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夢見る時を過ぎ

1995年
作詞 石原信一 作曲 吉田拓郎
アルバム「Long time no see」

夢見る時を過ぎても歌い続けるから

 この作品はアルバム「Long time no see」の中ではやや地味系の作品かもれしないが、なにしろアルバム自体がやや地味系なので、やや地味×やや地味=かなり地味・・・そういうことではないか。
 しかし、音楽の神様は、こういうところにこそ宿るのだ。きちんと構成されたソリッドなメロディーと、大人の切ない恋愛心情を表した詞のコラボレーションによって、隙のない完成した楽曲として仕上がっている。良くも悪くも譜面から飛び出してしまうようないつもの御大の作風とは違い、きちんと彫琢されこんだような美しさを感じさせる。サビの「夢見る時を過ぎ、めぐり逢えたから」のフレーズ。一字、一字に心こめたメロディーをあてがいながら、聴く者の心と身体を揺らせてくれる。ていねいに創り上げた御大の作曲家としての技量を感じる。
 石原信一の詞は、まさに夢見るときを過ぎた中高年にとっての地味ながらも確かな恋愛感情を描き上げている。若い時の過剰な欲望に突き動かされるような恋愛ではなく、その激しさが失われた後に、はじめて見えてくる本当の愛のカタチ。脂ぎり燃えたぎる若者ではないからこそ相手との距離を見つめた静かで求めすぎない愛が語られる。ここは、このアルバムでの石原信一の独壇場だ。この詞のおかげで私たちは、いつしか年老いることの中にも煌めくものを感じ、静かな元気をもらうことになる。
 ただ「夢る時を過ぎ」をあまりに連呼されると、かえって「まだまだ行けまっせ」的な空気も出てきてそれはそれで危うい気がするのだが、私だけか。脂身をだいぶ削ぎ落としたつもりが、そこに残った脂身で結構重たいステーキのように。って、ミもフタもない話で申し訳ない。
 バハマのレコーディングの模様がらラジオで放送された時、ちょうどみの作品のコーラスのオケを録っているところだった。美しいコーラスが「♪ワッチュワ ワッチュワレワレアーアー」と繰り返すのを聴いていたので、ついつい完成曲の最後の後奏になるとコーラスが気になってしまう。電車の中とかで聴いていても「♪ワッチュワ ワッチュワレワレ」と口ずさんでいたりしてとても危うい。もし電車の中で「♪ワッチュワ ワッチュワレワレ」と口ずさんでいる人がいたらそれは君の仲間だ。いねぇよ。

2016.4/10