宇都宮市文化会館

 たちまち5月28日。ママ、驚かないでね、ワタシ宇都宮にいるの。でも心配しないで、蒲田の羽根つき餃子を忘れたわけではないのよ…ってしつこい。駅に着いて、タクシーで宇都宮市文化会館をお願いすると「ハイ、吉田拓郎さんね、あなたで4人目」と言われる。駅や市街から会館がちょっと遠いですね、と言うと「もとは刑務所だったんですよ、刑務所はあんまり駅のソバにないでしょ」というご回答だった。

 しかし名前に聞いた実に美しく立派なホールだ。  そして1階4列。この何十年間で一番の席である。つくづく同行者に感謝する。なにもかもが近い。ハワイでご一緒させていただいた方が声をかけてくださり、お知り合いの方がラジオで当選したG-Shockを見せてくださり、これがあの御大の腕によりそっていたのかと感激Shockで思わず合掌して拝む。自然と気持ちはアがる。

 定刻、客電が消える。ああ、近い。ああ、こんなに間近で。

一人でギターを抱えてステージに現れる。黒のシャツに縞のパンツ。
例によっておもむろに歌いだす。
♪私には私の生き方がある~
宇都宮は20年ぶりだけれど覚えていない。初めてのような緊張感。今宵は楽しんでください。 メンバー紹介で呼び入れ
村石、松原、村田、渡辺、加藤、吉岡、今井、土井、鳥山、武部の順
これまで武部の上段にいたキーボードの村田と松原秀樹の位置が変わっている。 そして一曲目。初日の衝撃まだ醒めやらぬ、あの曲。ああ、やっぱり今回も歌ってくれるのだ。当たり前か。

♪1.私の足音  ママ、驚かないでね。一曲目からみんな総立ちよ。しかも、追加の歌詞がだいぶ聴きとれたわ。
「明日への足音が聞こえてくるんだ 一歩ずつ確かめてまだ見ぬ旅へ」という現在の歌詞で締めくくられる。明日へ、一歩ずつ、今となっては胸にしみる。
ボーカルもしっかりしているし、シャウトもバッチリだ。この曲が、こうして蘇生しこんなかたちで聴けるなんて…そうと思うと不覚にも涙がガンガン溢れてきた。「泣くな」と隣席に叱られる。

♪2.人間のい  スタンディングのままなだれこむ。2016年の時と違って拓郎は演奏しながらバンドとアイコンタクトを頻繁に繰り返している。そして笑顔でうなづく。この笑顔がまたイイんだわ。ここでもバンドの紐帯を感じる。間近で躍動が伝わってくる。ああ、うつむいてギターを弾くときの、なだらかなカーブの肩から背中の立ち姿。たまらんばい。

ああ、吉田拓郎の詞は、いいなぁ。若い人にも素晴らしい人が出ている。美容院で、すだれのような髪型にしてくれと頼んだら「量が足りません」と致命的なことを言われた。最近は、エンディングが近いという気分。このエンディングを、より華やかに、よりにぎやかに、より楽しく、よりしつこいものにしてゆきたい(拍手)

♪3. 早送りのビデオ  こうして心の深奥にしみじみと語りかけてくる歌が多いから、なんとなくスタンディングとの切り替えがつかないのではないかとも思った。村田のキーボードがリリカルな感じで心にしみこんでくるかのようだ。
♪4.やせっぽちのブルース 立とうと思ったが立てなかった。ヘタレ。ここでも村田大活躍。
若い頃は、コンサートが終わると打ち上げ直行だった。そのまま深夜まで飲んでいた。今はビール一本くらい。飲まないかという友達ではなく、スイーツを食べないかという友達に変わった。友人関係もすっかり変わった。孤独っていえば孤独だが。♪僕はすこし変わったでしょう。知ってるかな? 放浪の唄をサラリと弾き語る。
♪5.ともだち  村田のアコーディオン、渡辺格のペダルスチールが白眉だ。前の席のおじさまが聴きながらすんげぇ号泣している。もう顔を覆って泣いてる。最初面白いなと思ってみてたら、だんだんそこまで泣けるおじさんに胸が熱くなり自分も泣きたくなってきた。磯元くんがギターを取り換えるときに拓郎が何かを話しかける。きちんとハイと頷く。TYISのタブロイドでも紹介されていた拓郎愛に満ちたスタッフの一人だ。こういう何気ない姿もいとおしい。

