第13回 2017.6.25

 吉田拓郎です。先週いろんな懐かしいオンパレードで楽しかったというメールやハガキをたくさんいただいた。

<フジカラーのCMは、学生運動の怖い大学生や真面目な大人とは違う面白いお兄さんの自由な空気を味わせてくれたという投書>
 最近のCMに苦言がある。70、80年代 例えば化粧品のCMとかは制作者に情熱が感じられた。映画に近いようなCMがたくさん あって、見入ってしまうほとだった。
 最近は、薬、サブリなど一般人に近い人が出てきて、衰えた肌をクローズアップしたり
妙に現実的である。そういうのは観たくない。夢をかけられるものを観たい。

<結婚して10年 妻のレンタルしてくる映画、夫以外の選択肢、年下の彼、危険な情事、パパvs新しいパパ・・・という投書>
 それは、奥さんは君以外の選択肢を考えているな。君に飽きているぞ(笑)
<57歳男性エステに初めて行ったという投書>
 拍手。みんなエステに行ってみよう。  
<投書の続き…美女にムダ毛処理してもらうのが気持ちいい>
 俺は、美女とかそういうことは言わないよ。あまりのお年寄りはいやだけど、やっぱり若い人のほのかな感触(笑)  
 皆、一度行ってごらんよ 素敵な気分になるよ。

 ・NHKニュースで、最近は、尊敬する人が小中学生の間で変わってきたらしい。父親より母親を尊敬する子が半数以上らしい。びっくりした。時代はあるにしても
 昔は父が尊敬・威厳・尊厳の対象だった。最近のこの変化の原因は、仕事を持つ母への尊敬のようだ。家事・子育て・仕事と奮闘するお母さんを尊敬するようだ。
男性の地位たるや弱くなったというか、女性のチカラが強いのか。しみじみ言うけれど、家では僕は存在がないね。女性は偉大だな。
 例えば、パンダのお父さんは赤ちゃんのこと知らん振りだけど、お母さんは食事も忘れて子ども面倒みてて偉いよな。
■タイトル

 昨日は映画で泣いた。「きみに読む物語」。ライアン・ゴズリング主演の映画。レイチェル・アン・マクアダムス二人に、ジェームズ・ガーナーとジーナローランズ。養老院で認知症になっているおばあちゃんにおじいさんが、かつての若き日々の自分たちことを物語を読むように語ってあげる。もう泣くというより吠えていた(笑)。いい映画、一度ご覧ください。

M-1 落陽 寺岡呼人feat.竹原ピストル

<リクエストで優勝したらカープのユニフォームで授業をしてくださったという投書>
 いい先生だね
<平安時代のお化粧の再現してくれるという投書>
 それいい先生なの?(笑)
<ファイト何発?と聞いてくる先生に一発と答える自分という投書>
 それ異常じゃないか(笑)
<花粉症なのかすぐくしゃみする先生でそのくしゃみがセックシュというくしゃみ=セックしみずという渾名だったという投書>
 いたな、仁丹食べている社会科の先生。「姿勢を正して」という厳しい先生だった。苦手だったな。
そういえば、親父がくしゃみをするときに、「ハァークチャーン」というのが、「タァークチャアーン」と聞こえていつも「はーい」と返事をしていた。「おまえなんか呼んどらんが」と怒られていた。
<姿勢のいい先生だった。もらった張り手の痛さは今も覚えている。同窓会でみんなのお父さんは遠洋漁に出ていて父親不在が多かったので、自分が父親のような存在になれればいいと思っていたという投書>
 いい先生だね。<80歳になられた今も背筋はまっすぐたったというその先生の投書>に仁丹の先生はどうしているか。
<大学出たての女の先生。小学生だったので、体育の時、一緒に着かえていた。平気でおっぱいをだしていた。おっぱいポロリン先生という投書>
 みんな若い先生に 憧れる。男子は性的なそういう目覚めのような思いもあるが女子はどうなのかな。

ラジオでナイトクラブ

 泣ける曲<蛍の光 歌う>
どうしてこの曲が来ないのかな。これほど泣ける曲はないよね
 
<竹内まりや「いのちの歌」で命の大切さを知ったという投書>
 声としては好き。 竹内まりや、南沙織、カレンカーペンターの声は好きだね。
M-2 いのちの歌 竹内まりや
 これはドラマの映像が浮かんでくる。歌詞が「いつかは誰でもこの星にサヨナラ」僕は彼女が好きだから、なるほどと思う。日本人は好きなパターンがある。そのパターンはうまく説明できない。しかし、吉田拓郎の歌は、そこにひっかからない。日本人の涙腺にひっかかってない。俺にはそこは作れない。詞は書けないしメロディーからも出てこない。僕にはない。

<カーペンターズ「遥かなる影」バイト先の外人女性に恋したという投書>
 これからコンサートでも姿勢を正せと言ってみようか
 外人に勝手に恋をしてんじゃない(笑)青かったというよりバカだったんじゃないか(笑)
 広島の頃、岩国の米軍キャンプで週末、演奏に行っていた。そこで働くアメリカ人の女性に恋心を抱いた。しかし話せない。ダウンタウンズは、睦月、小松、小野だった。睦月は、広島大学政経学部で優秀なので、どうしたらいいと尋ねると「わしにはわからんのう アイラブユーではダメなのかのう」という返事だった。こんなバンドナベプロが受け入れてくれるわけがない(笑)
M-3 Close to you カーペンターズ

今週のマイ・フェイバリットソング

 東京へ着てから、フィリピン・バーに入り浸っている時、そこのママに「ここの女の子で好きになった子には「アイラブユー」って言うのかな?」と聞いたら「アイラクユー」でしょと言われた。そうだよな。睦月。広島大学政経学部。何なんだよ。

 このコーナーは、吉田拓郎が好きな曲をかけているわけではなく、こういう唄もあるということを音楽の勉強するコーナーだ。
 「三連」(弾いて見せる) 
 三連音符が並んでいるもので、5、60年代のアメリカではたくさんあつた。ストーンズやオーティスレディングとか。

M-4 骨まで愛して 城卓矢
M-5 宗右衛門町ブルース 平和勝次とダークホース
M-6 逢わずに愛して 内山田洋とクールファイブ
 三連の曲は今消えた。演歌ではあるがポップスではない。こういうロックバラード 日本人は大好きだった。僕の歌だと「海へ帰る」とか「夜行列車」。(歌う)。三連だよ。僕の心に沁みついている、何とも好きで心が和む。

 前川清はもともとポップス系の人だったらしい。今聴いても素晴らしい。
M-7 長崎は今日も雨だった 内山田洋とクールファイブ

エンディング

 泣ける歌、こういう映画がいいというテーマで募集。 
それからUFOをどう考えるというハガキを待っている。僕は、幽霊もUFOも信じないけど、矢追さんの番組は観ていた。
ここまでお相手は吉田拓郎でした

個人的思いつきと感想

☆先週がお祭りとすれば、今週は祭りのあとのような、おだやかな放送だった。てか、誰もが思っているはずだが、スペシャルウィークだけでなく、毎週、自分の曲かけてよ、歌ってよ、語ってよ。すまんが、 寺岡呼人feat.竹原ピストルの「落陽」とか、私には意味がわからない。

☆最近のCMには夢がなく、見たくないという意見はごもっともだと思う。その文句の言い方や語調が、昔の御大を彷彿とさせてくれた。あの熱い語りの感じとでも言うのか。ちょっと怒っている御大は魅力的である。

☆「きみに読む物語」。 たまたま先月、この日記でも夕陽のオープニングの話を書いたところなので、なんか嬉しい。そうか、泣いたか。そういえば森下愛子さんが認知症になってしまう朝ドラ「純と愛」を少し想い出した。
 泣ける映画度文句なしの「5チャンプ」と認定させていただいた。かつて1979年ころ御大はジョン・ヴォイトの映画「チャンプ」で大号泣した事件があり、山本コータローなどは「チャンプ拓郎」とまで呼んでいた。というわけで、以来、泣ける映画に出会うと、涙腺度を1~5チャンプで表現させていただくことにした。とりあえず他の5チャンプは、「フィールドオブドリームス」と「鉄道員(イタリア)」が認定されている。

 オープニングの夕景だけでもt.yな感じの素晴らしい映画だ。


☆「タァークチャアーン」「はーい」「おまえなんか呼んどらんが」。これは大爆笑だ。爆笑しながら、その光景を思い浮かべると、なんか3チャンプくらい泣けてもくる。

☆ 自分の歌は、日本人の涙腺には引っかかってこないという話はちょっとショッキングだ。
御大の歌で泣ける歌は、番組で募集すれば、それこそ山のように届くと思うが。例えば、桑田佳祐にも小田和正にも確かに泣ける名曲はある。あるけれど、桑田だから、小田和正だから泣けるぞという商業戦略で出来上がったお約束が日本に蔓延していて、その刷り込みで涙腺刺激されている曲も多いのではないかと思う。
 御大、そう言わずに、三連で心の底から泣ける歌を作ってくれよ。それにしても「海へ帰る」を覚えていたんだな、えらいぞ御大(爆)、。

第12回 2017.6.18

こんばんは、吉田拓郎です。
今日はおじさんとおばさんには涙もの。古いものをたくさんお聞かせします
■タイトル

僕の歌を思い出してみよう・秘蔵音源スペシャル

スペシャルということで断捨離中に、見つけた音源をかけます。最近ネットとかyoutubeによく載っている。なんでyoutubeにのっけっかなぁ。
 外人の歌う襟裳岬。当時、ナベプロが森進一の大ヒットに乗じて、ナベプロゆかりの高名な方が、この作品を外国人に歌わせてみたらどうだ?ということで企画され、その方がアメリカ在住のため、アメリカで録音された。西部劇のような、カウボーイが歌っているよう襟裳岬。誰が歌っているかはわからない。
凄く渋い。英語だとこうなるんだな。
M-1 襟裳岬 (英語しかしサビは日本語) 不詳
 昔だし保存状態も良くなくて音も悪いが、カッコイイなと思います。
 この番組のスポンサーもあるけれど、今日はスポンサーの枠を乗り越える
 71年、まだエレックの頃、CMの依頼が来た。作詞は、永ちゃんの”時間よとまれ”とかの山川啓介、作曲は渋谷毅さん。なぜ自分が選ばれたのかわからない。代理店の方の選択か、まずエレックのチカラではない。エイベックスだったらあり得るが。なんでエイベックスにゴマするか。

 松下電器のテクニクス。
 (“僕の旅は小さな叫び”を歌う)
 ♪明日になれば明日が来るのかそいつは誰にもわからない・・・この先のメロディーがなかった。渋谷さんが「ここからは吉田君テキトーに唄いたまえ」ということだった。まだ71年当時の吉田拓郎は海のものとも山のものともわからない新人。コード進行が決まって、オケが出来ているところでテキトーにと言われても・・・でも、これをやっちゃったんですよ。血か涙の出る思い。
M-2 僕の旅は小さな叫び
♪言葉にしたら、ああなんて小さいんだろう…このあたりは譜面がなくてテキトーに歌った。当時を彷彿とさせるシャウト。惜しむらくは、ちょっとフォーキーだなと思う。今だったら、もっと違うのができたのにぃぃぃぃ(絶叫)

 ・フジカラーのCMソング。これはレコーディング風景が浮かぶ。当時は、たくさんの集会のようなコンサートばかりでまだソロのコンサートツアーはなかった。加川良、高田渡、かぐや姫、コータロー、遠藤賢二とかと一緒だった。その中に猫というグループがいた。
 当時、「ハブ・ア・ナイスデイ」だけは使えという代理店の言うがままに作った。
 深夜放送とかでアメリカンポップスが好きで、ウォウウォウ、イエイという感じでメロディを作った。コーラスも50年代のアメリカンポップスを意識した。
 歌詞は、当時ラジオとかで、拙者、おぬしというサムライ言葉を使っていたのを使ってみた。
 猫と旅先から上野駅について、そこから夜中にスタジオに行って録音した。エレキ2本とボンゴも自分。レコーディングの技術もなかった。よくかまやつさんから聞いた話で、スパイダース時代、ストーンズの「サティスファクション」のフレーズ(弾いて見せる) で音が割れてるのは、あれはアンプの故障だろうかと悩んでいた逸話。
 フェンダーのデラックスリハーブというアンプに毛布を何重もかけてエレキの音を抑えた。
 猫の連中も下手だし、エレキはよしだたくろうだし、でも一生懸命なんだよ。
M-3 Have a nice day 気ままに写そう篇
 斬新なCMソングで、ヒットした。当時は、猫がバックだったのでステージでも結構演奏した。とてもウケたので代理店が次もと来たけれども今度は好きに作らせろということで取り組んだ。
 クラッシックな感じが面白いと思い、瀬尾一三に「クラッシックな感じでお願いできるか」と尋ねたら、「得意じゃないけどやってみよう」ということになった。弦楽四重奏のような感じと行ったら三拍子がイイと言われた。今度は広島弁を使ってみようと思いついた。
 若いころはクソのように忙しかったのにいろいろ思いついたなぁ。この発想がやがて♪ええかげんなヤツじゃけ…に繋がってゆく
M-4 Have a nice day 天然色写真篇

 車の話で先日話した16台の初代がスバルレックス。
 CMソング。キャンペーンでヨーロッパで撮影したのを覚えている。初めてのヨーロッパ。むこうで運転しながらカーステで聴いていた記憶がある。アレンジが、ああ石川鷹彦だ。
 ひらがなで「よしだたくろう」だ。確か、松任谷正隆、駒沢裕城のスチールギターも入ってる。
「共鳴レックス」はあとから入れた。
M-5 僕らの旅
 「共鳴レックス」やめてほしかった。興覚めするね。まだチカラがなかったのか。まいったな。
(僕らの旅はまた歌う 共鳴レックス入れた)
 いい歌だなぁ。

 ・次は、フジカラーで沢田研二。安井かずみ=ズズはジュリーが好きだった。拓郎たちのせいで音楽業界が悪くなった。あなたはいいけどフォークの人々はキライと言っていた。拓郎もジュリーのようにやりなさいと再三言われたので、ジュリーは意識していた。
“時の過行くままに”の時なんかは「やられたなー」と思った。
 それにしても、沢田研二への提供は、嬉しかった。ナベプロへの道が開けた(笑)
録音に、立ち会っていないが、大野克夫さんのアレンジ、ギターは絶対、井上堯之・・・ということはバックはPYGだったのではないかと思う
M-6 今このときめきを
 いいなぁ、いい曲だなぁ、アレンジもいい

 ・次は山口百恵。お会いしたのは 一度しかない。CBSソニーのヒットパーティで、キャンディーズや南沙織らのいる中に、百恵さんもいた。彼女から「今度、フジカラーの歌わせていただきます」と挨拶された。恐縮した。今や伝説の人、百恵さんによく曲を作れたもんだな。
 ただ“私は小鳥”タイトル良くないな
M-7 私は小鳥
 歌詞が凄いな(読む)なんて素敵な詞を書けるのだ(笑)
76年には漢字になってる 吉田拓郎

 ・いきなり79年に飛んでその間はなかったのか。お酒とか洗剤のCMとかあった気がするが…ないのか。
 “ウィスキークラッシュ”作詞佐々木勝彦…知らない。確か…アレンジは後藤次利だった気がする。
 曲は、イマイチ。もっと頑張れと思うところがひとつある。
M-8 ウィスキークラッシュ

今週のマイ・フェイバリットソング

 「バイタリスフォークビレッジ」というラジオ番組があった。、
 初代パーソナリティがジミー時田&榊原るみ
 次が広川あけみさん、…広島時代聴いていた。
 そして佐良直美・・・その次が吉田拓郎。
 佐賀直美最終回の翌日から吉田拓郎がスタート。
 いろんなエピソードがあった
 島田さんというディレクターが、ユニークな方だったが、その方のインタビュー。
<よみうりホールや共立講堂のコンサートでマークⅡを歌っている姿を観ていた>
「次は拓郎だと思った」しかし当時まだ売れていなかったのでニッポン放送の営業と編成からもっと名前のあるやつないのかと言われた。営業マンが頑張って電通とスポンサーを説得してくれて決まった。
気取らない素直ないいやつだった
番組が始まってまってすぐに売れた。みんなホクホクだった。
作家の岡本おさみの印象…  暗い男だったね。>

