第54回 2018.4.29

 吉田拓郎です。昔、コンサートツアーをやっていた時代、それからプライベートでも作曲の依頼でディレクターたちと軽井沢によく行ったりした。そういえば前回のゴルフの話は結構のったね。ゴルフやる人いるんだね。反響があった。ゴルフは人生そのものという話に賛同した人もいる。

 軽井沢には、曲作りの仕事で松本隆と合宿したこともある。前にも書いたことがあるが、ある日、松本隆が「信州だし、ソバでも食い行かない?」「いいね」ということで近場の信州蕎麦屋に行った。松本君は、「えーと山菜ソバ、拓郎は?」「んー俺は、天ぷらうどん」。その時の松本隆の驚いた顔が忘れられない(笑)。え、信州で、うどん食うの?と唖然とした松本隆。だって俺は関西なんで、うどんの方が好きなんだもん。

 軽井沢の途中に横川駅があっても釜めしで有名だ。小さな土鍋、陶器の器炊き込みご飯だ。これを必ず買う。峠の釜めしをよく食べていた。
 駅弁が、最初に生まれたのは明治18年、宇都宮駅のおにぎりが発祥らしい。おにぎりというと話が全然違うが、(おきざりにした悲しみは 実演)…この曲のレコーディングの時、写譜の人がタイトルを「おにぎりにした悲しみは」と間違えて書いた。みんな怪訝な顔で「歌詞にあってませんよ」「なんでだ?」、譜面に「おにぎりにした」と書いてあった(笑)。ムチャクチャ。
 駅弁は、昔、列車の窓が開閉できて、トンネルとかで開けっ放しにしておくと煙で真っ黒になるそんな時代、窓を開けて弁当売りから買ったものだ。
 昭和29年に横浜でシウマイ弁当、横浜だもんね、33年に峠の釜めしが生まれた。この弁当のあとの窯を捨てられずについ持って帰ってしまう。でも、なんの役にも立たないんだ。
旅する人に人気の駅弁は、
1位 函館 いかめし 森駅 ・・・食べたとことない 以前、上野発の夜行列車で(歌いながら)北海道に行ったとき、いかめしのアナウンスがあったけれど、食べ損なった
2位 広島宮島口駅 アナゴ飯 ・・・・小さい頃、鰻飯と思っていた。違いが判らん・
3位 奈良吉野口駅 柿の葉ずし
 あとは、仙台の牛タン弁当、そういえば仙台は焼肉とか冷麺とかがなんで有名なんだ。高崎駅のだるま弁当。兵庫県明石のひっぱりだこめし。そりゃあ明石はタコ食べるしね。なんて、タコしか食っていないみたいだ(笑)
 駅弁を食べる人の気持ちで、50代男性、新幹線に座った瞬間に缶ビールと駅弁を食べるのが好き。しかし、僕はこの意見には賛成できない。電車が止まっている時に食うなよ。
 僕はまだ席を探しているときに、もう食べている、ビール飲んでいるのって、ちょっとどうなのよと言いたくなる。東京発の場合は、せいぜい新横浜まて我慢しろ、ビールの缶も抜くなといいたい。
それにしても駅弁は、鰻弁当とかいろいろ食べたけれど、峠の釜めしが美味しかったな。70年代の青春、まだアパートに一人暮らしだったころ、部屋に10個も20個も器がたまっていて捨てるのに苦労したな。
 峠の釜めしが大好きだった吉田拓郎のラジオでナイト
■タイトル

 電車と車窓の景色とで、駅弁そのものの味が一割増しになる。日本だけなのかな、駅弁て。ヨーロッパとかでも、車窓で食べるとかあるのかな。

 洋楽リクエスト、これが凄い。
<ゾンビーズ  二人のシーズンという投書>
 ゾンビーズをリクエストしたことが偉い。知ってるだけでいい子だね。好きだったんだよ、グループサウンズでも一味違ってて。ボーカルがフニャフニャ、キーボードがバカテク。柳田ヒロを思い出す。
 でもリクエストの「二人のシーズン」、その曲はかけない(笑)
 あなたのリクエストを呼び込んでおきながら、曲は変えてしまう(笑)
M-1 シーズノットゼア ゾンビーズ

■CM明け
 先日、いきつけの美容院に行った、美容院といえば、そうそうネイルも久々に浅野さん(手)と畑山さん(足)にやってもらった、それは一年に一度くらいだけど、美容院はそうはいかない。
 有名人だからさ、美容院って、おばさんや女の子が喋っている場所で、居心地が悪い   。なので、通常の客の帰った後に、連絡貰って行くようにしているけれどね、こちらも時間がままならない。なので、勇気を出して昼に行った。おれもおじいちゃんだからいいじゃないかということで。
両サイドがおばさんで、ワイドショーみたいな話で盛り上がっていた。
 俺をやってくれている美容師が、拓郎さん面白いというかツライ話があるんですと言い出した。女子が付き合っちゃいけない、付き合うと幸せになれない職業3Bという仕事があるらしい。泣きそうになっていた。
 3Bとは、1バーテンダー 2バンドマン 3美容師
美容師も入っている。バンドマンも微妙な言い方だな、どこまでなんだろう。

ハワイの話も反響があった、
<10月ころから雨期だけど、いつころ行くかという投書>
確かに10月から-2月は雨期。カウアイ島は雨が多い。しかし、毎日降り続くわけではないから。ハワイと言う感じが戻って来た。戻って来たって、「メッ!」自分に怒りました。
これからは「起立」と「姿勢正して」と「メ」。ハワイを目指そうな。みんなでワイレアなんて頭の中で描くだけでおぞましいな(笑)

 結局、日本酒は、酒の味がわかんないということがわかった。「男山」が美味しいという話がたくさんきたがわからない。橋口が有名な酒を持ってきたけれど、僕は感動しなかった。

 ゴルフの話に共感した人が多かった。
<人生におきかえると、もうかりまっせとか言ってくるのと似ていませんかという投書>
 ゴルフでいかんなと思うのは、フォーライフの社長のころつきあいゴルフ、接待ゴルフに行ったことがある。
 話はズレるがフォーライフコンペの始球式で俺ドライバー得意だからと振ったら、三回ドライバーをからぶりしたことがあった。その時は、二日酔いのせいにした。ドライバーじゃなくて、軽い5番ウッドとかにしてくれと逃げていた。

 接待ゴルフとかはグリーンにのってからが特に問題。素人のゴルフは、打ち始めると、みんなてんであっちの林とかでバラバラ、最後でグリーンで会うことが多い。その時、仕事の話をする人がいるのよね。やめてほしいね。金利の話とか聞きたくないよ。やたら仕事の話するのはやめてほしい。だから日本でゴルフはやめた。ハワイでそんなことはない。

<結婚してだいぶたって妻が153cm65キロになってしまい、痩せなさいといえないという投書>
やせる必要ない。なんじ太めの妻を愛せよ。それに夫だって変貌してるよ。変わってゆくものだよ。但し、あんまり太っちゃいかんよ健康のため。
 昔、おやじがお風呂から上がって、ビール飲んでて、その横を、おふくろがバスタオル一枚で通ったら、「おまえ、樽みたいな身体で歩くな」と怒っていた。そんなこというなよと思ったけど。グラマラスな奥様を愛しなさい。

<フジフィルムが白黒フィルムの生産終了という投書>
 知ってるよ。♪いろっぽいということは~なつかしいな。僕の専属 あ、中島みゆきもそうか 写真家の タムジン、彼のモノクロの写真は超絶品で味があったな。そういうものも消えてしまうのかな。悲しいな。

今週のベストテイク

 1972年「元気です」に入っている「夏休み」。当時、エレックの時で、お金もないしミニバンドでツアーをしていた。広島の後輩で、一人は慶応大学、もう一人は日本獣医大学に通っていて、エレキベースとエレキギターという変則だった。この二人とよく練習をした。会社が四谷三丁目の喫茶店の2階、20畳くらいの場所があって、夜中にアンプの音量を絞って練習したものだ

