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すなおになれば

1988年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
シングル「すなおになれば」/アルバム「MUCH BETTER」

ロングバケーションと永遠の難題

 「拓郎のお葬式」とまで揶揄された85年の「つま恋」から約3年。世間の表面から消えていた拓郎は、この「すなおになれば」をひっさげて活動を再開した。 このゆったりとした重たい曲調は、フォークでもロックンロールでもなく、何なのだろう・・まるで巨像が起き上がってゆっくり歩き始めるかのようだ。しばし戸惑ったのを憶えている。
 しかも初のテレビCM出演も含めた「サッポロ★ドライ」との完全タイアップという「仕掛け」にファンは驚いたものだ。当時、世間では「ドライ戦争」といわれたビール商戦。その過熱する渦中に拓郎が打って出るということで、そらぁもうファンも箱買いしたりして大変だった。
 2年ぶりに現れた拓郎は、短めのカーリーヘアーに、アルマーニのスーツ姿で、コンピュータ打込みを使いこなし、そしてライブでは「スタンディングしないで座って聴きなさい」と客を制したり・・・と妙に丸いおじさんになっていた。そこにあったのは「おだやかで成熟した大人」へのイメチェン戦略だったようだ。
 しかしこういう慣れない仕掛けやイメージ戦略はうまくいかない。なんたって「サッポロ★ドライ」は妙に水っぽく不味かったし (個人の感想です)、CMは何かパっとしなくて三か月で広岡達朗に乗っ取られてしまった。そして拓郎本人も、ほどなくライブでスタンディングしないで座っている客に怒りだした(笑)。
 残念なイメチェン戦略。もともとプロモーションや商売の仕掛けが嫌いな拓郎が、このイメチェンな仕掛け乗っかったのは、いつまでたっても「カリスマ」と崇められる窮屈さ、「落陽やれぇ!朝までやれぇ!」という「約束された熱狂」を求める観客らから逃れるためだったのではないかと思う。
 いずれにしても不完全燃焼に終わったタイアップのおかげで、音楽作品としてのこの作品は随分と損をしてまったようだ。この作品には、つま恋後の沈黙の3年間年間が凝縮されている。いつどのようにして出来上がったかはわからないが、沈黙の期間にゆっくり熟成された想いが、何度も推敲を重ねて創り上げられた盤石感がある。それがつまりは「Much Bbetter」、もっと自由に、もっと自分らしく、もっと幸せにというテーマだったのではないかと思う。
 音楽家としての原点に戻り静かに「再スタート」したいという決意が覗く。例えば「I love you more than I can say」は、拓郎が音楽に目覚めた原点でもあるオールディーズである「星影のバラード」からの引用だった。
 しかし「もっともっと自分らしく」と切に歌いあげるが、世間の思う拓郎、一人の男としての拓郎、音楽家としての拓郎、カリスマ・スターとしての拓郎・・・いろんな虚実がもつれあってしまっている拓郎には、この「自分らしく」こそが永遠の難題のように見える。 それでも、いろいろな矛盾や悩みや疲労感を抱えながらそれでも静かに立ち上がっていく人間の歌。「扉を開けたまま夢を待ちわびる 人生はそこから出るときに動き出す」・・・御大の雌伏の時間と熟成を思って、身体をゆっくり揺らしながら味わおう。
 というわけで、この時のタイアップのイメージから解放されるようなライブ演奏をしちゃもらえないか。ビッグバンドがうってつけだったと思うのだが。

2015.11/21