2021. 6. 4

☆男達の詩☆
 リズム&ドラムマガジン4月号の島村英二インタビューで今でも尊敬するドラマーとしてスティーブ・ガッドのことが語られる。これを読んで40年前の拓郎のインタビューにスリップした。ギターブック1982年8月号別冊。王様達のハイキング絶頂期の頃だ。
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 いいね。ミュージシャンのことちゃんとわかっているし、そういうところを大切に思ってくれている。たまらないんだろうな。拓郎さんそういうあなたがいいな。ベースはチー坊・武部秀明さんね。

2021. 6. 3

☆悲しい気持ちで☆
 オリンピックやコロナの件で陰に隠れがちだけれど、愛知の署名偽造の事件はかなりショックだ。
 35万人分もの署名を偽造して、地方自治体とはいえ政権転覆を謀る、もうやってることが「死ね死ね団」である。死ね死ね団…、ああ、もうわかってくださる方だけでいい。とにかく目的に理があるかどうか、そんなこと以前にアウトだ。実に震撼させられる。

 こんな事とんでもねぇぞと怒りながら、かつて拓郎のラジオのエピキュラスの公開放送のためにものすげーたくさんの名前使って応募ハガキを書いたり、文化放送でやってた「小川哲哉の決定!全日本歌謡選抜」で電リクの順位を上げるために「舞姫」「流星」「春を待つ手紙」あたりで偽造リクエストを書きまくった過去を思い出し、なんか後ろ暗い。人に何が言える、黙ってうつむけよ!、と拓郎が脳内で歌っている。

 しかし、いろいろあってもそれはそれ、とにかく発覚した途端、みんなが知らぬ存ぜぬになって徹底究明もなされそうにない。そんなことも含めて心の底から恐ろしい事件だとつくづく俺は思う。用心しろよ、用心しろよ、そのうち君も狙われる。

2021. 6. 2

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☆リズム&ドラム・マガジン 2021年4月号☆
 バックナンバーだけどネットですぐに買えた。島村英二インタビュー。読み応えアリ。ドラマー島村英二の大河ドラマのような歴史がわかる。歴史をちゃんと理解しているこのインタビュアーがまたいい。拓郎でいえば昔の雑誌「すばる」の重松清のインタビューみたいに押せば命の泉湧く浪越なツボを押しまくる。

 あらためてご活躍の超絶な幅広さに唸る。あれもこれもそれもどれも、みんな島ちゃんだったのか。私たちの心臓の鼓動と心拍数は、島ちゃんのビートで出来ていると言っても過言ではない。

 この手のインタビューで拓郎のことが出てくるかな〜と期待して読んでいたら、全く出てこないか、せいぜい1行くらいで簡単にすまされていることってよくありませんか? そこは島村英二、ちゃんとしっかり出てきます。
 「彼は1つのアルバムにいろんな景色を見ていて、その1つ1つを凄く丁寧に作っていくんですよ。それが最終的に”拓郎の音楽”として1枚のアルバムにまとまっているんだよね。」
 …嬉しくなる言葉、多数あり。

 嬉しくなって今日は朝から大瀧詠一の「快盗ルビイ」を聴いている>そっちかよ!

2021. 6. 1

☆吉田拓郎が二度と歌いたくない歌☆
 昨夜拓郎ファンの方とメールでの会話で、その方が考えた「吉田拓郎が二度と歌いたくない歌」を聴いて思わず膝を叩いた。それだ!その方の理由もとても説得的で、拓郎が笑いながら正解発表する様子が目に浮かぶようだった。お見事と言いたくなる。そんなセンスを感じた。それに比べて俺の応募した回答はあまりにチンプな、チンプジャーナルだったな。また負け戦だったな…と「七人の侍」の志村喬になりきって呟いた(爆)。まだ番組に送っていないとのことだけど、是非応募すべきですよ。
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2021. 5. 31

☆愛と平和の祭典☆
 私の数少ない拓郎仲間の方々から元気と気づきをいただいた。ありがとう。それをきっかけにLive73yearsの特集号の会報を引っ張り出して久々に眺めてみる。全国から集まった参加者の方々の言葉と笑顔の写真を観てガラにもなくしみじみとする。ああ良かったなぁ。
 今はオリンピックが喫緊の大問題だが、私達もコロナのおかげで、それぞれの生涯をかけた大切な祭典を失ったのだ。もともと比べるものではないが、向こうがどんなに世界と歴史とついでに経済を背負おうとも、こっちの私達の喪失が小さかったなどとは言わせないぜ。
 2019年にあのとき会場で幸せに笑っていた人は今も笑っているんです…というオダギリジョーの法則をあてはめてみる。うう、月曜から独酌で深酒だ。

2021. 5. 30

☆…流れてゆく☆

 父親のことは2曲も歌にしたけれど、母親のことは…と拓郎は言っていた。でも1曲だけちょっとあるよね。

  おふくろが死んだ 
  今日は朝から突然の嵐
  今日より悲しかった1日というのは
  確かにあったはず
           (「流れ流され」)

 あまりに深くて広すぎる行間。なので深堀にしようにもできない。この行間が今度いよいよ歌になるのか。

 “流れ流され”地味だけれど侮れない。>侮っていたのかよ。このテンポが実に心地よい。テーマ的にはたぶんドラマチックな”車を降りた瞬間から”の方に昇華してしまった感じがしなくもないが、この曲はこの曲で必要だと思う。”気持ちの良すぎる居心地悪さにこだわりつづけてる”…いいじゃないか。

 “流れ流され”と”車を降りた瞬間から”〜悲喜こもごも押し流してゆく急流のようなテンポの2曲を聴いていると、流しそうめんを思い出す。そうだ、人生は流しそうめんみたいなものだとの思わないか。早すぎてなかなかうまくすくえなかったり、上流と下流のかけひきとか(爆)。"見つめ直したり考えこんだり"している時間がなかなかないのだ。

2021. 5. 29

☆王様たちの夜とハイキング☆
 フォーライフレコードの設立は中学生にも大事件だった。フォーライフの第一弾のアルバム「ライブ☆泉谷」の発売は拓郎ファンの俺達にも忘れられない出来事だった。
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拓郎「”ライブ泉谷”星印。遠藤賢司のデザインです。ジャケットは見開きになっていましてそれを開けるとそこになんとああ怖い(笑)」
泉谷「なんだよ、テメー(笑)」
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 こんな和気あいあいのラジオのカセット録音を昼休みに教室で聴きながら俺達もみんなで笑っていた。

 こういう昔の何でもない話をするのはなんとなく気が引けるところもある。特に吉田さんは昔の話をするファンが嫌いそうだからかもしれない。

 ところで最近、気に入ってるドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」で、子どもの頃からの親友を突然亡くした主人公にオダギリ・ジョーがこんな趣旨のことを語りかける。

 “幼馴染ということは10歳の彼女も20歳の彼女も30歳の彼女も知ってるわけですね。時間は現在だけじゃないし。過ぎ去って消えてしまうものでもなく、いろんな場所みたいなところにあるものだと思うんです。10歳の彼女が笑っていたとしたらそれは今も笑っているし、5歳の時に手をつないでいたとしたら今もつないでいるんです。今からだって思いを感じたり伝えることはできるんです。だから人にはやり残したことなんかないんです。
 大切なルールは、死んだ人をかわいそうと思わない、生きている人は幸せに生きようとすることだけです。”

 フォーライフもその後も幸せとはいえないいろんなことがあったし、とうに昔のお話だ。けれど拓郎と泉谷が”ライブ泉谷”の発売で盛り上がっていて、それを聴いて俺達も大笑いしていた幸せな空気も消えてしまった昔ではなく、どこかの場所で今も拓郎も泉谷も俺達も笑ってるんだよと思うと…なんかとても気が楽だ。いろんなシーンすべてがそうだ。過ぎて消えてしまったのではなく、あちこちの場所に散らばっただけで、どこかで今も一緒に生きている。
 ジジババになるといろんな場所が増えて増えて大変だが、そこがまぁ年寄りの特権てやつで楽しみが多いのかと。そらまあツライことも多いけど。楽しんでいまいりましょうと思うのだった。

2021. 5. 28

☆夢を見させてくれたんだ☆
 “となりの町のお嬢さん”を聴くと中学2年の教室にトリップする。4組の教室だ。>知らねーよ。期待のフォーライフレコード第一弾シングルをみんなで大騒ぎして迎えたものだ。またかなりヒットしたから気分も良かったのよ。
 A面が”となりの町のお嬢さん”、B面が”流れる”というこの陽と陰、表と裏、口語体と文語体、おバカとインテリ(爆) というまさに対極のカップリング。対極だが違和感などひとつも感じない。この対極をどちらも懐深く包み込んで吉田拓郎はあったのだ。

 それと当時は考えなかったけれどクレジットに「編曲 松任谷正隆」と明記されたのはこれが初めてだよね。編曲のクレジット自体、拓郎のレコードでは初めてじゃない? 松任谷正隆に対する敬意、のみならずすべての編曲家に対する敬意のあらわれであろうと思われる。拓郎のそういうところっていい。たぶんすごくいい。

2021. 5. 27

☆月に届くほどもっと愛されたいなら☆
月食&スーパームーンは見えましたか。私は空を見上げて「ダメだ、雲が厚くてネビュラ、いや月が見えない」と蒲生譲二のように残念がった。>誰だよ。

 月の歌グランプリはこの歌を忘れていた

  長い髪は夜露に濡れて
  蒼い月が
  可愛い人のエクボの上でゆれてるよ

 …これもいい。というかこっちの方がいい。ということでグランプリは東京都在住の吉田拓郎さんの”となりの町のお嬢さん”とさせていただきます。松本隆さん残念でした。>何様だ、失礼なヤツだよな。
 "となりの町のお嬢さん"にあやかって泉谷しげるが"となりの町のおじさん"っていう本を出版した記憶があるのだが、どこにも記録がない。記憶違いか、それともなかったことになっているのか。どっちでもいいといえばいいのだが。

2021. 5. 26

☆ああそれでも月は輝いて☆
 スーパームーンと皆既月食が同時に起こるって凄いな。つま恋と篠島を同時にやるくらい凄いんじゃねぇか>いみふ。「月」ということで今日は移動時間にi-Podで勝手に月の歌グランプリ吉田編を開催していた。見事グランプリは

   月の灯りを絵筆でといて
   君は薄絹ひもといてゆく

 神戸市在住の松本隆さん"まるで大理石のように"に決定。う〜んウマいなぁ。男の心を操る糸をそう生まれつき知ってるんだな。風街帝国恐るべし。年々好きになってゆくこの歌である。
 ……今夜月は観られるでしょうか。

2021. 5. 25

☆浜田省吾といえば☆
 「どんな名優も子役と動物にはかなわない」という諺はそのとおりかもしれないが、それでも浜田省吾の"イメージの詩"のカバーの素晴らしさと心意気を忘れないでいようと思った。たぶん終生聴くのはこっちだ。愛奴でバックをしていた時"イメージの詩"を叩きながらステージで寝てしまったという本人談話も忘れてはならないが(爆)

2021. 5. 24

☆初夏の頃☆
 ボブ・ディランのドキュメンタリー“No Direction Home”で、ザ・バンドを抜擢した理由は、当時ライブでエレキを弾くディランに過激なフォークファンから不穏な”帰れコール”を浴びせていたので、屈強なボディガードとしてのバンドが必要だったということだった。
 愛奴が拓郎のバックバンドについてツアーをしているとき、鹿児島でさる筋の怖い人たちと大乱闘になった「鹿児島の夜」事件というのがあったと浜田省吾が語っていた。ものすげー大立ち回りだったみたいだ。拓郎を守って乱闘した愛奴。やはりもうそれだけで日本のザ・バンドなのだ。

 えーと曲です>誰のつもりだよ。今日は浜田省吾=愛奴で”初夏の頃”。愛奴と浜省でちょっと詞が違ってる。ああ確か去年は来年の初夏の頃を楽しみにしていたよな・…って詮無いことを思う。♪昨日までのことがまるで夢のように遠い…いい歌だな。
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2021. 5. 23

☆合宿の詩☆
 「コントが始まる」は、高校の同級生三人組のコント芸人が10年間売れずにとうとう解散・引退を考えざるを得なくなるというドラマだ。男三人の合宿というと中村雅俊の「俺たちの旅」が浮かぶが、年齢的にもどん詰まりでもっと悲壮な状況だ。
 俺もかつて、資格取得を目指す仲間三人とアパートの一室で悲惨な合宿生活をしていたことがあった。三人とも試験に落ち続けたまま20代が終わりそうで、いつあきらめるか悩んでいた。世間はバブルで周囲は華やかに浮き立つ中、近所のスーパーの見切品の弁当を食べながら三人で毎日‘’過去問‘’の山をひたすら解いていた。だからこのドラマは身につまされるったらありゃしない。

