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1970年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「青春の詩」

拓郎の肩に雪降りつむ夜に

 吉田拓郎のデビューアルバム「青春の詩」のレコードの帯には「フォーク、ロック、ボサノバを歌いまくる」というコピーが記されていたが、まさに「ボサノバ」のナンバーとして鎮座まします。今、聴いても、やや違和感というか意外感がある雰囲気だ。こういうのを成熟したボサノバ=メロウボッサというらしい。その後、「猫」に提供されヒットして世間に周知されることとなったが、これによってボサノバから解き放たれて、一遍の叙情的な楽曲であることが知らしめられたのではなかろうか。メロディーの美しさが際立つ。
 幻想的な映像が浮かんでくるような詞。雪の中を年上の女性の後ろ姿を追いかけていくという情景の描き方は秀逸。御大によれば、無名時代に仕事で呼ばれた岩手放送のラジオ局の女性ディレクターがモデルとのことだ。無名だった御大を可愛がった彼女は、何かあると岩手に呼んでくれ、放送が終わると「さぁ飲みに行こう」と深夜の誰もいない道を雪深い街を連れ歩き、若き吉田拓郎がそのあとをついていく。二人で年越しをしたこともあったらしい。そんな情景を描いたとのことだ。売れない自分に心をかけてくれる女性の優しさ。必殺、御大の「姉性本能」の世界である。この話自体とてもいい話だが、その話を離れて、謎めいた美しい叙景の詞に昇華されている。
 この歌の出自を思うと、79年にステージで歌われた「都道府県」/「この次はこの街で」ともしっかりと結ばれていることがわかる。

   あの街のあなた お元気でしょうね
   岩手の雪を 今でも追いかけてますよ
   優しいあなた 憶えています
   辛口のお酒で いつかまたいっぱい気分が乗ったら
   「雪」でも歌いましょうよね

  アナザーストーリーを見せられているようで、あらためて胸が熱くなる。

 さてデビューアルバム「青春の詩」のボサノバはいいのだが、ボーカルがちょっと残念だ。ホントの御大の歌唱力を知っているだけに。ステージでの歌唱は、もっとワイルドで情感がある。75年のつま恋では、田口清とデュエットした。田口は舞い上がっていて、御大は声がガラガラだったが、こんな共演は後にはなかった。最後にステージで歌われたのは「SATETO」だったろうか。その後、アルバム「detente」でカバーする計画があったようだが「地下鉄にのって」の方がチョイスされた。やはり成熟したボーカルのスタンダードバージョンが欲しい。ライブ音源でもいい。もっと身近に置いて聴き直したい美しい逸品だ。

2016.4/9