 その場で曲を作ったりもした。(どうしてこんなに悲しいんだろう実演) こんな風に詞を書いたり曲を作ったりした。

 夏休みもミニバンド用に作った。口で言いながら、広島弁で「なんしおる」「わかったがね拓ちゃん」という感じで。当時のフォークソングのブームだったので、この身軽な編成がウケていた
 「元気です」では、間奏の口笛 を一緒に、そしてコーラスの部分だけで参加。演奏は、君たちはテクニックが…ということで。
 ドラム林立夫
 ベース小原礼
 キーボード松任谷正隆
 フラットマンドリン&ドブロ  石川鷹彦
 ギターは僕。うまいね。いわゆる指引きで、J-45がバリバリにいい音している。
 当時は、東京に出てきてからあまり時間がたっていない。だから、広島、鹿児島思う気持ちが強い。
 ♪ねーさん先生 ~は、鹿児島の谷山小学校の宮崎先生。2年生の時、ゲタ屋の女の子に砂場の相撲で投げ飛ばされて、気を失いかけた。宮崎先生が保健室までおんぶしてくれた。
たまらなくよかったのっ!! たまらないってば!!心と全身に響いた。
 エレックの2階でミニバンドと作っていた時代があった。あぁ懐かしいな。
M-2 夏休み

今週のマイ・フェイバリットソング

 僕はコンサートが終わってお客さんが家路につく時の客出しの音楽にこだわっている。だいたい、パーシーフェイス楽団の「夏の日の恋」をよく使っている。

 ビリー・ヴォーンオーケストラも多い。
M-3 波路はるかに ビリー・ヴォーンオーケストラ
M-4 真珠貝の歌 ビリー・ヴォーンオーケストラ
 これらはインストゥルメンタル。当時は、インスト全盛で、チャート位や上位を毎週にぎわしていたものだが。
M-5 峠の幌馬車 ビリー・ヴォーンオーケストラ
 大好きで学生の頃よく聴いていた。実は2006年のつま恋。かぐや姫とのリユニオンで、南こうせつが客出しの音楽は自分に決めさせてくれとしつこく頼まれた。「拓郎さん、頼むから僕の選曲でやらして」、どーせ、つまんねー曲じゃないのかと思っていたら、「エデンの東」だった。確かに名曲だし、あまりにしつこいので、コンサートで「行くよー!!」とか言われると嫌なので、エデンの東でOKを出した。本来は「夏の日の恋」にしたかったけど。南があまりに言うので涙を呑んだ。
当日、最後に思った「ああ、これ違うな。あの僕の最後の曲の後にこの曲は違うよ」と後悔した。
コンサート最後の家路の曲はかなり必要だと考えている。どんなアーティストも考えているのだろうが、バシーフェイスのこの曲が一番。青春の想い、青春のプレイバックのために選んでいる。
時々ビリー・ヴォーンオーケストラも流している。この曲も一、二度使ったことがあるけれど覚えているかな。エルトン永田も大好きだという
M-6 星を求めて ビリー・ヴォーンオーケストラ

エンディング

たくさんメールありがとう。これが続く限り、番組は続く。キャッチボールしながら番組を続けてゆきたい
あだな ひっこし ハワイ 探し物 日本酒 吉田拓郎のへの素朴な質問

個人的思いつきと感想

☆峠の釜めしのことなど考えたことはなかったが、ここまで御大に語られたら大変だ。なにせ若き日の青春と結びついているスーパーソウルフードであることが判明したのだ。孤高な私であるが、何人かの拓バカたちの顔が浮かぶ。絶対、彼ら彼女らは峠の釜めしを食べる会の準備を既に始めているに違いない(爆)。亡くなったK君が生きていたら、絶対、あらゆる手を尽くして御大に釜めしを差し入れて、自分の器にサインを貰ったに違いない。みな美しい。私も今度出張があったら路線変更してでも食べようと固く決意した。しかし、例えば、グルメ番組を観て、ああうまそー食べに行きて―と思うことがあるが、そういう感情よりはもっともっと切羽詰まった情念のようなものである。こういう小さな生きる張り合いが人間には大切だ。

☆ゾンビーズのキーボードのバカテク。御意。いいねぇ。聴き惚れた。柳田ヒロというが、私には、どうしても中西康晴、エルトン永田コンビのプレイを思い出してしまう。

☆最近、御大の「日常」の指南の話が心にしみる。「達成感の話」「ギターや音楽を大音量で聴きたいという引っ越しの話」そして今日の「夫婦の変化の話」。静かなるオトナ感に満ちた御大の言葉はまた格別だ。

☆それにしても、いつもなからベストテイクは、ていねいに、ていねいに掘り下げて語ってくれるねぇ。聴きなれた、あるいは聴き飽きた曲が再び輝きだすかのようである。アンプの音を絞って、エレックの2階で深夜音楽を作り上げる姿。こんな姿や景色を、私たちと共有するかのような愛好崩して語ってくれるなんて思ってもみなかった。

☆そこまで客出しを考えてくださっていたのか。終わったら、一目散にビールを呑みに会館を後にする自分の不明を深く恥じる。ごめんな。今度は、開場から閉場まで、しっかりと御大の愛を受け止めるぞ。だから、また渾身のライブを待っているぞ。

☆つま恋では、オープニングで「夏の日の恋」が流れて、みんなでアレレレと思った。そうかそういう事情があったのだな。確かに夏の日の恋が適曲だったと思う。南こうせつさんには失礼だがエデンの東はいい曲だが、ライブが終わってへたりこんだあの時の音楽としては微妙だった。御大、ひとりでつま恋やればよかったのに…って、もっと失礼だろぉ。
☆聖なる場所に祝福を→夏の日の恋(原題A summer place)
The holy place→Summer place なるほど。って関係ないか。

☆星を求めて ビリー・ヴォーンオーケストラ 聴き入る。どこのライブの客出しだったのだろう。そんな音楽の話をさりげなくしている吉田拓郎とエルトン永田の姿を思い浮かべる。音楽家はいいな。音楽とは随分違う○○家のはしくれとしては、音楽家にとても憧れる。

第53回 2018.4.22

 吉田拓郎です。ラジオを聴いているみなさんの中にゴルフをやられる方はおられるでしょうか。僕は、20代でゴルフを始めて30代でやめた(笑)。トラブルがいろいろあって。
ゴルフは深いスポーツ。老いも若きもそれなりに楽しめる。そしてゴルフは人生そのものだ。
 第1打、ティーショットを打つときは、自分も一番ホールをどう攻略するか、パー4でどう行くか素人なりに考えるものだ。ところが、人生と同じ計算どおりに行かない。
あそこに第一打と狙ったところに落ちない。
 僕は、飛距離はあるけどよく曲がる。フック、スライスが自然に出てしまう。林の中に走って行って、そこから何とかフェアウェーに出したい。そこで、人間は欲をかく。林の中からグリーンにオンする、そんなことプロでもなかなかできないのに、デキるかもと思ってしまうのだ。
 本当なら、ここで慎重に真横に打ってフェアウェーに出せば傷も少ないのに。しかしそこで冒険してやろうと思う。するとボールは、カンコンキンコンカンコンとボールはもっと林の奥に行ってしまう。それでも人間はここからならいけるだろう。どうなんだ,というくらい大変になってしまう。
 安全策で出しておけばいいのに、それができない人生ってありません?
あそこで冒険したためにっ・・・ていうこと。
 バンカーなんてのもあって、出しにくい。出るために4打も打ってしまう。最後は、手をつかって、サンドウェッジならぬハイドウェッジ、手の5番使ったり。
 不思議なスポーツで、18ホール終わって、シャワーとか浴びていると反省がどーっと出てくる。こうすればよかった、ああすればよかった。すべて人生の一シーンのようで、そこが深いところだ。
 今は、やめちゃって、でもハワイではやるけど
 日本では、喧嘩してやめてしまった。
 軽井沢のゴルフ場で、東芝ディレクターMさんと某音楽出版社の方と回った時があった。Mさんがパターを撃とうとしたとき、手に蜂が止まった。Mさんはビギナーで、マナーを大切にしなくてはいけないと厳しく言われていたので、僕達に「この蜂どうしたらいいのか」とお伺いを立ててきたので、僕らは、そりゃあMさん蜂が去るまで待ちなさいよといったら(笑)、刺されてしまったことがあった。