 そして男三人の合宿といえば伝説の吉田拓郎とミニバンドの合宿である(「新譜ジャーナル よしだ・たくろうの世界」、「誰も知らなかったよしだ拓郎」)。あの堀之内ハウジングでの三人の合宿、アジの開きとプロレスとベッドの取り合いそしてそこにいつもある音楽たち、その風景には憧れたものだ。最近の拓郎の述懐では、もうあきらめて東京を引き揚げようかという時期だったともいう。拓郎なりにどんづまりだったんだな。しかし俺は悲惨な合宿で辛くなるとこの拓郎とミニバンドの合宿を思い出しては自分を吉田拓郎に重ねて元気づけていた(爆)。…そして今はドラマを観ながら当時の自分を菅田将暉に重ね合わせて、もう彼のことが他人のような気がしない(爆爆)。

 とはいえしょせんは一般Pだ。俺たちの進路は別れたものの三人とも普通のおじさんとしてとして似たり寄ったりで生きてきた。当時の合宿場所は、田町駅の近くの安アパートだったが、時々贅沢して三人で近所の安くて量の多いラーメン屋に行くのだけが楽しみだった。無口なおじさんとやさしいおかみさんがやっているカウンターだけの小さなラーメン屋だった。ずっと後になって、そのラーメン屋を都内のあちこちで見かけるようになって驚いた。俺達が通っていたのは今や知る人ぞ知る「ラーメン二郎」の創業店だったのね。ということで俺たちの合宿関係で一番出世したのはラーメン屋のおじさんだった。すげーな、おやじさん。”小豚ダブル野菜辛めニンニク”。呪文のように唱えてみる。少し泣きたくなる、ちょっと切なくなる。…いや違うか、みんな夢追う風になれ、だ。

2021. 5. 22

☆エヴァンゲリオンの夢U☆
 吉田拓郎はエヴァンゲリオンの序・破・Qそしてシンをどう観るのだろうか。いや断じて上から目線で言ってるんじゃない。オイラは難解すぎてさっぱりわからなくて悲しかったからだ。人類創生までさかのぼるアダムスとリリス、起こるたびに世界が破滅してゆくインパクト、ロンギヌスの槍とカシウスの槍、ああわからん。拓郎はどう観るのか。
 意外にスパッと理解して明快に解説してくれたりしないか。例えば、四体のアダムスがビートルズでリリスがボブ・ディラン、いや四体のアダムスがはっぴいえんどで、リリスが吉田拓郎、セカンドインパクトが中津川で、サードインパクトがつま恋、二本の槍はJ45とテレキャスターだとか。>テキトーなこと言ってんじゃねーよ。すまん。

 おじさにんは今はドラマ「コントが始まる」が胸にしみる。拓郎に顔が似てるあの女の娘が主題歌を歌って、拓郎のマークUを歌ったあの青年が主演だ。共演の神木隆之介、仲野太賀もいい。桐島で知って以来、仲野は作品ごとにどんどん良くなるな。
 ドラマを観ながら大昔の自分のどんづまりの男三人の悲壮な合宿生活を思い出す。あれは俺も28、行きどまりの路地裏で。

2021. 5. 21

☆男の交差点☆
 森山良子さんが、田村正和さんの追悼で「男たちによろしく」の台本の写真をUPされていた。気持ちがちょっと重なったみたいで泣けた。このドラマで共演した泉谷しげるがやはり追悼インタビューで、ロケ弁が不味いと文句を言ってたら、正和さんから「出されたものをありがたく黙って食べろ」と怒られて怖かったと語っていた。もっと怒られりゃあ良かったのに(爆)。

 華やかなスターのイメージとは裏腹に、家にいるのが好きで、家で奥さんと話す時間が何よりたいせつだというご本人の生前の談話を聴くと…なんか浮かぶよね。

2021. 5. 20

☆すべては流れる時にのり☆
 1983年の今日は武道館で、初めて”マラソン”を聴いた日。一曲目が”イメージの詩”だった日。三曲目で”アジアの片隅で”を唄ってしまった日、拓郎が上半身裸になった日。いろいろあるが、初めて聴いた新曲”今夜も君をこの胸に”がラストナンバー=フィナーレになった、そういう日でもある。
 たゆとうような♪今夜も君をこの胸に〜のリフレイン。ライブの最後は、アジアや落陽など熱狂=燃焼系だと思い込んでいたので、なんだ、この軟弱な最後はと怒ったものだ。それから36年後、2019年のラストライブの”今夜も君をこの胸に”の出色のフィナーレに涙ぐんでいた。ラブソングでしめくくられるライブ、すんばらしいじゃないか。昔さんざん悪口を言った歌なのに、この歌も拓郎も俺に仕返しも復讐もせずにひたすらやさしく包んでくれた。ああこのリフレインをずっと聴いていたいと思ったものだ。大人になるまでずいぶん時間がかかったということで許しとくれ。

 1983年といえば、いま観たい田村正和のドラマはこの年の夏の「夏に恋する女たち」だ。あれは憧れたな。

2021. 5. 19

☆男たちによろしく☆

田村正和さんご逝去。悲しい。

あの美しい立ち姿。何の力も入れずにただ立っているだけ、男らしさとか鍛えるとかいう作為とは全く無縁の自然なたたずまいがそれだけで美しかった。深い行間があった。ああいう美しい自然な立ち姿ができるのは田村正和と吉田拓郎だけだと私は信じている。二人は似ているし通底していると私も思う。たぶん森下愛子さんならおわかりだろう。生涯ラブストーリーを演じたところと生涯ラブソングを歌わんとするところも似ている。
 どのドラマ・映画が良かったかとことん話したい気もするが、それはまたいつかどこかで。

 安らかにおやすみください。阪妻さんも高廣さんもきっとお待ちかねでしょう。

 とにかくみなさんすべからくみなさんお元気でいてください。
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2021. 5. 18

☆あなたも狼に☆
 「狼のブルース」はそんなに好きな曲じゃないけれど、79年篠島のビデオで「朝までやるぜ」に続くこのバージョンは別だ。怒涛のスピード感、疾走感、たまんねぇ。あらゆる狼のブルースが一斉にドラッグレースをしたらコレが一番速いのではないかと思う。「ローリング30」所収の原曲は久々に聴いたけど意外とゆっくりだったね。

2021. 5. 17

☆6月になれば夜空の星達を肩よせて見上げよう☆
 ずいぶん久しぶりに思い出した一節。
"でも、それ以上に大切なのは、それがほんものの星かどうかより、たったいま誰かが自分のとなりにいて、自分とおなじものを見て喜んでいると、こころから信じられることだ。そんな相手が、この世にいてくれるってことだよ"(いしいしんじ著「プラネタリウムのふたご」)
 んーまぁそういうことだ。よくわかんないけどそういことなのだ。切羽詰まるのはやめようと思うのだった。

2021. 5. 16

☆身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ☆
 俺も明石家さんまには心の底から感謝している。忘れもしないLOVE2の第3回。アウェーに置かれたお地蔵様状態の拓郎だったが、さんまがまだ何も知らない少年だったKinkiに「この人はな、俺にとってのジャニーさんや」(笑)と宣揚してくれた時は嬉しかった。お釈迦様が垂らしてくれた蜘蛛の糸のようだった。それから、さんまはいつもことあるごとに、例えばジミー大西に説教するときまで「イメージの詩」の素晴らしさを語ってくれた。特に「さん拓」で木村拓哉と二人でクルーズ船から海を眺めながら”古い船には〜”を口ずさんだシーンは忘れられない。今回の映画「漁港の肉子さん」もこんな豪華な宴にお招きいただいたうえに驚きのカバーに結実してくださったこともこの胸いっぱいのありがとうを言いたい。

 しかしそれとは別に今回の放送での吉田拓郎の涙の超反応にびっくらこいたことも確かだ。すまん。簡単にいうと俺はファンとしての心が濁っているのかもしれん。また昨日のとおり拓郎には拓郎にしか見えない地平があるのやもしれない。わからん。

 わからんとあれこれ迷ううちにこれと似たような気持ちをずいぶん昔に味わったことがあったことを思い出した。原田真二がデビューしたときだ。フォーライフの社長だった拓郎の大絶賛はもの凄かった。「ヤツは天才だ」「これで俺の時代は終わったと確信した」「彼は俺を超えるだろう」「ヤツが輝くなら俺は踏みにじられてもいい」。確かに原田真二の才能とかルックスとか楽曲とかが一流だったことは認める。しかし拓郎ファンとしてはおいおいおいそこまで言っちまうかと複雑だった。そんな拓郎の超絶賛の嵐を経験した時のあの気持ちと似ている。

 あの時俺はどうしたろうか。当時の高校生の頃の恥ずかしい日記を見返すと「吉田拓郎、捨て身の大絶賛」と書いてあった。捨て身。昔から拓郎は自分を立てるためや自分の小利益のために何かに感謝したり何かを絶賛するようなポーズはとらない人だったと思う。とにかく何か感謝するとき、何かを讃える時は、あますところなくありったけ全力だった。そうだ捨て身だ。今回もさんまはともかく武部のことは別にそこまでいいだろ(爆)と思うが、感謝するときは一滴も残さず惜しみなく注ぎ込む人なのである。
 そこが吉田拓郎の最高に美しいところであり、また反面で歯がゆいところでもあった。そしてそここそがたまらない魅力の核心でもあるのだ。

 ということで惜しみない捨て身の感謝ということが俺だけの今日の結論。以上。

2021. 5. 15

吉田拓郎のオールナイトニッポンゴールド 第14回  2021.5.14
☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆
 吉田拓郎のオールナイトニッポンゴールド
■テーマ曲
 こんばんは吉田拓郎です。週替わりの金曜日、吉田拓郎が担当します。今夜はオープニングから言葉が見つからない。感動、感激、興奮・・・それで涙をこらえられるかどうか。こういう放送をお送りできる喜び。今日のこの日が来た。70歳を半ばも超えてこういう瞬間がくるとは。音楽に託し続けてきた青春の夢が本当に実現したんだ。これで良かったんだな、そういう瞬間が来ちゃった。この日を待っていたといっても言い過ぎではない。今夜はオープニングから2曲続けてお聴きいただきたい。こんな放送、深夜放送を始めて50年近くなるけれどこんな番組のっけからやったことない。
ニッポン放送と冨山くんに感謝(拍手)
 まずは”イメージの詩”1970年盤 吉田拓郎23歳、続けて”イメージの詩”2021年盤、稲垣来泉10歳。

M-1 イメージの詩  吉田拓郎

M-2 イメージの詩  稲垣来泉

 この曲はオリジナルのキーがF。(実演)。Fで始まる。50年後に少女の歌ったキーがF。こういう偶然があるのか。奇跡だ。まさに奇跡のようなレコーディング。
 明石家さんまというプロデューサーの企画。拍手を送るしかない。女性に歌わせてみたいという企画からして想像もしていなかった。
 昔、浜田省吾、浜省が”イメージの詩”をカバーして僕もレコーディングに参加したことがあったが、この歌のボーカルは男子だと思っていた。だから女性が歌うというこのアイデアには頭が下がった。いいね、さんまさん。最初から女性に歌わせたいということで問題ないかと問い合わせがあって、構わないよと答えた。また歌詞の言葉使いを女性用に変えるかもしれないがという依頼にも、構わないと答えた。しかしまさか10歳の女性と思ってなかった。
 くるみちゃん素晴らしいな。大ファンになっちゃったな(笑)。最初の一行でジーンときて、あの歌はどんどん進んでゆくから、どんどんイメージを発してくれる世界にグイグイと引き込まれていた。気が付くと、ほっぺたは涙がいっぱい。もう拭くのが面倒くさいくらい。しばらくは椅子から立てない。

 佳代に言いたいけど言葉が出せなくていたら、佳代が「凄いね、素敵だね、感動だね」と言ってくれてやっと我に返った。自分をほめてやりたい。シン・イメージの詩だ。  くるみちゃん素晴らしいな。もう言葉が出ない。見事なボーカルでオリジナルボーカルをはるかに超えて言葉を失っている。明石家さんまさんの抜擢した感覚にも拍手だ。

 アレンジをした武部聡志。お互い知らない同志だったがLOVE2からなんでも話し合える仲になった。武部は俺の音楽わかっているな。いいアレンジだ。僕のイメージの詩は四拍子。今のは三拍子。ちょっとヒッピーな感じ。だけど三拍子なんだ。武部がそうアレンジしたのでボーカルのニュアンスが変化した。武部グッドアイデア。凄い企画にありがとうと言いたい。冨山君CMに行きましょう(笑)

■CM
<まだ61歳ですが遺言を書いていて医療従事者なので覚悟しているところもある、よくある財産どうするというものではなく、いろいろあった人生で、夫や子どもへの感謝、吉田拓郎さんの「ありがとう」を冒頭に書かせてもらっている、まさにぴったりの詞。これを読んで自分が幸せだったことを思い出してほしいという投書>
 お医者さん看護師さん頑張ってください。僕は常に前向きに人生を観ようと考えているので最後を考えることは悲観的ではない。愛だよ。前向きな愛情表現だと思う。きっとご家族に伝わるでしょう。