(爆笑)一緒に食事してて岡本おさみと松本隆はツマンナイ。何も話ししてくれない。
石川鷹彦が音楽のサポート、あ、石川鷹彦だ。岡本おさみが詞の相談にのっていた。
 テーマ曲は、亡くなってしまった木田高介とリトルモアヘック。BSPみたいな感じのグループで、アルバム「人間なんて」のブラスロック部分を担当してくれている。
 木田さんは、ビブラフォンがうまく、ドラムも上手だったし、アレンジの腕も良かった。 ルームライトのアレンジもしていた、神田川もそう。
 木田高介、石川鷹彦、瀬尾一三は、音楽界に欠かせない三人だ。
 このテーマ曲もニッポン放送の一スタで録音した。エレキは吉田拓郎だ。
M-9 フォークビレッジのテーマ
 この音楽にのって「みなさんこんばんは…」
 ウマいなぁ。吉田くん良かったね、昔

エンディング

 しかし、古いものをよく持っているな…病的なものを感じる…良くないね、
今度こそ処分しよう。断捨離だ。どういう字かわからんが。吉田拓郎でした。

個人的思いつきと感想

☆ハラショ。素晴らしい。聴取率調査週間の狙いどおり、おじさんはもう大感動だ。
 御大のひとり語り。毎週そうなのだが、今回は、自分の曲をかけ、自分の音楽生活を自分の思い通りに語ってくれたので「拓郎純度」はこれまでになく高かった。唯一、外人の襟裳岬が余計だったくらいだ(笑)。かつてのラジオのような自分ひとりの音楽語りが素晴らしい。

☆一曲一曲が御大が自讃するとおり素晴らしい。

☆いきなり”僕の旅は小さな叫び”・・・おお涙が出そうだ。渋谷毅は、さすがジャズピアニスト、ジャズの即興を御大に投げかけたというのは本当だったのだな。御大は謙遜するが、その即興への返唱が素晴らしいではないか。だからこそ、御大に白羽の矢が立ったのだと思う。2並びのコスト安もあったのかもしれないが・・・・。いろいろ繋がった。
 それにしても、いいねぇ、いいシャウトだよねぇ。今ならもっとというのなら、是非是非聴かしておくんなまし。

☆"僕らの旅"の「共鳴レックス」と「語り」は、確かに邪魔だが、もう不即不離の音楽の一部になっている。またアレンジの石川鷹彦への思いの熱さが静かに伝わってくる。それとそうか、松任谷と駒沢さんが参加しているのか。そうか。それも感慨深い。ラーメンに、実は高級な出汁が使ってあったのがわかったみたいな感じだ。
 
☆ハブアナイスディ。アンプの毛布巻き。もはや貴重な歴史的証言である。

☆そうか天然色写真には、瀬尾一三さんがこの頃から絡んでいたのか。確かに、シャンパンの瓶のように音楽の才気が溢れに溢れている御大を感じる。

☆"今このときめきは"名曲にして名演。なんで公式音源にしておかなかったのだろうか。

☆"私は小鳥"…赤いアメフト・ユニフォームを着た百恵ちゃんが、くっきりすっきりフジカラー。吉田拓郎の作詞作曲と知って、中学の教室で自慢したものだった。自分には何の関係もないが。誇らしかった。

☆"ウイスキークラッシュ" 後藤次利だったの?そりゃ凄い。この曲のどこが不満なのだ。 篠島でノボリを立てて"ウィスキークラッシュ"を歌っていた連中が懐かしい。

☆フォークビレッジ。もっといろんな逸話があるだろうに。「次は拓郎だ」という島田さんの先見の明。誰か「やっぱり最後は拓郎だ」と見出してくれないだろうか。

 木田高介、石川鷹彦、瀬尾一三。かれらは、私たちにとっての恩人でもある。

☆ かぁーーーーとても一曲一曲深すぎて、こんなスペースでは書ききれない。
何回も何回も、曲も語りも反芻しよう。

☆ 常に新曲とともに明日を見つめる御大にとっては、こういう過去作品を愛でることを心のどこかで禁忌としているのだろう。断捨離というのもテレ隠しと思いたい。

☆ しかし、これだけの名曲たちをCMソング、テーマ用の曲ということで放置したことは大きな間違いであると思う。もちろん古いとか、音とかメロディーとかにご本人には、いろいろ気に入らないところがあるのだろう。しかし、そういうのは、別に公式音源にした曲にもたくさんあるではないか。おい。
 この素晴らしい子供たちを放置していることが歯がゆくて仕方が無い。だからこそ、心あるファンたちは、あえてyoutubeにUPするのだ。この子どもたちが公式音源として世に出ていれば、誰もそんなことはする必要はない。素晴らしい作品を残したいと思う気持ちのどこが病的なものか。古代遺跡に挑む考古学の発掘隊とたぶん気分は一緒である。
 感激ついでに言ってしまう。大瀧詠一は、現代CMソングの始祖といわれているが、御大の方が時期的にも早かったし、昨夜の放送を聞いてもわかるとおり、曲のクオリティもはるかに高い(当社比)。ただ大瀧さんは、これらのCM曲を公式音源に残し、自らのCMソングの実績を世界に向ってアピールしたため、CMソングの始祖のようになっているだけだ。奥ゆかしい御大にはそれができないのだ。
 "はっぴいえんど"が音楽的に素晴らしいことは私なんぞが言うまでもないが、何より彼らは自分たちで自分たちを伝説化し、日本語のロックの革命とか自讃し、周囲にも忖度させる環境造りというかプロデュースの努力をしたから、なんか実態以上に凄いことになっている気がしてならない。御大は全く逆である。もっともっと評価されるべきなのに、肝心なところで引いてしまう。断捨離とか方向違いもいいところだ。
 このCMソング群ひとつとってみても、そこに関わったミュージシャンや当時の状況も含めて、もう世界音楽遺産である。だからこそきちんと残し、田家さんだけじゃない誰かが、素晴らしいものだと絶賛する必要がある。周りの人誰か言ってよ。魂の底から素晴らしい作品たちじゃないか。

 ・・・ということで次回を切に待っています。それでも、どうしても、どうーしても断捨離するなら…ください(爆)

第11回 2017.6.11

 こんばんは、吉田拓郎です。思い出の先生を募集しました。

<東北弁の英語先生という投書>
 俺も中学の時、英語を喋れない先生がいた。「ジャック・アンド・ベティ」の世界。
50代後半 でぃすいずあぺん…という発音。こういう先生に習うと英語は喋れない。
ハワイで喋れなかった時、恥ずかしかった。
<投書の続き…正解すると「んだす」、道を外人に教えて「んだす」>
 英語とか音楽の先生は昔とは昔と今では相当変わったよね。
<小学校のとき黒板にチョークで書いているとき、洋服や靴下の”つぎあて”が見えるのが恥ずかしかったが、お母さんのことをほめてくれた先生という投書>
 涙なしに聴けるか。いい話じゃごさんせんか。ござんせんせんかの理由は来週。  
<家庭科おばあさん先生が、一メートルの物差しで叩くという投書>
 小学校の時、長いチョーク棒で叩く男の奥村先生。今でも嫌いだし、恨んでいる。身体が弱かったので、授業が遅れ、放課後残されたときも、ぺシンと叩かれた。キライだった。
 中学の音楽先生は、ピアノでなく、アコーディオンで教えてれたし、題材も歌謡曲が多かった。クラッシックよりポピュラーに気持ちが向かう頃だったので印章深い。
<"北帰行"を歌う>
高校の時の体育の先生。水泳の時間の水着姿がグラマラスだった。男子生徒はみんな ワオ(笑)。

 今日も一日…じゃない、そんなにやんないよ、1時間お付き合いください
■タイトル

 またネイルサロンに行った。三度目。これはひとつの贅沢。もともとは、西海岸から流行の発端でビバリーヒルズのセレブから広がったようだ。
 手は浅野さん、足は畑山さん、メンズとベテランはお断りといってある(笑)。
 サプリメントも安くないし、外的な若返りサプリも多い。年老いていくことの停止だけろうど、それもいいけど、贅沢によって気持ちが若返ることもある。サロンでは、50歳くらいの気分の自分がいる。精神的な若返り…健全ではないか。
 男性の心根ではサロンには入りづらい、居づらいだろうが、そこさえ乗り越えれば…あ、声が枯れてるな・・・。
 だからこれからも続ける。

M-1 ぼくの好きな先生 RCサクセション
 キヨシロー・RC コンサートも旅もよく一緒だった。音楽仲間もキヨシローのステージの時は、みんな袖に観に行っていた。「いいよね」とみんなが思っていた。

泣ける歌のコーナー

<故郷の廃屋歌う> 泣ける。時々ハーモニカ吹いていた。
「泣ける歌」といえど笑ってしまうのはどうなんだという話もあるが、僕にはそうではなく笑っちゃうときがある。
<なかなか泣けない拓郎さんのために美樹克彦 花は遅かったという投書>
M-2 花はおそかった 美樹克彦
 なんてコメントしたら良いか。悲しい歌だし作った人にはリアリティあるんだろうけど
俺は、まず泣けないのは「かおるちゃん」がダメ。どうして「かおる」なのか。

<遠き山に日は落ちてという、下校の思い出という投書>
 タイトルがピンと来なかったが なんだこの曲か  ドボルザークの曲らしい。
M-3 遠き山に日は落ちて 不明
 下校時間 港区も夕方5時にこういう曲が流れる。大相撲放送を観るシャッターチャンス。クラッシックの旋律にはジンとくる。
 かおるちゃんの世界とは全く違う。なのにどっちも泣ける人かいるのが面白い。

<ホームにて単身赴任の時に自分で歌って号泣したという投書>
 拓郎はこういう曲をつくってないのか?<「馬」を歌う>
 泣けるといえば<流星>のラストが歌えなかった。初日の市川で、”君の欲しいものは何ですか”…を客席が歌っているんだなというのがわかった。”僕の欲しかったものは何ですか”を皆が歌うんだろうなと思ったら、思いが募ってしまって。
 人の涙腺ゆるがして何だよ、中島みゆき。
M-4 ホームにて 中島みゆき
 これはやっぱり僕たちの弱いシーン。駅とか港とか空港とか。ホームに悲しみはある 
よし、駅の唄、空港の唄、港の唄作るぞ。

ラジオでナイトクラブ

 このコーナーはいいけど、テーマ曲がなんでサム・テイラーなのか。よくわからない。
今日は、先生の話。

 自分の先生に対するスタンスとしては、「先生に媚びるタイプ」「好かれるためになんでもする」そういうやつだった。
 男性で好きな先生。大学時代、アジア社会学研究のゼミの先生が好きだった。音楽のことを書けと言ってくれて、インド音楽でパスした。 
 女性で好きな先生は、姉さん先生。谷山小の宮崎先生。下駄屋の娘に相撲で投げられておんぶして医務室。背中の感触は今も忘れない(笑)
 20年くらい前、高校の同窓会で先生と生徒の区別がつかなかった(笑)
<音楽の先生40代女性。クラッシック・ジャズしか聴かない先生。レコード鑑賞会でかぐや姫、あのねのね、断絶「傘がない」などを鑑賞した。自分は、「どうしてこんなに悲しいんだろう」をリクエストした。チック・コリアに対抗するには、松任谷正隆しかなかった。先生は、陽水と拓郎を比べて、吉田拓郎はまだ余裕があるけれど、陽水はもういっぱい、いっぱいねと評価したいう投書>
<大爆笑というかご満悦の御大>
吉田拓郎が大好きだった宮崎先生が出てくる

M-5 夏休み 吉田拓郎 一瞬の夏より
 このバージョンが好き。これは、一発録り。今年の夏はこういう録音をしたいので、いっぱい曲を作っているが、2曲しかできていない。一斉に同時にドンとやってみようというのをやってみたい。

今週のマイ・フェイバリットソング

 声はいろいろ 陽水、みゆき、ユーミンなど。南沙織の低めの女性の声が好きだった。カレン・カーペンターとかも好きだ。ヒステリックな声は苦手だ。男性は、ディランの声はあまり好きではない、やっぱスティービー・ワンダーか。ニグロ・スピリチュアルかな。ロッド・スチュアートは好きだ。
 日本だと…吉田拓郎しか思いつかない。

 今週は ミニー・リパートン  Lovin' You
 五オクターブくらいの声が出る。若くして亡くなってしまった。
 垣花アナの声も好きだな。 顔よりも声。今週は差し入れがないのか。
 ミニー・リパートンの歌声は、人の心を平和にしてくれる。まさに小鳥のさえずりのように囁く。天が授けた声。もともと彼女が歌っていた自分の子どもの子守歌だったらしい。ミュージシャンのダンナが聴いていてピックアップしたらしい。スティービー・ワンダーも彼女を気に入っていた。この声、え、人の声なのと思ういい声。
M-6 Lovin' You ミニー・リパートン

エンディング

ピアノは多分スティービー・ワンダー。音楽はいいもんだね
来週は、蔵出し音源。You tubeに出ているが、わざわざ持ってくるんだからいいじゃないか。なんで蔵出しがあるか、実は、引っ越しを考えていたのでいろいろ断捨離してしまって、結局引っ越しが決まらず、モノ不足になっている。
 お相手は吉田拓郎でした。

個人的思いつきと感想

☆今日は、先生特集なので「恩師よ」ないしは「消えてゆくもの」かと予想していたが、「ぼくの好きな先生」だった。御大は、本当に、キヨシローが好きなんだな。昔から手放しで絶賛していたもんね。でもキヨシローは、ずっと「吉田拓郎大嫌い」を公言して憚らなかった。好き嫌いのハッキリした御大だが、自分が嫌われても、自分が好きなものは好き、という愛情の見返りを求めないところに、御大の自立した魅力を感じたものた。それにキヨシローの「拓郎嫌い」は、たとえばライバル心や嫉妬や僻みのようなものの一切ない混じり気のない本当に「キライ」だったから、私も「拓敵認定」は避けてきた。なんだそりゃ。
 永遠の片思いかと思ったが、スーパーバンド時代にはキヨシローは吉田拓郎について「最近は会うと仲いいっすよ」と発言するようになり、やがて「心のボーナス」の提供、そして悲しくも幻となってしまったキヨシローの2009年の御大ライブチケットの入手に繋がる。
 殆ど交差交流のような二人だったようだが、つながりの物語が垣間見えるかのようだ。

☆なんといっても「一発録音」。良かった、アルバム制作を忘れていたわけではないのね。「2曲しかできていない」…というが、2曲も出来ているのかと思えば嬉しい。但し「アゲイン」と「僕のあたらしい歌」の2曲じゃなければだが。おい。せめて3曲あれば、あとは提供曲の本人歌唱と、未発表曲で埋められよう(爆)。楽しみにしている。…とはいえ、ライブはしばらくはないのかな。まぁいい。新曲だ。

☆「チック・コリアに対抗するには、松任谷正隆しかなかった」…この人の感性好き。とても好き。

☆「泣ける歌」は、涙を共有する企画ではなく、いかに人はそれぞれのバラバラな事情と感性で生きているかを確かめ合うコーナーなのだと知る。人はとことん違うものなのだという認識から、御大は、相互理解と世界平和を目指そうとしているに違いない。たぶん。

☆広島商大の先生は、「誰も知らなかったよしだ拓郎」によれば、大崎教授というお名前で、御大が、卒論を300枚も描いた話や「吉田拓郎くんはその気になれば学者になれた」と評していた。
 また宮崎先生も、後に自分の子どもが聴いている音楽からあの吉田拓郎くんだと知って手紙をくれたり(これは「気ままな絵日記」か)、当時の小学生の御大の思い出を詳しく語ってくださっている。
 こういう文章読むと、先生方の素晴らしさとともに、御大の魅力の周辺も浮かび上がってこようというものだ。
 御大は最近は山本コータローがキライのようだが、「誰も知らなかったよしだ拓郎」は、実によく調べられた素晴らしい文献であると思う。

☆ 「ホームにて」は泣ける。いる。身近にも聴いては泣き、唄っては涙で詰まらせる人がいる。名曲だ。
 しかし、御大の「駅とホーム」には、「制服(「故郷の廃屋はこれでしょう」)」「大阪行きは何番ホーム」という超絶泣ける歌があるのを忘れていまいか。港には、「ベイサイドバー」と「錨をあげる」いうこれまた佳曲があるのを忘れていないだろうか。空港についてはは五十嵐夕紀の「えとらんぜ」があるが、これは泣けないか。

☆ かおる はダメで たまこ はいいのだろうか。

☆また引っ越しか。今度はどこに行こうというのか。まだ旅を続けるのだな、カッコイイぞ御大。

☆それにしても断捨離とは。
 捨てるなら俺に(私に)くれ!! 整理するなら俺に(私に)任せてくれ!!という悶絶するような一群の人々の心の叫びが御大に届かなかったのだろうか。