 昔、ローラ・ボーというと女性ゴルファーに憧れていた吉田拓郎のラジオでナイト。
■タイトル

 ゴルフは随分やっていないな。ハワイに行かないからな。ハワイの話は今日は存分にふれる
<白髭さんの渾名がひげちゃんという投書>
 白髭くんとは仲良かった。「イメージの詩」のフォーク村バージョンのギターを弾いているのは白髭けんじくん。フォーク村の後輩。珍しい苗字だね。この人も広島の単身赴任してるそうで、面白いな。 
<中2のころ”たわし”という渾名。剛毛で密集していて亀の子たわしのようだったことからついたあだ名という投書>
 羨しいな。僕は、ふにゃふにゃの猫毛だから。
<女の子に髪の毛触らせてといわれて、気持ちいいと興奮させていたという投書>
 ははは、全国広しと言えども、おまえだけだ。

さぁこのあとはとっておきのデモテープだよ

■CM
 前回のデモテープに大変な反響だった。デモテープを、今度のレコード会社の壁を越えたアルバムのオマケにつける。どれとどれというように、みなさんが聴いた事のないもの、出来のいいものとか、30曲くらいになる。全部出すわけには行かないから、選択中。  
 さて、本邦未公開というよりアルバムに入らなかった作品。なので、完成形ではなかったし、「季節の花」に移ったり引用したりしたフレーズもある。
 イラクがクウェートに侵攻したというニュース。1990年のある朝、早起きだった僕はテレビのニュースを観て戦争の始まりを知った。僕は朝は早いんだけれど、例によってウチの奥さんは寝てました。基本的に朝は弱い人。いまごろ寝てんだろーな、女たちときたらもう、戦争なのに寝てんだわなという、ある朝突然に僕に浮かんだ作品。
 この頃は大橋に住んでいた、その後、洗足に行って、逗子に行く。逗子に行く前の自宅の勉強部屋で作ったけれど、これがクリアな音色なんだ。ギターがうまいのなんの。エレキの音色がいい。恩師の高中もどきのギターが、うまいなぁ、つくづく。アレンジも凝っている
 逗子ではサンプラーを使っていたが、その前だったけれど、すでに見事な打ち込み。心して聴いてほしい。サックスも出てくる。
 とりあえずのタイトルとしては、
M-1 女たちときたら 吉田拓郎

今週のベストテイク

 「シンシア」。かまやつひろしさんと歌っている。70年代初めから、かまやつさんからセッションしたいと言われていた。当時から吉田拓郎にことあるごとに接触を求めていた。
 当時、CBSソニーで毎年のヒット・パーティがあった。銀座だった。そこで南沙織と知り合った。「よしだたくろうといいます。”早春の港”好きなんですよ」と声をかけた。凄くクールでシンプルないい人なんだな。
 早春の港は、♪故郷持たないあの人のいい故郷になりたいの~のフレーズが、いいなぁと思っていた。東京に来てしばらく経ち、もう広島にも帰れないし、放浪モノの気分だった。そこに、”故郷持たないあの人の”にジーンときてアンサーソングを作りたいと思った。
M-2 早春の港 南沙織
 いい声だな。竹内まりやとか、こういう低音の音域が好き。南沙織さんは、ペニーレインにも来てくれたし、みんなで騒いで楽しかった。
 アンサーソングをつくるにあたって、かまやつさんも歌うというところが、ネックになった。ひとりで歌うなら自由なんだけれど。かまやつさんは、カントリーなので、カントリー風味ということで、当時、流行していた、アメリカのニッティー・グリッティー・ダート・バンドを参考にして、サウンドのヒントを得た。
 かまやつさんという人は、歌をなかなか把握してくれない。「竜飛崎」なんて、演奏は、愛奴だよ、青山徹と浜田省吾がいるんだよ。時間はかかったわ。それに、歌も大変だった。
 なつかしいから聴こうかな
M-3 竜飛崎
 すさまじいね(笑)。愛奴の演奏もすごいけどかまやつさんのボーカルすごいね。二度とできない。あれ以来歌っていないでしょ。むづかしいよね。
 「シンシア」の時も「タクローどうなの」とか言っていたけれど、カントリー風味で ニッティー・グリッティー・ダート・バンドなので、かまやつさんは歌いやすかっただろうと思う。
M-4 シンシア よしだたくろう&かまやつひろし

今週のマイ・フェイバリットソング

<ラジオについて「おいハワイはどうなった」と夫が気にしているという投書>
 ゴルフの話をしたが、ハワイでやるゴルフは楽しい。そこでなら得意の5番アイアンを握る。
 ハワイというとワイキキ、オアフを思い浮かべるが、カハラ (歌う)地区は、閑静。
あとノースショアもいい、松本シェイビングアイスで有名だ。
 あとは、広いハワイ島、雨のカウアイ島、モロカイ島とかいろいろあるが、吉田家はマウイ島だ。ゴルフが好きなら、カアナパリにゆくところだが、ここを避けて西のワイレア地区に行く。ここには、グランドワイレア、フォーシーズンズ、ケアラニの三つしかホテルがない。ラハイナには近い。矢沢永吉の歌にあったな。
 なにしろ静か。有名人ぶってるといわれるかもしれないが、そうなんです(笑)ワイレアが近く、ケアラニの広いプールサイドでブラッディマリーを飲むのがなんともいえない。あてもなく、ぼーっとしながら時のながれのままに何も考えない。近所のキヘイのレストランで食事をすると。今度はアウトドアのバーがいい。風がそよそよと吹いてくる。夕暮れのマウイの風が格別だ。「時間よとまれ」はここのことではないか。空気が穏やかに流れて時間がとまっている。ここで飲むのは、ピニャ・コラーダ。まったりと時間を過ごすことまさにワンダフルワールド、パラダイスだ。

 ドラマでカミさんが一緒だった菅野美穂さんが、ハワイで一か月過ごすというやりとりで、マウイのワイレア近くをすすめた。後に、とてもご主人が気に入って、ありがとうございますとメールをいただいた。
 こういうところにみんなと行ったらあの静けさがぶちこわしだな(笑)。ちょっと恐怖感。みんなと行くならカアナパリ、いやワイキキでいいか。
 いろんなところを旅した僕が勧めます。一度ワイレアを体験してください。この曲を聴くとあそこが浮かぶ。
M-5 この素晴らしき世界 ルイ・アームストロング

エンディング

<子育て終わって引っ越しを考える。近所に気にせず音楽やギターを弾きたいという投書>
 そんなことを望むことではない。僕はだって、家では大音量では聞かない。ちょうどいい音で聴いている。それより日常の暮らしを第一に考えるべき。二人にちょうどいい広さ、ちょうどいい間取り、大きすぎず、狭すぎずという住環境。大事なのは日常だよ。ギターなんて弾かなくていいじゃん。ギターは俺にまかせておけよ。

 渾名。悲しいのが多くて読めない。 洋楽
吉田拓郎でした

個人的思いつきと感想

☆仰せのとおり、あぁぁぁギターが美味い、違う、巧いっ!!と思わず声に出してしまった。なんというリリカルなギター。まるで歌っているかのようだ。メロディーもそしてチカラぬいて歌っているボーカルもまた魅力的だったりする。ただ詞のテーマの”女たちはもう”というのは、すまん、私にはよくわからない。「季節の花」とか「東京の長く暑い夜」とかの方が、私にはストレートに伝わってくる。まぁ、私の話しはいい。ともかくこんな演奏がご自宅に埋もれていてイイわけがない。聴きたい。すべてを果てしなく聴きたいという思いが募ってくる。デモテープの現実化も進捗しているようで嬉しい限りだ。

