市川市文化会館

5月23日。晴天。いよいよコンサート。長かった。いつもの胸の高鳴るような気持ちに、どうしたって絡みついてくる「最後のライブ」という御拓宣。なんなんだ、この喜びと哀しみの拠りあった向田邦子理論のような気分は。当然、前飲みせずにいられない。居酒屋。大金星。三年前もここだった。平日の午後2時なのに、全力で通常営業中だ。飲んでいると、なんか感極まって泣きたい気分になってきたので、お酒はそこでストップ。店を出るとき、お店の人がTシャツを観て「吉田拓郎さんですね」「これからライブなんです」「それはそれは、いってらっしゃい」。この「いってらっしゃい」が妙に嬉しかった。ありがとう、行ってきます。

1階20列。もちろん観られるだけで幸せ。
ステージは意外と楽器がこじんまりとまとまっている印象。予習の甲斐あって、ビリーヴォーン”星を求めて”を懐かしい友のように味わう。ああ、この景色、この空気。
5分前から少しずつ沸き立つコール。
定時、客電が消える。ああ、この瞬間だよ。

一人でギターを抱えてステージに現れる。黒のシャツに縞のパンツ。
おもむろに歌いだす。
♪私には私の生き方がある~ え、今日までそして明日から。歌わないって言ったじゃん。歌い終わると
これはオマケ。好きじゃないけど、やるとみんなが喜ぶのでサービス。本編はこれから メンバー紹介で呼び入れ
村石、松原、村田、渡辺、加藤、吉岡、今井、土井、鳥山、武部の順
いよいよ。聴きなれないイントロが刻まれる。

♪1.私の足音 ママ、驚かないでね。拓郎さんが、私の足音を歌ったの。しかもオープニングよ。新しい歌詞までついてたわ。星紀行のおじさま泣いていたわ。…いや驚いた。もちろん番組で小さなフラグは立てていた。思わず隣人に「私の足音だ」と話しかけた。迷惑だったろう。
この歌への思いはuramadoでとことん書いた。http://tylife.jp/uramado/watashinoashi.html
しかも追加の歌詞あり。「まだ見ぬ旅へ」という現在の歌詞で締めくくられる。
「御大が、今のボーカルで歌う時、きっとまた御大が横に沿うてくれるような、そして生きる旅が楽しくなるような、そんな演奏が聴ける日が来てほしい。」とUramadoに書いたが、いきなりその願いがかなってしまった。このライブ、個人的にはここでもうクライマックス、もう十分である。

♪2.人間のい 好きじゃない曲なので(爆)、ここでようやく落ち着いて御大の歌声と立ち姿を眺めた。声が実によく伸びていて安定している。どこにも不安がない。盤石珠玉のボーカルがそこにあった。
そしてあの立ち姿の美しさ。さらにホッソリしたのか、73歳のそれではない。この美しさがたまらない。しかも、一挙手一投足の軽やかさがたまらない。その華麗さが胸をうつ。ああ、カッコイイ。
2012、2014、2016とバンドの紐帯は、明らかに強くなっているのがわかる。ビッグバンドの時もそうだった。硬質な音が、なんかかゆいところに手がとどくような音になっている気がする。
そここそが、吉田拓郎のリーダーシップというか音楽のチカラなのだろうと思う。

若い人はいいな。前髪で顔を隠している。ヘアサロンで言ったら、髪の毛が足りません。この歳になると寝るのが怖い、朝起きてホッとする。最近足がつる。いい薬教えようか。みんなどこから来たの?。大阪、東京、君たち本当に歌が聴きたいんだね。
…今日はあがっている。

♪3. 早送りのビデオ ますます天井に向ってつきぬけるようなよくのびるボーカル。しみじみと歌いかけてくる。
♪4.やせっぽちのブルース ノリノリの姿が嬉しい。2016年の時はすこし苦しそうだったこの曲も、バリバリにオッケーなボーカル。
新宿の双子の(デラ、チャコ)の話。標準語でチョッカイかける男に「くらしゃげるぞ」。ところが相手の強いこと。 82年にもこの話はあったが、その時は、そいつを簡単にやっつけたと言っていた。どっちなんだ。どっちでもいいか。後に北海道でこのお二人に再会して拓郎が涙を流す話も好きだった。
そこから「東京に忖度」。即興、忖度の歌。

