三軒目の店ごと
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「今はまだ人生を語らず」/DVD「吉田拓郎・かぐや姫 コンサート イン つま恋 1975」/ビデオ「 ONE LAST NIGHT in つま恋part2」
友よ、レモンスライスを片手に、すべての梯子を登れ
かつて「LOVE2あいしてる」の番組中で、堂本光一が「拓郎さんて、酒飲むとすぐ寝ちゃうし、お酒メチャ弱いですよね。」と話していたことがあった。 ああ、これだけ若いと、さすがに知らないんだなぁ。若き日、酒を愛し酒からも愛された拓郎=酒豪伝説を。
松任谷正隆のエッセイ「マンタの天ぷら」には、コンサート終了後の打ち上げに早く行きたいがために、会場の客がまだ席に座りきる前から、開演して歌いだし、とっととライブを終えるとステージの百倍は元気になって朝まで酒盛りするという拓郎とバンドの様子が書かれている。この作品には、そんな酒場の大海原をピチピチと泳ぎ回る拓郎の意気軒昂さがみずみずしく溢れている。武田鉄矢の言葉を借りれば「酒場の荒野を白馬にまたがって駆け回るようだ」ということか。
「三軒目の店ごと」飲み干すなんていうタイトルからして凄い。ファンにとっては眩しい憧れの世界でもあった。「まだ酔っちゃないだろうレモンスライスが沁みるなんて」などと歌うものだから、拓郎ファンの飲み会には、必ず大量のレモンスライスが並ぶ。お約束のように齧ってみて酸っぱくて「ああ、まだまだ酔っちゃねーよ」と盛り上がる。拓バカとはよく言ったもので、自戒をこめて、本当にバカとしか言いようがない。
名盤「今はまだ人生を語らず」の中で「自宅録音」としてデモテープのように収録されている。「オイラ酒飲み」のコーラスは陣山俊一とオイルズ。1976年のテレビでのライブ「セブンスターショー」で、亡くなってしまった陣山俊一さんが、騙されてこの曲でヘンテコな衣装で踊らされていた姿、それを観て笑をこらえて歌う拓郎の姿も忘れられない。
しかし、大切なことは、これは単なる酒豪自慢や宴会ソングではないことだ。
「大きな声が出るじゃないか。酒のせいでも嬉しいね。言いたいことを言えばいい、歌いたい歌を今歌いなよ。飲み干してしまおうテレ臭さなんて」
「君はまだまだイケそうじゃないか」
こうして歌詞を読むと、酒席に対する気配りと飲み会参加者に対する暖かな心配りが歌われていることがわかる。自らも飲んだくれながらも、酒席のみんなが楽しんでくれますようにという気遣いが滲み出ている。シャイな人に対しても酒を飲むときくらいカラをやぶって自由になろうよという感情解放を促す。単なる酒飲みではない吉田拓郎の"サービス"な人品骨柄があらわれているところにこの歌の魅力があるのではないか。
しかし、もう拓郎がこんなパワフルな酒席を牽引することはないのかもしれない。でもこの歌には明るく自由なハメの外し方、憂さの晴らし方など、酒飲みのスピリットが息づいている。酒量・酒席のいかんにかかわりなく酒の席での大切なメッセージとして今も生きづいているのだと思う。真剣に拓郎を愛してきた拓バカどうし、この作品のスピリットを大切に抱えて酒を飲みたいものである。
2015.10/10