☆しかしデモテープ30曲ってゼンゼン多くないっすよ。50曲あっても多すぎると文句を言うファンはいないはずだ。あまり制限をかけずに自由に出してください。

☆ゴルフといえば”懐かしき海の歌”での練習場の吉田拓郎の美しいショットである。

☆飛距離はあるけれどスライスして林に入る。御意。失礼ながら、なんかわかる。観たことはないが、きっと小田和正は、細かく刻んで、ネチネチと正確に寄せてきそうな気がする。

☆ローラ・ボー懐かしいぃぃぃ。昔、セイヤングにデビュー当時の石野真子がゲストで出た時、確か御大におねだりされて、真子ちゃんがローラ・ボーのモノマネをやったのを思い出した。日清サラダオイルかなんかのCMのまねだった。どっちも可愛かったなー。ああ、青春は燃える陽炎か。

☆「シンシア」は。生まれた初めて買った吉田拓郎のレコードだ。忘れようにも忘れられない。中学1年の夏休み、”シンシア/竜飛崎”をwoh!!といいながら毎日毎日聴いた。たまらん。あれから44年、うかうかしていると半世紀になってしまう。

☆ハワイの話はなんか涙がでそうになってしまった。ハワイ遥かにあらず、心中にして即ち近し。いみふ。ここじゃうまく語れない。

☆大切なのは日常だ、ギターなんか弾かなくていい、ギターは俺にまかせろ。御意。私は思い切り任せたよ。

第52回 2018.4.15

 吉田拓郎です。楽しみにしているテレビ番組…といってもドラマもワイドショーも観ない。NHK-BSのアナザーストーリー、沢尻エリカが司会している番組はよく観る。二度目のハワイ、リスボンとか、若い子が3000円くらいで旅をする、旅は二度目からが面白いという番組も室井滋のMCとあいまって面白い。
 あとは「奇跡のレッスン」。毎回世界的なコーチを招いて、子どもたちに、卓球、テニス、新体操とかを教える。いろんな競技をレッスンする。これを観ていると泣かずにいられない。子供たちの純真さに僕はもうダメ。こういうのに弱い。
 あと、観とかなきゃというのが、囲碁将棋。いつ陽水から観たか?と電話かかってくるかもしれないので、絶対観ている(笑)。

 最近は、野球だね。開幕して、なんつったって大谷を観なきゃ。大谷のこと、そんなに好きだったかというくらい。ウチの人も「キャー大谷君」と騒いでいる。  
 二刀流をメジャーでもやり通すのは凄い。まさにベーブルース以来だね。いきなり3連続ホームランに、あわや完全試合かという成績。凄いね。今年の流行語大賞は、「二刀流」でキマリだね。
 街の人は大谷くんをどう見ているか。
30代女性 少年の瞳キラキラ素敵。 >顔もいいんだよね  
40代女性 チャラチャラしてなくて清潔感 >そうだね、僕は若い頃チャラ男だった(笑)。でも清潔かどうかはどうしてわかるんだ。
 世間の人にあなたの二刀流を尋ねてみた。
20代女性 テレビを見ながらユーチューブを観られる >そういうのは違うだろう
30代女性 契約社員で給料が安いので夜はキャバクラ >大谷くんの二刀流とまったく違う
20代男性 ギャル系とお嬢さんと同時に付き合っている >ふざけんなよ
 ラジオ業界の人は二刀流をどう観ているか。
・出世しそうな二人の上司派閥に入っている >ははは(笑)誰だよ。
・60代 私は泌尿器科と整形外科に通院している >どこが二刀流か(笑)

 ウチの妻にもブームがある。時々男性のスポーツ選手に興味が出てくる。有名なのは、サッカーの遠藤、ヤットさん。その後、一瞬だけ照ノ富士というのがあったが、2週間で醒めた。最近は、大谷くんの影響で、よく野球を観ている。「いいわ」とか言いながら、何がイイんだか。大谷くんの家族のこととかまで調べて「お母さん、”かよ子”っていうのよ」とか言っている。

 サッカーは、ホジッチ解任して西野監督になった。西野監督は、昔、ガンバの監督で、その時から「いいわぁ」と言っていた。彼女にとっては、その西野が帰って来たことが大きい。
 大谷、西野、両角…これカーリングのヤットさんに似ている人ね、そして本命遠藤、さらに野球解説の和田さん…これがわからない。
 スポーツ花盛り、ハチャメチャな妻に振り回されている吉田拓郎のラジオでナイト
■タイトル

 スポーツはいいな。ハラハラドキドキしながら観るのがいいな。そこに嘘はないし、平昌もスケートなんかドキドキしながら応援していた。

<就職活動しているが、人生は第二希望でいいというアドバイスを貰ったという投書>
 第1希望でなくていいと思う。僕なんて大学は第3志望の滑り止めだよ。それでも友達ができて音楽ができて楽しくてよかった。

<拓郎さんはシンガーソングライターが一番の希望だったのかという投書のつづき>
 音楽は一番だったね。でも第二希望として河合楽器に勤める予定だった。ピアノのセールスを若い奥さんにすり寄って(笑)。たぶん広島支店の支店長くらいには昇り詰めていた。

 僕はシンガーソングライターではなくて、バンドで成功したかった。それで広島のバンドとナベプロに売り込みに行った。もしバンドで売れていたら、僕はリードボーカルでなくてギターだったろう。後ろでギター弾いているのが本当に幸せなんだ。しかし、東京ではシンガーソングとして迎えられたからね。そういうわけで別に第一志望でなくてもいいと思う。

<佳代さん、拓郎さんに長生きしてもらうには、お猪口、二杯くらいはお許しくださいという投書>
 高見澤からメールを貰ったけど、アイツも酒を嗜む程度になったと言っていた。アイツも60幾つだからね。お猪口1杯にビール2杯くらいがいい。ビール一杯の時は、お猪口2杯でどうかと奥さんには言っている。もうそんなに飲まない。

■CM明け
 今日の洋楽リクエスト。そんなコーナーあったっけ?すげーな、いい加減だなこの番組(笑)
 これは僕も聴きたい。
<昔観たテレビドラマ「サンセット77」ロジャー・スミス、エド・バーンズ、エフレムジンバリストジュニア、カッコよかった という投書>
 俺も観ていた。ロジャー・スミスがギターの叩き弾き(実演) ウマイんだよ。声は、園枝啓介さんだったか。聴いてみたいな。
M-1 サンセット77

