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暮らし

1974年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「今はまだ人生を語らず」

暮らしという爆弾に

 名盤「今はまだ人生を語らず」。「ペニーレインでバーボン」「人生を語らず」「僕の唄はサヨナラだけ」「知識」「襟裳岬」など、ひしめく大作群の中では、この作品は「暮らし」という地味なタイトルに、その短い曲のサイズから「小品」といった位置づけかもしれない。  しかし、このアルバムのもつ圧倒的な勢い、魂にしみこむような説得力、「吉田拓郎」という人間の放つハンパないオーラ、それらすべてのエッセンスがこの小品に凝縮していると思う。コンソメの素みたいなものだ。
 アルバムの発売直前の1974年の秋に、拓郎はプロモーションで珍しくテレビに出演したことがあった。TBS歌謡最前線という番組で、レコーディング・ミュージシャンをしたがえて「ペニーレインでバーボン」「暮らし」「襟裳岬」の三曲をガチで熱唱した。それはすさまじく、個人的には、そこで初めて歌う拓郎の姿を観て、まさに脳天をカチ割られたようだった。いや、ホントにぶったまげて、そこからファン歴のすべてが始まったので、いつまでも忘れられない瞬間である。そういう個人的な体験によるバイアスがかかっているかもしれないが、この勝負の歌番組で「暮らし」をチョイスしたということは、拓郎自身この歌が強力な武器であることを意識していたことになると思う。  ちなみに武田鉄矢が「唇をかみしめて」を依頼したのは、この「暮らし」を聴いて卒倒したからだと語っていたこともある。
 いつもひとりなんだと生きてみて知った、いつか死ぬんだと病の中で笑った、やさしさもあると我が子を抱いて思った、こんな世の中と自分を捨ててみた、・・・ひとつひとつのフレーズが自虐的で厭世的だ。なんとなく詞だけを読むと世間をすねた世捨て人のような印象がある。
 しかし、歌として聴くと、まったく違う。アグレッシブで攻撃的であり、その一言一言が、切れ味の鋭い刃物で、バッサ、バッサと斬りつけていくような緊張感がある。そこに魂が躍動するようなサウンドがうねる。日々の暮らしの中で、カッコをつけるでもなく、虚勢をはるのでもなく、情けない自分を正直に晒しながらも決して一歩も引かない強さを感じる。聴き手にも圧倒的な勇気が伝播してくる。
 おそらくは、躍動感あるリズムとピーンと糸を張ったようなタイトなボーカルによるものではないか。とにかく魂に響くようなノリだ。 ステージで最後に歌われたのは、1979年の篠島の第2ステージ。盛り上がった拓郎は、歌詞がわからなくなって混乱してしまい、同じフレーズを二度歌たり、テキトーな歌詞にして歌ったりとヘロヘロになったのが忘れられない。そろそろ思い起こしてステージで歌ってほしい。時が流れ、それぞれが抱える「暮らし」のなか、それでも、この歌の言葉のひとつひとつの輝きは色褪せない。今も私を突き上げる。

2015.12/12