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俺とおまえとあいつ

1993年
作詞 田口俊 作曲 吉田拓郎 唄 片山誠史  
シングル「俺とおまえとあいつ/おやじが嫌いだった」/アルバム「Back from the Music city」

俺とおまえとあいつとこいつ


 1993年、かまやつひろしプロデュースでデビューした片山誠史という若手のカントリーシンガーへの提供曲だった。ビックコミックの連載「自分の事は棚に上げて」の欄外の拓郎ニュースで告知された。当時は、提供曲はかなり久しぶりだったのでレコード店に買いに走った。しかし残念ながらヒットには至らず、作品は崖っぷちに向って静かに走り出した。崖メロとしての切ない宿命がここにある。

 作詞は当時ユーミンが絶賛していた気鋭の作詞家で、松任谷正隆ファミリーと思われる田口俊。ということで詞、曲すべてにおいて、かまやつさんの差配が窺える。プロデューサーだからあたりまえか。

    ♪俺とおまえとあいつ いつも3人で放課後の海岸であてもなく話した

 男子二人女子一人の切ない青春ストーリーが綴られている。今だったら、福士蒼汰、山崎賢人、有村架純あたりでよくありそうな青春映画、おじさんたちの頃だと、中村雅俊、田中健、金沢碧、もっとおじさんだと浜田光夫、高橋英樹、吉永小百合だろうか。

   勝気なおまえを可愛くないと
     いつでもからかった いつまでも笑ってた
   好きだよと言い出せば壊れそうな日々
   みんな遠い夢

   踏みつけたカカト、色褪せたブルージーン
   真っ白な地図に書き込んだ明日は別々と知らずに

   いくつ目の夏に背中を押されて歩きだす
   街を包んだざわめき潮騒に似ていた

   あの頃の俺とおまえとあいつが 手のひらをかざして
   太陽の中観ていた 陽炎の明日

 少し端折ったが、胸が少し疼くような詞世界が展開する。それをしみじみとしたミディアムテンポの拓郎のメロディーが優しくラッピングする。いい作品だ。しかし難があるとすれば、ボーカルがヘナチョコなところだけだ。それが決定的なのかもしれないが。すまんな。まだ10代のデビュー作だもんね。確か後に幸拓のオールナイトニッポンゴールドのコーナーに応募かなんかしてきたことがあったはずだ。
 片山誠史本人の思い出によれば、レコーディングの時に届けられた吉田拓郎のデモテープのカセットには、拓郎の手書きによる「ガンバッテネ」という付箋が貼ってあったということだ。新人の若者へのささやかな心遣いがなんとも素敵な御大である。

 さて、事件なのは、その拓郎のデモテープが、2018年のラジオでナイトで公開されたことだ。まさかこの崖っぷちというか既に崖から落ちた感も強いこの作品のデモテープが公開されるとは思わなかった。
 さらに事件なのは、そうして喜んだのもつかの間、「Tからの贈り物」は当初18曲の収録が予定されていたのが、15曲に絞られて、この曲が落選の憂き目を見たことだ。オーマイガーっ!なんてことしやがる!と怒りかけたが…やめた。これはあくまでもTからの「贈り物」なのだ。たとえば、毎年お歳暮でいただく「亀屋万年堂 ナボナと森の詩ゴールデンセット18個入」が、ある年急に「15個入り」になった時、もし贈り主に何で3個減らしたんだよ!!と文句を言ったりすれば、間違いなく世間からは、アンタどんだけ卑しい人なんだ!!!!と非難されるはずである。どういう例なんだよ。

 それよりなにより一番の事件だったのは、なんとデモテープの詞が、完成版と全く違っていたことだ。愛と青春の旅立ちのような歌詞が、もとのデモテープでは次のような詞だったのだ。

  君の家の前で  壊れた車
  離れたくないよと 僕の心のよう
  灯り消えた窓  もう遅いから
  歩いて帰らなきゃ 海沿いカーブの道を
  どこまでも どこまでも
  こんな最後 blue so blue
  My heart  all blue こんな最後 blue  oh blue
  ヨレヨレの気持ち ヨレヨレのblue jeans
  ヨロヨロの僕の一歩はどこに どこに向かうんだろう

  遠く海を観れば  飛行機雲
  白い鳥 くぐって空の中に消える
  自由と孤独が胸に迫るよ
  歩いて行くんだぜ
  せめて砂浜には 足あとを残したくて
  こんな僕は blue so blue
  My heart all blue
  こんな僕は blue
  ヨレヨレの気持ち ヨレヨレのblue jeans
  ヨロヨロの僕の一歩はどこに
  ヨレヨレの気持ち ヨレヨレのblue jeans
  ヨロヨロの僕の一歩はどこに
  どこに向かうんだろう

 この原詞では、俺もおまえもあいつも出てこないのでたぶんタイトルも別のものだったはずだ。換骨奪胎ともいえるこの変更には、どういう事情があったのだろうか。普通に考えれば、田口俊がこの原詞を書いたが→地味・暗いな→御意。ならば思い切り青春ドラマに変更します、ということでリライトしたものと思われる。
 しかし、どうなんだろうか。あまりにリライトの前後で詞の世界観が違いすぎはしないだろうか。もっと言うと、この原詩は、あのお方の手になる香りがしないだろうか。好きな女性の部屋の窓を外から切なく見つめるという"あいつの部屋には"的なプロット、「自由と孤独」「ヨレヨレのブルージーン」「歩いて行くんだぜ」という言葉遣い。なんとなく当時の御近所の鎌倉逗子を思わせる海。もちろんまったくの憶測である。わからない。でも、だから、From Tの公式音源にはしにくかったのかもしれない。

 それは別にして、誰の詞であろうとも御大のボーカルが哀愁を帯びるこのデモバージョンがひとつの作品として心にひっかかる。ひたすら、ひとり傷心で深夜に延々と歩いて帰る帰り道。そんな経験が若い頃になかっただろうか。また、何度も試験に落ちたり、挫折したりして、ああ自分はどうなってしまうんだろうと、やけに青い空を眺めながらあちこちをあてもなく彷徨った経験はないだろうか。 その時の心象と重なって仕方がない。地味な詞だが、泣けて泣けて仕方がない。今でも深夜の帰り道に、♪ヨレヨレの心 ヨロヨロの僕の一歩はどこに どこに向かうんだろうと歌っていることがある。さすがにこの歳になるともはや彷徨とはいえず怪しい徘徊に近いが。
 このデモテープはデモテープで貴重な独立した一作であると思うし、それがラジオとはいえ世に出たことに心の底から感謝したい。やっぱり15曲入りでも拓郎さんは音楽のホームラン王です。亀屋万年堂。なんて雑な結論なんだ。

2019.8.15