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流星

1979年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
シングル「流星」/アルバム「TAKURO TOUR 1979」/アルバム「LIFE」/アルバム「月夜のカヌー」/DVD「吉田拓郎 101st Live」

79年もののワインを抱いて星を数える旅路

 エルトン永田の天から降ってくるようなピアノのオープニングから、鈴木茂の切ないギターフレーズを経て、レイチャールズを意識した御大のなだれこむようなボーカルでしめくくられるエンディングまでの至福の4分31秒。今やファン投票をすれば必ず上位にランクインする名曲にして代表曲であることは誰も否定しないだろう。この作品を支えに生きているというファンの方に何人もお会いしたほどの名曲だ。
 79年5月、社長業のブランクを超えてハードなコンサートツアーと篠島オールナイトイベントに挑む直前に発表されたシングル盤。TBSドラマ「男なら」の主題歌にもなった。しかし発表時のラジオで御大は意外にも
「今の僕がつくる歌はこういう感じなんです。これが今の流行りとマッチするかは自分でもかなり疑問を持っていて・・・」
という消極的な発言に驚かされた。「これじゃプロモーションにならないけど・・」と自分でツッコミもいれていた。その言葉のごとく、セールス的にはオリコン最高位54位という記録に終わり、篠島を最後にその後にライブ演奏されることもないまま眠りについた。再びステージで演奏されたのは。それから20年も経った1999年の「20世紀打ち上げパーティー」ツアー。名曲でありながらかくも長き不遇の中にあったことは謎といえば謎だ。

 謎の答えらしきものは、2012年になって、御大がラジオでこの作品の出自を語ったときに見つかった。発表当時、33歳になった御大は、その年齢を痛感し「老成」してしまった自分自身を歌ったものだと明かした。もはや若者ではない「大人」になった自分がどのように音楽に取り組めばいいのかという苦悶の中にあったことを告白してくれた。まさに「早送りのビデオ」の如く通常人の何十年分もの濃密な20代を経た御大は、老成という名の疲弊の中にいたようだ。そのうえに社長業に忙殺されていたブランクを超えての音楽界への復帰にも戸惑いがあったのかもしれない。
 例えば、若い少女に「大人として」どう対峙すべきか、少女が何を考えているかもわからない、そして自分自身のこともわからなくなってしまった孤独感と孤立感。だからこそ君の欲しいものは何ですかと問いかけ、自分自身にも本当の自分は何が好きだったのかを問いかけたという。
 老成し迷う男の孤独な問いかけ。発表時の御大の「流行にマッチしない」という消極的な発言の謎が少し解けた気がする。もちろん当時はそんな御大の心境は知る由もない。老成した問いかけの言葉は、御大の予想通り世間の流行モードや若く燃え立つファンにも、ダイレクトには飛び込んでこなかったのかもしれない。自分も「いい曲だけど地味」そんな風に思っていた気がする。そして御大自身もこの老成しすぎた問いかけを静かに封印してしまおうと思っていたのではないか。

 しかし、やがて聴き手たちも年齢を重ねることで、それぞれの環境で孤独と孤立の中に迷い、さまよえる状況に身を置くことになる。かつての御大の心境と境涯に追いついていく。そうなると「間違っていても正直だった悲しさ」「さりげない日々につまづく」「心を忘れただけでつまはじき」という御大の身を削るようなフレーズが、わが身に染みてくるようになる。「静けさという強さ」を思い知り、とりたてて幸せでもなく、しかし不幸の淵にも沈まずに、旅をつづけることを、かつて御大が静かに歌いかけてくれていたことに気づくのだった。
 聴き手が、老成した御大の境涯に近づくにつれ、この歌の本当のチカラを思い知り、声なき称賛の声が広がりはじめる。そこには、武田鉄矢や爆笑問題大田光などの有名人による宣揚という援軍もあった。そして折しも普及し始めたインターネットで「声なき声」が「かたちあるもの」として現れ、その結果この作品の封印が説かれたのだと思う。まさに20年間寝かされて熟成した79年ものの上等なワインのようなものである。

 ファン内外を問わず称賛の輪はひろがりつつあり、2003年のセルフカバーや数々のライブバージョンが生まれている。特に、この歌に宿るエッセンスを抽出して煌く結晶として見せてくれた手島葵の美しすぎるカバーは白眉である。
 それでも、やはりオリジナルこそ決定版ではないか。どこか天空の別世界にいるようなベールのかかったような演奏。一歩一歩を確かめるようにたどるAメロから「確かなものなど何もなく」と情感が高まっていく絶唱、そして力強くも繊細な「君の欲しいものは何ですか」の問いかけ。そして最後の「僕の欲しかったものは何ですかぁぁぁ」の岩石落としのような収束をみせる出色のボーカル。御大本人が老成していたのと同じように、すでに歌唱もサウンドも一番最初の時点で既に成熟し完成の域に達していたと思う。
 とはいえライブバージョンも素晴らしい。シンプル感の漂うTOUR79バージョンは、鈴木茂の間奏の時に、御大が後ろを向いて聴き入り、ぷりてぃなお尻を見せてくれるとラジオで話題にもなった。円熟のビッグバンドバージョンはそのスケールメリットを活かした重厚感と透明感が胸に押し寄せてくるように響いて来る。

 たぶんこの作品は、ゆっくりと日本のスタンダードへの道を歩んでいるに違いない。厳しいこの世の極北にいる私たちではあるが、この79年モノの極上のワインを抱いて、ともに星を数える旅を続けよう。

2016.6/11

 その旅の途中である2016年のコンサートツアーでは、本編最後を飾るナンバーとして歌われた。初日市川、フォーラム一日目そして最終日横浜公演では、最後のシャウトのところで感極まってしまうシーンがあった。奥ゆかしい気配りの人である御大は、それを武部聡志の構成の勝利とかファンの心の歌声が聴こえたからと謙遜するが、そんなことではあるまい。おそらくは、こうして70歳をものともしないライブを見事に完遂し、音楽との素晴らしい結縁をなし得たことから溢れ出た随喜の涙だと思う。ミュージシャンやファンに気を遣うことはない。すべては作品を作りライブをなしえた御大、あなたの孤高の実力だ。そんな御大こそが魅力的なのだ。

2016.11/24