<名文句を募集する高橋の手帳大賞、拓郎さんの「音楽は心に入り込んで悪さをする」というのを出そうとしたら著名人のはダメということ、孫と神社に行く途中でコートから出ているトレーナーの袖を直していたら、お洋服もお外に出たいと言ったのを送った、コロナでみんな外に出たいという気持ちがあるのかと思ったという投書>
 心を洗われるな。僕も昔は無垢な子どもだったのに困ったな。

<池江選手の見事な復活に涙したという投書>
 僕も観ていたけど本当に見事だった。拍手を送りたい。選考会で表に出なかったエピソード、どうしても一着になれない三着の選手の現実のドキュメントを観た。三着も素晴らしい。また専属契約が切れるので、子どもプールを貸してもらって18メートルしかないので、僕なら必死だけど、彼らには練習としては不十分。それでも練習を積んだ。ある女子選手が「オリンピックは死を覚悟しなくてはならないほどのことなのか」というコロナ禍の不安の言葉にも多くの選手が共感する。陰に隠れて実にたくさんのドラマがあり、心から拍手したい。

<ラストアルバムに剛くんのエンドリケリが参加で嬉しい、ラジオで剛くんが涙ぐんでいた、ファンは心から感謝するという投書>
Kinkiの母たちからメールくるね(笑)。ラジオは僕も聴いた。あいつは押さえられなくなっちゃったね。昔からはしゃいだりしない男子だから、一般にはわかりにくいタイプかもしれない。でも剛とは通じている感が最初からあって、お互いに言わなくてもOKなところがあった。 光一とはお互いに傷つけあうことを言い合う関係。平気でお互いに悪口言い合う。ほめたり、怒ったり、からかったり。不思議な関係。親友という感覚。  歳とかキャリアは関係ない。
光一くんは「拓郎ハンはいつでも目線合わせてくれた」と言ってくれてそういう意識はないけど彼らが僕を受け入れてくれた。年齢とかキャリアとかを超えてそういう関係があるんだな。

<エヴァンゲリオンにラジオを聴いてみて行こうと思ったら子どもたちからまずは   序・破・Qを観なさいと引き止められて序を観てカッチョエエという投書>
 今日はイメージの詩に始まって子供たちの純真無垢な言い分に感動しているな。僕の曲がアニメによく使われていることに気が付いた。アニメはよくわからなかった。宮崎駿さんの「千と千尋の神隠し」あたりから見始めてすげー面白いと知った。それからアニメに使われることを嬉しくなってきているな。子どもたちに使ってくれているなと思うといいな。ウチもエイベックスから「序・破・Q」、三つ揃えてもらって入門する。

■CM
 先月、アルバムの中で、この曲は立ち位置が、なんというか遊び過ぎていてバランス悪い三曲を紹介した。
 ラストアルバムのためにいろんな昔のアルバムを聴き流してとっても重大な発見をした。理屈ぬきで、この曲好きじゃないんだというのがすげーあるんだな。今の年齢になって歌いたくない、絶対歌いたくない、大っ嫌いになった曲がある。だけど、この曲をかつてはステージで結構歌っているわけ。多くのみなさんも感動した。だけどこの曲が嫌でしょうがない。佳代さんに、君の直感で1曲だけ吉田拓郎が歌いたくない曲があるんだけど直感でと尋ねたら、即決で言った。あれでしょ? 「うわーなんでわかったんだ」。30年以上の上下関係(笑) 佳代ぉ。わかってんだな。この曲でしょと言われた。

 そこでみなさん ライブ「18時開演」でオープニングで歌った「加川良の手紙」このウクレレ。ハワイの超有名なカマカでKinkiの二人とロケしたとき買った。珍しい六弦ウクレレ。普通はソ・ド・ミ・ラなんだけどドが二本オクターブで、ラが二本で六弦になっている。凄く響きがいい。今、夕飯の支度をしている音が(笑)。
このウクレレをプレゼントしようと、マンションの物置見つけて思った。さぁ、今吉田拓郎が歌いたくないと思っている一曲。ステージで歌っている歌。エレックではなくアルバム「元気です」以降今までの曲。当てた方に差し上げる。8月に発表しようかな。

 パイナップル・プリンセス。田代みどりが好きで、初めて買ったレコード。母が病弱な僕に買ってくれたのがウクレレだった。

M-3 パイナップル・プリンセス 田代みどり

■CM
■11時
 ラスト・アルバムの計画は進んでいるけど、まだ動ける状態じゃない。撮影隊、  録音隊の動きもあわなきゃならないし、東京だけでなく、あちこち行きたい、公開でレコーディング様子も見ていただきたいし、今はまだなかなかやりにくい。

 どうしても入れたい曲が一曲ある。母=motherを歌っておきたい。父親の歌は2度までも作ったけれど、ちっとも父に納得していない。最近父の業績の本が出されたけれど、だからといって僕の心は変わらない。あの父は家庭人としては失格だったと思う。妻、家族をもっと愛して欲しかった。それよりも一人で自由でいたいなら家族なんか作るなと言いたい。
 今日僕がここにいて歌って、子どもが僕の歌を歌ってくれた、アニメとかで使われたい感動・感激、胸が熱くなる気持ちのもとは母の理解だったと思いたい。 母への熱い気持ちをどういうふうにクールダウンして作れるかというのが大テーマだ。父の歌を二度まで作って納得できなかった。その思いの完成形の歌を作りたい。家族に対する思いはひとりひとりによって違うだろう。僕は父には母にはこうあってほしいという思いがあったので、父には怒りというか納得できないところがある。母を歌う時、いわゆる「おふくろさん」みたいな歌は作らない。吉田拓郎ファンならわかるでしょ。ひとつのヒントとして母を歌っている音楽で「Hey Mama」という唄がある。ラップなんだけど好きだな。こういうのをやりたいな、母に送りたいな。

M-4   Hey Mama   カニエ・ウエスト

 アルバムは、14〜5曲になる予定。5〜6曲出来ている。デモテープを作ったりしてあとはアレンジャーに渡そうと思っている。
これまでのアルバム作り過程のプロセスで忘れられないものがいくつかある。そのひとつが「ローリング30」。


M-5 ローリング30   吉田拓郎

 松本隆と組んでアルバム二枚組作ろうということで、20曲くらいいるだろうから、それを一気にやろうという企画を立てた。目の前で詞を書いて、横で僕が待ってるから曲をつけてそれをすぐにレコーディングする。君は詞に、僕はメロディーに専念する。  
冨士のロックウェルスタジオで、素敵なリゾートホテルのプールサイドの並んだ部屋で 松本隆が詞を書いたら隣で俺がすぐ曲をつけてカセットに入れてすぐレコーディングする。インスタントな感覚だけど今聴いてもいいなぁ、不滅のアルバム。よく作ったなと思う。直しも殆どしなかった。それが良かったのかな。大学の受験勉強の一夜漬けみたい。それが良かったんだな。  
「爪」なんて石川鷹彦が考えたフレーズで徳武とツイン・ギターを弾いている

M-6 爪   吉田拓郎

■CM
 サイパンでジャケット写真を撮影した。カメラマンはタムジンではなくて大川装一郎、常富、松本隆が同行した。海の中でサングラスして空を見上げているジャケットはそういうころで撮ったんだ。
 撮影中、二人組の女の子が話しかけてきた。初めてなんだけれど、夜とかレストランとかありますか?ホテルから10分くらいでビッグウエーブというイタリアンとかの店がありますよ、たいして美味しくないけど。
彼女は吉田拓郎のことは知らなかったみたいだ。普通のおじさんと思ってたみたいだ。わかってもらえなかった。気が付かないので、大川さんが・・・ナンパだな。実はここにいる人は有名なカメラマンなんだ、君たち先生に写真撮ってもらわないかと話し込んだ。お願いしまーすということで撮影して、外で撮るのもいいけど、部屋もいいですね先生とか(笑)今だったら捕まっちゃう。
なんだろうな。危ないけど松本隆と楽しかったという記憶しかない。東京に戻ってきてからペニーレインで集って飲みながら電話して飲んだりした。
 ハートブレイクマンション。セリフを入れたことなんてないもんね。

M-7  ハートブレイクマンション 吉田拓郎

 松本隆の言葉のリズム感を感じた。岡本おさみさんのリズム感のない詞にどうやってメロディーをつけるか苦しんでいた。松本隆は、彼の持つ言葉が躍っているのがわかる。だからすぐ曲ができてしまう。
 次の歌は、最近歌えなくなった。年取ってこういう世界が恥ずかしくなった。狼のブルース。(実演)あいつのマシンは〜暴走の歌。スリーコードのロックで作っちゃったからステージで演奏していてこんな楽しい気持ちいいのはない。

 松本隆とはその後いろんなレコーディングで会うと、このころの思い出話をする  

M-8 狼のブルース   吉田拓郎

■CM

 映画には忘れられない名セリフがある。ハリウッド映画とか大好きだった。ずっと昔  ウエスタンとかジョン・ウエインとか、「シェーン」のアラン・ラッド流れ者のガンマンと少年とその母と友情というかそれ以上の思いを描く映画。最後「シェーン、カムバック」という叫びとともに、僕の大好きなビクター・ヤングの「遥かなる山の呼び声」
が流れる。涙が止まらなかった。最近では、ウィンストン・チャーチルの映画。有名な宰相の伝記。奥さんがチャーチルにいう「人間は欠点があるから強くなれるのよ」というセリフがある。いいですね。素晴らしいことを言ってくれる。また「迷いがあるから賢くなれる」。そうだね。奥さんいいこというね。名セリフ。いいな。

 話は変わるけど、ドキュメンタリーで、エベレストの頂上付近でアンモナイトとか海洋生物の化石が発見される。なんでこんな山の天辺で発見されるのか。はるか昔にユーラシア大陸がぶつかって隆起し、海底が盛り上がってできたのでアンモナイトとかの海洋生物の化石がある。地球って日々数ミリずつ上がり続けている。反面で大地の砂が海に流れて堆積してゆく。いわゆる輪廻している。人間も輪廻している。生かされている俺達もおんなじことを繰り替えてしている。凄いでしょ。

■CM
■エンディング
 親しいコシノジュンコさんが、ファッションも繰り返していると言っていた。ワイドパンツやクロックドパンツとかの流行が繰り返して輪廻している。音楽はどうなるか。来月は 6月11日金曜日。こぞってカマカのスペシャルに応募してください。

M-9  ケアレス・ウィスパー  ジョージ・マイケル

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆
☆いつものトークをすっ飛ばして、いきなり最初からスペシャルな仕様のオープニングに驚いた。吉田拓郎にとってよほどの「瞬間」が来たのか。

☆吉田拓郎の特別な思いは映画主題歌とか10歳の女の子が歌ったという表面的なことより、世界歴史遺産のように鎮座している「イメージの詩」が、自由でのびやかな成長を遂げてみせたことへの感動のようにみえた。想像もしなかった若い女性ボーカルに、4拍子から3拍子へ、音楽としてより豊かに生き生きと変容したことへの感激に思える。ただ正直言って吉田拓郎がなぜここまで深く感激しているか俺には十分に理解できていない。俺が無神経なのか、それとも吉田拓郎にだけ見えている地平があるのか、たぶん両方だろう。

☆わからないことも多いが、その感激が自分の出立を理解してくれた母親への感謝へとまっすぐに繋がり結ばれていることはわかる。ウクレレが自分の音楽の出自であることは、とりもなおさずそれが病弱な拓郎に母が買ってくれたものだったというところに繋がっているのも同じだ。今日の放送の素晴らしさはそこだと個人的には思う。

☆「おやじの唄」から「清流」「吉田町の唄」という父親に対するフィールド・オブ・ドリームス的な流れがずっとあったように思うが、最後は母=Motherへの感謝で結ばんとする。「吉田家とは吉田朝子の歴史である」という先月の名言をあらためてかみしめる。それも拓郎のいう輪廻なのだろうか。

☆それにしてもラストアルバム。14〜5曲なんだとよ。嬉しいじゃないか。

☆「ローリング30」を不滅のアルバムと言ってくれるのは心の底から嬉しい。わが青春のいとしいアルバムでもあるのだ。サイパン→砂浜〇〇運動→ロックウェルスタジオ生中継→石山うるせバカ事件…メイキングを砂かぶりで観ることができた、なにもかもが不滅の名盤だ。

☆「爪」で、石川鷹彦がエレキを弾いていたって、初めて知った。これも嬉しいな。

☆俺も遅まきながらエヴァンゲリオンに入門した身としては拓郎がどう観るのか楽しみだ。序・破・急(Q)そして多分、今回のシン・エヴァはリピートって読むのかな。Uramadoの落陽にも使わせていただいている。

☆「歌いたくない一曲」。すぐに閃いてメールを送った。天国の7曲の古傷が痛むのでもう明かさない(爆)。次回、正解が一件もないと拓郎が言ったら嗤っておくれ。

☆☆☆今日の学び☆☆☆
 命の崖っぷちから復活して栄冠をつかんだ人、苦境の中で栄冠をつかみきれなかった人、命をかけるほどのことなのかその意味を問う人。吉田拓郎の思いは、どの人にも等しく温かく注がれる。拓郎のこういうところがイイ。かなりイイ。

