uramado-top

楽園

1989年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「ひまわり」/DVD「TAKURO YOSHIDA IN BIG EGG」

楽園という名のいけないスモーク・マジック

 この作品もアルバム「ひまわり」を難解なものとしている一因だと思う。南の島を舞台にした「楽園」でありながら「KAHALA」「無人島で」のような南国のときめきや爽快感はゼロだ。それでは、このアルバムに出てくる「神」「天使」の敬虔なる「天国」という意味での「楽園」かと思うとそれも違うようだ。「名前も知らない女とひとつ いけないスモークまわしてみよう」って神様に怒られそうな歌詞だ。盗んだバイクで走り出すのと並んでJ-POPの二大いけない歌なのではないか。
 傷ついてやさぐれた男が、ボロボロになって流れ着いた島・・とでもいうような退廃したデカダンスな雰囲気が作品全体を覆っている気がしてならない。「昔のことを聞くヤツが多いから 忘れることに決めちまったのさ」という歌詞から漂うウンザリ感。それは申し訳なかったな御大。
 疲労困憊した男のつぶやき「払った犠牲の大きさなんかで期待をしすぎた人間なんだ」「男が女にできることがあれば 退屈と一緒に暮らしてないよ」が特に胸に刺さる。長い旅路で消耗してしまった孤独な男の失意の空気が漂っているかのようだ。
 ボーカルは、レコーディングの時にあえてギターを抱えて座って歌うなど、かなりデリケートな歌入れをしたことが語られている。したがって意図的に丹念にこしらえたボーカルなのだろう。
 「今日で10日もいるなんて」というフレーズが繰り返される。サビのフレーズとしては、あまりに空疎で無内容ではないかという意見もある。私らにもわからない深い意味があるのか、それともほんとに空疎なのか、たぶんどちらかだ(笑)
 もともと御大はハワイが大好きといいながら一週間すると帰りたくなるとも言っていた。そういう習性から察するに、10日もいてしまうという状況は、どれだけ御大が疲弊しているかというフラグとなる表現ではないかと思ったりする。
 そして、最後のしめくくりのサックスは、漂いながら地の底にどこまでも落ちていくような寂寥感がある。ともかく不思議な雰囲気を身にまとった作品である。
 ライブではただ一度、89年の東京ドームをオーラスとするコンサートツアーで演奏され、そのビデオの一曲目を飾っている。原曲とは多少雰囲気が違って鎌田清のキパっとしたビートにのって、原曲よりも陰影なく毅然と歌われる。その分退廃的な色影は薄くなっているが、それがかえって、この作品が何なのかを一層わからなくしている。とりあえず謎は謎のままペンディングで「楽園」の観察を続行しよう。

2016.6/11