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伽草子

1973年
作詞 白石ありす 作曲 吉田拓郎
シングル「伽草子」/アルバム「伽草子」/アルバム「TAKURO TOUR 1979」/アルバム「みんな大好き」/アルバム「18時開演」

スリーコードの魔術師降臨

 なんとシンプルで美しいメロディーなのだろう。かつてユーミンが、三つのコードだけでよくこれだけの曲が書けるものだと感嘆していたのを思い出す。この美しく優しいメロディーが、文字通りお伽話の絵本のような詞と相俟って抒情的な世界を作りだしている。その世界を大切にそっと包み込むようなアレンジと演奏がまた素晴らしい。拓郎が「柳田ヒロの愛に満ちた演奏」と評していたのはこのことなのだろうと思う。このオルガンの美しさといったらない。この曲の上品な質感は、例えばお菓子の詰め合わせの中で、ひとつだけ銀紙で丁寧に包装されて真ん中に鎮座する高級菓子のような感じだ。
 アルバム「伽草子」では、一曲目の「からっ風のブルース」の妖艶でサイケな喧噪が突然ビタリと止んで、一瞬の静寂の後に、このイントロが静かに流れる。この繋がりも絶妙でたまらない。瞬間に別世界に誘われるのだ。
 とはいえこの作品の背負った背景は厳しかった。アルバム「伽草子」は、金沢事件の嵐がいまだ吹き荒れる1973年6月1日に発売された。発売自粛や延期もあり得た中、賛否両論ある中での予定どおりのリリースだった。今の世の中だと確実に発売自粛になっているはずだ。ここでも先人たちの気骨を思う。かくして拓郎ファンにとっての大切なスタンダードとして残り続けている。
 この繊細な原曲の演奏をそのままライブで再現するのは難しかったようだ。1975年のつま恋で松任谷正隆がトライしたがうまくいったとは言えなかった。79年の篠島で、換骨奪胎、思い切ったロック・バラードのアレンジで登場した。「TOUR1979」のライブ盤にも収められた。もはや原曲の面影はないが、これはこれで実に壮大で心に沁みるカッチョエエ演奏だ。特に間奏の見事さといったらない。ミュージシャンのバトン・プレイのような演奏の海をゆったり漂うような幸福を感じさせてくれる。ちょうど篠島での4曲目、オープニングは薄暮だったのが、この曲ので完全に夜となったのも思い出深い。美しさにおいて原曲、カッコよさにおいて79年のライブが際立っている。その間にあって、ズンズンチャ!で始まる「みんな大好き」のアレンジはどうなんだろうか。しかし、今のところライブではこのアレンジが継承されている。
そうだ、74年のミュージックフェアで、愛奴の演奏で、南沙織とのデュエットもよかったなぁ。南沙織、歌詞を間違えているが。その作詞の白石ありす。謎の作詞家だ。このあと拓郎と「素敵なのは夜」、「ソファーのくぼみ」、「陽気な綱渡り」・・いずれも東京キッドブラザースへの提供曲たちを残して消息が途絶える。誰なんだ。

2015.10/3