直前最後のコーラスがあらためていらない。拓郎のボーカルですべて表現し尽くされている。何も足さず、何も引かない純正品のままでいい。
♪6.あなたを送る日 「僕は過ぎた日々をあまりに愛し過ぎたらしい」「今は胸に痛い」…切ない。 ♪7.I'm In Love 聴き入る。村石雅行。ドラムワークが美しい。なんかルックスが哀川翔に似ていないか。
♪8.流星  隣席がスタンディングする。スタンディングする曲かという意見もあるが、ヨーロッパのバレエ界に通暁したその人は、渾身のパフォームはスタンディングして讃えるのが最大の礼儀だという確信があるのだった。…と思うよ、聞いてないけど。要は立とうが座ろうが、そこに精一杯の魂の称賛はあるのか…である。
 間奏の決然としたハーモニカがいいねぇ。マイクスタンドに刺さっているハーモニカを手にし、くっついているような何かをピッと外して吹き始める。ああ、このたゆとうような時間がずっと続けばいいと思う。しかし、瞬時に終わり、未練なく拓郎はハーモニカを放り投げる。そこがまたたまらない。何ですかぁぁぁぁぁを熱唱するとまたしても大きな拍手が。 知らない曲があったら、CDを買え。次の2曲は、1曲目はラジオのメールがきっかけになった。またラジオをやってくれと言われるが(拍手)…やりたくないです(キッパリ)。次の曲は、大好きだけれどうまく歌う自信がありません。
♪9.そうしなさい アコーディオン村田を振り返って笑いかける拓郎。いい感じ。
♪10.恋の歌 勇気を出してスタンディングした。少数派だったみたいだ。カタルシスのカタマリのような気持いいメロディー。
どう?才能豊かでしょう(笑)。こういう曲は、机に向かって作るのではなく、ワッと思いつくのよ。よくいうところの天才。
そのとおーり。
高齢出産の反対を押し切って生んでくれた母。それを恩に着せる(笑)。病弱だった自分が「朝までやるよ」をやったことを少年時代を知る人は誰も信じてくれない。今は「日帰りならやる」というようになってしまった。
♪11.アゲイン ♪12.慕情  慕情のイントロで、拓郎は、視線をあげて二階席を凝視していた。探しているというより、二階席をしみじみと眺めわたしている感じ。その様子にもちょっと胸が熱くなる。
♪13.新曲  永遠のツイスト。かっこいい。ブイブイ踊る拓郎を間近で見られた。目に焼き付けよう。忘れるまい。哀しいことがあったら、このカッチョイイ、ツイストを思い出そう。今、もう既に悲しいが。
 北は大宮、南は横浜だったのが、今回は、北は宇都宮、南は名古屋になった(拍手)。これでは全国ツアーになってしまう。それは嫌だ。九州とか行きたくないもん。もともと外出はキライな内向的な人間なんだ。 最後といっているけれど、明日のことはわからない。ウソつきだしさ。でもね「音楽はやめない」これは誓うよ。でもライブはどうだろう(笑) ♪14.純  たまらずにスタンディングしてしまう。しかし、またもや少数派。リズムがずれている、他の観客からは、あれじゃ拓郎が迷惑で可哀そうといわれていたらしい。否定しない。そうだったら拓郎すまんな。リズム感がないんだよな(涙)。リズム感ゼロの勘違い野郎である。それでもサイの角のようにただ独り歩めで…と言い聞かせる。
 アウトロから続いて、メンバー紹介。
村石雅行
松原秀樹
渡辺格
村田昭
鳥山雄司
武部聡志
加藤いづみ
吉岡悠歩
今井マサキ
土井康宏

