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リンゴ

1972年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「元気です」

リンゴは何にも言わないけれど

 リンゴを通して描かれる若き二人のささやかな幸せ。そこにフラッシュバックのようにインサートするかつての喫茶店のすさんだ光景とのコントラストが、暮らし始めた二人の幸せを輝かせる。この二人は日照りの喫茶店で勇気をふり絞って告白した「夕立ち」の二人なのか。岡本さんがモデルなのだろうか。
 そんな陽だまりのような詞世界にもかかわらず、扇情的なメロディーと演奏とがドライブをかける。おかげで作品は緊張感に満ち、まるで鋭利な刃物のようだ。名盤「元気です」に収録された石川鷹彦の手になるオリジナルは時代を超えて聴く者を唸らせる。もはや無形文化財といってよい。心の底を這い回るようなブルースが息づいている。アコースティックギターマガジンの石川さんの解説がこのサウンドを説明している。

「拓郎が加藤和彦さんから譲り受けたギブソンJ-45。これは弦高が低いうえに逆ぞりぎみのネック。コレを半音にして、サムピックとフィンガーピックで叩きつけてから、コンプを掛けている。更にリズムをミュート気味で弾いているものをもう一本のギターをかぶせていて、ベースは最後にかぶせた」

 面目ないが技術的な意味はよくわからん。しかしギターや音楽わかんなくても、職人が匠の技を、技術者が精緻なメカニックを、料理人が極上のレシピを語るときのような神々しさが伝わってくる。素人にも行間から滲み出る素晴らしさが届いてくる。加藤和彦が御大に託した名器、そして石川鷹彦の神業が、御大の才能を両脇から支えてこの作品は生まれたのだ。
 そう考えると85年のつま恋で、御大と加藤和彦と石川鷹彦の三人が、アコースティックに演奏した「リンゴ」を思い出す。御大を真ん中に、ギター抱いてつま弾く石川さん、パイプ椅子に片膝にギターを乗せている長身の加藤和彦このスリーショットは、楽器提供者、演奏者、歌唱者の三人という意味深いものだったことが今更ながらわかる。なんか万感胸に染みて、額に入れて飾っておきたいよう一場面だ。
 そして、ライブでの弾き語りでは、どこまでも戦闘的で重厚長大な勝負曲として君臨しつづけてきた。波状的に畳み掛けてくるような御大のギター、そして間奏で時に語り、叫び、悲鳴を上げるような扇情的なブルースハープの神業は永遠に続くのではないかと思わせる。御大の弾き語り力の象徴となる一曲だ。
 「同棲」の詞を浅読みして、四畳半フォークと決めつけ土俵の外に放り出し、したり顔でいう先生諸兄と有象無象。この作品を足蹴に出来るような、これ以上のロックとブルースがあれば見せていただきたい。ロックやブルースを自認する方々にこの詞とギター一本渡して、これ以上のものができるならやってみなと言いたい。このドライブ感は既にフォークやロックをとうに越えてしまっている。
   とあるライブで生ギターを抱えた宮下文一氏とドラムス島村英二さんと二人で演奏したのをつい最近観ることができた。宮下さんは弾語りだとフォークソングになってしまう。だから島村さんのドラムのチカラが必要だったと語った。さすがに二人にはこの作品の深奥がしっかりと見えている。世の多くの人々が「フォークソング」と類別しているこの作品の中に息づいている「音楽のチカラ」を見抜く、そういうセンスのある人々が私たち拓郎ファンだ。リンゴをただ観ている人もいれば、そこで引力の法則に気づく人もいるのと同じなのだ(笑)。うわー盛り上がって来たぞ。
 ライブでのバンド演奏はおそらく1988年のSATETOを皮切りに、武部・吉田建バンド、瀬尾一三ビッグバンドなどでも演奏された。オリジナルと弾き語りバージョンとの間に、違和感も断絶感もない。その本質がロックやブルースの結晶体なので当然バンド演奏でも美しく映える。

 2002年の「Oldies」のカバーは、なんといっても鳥山雄司のギターの素晴らしさと独特のフレーズが冴える。ご本人にはそんなつもりはなかったのだろうが石川鷹彦に挑む鳥山雄司という絵が勝手に浮かぶ。しかし競うのではなく、鳥山雄司のギターはリンゴを巡る二人の情景をはるかな歳月を経た遠くから眺めているかのようで、原曲とはまた違った情感に胸がうずく。御大のボーカルにも成熟した美しさがあってこれはこれで貴重なバージョンだ。

 そういえばリンゴ農家の方が、この詞を分析して品種を考察するサイトがあって唸らされた。国光、紅玉、デリシャスあたりらしい。素晴らしい考察だ。この作品の奥行の深さを物語っている。
 余計な事だが、御大は食べものの「リンゴ」が苦手らしい。皮をむく音、歯ごたえがどうも・・とエッセイに書いておった。おいおいとも思ったが関係ない。万有引力を発見したニュートンがリンゴが好きだったかどうか、この偉大な発見の前にはどうでもいいのと同じだ(笑)。ただ「リンゴ」を歌っているからリンゴ好きに違いないと例えば中元進物に御大に「リンゴ」を贈るのは気を付けた方がいい。なんの話だ。

2016.6/26