2021. 5. 14

☆イメージの詩☆
 ネットの力は凄くて職場や仕事先の方から「拓郎さん凄いですね。デビュー曲が女の子にカバーされて主題歌になるんですよね。良かったですね。」とあちこちで祝福の言葉をいただいた。そういうあたたかい祝福に慣れていない俺はウロタエてつい「なーに、あんな昔の長い念仏みたいな歌」と武田鉄矢のお母さんの言葉そのままのリアクションしかできなかった。もちろん本当はそんなこと思っていないから。戦い続ける人の心を誰もがずっとわかってくれなかったらすっかりひねくれものになってしまった自分を思う。

2021. 5. 13

☆明日はどっちだ☆
 ワクチン接種の予約システムに「ぴあ」参入のニュースを聞いて明るい気分になる人はいるのだろうか。会員先行とかプレリザーブとかスギ薬局主催者枠とか>ねぇよ。それにしても「落選」「ワクチンをご用意できませんでした」の文字が頭に渦巻いて暗たんたる気分になるってもんだ。

 あの「イメージの詩」のカバーを全曲流すということでニュースにまでなっていて大変だ。明日の放送を聴く前から皆が「感動をありがとう」状態になっていて正直腰がひける。俺はあざとい子役をチヤホヤする空気が大嫌いだし、たかが10歳の子どもが歌っただけなのに拓郎が涙まで流して大絶賛するほど良いなんて、そんなわけ・・・ホンマやっ!もし本当に良かったらやる予定です。

2021. 5. 12

☆この国のはかさなを☆
 昨日は一昨日に続いて「何度観ても怖い!映像で見る”怒れる拓郎”ベスト5」というのを書いたのだが、パイプ椅子を投げたり、バカヤロウと怒るとか、ああいうヤツだ。さすがに怒られるだろうと思ってボツにした。いつかコロナが鎮まったら居酒屋あたりで「あの拓郎は怖かったよな」としみじみ語りあおう。

 とにかく早くワクチン接種が進んで欲しいと思う。誰のせいだとかそんなことを言いたいのではない。もちろんいまだ届かぬ国々もある。それでも深くショックなのは、なんでこんなにワクチン輸入が遅かったのかということだ。世界の真ん中で花開く国とか前総理が自賛していたし、今は国際化やグローバル化の時代だぜと説教する人がたくさんいて、しかもオリンピックの開催国だというのに、こんなにも入手が遅くなるというのは悲しいを通り越して謎だ。今でなくともいいがこの原因と現実はちゃんと把握しておきたい。たぶん、こっちが思うほど世界はアジアの片隅の日本のことなんて大切じゃない。世界はあんたなんか欲しくない> A dayだ…という現実をちゃんとわかっていなきゃと思う次第だ。
 Shangri-laのレコーディングの時「いつまでもマッカーサーの時代じゃないぜ」と拓郎は言ってくれたが、なかなかどうして、しかもぉ道はまだ遠ぉおおい。

 あと頭脳明晰な研究者、予備軍の方々どうかワクチンとか治療薬とかもろもろ頑張ってよろしくお願いします。いかにあなた方が博識でクイズに強いかはもう十分にわかったんで。国もそんな方々に研究のお金を惜しみなく出してあげてほしい。

2021. 5. 10

☆その人は席に降りて☆
 無人の観客席といえば、ライブ映像のバックステージでゲネや開演前チェックの時に拓郎がひとり無人の客席に座ってステージを見つめるシーンがよくある。例外なく凄く真剣でまた不機嫌そうでおっかない。で実際に音響やライティングに厳しいダメ出しをスタッフに出したりする。怖ぇ。怖いけど超絶カッコイイ瞬間でもある。
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2021. 5. 9

☆花に酔ったらその時泣こう☆
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 ロックダウン中のドイツのオンライン・バレエを観る。毎週何回もPCRキットを鼻に突っ込まれながらリハに徹する日々の小さな結実。その堂々たる確かな踊りに胸が熱くなる。無観客のシアターの客席を背景にしていると全然違った景色に見える。シアターがあなたがたをお待ちしていますという声にも聞こえる。今しかない貴重な時に表現の機会がない。この世のすべてのライブ人も極北の時にいるに違いない。想像もつかない俺ごときが偉そうに言えることではないが、今はこらえろ愛しい君よ。例えば嵐に飲み込まれても歴史はそれを見逃さないだろう。
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バックステージの写真もかわいい。えーと、左端から
 ・両目をおさえた君が立ってた
 ・話してはいけない
 ・両手で耳を塞ぐだろう
 拓バカおじさんもアジアの片隅で応援しているぞ。

2021. 5. 8

☆リミックス☆
 昨年末、コッポラ監督はゴッドファーザーpartVをかなり大胆に再編集して”マイケルコルレオーネの死”という映画に作り直した。世紀の名作の誉れ高いpartT&Uに比べて、極めて評判が悪いpartVが心に引っかかっていたようだ。…で思ったのだ。”幕末青春グラフィティRONIN”もそんなふうに換骨奪胎の再編集をしたらどうか。
 冒頭でわけわからず古尾谷雅人が瞬殺されたり、いつの間にか竹中直人がいなくなったり、つながりがもともとわかりにくい。それに例えば高杉晋作が戸板の上で亡くなるシーンとかいろんな未使用シーンが撮ってあると拓郎が言っていた。それらを足して、ウザいシーンはカットし大胆に再編集して、もちろんVFXも駆使し、テーマ曲も加藤和彦には悪いがRONINに替え、もっともっと拓郎の歌も使ったらどうだ。石坂浩二(勝海舟)のナレーション解説も増やして「これから90分あなたの目はあなたの身体を離れ…」ってウルトラQだろ。監督はもうおられないので…庵野秀明に”シン・RONINさようならすべての坂本龍馬”というタイトルでお願いしてはどうか。>やるわけねぇだろ 
 とにかく再編集の目的はただひとつ、あの悪代官、悪役テイストを駆除し高杉晋作=吉田拓郎をいかに美しく見せるかそれだけだ。そのためなら何でもいい。なんなら高杉晋作が何かというとウンチクと説教ばかりするうるさい坂本龍馬を斬って、咸臨丸に乗ってマウイ島に逃げて幸せに暮らすという話でもいい。>よくねぇよ。

2021. 5. 7

☆WOWOW武田鉄矢特集をつい観てしまう☆
 ライブ・コンサートのビデオだと惚れ惚れするシーンが次から次へとテンコ盛りなのが、この映画の拓郎には…あるかい?。「騎兵?騎兵は長州のモノでオマエには関係ない」「わしゃあ陸戦の高杉晋作じゃ」「なして戦を怖れる、女々しかろうがぁ、あ?」…ただのカーリーヘアーの悪代官じゃん。うのさんを襲うシーンも観てらんなくて見るたびに後ろから羽交い絞めにして「拓郎さんお願いですからやめてください」と叫びたくなる。気がつくともう勘弁してくださいと祈りながら観ている。刑事物語4の屋台の一瞬のシーンの方がどんだけカッコいいことか。それはそうと竹中直人が途中でいなくなってね?
でも“RONIN”いいよな。何度聴いても。すんばらしい。
 この国の苛立ちを
 この国のはかなさを
本当にはかないぜ。はかないけどこの歌があるから生きていかなけりゃと思う。

2021. 5. 6

☆天国の島に持っていきたい"落陽"☆
難問だ。'73か2005か。'85は高中だぜ。石川鷹彦との'93もしみる、するってえと'79の青山はいいのか。うーん、つま恋2006も捨てがたい。♪つま恋の花火に打たれて、このままぁ〜死んでしまいたい〜と西田佐知子が頭の中でずっと歌っている。

2021. 5. 5

☆繰り返し繰り返し旅に出ている☆
 そもそも”戻る旅に陽が沈んでゆく”を2回繰り返すようになったのっていつからだろうか? 出自であるライブ73も篠島も王様達のハイキングもつま恋”高中だぜ”85もみんな”戻る旅に陽が沈んでゆく〜”と最後は1回で終わっている。

 私の超テキトーな調査によれば、89年のシングルのピコピコな「落陽」では2回繰り返しており歌詞カードにもそれが反映されている。
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それ以後、101studio’93から現在まで、知る限り2回のリフレインで固まってきているようだ。なのでおそらく89-90が転換点と思われる。
 …なーんて思ってたら山田パンダは76年のカバーで最後に2回リフレインしていた。パンダ、おまえだったのか、兵十は・・・って、もういいよ。拓郎もこのレコーディングに立ち会ったようなのでリフレインはこのころから技としては意識されていたと思われる。そして拓郎も89年より以前にリフレインをしていたのを忘れておった。

 拓郎本人自身がリフレインを歌ったのはたぶん79年の武道館。TOUR1979volUの弾き語りだ。書きながらその2か月前の渋谷エピキュラスの公開放送での石川鷹彦との弾き語りもそうだったかもしれないと思った。ともかく武道館の落陽で予想外の会場大合唱に感極まった様子で最後に”戻る旅に陽が沈んでゆく”を俺たち観客に投げ返すように二回繰り返したのだ。「すげぇ。」あの時の拓郎の感無量の笑顔。いいなぁライブは。ああ涙が出そうだよ。
 そう考えるとリフレインは躍動する魂から自然とあふれ出たシャンパンの泡のようなものだ。尊い。いとおしいじゃないか。あれ、昨日と言ってることが違う気がする。岡本おさみの切ない孤独の歌が吉田拓郎自身の進撃のスタンダードに変わっていった印みたいなものか。

 昔からこのことをラジオにメールしてみようかと思ったが、きっと「何回繰り返そうと俺の勝手だろ」「音楽っていうのはもっと自由なものなんだ」と怒られるに違いない。ていうか今のあの方は、そもそもそういうことをどうこう言うようなステージにはたぶんおられない気がする。
 
 ということでどっちがどうなのよは各自の自由で…という雑な結論で。

2021. 5. 4

☆ひとつ、ひとつじゃ淋しすぎる☆
 “落陽”のいちばん最後のフレーズ”戻る旅に陽が沈んでゆく”。ここのところを”戻る旅に陽が沈んでゆく、戻る旅に陽が沈んでゆく〜”と2回リフレインするようになってから久しい。1回と2回。どっちがどうなのよ。その答えは人それぞれに違うだろう。
 ぶっちゃけ1回だと物足りないけれど2回だとしつこいと俺は思う。だから1回で終わってしまう物足りなさから生まれる余韻と余白がいいんじゃないかと今は思う。ライブから撤退しアルバムもこれが最後という撤収宣言を受けてしまった今の空白な気持ちと妙に重なる気がするんだよな。ただしこのリフレインは簡単な問題ではなさそうなのでまたあらためて深堀したい。

2021. 5. 3

☆書店という原点☆
 本屋の立ち読みといえば、岡本おさみは苫小牧の本屋で、周囲に迷惑がられながら真剣に立ち読みをするフーテン暮らしのあの爺さんと出会うのだった。そう考えると「落陽」はあまりに豪勢な歌になりすぎてしまったのではないかと思う。やさぐれた小さな本屋の立ち読み感が微塵もない。俺には最高の思い出だが、花火までバンバン打ち上げられて爺さんもびっくりしたに違いない。そしてまたそう考えるとライブ73の「落陽」はあらためて凄いなと思う次第である。「落陽」をふりかえってみるのもいいさ。

2021. 5. 2

☆立ち読み☆
 昔の楽譜集は楽譜だけでなく巻頭に写真とか記事が載ってるものも多かった。なので本屋さんの立ち読みは重要な日課だった。楽譜集のタイトルは忘れたが「茶色のスーツに身を固め男拓ちゃんどこへ行く」という山本コータローの巻頭文も立ち読みで何度も熟読したもんだ。すまんな。昨日のように誰が書いたかわかんないけれどいい文章に時々出逢えることもあった。
 どこの楽譜集だったか忘れたがこんな趣旨の巻頭文章があった。

“どうかデビューアルバムの「青春の詩」と最新アルバム「今はまだ人生を語らず」を聴き比べてほしい。その成長に驚くはずだ。僅か4年間の間にここまで劇的に進化するミュージシャンはいるだろうか。”

 おおおと唸りたくなるような巻頭文だった。
 それがさらに数年後のアルバム「大いなる人」の追加改定版になると

“何が何でも吉田拓郎という時代はもう終わったといってよいでしょう。”

 おいおいと悲しくなるような文章に変わっていた。それに続いて、

“そのかわり成熟した男性の魅力を湛えた大人の吉田拓郎の時代が始まるでしょう。”

 とフォローがしてあった。長い目で見れば、あながち間違ってはいないか。でもこちとらは何が何でもで半世紀。
 書物を狩りしたり、書物が語りかけてきたり、やっぱり書店は貴重な場所だと思うのだが。
 立ち読みといえば、立ち読みをする君に会える気がして。岡田奈々"青春の坂道"……う、ここにも松本隆の手が回っておる。