今週のベストテイク

 今週は、遡って、また他人のために書いた作品。岡本おさみさんとはニッポン放送のフォークビレッジで知り合った。その頃彼は詞なんか書いてなかった。前にも言ったけれど、とにかく歌いづらい詞だった。音楽の畑の人ではなかったので、言葉にリズム感がない。メロディーをつけるのが困難だった。それでもなんとか作った中で、「襟裳岬」これがナンバーワンだ。詞とメロディーが見事に合体している。
 最初は「焚火」という詞だった。いい詞だなと思った。この詞は、あれこれいじらないでそのまま曲をつけたかった。
 森進一のビクターのディレクターだった元ソルティシュガーの高橋くんという人が、夜な夜なペニーレインで僕を口説いた。山本コータローのことはよく知ってたけれど、彼のことは知らなかった。いっちょうやってみようということになった。
 キャロル・キングの"つづれ織り"が流行していて、ピアノのアレンジがフォークロックでいいなと思っていた。そこで、ギターとエレキギターとベースとドラムマシーンでデモテープを作った。だいたいこんな感じだった。こんなによくはなかったけど
M-2 襟裳岬 吉田拓郎(oldies)
 この鳥山と演奏したoldiesというアルバム。話は違うけど、例のレコード会社の垣根を超えたアルバムとデモテープは、出るよ。今、選曲しているけれど、この襟裳も入れたいな。  鳥山と二人で鳥山の家のスタジオで録音した。ホーム・レコーディングというやつで、大きいスタジオと違って、音が温かいんだよ。こんなに素晴らしくはなかったけど、こんな感じのデモテープだった。
 デモテープを渡して約1か月経って出来上がった森進一の作品を自宅のオープンリールで聴いて、最初貧血がおきそうに吃驚した。
 まさかトランペットで始まるとは、そういう概念がなかった。リズミックなのを想像していたので本当に吃驚した。これは一体何なんだと思った。
 そうはいいながら大ヒットして歌謡大賞、レコード大賞を受賞した。
 しかし、このトランペットを聴くと「あ、襟裳だ」とわかるくらい浸透した、これは、演歌としての王道アレンジだったんだなと思う。僕のアレンジではヒットしなかったろう。このトランペットこそが王道だ。
 貴重な体験で、アレンジの馬飼野俊一さん、康二さんの兄さんには、敬意を表したい。
僕は、R&Bとかをやってきて、こういう音楽をあまりわかっていなかった。その後、こうやって、いろんなアレンジャーから音楽を学んだ。こういう手がある、こういう方法があるんだなと知った。
 森進一にはこのアレンジがあっているし、これ以外は考えられない。
 付け加えると、岡本おさみの歌いにくい歌詞。これを歌いこなした森進一は歌唱力が素晴らしい。よくこれを歌えたなと思う。当時は難しいよね。自分では何とか歌いこなしていたのが、他の歌手では歌いこなせたのは、由紀さおり、小柳ルミ子、森山良子くらいかな。 
 そうこうしているうちに岡本おさみ吉田拓郎コンビに依頼が来なくなった(笑)難しいよね。
M-3 襟裳岬 森進一

今週のマイ・フェイバリットソング

 ひとりの美女。シェリル・クロウ。いいんですよね。綺麗。ルックスが好きだな。ボーカルも自然体でgood、ギターの持ち姿、立ち姿綺麗good、スカート、ワンピース似合うけどジーンズもいい、good、スッとイイ感じの人。
 カミさんにとっての大谷君とか西野さんに匹敵するくらい。カントリーに分類されるのかもしれないけれどロックだな。
 このビューティフルなシンガー。”タルサタイム”のリクエストが偶然にも来ている。
シェリルクロウが歌うバックでクラプトンが弾いているアルバムがある。まずは、シェリルクロウの唄声。
M-4 オールアイワナドゥ シェリル・クロウ

いいですね。好きだな。
<2017年のラジオで武部さんが「やっせっぼちのブルース」をオールマンブラザーズみたいにと頼まれたといい、そこで久々にタルサタイムを聴いたという投書>
 タルサタイムはクラプトンもいいが、今日はシェリル・クロウ、後ろでエリック・クラプトンが弾いている。
M-5 タルサタイム エリック・クラプトン

 ブルースコードいわゆるスリーコードがある。C7~F7~G7(野良犬のブルースをワンコーラス歌う)あるいは(狼ブルースを歌う)  
  2コード、ブルースコードの曲が吉田拓郎にも結構ある。こういう曲でもう少しノってくれる?お願いだから(笑)。こういうのばかりじゃなくて(落陽を実演)。僕達はそうやって生きてきた、白いレースの日傘、野良犬のブルース、やせっぽちのブルース…そういうのでノってくれるかな…‥‥媚売ってどうする(笑)
M-6 タルサタイム シェリル・クロウ

エンディング

 来週はスペシャル。本邦初公開のデモテープ。後に「季節の花」になった作品。当時朝起きたらイラク戦争のさなかでクウェートに侵攻していた、そういう歌。副題が”女たち”アルバムもないしボツった曲だけど、お楽しみに。
募集中 渾名 洋楽リクエストに落ち着いた
 吉田拓郎でした

個人的思いつきと感想

☆大谷翔平くんは凄いと思うが、もう、凄すぎて、なんというか死語だろうが私には”新人類”という感じで、実感が湧かない。どこの星から来たんだ、この青年。むしろ彼の才能を認めず、頑なに誉めようとしない張本勲に現実を感じる。そのくらい凄いと思う。

☆自分もシンガーソングライターが一番の目標でなかったという御大だが、それとこれとは違う気がする。しかし、ここまでのシンガーソングライターになっても、バンドでギターを弾くことの幸福感を持ち続けているところが、なんともステキだ。多くのシンガーやソングライターは、いかに自分の作品と名前をあげるか、商業戦略も含めて執心するところだが、御大は違う。そういう商戦からは一歩も二歩も引いて、音楽好きだ、ギター弾くのが幸せだという無欲なスタンスにいる。それゆえファンには歯がゆいことも多いけれど、たからこそ吉田拓郎のことが好きなのも事実だ。

☆で、出るんだな、デモテープ付アルバム。超絶楽しみにしているぞ。BOXで構わん、とにかく、たくさんの作品を世に出してくれ。

☆岡本おさみと襟裳岬。前にも書いたとおり、このリズムも字数も関係ない詞と格闘し制覇したところに、吉田拓郎の魅力と才能が開花したのではないかと思う。僭越至極だけれど、まさにそこにこそ”奇跡のレッスン”があったのではないか。

☆僭越ついでに、R&Bだからノらないのではないと思う。少なくとも私はそうだ。メロディーやリズムやブルースが最高でも、詞に共感できないとノれない。
 例えば、御大の言う「白いレースの日傘」・・・これはもう詞が素晴らしい。岡本おさみの後期真骨頂のひとつだと思う。だから、イントロだけでウキウキしてライブでも何度かスタンディングしてしまった。それと比べると”恩を忘れない野良犬”とか”粋なあの娘が色目を使う狼”には、どうしても感情を投入しにくい。”僕生き”も、個人的には好々爺のお説教みたいで詞に感情移入ができない。
 ロックンロールやR&Bのメロディーとリズムに、キレ味するどい、深みたっぷり、共感の雨アラレのようなすばらしい詞をガッチリとかみ合わせてほしい。さすれば、誰もが、止めても立ち上がってノるのではないか。というわけで「詞」だと思うよ。御大、あなたは幾多の名詩をものにした詩人じゃないですか。すんげえ詞とリズムとメロディーが競い合って噛み合うコンペを、今度のアルバムで見せてくれよ。

☆来週のデモテープも楽しみだ。イラク・クウェートというと「東京の長く暑い夜」が浮かぶ。あれは名曲ばい。
 "東京の長く暑い夜"→"WOMAN"→"季節の花"という流れだったのか、"WOMAN"→"東京の長く暑い夜"→"季節の花"という流れだったのか、どっちだろうか。

第51回 2018.4.8

 こんばんは吉田拓郎です。この放送をたくさんの方が聞いてくださっているということが調査でわかった。1位らしい。うれしいじゃござんせんか。

 みなさん年齢的にVAN ・アイビーにお世話にならなかっただろうか。石津謙介さんのブランド。 僕は大学では、VAN一色、広島フォーク村もそうだった。
 東海岸のニューイングランドを中心としたアイビーリーグをもとにしている。もともと裕福な学生の裕福なブランドだった。1960年代に銀座みゆき族が登場したが、彼らもアイビーだった。彼らも裕福だったのではないか。
 石津謙介さんは、日本人が世界基準の文化として日常に密着したファッションを得ることを目指したとのことだ。もともとは裕福なアイビーが、結果的に一般の学生、社会人にまで広まった。
 当時、フォークグループという連中がいっぱいいた。ブラザースフォー、キングストントリオ、それから日本のキャンパスフォークは、みんなアイビーだった。アメリカのフォークはアイビーだったね。ボブ・ディランで様変わりしてヒッピー風になってゆくけれど、その前は、七三でタイトで先の 細いパンツに靴はリーガルって感じだった。
 石津さんが広めた細めのシルエット。僕は広島時代あまり理解していなかった
 フォーク村はみんなアイビールックだった。僕はライバルで「ジュン」というブランドのヨーロピアンのテイストも捨てがたいファッションだった。ある日、下はジュンのスラックス、上は  VANジャケットといういでたちに、Kくんが「変じゃがね」というトドメを差してくれた。写真があるんだけどさ、いかんな。あの時代、殆どの学生がアイビーだった。