コーラスがいきなり♪あなたの友だち、優しさ~みたいな歌を歌いだす。新曲か? いやいや、”みんな大好き”verのともだち。
オープニングコーラス、すまんが、いらない…と私は勝手に思う。
♪5.ともだち 引き続きのびやかな歌声がいい。あとこの曲で、渡辺格のペダルスチールが、泣けとばかりに胸に迫る。すんばらしい。このバンドの白眉だ。

最後コーラスが、また同じ違和感のある歌でしめくくる。だから、いらないってば。
♪6.あなたを送る日 ああ陣山さん。この曲をセットする拓郎の心情にもぐっとくる。
最後のアップテンポに変わるところ、CDの原曲ではなんか突然の違和感が拭いきれなかったが、ライブだと心と演奏の高まりのままにつながってゆくように自然な感じがした。そして「今は胸に痛い」…ここでも歌詞追加だ。

渋谷マネの歯ぎしりVSドリフで寝笑いする吉田。渋谷、まじめな人、死んだ父親に顔が似ている。
♪7.I'm In Love 前奏で拍手が湧く。あのとろけてしまいそうなイントロ。かつてさんざん文句を言ったこの曲だが実に美しい。聴き惚れる。この曲に限らないが、村石のドラムがカッコイイ。豪快にたたくというよりも、まるで職人のように丁寧に丁寧に彫り付けるようにリズムを刻んでいる姿が印象的だった。
♪8.流星 アレ、歌わないって言ったじゃん。アレンジは、流星2003バージョン。なんといっても間奏のハモニカがすんばらしい。会場全体が鳥肌もので拍手が渦巻く。お、ハモニカを投げたぞ。
そしてあの2016年では感極まってしまった問題の最後の部分を難なく歌いきった。すると盛大な拍手。拍手が鳴りやまない。心の底からの拍手だった。

歴代女性マネのふたりの話。
実は上智大学に入りたかった。上智外国語出身の英語堪能、日本語はダメデチュなマネ。もうひとりは、六本木と自宅を周遊するインド好きのフーミン。

♪9.そうしなさい 弾き語りのイメージがあったが、バンドサウンドが、ズッシリとした感じでこの曲のチカラ強さを引き立たせている。
♪10.恋の歌 楽しい涙の曲とはこれだったか。
母親が高齢で周囲から出産を止められたが、敢然と出産を選んだ。そのことを恩着せがましく言う母親。
♪11.アゲイン 来た。既に5年目の曲なんだよな。今までのライブ歌唱の中で、一番こなれた、ゆとりすら感じさせる熱唱だった。キーボードの村田、特に頑張っておられる。いい音だ。やっぱりダブルキーボードはいいね。今回はサンプリングではなく武部もしっかりと弾いていた。おい。
♪12.慕情 「吉田、慕情歌うってよ」。一瞬、苦しそうに喉をおさえる。でも声は出ている。これが「うわずっている」ということなのか。
♪13.新曲 おおアップテンポ。ステージで聴く新曲。それだけで気分があがる。いいぞ。詞がよく聴き取れない。「愛しき命よ」が耳に残る。軽やかにブイブイ踊っている吉田拓郎。ああカッチョエエ。
中島みゆきとのつま恋の話。中島みゆきが全部持って行った。「女性は怖い」と打ち上げの席でしみじみ思った。女性を心の底から大事にしよう。これが僕の遺言です。
♪14.純 おー出た。やっと歌ってくれたぜ。思わずイントロで「純だぁ」と隣席に話しかけた。またもや迷惑だったろう。身体が揺れる。スタンディングしなかった自分を悔いているた。十分なボーカルだが、どけ、どけ、どけ、どけは、もっと元気に思い切りガナっちっゃてくれ。
 アウトロから続いて、メンバー紹介。
村石雅行
松原秀樹
渡辺格
村田昭
鳥山雄司
武部聡志
加藤いづみ
吉岡悠歩
今井マサキ
土井康宏

