大宮ソニックシティホール

 2016年は最北端であることに敬意を表して東京から新幹線で旅気分で向かった。しかし今回は新宿から在来線で40分揺られて移動した。隣の席が有名な進学校、水道橋女学園の生徒で車中でひたすら問題集に取り組んでいた。彼女を横目で睨みながら私には私の考え事があった。
 チケットがあるからといってライブが当然に観られるわけではない。当日、拓郎が会場入りしてリハ―サルまでしたとしてもまだまだ油断できない。拓郎ファンは経験的に常に"最悪の想定"を逃れることはできない。今回の大宮の最悪想定は「新幹線に乗りたくないのでまだ名古屋から帰ってきていない…」あるいは「名古屋まで頑張ったんで、あとはもういいかなと投げ出す」であった(爆)。しかし大宮ソニックシティは開場前から長蛇の列。よかった。まずはそこからだ。

 席は2階のかなり後ろの正面。スキージャンプの笠谷選手がこの2階のスロープを滑ってジャンプすればK点あたりが拓郎の位置だ。♪君の名を呼ぶオリンピックと。って意味わかんねぇよ。とにかく遠い。

 開演までの音楽は"星を求めて"から"テネシーワルツ"にシフトしたかのようだ。

 定刻。客電が消える。
 一人でギターを抱えてステージに現れる。黒のシャツに縞のパンツ。
 こんばんは大宮。 タピオカ知ってるか?  意味はわかんないが、とてもゴキゲンなことはわかった。タピオカ知ってる。あのカエルのタマゴみたいなのがいっぱい入ったドリンクだろ。
♪ ロックンロールの響きがいい
 あの娘しびれてくれるはず
 突っ張れ意地張れ張りとおせ
 かまうじゃないぞ風の音
 おおー大宮でも“大いなる”だ。もうyou,全曲歌っちゃいなよ…と小さな声で叫んだ。
♪私には私の生き方がある・・・  いい声だ。名古屋の旅から帰ってきてさらにこのたくましい声に安堵する。
 大宮はなじみの場所で昔から何回も来ているので新鮮なものはありません(笑)懐かしいこの会場も良く憶えている。ここはとてもやりやすい会場。音が気持ちよく帰ってくる。客席から出る酸素もいいのかもしれない。今夜は楽しいひとときを楽しんでください。  メンバー紹介で呼び入れ
村石、松原、村田、渡辺、加藤、吉岡、今井、土井、鳥山、武部の順
♪1.私の足音  ママ、びっくりしないで、隣の席の引退した重役さんて感じの金田一秀穂さんみたいな知らないおじさんが"私の足音"をしっかりと唱和しているのよ。ママ驚かないで、口ずさむのではなく正確な歌詞でしっかり歌っているの・・・・・
 その風貌の印象と違って、歌詞の正確さとその堂々たる正しい歌いっぷりに、ひそかに「コイツ…デキる」と唸った。そして喜び満面で歌うご様子になんかとても胸が熱くなってきた。ああ好きなんだな。この歌も拓郎のことも。企業人としてビジネス戦線を長年にわたり戦い抜き、辛い時も悲しいときも拓郎の歌を胸に自分を支え、やっと引退した今になって心からの感謝と喜びで拓郎の歌にこうして向き合っているのだろう…ってまったく知らない人の人生を勝手に決めるなよ。
 私はただのナマケモノだけど、まるで盟友のような気分になって私も一緒に"私の足音"を歌った。良かったな。この歌がこうして蘇って、こうして新しいロードを歩き始めて、と隣のその歌詞正確歌唱おじさんと肩抱き合いたかった。
 青春の旅に出て遥か想えば この道はそれぞれに忘れじの物語 明日への足音が 聴こえてくるんだ 一歩ずつ確かめて まだ見ぬ旅へRefitされたエンディングの心に迫ることよ。この曲をトップに大抜擢した気骨は何度称賛してもしたりない。

♪2.人間のい  "私の足音"がローギアなら、ここでセカンド、サード、トップに入る感じか。“残り少ない 生きてたい”が、このツアーと重なり“残り少ない 観ていたい”につながる。

