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素敵なのは夜

1978年
作詞 白石ありす 作曲 吉田拓郎
アルバム「ローリング30」

二つの鬼才がすれ違う一瞬に

 伝説の前衛アングラ・ミュージカル劇団「東京キッドブラザース」。1977年上演の「彼が殺した驢馬」の音楽を吉田拓郎が担当したことはちょっとした事件だった。なぜなら拓郎はもともと「アングラ」が大嫌いだ。間違いない。それはメジャーに命をかけた意地と同時に、昔からアングラ系の芸術家たちにイジめられた苦い経験からだと思う。
 そんな拓郎がアングラの代表格「東京キッドブラザース」にサクッと7曲もの曲を書き下ろしたのでみな驚いたのだった。しかしよく聞くと理由は、「八月の濡れた砂」でデビューした出演者「テレサ野田」の大ファンだったからだということだ。実にわかりやすくてイイぞ。天才には理論も理屈も不要なのだ。

 それにしても業界では神と崇められていた東京キッドの代表のカリスマ東由多加と既にフォーライフの社長にまでなっていた吉田拓郎。教祖とプリンス。対照的な二人の対談も企画されたが、二人は同歳にもかかわらず何の接点もなく、話が全く噛み合わず、そればかりか最後には二人が大喧嘩になってしまい、ついに拓郎が「誰がおまえらに曲をやるもんかっ」と曲を全部引き揚げるとこまでいったらしい。
 これを間に入って必死で修復したのがユイ音楽工房の後藤由多加だ。後藤の本名は「豊」だが、同じ早稲田大学の先輩であり尊敬していた東由多加からいただいて「由多加」を名乗っている。財界のエリート養成所の慶応と違って、早稲田の場合は一匹オオカミでカリスマ性をふりまく変わった人間こそが一番尊敬される。その意味で、後藤にとっては、拓郎も東もかけがえのない存在であったことが想像に難くない。
 両者の仲直りのおかげで無事世に出た「素敵なのは夜」は、「伽草子」の作詞家白石ありすの繊細な詞とこの詞に相応した独特の陰影あるムーディなメロディーは、メジャーなポップスとしても、前衛的なミュージカルの主題曲としてでも、どこに出しても恥ずかしくない逸品だ。こういう作品を聴くとあらためて拓郎のメロディメーカーとしての才脳を感ずる。

 さて目的が女優だった拓郎は(笑)、東とのトラブルもなんのその、後日東京キッドのリハーサル現場に乗り込んで行ってテレサ野田やこの曲を歌った劇団員の金井美椎子たちにハリキッて歌唱+演技指導までしていた。さすが拓郎。無敵である。
 この作品の本人歌唱は翌年「ローリング30」に収録された。松任谷正隆、林立夫、後藤次利、鈴木茂、ジェイク・コンセプションらティンパンなミュージシャンで、創り上げられている。ジェイクのクラリネットが醸し出す雰囲気は独特で、東京キッドは、こちらを使った方が良かったのではないかというくらい舞台に映えそうな仕上がりになっている。
 その後、91年デタントツアーでも演奏された。間奏でメンバー紹介がインサートされるという大切な扱いでもあった。この作品の他の「彼が殺した驢馬」の一連の作品も秀作揃いである。何らかの形でもう一度光が当らないものかと思う。

2015.9/23