第10回 2017.6.4

 こんばんは、吉田拓郎です。みなさんにも苦手なものがあるでしょう。

<家事全般得意ではない、夫にお掃除ロボット買ってもらったという投書>
 我が家にも一人いる。ウチの奥さんは家事が嫌い。でもキレイ好き。そうすると片付け掃除を始めると潔癖で凄い長い時間をかけてウンザリするくらい。それで家事がキライになる。「こんなのしたくない」と叫ぶが、そんな様子を30年観てきた。どうもしてあげられない。

<クジ運がないという2012.2014.2016チケット全敗という投書>。
 ・キライな上司。一位、責任逃れする上司。それは嫌だな。友人としても嫌。
 ・小学生の苦手な生き物(2011年)、 1.蛇2.トカゲ3.蛙‥ 僕も苦手 小学校で解剖してからか。4.鈴虫5.コオロギ…わからないな。6.猫
 ・キライな食べ物。昔、昭和20年代1. セロリ 2.レバー 3.納豆 みんな大好き。特に納豆大好き。納豆は飲める暗い好き(笑)。
  今は、1.ゴーヤ2.セロリ3.ピーマン。
 ・キライな家事  1.掃除…みんな嫌いなんだよ 2.アイロン 3.食器洗い4 .風呂洗い 5. 夕飯・・・これは、別れなさい(笑)。 朝ごはんは何とかなるが、晩御飯作るのがキライなのは困る。
■タイトル

 6/7 トリビュートアルバム「今日までそして明日からも吉田拓郎」が発売。非常に嬉しい。光栄だ。プロデューサーの武部聡志にありがとうと感謝したい。もちろんミュージシャンたちにも。このアルバムを楽しみにしている。先週も言ったとおりミセスグリーンアップルが良かった。最近、若者とも菅田将暉以来お付き合いがある(笑)。

 LOVE2で、kinkisと菅田将暉と並んでいた。20年前、17歳だったkinkiが、38-9歳になって、菅田将暉くんは20代。Kinkiが年下の若者を迎えているというのは新鮮だった。Kinkiがもうすぐ40歳、菅田将暉くん20歳、横に並んでる71歳。俺まずいな(笑)。Kinkiも年を取ったな。やがて菅田くんも彼らも歳をとり、こっちも歳を取るが150歳まで生きるつもりだ。日本が、世界が、どうなるか見届けたい。

 で、トリビュートアルバム。アレンジがいい。もちろんボーカルはもともと素敵だった。
M-1 やさしい悪魔 徳永英明 

泣ける歌

 この一曲で涙腺が緩む曲を教えてください。  
<she  エルビス・コステロ 映画「ノッティングヒルの恋人」が泣けるという投書>
 ヒュー・グラントが好き。ジュリアロバーツも、プリティ・ウーマン、メキシカンの時は好きだったが、今、美貌が衰えたというわけではないよ(笑)。最近は、ジェニファー・ローレンスとか、ミシェル・ウィリアムスが好きだ。
 奥さんは、ライアン・レイノルズとかライアン・ゴブリンズが好き。自分は、男優ではマット・ディモンか昔から好き。

M-2 She エルビス・コステロ
 いいねぇ。同感。泣かせる。ボーカルもストリングスもいい。名曲中の名曲だよね。
ジェニファーローレンス…。

<井上陽水  青空ひとりきりという投書>
♪夏が過ぎ…じゃないか(笑)
<受験に失敗し、会社で孤立したとき青空を観ながら聞いたという投書のつづき>
 僕より先に陽水を知った。順番は変わらないのね、陽水好きなのね。それが君の運命だ。
M-3 青空ひとりきり 井上陽水
 これライブで歌ったことある。フォーライフの頃、陽水のボーカルの歌い方はいろいろ変わる。吉田拓郎は変わらない。永遠のワンパターン。

<グラシェラ・スサーナ 「別れの手紙」思春期の恋移り、あなたより好きな人ができたという歌詞に泣けてしまうという投書>
 自分にはどうでもいいことだろ、おまえの浮気だろ(笑)。
M-4 別れの手紙 グラシェラ・スサーナ
 これは泣けるんだろうけど…グラシェラ・スサーナさんの日本語に笑ってしまうのに、ごめんなさい。

ラジオでナイトクラブ

 「苦手なもの」というテーマ。
<くさやのひものが苦手という投書>
 独特だよね。おれもホヤは苦手。

<虫という虫が嫌いという投書>
  僕も虫がダメ。跳ねている家蜘蛛、年に一度のゴキブリ。「おーい、虫」と奥さんに助けてもらう。「自分でやってよ」と言われるが「今詞を書いているところ」とか(笑)。

<うささん、スポーツは、見るのもやるのも苦手です。ソフトボールで反対のベースに走った。拓郎さんはスポーツ好きでも私にはちんぷんかんぷんという投書>
 (笑)実は僕は泳ぎが苦手。ハワイが大好きなのに。プールの片道、平泳ぎ、顔上げて泳ぐことはできる。顔に水に濡れると立ってしまう。
 臨海学校。泳げない組。頭に丸い帽子の上に赤い風船をつけられる。海で溺れたときにすぐわかるように。これが恥ずかしい。女子にモテない。最終日、浮袋で競泳。どんな気持ちかわかる? 嫌だったな。

 生き物では、虫、蛙が苦手。あとは、学生時代は、女子が苦手。あまり好いてくれないんだもん。
 あとは、高いところと 狭いところ。剛と俺はダメだね。LOVE2で、潜水艦、バンジーどちらも剛と俺は、やんなかった。
 映画は、SFが映画好きじゃない。CGはどうも好きではない。最近、朝が苦手になった。でも奥さんがドタバタと起きるので寝ていられない…ラジオ聴いてからブッとばされるな(笑)。苦手なことで奥さんにお願いすることは「おーい虫」。

今週のマイ・フェイバリットソング

 今週は「アルバート・ハモンド  カリフォルニアの青い空」
72年。いかにもウエストコーストという感じ。サウンドも心地よい。LAを謳歌するような作品。
 しかし、ずいぶん時間経ってから、CAで成功を夢見て出てきた若者が厳しい現実に出会うという唄だった。雨が少ないところだが、二週間雨が降り続いたことがあるらしい。さわやかなサウンドだが、夢見てCAにやってきてみたが、自尊心も食べるパンも愛されることもなく、家に帰りたいという唄。サウンドからはとてもそうは聴こえない。
M-5 カリフォルニアの青い空 アルバート・ハモンド
 明るい歌と思っていたのに…ショックだった。

エンディング

<21才だけどデジタルが嫌でアナログが好き、ラジオのアンテナ立てて聴いているという投書>
心根がいい。ラジカセが一部評価を受けている。カセットに録っておいたものをデジタルにしたが、カセットずいぶん捨てた。取っておけばわかった。
 そういうカセットとかの音源を今度持ってくる。CMソングとか。
<21歳ですがキャンディーズ好きです。銀河系まで飛んでゆけのデモテープが聴きたいという投書>
 (歌う!) 
「銀河系まで飛んでゆけ」は、梓みちよの馬飼野康二さんがアレンジしたものが秀逸だ。
<いま将来の夢ありますか? 学童保育の仕事をしているが、小学一年生に訊ねられたらどう答えるかという投書>
 自分は、夢多き人間。年齢に関係なく夢は持つ。10年たったら「バウ・リニューアル」をしたい。前回のハワイでやり損なっている。10年続けたらハワイ行こうか。キツイかな(笑)。
 昔の音源は、昔オールナイトニッポンで流したものとダブルかもしれないけれど持ってくる。
 お相手は吉田拓郎でした。

個人的思いつきと感想

☆放送も第10回、おめでとうございます。

☆嫌いなものを語りながらも、アットホームな「明るい日常」を感じる放送だった。リスナーだけでなく、奥様にも語りかけているようだった。今の御大の心境というか境涯が覗けるようだ。

 ちょうど、古希を迎えた恩師の家にお邪魔して、そこで奥様も同席され、あれやこれやと話に花が咲く暖かな休日の昼下がりのような放送だった。意味わかんないよな。

 潔癖な家事、スポーツの話から臨海学校の風船の話、映画の話、「おーい虫」、朝が弱いけど奥様のドタバタで眠っていられない話・・・。どれも初めて聞いた話というより何度か聴いた話だけれど、こうして聞くと、どの話もほっこりとして何ともいとおしい。

 さらに恩師は明るく言うのである

「時に君は、カリフォルニアの青い空は夢破れた若者の話って知っていたかい」
「いいえ、でも先生、ロスにレコーディング行かれた時にも大嵐で、海も下水も氾濫して、ウンコが道路に浮いてて、『俺はもう帰るぞ』と叫ばれていましたよね(笑)」
「あんときは悲惨だったよ」
「それからね。この歳になっての夢はね、10年後に、細君とバウリニューアルをすることなんだよ。以前、ハワイでやる予定がポシャッたからね」
「ああ、あのハワイは残念でした。素敵ですね。是非僕たちもまた呼んでくださいよ。」
「ところで僕はね、150歳まで生きてこの世界を見届けてやるんだ」
「あー先生、それは是非是非、僕たちも頑張ります。先生、いつまでもお元気で。」

という状況を意味不明に妄想をしていた(笑)。先週受けた音楽著作権のセミナーで講師の方が「ファンクラブというけれど、本質は、イカレタ人たちの集まりです」と言われたが、自らそのとおりだ(爆)。

☆「青空ひとりきり」。そうだ歌ったな。78年大いなる人ツアー。イントロが「心もよう」のフェイクだった。御大らしい粗削りな歌い方が魅力的だった。この時は、世間的に厳しい状況にあった陽水への御大流のエールだったのだなと思う。それにしても陽水との順番にこだわる御大の小ささが素敵(笑)

☆カリフォルニアの青い空。こんなこと言ったら怒られるだろうが、この曲は、全編、浜田省吾テイストで感慨深かった。浜省が作ったんでないかい?

☆10年たったら「バウリニューアル」。いいなぁ。ああ、そうだったよな。バスは一号車だったんだよな。残念。何なら来年でもいいではないか。

☆「150歳まで生きてこの世界を見届ける。」心強い今日一番の一言である。

☆☆☆総括☆☆☆
 秘蔵音源=イカれた生徒たちが狂喜することをきっちりと認識された恩師。

帰りがけに

「キミ、今度珍しい音源を用意しておくよ。昔オールナイトニッポンでかけたのと重なるかもしれないけど、とにかくまた来たまえ。」と恩師が気遣いをもって言葉をかけてくれたようで嬉しい。

 毎週押しかけてしまうぞ。

第9回 2017.5.28

 こんばんは、吉田拓郎です。

<熊本の方、家で寡黙な父、箸がでるまで待っている夫という投書>
 九州男児。西郷隆盛の話が有名だが、あれは奥様が掌で泳がせていたという説があり、九州の女は懐が深い。

<マイトガイ小林旭に書いた「ハーモニカの唄」があったという投書>
 オマエ俺の古傷に触れるな。原辰徳、真田広之も作ったが、覚えていない。
最近は、森進一「夜行列車」が浮かんでくる。<♪本当に一駅だけだぜ…>詞は悪いが、曲はいいじゃないか…と思い始めている(笑)。

 春は運動会の季節。秋と思っていたが、秋は文化祭とか、子どもが忙しいらしい。子どもの都合でいいのか。特に今年は5、6月とむちゃくちゃ暑いぞ。

 自分の小学校の時の運動会は悲惨だった。足が遅かった。球技は得意で選手にも選ばれたが、陸上競技はダメだった。徒競走はビリ。変わった少年で、母親によれば、ビリになっても笑顔になって観客席に手を振りながら走っていたらしい。母親からなぜビリなのに笑っていると怒られた。人間が変わっていた。ビリでも嬉しかった。
 もうひとつ体育で跳び箱が苦手、何段でも飛べない。跳び箱に座ってしまう。体育の時間は嫌だったな。
■タイトル

 6月7日にトリビュート「今日までそして明日からも吉田拓郎」が出る。武部聡志くんがトリビュートアルバムを70歳記念ということだが、それは別にして人選に苦しんだようだ。
 出来上がりは、トリビュートでは一番思うのは、自分の作品が手元から離れて子どもが旅に出ている感じがある。ちょっと一人旅…いい旅を選んだなと思う。僕の子どもたちが旅に出たんだな。その中でもこれは、ぶっとんだ。この人たちは間違いなく大ブレイク間違いなし。よくぞ、ここまでやってくれたという感じ。
M-1 流星 ミセスグリーンアップル
 今後注目だ。しびれるな。新曲みたいな新鮮さ。

<なつかしのLOVE2の復活ニュースに驚いたという多数の投書>
 先日LOVE2の復活を収録した。実は、昨年からオファーがあって打ち合わせが続いていた。光一、剛がなんか拓郎さんとやりたい。彼らには番組のハワイが印象的だった。ハワイへでも行ってという話が端緒だった。打ち合わせを重ねて「LOVE2をやろう」という自分の話から復活に繋がる。一番不安だったのは、篠原ともえのプリプリティ。今や妙齢の女性でデザイナー、お綺麗になられた方がどうなんだろう。篠原にメールすると「やります。絶対やってみせます。」ということだった。

 もともと光一、剛は、メールを出してもなかなか返事が来ない。スタジオに入ってから、光一から返事が来たくらいだった。スタジオで再会の瞬間。20年間のブランクが瞬時に消えた。ずっとやっていた感じ。不思議な感覚。スムーズにできた。
 ゲストの菅田正暉。もはや親友。古館伊知郎。どっちも面白い。トークのところがメチャクチャ面白い。「トリセツ」で光一とトークバトル。「なんですか、こんな歌」という光一に、さすがに拓郎さん怒りました。「そんなこと言ってるからおまえたちは幸せになれないんだ。」…面白かった。
 「久しぶり、懐かしい」じゃなくて、これがやりたかったよね・・・ということでみんな一致した。

ラジオでナイトクラブ

<「アロハオエ」流れる>
 ああ行きたいな。空港で、飛行機の中で、これを聴くと、ハワイを去るのが寂しい、今度いつ来られるかと考えてしまう。

泣ける歌のコーナー

<悲しみのアンジーという投書>
 そういう曲だが、ミック・ジャガーのボーカルで泣けるか。
<エルトンジョンCandle In The Wind><悲しくてやりきれない>
<兄ちゃん><なごり雪><となりの町のお嬢さんのB面の「流れる」>
<中村ブンさんの母さんのゲタという投書>
M-2 母さんのゲタ 中村ブン
 んー、僕は泣けないな。こういうフォーキーなのは泣けない。<悲しみのアンジーを歌う>こっちの方がまだ泣けるかな。こういうアルペジオで泣けない。音楽は好き嫌い。この人の感動とこの人はキライというのはある。それは使用がない。吉田拓郎が大嫌いな人もいる。
<テレサ・テンの香港で泣けるという投書>
M-3 香港 テレサテン
<メロディー反芻してみせる>。泣けないね。天邪鬼だね、吉田拓郎。気が合わない。いい曲だけど。Amを弾きながら> ♪ダンダンディディンドゥ…<サントリーのCM> こっちの方が泣けるね。

<硬派だったが歳をとると涙腺が弱くなる…「仰げば尊し」という投書>
 これはしょうがない。これは泣ける。たとえ森繁久弥が歌っても。これには異論はない。
M-4 仰げば尊し 不明
 これはずるい選曲だな。卒業式泣けるよな。作者不詳か。これは辛いな。

<披露宴での はしだのりひことクライマックス「花嫁」という投書>
 これは泣けないな。不思議だね。はしだのりひこポップじゃないか。泣かせるグループでもないし。確かに泣かせるグループはあるけれど、これは楽しく聞いた思い出がある。
M-5 花嫁

 この曲を聴いたら泣けるよ…推薦してください。

今週のマイ・フェイバリットソング

 今週は「ジミー・ジョンズ  グッドタイミング」
 一番最初に買ったシングル盤。嬉しいくらい楽しい歌だった。。坂本九さんで知った。なぜかというと、アメリカンポップスは、夢とか愛とか平和で…とにかく平和なんだよ。
後に、リアリズムになって歌が難しくなってきた。バカな唄と言われるようになった。♪うぉううぉう、いぇいいぇい…言葉に何の意味もない、合いの手みたいなもの。僕は、あの時代のノー天気 あ、これが一番だ、ノー天気。まったく罪がなくてよかったな。ややこしくなった最近の音楽。
M-6 ヘレンショベロ 悲しき片思い
M-7 ニールセダカ 小さい悪魔
 その後に、カーペンターズがイエスダディ・ワンスモアを歌う。「あの頃のすべてのシャラララ、すべてのウォウウォウが良かったと歌う。
M-8 イエスタディ・ワンスモア カーペンターズ
 そう、いまでも輝いている。そういうのが、すっかり無くなってしまって、アメリカどうなのよ。昔は無条件な憧れがあった。
M-9 グッドタイミング ジミー・ジョンズ
 こういうのが自分のルーツにあるな。今でも大好きだな。ジミー・ジョンズ。

