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襟裳岬

1974年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「今はまだ人生を語らず」/シングル「家へ帰ろう」/アルバム「Oldies」/DVD 「吉田拓郎・かぐや姫 コンサートイン つま恋 1975」/DVD-CD「TAKURO YOSHIDA LIVE2014」

人生の曲がり角にある焚き火

 この作品が森進一に提供された1973年、秋。拓郎は金沢事件直後で世間の評判は地に落ち、その傷はまだ生々しかった。森進一も、女性スキャンダルがあり、森の実母がそれ苦にして自殺するというとんでもなく悲惨な時期だった。そんな世間のすべてを敵に回し罵詈讒謗を浴びている二人を組み合わせて作品を出すとは、かなり無謀な企画でないかい?それを敢行した当時のディレクターやナベプロの決断と気骨は驚嘆に値する。
 殆どの人々が世間の世評を気にし、KYと炎上を恐れて怯えまくる今の世にそんな根性のある仕事人はいるだろうか?もちろん、そこまでさせるだけの才能と魅力があったということでもある。その気骨に答えて、どん底の男は名曲を作り上げ、それがレコード大賞を受賞し、拓郎ファンに限らない多くの人々の心をつかみ、日本の不滅のスタンダードとして歴史に刻まれたのだ。うーむ日本も捨てたもんじゃない。ともかく嵐の海に向かって漕ぎ出して行くようなこの作品の出自を忘れてはならないと思う。

 岡本の詞の原詞は「焚火」というタイトルだった。傷つき、地獄をも見た人間が、すべての悲しみを集めて「焚火」で燃やす。原詞は、「何もない春」ではなく「何もない秋」だったようだ。いずれにしても凍てつく冬に立ち尽くさなくてはならない。この時の拓郎と森の心情に全くぴったりの言葉だったのかもしれない。
 しかし一か所「いつもテレビはね、他愛無くて」という詞に対して、拓郎が岡本に「テレビがどうとか、小さいよ。」と不躾な注文をつける。岡本は怒るどころか、その指摘に「やられた」と思い、吉田拓郎という人間の魅力を再確認する。これも素敵な話だ。その結果「日々の暮らしは嫌でもやってくるけど」に差し替えられた。

 この詞につけられた吉田拓郎の原曲は、岡本いわく「春の風が吹いてくるような歌」でビートの効いた軽快なポップな曲で関係者を驚かせた。驚くというか「こんなん森進一に歌えるかっ!」というトホホ状態だったらしい。その原曲は、名盤「よしだたくろうライブ73」の母体となった中野サンプラザの音源でかろうじて雰囲気を察することができる。
 苦闘の末、換骨奪胎のようなアレンジを施して、あの有名な森進一のバージョンの完成となった。拓郎はも「アダモかと思った」と感嘆していた。最近になって、拓郎は森進一の「えりぃぃぃぃものぉ」の歌い方が気に入らなかったと語る。2005年に森進一が離婚の慰謝料でモメたとき「森進一、慰謝料ケチるなら襟裳岬返せ!」と御大がMCで冗談まじりに語ったことがあった。離婚のたびに全財産を投げ出してきた御大にとって慰謝料をケチるのが許せなかったに違いない。その頃から森の歌唱のことを言いだした気がする。原因はそのあたりかと下種勘してみる。
 まあ確かに当時、テレビで拓郎と森進一が二人で襟裳岬をデュエットして、てんでバラバラだったこともあった。思えば1974年の大晦日のレコード大賞授賞式。感涙の波にむせぶ森進一に対して、ジーンズ姿でステージに上り、なんかヘラヘラ、クネクネしてた拓郎。二人はたまたま満身創痍で同じ船に乗りながらも、進むべき方向はまったく違っていたのかもしれない。しかし拓郎のアプローチでも森のアプローチでも、どこから来ようとも堪えうる不滅の作品だ。但し、この歌に勝手にセリフ入りの歌詞とかつけたら許さんぞ森進一!
 圧倒的な熱唱歌い上げの「森バージョン」に対して、拓郎バージョンは、森バージョンに対して「ささやかな抵抗」を試みたということで、「今はまだ人生を語らず」に収録された。あらためて聴き直すと、静かな小品のごときたたずまいなれど、イントロのハーモニカから、暖炉のぬくもりが立ち上るような演奏、あたたかくも清冽な松任谷正隆のキーボードが美しい。何より拓郎の優しく繊細なボーカルが心に響く。大事に大事に言葉を歌っているのが伝わってくる。ああ、歌うまいよなぁ拓郎。これぞ最高バージョンであると思う。

 悲しみを燃やす「焚火」がある。「遠慮はいらないから暖まってゆきなよ」と手招きしてくれる。聴き手も歳をとってそれぞれに悲しみや苦しみ経験を経れば経るほど心に深くしみる作品だ。もちろんファンとしての静かなる誇りも脈打つ。ともかく日本の音楽の歴史にしっかりと残ってくれてありがとうと心から言いたい。
 2014年のステージでも久々に歌われた。テレビでは、谷村新司との驚きのデュエットも見せてくれたし、小田和正にデュエットを断られたMCも笑わせてくれた。この作品を大切に歌っていかんとする気持ちが嬉しい。極寒の厳しさを経て創られた御大の燃やす「焚火」に遠慮しないで暖まりに行こう。

2015.10/31