 若い人の活躍が凄い。若い人から教えられることが50歳くらいから増えてきた。同年代から教わるものはない(笑)。スポーツも久保とか、顔は悪いけれど堂安とか(笑)。最近は、フィギュアの紀平梨花に心奪われている。もう紀平さん素敵過ぎて、胸がんんんんんんんって感じ(笑)ザギトワってキレイだけれど良く観ると顔が辺見マリに似てるんだな。“♪ヤメテ”(笑)
 武部君がアイススケートの音楽をやっているということで紀平さんにも会っているらしいので、紀平さんのサインを書いて貰った。吉田拓郎様と書いてある。武部に"彼女オレのこと知ってたかな?"と尋ねるとゼンゼン知らなかったと(笑)

♪3. 早送りのビデオ  この曲を聴きながら、この大宮のステージのボーカルの完成度が凄いことになっているとようやく気づく。固い盤石のボーカルにビブラートが微妙に効いていてもう最高でやんの。このツアーの最初からボーカルは無敵状態だが、さらにここまで進化するかという感じで圧倒される。
 原曲ではむなしく漂う寂寥感に満ちているが、ライブでは村石のドラムに導かれながら明日に向って一歩一歩進む感じがしてなんともイイ。早送りのビデオはまだまだ再生中なのだよね。
♪4.やせっぽちのブルース  オレンジの照明。間奏の時に、身体を一瞬よじってカットする姿がカッコイイ。武部のブルージーなビアノがさく裂し村田のオルガンにバドンが渡される。この連携。ああ、なんかかつてのエルトン→中西みたいだ。すばらしいバンドである。そしてダブルキーボードから渡辺格にバトンが渡され、さらにまた武部、村田が引き受ける。なんという連携。
今日は調子がいいねぇ(拍手)なんでだろう。今日はゆっくりしていきな。人との出会いと別れ。気持ちよく僕から別れた人もいれば向こうから去っていった人もいる。ともだちに嫌なヤツもいた。でも4人でなんかやってしまうのだが。Iくんによれば魔が差した。なんで4人集まってしまったのだろうか。その反面、別れたくない人との別れだってあった。次の1曲目は古い歌だけれど、2曲目はきっと知らないでしょう。
♪5.ともだち  ボーカルが熟成し尽くし"ともだち"の最高完成形を私たちは観ているのではないかとすら思う。このすがりつきたくなるような見事なボーカル。私は本当は中野のライブ73の"ともだち"が好きなのだが、この素晴らしい歌を前にこれこそ最高と絶賛しないのは失礼にあたる。
 そして、ここまで本篇が美しく神々しくなったから言うが、この"ともだち"の歌唱と演奏が素晴らしくなればなるほど この前後のわざわざ“やさしさ?”と念を押すコーラスがいらない。居酒屋のメニューで時々見かける「懐かしい昭和の味ナポリタン」「オフクロの味肉じゃが」というのと似ている。「ナポリタン」「肉じゃが」でいい。あとは味で勝負だ。いちいち飾りはいらない。すべてはこの本編の素晴らしさで表現され尽くしている。
♪6.あなたを送る日  このサウンドの心地よさに心と体ゆれる。鳥山雄司のギターのバトンを引き受けて武部が弾くこの掛け合い感もいい。これぞバンド。そして静かに静かに丁寧にリズムを刻んでいる村石のドラム。"全力の村田におさえの村石"。原曲の切なくさまよう感じを踏襲しながら、最後は、決然と進む感じがいい。拓郎はアウトロでジャンプしていた。あなたを送っても、あなたはまだまだ元気で旅するのだ。

♪7.I'm In Love  ああ、すんばらしい。極上のラブソング。ラブソングを歌う拓郎が一番美しいというテーゼのとおりとすれば最も美しいのはこの時だ。このコンサートの白眉。
  病の時
  悲しみの時
  そして
  言えない時
  そこに居る事でよいのではないだろうか。
 拓郎はこの歌を歌うためにこのツアーをやったのではないかとすら思う。まさに"きみに読む物語"。この美しいボーカルをていねいにていねいにラッピングするような村石のドラムがまた素晴らしい。この作品を底から静かに支えている。
♪8.流星  となりの歌詞正確朗誦おぢさんは,チカラをこめて朗誦している。反対の隣席は、ひとりスタンディングして、拓郎に両手を突き出し、身体ごと敬意を表している。その間にいる自分は幸せだった。こうして心からの敬意を表して聴く幸せだ。間奏のハーモニカを捨てる一挙手がもうたまらなく美しい。こんなに素敵にハーモニカを捨てる人を見たことがない。もともとハーモニカ捨てる人って見たことないが。

