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私の足音

1972年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎 
未発表(但し、アルバム「猫・あなたへ」にカバー収録)

ママ、驚かないで、拓郎さんがこの曲引っ張り出してみようかって言ったの

 もともとは映画「旅の重さ」のために「歩け歩け」とともにレコーディングされたがアウトテイクとなってしまった幻の作品だ。ママ、驚かないでね、高中正義、小原礼、高橋幸宏のほぼサディスティックミカバンドミカバンド+松任谷正隆さんというデラックスなメンバーなの。なのにお蔵入りなのよ(涙)。
 その後「猫」によってカバーされ、75年のつま恋では第2ステージの松任谷正隆グループをバックに本人歌唱のライブテイクがFM東京で流された。また、御大自身がラジオ番組での得意の蔵出しで、貴重なオリジナルテイクを流してくれたりもしたので、なんだかんだでファンも広く耳にすることができたものの…それでも公式音源がないので埋もれてしまっている作品だ。
 切ない憂き目にあった幻系の作品なれど、若き御大による傑作のひとつである。映画「旅の重さ」がロードムービーであれば、この作品はロードソングとでもいうべき作品だ。ロードソングといえば、人生=ロード系は御大の得意ジャンルであり、「マラソン」「大阪行きは何番ホーム」「車を降りた時から」など数々の名作がある。しかし、どれも積年の哀愁と挫折の悲しみに満ちている。
 しかし、この作品は20代の意気軒昂な若者が、これから旅して行かんとする活力に溢れている陽性の作品だ。若々しい清清しさが詞にも曲にも、そしてボーカルにも、そのすみずみまで満ちている。哀愁のロードソングは心に沁みる名作であるが、こうして元気に奮い立たせてくれるロードソングも必要なところだ。
 「おまえの足音は自由を知ってる 言葉なく語れる涙も汗も」…自由への長い旅路を、テンポ良く闊歩するような曲調と相俟って描いてくれる。途中でメロディーが立ちあがってゆくところ、
   「街を出て風に吹かれ雲と一緒に~夢に焦がれ野に向う、何もかもを捨てて~」
   「振り返り道端に涙しても~ 小さいけど、その叫びは自由への道しるべ~」
 これらのくだりは、まるで青空に向う階段を意気揚々と上って行くような高揚感がある。つま恋では「自由への道しるべぇぇゃぁぁぁぁ」と乱雑に怒鳴ってしまうところもまたまた魅力の周辺である。

 真意はわからないが「おまえの足音」を歌っていながら、タイトルは「私の足音」だ。とぼとぼ歩いていると、後ろから「おい、行くぞっ!」とストレートの長髪の御大に肩を叩かれ慌ててついて行く…そんな気分になる。そういう「おまえ」と「私」なのではないか。しかし、若さの活力に満ちた作品ではあるものの、これは決して若者だけのものではあるまい。年齢や環境の制約はあろうとも、いくつになっても、こんな気分で揚々と冥土の旅をつづけたいものだ。その意味でこの作品の輝きは決して色褪せることはない。御大が、今のボーカルで歌う時、きっとまた御大が横に沿うてくれるような、そして生きる旅が楽しくなるような、そんな演奏が聴ける日が来てほしい。これを書いている時点において、ラジオでこの作品に御大の小さなフラグが立った。先走るまい。ここまで待ったのだ。静かに待とう。

2017.8/5