 みなさんでジーンズ履いている人もいるでしょう。ジーンズは、永遠の青春。ジーンズをはけなくなったら終わりという気がしている。
 吉田拓郎の考えるジーンズだけど、ビンテージ加工、「ひげ」とか「あたり」。これをある程度のおっさん、おばさんは、はかない方がいい。着古し加工のビンテージは、本当のおっさんおばさんになってしまう。なんか薄汚い感じになってしまう。
 どちらかというと脱色していないインディゴ・ブルーかワンウオッシュ程度がいい。VANは細身のデザインだったけど、ジーンズもおじさんおばさんは、レギュラー・ストレートではなく、かといってとても細いスキニーはダメだけど、スリーフィットとかがいい。ストレートはダボっとしてしまう。

 今でも70歳ジーンズをはいている吉田拓郎のラジオでナイト
■タイトル

<年下の話、40年前の日本青年館のチケットが余って、会館近くの少年に声をかけたら群馬の同郷の青年、意気投合して付き合ったけど、6つ年下で大反対されて別れたが、大反対していたのが今の主人という投書>
 ははは、 面白い運命だね。これややこしいね。   
<今でも心通じたのは彼、内緒ですという投書のつづき>
 読んじゃったよ(笑)
<妻は6つ歳の上、手の上で踊らされているようでたまらんという投書>
 ベタ褒めだね。西郷どんみたいな。西郷さんは、奥さんに踊らされていたという説もある。このメールはノロけだな。
<9歳年上の女性と付き合っているが強くてやさしくてという投書>
 安井かずみと付き合ってはいないけれど、よく呑みに行ったが、恋心は抱かなかった。僕は、年上というだけでNG。 古いかな。年上女性とのカップルもたくさん知っているし、それは新鮮なんでしょうが、僕はNG。
 若尾文子さんは好きだけど、でも…何言ってるんだ…当り前じゃないか。何考えているんだよ。

<ジプシーキングスの「インスピレーション」をリクエストドラマ「鬼平犯科帳」エンディングでかかる、時代劇だけど切なくてジーンとするという投書>
 「おにだいら」じゃないの?観ないのでよく知らない。「平平平平」=「ひらだいらへいべぇ」って知ってる? 関係ないけど。ジプシー・キングスは好きで、パクっている。正直だな。ジプシー・キングスみたいにって鳥山に頼んだ。
M-1 Voice 吉田拓郎 “OLDIES”より
 いやあ鳥山君よくパクっている(笑)
M-2 インスピレーション ジプシーキングス
■CM

 お酒の話をしたけど。たくさんメールが来た、詳しいね。自分のこと棚にあげてなんだけど、僕はそんなに飲まないし、君たちももうそんなに飲まなくていいよ(笑)

<辛口で、トマトパスタに合う日本酒を行きつけの料理長にきいたら立山を薦められたという投書>
 あなたの知らないイタリア・・・イタリア料理が好きだな。「たてやま」なんて日本酒の読み方は難しい。
<京都の勝駒は、フルーティという投書>
 フルーティというのは日本酒でもワインでも避けている。赤ワインは前にも言ったけれど、メルロー。鳥山はワインに詳しい。高見澤は詳しいけれど味がわかってないんじゃないかと(笑)。鳥山は詳しい。かつてハワイのレストランから銘柄を聞くために、鳥山に電話したことがあった。「カベルネソービニオン」を教えて貰った。ぶどうの種類ね。赤は最近はメルロー、白はソービニオンブラン。この番組は何なんだ。
<池田の「呉春」という投書>
 どうしてこう読めないのか。
<日本酒は冷  長野 遠藤酒造場の渓流朝絞りという投書>
 そういわれても近所にはないよな。
<蔵人さんの広島の「雨後の月」という投書>
 広島は賀茂鶴しか知らないな。
 黄桜と…最近呑んだ八海山しか知らない。美味しいのがあればどんどん教えてください。  

今週のベストテイク

 今日は自分で歌っているのではなく作っている歌。森進一さんとか、いろいろやっているけれど、こういうのもやっていきたい。モップス「たどりついたらいつも雨降り」とか。

 今日はキャンディーズ「やさしい悪魔」。いろいろレコーディングでは楽しかった、もうかかりきりでやった。ひとえに、あの三人が可愛かったというのもあるが、楽曲の思い入れも強かった。
 大好きな馬飼野康二のアレンジ。出来上がったあとで、オケにもうひとつ何か足りないと思った。そこでハモンドオルガンのB3を使いたいと思い、亡くなってしまった羽田健太郎=ハネケンに直々に頼んで、ブルージーでソウルフルなオルガンを頼んだ。コード進行Eマイナー、Gマイナーで、リズムが続く中でオルガンのアドリブをかましてくれないか。ブルージーなヤツを頼んだ。これがバッチリ。

 キャンディーズのいろんな楽曲を聴いたが「やさしい悪魔」が一番イイ。自画自賛((笑))ボーカル入れは、夜中になった。ギター弾きながら、ひとりひとりにハーモニーを歌って教えてあげて、この通りに唄うといいと指導した。「拓郎さんのデモテープは難しい」と彼女たちは言っていた。アイドルだし音楽的に高いレベルのものはなかったろうけど、デモテープはよく聞いていた。そこに手取り足取り。そりゃあ楽しいに決まっているけど、やる気があったなぁと思う。とにかく三人が一生懸命で、雰囲気がなんとも楽しかった。後日、振付を最初に見せてくれた。ヒットしてくれたらいいなと思った。大変で時間はかかったけれど、
 ♪やさしい悪魔 んんんんん~に自分の声が入っている。そしてオープニングに悪魔の足音をイメージして、革靴で音のステップを入れている。
 実に前向きで楽しかった。三人の存在が大きかった。
M-3 やさしい悪魔 キャンディーズ

今週のマイ・フェイバリットソング

 ボブ・ディランの映画で使われた曲。これは何度か観たけれど最近もテレビで観た。映画「ハリケーン」。実在の人物で無実の罪で投獄されていたハリケーン=ルービン・カーター。ディンゼル・ワシントンがクソ真面目に演じている。その無実の罪に対して、モハメド・アリやボブ・ディランが抗議運動をしている。ディランもそういう運動していたんだな。それでこの曲を歌ったのかな。
 黒人の少年を大学にいかせるためにカナダ人三人が引き取るところから始まる。この少年が、獄中にいるハリケーンと手紙のやりとりをしながら、黒人差別に心折れたルービン・カーターの心を少年が開いてゆく。少年と三人のカナダ人が無実を晴らすまではと誓い、 投獄刑務所の近くに引っ越して解放運動を続ける。背後に根深い人種差別があり、彼らが事件の真相を探り始める。当時の警察の捜査を観直す。
 ルービンカーターは、1985年に再審が決まる。この少年と三人のカナダ人が閉ざされていたルービン・カーターの心を開いてゆく。この「ハリケーン」が実に映画にマッチしている。
M-4 ハリケーン ボブ・ディラン

エンディング

<東京生まれで転勤で地方とのコミュ 温かな反面 我が家の様子を細かく  田舎の距離感に息苦しかったという投書>
 最初マンションに住んだ時都会は冷たいなと思った。今は、この感覚、距離感が心地よい。逆に広島に帰ると、人間関係が近すぎる、面倒臭いと感ずるようになった。一年に一度帰るのが億劫になってくる。はじめは東京は嫌なところだと思ったが、今はこの距離感がいいな。今は広島では暮らせないと思う。だから同感。
 あだな ニックネーム 洋楽リクエスト
吉田拓郎でした

