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サマータイムブルースが聴こえる

1981年
作詞 松本隆 作曲 吉田拓郎
シングル「サマータイムブルースが聴こえる」/アルバム「王様達のハイキング IN BUDOKAN」/アルバム「豊かなる一日」/アルバム「AGAIN」/DVD「82 日本武道館コンサート 王様達のハイキング」/DVD「吉田拓郎 101st Live 02.10.30」

美しきギターケース姿よ永遠に

 この作品が好きだと言うファンは数多いが、なんつっても誰よりこの作品を一番好きなのは吉田拓郎本人ではないかと思う。発表当初から本人自らが大絶賛だった。
 決定的だったのは病気復帰後の2003年の瀬尾ビッグバンドの初ツアー、その昼夜二公演の大阪昼の陣でのこと。拓郎が歌いながら万感の思いに声を詰まらせたことは記憶に新しい。本人によれば、特に「ギターケース抱えて歩いたよ」のところが最高のツボらしい。おそらく青春の夏の光景と情感が拓郎の心の中に豊かに広がりはじめる・・・そんなスイッチなのだと思う。
 ギターケースといえば、ギターケースを抱えた姿がこれほどまでに美しいミュージシャンは、吉田拓郎しかいない。これは断言する。少し背をかがめ痩せた体躯とジーンズでギターケースを抱えて歩くシルエットはまさに一幅の絵のようだ。広島修道大学の歌碑にこの姿が焼き付けられているのには感動した。さすが広島である。
 さてこの作品が最初に発表されたのは1981年の体育館シリーズ、つまりはライブで初発表された。ライブ73のように、最初に観客にライブで聴かせ、後にレコーディングするというパターンだ。
 拓郎はまるで恋に落ちたようにこの楽曲に惚れ込み、勝負シングルとしてライブ終了後速攻でレコーディングされた。ライブ先行だったので「この歓声の中から生まれた曲がある」というのが当時のラジオCMのコピーだった。その時にシングル仕様ということで、ライブで発表された詞のサイズを短くし、売れ線を狙って再構成したのだった。
 なのでライブとシングルでは詞と構成がかなり異なる。残念ながらこの勝負シングルは、あまり売れずに営業的には失敗となった(81年秋ツアーのキャンセルがファンらをトホホ状態に追い込んだためではないかと推測してるが)。「Tシャツの背中に」書かれた口紅の文字が“バカ”だったことも、このシングルの詞で明らかにされる。ただ明らかにする必要があったのかという意見もあり、全体にシングルの詞はあざとい感じがする。そのせいか拓郎はその後、ライブ初演当初の詞に戻して歌い続けている。ところで松本隆は「Tシャツ+口紅」のプロットを大瀧詠一作曲で鈴木雅之に提供し大ヒットした。・・・面白くねぇな。
 ともかく若き日真夏の叙景は、拓郎というフィルターを通じて、ファンそれぞれが共有することになった。編曲は松任谷正隆による今のところ最後のアレンジである。アレンジの核心は何と言っても間奏のピアノだ。「AGAIN」ではギターだったが、直後のライブではピアノに戻っていた。やっぱあらゆる意味でピアノ。メロディーが語るようなリリカルなピアノの間奏が秀逸た。但し、このピアノのメロディーは、アレンジャーの松任谷正隆ではなく、吉田拓郎ご本人が作曲し、その後、王様バンドなどでブラッシュアップされていく。ステージでは「エルトン永田のビアノをフィーチャーして」とよく拓郎が紹介するが、確かに間奏はそれが定番。まるで間奏だけで一個の独立した楽曲のように素晴らしい。おそらく各家庭で風に吹き上げられた埃の中にある「タクロニクル」を久々に出してきて、このインストゥルメンタルを聴きながら、美しいギターケース姿を再確認するのも一興である。

2015.10/10