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ベイサイドバー

1996年
作詞 石原信一 作曲 吉田拓郎
アルバム「感度良好波高し」 」

月夜の波止場に石ころ蹴って転がって

 名曲揃い踏みのアルバム「感度良好波高し」だが、なぜか評判が高いようには思えない。おそらくファンにとっては、拓郎特有の「怨念」や「熱度」が薄く、少しヨソ行き感のあるメロディーが物足りないと感じられるからだろうか。しかし、50才になっても、これほど普遍的なメロディーを紡ぎだせるという不滅の才能を実証した名盤だと私は思う。
 そのアルバムのオープニング・・じゃなくて一曲目。このドラムと泣くようなギターが冴えるイントロからしてもう「ああ、カッチョえええ」と痺れてしまう。大人の落着きを孕んだビートに自然に身体が揺れてくる。夕暮れの桟橋の灯りや外国船が映画の場面のように浮かんでくる耽美な歌声。そこには、若い激しさは後退しようとも、成熟した御大の魅力が十分に現れている。まさに「感度良好」だぜ。
 96年のツアーパンフレットの冒頭に石原信一による「ベイサイドバー」と題するこの詞の解題のような一文が寄せられている。波止場にある古いバー。BGMも流さず、客に話しかけもしない静謐の空間。フラリと入ってきた初老の紳士は、迷わずに海風が流れ込む、最高の風景の見える席に座る。静かにドライマティーニのオンザロックを飲みほす。どうやら彼は今の店員もいない頃のずっと昔の常連らしい。その情景から初老の男性客のドラマを彷彿とさせる石原信一の独壇場ともいうべき詞。・・・そのうちに三人連れの客の一人が「あ、もしかして吉田拓郎さんですか?」・・それはまた別のお話しか。
 「波止場」は、遠い異国への夢と文化の連結点であり、それがゆえに魑魅魍魎が入り乱れる怪しい空間でもある。自分も含めてある種の人々にとっては、ベタながら、いつまでもある種の憧れの場所である。この作品は、その「波止場」に情景的にも心情的もキチンとハマリこんでいる。マーロンブランド、小林旭らと並んで、御大もこの作品で、波止場が似合う男として再デビューした・・と思う。とはいえ、その昔、初のテレビドラマ「おはよう」に、天地真理の兄にして詐欺師の「船乗り」の役で登場して多くのファンをトホホな気分にさせたこと、ホントは泳ぎも船も海辺を歩くことすらも苦手で、ファンミーティングで行ったハワイで、目玉のオプションにもかかわらずクジラ・ウォッチングの船をドタキャンしたこと(今でも怒ってるファン何人もいたぞ)・・・その辺は、みんな無かったことにして(笑)・・・とにかくカッチョイイ名曲だと断言したい。

2016.1/9