今までのコンサートでは耳慣れない曲をやっていますが。そういう人はアルバムを買っていない。なんか言ってて悲しくなってくるが。ラジオ番組をやっていた。次の1曲は、若造から来た“なんでこういう曲を歌わないのか”というメールに刺激された。多くの方はきっと聴いたこともないでしょう。
 2曲目はいい曲なんだ。凄いイイ曲で、んんんんもう好きって感じ。だけどあまり上手く歌えないんだ。
♪9.そうしなさい  切々とした村田のアコーディンが静かなる前半を飾る。そして後半からタカタカと静かにリズムを刻み始める村石のドラム。このふたりが出会うと、原曲はチカラ強い歩みを始める。これぞライブバージョンの真骨頂だ。
♪10.恋の歌  スタンディングしたが二階席ではたった一人でまたもや孤独。でもいい。他人がどうかではなくこれは吉田拓郎との私の契りなのだ。ノリノリの拓郎に私は私で答える。アウトロで拓郎は地団駄を踏んでいた。あれはノっている証拠だ。
 盛りだくさんでサービスしすぎだな(笑)。2,3曲減らそうかな。広島から東京に出ていくとき母はやっておいで、でもダメだったから帰っておいてと言っていた。どこがダメかもしれないと思っていたのだろう。上京しても誰も自分の音楽をわかってくれないし、もう帰ろうかなと思ったこともある。母が周囲の反対の中大変な思いをして産んでくれたという話を母親本人から何度も聞かされた。身体は弱くて学校にも殆ど行けなかった。それが東京に行ってから強くなった。朝まで歌ったり、どこか島に渡ってとんでもないことをやったり。朝までやった男があの虚弱だった吉田拓郎だと信じてくれない。ホントは弱い人間なんだ。すぐ泣くし、最近は“日帰りならやる”と言っている。
♪11.アゲイン  今日の迫真のボーカルで聞いたらメチャクチャ良かったわ。すんばらしい。
♪12.新曲  永遠のツイスト。燃え立つ。間奏のツイストは、ここではブイブイ踊る。それだけでトクした気分になる。村石が自由に叩く、しかし拓郎のボーカルが入るとサッと静かに身を引いてボーカルの脇役に徹する。すばらしい。すばらしいバンドじゃないか。
   皆さんはどういう世代なのだろうか。ぼくらはツイストを踊ったものだ。この曲もレコーディングしたいと思っている。北は大宮、南は横浜ということだったが、今回は北は宇都宮までいった、これは凄い快挙。凄い時間がかかった。でも餃子に魅せられていった。南は名古屋。新幹線は十何年ぶり。かつて、新横浜から新幹線に乗って、名古屋で気分悪くなって降りて泊まって、そしてそこから大阪にたどり着いた。結局大阪はリハまでやってキャンセルだった。逃げるように大阪から去った。帰りの高速で元気になって、おなかが空いてきたけど、キャンセルした身なので外に出るなと怒られた。今回の名古屋は夕食会が楽しくて昔のことをいろいろ思い出していた。ライブが終わるとすぐ飲み会に向っていた。
 もういいよ、ピリオドを打ちたい。でも音楽は麻薬だからやめられない。だから音楽はやめないよ。

♪13.純  スタンディング率きわめて低し。この作品の躍動感あるライブバージョンを聴けたことを何度でも心から感謝したい。願わくばもっともっとラフにワイルドにガナってほしい。どこまでもついてゆくぞ。"生きるもののすべてが愛でつながれる"…ここの大団円が好きだ。どけどけどけオレを一階に座らせろ(爆)。
 アウトロから続いて、メンバー紹介。
  村石雅行
  松原秀樹
  渡辺格
  村田昭
  鳥山雄司
  武部聡志
  加藤いづみ
  吉岡悠歩
  今井マサキ
  土井康宏