 紹介が終わったら王様たちのハイキング~遊びに行きませんか僕らと一緒に~のみを歌う。やはり瞬時に燃えて立つ観客。でもね歌う前に、もう拓郎はニヤニヤしていやがんの。笑ってんじゃねぇよ。前列の男性が、なんだよ、歌えよと叫ぶ。そのとおり。気持はわかる。
♪15.ガンバラないけどいいでしょう  ワタシはここらあたりで何かがキレてしまい、なんかたまらなくなってしまった。ああ、今さらながらこの人のこと大好きだと思った。サビの部分をまるで"アジアの片隅で"のように渾身で唱和していた。拓郎ももちろん熱唱していた。
"春だったね"と"落陽"は、間奏も長くてラクできたけれど、今回はやらない。やらないでみたら、これが楽しくて。自分だけの狭い世界だけれど、前向きで、快感があって、ハッピーだ。
♪16.この指とまれ  拓郎に思いが届けとばかりに人差し指を空に向かって思い切り突き出す。燃えるぜ。王様達のハイキングの不完全燃焼に怒ってたにいちゃんたちも、ガンガン歌い踊っている。
 んまぁ拓郎はそれは違うと怒るだろうが、ついでに谷村新司にも届けとばかりに"この指とまれ"を唱和した。もちろん谷村新司はいい方だし恨みもない。それにハンド・イン・ハンドももうないしシアターフレンズだってとっくに立ち消えている。それでも私がこだわるのは、あのとき世界を支配していた同調圧力みたいなものがあったことだ。愛とやさしさの名もとに、立ちはだかり、少数者を押しつぶすようににじり寄ってくる巨大なもの。そして、それは、ハンド・イン・ハンドを離れて、まったく別物に乗り移ってカタチを変えながら今も私らの前に厳然とある。だらかこそ今も「おいらとにかく大っ嫌いだねぇ」「人間なんだ忘れちゃ困るよ」という拓郎の叫びに魂が震えるのである。確かに今さらハンド・イン・ハンドなんかどうでもいいのだが、この歌の出自とこの歌のチカラの淵源というものを忘れたり、曖昧なものにしたくないのである。
人差し指をコーラス隊が回しているのが気に入らないのは変わらず。

♪17.俺を許してくれ  この流れで、私は、個人的に"アジアの片隅で"と"ファミリー"を連続で唱和しているような盛り上がりトランス状態になってしまった。思い込みかもしれないが、拓郎は、このときかなり泣きそうだった。もうウルウル寸前だったように思う。それを見るとこっちもぐっときてしまい、なんか恐れ多くも拓郎の超絶熱唱と張り合うような気分だった。もちろん主観的な思い込みだけどさ。

♪アンコール 18.人生を語らず  全力歌唱。間奏で、客席にお手振りをして、投げキッスをしたくれた。ひぇー。客席を指さしたり、なんか客席に心を投げかける拓郎というのも珍しい気がした。今宵はいつもの燃焼というよりも大団円のイメージである。 ♪19.今夜も君をこの胸に  あれぇ「ありがとう」がない。なくなった。どこかでまた出てくるのだろうか。

♪今夜も君をこの胸に~のリフレインに身体を揺らしながら漂う。
もうギターソロがすんばらしいぞ。もう全力で凝視した。ギターを弾きながら、プるるるって腕の筋肉がふるえるところがまたセクシィーだ。いやあたまらん。ずっとずっと弾いていておくれよ。

 深い深い深いお辞儀。たぶん泣いていた。投げキッスもしてくれた。
 私の生涯ライブのひとつになるだろうと確信した。座席に恵まれたこともあるのかもしれない。まあ、二度とこんな席はないだろうということで、目を皿のようにして食い入るように観たからか。これからの席で観て、なにをどう感じるだろうか。

 "サンキュー宇都宮"。"楽しかったなぁ、いい夜だった 思い切りシャウトしてしまった"という拓郎の言葉を聴くと、ただの不細工な客にすぎない私だが、一緒の時間を過ごせた幸福感と誇りのようなものすら感じる。「エンディング」という言葉を聴くたびに悲しくなっていたが、今夜の怒涛のライブとMCの珠玉の言葉…「音楽はやめないと誓う」「エンディングをより華やかに、よりにぎやかに、より楽しく、よりしつこいものにしてゆきたい」を聴くと、エンディングも悪くないなと少し思った。帰りのSAで夜の空気を胸いっぱいに吸い込む拓郎。くぅぅぅ泣くぞ。帰り道、偶然入った宇都宮の居酒屋がこれまた最高でさ。地元の夏酒「望」をすすめられ静かに静かに拓郎を思うて孤高の夜を打ち上げた。などとカッコつけてみる。