エンディング

 アメリカンポップスあり、演歌あり、R&Bあり、考えてみると自分のルーツがよくわからない。わからないよね。それがいいよね、
 お相手は吉田拓郎でした。

個人的思いつきと感想

☆そうなのか「ハーモニカの詩」は古傷なのか。いい曲だと思うぞ。原辰徳は「季節の風の中で」だ。うっかりするとアイツの唄と間違えそうなタイトルだ。確かに詞は古い青春モノみたいだし、原辰徳の唄はキモかったが(爆)、味わいのあるメロディーで大好きだった。♪友よ、若さはぁぁぁのところの展開は聴いてて清々しいチカラが湧いた。真田広之の「砂漠の都会に」もそこそこヒットしたと思うし、いい曲だった。

 ともかくひたすら発掘を進める崖っぷちのメロディー探検隊としては、御大自身に発掘されたくないメロディーがあることを知った。うーむ道は険しい。

☆自分の不明をさらすようで恥ずかしいが、ミセスグリーンアップルの「流星」。ちっとも良いとは思えなかった。かつての手島葵の流星の素晴らしさはわかったが。こりゃわからん。

☆ 「あなたの泣ける曲を教えてください」と募集しておいて、投書してきた方々に「これは泣けないな」「君とは合わないね」と撃破するとは、本当にとんでもない御大だ。
 好きではないがこれが谷村新司とかだったら、一曲一曲「母さんのゲタ、これは泣けるね」と共感の輪を広げていくのだろうが、さすが御大は傍若無人である。
 上等だ。天邪鬼でムツカシイ爺さんをいかに泣かすかというゲームの開始だ。みんな頑張ろうではないか。

☆ 「サマーピープル」「無人島で」「あいつの部屋には男がいる」…思いつくだけでも御大の様品に頻出するウォウウオゥイエイエイのルーツが明らかにされた。あれは、困ったときの埋め草かと思っていたが、ポップな理由があったのだな。
 昔、武田鉄矢が御大に「ウォウウォウイェイェイは詩人としての敗北である」と意見したら、頭を叩かれたと言っていた。このウォウウォウイェイェイは、詞ではなく、ポップなメロディーからあふれ出た感嘆符であるということがわかった。

☆今日の問題点は、名作「流れる」をいとも簡単にスルーしたことだ。投書者の方は、実にいい感じで御大に「流れる」を思い出してもらおうという細やかな気配りが感じられたが、御大の完全スルー。ってかよく憶えていないとか言ってなかったか。
 Uramadoも「流れる」は超名曲としての大絶賛しており、この曲をライブでもう一回聴くまで死ねないと思っているくらいだが、やはり辛い心象風景の作品なのだろうか。私のような鬼畜なファンが必要以上に騒ぐから、天邪鬼になってしまっているのだろうか。なかなか難しい。名曲の再生を願ってやまない。

 それにしてもいかにスターとはいえ、御大のメールに返事しない光一、剛はどうなんだ。御大、試しに私にメールしてみろ(爆)

☆ 「禍福は糾える縄のごとし」「幸福だけでよられた縄は無い」という向田邦子理論。ロック、R&B、アメリカンポップス、フォーク、歌謡曲、演歌、そこに愛と悲しみを交えてさまざま音楽と情感がより合って糾われた御大の音楽の強さを思う。

<総括>
 第9回ということで、連ドラであれば、そろそろ大詰めであるが、もちろんそういうもんじゃないので、熟成度を増しながら、たゆとうように番組は進む。進んでいってほしい。

第8回 2017.5.21

 こんばんは。自分の名前をお好きでしょうか。吉田拓郎は、子どもの頃は名前で悩んでいた。
 拓郎なので、拓ちゃんとか言われていたがあまり好きじゃなかった。
 苗字の吉田も。吉田、山田、和田・・・・学校では、あいうえお順の最後の方なのでなんでも最後。身体検査の時、着替えていると次の女子の青木あたりが迫ってきている。吉田も嫌だった。
 プロデビューしても、郷ひろみ、西城秀樹とか。吉田拓郎はあり得ない。なので、入江剣を提案した。剣ちゃん?、拓郎でいいじゃんと言われた。

男の子名前ランキング2016
 ①柊希しゅうき②凰おう③颯かける④陽翔はると⑤大翔だいと⑥凛空りく・・・
1946年生まれ
 ①稔 ②和夫③清④弘⑤博⑥豊⑦進⑧勇⑨進⑩修
 なんかもうどうでもいいな(笑)

女の子名前ランキング2016
 ①心陽こはる②心桜こころ③和楓ほのか④唯愛 ゆうな⑤紬つむぎ⑥凛りん⑦向日葵ひまわり⑧杏月あんず⑨叶愛とあ
1946年
 ①和子②幸子③洋子④美智子⑤節子⑥弘子⑦京子⑧悦子⑨恵子⑩美代子
※名前ランキングはさすがにラジオだけではわからないのでサイト検索して書いています。
 みーんな「子」か。安易だ(笑)

 吉田拓郎の名前を変えるとして、「吉田ドロン」「アラン吉田」…アラン・ドロンよりカッコイイと思っていたときがあった(笑)ライアン・ゴズリングにちなんで「ライアン吉田」とか、カミさんが好きなサッカーの遠藤保仁で、吉田保仁とか…
 「吉田拓郎」を誰かが襲名するとして2代目に譲るとなったら、坂崎には譲らないよ、絶対譲らない(笑)
 自分の名前というものはそれで一生を過ごすもの、拓郎も定着してきたからいい。もし剣さん、正さん、清さんと呼ばれていたらどうなんだろうな…運命的なものを感じる。
■タイトル

デモテープ

 ファンにはたまらない。78年7月1日発売 神田広美 「ドンファン」
 松本隆に聴くと、原宿でレミーマルタンの水割りにレモンスライス浮かべて飲んでいた自分がモデル。そんなやつ原宿にはいなかった。
 ヨーロッパに行ったとき、そこで日本人に教わった。こんな風に飲むのが流行している。レミーマルタンを水割りでしかもレモン・スライスを浮かべる人もいなかった。
 ドン・ファンの詳しい意味はわからないが、イメージは、フランス、女たらし、プレイボーイ。 松本隆が吉田拓郎をイメージして作ったというが、俺はプレイガールたちの中で踊っていないよ。プレイガールは俺なんか相手にしてくれなかった。
 安井かずみ、加賀まりこさんたちプレイガールの人たちはみんなフォークをバカにしていた。その中でズズはひとりだけ可愛がってくれた。髪のにおいをかいでなんのシャンプー使っているの?とかかまってくれた。
 フォークは、毎日汚い恰好で、そのままステージで歌って、そのまま飲みに来ると怒っていた。
M-1 ドンファン デモ・テープ
 4チャンネル。ベースとギター2本と歌だった。馬飼野康二は、デモテープに忠実に作ってきてくれた。ギターのフレーズをそのまま使ってくれている。
M-2 ドンファン  神田広美

<拓郎はカッコイイ、剣はしっくりこないという投書>
 「アラン」 「ドロン」 「ライアン」と呼ばれたい

<姓名判断で名前を3回変えたという投書>
 姓名判断あまり信じない。名前を変えるという感覚もわからない。

<成人の日生まれで成人。予定日の一日前に生まれたけど父親がいいやとその名前に。固定の日じゃなくなったという 仕事先にメールが届かないのは「成人」でアダルトでフィルタリングされていたという投書> (笑)
 姉貴・宏子。区役所で字が違ってた。誕生日も生まれた日と届け出日と二つある。うちも父親がいい加減だった。

<雅子 みやびやか 気に入っている投書>
 自分で自分を雅やかというな(笑)
 太陽の「陽子」という名前が好き。

<裕子ひろこ…石原裕次郎と説明していたが最近は若い人にはわからないという投書>
木村拓哉くんの時に「拓哉」が増えた。木村拓哉くんに拓哉の拓、拓郎の拓 開拓の拓は珍しいと話し合う。

 開拓の拓は、親父が、田んぼを耕して開拓しろという意味でつけた。違う形だが、ある意味目的は達したと思う。

 それにしても、正広、拓郎、哲朗。宏子・・・「ろ」が好きだったのか

 吉田の「吉」。土の上と下どちらが長いのか。兄貴の家族からの手紙は、吉田の「土」の下が長いけど、自分は下が短い。吉田というのは、昔、良い田んぼがあったのか。苗字のいわれも考え面白い。

ラジオでナイトクラブ

<ローハイドのテーマ> 懐かしい。よく観た。
 ジーンズがウォッシュでなく、ブルー・ジーンズに、ガンベルトを買って、コルト45のモデルガンを差して、広島の目抜通りを銃を抜いたりしまったり、イキガッテ歩いたものだ。  
 西部劇やっぱりジョンウェイン。テレビでは、ローハイド、ララミ牧場、ボナンザ、ライフルマン(チャック・コナーズ)、ワイアットアープ、 夢中になったなぁ。  クリントイーストウッドが出ていたローハイド。フェイバー隊長エリック・フレミング、ララミー牧場のジェス・ハーパーのロバート・フラー。淀川長治さんが解説していた。 
ボナンザ、別名カートライト兄弟…いい男が好きだったのかもしれない。
<電気屋の娘だったので西部劇を観まくったという投書>
二枚目が好きだった。
<映画館閉館の際の特集で「リオブラボー」を観たという投書>
リッキーネルソン。ディーンマーチンが主題歌「ライフルと愛馬」。これがいい。

 結局、古き昔の日本の父親像みたいなものか。西部劇もそういう役割をが果たしていたのではないか。しかし、その後、リアリズムで、そういうものは嘘なんだと言われ始め、インディアンたちへの差別とかも指摘されてヌーベルバーグによって、ジョンウェインが疎まれるようになった。

 僕たちも同じだ。 既製の歌謡界を斜めで観て、そんなのインチキだと僕たちが出てきた。そうなると本物がすたれてしまう。よくない。ズズが「日本の音楽をダメにしたのはあなたたちだ」と言ってたけどある意味ホントだ。 古館さんの対談で言った通りも本当は、僕は、ナベプロでジュリーと張り合いたかったんだから。

 ジョニー・キャッシュのこの曲を聴くと「ああ西部劇」という気持ちになる。 
M-3 ゴースト・ライダーズ・イン・ザ・スカイ
  デタラメの英語で歌っていた 「ユピアイエーYippie yi yaaaaay」を再現。
※Yippie yi yaaaaayも歌詞を検索して書いたものです

今週のマイ・フェイバリットソング

 今週は「潮来笠」
 佐伯孝夫・吉田正  これは現代の筒美京平・松本隆ではないか。
 高校の時、イタコ刈だった。当時は、しびれたものだ。今になるとわからない。
髪型にはブームがあって、サーファーカット、聖子ちゃんカット、ウルフカットとかもあった。
<2番の歌詞を朗読>この歌詞がわかったのだろうか。橋幸夫が17歳。同世代若者がキャーキャー夢中だった。なんでだろう。わからない
潮来の伊太郎という人が三度笠で股旅・・・そういう世界だよね。。
この歌が若者に受けた意味がわからない。自分は、橋幸夫派だった。
M-4 潮来笠
 

エンディング

<オープニングの曲を訊ねる投書>
 僕の趣味。アマチュア時代よくカバーしていた「フォー・トップス」の「いとしのルネ」。そしてエンディングは「セイム・オールドソングス」。
 どうせ吉田拓郎はフォークだと思っているやつら、こういうR&Bが好きなんだ。フォークではない。このラジオがいつまででききるかわからないが これからも潮来笠とかいろいろ好きな曲をかけていく。最後まで勉強だよ。
お相手は吉田拓郎でした。

個人的思いつきと感想

☆名前に悩んでいたという御大の話は何度も聴くが、どうにも実感が湧かない。ファンにとって、「吉田拓郎」は、もはや単なる名前ではなく、そこに自分の人生の多くを捧げてしまった輝ける特別のワードだ。故事成語・四文字熟語のような確固不動のものなので、この「吉田拓郎」に悩んでいたとか、それ以外の名前とかは全く想像がつかない。

 姓名判断は自分も信用しないが、それでも、この名前とこの偉業の結びつき、何か人智の及ばぬ運命的なものを感じてしまう。

☆「名前」「西部劇」と二大テーマで盛りだくさんだったが、核心は「父親」だったのではないかと思う。
 名前とは、親が授け、授けられた名前をバトンのように子は生きる。それは御大の場合「父親」だったのだろうね。
 「吉田町の唄」にもあるように、畑を開拓しろと託された名前。御大は、ちょろっと「父の願いは別の形だけど実現された」と控えめに語った。子は生きて、父の命名を実現したのである。ここじゃないかな。昨日のポイントは。勝手に決めるなよ(笑)。
 「成人さんの命名」の話は、話としても抜群に面白いが、そこに覗く父親の姿があって、御大に触媒のように働いているところが、また素晴らしい。
 「この名も故郷も静かに生きる」という吉田町の歌のフレーズがしみる。

☆ 西部劇は、ありし日の理想の父親像のようだと御大も語った。ジョンウェイン。開拓の理想の父でもあったのか。既製のものを開拓するにあたって生ずる軋轢。文句を言われながらもかばってくれたズズの話は、そんな開拓の象徴かもしれない。

☆ 同じ開拓の拓でありながら、あちらの若い拓は、昨年、開拓すべきところで、しくじってしまったのではないかと思うが・・・余計なことだ。すまん。

☆個人的には「ボナンザ」が好きだったな。子どものころ家族で見ていた。再放送だったのかな。開拓者魂と家族愛がテーマだった。投書の方も言っておられた三男ジョーのマイケルランドン。「ボナンザ」終了後そのスピリットを続けたいということで、「大草原の小さな家」という一大ドラマを制作・主演した。話も年代も食い違うが「ボナンザ」と「大草原」は、家族と開拓というところで繋がっている。・・・・というメールを書いたが読まれなかった(爆)

☆御大の潮来刈は、「誰も知らなかったよしだ拓郎」の口絵写真で拝観できる。90年に短髪にしたとき、潮来刈にもどったのかと思ったが、そうでもなかったようだ。

☆あの、デモテープの4チャンネルの音、ファンにとってなんかすげー懐かしいね。たぶん碑文谷だよね。若き日の長渕が遊びに来て、この4チャンネルにハマってしまって部屋から出てこなくなってしまったと苦笑していたのも懐かしい。

・・・あ、だからデモテープは全曲かけてね。お願い。

☆オープニングとラストの曲。もちろん知らなかった。よくぞ投書者の方が訊いてくださったものだ。ありがとうございます。

☆☆総括☆☆☆
「フォークじゃない」。御意。わかりましたってば。名前も開拓も何もすべては音楽のため。音楽家吉田拓郎を存分に展開してください。御大から「最後まで勉強だよ」とのお言葉。いいね。嬉しかったりする。今週は吉田の「吉」の正しい描き方を勉強した。違うか。
 御大、ララランド観たんだな。どうだったんだろう。

第7回 2017.5.14

 車の話。高校卒業後免許を取ったがお金が無くて車が買えなかった。
東京に来て、収入を得てから車を買い始めておよそ16種類。
最初、CMの関係で①スバルレックスを貰った。
かまやつさんの乗っていたミニクーパーに憧れたけれど、高くて買えないので
②ホンダシビックに乗った。これがいい車だった。もう一度乗りたい。
三代目は、印税が入っていたので、中古だったが外車の
③ジャガーXJ6。店で「これ、ちょうだい」って言って買った。
④フォード・ムスタング
⑤アウディ
⑥BMW320i
また同車の⑦オープンカーを買った このオープンでツアーの時、四国まで事務所の人間と一緒に行った。
⑧ベンツ450SL
⑨同車 白
⑩ポルシェ924 いたく気に入っていて、逗子に住んでいたころで、東京の仕事LOVE2あいしてる にこれで通っていた ゆっくり走らせてトラックに追い抜かれていた。
⑪スズキ・ジムニー  Kinikiにすすめられた。可愛い。半年くらい乗ったか。
⑫ジープ・ラングラー 色をブルーに塗り替えたらハイライトと同じ色になってしまった
⑬ベンツのゲレンデバーゲン 堂本光一に推されて
⑭アウディA1 坂道発進で下がるのが怖い。
⑮BMW 116i
そして今は、⑯車種は言えないが、自慢の車。「きゃああ拓郎さん可愛い」と言われるような車に乗っている