個人的思いつきと感想

☆VANのファッションは,世代的にも知識的にもよくわからない。ファミリアの創業者をモデルにした朝ドラで、石津謙介さんが出てきた。どれだけ日本を席巻したかは、そこで初めて知った感じだ。
 なんといっても私のファッション・リーダーは、吉田拓郎である。一時期、GAPやバナリパで御大的な洋服を探したものだが、なにせ私は御大ではないから、根本的に似合わないのがよくわかった(爆)。なので最近はもうシマムラで買っている。”シマムラ”="島村"="島ちゃん"を連想させる響に憧れる。なんだそりゃ。
☆「立山=たてやま」。メールを読んでいただいてありがとうございます。ずっとこのadayで書いていた料理長にちょっとお礼が出来た感じがして嬉しい。それにしても、「君たちもそんなに日本酒飲むなよ」には爆笑した。いいなぁ、自分で広く募集しておいて、御大のそういうところが大好きだ。
☆ジプシー・キングスがベースだったのか、oldiesのVoice。あの鳥山氏のVoiceは、もうすんばらしいよね。ライブでも再演されてそこでも唸った。あまりのギターにポカンと口を開けて観ていた記憶がある。
 もちろん石川鷹彦の原曲のすさまじさも揺るがない。uramadoにも書いたかもしれないが、このVoiceに関しては、石川バージョンと鳥山バージョンがともに神Ver.であり、豪華両神の渾身のコンペの様相を呈している。

☆キャンディーズのレコーディングの話は、また凄かったね。ハモンドオルガンの話は初めて聞いた。そうなのか、羽田健太郎さんなのか。ハネケンさんとそういう関係だったというのもちょっと驚いた。もちろん自分がしらなかっただけだが。渡る世間は知らぬことばかりだ。どこまでも深い御大の世界がまだまだあるということだ。
 そう思って聴くと、例によってオルガンの音がたまらなくいとおしい。こういう歴史の深層を聞かせて貰うことは有難く嬉しいし、そうするとまた思い入れ深く作品が味わえるようになる。これが、たまらん。
 しかし、どれだけ丹念に作品を作りこんでいるのだろうか。毎回ながら驚くばかりだ。

☆ディランは世代的には、もうゼンゼン外れていたそんな若造の自分だが、それでも75年「ハリケーン」は、リアルタイムで聴いて、そのカッコよさが中学の教室でも話題になっていた。
 「すげーな、ボブディランって」とガキたちをも嘆息させられた。息もつかせずたたみかける演奏と歌唱がもの凄い。今でも何度も聴くよ。これが、せーの、で一発録りなんだよね。この曲を聴くと一発録りの迫力と意味合いというものがよくわかる気がする。そうなると、御大の今度の一発録りレコーディングが、いっそう楽しみになってくるというものだ。

☆以前の日記にも書いた。「ハリケーン」を聴くと収録されたアルバム「Desire(欲望)」を思い出す。昔、山田パンダさんが話ていた。 奥さんが原宿で帽子屋「みょんみょん」を営業していた時。 御大が、ボブ・ディランの「Desire(欲望)」のジャケットを持ってやってきて 、「これと同じ帽子を作ってくれ」とオーダーを入れた。
 苦心して作り上げ、試着に来た、御大は喜び満面で、その帽子のまま原宿の町に飛び出していったそうな)^o^(。
 1980年10月新宿西口都有地でのイベントにこの帽子をかぶってステージに登場。「ヒロシマ」と「アジア」を熱唱した。それはそれはカッチョエかった。


第50回 2018.4.1

 こんばんは吉田拓郎です。昨年4月から1周年。早いね。半年で終わると思っていた。これも、みなさんからのメールやハガキのご支援のたまもの。ま、みんなと仲良くやってきた、コミュニケーションができたからだ。1年経っても飽きていない。だいたい吉田君はすぐ飽きるのに、この原動力は皆さんが支えてくれたからだ。と、心にもないこと言わなきゃならない(笑)

 過去に番組でどのようなことをやっていたのか、行き当たりばったりなので覚えていない。だいたい70年の人生、いつも行き当たりばったりだった。1年間続いたのは奇跡に近い。メールやハガキが楽しませてくれたからだ。

 最初のコーナー、「ついていけないもの」…記憶にない(笑)
最初にかけた曲は「シンシア」だったらしい。近々、この曲はベストテイクでやるつもり。

 「名曲リンゴのカップルについてどう解釈するか」、憶えているけれど、ずいぶん難しい番組だったんだな。今はイージーだけど。
 シャボン玉のように次々と浮かんでは消えてゆく企画が多かった。

 「僕の歌あの歌思い出してみよう」という企画は、すぐに没になって、その後「ラジオナイトクラブ」になって、いまや「ベストテイク」に代っている。
 ネット局が4局が8局になった。山梨、北日本、福井と。そうなると全国的な恥はかきたくないな。

 最近、エイベックスのプロデュースの偉い方と食事会をした。この方は偉い方で、今度のニッポン放送にも抜擢してくれた方だ。年に2回、東京で一、二という寿司屋に妻も一緒に連れてってもらう。ニッポン放送、吉田拓郎、エイベックスという三者会議が持たれた。

<デモテープのプランが素晴らしい、エイベックス頑張ってという投書>
 レコード会社の垣根を超えた、個人的なベストテイク、レコーディングとか思い出深い曲、あるいは深夜聴くと気持ちよくなれるよ、というものを横断的に出したい。選曲が難しい。
 これにプラスにデモテープをつける。先日のデモテープの反響が凄い。そんなに欲しいならあげるよという気持ちがある。僕にとってはこのラジオは最終章だから「持ってけよ」という太っ腹な気持ちがある。

 ニッポン放送としてもいろいろ考えたいという話があったので、言わなくとも考えていると言ってやった。僕にもいろいろ考えがある。レコードも年末位に、スタジオ一発撮りを考えていて、場所等も考えてある。その模様は、映像、テレビでも流れるはずだ…と勝手に決めている。テレビ局も決めてある…あそこならやってくれるはずだと。

 それと同時に1年間もやっているので、ラジオを聴いてくれる人たちにデモテープのみならず、プレゼントをしたい。Mさんが、うまいね、このタコ…と焼酎でタコばかり食べていたが。
 例えば、東京でコンサートやると東京国際フォーラム・ホールAだけれど、ホールCという1000人から1500人のホールで、この番組のためのコンサートを考えようか。Mさん、嬉しくて、このタコ!とタコをお代わりしていた。

 ラジオのおかけで、いろんなことが元気なんだよ。もちろん身体的には、腕の軟骨が擦り減ってたり、脊椎が曲がっててブロック治療とかしているし、今度もインプラントもやるとかあるけれど、精神的な元気さ、エナジーはあると思う。

 アルバム出そうよ、ステージやろうよという気持ちがふつふつと湧いてくる。これから人生が楽しくなってくる気がする。これから、いろいろ時間はかかるけれど、殆ど実現するだろうという確信がある。
 まーそのぉー、いろいろ大丈夫だ、という気がする吉田拓郎ラジオでナイト

■タイトル
…言っちゃった。言っちゃった以上、やるっきゃないよな。

<マンポウのデモテープが聴きたいという投書>
 マンボウ。CDよりもいいよ。
<菅田将暉くんと友達になって一年、よくぞここまで、ここで生番組ではどうでしょうという投書>
 別に友達ではない、会っただけだ。テレビでも生のオファー来てるけれど、深夜なので寝てる時間なのよ。中島みゆきは、深夜3時から5時の番組って、えらい。そういうのは無理。

<ベストテイクにたまには、武部、鳥山、松原のゲストはどうかという投書>
 ゲストは呼ばないと最初に行った。しかし、松原秀樹は元ジャニーズ。ファットな感じで喋るとおもしろい。ベースもうまいよね。
<エイベックスのデモテープ付CDというのは、画期的売り方という投書>

