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さらば

1978年
作詞 阿久悠 作曲 吉田拓郎  歌 清水健太郎
シングル「さらば」

前略 傷だらけの名曲たち

 失恋レストランの大ヒットや健太郎カットというファッションブームで一世を風靡した清水健太郎への提供曲である。1978年9月発売だがそこにたどり着くまでには苦難の歴史がある。
 1975年ころ、作詞藤公之介、作曲吉田拓郎のコンビで「うるわしのかんばせ」という作品がショーケンこと萩原健一に提供される予定だった。しかしレコーディング直前に拓郎のメロディーだけがお蔵入りしてしまう。残った詞に作曲家森田公一がメロディーをつけて、萩原健一が歌った「美わしのかんばせ」は、アルバム「惚れた」の収録曲として世に出た。拓郎のメロディーだけがお蔵入りした理由は、後年2013年のオールナイトニッポンで拓郎が明かしたところによれば、ショーケンと酒を飲んで喧嘩して拓郎が「それじゃ歌わなくていい」とメロディーを引き上げたということだった。このアルバムでは松本隆と拓郎の共作も予定されていたらしく、松本隆も「楽しみにしていたけど『ごめん、昨夜ショーケンと殴り合いのけんかをしてアノ話はなくなった』と電話があった」と述懐している。喧嘩の原因は不明ではあるがサモアリナン。当時の二人の暴れん坊な人品骨柄からすれば対決は宿命むしろ自然な流れだったのではないかという気さえする。その後、拓郎は当時のオールナイトニッポンで拓郎が本人歌唱している「うるわしのかんばせ」のデモテープを聴かせてくれたが、これが幻の作品の唯一の貴重な音源となった。

    君うるわしの かんばせを
    わが枕辺に 近づけて
    熱き唇 重ねよや
    時うつろいて 過ぎぬまに
    花紅に 萌ゆるとき
    いまひたすらの 愛の中

 哀愁に満ちて心に染み入るようなメロディーと文語調の艶やかな詩の世界が静かに溶け合う傑作であるのに残念至極である。

 やがて時は流れ1978年、このお蔵入りしていた拓郎のメロディーに作詞家阿久悠が別の詞をつけ「さらば」という作品として転生し、その清水健太郎に提供されたのだった。このようにお蔵入りとお蔵出しの年月を経てようやく陽の目を見たのがこの作品である。清水健太郎は、当時人気スターだったのでチャートインも果たした。それにかつての原詩とは異なるが阿久悠の詞もまた秀逸だった。

    我をはればまた傷がふえ
    身をひけば見る夢もなく
    
 身の置きどころのないような男の哀しみが切々と綴られる。原詩に勝るとも劣らず阿久悠の詩世界がドラマチックに魅せてくれる。阿久悠・吉田拓郎・清水健太郎この三人の素晴らしき拠りあい。
   陽が落ちれば 酒恋し
   酒飲めば また人恋し
   色褪せた春の 亡きがら
   抱きしめて一人眠れば
   紅い花の夢を見る
   あの人は今幸せか
   あの人は今幸せか
 わけても清水健太郎のボーカルがもう抜群である。うまい。彼の声と歌いまわしには、そこはかとない悲しみと痛みがにじみ出ていて心に深くしみいってくる。身体ごと哀愁である。いいじゃないか。それはB面か。惜しむらくは、当時出演中だった「ムー一族」の挿入歌に採用してほしかった。毎週の逃避行のシーンにピッタリとハマるのに。
 これでスタンダードとして世に残るだろう、と喜んだのも束の間、今度はあろうことか歌手ご本人が”お蔵入り”という前代未聞の事態になってしまったのだった。悲しみは追いつかない。それから激動の幾星霜を経た今、清水健太郎は音楽活動を続けておられる。果たしてこの作品は歌われているのだろうか。あの歌は今しあわせか。歳月を経た今こそ、もしかしたら彼が歌うこの歌はもの凄く胸を打つのではないかと勝手に想像したりする。いずれにしてもこの作品は数奇な運命に翻弄されながらも歴史の片隅に静かに生きている。

 それからさらに月日は流れ1995年ころだったと思う。ユーミンのオールナイトニッポンで草野マサムネがゲストの時だった。"少年の頃に出会った忘れられないメロディー"というコーナーがあって、草野君は突然この「さらば」を挙げたのだった。
 哀愁を見事に表現したメロディーと歌声が鮮烈に心に残っていると絶賛していた。ユーミンも「ああ、拓郎さんの曲なんだねぇ」と応じくれて、聴いてる私も心の底から嬉しかった。この作品のな長い不遇の歴史を思うと暗い雲の切れ間から光が一条刺したかのようだった。これに限らず、草野君は、拓郎のメロディーを高く評価していていろいろなところで応援してくれる感心な青年だ。彼が名曲「思い出に変わるまで」は♪春だったね にインスパイアされて作ったと公言しているのも有名な話だ。深謝したい。

 ゆくあてのない名曲とはまさにこの作品のことである。いつまでも胸に刻んでおきたい。決して崖っぷちに追いやってはならない。  

2016.11/23
2020.5/23 改稿