 若者には車離れが進んでいて、市場も縮小している。先週の放送でも、「ひっかけろ」と拓郎おじいちゃんがいったでしょ。若者よ、車がないと女は落ちないぞ(笑)、めちゃくちゃなことを言う71歳。

※車種についての整理は、先輩ファンの方のメモのお力を全面的にお借りしました。ありがとうございました。
■タイトル

 広島時代、デートでドライブをする。知り合いの女の子に電話して車を借りた。三菱ミニカ。借りといて違う女性を助手席に乗せる。いい時代だった。ナンパには車だ。
 今でも運転していて素敵な女の子を見つけると「わお」とか言っている。
 東京来る前1966-7年頃、秘蔵のものが出てきた。大学生の頃の吉田拓郎の歌が聴ける。幸せ者め。心して聴け。

 ダウンタウンズ。浜ちゃんじゃなくて、「恋のダウンタウン」で決めたバンド「ダウンタウンズ」。広島では人気があり、LMC中国大会で優勝もした。
「渚のボードウォーク」いろいろな人がカバーしているドリフターズではなく僕らは、ストーンズのバージョンをカバー。
M-1 渚のボードウォーク ダウンタウンズ
 吉田拓郎は、このバンドでは、リードギターだけどこの曲では歌っている。いいねぇ。親衛隊の声も入っている。
 (吉田拓郎が)大学生の頃の歌なんて聞けないよ。うまかったな。
M-2 渚のボードウォーク  ローリング・ストーンズ
 ミックジャガーも若いが吉田拓郎も若く甲乙つけがたいじゃないか。なんでこのバンドはプロにならなかったのか。就職して将来を考えるやつもいたし、吉田拓郎は勝手に東京に行ってしまうし、続かなかった。ともかく当時から吉田拓郎は人気があった。だから東京に来て多少キャーキャー言われても動じない(笑)
M-3 渚のボードウォーク  ドリフターズ
 いろんな音楽が聴けるこんな贅沢な番組はない。

<免許ない愛車=男性遍歴 黒のセドリック スカイライン カローラ  グローリア   マークⅡ  その後クラウンひとすじ 国産車がいいという投書>
<トヨタパプリカ18歳 ストーンズのシール貼って女の子を載せていたという投書>
 またネールサロンいってきたけど二度目の快感。指の手入れ、指と指が触れ合う。どうなのよ。新しい発見。足も ふくらはぎのマッサージもあった。悦に入る、王様気分(笑)
<アメ車専門という投書><学生時代カローラ・レビンで「無人島で」を聴きながら彼女とドライブしたという投書>
 車の中では、山下達郎を聴け。女子とよからぬことをしたりするために車が欲しいというのは自然な気持ち。
<スポーツカー志向であるという投書>
 昔、RXセブンをエレックの社長から借りて乗ったことがある。 

 そういえば、最初にシビックに乗せたのはユーミンだった。パックインミュージックにユーミンと石川セリが出ていた。井上陽水と一緒に番組に陽水と乱入した。陽水は、石川セリが好きだった、これがきっかけで付き合うようになったのではないか。車には、一台一台の思い出がある。
 今の自動車は、月に二キロくらいしか走っていない。 バッテリーが上がらないように、事務所の友達が乗ってくれている。

新コーナー、ラジオでナイトクラブ

初任給  アーティスト契約ではない  印税はなく  給料だった
3万5000円くらい ボーナス9万円か。  
1万円札を高円寺のカーテンレールに吊るして毎晩眺めて最後の一枚を貯金した。
デビューが変だよな。

<昭和56年4月に就職し、初任給95000円でサントリーローヤルを父にプレゼントしたという投書><拓郎さんと同年で国家公務員で初任給29700円だった。アパートは一畳1000円と言われていた。初任給で母にバナナを買ったという投書>
 バナナ…涙がでる。いい話だ。兄さんと呼んでおくれ。

提供曲

 78年、伊藤咲子歌、セブイ・レブン500店舗記念の曲を頼まれた。非売品。松本隆作詞で石川鷹彦編曲。
 石川鷹彦のアレンジかいい。石川鷹彦元気になったのかな。具合が悪いんだよ。みんな心配してあげて。 元気になってくれ。

 松本隆も太田裕美とかの曲を書いていてまだ大先生になる前だった。石川ひとみ、木之内みどりなんかに曲を書いた。木之内みどり、良かったよ。石川ひとみも歌がうまかった。売れない曲もあったが。
M-4 友達になろう 伊藤咲子
 伊藤咲子は歌うまいな。

今週のマイ・フェイバリットソング

今週はイーグルス「ホテルカリフォルニア」
 素晴らしい完成度。バンドアレンジの完成形だろう。例えばドラムのおかず フィル、タムが計算されつくしている気がする。
 ボーカルにまつわるようなギターのオブリガードのすばらしさ。
 ギターソロは、ドン・フェルダー、ジョー・ウォルシュ二人のかけあい。それがやがてツインになってハモってゆく。これ以上のギターフレーズはない。完璧に作り上げられた素晴らしい完成度。今も聴きながら寝る。まさに、メロディーが降りてくるような、神が作らせたんではないかと思える作品。
M-5 ホテルカリフォルニア イーグルス
 こういうのを聴いているとバンド作りたいなと思う。でも実際作るとこうはいかないんだよね。

エンディング

涙腺曲を募集。西部劇の思い出<ローハイドのテーマを歌う>
ここまでのお相手は吉田拓郎でした。

個人的思いつきと感想

☆ 車遍歴は、まさに御大の歴史だね。自分は、40歳過ぎて車を始めて買い、すぐにペーパーに戻ったから、御大や投稿者の方々のような車への思いやそこに結びついた人生や思い出がないので、遠くから眺めているより無い。いいもんだなぁとうらやましく思う。

☆ 通りすがりに緑のジャガーを買ってしまう話はスターな逸話で憧れた。中古だったんだ(笑)。庶民性から離れないところも好きだ。

☆四国行ったのは、デタントツアーの時、宇田川さんとだよね。いまさらですがお疲れ様でした。

☆松任谷正隆のカーグラTVに御大が出たら面白いだろうなと思ってしまう。きっとあんまり話がかみ合わなくて、そこがまたいい味がでそうである。

☆そうかシビックには、ユーミンがお初でしたか。御大・陽水/ユーミン・セリのダブルデートのことはユーミンもラジオで話していたことがあった。御大のこのときの印象を「うらぶれている」と語っていた。どうしてだろうと思っていたが、外車に乗せてくれるカーマニアのお坊ちゃま松任谷に対して、庶民のためのシビックだったからではないかとふと邪推が芽生えた(笑)。

☆吉見佑子さんが昔テレビで語っていたが「フォークの人々の中で、拓郎さんだけが車を持っていた。車に乗ると行動範囲も違ってくるし、見えている景色も違っている。だから拓郎さんだけが突出していた」という趣旨の話。そんな話を思う。御大はたまたまフォーク界に紛れ込んでしまった「みにくいあひるの子」だったのだ。いみふ。

☆「僕の車」を聴きたくなるってもんだ。

☆若い御大と若いミックジャガーの聴き比べができるなんて、確かにマニアにはたまらん。

☆伊藤咲子の「友達になろう」を御大のラジオで聴ける日が来ようとは誰が思っただろうか。
こんな傑作が、非売品で音楽界の岸辺に打ち捨てられて消えようとしていたのだ。世界の文化のため、平和のため、愛のため、そんなことがあってイイはずがない。どんな片隅の、どんな崖っぷちの名曲も、きちんと拾い上げられ、宣揚され、愛でられ、後世に引き渡されるべきなのである。
 とにかく、この番組の発掘モードは素晴らしい。素晴らしいったらありゃしない。頼むぞ御大。崖っぷちにはたくさんの傑作が危うく転がっているし、岸辺には多くの名曲が打ち上げられているのだ。

☆「ホテルカリフォルニア」大絶賛。「こういうのを聴いているとバンド作りたいなと思う。でも実際作るとこうはいかないんだよね。」

 御大、そう言うなよ。若い頃からバンドに育まれ、イーグルスを語るのを聴いても、バンドの素晴らしさを誰よりも深く知っている御大である。わかりすぎているのかもしれないが・・・そんなあなたが終生バンドを持たなかった・・・なんて話は、ありえまい。
 崖っぷちと岸辺に漂う名曲傑作を拾い上げるためにも、御大に必要なのは、リムジンでも、大型高級車でもなく、機動性があり、確かな走りで、小回りがきき、しかも気品の漂う国産車のようなバンドである。ああ、車に詳しければこういうヤツと銘柄を言えるのに。
 御大、バンド作ってくれよ。今日は、気分いいからちょっと歌ってみるか、これ思い出して演ってみるか・・・「ハイ喜んで!」っていうようなlifeと音楽があざなえる縄のようによりあったバンド。

☆石川鷹彦さん、お元気に活躍される日を待っています。聴かせて頂きたい音楽がたくさんあります。復活の日を祈っております。

☆☆☆総括☆☆☆☆
 自分語りモード、発掘モード、リア充モード。すべてアゲアゲである。ワタシは御大ファンとして、心の底から坂崎幸之助さんに恩義を感じ、感謝している一人だが、それでもこの坂崎からの自立は大きいといわざるを得ない。どんどん行きましょう。

第6回 2017.5.7

 春は出会いの季節。
<60歳近くになって甘いもの特にアンコが好きになったという方の投書>
 今は、自分も甘いものは好きだ。ここのところ酒を呑まなくなった。月に一度くらい、ビール、時々冷酒を少し、料理によっては妻とワイン。

 お酒を呑まなくなったため、その分、糖分を欲し甘いものが好きになったのか。ショートケーキとか好き。しかしアンコはダメ。母親の関係で小さいころからお茶をやっていて、アンコ系がすっかり嫌になった。

<喜多條の受難、慶応(松本隆、松任谷正隆、鳥山雄司)にやさしく早稲田(喜多條忠、常富、陣山)に冷たい>
 そんなつもりはないけど…そうなんだ。

 最近ネールサロンに行っている。右足の指が巻き爪である。男子禁制だけど奥さん連れて行って貰った。両手、両足投げ出し、上半身(両手)、下半身(両足)それぞれ別の女性のサービス(笑)で王様気分。今度、いつ連れて行って貰えるか妻におねだりしている。

 「相席居酒屋」が流行しているらしい。
 男女間にはナンパしかないと思うが…古いかな。集団であっても、最後は、二人きりで「俺の事どう思う、どうなんだ」と言うしかない。大勢・団体ではダメだ。最近の若者は、草食化しているので、その日は連絡先交換だけで終わるとのこと。ダメだよ、その日のうちだよ。奥さんとは、ある美容院で出会った(前から同じ美容院だとは知っていたが)。「今日レコーディングしてるんだよ」と誘った。そして食事しながら、「よし!今夜だ!」と決心したもんだ。結局は、ナンパかひっかけしかない。
■タイトル

 ナンパは今は流行していない。きっと失敗が怖いのかな。広島の頃からナンパの失敗をたくさん経験しているので、失敗することが前提でどんどんナンパする。もし自分が若くて原宿を歩いてたら50人くらい、おいおいと声をかけるだろう。

 逆にナンパされたことはない。バンド時代、そこそこ人気はあったが、親衛隊がいたからら、ナンパされた覚えがない。ナンパされたかった。「どうよ、どうよ」と言われてみたかった。

<プリティウーマンを歌う 転調をアピールしながらワンコーラス歌う>
この転調の素晴らしいこと。ロイ・オービソンという人はどうしてこんな転調を思いついたのか。
M-1 プリティウーマン ロイ・オービソン
 しかし、男はネイルサロンが恥ずかしいとか言っていると流行にどんどん疎くなっていく、もっといろんなことに顔出した方がいいな…最近、俺は変わったな。
■提供 ブルボン パズルメイト
 男と女は合コンで結婚につながったという人々が多いんだろうな。俺は歪んでいるから、そういうカップルで大丈夫なのかと思ってしまう。

<家事に尽くす夫からの投書>
立派だ…尻にしかれた亭主になっている。自分の周囲の武部、鳥山、TBSの方…みんな女性上位だ。

<夫が妻の髪型の変化とかに気づかないという投書>
ダメだよ、ちゃんと声かけなさい。自分もそうしている。本当はどう思っているかは別にして。聴いてないかな。(奥さん)この番を結構組気に入って聴いてるんだ。

とにかく褒めて、気を使って、ありがとうを忘れない。

<妻は補充が嫌い シャンプー、洗剤などを詰め替えてくれないという投書>
 それはズボラだ。教育しなきゃ。俺は言えないけど(笑)
<ダンナがフラリといなくなることが喧嘩の原因という投書>
 それは、君のダンナがおかしい。風来坊というか大陸系。吉田正広さん、この人が大陸系で、どこにいくかわからない人だった。
<復唱させると答えられず結局話を聞いていないダンナという投書>
…これ以上頭が痛くなるのでこの辺でお開き

新コーナー、ラジオでナイトクラブ

 「男と女の取り扱い説明書」。西野カナの歌「トリセツ」今更だが、センスがいい。
♪このたびはこんな私を選んでくれて~返品がきません。女性の気持ちが綴られている。
男にも、アメリカの歌に男の心を知るには100の夜と100の昼が必要た゜という歌がある。100 Days, 100 Nights

M-2 トリセツ 西野カナ
…いいなぁ。
 「急に不機嫌、理由答えないのに、放っておくと怒る」。爪がキレイだ、髪の毛など褒める男たちよ、気をつけな。  
 太ったな、みたいな余計なことは言わない。「樽みたいな身体だな」と父が母に言っていた。俺の柄じゃないとかいわないで記念日にレストランとかエスコートしよう。

 自分という男のトリセツ。三度の食事さえあれば、何でも言う通り、生ごみ、洗濯ものの整理何でもします。

今週のマイ・フェイバリットソング

 今週はフランク永井さんの「有楽町で逢いましょう」
 ビックカメラになる前のそごうデパートのテーマソング。ここのところデパートは無くなってきている。松坂屋銀座店も銀座シックスに変わったし、渋谷パルコもなくなった?
 その百貨店が歌詞に出てくる。「駅のホームも濡れたろう」濡れるホーム、濡れないホームがあるのだろうか。四谷駅は濡れるんだよな。佐伯孝夫さんというベテランの作詞家。ホームの心配をするところが凄い(笑)
 「小窓に煙るデパートよ」…「デパートよ」なんて斬新な歌詞だろう。「今日の映画はロードショー」…ティールーム、ホーム、デパート、ロードショー 言葉の響きが時代的だったのか。
M-3 有楽町で逢いましょう
 (弾き語りで反芻する)いいねぇ。
  最近、男は三高四低とのこと。高身長、高学歴、高収入。そのうえに最近では、低姿勢、低依存、低リスク、低燃費。
 男達よ、これからは、低姿勢、低依存、低リスク、低燃費。どうすりゃいいんだ。西野カナよ、これから男たちの生きる道を歌ってくれ。

エンディング

 泣ける曲を募集。「アロハオエ」、ハワイの空港、マウイの空港。機内で聴くと涙が出る。
 ここまでのお相手は吉田拓郎でした。

個人的思いつきと感想

☆ムッシュのお別れ会に出なかったので少し心配だった、しかし、日々リア充な生活をおくられているようで安堵した。ネールサロン結構、甘いもの結構。70歳を超えて「オレ最近俺変わったな」といえる自由な人間としての魅力が素晴らしい。

☆どうしても大酒呑みのイメージがあるが、お酒との付き合い方もだいぶ変わったようだ。それはそれで素敵だ。しかし、いまだに忠誠を誓うかのようにバーボンにレモンスライスを浮かべて呑んだくれている自分が哀れである。

☆15通くらい書いて、書いてやっと読まれた星紀行。物量功勢か。ありがとうございます。もっといいメールがあったのに(笑)
 出身校を知らなかったというが、松本隆、松任谷正隆が慶応、喜多條、常やん、陣山さんが早稲田ということは、そもそも御大から教えられたんだと思うが。早慶の学校がどうのこうのというより、慶応にイメージされる都会感、シティ感、早稲田にイメージされるカントリー感、土着感。御大は都会感・シティ感に弱く、カントリー土着の人々には親近感ゆえ邪険に扱う傾向がある。しかし、どんなに踏まれても御大への愛が揺るがない一群のカントリーな人々がいることを言いたかったのだ。御大もたぶんわかっていて最近の「キタジョー」のつぶやきがある。

☆今回の不満は、御大の作品、デモ、提供曲など自作語りが無かったことだ。これは、どうしたって寂しい。プリティウーマンだけでなく、ご機嫌な転調を御大の歌でも聴かせてほしい。