 控えめな村石が紹介の時、スティックを剣のように持ち一点をピシッと指した姿がカッチョよかった。紹介が終わったら王様たちのハイキング。歌いだしの前の演奏でもうニタニタしている。マイクの周辺をリズムをとりながらぐるぐる回りだす。やはりただの悪ガキである。♪遊びに行きませんか僕らと一緒に~のみを歌う。やはり瞬時に燃えて立つ観客。そしてこれまた瞬時のブラックアウト

♪14.ガンバラないけどいいでしょう  歌詞正確朗誦おっさんがまた朗誦している。さすが正確な歌詞。このおっさんは決して単なる昔の曲好きのおやじではないことが証明された。いてもたってもいられなくなるような高まりは実に素晴らしい。やっぱり最後にスタンディングしたくなる。
 今まではこういう歌を♪落陽(笑)あるいは、♪春だったね、こういうのを演奏してきたが、そういう曲のないコンサートをやりたくなった。予定調和はウンザリだ。僕の詞は、僕だけの狭い視野なのだけれど、もっと広い視野が観えている作詞家もいる。でもそういう狭い視野だけを歌って、なんかデビューしたてのような気分なのよ。ここで最後、トイレ行きたい人は今行くと大切な部分を見落とすことになる。  なんてことを言う。そんな心配は不要だし古館伊知郎の番組で「頻尿の人はライブに来るな」と言ってたろ。 ♪15.この指とまれ  痛快だぜ。演奏中にピンスポでミュージシャンに光があたる。拓郎は自分の詞を"狭い視野"だといった。しかし結果的に吉田拓郎の歌のスケールは大きくその視界はとてつもなく広い。例えばアリスのハンド・イン・ハンドが気に入らないという狭い視野で(アタシはちっとも狭いとは思わないよ)作られたこの歌の奥深さはどうだ。見事に今の現代社会を覆いつくし人間の心に巣食う病巣を的確に捉えている。"オイラとにかく大っ嫌いだね"も"人間なんだ忘れちゃ困るよ"こんな歌を迫力と説得力を持って歌える歌手がどこにいよう。髪の毛で顔隠した若者、来れるものならここまで来てみろ(爆)

♪16.俺を許してくれ  一挙手一投足、身のこなしが実にカッコイイ。打ち込みっぽい機械的な肌触りのある原曲。その二次元的な平板な図面が、躍動して踊り出すような生命力がある。まさに命を吹き込まれるとはこのことか。拓郎の身体の微妙なスイングもたまらない。会場にこだまする“心が痛い”の唱和。“この命ただ一度、この心ただひとつ 俺を許してくれ 俺を許してくれ”のクライマックスのイってしまいそうな高まり。堂々たる本編フィナーレである。
 二階席で思い切り手を振ったら拓郎が振り返してくれた(※個人の感想です)
タピオカ飲んでるか
♪アンコール 17.人生を語らず  全力歌唱。盛り上がる観客席。ついに隣席の歌詞正確歌唱おぢさんもスタンディングしてこぶしを振り上げている。いいぞ春闘みたいだ。おい。 ♪18.今夜も君をこの胸に  かつて私が悪口雑言尽くしたこの曲。拓郎もこの曲もそんな私を責めたり咎めたりすることなくやさしく送り出してくれる。ああイイ。ロッドスチュアートの"今夜決めよう"に負けていない。というか超えている。

 もうさ、ボーカルが磐石で、超絶すんばらしいんだよ。思い出すだけでふるえてしまう。歌えば歌うほど磨き上げられてゆくボーカルに深く熟成されてゆく演奏。どこまですんばらしくなってゆくのか。この素晴らしさ、この高みに到達したにもかかわらず、ここで終わってまうのか。…惜しいとことん惜しい。いや、この高みに至ったからこそ終わらせようというのだろうか。

 このゆくあてのないボーカル、このゆくえなきただれるような思い。大宮の熱い夜は私にどうしろというのでしょうか。ソニックシティの前のコンビニでバドワイザーを買って飲みながら、大宮駅までのかつてボブ・ディランが歩いたという通称"ディランロード"をもうすぐ迫って来る終わりを思いながら歩いたのだった。

 Domine, quo vadis?(主よ、どこへ行かれるのですか?)