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海を泳ぐ男

1992年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
/アルバム「吉田町の唄」/アルバム「TRAVELLIN’ MAN LIVE AT NHK STUDIO 101」/DVD 「Forever Young Concert in つま恋 2006」

泳げ拓郎、拓郎を泳がす会(懐)

 名曲の砦ともいうべきアルバム「吉田町の唄」に収録され、1993年のNHK101ライブ、2006年つま恋など大切な節目で演奏された拓郎のお気に入りの作品だ。しかし微妙にインパクトが薄いのはタイトルのせいか。「海を泳ぐ男」・・・♪泳げないけぇぇど。素朴すぎるタイトルだ。もっとなんか気の利いたタイトルはなかったのか、御大。
 作品の背景は、例によって90年代前半、拓郎自身も今後の音楽活動について迷い、コンサートの観客動員にも陰りが出ていた「冬の時代」の作品だ。世間と周囲が勝手に抱く「拓郎幻想」から自由になりたいという意思が表れている。とはいえ悲壮感はない。石川鷹彦の好アシストを得て、軽快なナンバーとなっている。ニッポン放送の社長だった亀淵昭信が「ボブ・ディランと違って自分の迷いを音に出さないところが拓郎の魅力だ」と語っていたがそのとおりだ。
 好みの問題だが、この詞の魅力はココだと思う。

「時代は変わったそうだから君の後ろに僕はいる。世界を斜めに泳がない。」
「時代は変わったそうだから何かが古くなっていく いきがらなくてもよくなった」

 プリンスとか帝王とか王様とか心のこもっていないヨイショをされても、今の自分は現実としてトップを走っているわけじゃない。売れている他の歌手の後塵を拝していることは認めましょう。でもそのポジションから斜めにそれて逃げたりしませんと潔く歌う。自分は自分の音楽の道を淡々と進みますよという静かな決意。さわやかに燃え立つような作品は、年齢を重ねた聴く側にも、おだやかな元気をくれる。そして拓郎の作品には珍しく、曲の一番最後の最後にそれまでとは違うメロディーのダメ押し的なリフレインがついている。

 「ありのままでいればいい こだわるほどのことじゃない
            あれはみんな陽炎だったから 今は少し沁みるさ この胸に」

 いろいろあったが過去のこだわりを捨てていこうじゃないか! と丹念に自分に言い聞かせ、また聴き手のファンにも念を押しているかのようだ。
 90年代の冬の時代を乗り越えて、やがて巡ってきた大きな晴れ舞台である2006年のつま恋での演奏も記憶に新しい。一曲目のペニーレインでバーボンで火が付いたあとの二曲目。もちろん同じ詞、同じアレンジでありながら、拓郎バンドの演奏とともに、先頭をきって疾走するような、ロックナンバーとして、つま恋の観客たちをぐいぐい引っ張っていった。 拓郎も我々ファンもとにかく皆ここまでよく来たもんだよなぁと妙に感傷的な気分になったものだった。

2015.10/31