☆御大の「男女交際観」。「ナンパでその日に決める」。これは賛否というか、そもそも御大にしかできないことなので、議論にも参考にもならない。こんなことができるのは、世界広しと言えども、御大とミック・ジャガーとディック・ミネぐらいではないか。

☆男女間の話は、永遠のアポリアなんでそうそう簡単に答えは出ない。西野カナに答えがあるとは思えない。中島みゆきさんとかに直接ご指南いただいたほうがよいのではないか。冬山に軽装備で登ってしまったみたいに、最後は途中でやるせなくなって降りてきてしまった感がある。しかし、真摯になんとかわかりあおうという意思が御大には窺えて、そこはとても魅力の周辺だった。

☆恐るべし大陸浪人吉田正広氏。「樽」と言ったのはあなたでしたか。

☆四ッ谷駅のホームが濡れるのは、丸の内線だよね。地下鉄にのって。

☆「ここまでのお相手は吉田拓郎でした。」なんかこの対話感がしみじみといい。

☆☆☆総括☆☆☆
 元気に日々を新しく生きる御大が嬉しいが、やはり御大の音楽とからめて話てくれないとどこか全体に物足りないよ。

第5回 2017.4.30

 春の新生活から一か月。上京した人は故郷が恋しい時期かな。東京在住を中心に考えると、例えば、東京出身の武部聡志とは話がズレることがある。東京生まれ東京育ちは、故郷をもたない。南沙織の早春の港♪故郷持たないあの人のいい故郷になりたいの~。実家に帰る、故郷に錦という感覚が東京人にはない。

 僕とか井上陽水、中島みゆきとか、東京に出てきた人々には、東京で一旗揚げて、錦を飾ろう、東京中心文化が許せない、東京へのアンチテーゼがあったりする。 
 例えば東京とローカルの違いとして、Mくんという佐賀県出身の人と鹿児島出身の吉田君がどこかへ出かけて用事が終わったら、まっすぐ家に帰る。しかし、東京出身の人は、帰りにお茶飲んで行こうという。僕は、お茶飲みたいと全く思わない。

 東京に来たのは、20,21歳か。23歳でデビューだから。郷ひろみとか17歳で同期だった。
 友達の運転するコロナに乗って広島から上京した。コンパクトステレオ、レコードのターンテーブル、ディランのアルバム7,8枚。そしてヤマハのギター。広島のギター教室の子からの借り物だった。これらを積んで車で上京。
 三田を目指したが、六本木あたりで迷った。タクシーに怒鳴られた。これが第一声。怖い街だなぁ。その後 新宿あたり歩いていても東京の人はキツいなと思った。
みなさんの上京の話を聴かせてほしい。
■タイトル

<1976年、学生服で上京、通勤の満員電車で、立ちっぱなし。「どけよ、こら」と言われたみんなイライラしている印象だったという投書>
<寝台列車あさかぜで上京という投書>
 寝台列車あさかぜ・・・あったな。窓を開けとくと石炭の煙で鼻の孔とかが真っ黒になった、それは、「あさかぜ」ではなく「きりしま」だったか。

<1980年に上京して武道館で予備校の入学式。一年浪人しても一年長生きすればいい。 武道館、ビートルズ、ドリフターズ、南こうせつの武道館だと感激したという投書>

 矢沢永吉じゃなくて南こうせつが日本人初武道館なんだよな。意外だけど。

 さて上京ということで、この曲。これは森進一への提供曲だったが、売れなかった。だいたい詞がよくない… 喜多條忠だ(笑)また出た。来週も出るかな。
メロディーも良くない。これじゃ歌手が可愛そうだ。

M-1 「夜行列車」 森進一
 森進一。いい曲書かなくてごめんね。

■提供 ブルボン パズルメイト
 ジングル。坂崎とずっとやっていたので 「ひとりでしゃべってます」にジンとくる。

 上京した時の東京の女性へのショック。「なによ」「だってさ」「吉田くん何やってんの?歌手?変なの」広島にはそういう女の子がいなかった。いいなぁ東京の女…そんな素敵でもないのにいい女に見えて…人生が狂ってしまった。

<81年のオールナイトニッポン、引っ越し記念プレゼント。ツアーで使用した歯ブラシ、バック、植木鉢などをプレゼントしていた。そこで「人生を語らず」のイタリーで買った帽子を貰ったという投書>  
 いい帽子だから家宝にしなさい。

<拓郎さんのオベイションアダマスを持っています>
 あれは高いんだよ。今もこうせつは使っている。何でプレゼントしたんだろう。ギターは、いっぱい持っていたな。今は二台くらい。レンタルで済ます(笑)
鈴木茂、青山徹、徳武弘文 みんなに一台ずつ差し上げた。テレキャス・ペイズリーのは徳武に、赤いテレキャスは、泉谷にあげた。
…みなさん大事にお使いください 今更返せとは言いません。いずれ莫大な資産価値を生み出すでしょう(笑)

新コーナー、ラジオでナイトクラブ

・「僕の歌 あの歌を思い出してみよう」という目玉企画が封印。自分の曲を悪く言うこと辛くなったので。また単発でやるかもしれない。

 ・会員制のクラブ。毎週あるテーマについて語る。今週のテーマは「父親」について。父親を歌った「おやじの唄」・「清流」は相反した唄だ。

M-2 おやじの唄
 パック・イン・ミュージックのオンエアーの日に父の死を知る。葬儀に出れず。そのまま杉並の高円寺に帰って、おやじの写真の前に盃。
父親にはずっと否定的だった。 

 女系家族だから、女性の話ばかりを聴いて母、祖母、姉という女性側に寄り添ってしまう。だから父親の意見を聞いていない。だんだん批判的になっていったし母親の肩を持つようになっていた。

 映画「フィールドオブドリームス」を観た。父親の天の声。「それを作れば彼が来る」。彼が作った野球場にゴーストたちが集う。
 「父の声」。妻と妻の母の三人で鹿児島に父親の声を訪ねていった。父の声は聴こえなかったけど。一般にお父さんは寡黙な人が多い、多くを語らない人が多い、だからどうしても母親の味方になって、母親サイドから見てしまう。こうして「おやじの唄」を作らせた。今聴いてもいい歌だな。
 そして「フィールド・オブ・ドリームス」を観て鹿児島に行き、父を思い直す。長いこと母親にまるめこまれていた。悪い言い方かもしれないが騙されていた。父親批判のそういう気持ちが強すぎた。父を見直そうと一念発起して「清流」という歌を作る。あるカメラマンのキレイな川の流れの映画を作りたいので音楽を依頼された。静岡、山梨かの川。そのきれいな川を見つめているうちに心が洗われて、父親のことを思ってこの作品を作った。

M-3  清流   午後の天気Ver.
26歳(おやじの唄)と51歳(清流)。正反対の唄を作ることとなった。若いころは父親のことも軽く考えていたのかもしれない。考えさせられる。

今週のマイ・フェイバリットソング


 広島時代のダウンタウンズ時代の作品。最初はバチェラーズ、しかし、ボブ・ディランのフォークでコンテストに出たりしたてバンドは中断。
「土地に柵する馬鹿がいる」(サワリを歌う)

 プロを目指して上京して千葉県の検見川・高徳院で居候し、曲をたくさん作ったが(CBS)コロンビアにアプローチするも売れずに意気消沈。
そんなときに広島大学の睦月くんに「東京はつまんない」と手紙を書く。そのころ、「恋のダウン・タウン」という ペトゥラ・クラークの唄が流行していて「ダウンタウンズ」というバンドを提案した。

<
M-3  ハング・オン・スルーピー マッコイズ
 睦月がR&Bもやろうということで「ホールドオンアイムカミング」なども演奏するようになった。バートラッセルがバイブレーションズに書いた"My Girl Sloopy"という作品だった(経緯を説明しながら)いかにも山下達郎みたいだ(笑)。

<「好きになったよ、女の娘」一番をフル歌唱>

「たどり着いたらいつも雨降り」の原型。ダウンタウンズは、「好きになったよ女の娘」と「.ハング・オン・スルーピー」で広島を席捲し、上京し、ナベプロにいってポシャッた
…今でも大好きな作品だ

エンディング

<出待ちについての投書>
 出待ちは結構です。気持ちだけで十分。それより湿気のある拍手を。

☆☆☆思いつきと感想☆☆☆

☆ アンチ東京という東京への御大の愛と屈折に満ちた思いが伝わってくる。御大の才能と実績は、既に東京だ、広島だ、鹿児島だ、という地域問題のレベルなどはるかに超え、時代を超えた永遠不滅の域に達しているのだから、東京のことなんかどうでもイイじゃないかと思う。しかし、やはり東京との確執こそが、御大のここまでの音楽的実績の原動力になったとすれば大事なテーマなのだろうか。

 東京生まれ育ちの私としては、東京人に故郷がないというのはちょっと心外だ。そりゃあ武部聡志は東京でも田園調布という都会の一等地だからであって、御大よ、蒲田あたりに来てみろ、十分に田舎でバッチリうら寂しい故郷感に満ちているぞ。

☆出かけて、帰りにコーヒーを飲むかすぐ帰るか、あの75年の衝撃的なラジオの最終回を思い出す。そういうところで、すれ違ったというあの切ない話。家路こそが御大にとっての大切な道ということなのか。

☆出ました「夜行列車」、またまた出ました「喜多條忠」。演歌がテイストに合わないと言いつつ、ここまでのテイストが出せればもう体内の演歌細胞の存在を否定できまい。この曲は演歌との国境の塀のうえを危うく歩きながら演歌の陣地に落ちてしまった感が強い。でもさ、いい歌だと思うよ。昔から好き。夏みかん剥くあたりがとてもいい。

☆ギター。オベイションもプレゼントしたんだ。すげー。80年の弾き語りは殆どこのオベイションだよね。シングルになった「証明」もこれだったと思う。
 たぶんシンプジャーナルの御大の自宅のギター公開特集号の写真を見ながら話しているんだと思う。

☆あの人生を語らずのイタリーの帽子。あれは、2006年のつま恋で見せてくださった方に違いない。コンサート二日前に、施設内のバスの前をうろうろしていたら、親切に、「ラジオで拓郎さんから貰ったんです」と教えてくださって、ひぇーーー見して、貸して、触らせて、被らせての状態となった。あの時はありがとうございました。もうそこにいた皆で、被るときはひざまづいて両手を合わせて戴冠式のようにうやうやしく頭に乗せたものだ。
 申し訳ないが、私含めて、誰一人として似合わなかった。遊園地のお猿の電車の運転手さんみたいになっちまった(笑)。御大の凄さがあらためてわかった。



☆ 父親の話は感慨深かった。「吉田拓郎における父子関係の研究」がテーマの私には(爆)、あらためて貴重な話であった。「おやじの唄」と「清流」。相反するだからこそ不即不離の唄なのだろう。
 あらためて2004年のビッグバンドのprecious-story通称「男の一生コンサート」(私が勝手に言ってるだけですので)を思う。「おやじの唄」と「清流」がセットリストにあった(コンサートパンフに写りこんだリハ曲目一覧)。「清流」は歌唱されず、コンサートの前奏曲として流された。歌わなかったのは残念だったが、これはこれでとても意味深いイキな演出であった。ココまで来ると「清流」には「おやじの唄」が必要で、「おやじの唄」には「清流」が必要なのだと思う。

☆ダウンタウンズ。あの当時の音楽や話をするだけで、御大の心が軽やかになるのがわかる。もう、歌う、歌う、歌う。それが何よりも嬉しい。たぶん、私らが御大の曲を聴いたり語ったりするときと本質は変わらないのではないかと思う。
 それを素晴らしい形にして、音楽作品群として世に現出せしめたところに、御大の稀有な才能と力量があるのだと思う。・・・・まとめてどうする。

<総括>
 やはり御大は、ひとりでしみじみ語るのが一番である。この静かだが、しっかりとした流れがいつまでも続きますように。

第4回 2017.4.23

 1964年東京オリンピックから 2020年東京オリンピックまでの56年間。町の中から消えていったものがたくさんある。自分には「消えてゆくもの」という歌があり、「夏休み」なんかもそういう歌だ。
 ・角のタバコ屋さん
 ・社会科の先生の仁丹
 ・十歳以上の年上の女の人の体験談
 昔の夏休みの風景、風情もそうだった。姉さん先生の宮崎先生はきれいだった。絵日記、とんぼ、すいか…みんな実体験だ。 
 本屋がなくなっている、個人商店が少なくなっている。高層化で平屋の家が少ない。空き地も少ない 昔は空き地で凧揚げとかをよくやった。広島の家は、周りは田んぼで埋め立て地、レンコン畑とかがあった。だから「夏休み」なんていう歌が書けた。
 季節の挨拶もメールで済まされることが多くなった。自分も年賀状・暑中見舞いとか面倒で、お中元、お歳暮もいただいても感激が薄い
 昔はこうじゃなかった。ネット中心の世の中で消えてしまうものがある。
 最後は、人間は人の温もり・・・というライターの小谷くんの言。
■タイトル

 予告しているが、避けて通りたい。このコーナー避けてとおりたい。
 70年代後半、ディスコによく行っていた。六本木に、かまやつさんと毎晩のように。パブカーディナルで飲んでから、スクエアビルの地下の「キャステル」。新進気鋭の方たちがモデルたちを連れてくる。もう一軒、「キサナドゥ」。サーファーたちが集まっていた。こっちの方が好きだった。ここでよくナンパした。
 当時はよくロッド・スチュワートが流れていた
 キサナドゥ、キャステル と売れてない頃のアルフィーを連れてハシゴしたことがあった 一か所30分程度。そして、朝の4時ごろに、イタリアントマトでアイスクリームを食べた
アルフィーもまだブレイク前で知られていないので、目立たない。女の子は誰も気付いてくれなくて悲しい。
 「お 拓郎さんですか?」「そこにいるのはアルフィーの三人かっ!!」と一芝居打つが、誰も気づいてくれず。ナンパ成果なし。そのうち下がゆるくなってきしまったという事件もあった
M-1 "Da Ya Think I'm Sexy?" アイム セクシィ  ロッド・スチュワート
 マネージャーの渋谷君は堅物だったけれど、このアイムセクシーだけは踊っていた 盆踊りのようなカタイ踊りだったなぁ

■提供 ブルボン パズルメイト

<中学時代以来のファンで、ラジオでリスナーにプレゼントしたライブ73で使用したテレキャスターを温存しています。いろいろ手を入れて変わったが、今でもいい音を出すので是非持ち主に弾いてほしい・・という投書>
 写真を観るとビックガードとか違うが本物のようだ。73のテレキャスをプレゼントしたのは覚えていない…電話してみよう
<電話不通>
 この人は、ギブソンのピックアップが逆さとか自分のギターのことをよく知っているし、真実らしい。しかし、今さら返せとも言えないし(笑)

・デモテープを持ってきた。93年の南沙織のアルバムに康珍化作詞で曲を書いた。逗子の家の小さなスタジオでコンピュータで作っていた たくさんのデモテープがある。自分でもデモテープ特集を作っている。これからもいろいろ聴かせたい。

M-2 黒い瞳  本人歌唱のデモテープ
 ・・・よくできている。自宅でこういうデモテープを作って歌手に渡す。この曲のアレンジゃーの萩田光雄は、ほどんどそのまま使っている。良い出来だったのだ。瀬尾一三からよく怒られたものだ。「拓郎、デモテープに凝り過ぎでアレンジしようがない」。ついついデモテープにはいろんな音を入れて凝ってしまう。
 南沙織の低いボーカルは、竹内まりやと似ていて、魅力的だ。筒美京平の作品だし、どの作品もクオリティが高く、今も彼女の作品は、高く耳に残っている。
M-3 黒い瞳 南沙織

僕の歌 あの歌を思い出してみよう 最終回(笑)「春を待つ手紙」

 思い出したり考えちゃいけない。放っておこう。これでおしまいにする。
M-4 春を待つ手紙  ワンコーラス
 この唄は好きだ。しかし、いろいろ反省して文章を書いてきた。恥ずかしくて言えないので。

>文章を読む
 この歳になって季節をどう過ごし、どう乗り越え、次の季節をどうむ迎えるかを考える
人間は一人なのか、常に誰かの助けが必要なのか、二人にその答えを求めていた。

 しかし、この詞は、男目線があるかもしれない、女性にそう言わせてみたい…という願望。
 「約束なんて破られるから美しい」…変ではないか。
 「誰かの言葉が身体をかすめます」…誰が言った、それって誰なんだ。みんな父母からは約束は守れと教わったはずだ。約束は破ってはいけないと言われただろう。
 この作者は何を言っているのでしょうか(笑)
 「あなたはあくまで男でいてほしい、私を捨ててもあなただけ捨てないで」・・・そんなことを書いた僕は本当に許されない。
<朗読を終わって>
「約束なんて破られるから美しい」…よく書いたもんだよ。
「私を捨ててもあなただけ捨てないで」…そんな女はいないよ。