2021. 5. 1

☆本の店☆
 ずっと昔の学生時代、吉田拓郎の楽譜集の表紙にこんなコピーがあった。

"とにかくがむしゃらな奴だった。世の中のものすべてが抗議の対象だったのだろう。
ちょうど、自由とか若者の夢のことなんかあまりかまわない家に貰われてきたばかりの少年のようだった。"

 これって誰が書いたんだろうな。楽譜集は買えなかったが、時々書店で手に取ってこの表紙を読んでは背筋を正していた。店頭だけの関係だが大切な関係というのがかなりあった気がする。

2021. 4. 30

☆♪あなたはこの街にもういない☆
 TYIS終了。いろいろ文句も言わせていただいたが、何分お世話になりました。ありがとうございました。
 吉田拓郎がいなくなった中目黒はどんなに素敵な街であれ俺にはただの中目黒だ。すまん。俺はどこへ行こう、君はどこへ行く。

2021. 4. 29

☆双璧☆
 “無題”は松任谷のプレイも素晴らしいが、詞の“もし淋しさがインクだったら今夜君に手紙を書ける”…ココがあざとウマい。やられたと思う。他にインクといえばやはり”緑のインクで手紙を書けばそれはサヨナラの合図になると”…これも言うまでもない名作だ。松本隆と喜多條忠がインクの東西横綱である。どちらも吉田の土俵なのが誇らしい。
 そういえば他人の土俵で”黒いインクがキレイでしょう青い便箋が悲しいでしょう”なんて歌もあったが…ふ、勝ったね。※あくまで個人の感想です。

2021. 4. 28

☆天国の島に持ってゆきたい松任谷正隆のキーボード7選(ロック&ポップ編)

神様が遣わしたもう奇跡のソリーナ人生を語らず (今はまだ人生を語らず)
ポップに弾ける二人ザ・バンドの船出春だったね (元気です)
マンタ・ビギニング&フォークの国のエクソダス結婚しようよ (人間なんて/TAKURO TOUR 1979)
心優しいキーボードと踊りだす手風琴まにあうかもしれない (元気です/TAKURO TOUR 1979)
傷癒えぬままの蘇生に優しく強く寄り添うキーボード明日に向って走れ (明日に向って走れ)
ウキウキ跳ね回るポップなピアノ戻ってきた恋人 (今はまだ人生を語らず)
永過ぎた春を水中翼船のように進むキーボード春を待つ手紙(シングル)

<次点> 
バースト前の荘厳な鎮魂のピアノ英雄(ローリング30)
イントロとブリッジのピアノあってのファミリー(無人島で…)

<評価検討中>
ごっつ必死でピアノ叩きまくるおまえが欲しいだけ(ONE LAST NIGHT IN つま恋Uビデオ)

…ということでラストアルバム聴かずに死ねるか。大変な世の中だけど皆様くれぐれもご自愛専一にお過ごしください。

2021. 4. 27

☆天国の島に持ってゆきたい松任谷正隆のキーボード7選(しみじみ抒情編)☆

いつもより余計に弾いております&ジェイクとの見事な掛け合い舞姫(TAKURO TOUR 1979)
ぽっかりと浮かぶ陽だまりのような心地よき間奏の至福野の仏 (ライブ73)
披露宴、ディスコのチークタイムにも最適だがどっちも縁がなかったが美しい未来 (大いなる人)
見事な後奏&暖かな焚火のような音色襟裳岬 (今はまだ人生を語らず/つま恋75) 
ボーカルに静かによりそう妙味白夜 (ローリング30)
スチールギターと拠りあう切ないまでの美の極致無題 (ローリング30)
ああ、どちらも双璧どうしてこんなに悲しいんだろう (人間なんて/明日に向って走れ)

<次点>
いきなり天空から降ってくるピアノ流星(シングル)

2021. 4. 26

☆たぶんOK松任谷☆
 何度か書いたが、剛くんというと思い出す。LOVE2でKinkiと藤原紀香で松任谷正隆の話になった。皆、松任谷さんって最初はとっつきにくそうで不安だったけど実は優しい人だったという話題になって拓郎に振られた。
拓郎「とっつきにくそうというけど、僕にはハッキリとっつきにくい男。(一同、エー!)だって、ちょっとしてたことですぐに不機嫌になるしさ」
剛「それ一緒ですやん」
拓郎「おい、俺はいつもハッピーでそんなことないだろう(笑)」

このシーン好き。剛くん、Good Job!

 ラストアルバムはKinkiの参加はもちろん松任谷正隆と組むということが私にとっては大事件である。オリンピックとか世界陸上みたいにもう聴く前から「感動をありがとう」と言っておく。聴かずに死ねるか。だから、いい歌を頼むぜ。

 リモートということは、それ以外の時間は休憩時間に等しいので>ちげーよ。
なのでせっかくの自由時間>だから自由じゃねーよ、どうせ酒も飲めないしさ、明日から天国の島に持ってゆきたい松任谷正隆を振り返りたい。

2021. 4. 25

☆この胸いっぱいの☆
 昨日は堂本剛のラジオ”堂本 剛とFashion & Music Book”を教えていていただいてradikoで聴いた。吉田拓郎からラストアルバムのオファーのくだりをしみじみと語ってくれていた。Radikoは今日までだよ。
 「…ギターを教えてくれた人からのオファーだけにだだ嬉しい。でも、んー、音楽人生のすべてからリタイアするということを聞いて苦しかったですね。苦しいなと今も思う。その時、生意気ですけど、拓郎さんがやっぱり俺もう一回音楽やるわと笑って言えちゃうようなの作りますねとお伝えしたら”ありがとう”と笑って返してくださいましたけど…
生きるチカラを貰ったことを鮮明に覚えている〜、拓郎さんの人生だから拓郎さんが決めることだけど、拓郎さんが想像している以上にいろんな人を救うことをされています…」

 涙ぐむ。なんと繊細な男。「苦しい」と言ってくれたよ。どうしてそんなに性格がいいの。ありがとう。”ありがとう”は、たぶん一回ステージで歌ってみたら涙をこらえるのがヤバイからやめたんだな、そうだろ拓郎、とあらためて思わざる得ない。剛君とにかく頼むぞ。

 うう、♪生意気ですれど ひとつだけ言わせてね あなたはすばらしい人でした…なぜか百恵ちゃんが頭でずっと歌っている。
  

2021. 4. 24

☆面影橋から☆
 まさか生きてるうちに灯火管制を経験するとは思わなかった。俺は灯りに集まる虫か。
 ところで K君の命日を忘れていたことに気づいた。ごめんよな、K君。俺とおまえとあいつ、三人拓バカ一緒に還暦だよな。昨年ゆかりの拓バカみんなで墓参し盛り上がる計画だったがコロナで頓挫した。今年は墓参りくらいならいいかなとも思ったが、あそこでビール飲んで盛り上がったら「墓飲み」するただのバカ達として炎上しそうだ。落ち着いてから絶対に行くのですまんな。

 忘れたといえば、橋田壽賀子先生のことを書いた日記で、先生の代表作ドラマ「たんぽぽ」=主題歌「隠恋慕」を忘れていたではないか。これも痛恨だ。都電荒川線は俺にとっても青春の地だ。あのチンチン電車を観るたびに必ずあの管のプァーッパパー〜というイントロが流れ出して涙ぐむ。もう救急車のサイレンで鳴く犬みたいなもので情けない。それでもいいと頷いてくれ。ああ、これもアレンジは松任谷正隆だ。ちょっとよそ行き感のあるいいアレンジだな。勝手に、ひとりシンポジウム「松任谷正隆とは何だったのか」に突入。
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2021. 4. 23

☆さよならすべての酒類提供店☆
 まさか生きているうちに禁酒法の時代が来るとは思わなかった。昔からエリオット・ネスは憧れのヒーローだったけれど、今だったら間違いなくアル・カポネの手下になる。カポネはロバート・デ・ニーロでお願い。
 どうしても家にいてほしいなら家から一歩も出たくなくなるようなテレビ、ラジオ、配信を頼む。オールトゥギャザーナウ、歌謡グランドショー、歌謡最前線、セブンスターショー、つま恋2006完全版 、あこがれ共同隊、LOVELOVEあいしてる一挙放送、星の数ほどあるライブ音源、秘蔵映像、この期間だけはあなたの言うことなんでもききますということで、拓バカのおじさまおばさまに緊急アンケートとって、無料大開放とかやってくれないか。

 とはいえこんな悪態つけるのも自分が無事だからだな。とにかく今はこらえよ愛しい君よ。どうかくれぐれも、くれぐれもご自愛ください。

2021. 4. 22

☆拓バカの小さな幸福☆
 昨日話した拓郎ファンはこう言った。「最近職場に”吉田さん”という新人が赴任してきて毎日”吉田さん”と呼びかけるたびになんか嬉しくなる。バカでしょ?」…バカである。しかもなかなか重症だ。しかし、そうだよ、これなんだよなとも思う。一般Pの日記のくせに評論家気取りで何様だみたいな事をダラダラ書いている自分を少し恥じた。「吉田」と聞いて嬉しくなり、「拓」の文字を見つけてドキドキする、それこそがかけがえのない幸福なのだと教えられた気がした。「君の覚えた小さな技術をいつくしみ、その中にやすらえ」(マルクス・アウレリウス)

2021. 4. 21

☆声にして永遠を誓うよ☆
 デビュー当時、小学生からは難しい、わけわかんないとさんざん悪態をつかれたという「イメージの詩」が、50年後に小学生によって堂々と世界に向って歌われる。時代は変わる。いや、これが半世紀の間に生じた人類の進歩、世界の発展でなくてなんであろうか。拓郎の喜びが、音叉のように私達にも伝わってくる。おめでとう。
 エンディングを迎えんとする時、これまでのねぎらいとこれからの希望が一緒に訪れる。過去と未来が現在を祝福する=それが「永遠の今」なのだと西田幾多郎先生は書いておられる。いや、そこまでは書いていないかもしれないが爆、古いとか新しいとか昔とか未来を超えてそれらを束ねる「永遠の今」というものが根底にあるとは書いている。そうか今がその時、もう戻れない。
 吉田拓郎は古い水夫も新しい水夫も超えた永遠の水夫になったのだと思うことにする。そしてきっと誰も言ってはくれないだろからここで言うが、そういう吉田拓郎を見出し、愛しつづけ、ひとりひとりは微力ながら半世紀の人類の進歩を支えたすべての拓郎ファンこそがすんばらしい。ともかく永遠の水夫たちに祝福を。

2021. 4. 20

☆もはや40年☆
 ”Y“の間奏のストリングスを聴くたびに泣きそうになる。心の奥底に響く。甘美な感傷というより自分の罪業に近い部分を揺すられる感じだ。この間奏の切なくて美しいメロディーは、吉田拓郎と松任谷正隆、どちらが作ったのだろうか。作ってくださった方に感謝をこめて腰塚のコンビーフをお贈りしたい。なんだそりゃ。

2021. 4. 19

☆☆☆9月になれば☆☆☆
 ニュースによるとワクチンは世界で効果を発揮しつつあるらしい。9月か。接種までの道はそこからまだあるだろうが、ようやく終息がチラつき始めた。ということは夢のラストアルバムの実現も見えはじめたということになる。ずっと言っているように豪華な夢の企画ということで舞い上がる喜びとラストということで沈む気持ちがゴチャマゼになって俺個人はup&downでややこしい。
 昨年のドラマ”スタートレック・ピカード”の名ゼリフで老いてなお航海に出る時の処世訓。”難しいことは一度にひとつまで(One impossible thing at a time)”。そうやって切り分けて考えよう。まずは、新曲のアルバムが出る。昔の歌ではない、10数曲のあたらしい音楽と出会える。そこだ、それがまずすべての基本だ。75歳の渾身の新曲たち。想像がつかないがどんな音楽になるんだろう。魂の底から期待してるぞ。豪華なメンバーも映画への期待もこれが最後という悲しみもまた切り分けられた別の問題だ。もちろん最後はひとつになるにしても。皆様とにかく今はくれぐれもご自愛のほどを。たぶん夜明けは近い、友よ、この闇の向こうには。

2021. 4. 18

☆☆☆ありがとーショコラ☆☆☆
 身内・友人からTYISの終了を見舞うご連絡をいただく。みんな、ありがとうね。どうかThank you goodsは、私からのThank youでもあるからね>便乗すんな。「大丈夫ですか?」と心配してくださるが、大丈夫なワケがありません(爆)。そう言うと慰めてもくれる「きっとまた新しいファンクラブ始めてくれますよ。」…そんなことされたらそれはそれでまたムカつく。確かにこの30年間は公式ファンクラブ離合集散の歴史である。ちょうどテレビで映画” ユー・ガット・メール”やっててちょっと観た。公式ファンクラブAOL時代というのもあったな。何もかも懐かしい。出会いや別れに慣れてはきたけれど。 
 ああ10年か。春を待つ手紙 本人生歌唱の日。聴くべし。