 紹介が終わったら王様たちのハイキング (遊びに行きませんか僕らと一緒に)のみを歌う。瞬時に燃えて立つ観客。停電みたいにブラックアウトして終わる。いや本当に停電かと思った。
母親の遺言で歌えないので...ちょっとならイイだろうと ♪15.ガンバラないけどいいでしょう いいねぇ。歌いながら、時々ギターを弾く右手を止めてコブシを握って、鼓舞するようにスイングしている。魂の静かなる躍動を感じる。
いよいよ終盤。どんな最後なのかね。僕は知ってるもんね(笑)。春だったねも落陽もない。でも、とても自由になっている気がする。
僕だけの視野では世界は狭いかもしれなけれど。なんか今デビューという感じがしているんだよ。だから、声もうわずっている。

♪16.この指とまれ おおおお、出たか。
人差し指を空に向かって突き出す観客席。人差し指の海が揺れる。おおお、この光景が懐かしい。燃える。
「おいらとにかく大っ嫌いだねぇ」のところの"艶"というか"カタルシス"がバリバリ健在なので嬉しくなってしまう。谷村新司よ、フォーラムに来てこの曲を聴くがいい、むははは……また怒られるぞ。
人差し指をコーラス隊が回しているのが気に入らない。こっちは、あなたがたが生まれる前から人差し指をまっすぐ空に刺していたのだ。って、そんな歳じゃないだろう。

♪17.俺を許してくれ 盤石感。バンド感が横溢している。「この命ただ一度、この心ただひとつ」何度聞いても心がふるえる。

頭を深々下げると、走ってステージを去る拓郎。一瞬ではあるが、その走りが、美しかった。たまんねぇよ。ハードな本編だったろうに、その軽やかな身のこなしはカッコイイとし言いようがない。70歳にしてステージを走るミックジャガー観てものすげーカッコよくて感動したことがあった。吉田拓郎タメだね、世界で拓郎とミックだけしかできないことだと確信した。

♪アンコール 18.人生を語らずたぶん拓郎、感極まっていた。 ♪19.ありがとう たぶん拓郎、もっと感極まっていた
♪20.今夜も君をこの胸に この曲では私が感極まった。かつて80年代、さんざんつまらないエンディングだ、失望したと悪態をついたこの曲。この曲がこうしてまたエンディングにやってきて再会することになるとは。私はこの曲に心の底からかつての非礼をお詫びした。向こうも「大丈夫だよ、気にすんなよ」と言ってくれ(妄想)、私たちは和解した。和解してしまうとこの曲の何もかもが美しく、いとおしかった。
圧巻はなんといっても吉田拓郎のギターである。鳥山がとうぞという感じで、手を差し出した。うまい。いい音色だ。こんだけ歌って踊っておそらく体力が消耗するであろう最後の最後に、このギターを弾くというヤマ場をもってくる気骨が凄い。隣席がしきりに感動していたのがよくわかった。

♪今夜も君をこの胸に~のリフレインに身体を揺らしながら泳ぐ気分で漂う。
そして拓郎は深々と頭を下げた。投げキッスはなかったな。右端であのreverenceをちょこんとやってくれた。羨ましいぞ、最前列。

この時間、この空間がいつまでも続いてほしいと切に思った。
"夏の日の恋"から溢れ出る、そこはかとない寂しさ。

"落陽"も"春だったね"も"外は白い雪の夜"もない、岡本も松本も石原も安井さえもいない、それでも世界は十分に美しいのだな。のびやかなボーカル。美しい立ち姿。しびれるサウンド。最後のライブに「デビューの気分」を掴み取る吉田拓郎。たとえ最後であろうと、エンディングであろうと、そこは「まだ見ぬ旅へ」が続くと信じる。