<ギターで弾き語りで歌うと「あなただけ捨てないで」のところ感極まって泣いてしまうという投書>
 ごめんね(笑)
<投書の続きで、「素直」と「最終電車」というその対比・対応がわからないという質問に対して>
 書いた僕にもわからない。なんのことだろう。

 こんな風に、人の歌なんて信じちゃいけない。いろいろあるんだ。

M-5  春を待つ手紙   フルコーラス

今週のマイ・フェイバリットソング

 ムード歌謡を寝るときによく聴く。1968年中井昭/高橋勝とコロラティーノ「思案橋ブルース」
 不思議な雰囲気。キザな詞。 
 「戻りのはしないさ 昔の気ままなこの俺には」・・・おお、こういうキザなところに来るな。
 「夢は捨てたのさ じっと孤独を噛みしめた」しかし、急に手の平をかえして「でもおまえを好きだと言ってみた」…
 不思議な雰囲気。ファルセットと音域が微妙そして美しいメロディーに、なんとも萎えて、けだるさを感じ、よく眠れる。
M-6 思案橋ブルース 中井昭/高橋勝とコロラティーノ

 ついていけないもの
<フォークの世界に引き込んでおいて、フォークはキライだ、ロックだレゲエだと最近は演歌だ。篠島・つま恋でやりながら、最近は東京近辺でしかライブをしない。いち早くネットを始め、やっとついてったのに、最近はラジコ、ニコニコ動画についてけない。拓郎さんにこそついていけない・・・という投書>
その場でコロコロ変わっていくのでご注意を。

☆の思いつきと感想>

☆キタ━━━━━(゚(゚∀(゚∀゚(☆∀☆)゚∀゚)∀゚)゚)━━━━━!!!!「デモテープ」降臨。
 あれから30年以上、御大も71歳、こっちも60歳が見え始めた今、こうやって深夜にラジオで再び「デモテープ」を聴かせてもらえるとは思ってもみなかった。それだけで今夜の放送はもう悶絶である。ああ、デモテープ。糖質ダイエットをしている私が、これだけで軽くごはん三杯は食べてしまう。それがくらい感動的だ。

 デモテープの公開には魂の底から、感謝しながら、でも敢えて言いたい。

 デモテープはノーカット=フルコーラスで聴かせろぉぉぉ!!

もはやこれは世界遺産・文化財の域なのだ。

 ともかくサンプリングを使用することによって、御大のデモテープのクオリティはさらに凄くなっていることを確認。いっぱいあるんでしょう。今後がひたすら楽しみである。

 ・自分のデモを棚からおろして
 ・僕の提供曲を思い出してみよう

 このあたりのコーナー化を是非是非、魂の底からお願いしたい。

☆ライブ73のギターの話も驚いた。この方はよくぞ連絡してきてくださったものだ。心から感謝したい。

 率直にいって、御大も私たちも高齢である。人生カウントダウンに入っている。このNumberedな日々。もはや素晴らしいコレクション、知識、経験を秘蔵したり溜め込んでおいても、墓場には持っていけない。愛は惜しみなく、デモテープもお宝ギターも経験も、あらゆるものがすべて腹蔵なく世に拠出されるべきだと思う。こんなショボいサイトだが、私ごときがこんなサイトをやってるのも気持ちだけは同じつもりだ。

 もはや御大は歴史上の人物であり、私たちはひとりひとりが貴重な歴史の体験者にして証言者であることを忘れてはならない。キリストの教えを直接聞いた人々、お釈迦様の説法に耳を傾けて旅した人、大塩平八郎と一緒に乱を起こした人々(爆)、歴史はすべてこのたくさんの一般Pを含めた方々が作っている。

 知っていること、もっているものは、どんな小さなことでも世界に向かって表現しよう。さすれば、例えば嵐に呑み込まれても歴史はそれを見逃さないだろう。歌そのままか。

☆「春を待つ手紙」の自虐はちょっと聴いていて辛かった。そこまで言わなくてもと思った。「最終電車」なんて謎のままでいいじゃんか。しかし、大好きな作品だからこそ、ファンとはいえ他人にあれこれ言わせたくない。そしてこの番組のメインのコーナーを自分で締めくくりたいという御大の気骨なのだろう。

「季節をどう過ごし、どう乗り越え、次の季節をどう迎えるかを考える。人間は一人なのか、常に誰かの助けが必要なのか、二人にその答えを求めていた。」・・・この言葉だけを抱きしめて、これからもこの作品を愛でよう。

☆アルフィーのイタトマ伝説は、一時期の彼らのネタだったので散々聴かされた。笑えるエピソードがひとつ漏れていたのだが…思い出そう。

☆「ついていけないものは吉田拓郎という投書」。ハラショ。笑った。もういちいちそのとおり御もっともである。こうしてファンは、難破船のようなあちこち翻弄され今日も御大の海を漂う。ファンはファンで大変だ。

 しかし、御大は言うのだ。
「それはその人の問題でしょう」
 あぁ、もうなんてヤツだ。

☆御大のディスコ狂いは当時から有名で、しょーがねーなと思っていたが、そのおかげで名曲「Y」が誕生するのだから、これも芸の肥やしのうちなのか。

<総括>
 番組を長編ドラマとすれば、今日で、第一章というか第一部が終わった感じである。いろんな世間話的ネタを募集しているが、それはそれでいいけど、しょせん昼のラジオゆうゆうワイドとかの番組には、かなうまい。あくまで名曲誕生秘話、ライブの思い出、デモテープ、名曲、秘蔵曲などなど、ともかく音楽を語り、音楽で語ってほしい。

第3回 2017.4.16

・スポーツの話。スポーツ観戦が好き。最近は、クライミング。えもいえずセクシー。
蜘蛛のように角度が反ったところを登る美しさ。
・バドミントンにもハマっている

■相撲の升席が狭すぎるというパピー星人さんの投書
 千代の富士と六本木で知り合い、升席のご招待を受けた。妻と妻の母と知人の4人で国技館で観戦。足を伸ばせないが、何ともリアルで凄い世界。相撲取りのお尻がデカイ。
 後に陽水宅で、益荒男関と寺尾関に会ったことがある。その時、気になっていたので「升席で座ってると酒や弁当持ってきてくれるが、お心付けは必要か」と尋ねた。「気持ちだから、した方がいい」と言われ何もしなかったことを後悔。
 帰りがけ陽水は、力士たちにサングラスをプレゼントしていた。相撲取りにサングラスでいいのか。

■サッカーについての投書
 妻は変わらずに遠藤が好き。でも妻は浮気性。いろいろファンが変わる。野球にはあまり興味示さない。やはりサッカーだ。

■筋トレの投書
 スポーツ・ジムをやめた。同じことをやるルーティンがいやになった。自宅のエレベーター前のスクワットしかやっていない。

■ランニングをしているという投書
 走る人は偉い。観ているだけで心を洗われる、清々しくなる。
どのスポーツも胸が熱くなる。
■タイトル

 i-pod聴きながら寝るが、歌謡曲のジャンルがいい。昔は自分のアルバムを聴いていたが、最近は他人に作った歌を吉田拓郎作品集として聴く。
 それでも「キャンディーズ」は、目がさえる。「アン・ドゥ・トロワ」の別のテイク、これが僕のデモテープに近くていい。特にランちゃんがいい。水谷くんだけが男じゃないと言いたい(笑)
・木内みどり、神田広美、中尾ミエなんかもいい。
 神田広美<♪ドンファン を歌う>松本隆が書いた。
・「アン・ドゥ・トロワ」のレコーディングの時に突如のキャンディーズの解散発表だった。喜多條は、解散は知らなかったと思うが、「これでお別れ」というピッタリの歌詞だった。「解散するって本当なの?」と聞いたら「事務所を通してください」と冷たい返事。
・やさしい悪魔のレコーディングの時の靴の音。誰かのブーツを叩いて音を出した。キャンディーズがこの曲の出来立ての振付を現場で自分にだけみせてくれた。嬉しかった。感動した。
M-1 やさしい悪魔 キャンディーズ

■提供 ブルボン パズルメイト

■かつての深夜放送でラジオ出待ち入り待ちの投書
 出待ち入り待ち…そういうの無くなったなぁ。

■”ガウチョスカート”を知っているだけで相当に時代に追いつく努力しているのではないかという投書
 NHKのニュースナイン。大好きな桑子さんのガウチョスカーとでがっかりしている
世界的にはこんなファッション日本だけだ。ELLE VOGUEにもない。男たちよ、このファッションはどうなんだ?

・中尾ミエへのファンレター。紫のインクで、中尾ミエの本名ミネコのネのむつかしい漢字を調べて努力した。
・時津山にファンレターも書いた。ファンレターは、生涯この二通だけだ。
・その後、中尾さんと六本木で逢った時、かつてファンレター出した話をしたが、「知らないわよ」…悲しかった。
 堂本光一の舞台「Shock」に中尾さんがゲストで出ていた時に観に行ったら、アドリブで光一から「今日拓郎さん来てますよ。好きだったそうですよ」と暴露されて…恥ずかしかった。こうしてみると喜多條、松本が多い。アレンジは馬飼野康二が多い。この中尾ミエの曲も喜多條だとは知らなかった。
「バカだよねあいつ、まだ手を振ってる」…喜多條も松本も男目線である。いつかそういう詞の話もしたい。先週の放送(外は白い雪の夜)松本聴いていないだろうな、聴かれたくない。
M-2 風の中で 中尾ミエ
この歌唱いいなぁ。後悔しているのは 喜多條もっといい詩書けよ(大笑)

この曲のココはどうなのコーナー こうき心

■ほとんどすべてのコーナーにダメ出しという投書
今週と来週くらいで、このコーナーは終わり。勘弁してくれ。
やっぱり自分の曲を自分で語るのはよくない。曲をダメにしていく。

M-3 こうき心
作った時の記憶がない。たぶん上京直後。
 母と祖母と姉で暮らしていた子ども時代。父は鹿児島、自分たちは広島で生活。
祖母と父のソリが合わなかったという話を後に聞いた。
 女系家族で育った。大学2年のころ、このまま女の中で暮らすのはどうかと疑問がもたげてきた。家出志向、そろそろこの環境から逃げ出そうと思い始めた。
 このまま女性に囲まれているのでなく、この町を出てみよう。
あらためて詞を読み直す。
 街を出てみよう、話をしてみよう、歌詞が全部、上京を目指している。
 恋をしてみよう。当時ガールフレンドがいた。上京前に、どうだい今夜あたり…「やだ」と言われた
涙を違う町で流してみよう  新鮮な涙かもしれないか
雨に打たれてみよう  すべての環境から出て雨に打たれてみよう  外は雨が降っているじゃないか
 こうしてすべて合点がいく。名曲だ。
 どうだ諸君。素晴らしい 完成度の高い曲。もう辞めるっていったけど、このコーナーやってよかった(笑)

M-4 こうき心73

今週のマイ・フェイバリットソング

 ボブ・ディラン、ボブ・ディランと言ってきた。自薦の選曲アルバムを作ったこともある。
 当時の自分のディレクターが「にしきのあきら」と同じだったが、ボブ・ディランを知らなかった。
 当時、ディランは、あまり知られていなかった。高田渡、遠藤賢司、加川良、岡林くらいは知っていたが、大雑把に日本では知られていなかった
 和製フォークを通じて世に認識されることになった。
 Don’t think twice,it’s all rightくよくよするなよ、ラブマイナスゼロ、淋しき街角
を弾き語る。
 メッセージソングといわれるが、実に美しいメロディを書く人なんだ。メロディメーカーである。ライク・ア・ローリングストーンも軽快なロックだが、実にキレイなメロディーである。美しいメロディメーカーであることを知らずにいる和製フォークが腹立たしい
一番好きな曲として・・・

M-4 I want you. Bob Dylan
 奥床しい…こういう漢字、70歳過ぎても学ぶ

 来週の「春を待つ手紙」でたぶんコーナーは最終回

個人的思いつきと感想

☆多くの方の予想通り、曲のたな卸しのコーナーは、終焉が近い。この番組の目玉規格にして柱だったと思うが、この自由さが素晴らしい。若い頃にコーナーができなかった人が、年取ってコーナーができるようになることはあり得ないことを証明(爆)。しかし、いいぞ、そんな御大が痛快でならない。この自由さとテキトーさ、そしてその向こうで、本当に大切なものは何かをキチンと教えてくれる。

☆そして、自ら埋もれた提供曲の発掘と顕揚に心が向いていることが嬉しい。「アン・ドゥ・トロワpart2」。part2といいながらこっちが先に出来たという、クロマティ高校のメカ沢くんの弟みたいなものだ。わかんねーよ。
 この静かなるアレンジを聴くと、公式盤のアン・ドゥ・トロワが妙に作り物臭く聴こえてしまう。それだけ、このpart2は逸品だ。

☆「風の中で」。「風の中」は井上順だ。間違えやすいので注意。注意してどうすんだよ。この曲もいい曲だし、やっぱり青山なんだな。それも嬉しい。

 ・この曲を発表したときオールナイトニッポンで流して「これは売れるぜ」と御大が自信をもってつぶやいたのが忘れられない。なんとしても憧れていた方に喜んでいただきたかったのだろう。それだけにヒット作にできなかった悔恨のようなものが御大にあるのが伝わってきた。…それにしても、喜多條さんの受難はいつまで続くのか。

☆こうき心。御意。名曲だ。っていうか、これを名曲じゃないと言ってたヤツっているのか。さすがに衆目一致の名曲でしょう。それにしても「女系家族からの旅立ち」という解題がいいな。

☆出ました。ボブ・ディラン。メロディメーカーとしての才能に惚れ込んでいた御大。だから、そこをすっ飛ばして反戦・政治のアジテーターとして彼をうすっぺらに祭り上げたフォーク界が御大は大嫌いだったのかもしれない。反対に、ディランのメロディーメーカーとしてのポップな才能を理解していた桑田圭祐を絶賛したのかもしれない。そんな風に勝手に想像するのも面白い。

 御大がサラッと歌った、くよくよするなよ。ものすげぇぇぇカッチョエエ。「風に吹かれて」もいいが、もっともっと美しいポップな名曲を御大流でカバーしてほしいっす。

総括
 どんどん自由になってゆく御大がいいぞ。是非、崖っぷちの提供曲の救済の旅に出ましょう。

第2回 2017.4.9

 4月5日で71歳。ここまでくると「もう放っといてくれ」という感じだ。ここ十数年、義理でくださるおばさん以外チョコも来ないし。HappyといわれるものがHappyではなくなっている。「これからアトはどうもちこたえるか」しかない。

■若い女性が生まれ変わったら吉田拓郎になりたいというネットの書き込みを読んだという投書
 投書者の言う通り辛い人生だ、おすすめしない、こんな人生は俺だけでいい。

■2012年のライブの心のこもったお辞儀が素晴らしい、さすがお母様のお茶の先生の思いがしみついていらっしゃるという投書
 お辞儀は一度頭を下げると上げられなくなる(笑)頭を上げると怒られそうだ。もういいかな、もういいかなと考えてから上げる。次回のライブでは、スッと行きたい。

 ついていけないこと。テレビとかのタレントの名前が一致しない。菅田将暉くんとか20代の人ら会うとドキドキ。

もう時代に乗り遅れている。
・スマホも2世代前のもの。変える気にならない。いいじゃないの、キビキビ動かなくても。
・ネットにもついてけない。
・異性にもついていけない。ついてったらストーカーだ(笑)。アイドル・女性の名前もすぐ忘れる。
・車の運転もしない。これからブレーキとアクセル間違えることがないとはいえない、75歳になったら免許証は返還したい。
 決して恥じることはない。年取ることは良いことなのかどうか、みなさんのついていけないことを教えてくれ。

■ジムに行くとお尻の穴をぐっとしめて…といわれる話の投書
(何か言いそうになって)、コレはラジオでは言えない、脱線すると喋っちゃいけないことを喋ってしまう。いかに吉田拓郎は普段、ラジオで喋っちゃいけないことを喋っているか。

M-1 いくつになってもHappy Birthday
■提供 ブルボン パズルメイト
 ジングル「吉田拓郎ひとりで喋ってます」

この曲のココはどうなのコーナー

 今回も喜多條忠(笑)。メランコリー。馬飼野康二のアレンジは素晴らしい。喜多條は、「神田川」が代表作だが、「ハローグッバイ」キャンディーズの「やさしい悪魔」「暑中見舞申し上げます」とか。「暑中お見舞申し上げます」が喜多條だとは最近知った。