2021. 4. 17

☆☆☆さよならすべてのTYIS☆☆☆

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星)ショボい会報、当たらないチケット、当たっても後方、なんで身分証明書…さんざん悪態をついてすまなかったな。森野くんこれまでありがとう。
森野)星、わかってくれたか。
長女)(…たぶんそんなにわかってないと思うわ)

 数々の忘れじのライブはもとよりSeasonGreetingはいつもほっこりしたし、最後のT-noteはタイトルも装丁も中身もなかなか素敵でもっともっと読みたかった。タブロイド時代の重松清の寄稿文、今村和夫さんの小さなコラムも大好きだった。石山恵三さんとおそろいになった2016の茶色の帽子も少し色褪せたTY2014パーカーも今だに愛用しているし、foreverの時計は今日も動いている。
 本当にありがとうございました。お疲れ様でした。これまですべての公式ファンクラブにあらためて感謝申し上げます。

2021. 4. 16

☆☆☆のびやかにしなやかに☆☆☆
 偶然にもつい3日前、町中華で「生きるのが辛くなったら西加奈子を読め」と言われたばかりだった。俺はあざとい子役が苦手で、いつも注意警戒しているのだが、映画予告動画の「イメージの詩」をちょっと聴いただけでもう涙が出そうになった。そう来たか。それにしてもかくも豪華な宴の主題歌にお招きいただいて、何の関係もない自分だが心の底からありがとうございますと叫びたい。子どもたちのファンが増えて「ジジイのファンなんかいらね」と言われたら、喜んで、謹んで引き下がりますばい。世界に向って撒かれた種が一つでも多く芽を出しますように。

2021. 4. 15

☆☆☆はらたつわー☆☆☆
 気分が落ちたので昔の嫌な事をさらに思い出してムカつきを勝手に増幅させることにした(爆)。思い出すのはLOVE2の全盛時代だ。拓郎ファンだという女子中高生が増えたときに拓郎は「オジサン、オバサンのファンはもういらない」と傲岸に言い放った。はらたつわー。もちろん、めんどくせー古株ファンよりピュアなファンの方が嬉しいのは当然だ。それにそのめんどくせー俺だって若い人が拓郎の音楽を好きになってくれることは心の底から超嬉しい。
 ただ余計なのは必ず拓郎は古きファンを貶めて若きファンを讃える、こうした「温故知新」ならぬ「怨故喜新」とでもいうポーズを繰り出すところだ。それを聞くとオジサン、オバサンが愉快でないのはもちろんだが、若い方はどう思うのだろうか。例えば電車の中で座ってるオジサン、オバサンを追っ払って空いた席にどうぞお座りになってと招かれた若者は気持ちよく座れるだろうか。心ある若者であればあるほどメチャ居心地悪いのではないか。
 ムカつきながらも、これは吉田拓郎の本心というよりあくまで「芸」であり「芸風」なんだと思い直して生きてきた。愛でないものはあるはずがない。また器の小さい俺と違って俺の回りには「それがまた拓郎の魅力じゃないか」と懐深く鷹揚に構えられていられる多くのファンの方々がいた。そういうみなさんは経験豊かな古株のオジサン、オバサンばかりだった。それが証拠にあのLOVE2バブルの時代にもそれ以降も、コンサート会場が女子高生や若者であふれかえっていた光景をついぞ見たことがない。少しいたことはいたけどさ。
 ということでたぶん拓郎は自分では痛快と思っているこの芸風=懐深き古株ファンに頼りながら彼らをクサする…というのは芸にしてもやっぱりはらたつわー。
 なかなかおさまらないので、明日は「はらたつわーU」〜フォークがそんなに悪いのか編・・・に行こうと思ったら、何?明石家さんま、西加奈子、えっ「イメージの詩」ということで気分が少し上がり始めたので中止。そういえば、さんまから連絡があったアニメってこれだったのか。できればそっちにつづく。

2021. 4. 14

☆☆☆僕らは今も自由のままだ☆☆
 昨日の続きだが、どんな距離感で音楽を聴くかは自分で決める。極上の音楽に人生を変えられ、その音楽がずーっと心に悪さをしながら居続ける。いいじゃないか。それもかけがえのない幸せのひとつだと自他含めて祝福したい。それが健康か、音楽が喜ぶかそんなことをわきまえながら聴くなんて、正論かもしれないが超絶ツマラナイ。音楽は自由なものだと魂に直覚で教えてくれたのが吉田拓郎なのだ。
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 カッコつけて書いているが、ひとことで言えば ほんま腹立つわー ということだ。 

2021. 4. 13

☆☆☆春も夏もいっぱい☆☆☆
 拓郎が前回のラジオの最後に流したザ・シャドウズの”春がいっぱい”を聴くと、いつも愛奴の”二人の夏”の特に間奏に飛ぶ。似てるとか似てないとかじゃなくて、心がそこに飛ぶのよ。少し泣きたくなる、たゆとうようなこの感じ。”月は君の瞳の中で小舟のように揺れてた〜”。私の場合、心に時々入り込んできて悪さをするのは浜田省吾だな。拓郎が言ってたのはこういう音楽との距離感のことだとは思うのだが。

2021. 4. 12

☆☆☆神は細部に宿られる☆☆☆
 石川鷹彦と「馬」を作ってゆくプロセスの話を聴かせてもらうと、こういうのが映像で観られたらどんなに幸せだろうと思う。だからラストアルバム制作の映画化は楽しみだ。
 ただ芸術作品としての映画でなくていい。事実をして事実を語らしめよ、音楽をして音楽を聴かしめよ、ということで素材そのものをできるだけ大事にしてほしい。「馬」のスタジオの風景のような拓郎がスタジオでミュージシャンたちとどういう会話をしてどうやって音を作り上げてゆくか、それをひたすらずーっと観ていたい。
 NHKの「プロフェッショナル」について、庵野秀明は、シン・エヴァンゲリオン完成までの4年間密着取材のドキュメンタリーといいながら取材が4年間ずっと張り付いていたわけでなく、何か月も来ずに、いい所で取材できていなかったことも多いと苦言を呈していた。ラストアルバムも映画を作るならちゃんと張り付いて、どんな些細な瞬間もちゃんと拾い上げてね。見逃し聞き逃ししないでね。すべてはそれからだ。お願い、はあと。
 極論すれば映像と音がクリアであれば、それこそ防犯ビデオの映像みたいでいいからずっと眺めていたいと思う。何時間でもいいぞ。松任谷や高中と何を話し、鈴木茂を抱きしめ、島村、エルトンとどう絡むのかなどなど、DVDの特典でいいから、ディレクターズ・カットならず、ディレクターズ・ノーカットというやつ。

2021. 4. 11

☆☆☆バーボン・ストリート・ブルース☆☆☆
 で、俺は20歳のころからずーっと40年間、敬虔な気持ちでお神酒のようにバーボンを吞み続けてきたんだぜ。今さら嫌いだったというのなら、もとのハタチに戻してちょうだい。そうか京都で高田渡が初めて…「渡 おまえだったのか」兵十は火縄銃をばたりととりおとしました…”ごんぎつね”じゃねぇよ。
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2021. 4. 10

オールナイトニッポンゴールド  第13回 2021.4.9

☆☆☆あらすじ☆☆☆☆☆☆

 こんばんは吉田拓郎です。週替わりの金曜日、今週は「よしてくれろう」別名吉田拓郎がお送りします。
 今は4月4日午前10時。 朝の気分で夜の番組をやってみたかった。
 先月のギター当選者の方に冨山プロデューサーがご自宅まで訪ねて行ってお渡しした。配送の手間と送料を考えると持ってった方が早いということもあるんだろうが、当選した方びっくりしたろうね。プロデューサーが来るとは思わなかっただろうね。いいとこあるよね。当たった人は感激ひとしおだろうね。拍手。いいとこあるな、おまえ。

 いろんなプロデューサーやディレクターの人を見てきた。その中にもう亡くなってしまった浅野さんのいうディレクターがいた。当時アルフィーは売れていなくて、ビートボーイズやらなんやら、なんとかして売らんかなの時だった。坂崎の吉田拓郎の下手なものまねで歌ったことがあった。
 当時、スターズオン45、 ショッキング・ビートルズというレコードが出ていた。これがジョンの声、ポールの声と似ていて僕も持っていてよく聴いた。ジタバタしていたアルフィーに浅野さんが、拓郎さんの曲をディスコ調でやってみないかということで、たった一日でニッポン放送のスタジオで録音させた。これがレコードになって売れちゃって、当時のアルフィーの中で一番売れてしまって不満だったようだ。
 そんな浅野さんは酒癖がよくなくて、必ず酔うと下手なマジックをみせる。もう同じマジックでみえみえでそれが嫌で(笑) まいった。いろいろとユニークで有能なディレクターがいた。

<映画「結婚しようよ」で拓郎さんの曲にかっこよさ、歌詞の世界の魅力を知り、youtube で昔のラジオを聴いてファンになった、 情景が広がって身体全体が音楽につつまれた気になる、アルバムもキリンにまけず首を長くして楽しみに待っているという投書>

 最近、この年代くらいの人からのメールも多い。感じ方が、感覚的に明るい気分で音楽を聴いている。そのことはとっても音楽にとっても幸せな一瞬だ。前から言うように音楽というのは時々心に入り込んで悪さをする。でもそれは時々。時々でないとまずい。歌とか音楽とかが悪さをしたまんま、ずーっと進んでゆくのはその人のために音楽のためにも
よくない。あの歌で人生が変わった、という人もいるが、その時々でいい。メールの方はカラッとしている。そんなふうに音楽とつきあっている。ここに音楽の生きる意味と価値がある。

 僕の愛したポップス、ポピュラーはそこが似合う。時々心に入ってくる、ずーっといるのはよくない。

<シン・エヴァンゲリオンに号泣、しかも最後の映画にあの曲が使われたことに感激、リスナーでこの映画が好きな人は少ないが、ありがとうといいたいという投書>
 この映画は観ていないけれど使われていると知っている。さきほどの富山くんもエヴァンゲリオンの大ファンで彼も先日観に行ったそうだ。60歳の男性が家族の食卓で「人生を語らず」を歌うシーンがあってジーンとなったということでメールをくれた。
 こういう話を聴くとつくづく思う。先月も「吉田町の唄」で上京の時に母と話した決意のことを話した。吉田拓郎の音楽が通じるかどうかわからないが、誰かの心に響くという曲が一曲でも作れればと思っていた。そういう母との約束が実現したと思う。「旅の重さ」という映画で「今日までそして明日から」が使われたが、その時はブームの真っただ中だから監督も使ったのだろうということで、さほど感激とか喜びなかったし、もっといい曲あるのにと思った。

 その後、若い人たちが僕の曲をカバーしてくれたりして生まれ変わるのが心の底からうれしかった。僕もおじさんというかおじいちゃんになった。そんなとき2016年のライブ会場にあいみょんが来てくれていて、彼女がそういう音楽を聴きながら育ったことがうれしかったと感想を書いていてくれて・・・それを読んだときは心が泣きました、嬉しかった。2019年には 奈緒さんが来ていて「今日までそして明日から」が大好きだとKinkiの番組で言ってくれた。
 おふくろよ、広島離れる時の約束が現実になっていると話しかけた。エヴァンゲリオンにしても今に息づいていることが嬉しい。「人生を語らず」に代わって、ありがとうと叫びたい。

<ラストアルバム楽しみ、進捗はありましたかという投書>
 いろいろ進んでるが企画はどんどん大きんなっていく一方でこんなこと実現できるのかというくらい凄いことになっている。

 傑作なのは、Kinikikidsで剛にはアレンジ・プロデュースをお願いすることに決まっていて、一方、光一には何頼もうか。ということで、それを察した光一が勘違いして、僕はイラストとか絵がヘタなのでコーラスとか考えてほしいなと彼のスタッフに話ていた話が届いた。
 光一、おいおい光一よぉ、イラストとか絵がうまくないのは20何年まえに気づいていたよ(笑)。そういうのなら篠原だよな。彼女はその才能を生かして今はユーミンの衣装のデザインとかもするけど。僕が光一に頼むわけないじゃない。まかしとけ君からが楽しむ企画がある。心の中で光一にコレをやってほしいというのがある。時間はあるから、お互い一生の記念をつくろう。


<アルバムはCDだけじゃなくてアナログレコードでも出してほしい、ジャケットという投書>
 そうだね、君いいよ。このごろアナログも復活していると。CDになってからジャケットがつまんなくなったよね。せっかくの写真とかも。やっぱりLPのジャケットはいいな。今回はタムジンファミリー総出で撮影しようと決めているのでグッドアイデアだ。

