サマルカンド・ブルー
作詞 安井かずみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「サマルカンド・ブルー」
空の青より青い悲しみに
加藤和彦と安井かずみは、ボーカリスト吉田拓郎はダイヤモンドの原石であると確信して、86年春に、嫌がる拓郎を無理無理ニューヨークに連れ出し、アルバム制作を敢行した。これぞアルバム「サマルカンド・ブルー」。前年の85年のつま恋で燃焼しつくした拓郎は、第一線から身を引きまるで隠居様のようだったという。
拓郎ファンにとってはこのアルバムは加藤和彦と安井かずみに全てを委ねたアウェーのようなアルバムなイメージがある。しかし作詞こそ全作安井かずみだが、曲は7曲が拓郎で加藤和彦は3曲だけだ。まごうかたなき拓郎の作品である。
安井かずみは、拓郎に「あなたは最後のライオンなの。吠えて。」と焚き付けたという。特にこの作品の歌い方には賛否がわかれる。迫力のボーカルというプラス評価と、まるで森進一のモノマネのようで作為的すぎるというマイナス評価。拓郎絶賛の雑誌「シンプジャーナル」でさえ、当時は「なんだこりゃぁ」とトホホな雄叫びが上がったほどであり、マイナス評価の方が強いのかもしれない。
現場では、歌入れの時、安井かずみが「フォークソングじゃないんだから 本気で歌って」「わかったやってみる」と言った瞬間に拓郎のボーカルがガラリと変わってこの歌声になったそうだ。「その瞬間に男を感じた」と安井かずみは語る。原曲とは全く違う作品になったと加藤和彦も語っていた。
2012年に婦人画報のインタビュー(後に島崎今日子「安井かずみがいた時代」として上梓)で、拓郎は安井かずみへの深い敬愛語りながら同時に、この時のことを厳しく振り返っている。
「雄々しくやったつもりだけれど・・・彼女が持っていたセンス、僕へのリクエストは一昔前のものでした。それに彼女が気づいていない・・・」
このインタビューは、安井かずみを姉のように慕いながら、その衰えと哀しみを見つめる拓郎の深いやさしさが溢れる出色のインタビューだと思う。この歌は、原曲どおり拓郎がナチュラルなボーカルで歌ったらどうだったのだろう。そのほうが安井かずみの詞が生きたのではないかと思ったりもする。
その答えにはならないけれど、この作品はリタ・クーリッジがあの美声でカバーしている。これを聴くと拓郎の荒っぽい声に隠れてしまいがちだが、美しい光景とその哀しみを湛えた繊維な作品であることがよくわかる。
シルクロードの終点にいる恋人に会うためにサマルカンドを目指すキャラバンを念頭に描いたドラマ。「拓郎、あなたは興味ないかもしれないけれど、これ以上の青はこの世にはないのよ」と語った安井かずみを思い浮かべて聴きなおしたい。御大よ、どうか捨てないでほしい。
2015.10/10