<拓郎さんのコンサートに落陽ナシは考えられないという投書>
 落陽をどうするかは永遠のテーマだ。一番だけにしてしまおうか。例えば、(ギターを弾いて)、前奏だけで終わる   なんだ、それだけかよ、いや、それならよかった、 いろいろあるだろうけど 一応やったことになるじゃん(笑)。
 どうするか、落陽、人生を語らず、春だったね、あ、「春だったね」は歌いたいから歌わせろ。
今、コンサートの次期33曲をリストアップしている。「夕映え」「戻って来た恋人」「RONIN85」「 季節の花」「スバルレックスの僕らの旅を入れたoldies」とか。そして「春だったね」を今、無性に歌いたい

<太っ腹「とっておけよ」が素晴らしいという投書>
<豪華デモテープのおまけアルバムという投書>
 その寿司屋の時、殆どお酒は飲まないけど、ビールを二杯飲んだ。いつもはビール一杯と冷酒を少しだけれど。その時食べるのに夢中だった奥さんがちゃんと観ていた。二杯のビールのあとで、Mさんが呑んでいた冷酒八海山をおちょこ一杯貰った。これが美味しかった。もう一杯…というと、ウチの山の神が、ちょっと2杯も呑むつもりと。いえいえ お茶けです、あがり一丁…となって寂しかった。

<ホリプロ新人のデモテープというのは、片山誠史の「おやじが嫌いだった」「俺とおまえとあいつ」ではないかという投書>
 よく憶えていないけど、外国でレコーディングということで随分違ってたなという記憶がある。(、♪おやじが キライだった…歌う)(俺とおまおとあいつ ♪こんな気持ちブルー)  スティーブ・クロッパー、彼は「ブッカーTと MG's」にいた。 彼のアレンジで、僕のデモテープはすっかり無視された。

<サムクックのア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム、拓郎さんと同学年の方の投書>
 オーティス・レディング、アレサ・フランクリンという名前が出てくるだけで、君は、R&B好きだとわかる。こういう時代のソウルの絶対的ボーカリスト。このボーカルは誰だってワーオとなる。
M-1 ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム サムクック

今週のベストテイク

 4月が来て、また誕生日を迎える。誕生日は嬉しく淋しくまたツラくもある。とはいえ、喜びだな。精神的なエナジーに、衰えとか閉塞は感じていない。今日は、いくつになってもHappybirthday。

 コーラスアレンジを武部がやって、あとは全部俺のヘッドアレンジ。現場でコーラスが楽しかった。英語のフレーズとかも考えられていてよかった。
 歌詞としてはまだまだこれからもやるんだぞという元気とここまでよくやってきたという感謝の気持ちが現われている。
 自分らしいなと思うのは、FマイナーとAフラットを使っているところ。Cに対してよく使うドの音は、C Am Fなのだが、そこでFマイナーとAフラットを使う。
♪いくつになっても~Fメジャーでは、明るすぎるので Fマイナー。♪いろんなことがあったでしょう~人に隠れて…でそこでFマイナーとAフラットを使う。
 ドラムはサンプラー。ギターは、LOVE2で知り合った長田進、ベースは、子供ばんどの湯川トーベン、キーボードは、竹田元という若手とやった。こういう歌は若いミュージシャンが必要だった。武部・鳥山とはまた違う、若手の感じが必要だった。今聴いても気持ちいい。垣根を超えたアルバムに入れたい。
M-2 いくつになってもhappybirthday 吉田拓郎

今週のマイ・フェイバリットソング

 広島時代、ディスコで演奏していたので、いつも踊っている若者を観ていた。ディスコが好きだ。ディスコブームが何度かあった。東京だと70年代中期かな。80年代以降のバブルのお立ち台の時はディスコを卒業していた。やはり、70年代中期 六本木にはよく行ったものだ。ディスコは掛け値なしに青春。行かなきゃだめだよって、今さら行ってもダメだけど。
 マネージャーだったSさんは、僕の父親にそっくりの固いマネージャーで、怖かった。普段は学校の先生のようだったんだけれど、たまにツアー先とかで誘われてディスコに行くとSさんは人が変わる。学校の先生のような人が踊り狂う(爆)。盆踊りのようなステップだった。  

 かまやつひろしさんとは六本木のキサナドゥによく行った。丘サーファーがたくさんいた。  かまやつさんとパブ・カーディナルでテキーラを一杯ひっかけて、カッコイイね、キサナドゥに向う。かまやつさんは有名人で顔パス。やがて拓郎も顔パスになった。かまやつさんも僕もフロアーで踊るよりも、女の子と話すことが多かった。
 昔は、よくナンパしていた。ある時、かまやつさんとキサナドゥのサーファーの女子を連れてシーズンというバーで、両耳元で世界で一番で恥ずかしい話題、言っちゃいけない話題を囁き続けたら、とうとう女の子が怒って水をかけられてひどい目にあった。お互いに世界一わいせつな話をしていた。お互いになんてヤツなんだ(笑)。
M-3 ステインアライブ ビージーズ

エンディング

<探し物ということだが、私は若い頃の挑戦し達成感があったが、その達成感ないという投書>
 それは君の勘違い。一日を大切に生きる。やさしい気持ちで、おだやかな気持ちで一日を過ごすということ、そのことだけで見事なる達成感を味わえるようにならなくてはいけないし、それは見事な達成なんだと僕は思っている。
だから一日、日常を大切に生きるということは、口で言うところの達成とかなんとかではないけれど、心にある達成というものがある。僕は、今、日一日と達成…達成というのは言葉が違うかもしれない、充実して、寝るときに、今日も元気で一日良かった、明日もこの調子で行こうかな、そういう日常を目指して生きている。そんなに達成感を大袈裟に求めなくていい。  募集テーマ
 ・あだなとなまえ   例えば子どもの頃「どてかぼちゃ」で不満だった。「かぼちゃちゃん」とか言われていた。  
 ・洋楽リクエスト
 ここまで吉田拓郎でした

個人的思いつきと感想

☆一周年おめでとうございます。というより、ありがとうございます、だ。これだけ続いたことはもちろん、番組のクオリティとしても素晴らしいの一語しかない。この御大のパワフルな遺言が、私にも精神的なエナジーをたっぷりとくれた。

☆「おまえらとっておけ!!」のデモテープ発売へ向けた具体的な進捗が窺えたし、ラジオ用のライブの企画という夢の企画、そして、次回ライブの候補曲としてのリストアップされた「RONIN85」「季節の花」「夕映え」。身悶えして涙するしかないじゃないか。もちろんすべては未定である。これから、紆余曲折いろいろあるのかもしれない。おい、約束したぞ!とか、言ったよな!とか言質をとったりするのではでなく、浮足立たず、まずは御大の元気だけを、御大の気持ちだけをしかと受け止めてまいりましょう。

☆この喜びの中、私にとっての今日の最大のハイライトは、エンディングの言葉である。

「一日を大切に生きる。やさしい気持ちで、おだやかな気持ちで一日を過ごすということ、そのことだけで見事なる達成感を味わえるようにならなくてはいけないし、それは見事な達成なんだと僕は思っている。
 だから一日、日常を大切に生きるということは、口で言うところの達成とかなんとかではないけれど、心にある達成というものがある。僕は、今、日一日と達成…達成というのは言葉が違うかもしれない、充実して、寝るときに、今日も元気で一日良かった、明日もこの調子で行こうかな、そういう日常を目指して生きている。そんなに達成感を大袈裟に求めなくていい。」

 投書した方の想いは勘違いというより、誰もがカタチこそ違え、心に抱えている思いだと思う。自分もそうだ。一日を大切に生きる事の大切さをこんなふうに諭してくれる吉田拓郎の素晴らしさを思う。精神的なエナジーも元気さも、デモテープもラジオ向けライブもすべてが、この言葉の中にきれいに収まるのではないかと思ったりする。

☆なんて素敵なのだ、ハラショ、吉田拓郎。

☆シンシアがこの番組の一曲目だったのだな。記録をふりかえってみると、ああ「1人の友人が天に召されました」と御大は語っている。今回のキサナドゥの話と相まって感慨深い。