<天国の島の7曲、まさかペニーレインでバーボンが入っているとは思わなかった、今もバーボンを飲むのか、何の銘柄を飲んでいたのかという投書>
 あなた、あなた、知らないの? 僕はバーボン飲まないよ。ほとんど飲んでない。苦手だよ。あれはね、高田渡が薦めたんだよ。あの頃、フォークでインチキなヤツもいたけど、みんなで全国を回っていた。終わった後、居酒屋とかに行って、で高田渡、加川亮(こさい)、遠藤賢司と気があっていた。飲むときはそれぞれと二人きりだったからみんなどうしは仲良くなかったのかな(笑)。
 京都で高田渡が、アーリータイムスを拓郎飲んでみるか?とうもろこしでできているウイスキーなんだといわれてそこで初めて出会った。その時、ウヘー、よしてくれろう、こりゃダメだというのが第一印象。俺は、サントリーレッドとハイニッカ 水割りかロックだった。そののちに原宿ペニーレインにバーボンを置かした。だけど好きじゃないのでレモンスライスを多めに入れるようになった。それで味をごまけてしまおうとした。レモンで割ると酸っぱさで味がごまかせるが、家に帰っておげおげ(笑)。半年もしないうちにやめた。
 それから好きなのはブランデー、コニャックの水割り。ペニーレインの安田というオールバックのボスから教わったのかな。レミーマルタンが好きだった。高いけど。だからバーボンは飲んでいない、吉田拓郎はバーボンは好きじゃない。

■ 今夜も自由気ままに吉田拓郎のオールナイトニッポンゴールド。

 朝から元気だしてやるのもいいようなわるいような。朝はこういうのには向いていないか。

<拓郎さんと佳代さんのやりとりが楽しみです、スタジオでもつづけてくださいという投書>
 レギュラー化しているんだけど、ウチの佳代に話した。コロナが収束してスタジオで収録するようになったら一緒に来てくれるんですかと聞いたら、「何言ってんのよ」だってさ。たった一分のフリートークのために化粧したり服考えたり、誰かに会うかもしれないし…米津玄師に会うかもないしれないし、菅田将暉くんに会う可能性もなくはない、広島カープの森下さんが・・・あ、昔、朝青龍が来たことあったね、ファンですって言っちゃって・・・その森下選手が来ないともいいきれない。そう考えると気が気じゃない、だから来ない。絶対に行きません とおっしゃいました。確かに、たかが一分弱のために・・・自宅録音だけのスペシャルということで。

 そういえば先日サッカーU24のアルゼンチンとの第二戦、オリンピック代表候補の試合で、久々に気になる選手が登場したそう。サッカー界ではヤットさん以来。(田中)碧くん、いい感じの若い男の子。あと三苫くんも。

 照ノ富士やりましたね。大関復帰。拍手。すばらしい。不可能を可能に・・・後もケガに気をつけて横綱の夢が実現してほしい。 

<拓郎さん佳代さんお誕生日おめでとうございま、この一年も豊かな日々でありますようにという投書>
 毎年ステーキ食べに行ったりしていたけど、あ、明日だ、どうすんだ・・・ウチだな。

<番組も2年目、いくつになってもhappybirthdayリクエストしたいという投書>
 森下愛子さんもリタイアを決めている。世界はコロナの恐怖に襲われていて、このままでいいわけでないな。僕達人間社会は、希望ねあるけれど、危うい方向に向かっているものもあるのではないか。未来永劫、テーマとして持ち続けることが必要だ。コロナだけでなく地球温暖化とか最近想像絶する自然災害も多い。吉田夫婦は老老人生だけど、いかに協力して楽しく平穏に長くということで、その時を待とうよということで耐えようと思う。マウイ島へ必ず行きたいし、おいしいレストランに行けるようにになったら毎晩行こう。

Mー1 いくつになってもHappybirthday  吉田拓郎

(CM)

 朝は午前中は午前中らしい。気持ちよく目覚めて元気でゆく、さわやかな時間。何かを決断するのは違うかな。朝はさわやかに、おだやかに、かろやかに。何かを決断するのは違う。朝陽がサンという曲が大好きだけど、さぁいくぞという感じ。人生での大きな決断、固い約束、人生の方向決断はいつも夜だった。お昼に決めたことはない。
 広島から上京するときに車で迷って深夜六本木の交差点にいた。品川、泉岳寺に元上智大学の連中の待っている場所があった。そこに着いて夜中の一時、朝まで将来の夢とかを語り合った。上智のフューチャーズサービスというグループで、イメージの詩が入っている広島フォーク村の自主製作盤を出したところ。拓郎君の夢を聴かせてくれといわれて、歌謡界に石を投げ込むつもりで、俺らのような音楽をもあることを示したいと言った。そのあとエレックに入ったが、その
 エレックを去るのも夜の新宿の「がんばるにゃん」という店で決意した。CBSソニーのオデッセイ・レーベルに誘われて組めたのも六本木のビー・ブレッド(BEE-BREAD)という店。つま恋を決めたのも原宿のプレイバッハだった。ペニーレインじゃなくてきれいな女の子がたくさんいて(笑)。夜じゃないと大きな決断ができなくなってしまった。夜は僕には大事な時間であり、素敵で大切な時間だ。

 で、曲だけれど、アルフィーの高見澤が間奏のギターを弾いてくれるということだったんだけど、テレビのバラエティー番組でケガして、出るなっていったのに、そこでつき指して、その状態で弾いてくれて、よくいえばシンプルな、悪くいうと・・・言わない。
ドラムは俺の打ち込み、ギターの小倉君、大好きなんだけど、おぐちゃんかベースを弾いてくれて、またミュートしたエレキギターを三回もダブリングしてくれて、このミュートしたギターこれはもともとは鈴木茂、彼のアイデア。彼のアイデアがロック、ニューミュージックだけでなくヒット曲の世界にも影響を与えた。これをバチっとやってくれた。そのアイデアを拝借して。ミュートのエレキギターを頼んだところ、三回ハモリましょうとやってくれた。そこに高見澤の間奏。 
 2019年のツアーでもやりたかったけれど、ギターが、もうひとりほしい、俺では歌いながら弾けないということになった。(夜という)僕にとって大切な瞬間をポップに表現したかった。

M ー2  夜が来た     吉田拓郎

(11時)

  佳代さん みなさん11時を過ぎました
  拓郎さん ありがとう

 そもそも僕は人間的に完璧とはほど遠い若者だった(笑)。病弱な少年期、読み耽っていた漫画や小説の世界の影響で「楽しくなきゃつまんないん」だというのが心の奥底に宿った。音楽に取り組みながら、楽しい何かがないと満足できない。スタジオでセッションしていて思うのは、ニコっとできることが浮かんでくる。そういう僕がいいんじゃないのということでやってみて、レコーディングのときはOKということでアルバムにいれたけれど、あとで6、7曲やめときゃよかったかな という冗談があるんで。その中からあえて三曲。遺言と思って聴いてくれ。アルバムに入れなきゃよかったのを3曲。

 まずはアルバム「元気です」の「馬」 ハハハハハ。石川鷹彦という名手と出会ったのが「元気です」。これは僕にとってはとても大きなことだった。彼はその時既に完成されたギターの眼を見張るテクニックを持っていた。ギターだけではなく、バンジョー、フラットマンドリン、ブズーキ、エレキギターも弾けるし、なんでもこなすんだな、驚いた。石川さん一人いればアルバムが作れる感じだった。演奏だけでなく、特に彼のメロディーが秀逸だった。ミュージシャンは、いいメロディ・メーカーでないと使いたくない。高中なんかホントにメロディー・メーカーだった。

 毎日、CBSソニーの六本木の最も大きい一スタで、今日は松任谷と、今日は石川鷹彦という感じで録音していた。当時はCBSソニーは新しい会社でフォーリーブス、にしきのあきら、天地真理、郷ひろみ、南沙織といったところがメインで、俺たちのようなフォーク・ニューミュージックは未知数で扱いは軽んじられていた。

1スタという広い、オーケストラがそのままはいるスタジオがあって、そこが取り合いになっていた。古株プロデューサーが確保していて、1スタにはなかなか新参者は入れない。そこでディレクターの前田仁が大見栄きって、吉田拓郎たちをおろそかにしてはだめだ、彼らがこれからの音楽の中心になるから自由に使わせろと言ったらしい。

 その1スタで石川鷹彦とリンゴをレコーディングして、休憩していて雑談になった。昨夜もビーブレッドでギターの矢島賢と飲んだ。最近飲み過ぎだと夜よく夢みるんだよなという話になった。変な夢で必ず馬が出てきてドリフターズのいかりや長介が乗っていることが多くて、笑っちゃうとこで目が覚めるという話をした。それ面白いから曲したらといわれて即興で作った。

 ワンコードでアドリブな感じがいい。鷹彦がC〜 Em〜 Am〜 Gをどうだと言われて、シンプルでいいなと思った。
 で、俺がトップにG鳴らしながらコード進行したらどうだろう、ということで Cでも一弦の3フレットを押さえっぱなしで・・・実演。石川鷹彦もカッコいい、オンGでG響かせようということになった。
 そのままだとフォーキーでつまんない、石川さんからお前そういうの嫌いなんだろ、ビートがあった方がいいだろうということで、なんと石川さんは自分の車からエレキベースを持ってきて俺のアコギにエレキベースを弾くというで二人で一発撮りで、すげー面白かった。田中さんが最初にノイズが欲しいということで、僕が「知らない」と入れた。

 いちおうキープしといたけれどアルバムには入れないはずだったが、曲順を決めている時に、前田仁が「馬」は超絶に面白くないかと、くそ真面目に”祭りのあと”とかクサイじゃないか…前田仁は、岡本さんの詞がクサイのが嫌い、そういえばエレックでおまえ”たくろうちゃん”っていうのもあったけど、お前お茶目なのが好きだろと言われて「馬」も入っちゃった。

 この「元気です」がブームになって売れに売れて、このジャンルは儲かるというきっかけとなった。それから50年以上  これはいかにも面白いと言いつつ、ちょっと恥ずかしい(笑)。これがなかったらこのアルバム もっと大人として成立
して吉田拓郎のイメージがそっちにいったかもしれないが、僕はそういう人間、「馬」とか入れたくなる。

Mー3 馬      吉田拓郎

(CM)
 次は「ぷらいべえと」というアルバムで、経営が怪しくなってきたときがあった。当時、ボブ・ディランのセルフポートレイトというアルバムが大好きで、ディランが「ブルームーン」なんていうスタンダードなポップスを歌うとは思ってもみなかった。大好きなアルバムだったけれど、評論家からはさんざんだった。わかってないな、こういう音楽性が素晴らしいと思っていた。それにならってディラン的にアナザーサイドの企画で作った。

 当時、時間と予算に追われていて、夜中の1時から朝6時まではスタジオ使用料が安かった。ミュージシャンもつかまらなくて、ギターの青山徹、キーボードのエルトン永田、先日亡くなったベースの石山恵三が何曲か来てくれた。
 頭をひねくり、ベースいないときもギターを重ねてその音圧で、だまけちゃえ!とかやっていた。そして体調崩して風邪をひいてしまった。だけど治るのを待つ時間がない。そのまんまで歌を歌った。自分の曲だったらいいんだけど、あの名曲「悲しくてやりきれない」僕も大好きだったんだけどあの出来上がりはフォークルの名曲中の名曲に泥塗った感じで心が痛んだ。しかもその日がもっともひどいときだったんだ。ごめんなつて誰に謝っているんだ。加藤和彦にすまんなといわなきゃ、その後たくさんスタジオワークもしたし何度も会ったがついにすまんといえなかった。

 しかし風邪を聴いてレコーディングしたミュージシャンは世界で一人だろう。そのアルバムが売れて会社も持ち直した。

M-4 悲しくてやりきれない     吉田拓郎

…総武線とまる

(CM)

 鈴木茂のアレンジで曲は大好きなカッコいいロックンロールなんだけど、おいおい よしてくれろー、この歌詞はなんなんだ。ギター弾いたことある人にはわかるかもしれない、ひとりごとにしちゃ変な詞で、どうしてこういうお遊びの曲をやってしまうのか。幼い生い立ちか。自分自身は楽しくで笑っちゃって。これがひとりよがりで通じないことがある。ステージでも やる気がない、とってつけたような曲がうけるのはどうしてなんだろう。ロックはなんで受けないんだろうとか。昔、Fの唄というのがあって、♪俺の電話で〜あまり評判良くなかった、女性が好まなかったな。女の子と遊ぶ歌だし。

 ギターの最初はCからだけど、僕はCの響きがあまり好きじゃない。5カポCでF、G、Dで始めるのが多い。でも楽譜集、歌本は、みんなCに置き換えているので違う
僕はEの響きが好き、だからEで始めるんだよという唄。Eは必然的にAに行き盛り上がったらBに行く、Bは一番弾きにくい。でもBが大好き、B7好き。

 Cはどうなんだろう、Dならいいんじゃない、ところでFが好きで恋もギターもしつこくやるならFから始めない手はない。

 Fは普通人差し指を一本1フレット目に置いて弾くけど、僕はギターのネックを親指回して6弦1フレットを押さえて ネックをギユッと握った時セクシーに感じる。変態だ。彼女の背中に手を回すそういうスリルがある。

 誰が聴きてぇか。ああ面白い音楽人生だった。

M-5 Fの気持ち   吉田拓郎

(CM)

