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ルームライト

1973年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「ぷらいべえと」

その日まで何度でも薬屋の角を曲がろう

 1973年3月に由紀さおりに提供された作品。ファンにとってはあの忌まわしい事件を連想させられたり「事件がなければもっと売れたはずだ」という御大の無念な言葉も浮かんでくる。しかしそれでも、例えばとんねるずの石橋貴明が、LOVE2に出演したとき「この作品が大好きだったんだけど拓郎さんの曲だったんですね」と感激していた様子や,自分の周りでも御大作曲とは知らずにこの作品が好きだと語る人は多い。十分に名曲として世間に認知されていたことが窺えて嬉しい。
 73年といえば、既に御大は大スターだったし提供曲などもチラホラあったものの、事実上この作品が初めて「日本の歌謡曲の世界」が「作曲家吉田拓郎」と正式に出会ったファーストコンタクトだったのではないかと思う。美しくソフィスティケートされた御大のメロディーが映える。
 由紀さおりは、最初に御大のデモテープを譜面に起してもらったところ、あまりの難解さに途方に暮れたらしい。あらためて御大のデモテープを聴きこむことでこの作品を体得したという。音符には収まりきらない、音符が揺れるメロディーというものを初めて体験したと述懐していた。これはひとり由紀さんの経験だけではなく、日本の歌謡界が新しいメロディを迎えたその時の驚きと戸惑いそのものなのだと思う。アレンジは既に御大と昵懇になっていた木田高介。管の美しいアレンジが素敵だ。このアレンジンは歌謡曲と新しい未知の音楽を結びつける橋渡しの役割を果たしているような気がしてならない。
 切ない心の逡巡を描いた岡本おさみの詞世界がまた秀逸だ。車中の二人は許されざる愛の二人なのだろうか。ささやかな室内灯を頼りにするようなはかなさが胸にしみる。ちょうど中島みゆきの名曲「霧に走る」を思い出す。深夜、報われそうにない思いを秘め、霧の中で車に揺られる女性の思いとどこか重なる。「霧に走る」は中島みゆきの「ルームライト」であり、「ルームライト」は吉田拓郎の「霧に走る」なのかもしれない。
 御大は1977年アルバム「ぷらいべえと」でシンプルなアコースティックサウンドで本人歌唱を披歴した。このバージョンも魅力的だが、その2年前のつま恋では瀬尾一三オーケストラをバックにソウル歌謡とでもいうべきゴージャスなサウンドで演奏されたこともあった。歌謡曲との歴史的結縁ということを考えると歌謡的なサウンドでこそ一層に映えるという気もする。
 そう考えると残された謎は「今はまだ人生を語らず」のお蔵入りしたバージョンだ。どんなだったんだろう。ああ、聴きてぇ。何度でも繰り返し言うぞ、どこのお蔵に仕舞ってあるんだ、ソニー。こりゃもう「文化財」なんだからすぐに開示せよ。

2016.6/26