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ONE LAST NIGHT

1984年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎  
アルバム「FOREVER YOUNG」

悔恨も悲哀もない吉田の国のエクソダス

 80年代の最高傑作といわれるアルバム「FOREVER YOUNG」に収録され、翌年1985年”ONE LAST NIGHT inつま恋”のイベントのタイトルに冠せられた作品だ。しかし、その華々しい取り扱いと比べて作品そのものの内容は全くイメージが異なる。「疲れた身体を横たえたいとき、誰かが後ろで話し合っている」…暗い、切ない…を通り越して、ぶっちゃけ薄気味悪い作品である。ONE LAST NIGHT =最後の夜。悔恨も悲哀もなく乾いた曲相には、重苦しい疲労感が漂う。さあオールナイトのイベントだ!!つま恋だ!!朝までやるぜ!!という気分の旗印には程遠い。
 しかし、この曲の居心地の悪さが、この当時、85年のつま恋のころ密かに漂っていた空気を的確に表しているような気がする。 83年だろうか「ジョンレノンが死んだ40歳までは墓参りのつもりで歌う」この意味深な言葉とともに、御大の周辺に重苦しい空気が少しずつたちこめてきていた。この作品発表当時は離婚直後でもあり、その影響もあったのかもしれないが、もっとマクロな悲しみだ。あらゆるものとの訣別が迫りくる感じか。「世間」「ニューミュージック界」「うるさいファン」「時代」そして「吉田拓郎そのもの」、そういうものの一切に背を向けようとする御大の覚悟が窺えた。
 しかもそれだけではなく、時代も世間もニューミュージック界も、そんな去り行く御大を追いかけようとも、惜しむ様子もなかった。そして、ファンですらも「行かないで」と泣き叫ぶわけでなく、署名運動がおこるわけでもなく、どこか「諦念」に立ち尽くしていた気がしてならない。つま恋イベントということで形はめでたいお祭りのようだが、大きな何かが終わってゆく重苦しい空気が漲っていた。あの時の異様な空気をこの曲は体現している。
 吉田拓郎は、あの時何を考えていたのか。どうしようとしていたのか。それは御大じゃないからわからない。何年後かのインタビューで、御大は「あの時自分が何を考えて何をしようとしていたのか、どうしても思い出せない(笑)」と語っていた。誰もわかんねぇじゃん。
 幾星霜を経て、今聴いてもソリッドな演奏は素晴らしい。さまよえる魂のような唄声にも魅力がある。決して音楽作品として遜色があったわけではないことが確認できる。しかし、やはりどうしようもなく沈痛な唄だ。
 但し“鎖から解き放て、知り過ぎたことも蹴散らせ”のフレーズには、一瞬の煌きがある。この歌は、疲弊の世界にあってのエクソダスだったのではないかと思わせる。

2018.2/24