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その人は坂を降りて

1989年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「ひまわり」

長い長い坂を降りて前をみてごらん

 アルバム「ひまわり」は拓郎のアルバムの中で最も難解なアルバムだと思う。全編コンピューター打込みの無機質感、全8曲しかも新曲は7曲だけという手薄感、「神」とか「いけない煙草」が出てくる違和感、全体に影を落とす重たい陰鬱感、そして宣伝しているのがダンカン・・ってツマンねーよ。しかしトホホなアルバムと決めつけてしまう自信は私にはない。文句を言いつつ、いつかこのアルバムに救われる日が来るかもしれない。・・・それも自信ないが。
 で、この作品はアルバムの中で数少ない「陽性」のサウンドだ。確信はもてないがこれドラムは島村英二だよね。ビートに人肌の柔らかさがある。 「陽性」といえば、この作品がライブ演奏された東京ドームのライブのMCで「僕は今、上昇志向にあるので、諸君も上昇志向でいてください。そうすればまたいつか会えます・・・」と語った。何かといえば「飽きた」「疲れた」が口癖だった当時の拓郎から、「上昇志向」という清々しい言葉が出てきたことに驚いたものだった。その気分がわかりやすく覗くのが、この「その人は坂を降りて」だ。難解なアルバム「ひまわり」の中で唯一清々しい空気がある。
 「降りる」と上昇志向の「昇る」は一見すると正反対だが実は通底していると思う。若さの幻影から自由になろうというテーマ。いたずらに上を観て、登ろう登ろうと自分を束縛することからの解放。歳をとることのやわらかな受容とでも言うのだろうか。精神医学者の中井久夫さんは、治るということは山を降っていくことに似ていると言う。別に御大が病だということではない。人がより自由になるということだ。
 「なだらかな坂道を降りていく 二度と戻っては来ないだろう」特に若くして坂を頂点に昇りつめ、降りることを許されなかった拓郎の姿も重なる。実に明るいメロディーと曲調で歌われる。悲壮感も寂しさもなく実に清々しく「降りていく」。そこに大きな意味での上昇があるのだろう。 「何かを悔やむより消え去った夢さえも愛してやればいい。」なんとも爽やかだ。
 この作品のライブでの模様は、当時田家さんのFMの番組で流された。会場の音響ではわからなかったが、鎌田清のスコンスコンというドラムが心地よく生演奏の暖かさがとても良かった。島村英二に鎌田清、やっぱりドラムは生音ばい。

2016.11/13