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すぅいーと るーむ ばらっど

1982年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「マラソン」

愛と哀しみの不良中年のバラード

 六連符のバラードは拓郎には意外と少ない。この作品は、拓郎がバラードも見事に歌いこなすことができるという証拠でもある。なんといっても王様バンドの絶頂期である1983年のアルバム「マラソン」。膨大な数の1982年のツアーを通して歌い込んだボーカルに、練りに練り込んだ熟成のバンド。拓郎が「保険を掛けたい」とまで言った歌と演奏である。艶と脂がのりきった極上のバラードを聴かせてくれる。
 同時に翌年に離婚に至る拓郎にとっては、愛と苦悩の不良中年というスキャンダラスな香りがぷんぷん漂っていた。拓郎が「自堕落」という言葉を好んで使っていたのもこの頃だ。「酒と女と僕はデタラメに生きています。真面目な生きるのなんてつまらない。」という83年の武道館のMCを松本隆が拾っているとおりだ(詩集「BANKARA」カバーより)。
 この歌にも、アバンチュールな女性を求めてさ迷い歩き、行く場所もなく夜の街を放浪する姿が描かれる。ベッドの横の女性に「目を覚ませよ、おまえとの愛は午前3時にもう終わってるのさ」と語りかけるヒール(悪役)な歌詞。こんな歌は、間違っても、小椋佳や南こうせつには歌えまい。歌えればエライのかという問題も大いにあるが。
 その反面で「逃げ出したい何もから」「逃げ出せない 力が湧かない」と拓郎にしては随分と弱気なフレーズが気を引く。パワフルなステージと豪快な酒池肉林の日々に身をやつしているようでありながら、苦悩し疲弊している拓郎の姿が覗く。「俺は今すべてに飽きている」というのもこの頃の口癖だった。「胸の奥で ずっと奥で ホントの俺が泣いている」・・拓郎のバラードはいつも狂おしいほどの哀しみに満ちているのも特徴だ。
 こういうデカダンな拓郎が好きか嫌いかは別れるところだ。こんな拓郎は聴きたくないという意見もあったし、自分も当時はそうだった。やがて時が経ち、種類や程度こそ違え、こういうどん底の哀しみの夜があることもオトナになって経験する。そして、この歌がやけに胸揺さぶられる時間を思い知る。こういう来たるべき日のために、狂おしく歌う拓郎のボーカルと重厚な演奏を記録しておいてくれたことに感謝するのだ。もちろん、拓郎はそんなこと考えちゃいまいが。

2015.5/10