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空に満月、旅心

2007年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「歩道橋の上で」

日常という名の大平原をゆく

 「歩道橋の上で」のドキュメントDVDには、この曲のレコーディングの様子が映像に残されている。拓郎がこの曲のデモテープをミュージシャンに聴かせる。「大平原を旅する感じで」という拓郎の注文にミュージシャンらが耳を澄ます。その絵が実にイイ。子どもの頃、誰かが凄いコレクションだの図鑑だの持ってきて、それをみんなで取り巻いて、すげーと息を呑んでいるあの感じだ。
 囲むミュージシャンは、石川鷹彦、エルトン永田、島村英二、徳武弘文・・・うう、このメンバー・・これは「ローリング30」の箱根ロックウェル伝説の担い手たちではないか。あのミュージシャンたちが、ローリング30から30年経って、また拓郎と作品を作っているとは、なんと感慨深いことよ。
 イントロから始まって、最後に至るまでこの曲から滲み出る、おだやかさは何だろう。いい温度の温泉につかっているような気持ちよさ。これが円熟というものなのか。しかし、自然に丸くなると言うより、宮大工たちが、堅牢で尖った柱を丹念に削って擦って、美しい丸味を出した、そんな丹精をこめた、おだやかさという気がする。
 岡本おさみの詞は、ところどころ居酒屋おやじの宴会臭のような危うさはあるが、「空に満月」の鮮やかなフレーズが詞全体を救う。「SORA」がエネルギー全開で荒んだ街をさまよう男がふと見上げた空のイメージならば、こちらは程よく枯れて、ゴキゲンで居酒屋から出来て見上げた月夜の空・・そんな感じだろうか。岡本おさみ・拓郎のコンビで昔、井上順に提供した作品「風の中」の「ふと見上げれば月も今宵は何だかいいネ、何だかいいネ」のフレーズが思い浮かぶ。とても心地よい。
 岡本おさみによれば、旅行に行かなくとも、日常を生きることそれ自体が、大きな旅であるというテーマで書かれたという。それに対してさらに拓郎が「大平原を旅する」感じのメロディーと演奏を組み合わせる。奇しくもこの作品の発表は「コンサートツアー」が断念された時期と一致する。おかげで正規アルバムとはならないという不運をかってしまった。しかしコンサートツアーという旅はなくても、拓郎の歌の旅はまだまだ続くのだ・・・そう勝手に読み込んで聴き入ろう。

2015.9/23