 映画もそんなに名作があるわけではないし、見飽きちゃったし、テレビも他にないのというくらい同じことを偉そうに話していたつまらない。今日は、古い映画、僕も三度目だけど「テルマ&ルイーズ」という映画。実話らしい。
 田舎町で平凡な日常を暮らしている女性二人が旅行してみようとする。一人が途中でハメ外して、見知らぬ男にレイプされそうなのを救って殺してしまう。自首せずに逃亡の旅を選択する。逃亡中でも体験したことのない自由な感じ、しがらみに束縛されない本能に目覚める。
 刑事が追うが、本能的に悪人じゃないんじゃないかと確信して、犯人をなんとか救えないかと思う。しかし、刑事の思いが伝わらない。最後の瞬間に二人を追い詰めて自首しろというが、車の中で二人は笑顔で確認しあって・・・最後は言わないが、映画史上屈指の名シーンとなる。
 女性の自由へのあこがれ、不自由な日常からの逃避とともに、彼女らを犯罪者ではなく人間として理解しようとする刑事の話の話でもある。この三人がなんで通じ合えないんだろうと思ってしまう。スーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィス、ハーヴェイ・カイテルあと若き日のブラッドピットが悪党で出てくる

■エンディング
 僕がこの世からいなくなったらたぶん追悼番組はできるだろう。最近の亡くなられたミュージシャン、作詞家、作曲家の特集を観ながら、俺も・・・もしかしたら追悼番組ないかもしれないが(笑)、ひとつくらい作るかな。すると70年代を共にしたミュージシャンの同世代やつらが語るだろう。俺しか知らないと言って話をする。名前は言わないが、だいたい出てきそうな人想像ついた。そういう追悼番組をいなくなってからやられても嬉しくない。大嫌い。なので佳代に追悼番組の依頼が来ても許可しないで全部断ってくれ。生きてるうちならまだしも、死んでからそういうのは断って欲しい。

 すると佳代さんは いいました。すばらしい。「いやだったらコメントを言いそうな人たちよりも長生きすればいいじゃない」 拍手。長生きしてそういう人たちがいなくなってから安心して旅立てばいいじゃない。
 なるほど。80年以降とか若いミュージシャンが言うのはいいけれど、昔のやつらが知ったかぶりで話すのが嫌なんだ。あいつらより長生きすりゃあいいんだ。よーし長生きしなきゃな。

 最後の曲は、かつてエレキブームでも一風違っていた。クリフ・リチャードのバックをやっていたが、自身のアルバムも出している。大好きなザ・シャドウズで「春がいっぱい」。

 M-6 春がいっぱい   ザ・シャドウズ

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆☆☆☆

☆2年目突入ありがとうございます。大変な世の中にこうして拓郎のラジオを普通に聴けることに安堵する。生きていなけりゃ、生きていかなけりゃ。

☆そうか、当選のギターは冨山氏の直接手渡しだったのか。凄いな。でもいわば「魂」が宿る聖なる器みたいなものだもんね。あらためて当選者の方おめでとうございます。

☆シン・エヴァンゲリオンを無理して観といてよかった。あれはさ、一家団欒の食卓といっても地球の殆どが壊滅して生き残った場所での食卓というところでまた格別に胸にしみるのだ。地球は殆ど滅んでも「人生を語らず」は生き残っているんだよ。元気が出るじゃないか。それにもう一曲最後の方に拓郎関係というべき曲がありこれも感動的だった。

☆明るくカラっとしたスタンスか。若い世代の心によりそうように生きている歌に喜びを感じ、御母堂との約束を思う拓郎。その気持ちはわかるような気もする。そういう話を聴くと、1ファンの俺にも灯が未来につながってゆくようなしみじみとした喜びが湧いてくる。
 拓郎の唄によって人生がガラリ変えられて、その音楽がずーっと心にいて悪さをしつづける、あぁ、まさに自分じゃないか。なんだか荒れ果てた土地に取り残された孤児みたいだな。

☆ラストアルバムは、Kinkiもいいが松任谷や高中や鈴木茂、エルトンや島ちゃんたちとどんなふうに組むのかが超絶気になる。ラストは括弧でくくって、とにかく楽しみだ。
☆アナログ提案はすんばらしいです。ジャケットだけでもLPサイズでお願いできないものか。

☆大切なことはすべて夜に決断した、まさに「歴史は夜作られる」という話は面白かった。貴重な記録である。そうなると私のトホホ曲の筆頭だった「夜が来た」の意味合いが変わり、また違って聴こえてくる。それがまた面白い。面白いが、すまん、じゃあ「午前中に・・・」ってなんだったんだ。「午前中に僕はいろんなことを決めてその通りに動いている」(2009年コンサートツアーパンフレット「Have A Nice Day」インタビューより)って書いてあるぞ。野党の質問みたいですまん。

☆「馬」のメイキング。久々に感動した。こういう話をもっともっと早く聴きたかった。スタジオのために会社に啖呵を切る前田も、あらゆる引き出しから音楽的技を繰り出してアシストしてくれる石川鷹彦もすんばらしい。いろんな仕事が糾合されて「馬」が出来上がってゆく様子はドラマみたいにワクワクした。もともと「馬」を余計な曲と思ったことは一度もないし、今回のこの話を聴くともう、いとおしくて仕方がない。こういうドラマが埋もれていると思うと、いてもたってもいられなくなってくる。どうしようもないけれど。

☆前田仁は岡本おさみの詞がクサくて嫌いだった。ああこういう話も大好き(笑)

☆「悲しくてやりきれない」も鼻声は鼻声だけど、その逆境を見事に生かしてなんとも切なくていい味が出ているボーカルだと思う。泥を塗るなんてとんでもない、やはり格段に拓郎の歌のうまさが際立つ。
 「Fの気持ち」しかり。ひとりよがりだなんて思わない。むしろ革命的な歌ですらあると思う。今週の3曲はひとつとして余計な曲はなかった。それより、あの曲が余計ですとかメールしないどいてよかった。

☆追悼番組の話。佳代さん卓見ハラショ。そうだ長生きするしかない。ただのファンとはいえ俺もそうなったら今以上に遠慮なく鬱陶しいことを好き放題書きまくるつもりだ。ずーっと心にすんで悪さをするというファンの模範を示したい(爆)。だからたとえば僅か1日でもいい、俺より先に死んではいけない。とにかくどうかくれぐれも長寿と繁栄を。

☆「春がいっぱい」。昔聴いた高中のカバーもすばらしかった。ちょっと泣けた。

☆☆☆今日の学び☆☆☆
 「吉田拓郎はバーボンが嫌い。」ショック。知らねーよ。オバQの小池さんに本当はラーメンが嫌いと言われたくらいショックである。

2021. 4. 9

☆☆☆橋田町の唄☆☆☆
 訃報ばかりだが橋田壽賀子さんが亡くなった。向田邦子に魂を捧げた端くれとしては橋田さんのファンでしたなどと言うのはおこがましいが、お悔やみ申し上げないって法はないだろう。

 NHKの大河ドラマ「おんな太閤記」について、当時、吉田拓郎が、自分が1年間連続ドラマを観たのは生まれて初めてだと言っていた。翌年の正月に秀吉役の西田敏行が拓郎の自宅に訪れて「外は白い雪の夜」で二人ワルツを踊ったという伝説もある。
 しかし大河といえばなんといっても20年以上にわたってひとつの一族を描き続けた「渡る世間は鬼ばかり」をおいてほかにない。理不尽すぎる内容とか、好き嫌いとか、セリフなのか説明なのかわからないとか、ある日父親が藤岡琢也から宇津井健に代わってたら家族は驚くはずだろぉとか、そういうツッコミをはるかに超えてついつい密かに観つづけてしまった。
 視聴者とともに登場人物も役者たちも一緒に成長し老いてまた亡くなってゆく、この家族がホントにいるような感覚になるのだ。泉ピン子とえなりかずきはもう和解できないのか、本当に身体中が痒くなるのかシンちゃん。もう素もドラマも混然一体となってすべてが進んでいく、これぞリアル大河ドラマなのではないか。ずーっと拓郎ファンでいることとどこか重なったりもする。
 なんのかんので全部観てしまった自分としては、3シーズンで亡くなってしまったが、このドラマの陰の主演は山岡久乃であると思う。そう、「吉田町の唄」のプロモーションビデオに出ていらした山岡久乃である。違うか。特に山岡久乃と赤木春江の対決はもうゴジラVSコングくらい息詰まった。まだ観てないけど。
 
 ああ、生きている、もつれあい、もがきながら今日もまたどこかで息づいている命。そんな歌詞が失礼にも浮かんでしまう。これだけのものを見せていただいた橋田寿賀子さんの御冥福をお祈りせずにいられない。ありがとうございました。

2021. 4. 8

☆☆☆ああ生きていて生きててよかったと☆☆☆
 今日は森下愛子さんのお誕生日なのですね。おめでとうございます。お釈迦様と同じ日なのか。尊い。"ごめんね青春"で観音菩薩の役を演じていたことを思い出す。ということで今日は"花まつり"の日なので"心の破片"を聴いてみる。しかし、このアレンジのベースになったというあのフォルクローレの"花祭り"は、お釈迦様の花まつりとは何の関係もないのだと最近知った。でもいい。この作品は好きだ。特に松本隆のこの詞がいい。松本隆のこと昨日ちょっとディスった気もするが知ったことではない。こんな俺ごときが何言ったところでビクともすまい。良いものは良い。

2021. 4. 7

☆☆☆吉田町といえば☆☆☆
 タラレバは極力言わないようにしようと思う。さすがにこの歳になると、ああすれば良かった、こうすれば良かったなどと、言う方も言われる方も決して幸せにならないことが身に染みてわかる。しかしヘタレの俺はそうはできずに申し訳ない。

 その昔、吉田拓郎が紅白歌合戦に出場した翌月に甲斐よしひろのライブに行った。甲斐は突然MCで「紅白の吉田拓郎は『外は白い雪の夜』はないだろ、やっぱり『落陽』だろぉ」とタラレバな事を言ったことがあった。基本的に同感だが、俺に言わせるとあそこでこそ「吉田町の唄」なんだよと思った。
 「日本の父よ、母よ、子どもたちよ 今、吉田町の唄」というキャッチコピーはちょっとダサいけど正鵠を得ている。そういう唄だ。紅白で歌えば日本の50%以上のまさに老若男女が一斉に聴く機会だ。こんな格好の機会はない。普段は間違っても吉田拓郎なんかを聴かないだろう父も母も子もジジババも、鳥を見た日本野鳥の会の会員も、さらにはペギミンHと暮らす南極昭和基地の方々までも実に夥しい数の人々が耳にすることができたはずだ。「おお、なんかこの唄いい歌だな」「ああ、なんか家族を思い出すな…」と思った人もいたに違いない。すくなとも人々の心に何らかのクサビを打つことができた。繰り返すがそれほどの唄だ。
 天国の島に持ってゆくほどの愛した歌なら、なぜあそこで松本隆に頼ったのだ。すまん、非難したり責めたりしているのではない、涙ながらに問いかけているのだ。それにファンを自称しながら、宣伝は山岡久乃さんに任せて音楽番組にリクエストハガキひとつ書かなかった俺が偉そうに言えたことでもない。
 ただ俺は吉田拓郎が名曲を宣伝する機会を逸したことを残念がっているのではない。この国に暮らす人々がこの名曲に出逢う機会を逸したいわば国難、いや国なんぞに関係なく、この歌を知りそこなった世界中の人々の不幸を憂いているのだ。
IMG_0818 (1).jpg

2021. 4. 6

☆☆☆歌いこむ人☆☆☆
 最近ガラにもなく誕生日は生まれた人へのお祝いと同時に生まれるためご尽力くださったすべての人々への感謝の日なのではないかと思うようになった。しかし今さら俺が自分の親にありがとうございますなんて言えやしない。ただ他人様ご家族の場合はちょっと違うので、昨日は「吉田町の唄」をしみじみと何回も聴いた。

 最初1991年に吉田町に提供したカセットのファースト・バージョンと92年のシングル・アルバムバージョンは、ボーカルの様相が少しだけ違う。ファーストはちょっとハードなボーカルだけれど、シングル・アルバムのボーカルはゆったりとのびやかに懐深いボーカルの印象がある。カセットを聴かせてくれた友人と聴き比べしたのも今は昔。ハードとマイルドと区分けし、どちらもいとおしいという結論だった記憶がある。

 ファーストとシングル・アルバムの間にあのエイジツアーが挟まる。つまり「吉田町の唄」を45回(正確には43回らしい)もステージで歌いこんでから後のシングル・アルバムのボーカルとなる。最初にチカラと思いをこめて熱く歌ったハードなボーカルが、時間をかけて何回も歌いこむことによって、懐の深いのびやかなものに変わった…とあくまで俺の勝手に推測に過ぎないが、それはそれでなんか感慨深い。

 それにしても聴きながら心の底から思うのは「やっぱ拓郎は歌がうまいなぁ」ということである。
 吉田拓郎は歌がヘタであると公言する輩が昔も今も結構いる。それは個人の感じ方なので別に怒りも湧かない。ただこのボーカルのうまさに気づかずに不幸な一生を送るがいいと思うだけだ。>怒ってんじゃん。