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Y

1981年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎 編曲 松任谷正隆
シングル「サマータイムブルースが聴こえる」/DVD「吉田拓郎 101st Live at NHK」

ダイエー果つるとも、YはYより出でてYより青く

 この作品を聴いたときの自分の年齢や状況もあるからだろうが、妙に胸が締め付けられるような切ない一曲だ。この繊細で美しいラブソングの初披露は、81年の体育館コンサートだった。たくさんの新曲をライブで発表するというライブ’73以来の異例のコンサートスタイル。その中に「Y」というラブソングがあることも御大はラジオで事前に宣伝していた。新曲が散りばめられたこの体育館ライブがいかに素晴らしかったはここでは書ききれない。しかしこの素晴らしいライブでのデビューは、まさにこの作品にふさわしい状況だったと思う。
 あの日、陽気な「恋の歌」の演奏を堪能したあとに続けて、誰もがこの未知のラブソングに耳を澄ましたはずだ。タクロウ、ダイエー、ソックスとそのまんまノンフィクションな実私生活ソングに”たくろうチャン”や”準ちゃん”のような世界が一瞬頭をよぎる。でも違う。また妻帯者がこんなリア充な恋の歌を歌っていいのかと驚いたりもした。しかし、そんな瑣末事を乗り越えて、この出色のラブソングの放った感動は、観客席にサワサワと波紋のように広がり、多くの観客の胸を打ち制圧したかのように見えた。
 “Y”が誰かについては、御大も謎にしており、当然にファンの間で物議をかもした。ユーミン説、宮崎”元気です”美子説、内藤洋子説(ホントかよ)等、クリスタルな田中康夫説(そんな説はねぇよ)など諸説紛糾していたが、私としては、当時、ラジオのヤングタウン東京に、頻繁にゲスト出演していた岩崎良美だと睨んでいた。しかし随分あとになって実際は、当時、六本木のお店にお勤めだったサーファーの女子”よしちゃん"という一般女性”だったらしい。そらぁ知らんわな。
 しかし、それが誰であれ、この作品の魅力はいささかもゆるぎはしない。

   何て事の無い 出逢いって言うんだろう
   ただ 笑ってる君が居て
   いつものように 僕は酔っていて

 前奏のない静けさの中をそっと滑り出すようなドラマチックな出だし。映画の冒頭のような情景が浮かぶ。さすが詩人だなぁ御大。

   変にお互いを さぐり合わなくても
   何かこれで いいんだみたいな

   君を好きだとか キライだとか
   大事な事なんだろうけど
   ちっとも聞こうとしないんだね

   なぐさめたり なぐさめあったり
   つまんないことだよね

 おそるおそると相手との間合いを確かめるような絶妙な距離感。恋をしているときの幸せと迷いと不安を行ったりきたりするような逡巡がていねいに綴られてゆく。その言葉たちを、御大は、まるで真綿でくるむようにやさしくやさしくに歌い上げている。そう思うとダイエーもソックスも雨の日のドライブも実に大切なアイテムだったということがわかる。

 そして松任谷正隆、鈴木茂、島村英二らが静かにアシストする演奏も白眉である。リハーサルの時、”どうしてそんなに性格がいいの”のところで「イェイ」と耳打ちしてきたという鈴木茂の出過ぎずしかし美しいギター。
 そしてレコードの松任谷正隆アレンジになる間奏が、もうどうしようもなくこの歌の繊細で切ないエッセンスを体現していて泣ける。ストリングスの音色が、心の奥底から何かを引っ張り出してくるようなこの切ない間奏は、本当に聴くたびに泣きそうになる。心が高まり息づいてくる様に島ちゃんのドラムが最後をゆったりと盛り上げる。すべてが名演である。

 おかげで碑文谷ダイエーはファンの聖地となった。ダイエーの外付けの展望エレベーターは当時は衝撃だったし、ソックスも買いに行ったし(御大と同じソックスは既に無かったが)、御大が仲良かったというカメラ屋のおじさんもいた。
 そのダイエーも寄る年波の中、2016年に閉店してしまった。クリスタルなんかヤッシーとともにとっくに忘れ去られている。

 Y→S→Xとシリーズ化するたびに作品の魅力は色あせ失速して行き、静かに眠りについたかと思っていた。しかし、思いもかけず2002年のNHKホール、2005年のツアーとビッグバンドで再演された。
 いろんなものが過去のものとして消えゆくなかで、この歌はスタンダードとして生きつづけて行くぞ…という決意宣言のようで嬉しかった。永遠のラブソングとして歩んでほしい。

2017.7/17