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1970年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「青春の詩」

俺、スターだし

 1970年のデビューアルバム「青春の詩」に収められているが、どうだろうか。この曲がイチオシに好きだとか、自分が死んだら葬式にこの曲をかけてくれとか、今もi-podで毎日繰り返し聴いているというファンはいるのだろうか。今の時代に聴くと、何とも古色蒼然としたアレンジと演奏、ちょっと恥ずかしい歌詞、厳しいかもしれない。
 しかし、こういった諸事情に目をつむって、もう一度音楽そのものを聴きなおしてみよう。実によく練れて完成した「青春歌謡」・「ポップス」であることにあらためて気づく。こりゃあメロディアスで質の高いポップスではないかと唸ってしまう。「恋の歌」「となりの町のお嬢さん」などにみられる拓郎特有の聴いててウキウキするような「陽性」のポップなメロディーがなんとも心地よい。
 アルバム「青春の詩」の「帯」のコピーには「フォーク、ロック、ボサノバを歌いまくる」と明記されていた。これに「ポップス」を加えるともっと正鵠を得ていると思う。拓郎はよく「俺はフォークではない」と力説する。しかし、五木ひろしが「俺は演歌じゃない」というのと同じくらい信用されてない。五木ひろしはそんなこと言ってないが。しかし、このデビュー曲を聴くと拓郎の言うことがよくわかる。そもそも、この曲はフォークソングなどではない。もともとフォークなんぞ、とうに超えていた天才音楽家の出現だったのだ。
 あと注目すべきは詞である。フォーク村の宮城くんのテーマとして作られたらしい。「そんなことってあるだろう、君たちだって。俺ってみんなと同じさびしがり屋なのかな。」「俺ってみんなと同じ、おこりん坊なのかな。」・・・・ううむ、このアイドル目線の詞はすごい。「俺だって、君たちと一緒だぜ」。気分は既にトップ・アイドルだ。ステージで歌いながら「君たちだ~って~~」と客席を指差して歌った日には女性客が失神してもおかしくない。そんな事実もないが。
 こういう詞が書けたということは、デビュー前、既に広島というかご当地では、人気絶頂のアイドルだったことがわかる。しかも、単なるご当地人気ではなく、やがて全国を制覇しうるという気分だったのだろう、今で言うなら、「くまモン」、「彦にゃん」ぐらいの気分だったに違いない。
 この新人の不敵な自信が、勘違いに終わらなかったのは、やはりその音楽家としての才能があったからに他ならない。吉田拓郎の大物ぶりを再認識する好個の作品である。なので時々は引っ張り出して拓郎のポップな音楽性を胸に刻んでおきたい。そう思い直して聞くと、やっぱり自分の葬式に流して欲しいな、とか、いっちょ職場のカラオケ大会で歌ってみようかという気分にもなろうか。ならないか。

2015.10/3