M-2 メランコリー 梓みちよ
・覚えているのは、梓みちよに、なるべく下手くそに歌ってくれと頼んだ。歌唱力のある人なので朗々と歌わないでくれ(試しにビブラートをきかせて歌ってみせる)とお願いした。軽く歌ってくれたのが良かった。
・乃木坂が出てくるが、この頃、乃木坂のフィリピンパブによく通っていた。ママが宝塚時代の梓みちよの同級生。バンブーダンスを踊っていた。杉田二郎と一緒にギター弾いて歌って、そのあとディスコ赤坂ムゲンに行ったりして、あの頃は、よく遊んでいた。
・紫のインクで中尾ミエにファンレターを書いたことがあった。中尾ミエが大好きだった。後に中尾ミエに曲を作った時に、目立つように紫のインクで書いたのに、なんで返事くれなかったといった。「ンもう 返事くれないんだもん」

■緑のインクは、中世の決闘状や絶交・絶縁に使用されたという詳しい説明の投書
 昔は疑わなかったが、“緑のインク~サヨナラの合図”今になって本当かなと思う。そこまで喜多條が知っていたのか、喜多條は誰から聞いたのか。

■各種恋愛のジンクス・言い伝えの投書の紹介
 結局、中尾ミエに紫のインクで書いた吉田拓郎の気持はどこへ持ってゆけばいいのか(笑)

僕の唄、思い出してみよう

M-3 外は白い雪の夜(途中まで)
・1978年11月21日「ローリング30」に収録。
・箱根ダイアランドというホテルに泊まり、近くのロックウェルスタジオで制作。
 松本隆とホテルにこもって、アルバム2枚分を作り上げた。松本隆が詞を書いて、その横で、俺が5,6分、7,8分で曲をつけて、そのままレコーディングという作業。松本隆は、「オレが一晩苦しんだ詞なんだからもう少し時間をかけろ」といったらしい。
 しかし、作家にはそういう瞬間がある。「曲が降りてくる」そういうときが確かにある。

 「外は白い雪の夜」を78年ころも若い女の子たちに聴かせた「素敵な詞」と涙を流して感激した。
 現代はどうだろうか。
 ・今夜で別れと知りながらシャワーを浴びる女性が今いるのか?そんな面倒臭いことするか。別れるのにわざわざシャワー浴びるか? 別れに一発とか(笑)
 ・サヨナラの文字、タバコ何本並べればいい、そんなの並べてみなきゃわかんない
 ・最後の化粧をするので私をきれいな思い出にして、後姿を観たいから いつもあなたの影を踏み歩いた癖が直らない・・・「そんなキレイに別れられる女はいないよ」とカミさんは言っていた

■男を縛る強い女、男にすがる弱虫についての経験的考察の投書
 やはり松本隆は男目線で書いていて、女性目線だとまた違うのかもしれない

■♪最後の化粧をするから…拓郎さんのカテージの化粧のMCを思い出してしまうという投書
 80年か90年の頃、メイクに凝ったことがあった。アイラインにファンデーションと化粧は慣れてくると濃くなる。広島だったっけ、コーラスの女子に「化粧が濃すぎます」と注意された。タムジンの娘からも「私もそう思う、濃すぎる」と注意された。

M-4 外は白い雪の夜(full)

今週のマイ・フェイバリットソング

 演歌は、リズムも詞も入り込めなかった。しかし、最近は演歌にもグっときている。
今日は都はるみ。広島のロックバンド時代、広島ACBのマスターが都はるみのポスターを貼っていた。その横でハウンドドックとか歌うことの違和感をマスターに訴えると「何いってんだ、都はるみに比べたらオマエたちの音楽なんて屁のようなものだ」と。
 寝るときにi-podを聴いている。寝やすいように10曲単位でフォルダにしているが、歌謡曲には、都はるみ、前川清が入っている。
 アンコ椿は恋の花。これは凄い。16歳の少女のこの歌唱、こぶし、唸りのタイミング、軽快さ、天才だ。毎日聴いている。

M-5 アンコ椿は恋の花

  車をバックするときには、窓を開けて後ろを観ないとできない。ミラーではなく、肉眼で確認しないとできない。だから雨の日は濡れてしまう。

■番宣では遺言のような放送かと思ったが、結果どうあれ…
 「結果どうあれ」っていいね。

 ガウチョスカートについていけない。若い子もおばさんも、こんなのはやめてほしい。

個人的思いつきと感想

☆お誕生日にはいろいろな思いがおありだろう。”これからどう持ちこたえてゆくか”の言葉が重く、だからこそカッコイイ。

☆“いくハピ”はシンプルながら実に素晴らしい歌だなぁとの思いを新たにする。

☆生まれ変わったら吉田拓郎になりたい。そうお気楽簡単なものではないとご本人はもとより投書されたファンの方も同じように言っていたのは笑える。花も嵐も踏み越え実に大変な道のりだった・・・という共感がファンにもあるんだよなあ。

☆お辞儀。なかなか頭を上げられないという話、どうあれ御大のReverenceの美しさは永遠のものだ。

☆「お尻の穴をグっと」…きっとまたエンガチョなことを言いそうになったに違いない御大。坂崎さん相手だったら平気で喋っていただろう。フォローなり後始末なりをしてくれる人がいないからか抑え込んだ気がする。

☆喜多條さんの受難は2週続くか。Uramadoで書いた通りすばらしい曲であり、この作品をめぐる御大と喜多條さんの二人の間のドラマは涙が出る。
「紫のインクで中尾ミエにラブレターを書いた」御大はこれが言いたかっただけなのではないか。

☆キャンディーズの「暑中お見舞い申し上げます」。キャンディーズ大人化計画の一環なので喜多條さんの作詞について知らないとは思わなかった。「暑中お見舞申し上げます」は、最初、常富さんの作曲でそのメロディー(後に「暑中お見舞い申し上げますpart2」としてベスト盤に収録された)が没になって現在の曲になった。なので大人計画として、拓郎に依頼→フォーライフ社長就任で多忙→御大が常富さんに投げた…のかと思っていたが違うのか。どうでもいいことだが。

☆杉田二郎とフィリピンパブでバンブーダンスか。困った男同志じゃないか(笑)。

☆出ました「外は白い雪の夜」。言いたいことはuramadoで書いてしまった。よく考えるのは松本隆の方だとまで書いてしまった(笑)。申し訳ない。

☆「外白」を聴いて泣いた若い女性の一人は、当時のセイヤングでの御大のハナシによれば、女優の栗田ひろみさんである。なつかすぃぃぃぃ。

☆矛盾するようだが、「外白」、久しぶりに聴いた原曲の歌と演奏が素晴らしい。いいな。もちライブでの島村さんのドラムロールがドゥルルルルルというバージョンもたまらない。レコードとライブ、細胞分裂した2曲の別曲のようでもある。どちらも演奏と歌とメロディは圧倒的にすばらしい。

☆「曲が降りてくる」。ロックウェルには神様が降りてきていたことが、このアルバムを聴けばわかる。まさに聖地降臨である。今は原田真二のプライベートスタジオになってるんだよね。

☆化粧。王様バンド時代、御大はもとより、武部チー坊さんの化粧も濃かったというMCで大笑いしたのは、2014年だったか。確かに、王様の頃、化粧していたことがあった。
 コーラス女性とタムジンの娘さんに注意されたのは、2005年の初日の広島公演のことだと思う。あの時も化粧しすぎで白すぎだという話が、その後のツアーのMCのネタになっていた。何十年周期で時々、厚化粧になる謎の御大。

☆ 都はるみのアンコ椿大絶賛。「すばらしき仲間Ⅱ」のSATETOのリハーサルでアンコ椿は恋の花をギターで弾く御大の姿がチラリと観られる。
 なんとなく思った私の勝手な迷言
 「御大は演歌が大嫌いだが、演歌は御大のことが大好きである」いみふ。

総括
 いい感じ。もっと深奥な話が聴きたい。時代についていけない、女性にもついていけない、運転免許返還、アナログ礼賛と…悟りの境地に近づく枯れた老人のような発言が目立つ。しかし、ガウチョスカート(調べちゃったよ、いいのかなこれで)のファッションを叱るなど、まだ煩悩の火は消えていない。なんかの拍子に「だーから、おまえらファンは時代遅れなんだ!!」と怒り出す可能性が大であると思う。「結果どうあれ」という投書の方は正鵠を得ている。ハラショ!
来週も楽しみにしています。

第1回 2017.4.2

 70年代初頭、バイタリス・フォークビレッジが初めてのラジオ番組。ディレクターの島田さんがユニークな人で、岡本おさみさんが台本だった。
 当時は、エレックというデタラメなところにいたので、マネージャーが収録日を忘れたり、いろいろと大変だった。それから50年近く過ぎて今や71歳。3年半ぶりのラジオ。
 ウェブ、ニコニコ動画、ラジコ…もうついていけない。

(幸ちゃんはいないのかというリスナー投書に)
 さすがに飽きた。俺はラジオの仕事とステージに全力を入れているのにアイツにとってはいろんなレギュラーの仕事のひとつ。面白くない(笑)。今回もお願いだから、坂崎だけは呼ぶなと注文した。

番組テーマ

 みんなからのハガキ・メールが欲しい。昔、そういうやりとりの中で「春だったね」が生まれた。そちらからの声が聴きたい。それによって、自分も100才までやるぞみたいな気分になれればいい。

M-1 シンシア
 一人の友人が天国に召されました
 かまやつひろしさんの思い出は数知れず。しかし放送では言えないものばかり。自分のかまやつさん像は「暴れん坊」「とんでもない方」。
 昔、かまやつさんからフェイセスの山内テツさんのマネージャーの方を六本木のディスコで紹介された。好きなタイプではなかった。
 若い頃は「気にいらない人にはあからさまに腹を立てるタイプ」だった(笑)
 トイレで「ムッシュ、あいつ嫌いだよ」「じゃ、やっちゃえよ、いいんじゃない」
ということで外に出て喧嘩が始ると、ムッシュはいない。原宿に松任谷正隆を呼びに行っていたとのこと。

■提供 ブルボン パズルメイト
 ジングル「吉田拓郎ひとりで喋ってます」

(オーストラリアの方のメール・帰国したら広島の歌碑に行きたい)
 先端技術・デジタルの時代でもアナログに愛着を抱いて生きていくのがいい。

■「リンゴ」について
 昔は何かというと喫茶店だった 岡本さんの詩にも喫茶店がよく出てくるが、自分はコーヒーが飲めないので心ここにあらずの場所だった

M-2 リンゴ
 (リスナーからのリンゴの二人についての各種設定の解釈を読む。わけてもミュージシャンと劇団員に食いつく。)
 元マネージャーの渋谷さんは、広尾の西日の当たる部屋に住んでいて山口百恵のポスターが貼ってあった。
…このコーナーはもうすぐ終わりかもしれない。歌が台無しになっていく。
笑っちゃいけない。

M-3 井上陽水の「リンゴ」
 曲に対する解釈は、次回以降は「春を待つ手紙」と「こうき心」を予定している。

コーナー「僕のあの曲を思い出してみよう」

 思い出そうとはいっても、そっとしておいて欲しい気もする
テーマ小坂一也「春になれば」

M-4 小坂一也「春になれば」
 原宿プレイバッハで知り合う。曲を作ることになった。
 喜多條忠の詞。
「誰からも傷つけられたくなくてギターばかり弾いてた…」
 →そんな情けない男になっちゃいけないぞ、喜多條(笑)
「左手でお前の髪をまさぐり、右手で心をまさぐり…」
 →おっぱいを触っているのか、こら。
 小坂さんから生前、いつか自分の葬儀で♪サイクリング、サイクリング、ヤホーを歌ってくれるなということだった。

今週のマイ・フェイバリットソング

 チャック・ベリーが亡くなった。ロックンロールの最初の人。
 (ギターでリフを弾く~やせっぽちのブルース)
 ビートルズ、ローリングストーンズ、みんな影響を受けている。日本のフォークにはこういうものがない 四畳半フォークなんてダメ。
「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」というキースが企画したチャック・ベリーのためのライブで、チャックベリーが俺のアンプに触るなと怒って、キースがなだめているシーンがある。こういう凄い人。
 日本でも青山徹がFの唄のバックで、チャック・ベリーのダック奏法をマネしていた(“あの娘といい気分”を弾く)

 いろんな人が亡くなる。残された生かされた人間はもう少しがんばろうと思う。

M-5  "Johnny B.Goode"

 (投書・去年横浜で流星で涙した拓郎さんに自分も泣いてしまった
そのあとで、今見たことは誰にも言うんじゃないぞといいながら ブログに自分で書いてしまう拓郎さんが好きです)

 ラジオに周波数合わせて聴こう。メール、ハガキ、封書を待っている。

個人的思いつきと感想

☆坂崎さんも小室さんも局アナも坂上とし恵もいない御大のひとり語り。待っていました。御大の一人語りは、やはり原点にして頂点である。
 ギターまで抱えてくれて言うことはない。
同時に坂崎幸之助からの自立。また何か困ったら「おい坂崎」に頼ることは明らかだろうが。
 フォークビレッジ当時が21,2歳ということはなかろう、とはいえよくある伝説という名の誤差の範囲だろう。

☆リスナーからの投書を真摯に求める御大。100歳までやろうという刺激を求めているところが嬉しいじゃないか。100年続きますように。

☆…と言うそばから、リンゴの解釈をリスナーに募集しながら、妙に素っ気なく、ひいては、これじゃ曲を台無しにするので、こんなコーナー消えるかもと初回にして言い放つテキトーさ。現役だぜ御大。

☆かまやつさんの葬儀のつぶやきがあまりに悲痛だったので心配したが、「残されたもの生かされたものとしてのがんばり」というフレーズで前向きな空気が伝わってきて嬉しい。かまやつさんのラジオで話せるエピソードがない、暴れん坊ととんでもない方、と言っていたが、それは御大あなだってそうでしょう。

☆六本木喧嘩事件。原宿に松任谷を呼びに行ったと言っていたが、ANNGのかまやつさんの言によれば、喧嘩しに外に出ていった御大の後をかまやつさんがついていったら,たまたまディスコの入り口で通りがかりの松任谷正隆に会った。「これから拓郎が喧嘩するんだけど観る?」「あ、観る、観る」という顛末だったが、これも伝説という名の誤差の範囲内だろう。

☆「春になれば」のこきおろしは何となく笑えなかった。今も大好きな作品だ。たぶん御大自身もそう思っているはずだ。私なんかは他の曲はさんざん文句言ってるので偉そうには言えないが。
 いろんな曲を思い出そうというコーナーながら、ポロリと「そっとしておいてほしい」との言葉が耳に残る。大丈夫、名曲はそんなことで揺らぎはしない…と思うよ。

☆それにしても「春になれば」は、名曲ながら、小坂一也の歌唱は職場の上司のカラオケを聴かされているみたいだった。御大のバージョンを聴きなおすとやっぱウマイよ、御大。

☆心の底から申し訳ないが、陽水のリンゴ。あらためて聴くとひたすらキモいだけだ。

☆渋谷マネの西日のあたる部屋が切ない。夕陽よ、渋谷を照らせ。

☆チャック・ベリー。御大のギター実演が心の底から嬉しい。うまいなぁ。
というわけでくれぐれもフォークは禁句である。だから気をつけよう。フォークの神様とかフォーク・シンガーとかフォークの肩書きがついた時点でもうアウトである。しかし、間違いなく世間の98%の人は吉田拓郎=フォークと確信している。御大の悲しみの旅路がここにある。

☆チャック・ベリーがキースを叱る「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」。かつて a dayにも書いたけど、当然ながらビデオを御大も観ていたんだな。嬉しいぜ。キースを叱るチャックベリー。御大を叱る内田裕也か。全然違う。

☆それにしても、”あの娘といい気分”とっさに「F」という最初の仮タイトルが出てくるとは面白い。きっとFっていつも呼んでるんだ。これから私もそう呼ぼう。拓バカ一代。

☆「今見たことは誰にも言うんじゃないぞ!言いながら ブログに自分で書いてしまう拓郎さんが大好きです」と若いリスナーのこの発言に3000点。看破しとる。

総括
 ひとり語り…嬉しいったらありゃしない。番宣取材では、最後のラジオということで遺言みたいな雰囲気もあって心配されたが、聴いてみるとポジティブでそれでいてテキトーさもある自由な放送で安心した。ずへては御大の進むまま、ついていくしかない。毎週、毎週、愛でてまいりましょう。