少女よ、眠れ
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「月夜のカヌー」
堅牢なバンドサウンドに、もっと光を
この曲を含む2003年3月発売のアルバム「月夜のカヌー」は、それまで数年間続いた「LOVE2モード」からガラリと変化をとげた転換点に立つ。
つまり、武部聡志、吉田建、鳥山雄司らのモードから、質実剛健なバンドサウンドへの転換だ。バブリーな小洒落た建売住宅からコンクリート打ちっ放しの堅牢な建物への建て替えのようなものだ。かえってわかりにくいか。
この曲は、そのアルバムの特色が非常に顕著にあらわれている。たたみかけるようにドラマチックな展開を魅せるメロディー。よく伸びるボーカル。そして骨太の演奏。ひとつひとつの柱が透けて見えるようなミュージシャンのごまかしのないプレイの迫力。メチャクチャにカッコイイ演奏なのだ。ライブのステージが眼前に浮かんでくる。聴いていると拓郎ファンの血液が沸騰してくるのがわかるような名演奏だ。
拓郎は当時「同年代のミュージシャンたちと今風ではないアルバムを作った」と謙遜していたが、信頼するミュージシャンたちと作り上げたこのバンドサウンドへの無敵の自信であったことは明らかだった。同時並行で、時あたかもビッグバンドのツアーの準備中だったが、壮大なビッグバンドの核には、やはりこのコアなバンドがあってこそ!という拓郎のポリシーが窺えるようだ。
さて、ここまでの演奏のこの曲がなぜ影が薄いのか。それは詞しかない。・・と思うよ。
岡本おさみは、渋谷センター街と思われる深夜の繁華街でタムロする不良少女を詞にする。同じような不良少女相手の詞では、松本隆の「裏町のマリア」があるが、そこは松本隆、ちょっとしたドラマ仕立ての一編になっている。しかし、岡本さんは率直だ。「午前0時は過ぎてるよ。最終はまだあるさ。親はいるんだろ。家も。」と説教ぶつける。
そして最後に「怪我しないうちにもう帰った方がいい」と諭す。しかし、深夜のセンター街で少女に説教するたぁ、怪我しないうちに帰ったほうがいいのは、岡本さん、アナタの方ではないかと心配になる。
ちなみにこの詞の原題は「家へお帰り」だった。「家へ帰ろう」とカブるので「少女よ、眠れ」に変更された経緯がある。それにしてもこういう詞は、武田鉄矢あたりに歌ってもらった方がいいのではないか。いや、拓郎が歌うにしても、このメロディーとサウンドはどうなんだろうか。あまりにカッコイイ、サウンドなんで、失礼ながらもったいなぁと思う。少女を心配する好々爺よりも、孤独で無頼な拓郎の姿が浮かぶような普遍性ある詞こそが、このメロディーとサウンドには望ましかったのではないか。やや残念だ。
2015.5/6