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七万五千円の右手

1972年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「たくろう おんすてーじ第二集」

右手の経済効果

 「おんすてーじ第二集」に弾き語りのライブで収められているこの小品は、初めて東京に上京した頃の作品といわれている。ギターを弾く自分の右手に対する愛おしさをサラリと歌う。
 「七万五千円」という金額は、当時まだ在学していた広島商科大学の学費のことらしい。果たしてプロになれるのかどうかもわからない未知の状況。東京に出て、せめてギターで、休学している大学の学費くらい稼げればいい、という当時の拓郎の気分だったようだ。本人もしばしば語るように、天下を獲ってやる!とか一攫千金掴むぞ!というギラギラした野心がまったくないところが、彼の育ちの良さであり、また人間的魅力の根源である。天才には野心もいらないのだ。
  冒頭で「君の右手って太くていやらしいね」と歌って客席が失笑するが、原曲の歌詞「君の右手って、細くて綺麗だね」をパロッているからだ(レコードに付されていた当初の歌詞カードは原曲のままだったらしい)。しかし、あまりに初期の作品なので原曲の音源が残っておらず、この「おんすてーじ第二集」のパロッた音源だけが残っているのが、この作品の不遇だ。
 拓郎の「右手」。間近で拝する機会はなかなかないが、シンプジャーナルの1983年秋ごろの号に拓郎保有のギターコレクションを見せる特集があり、そこで拓郎の実物大の右手の写真が掲載されていたことがあった。でかい。拓郎と握手したことある人ならわかるだろうが、グローブのように大きく分厚い印象が強い。

ただ、その大きさとは別に井上陽水のこんな証言がある(1975年7月ブックレット「酔醒」より)

 「それにしても吉田殿の指の形といい、動きといい何と優雅、上品なのだろうか?さほど高貴な生まれとも育ちとも思えぬその立ち居振る舞いに反してそれの見事さはやはりえもしれぬ感激をもたらす」

 むはは、失礼だぞ井上殿。
 ギター・右手とくれば、この話を記しておかねばならない。武田鉄矢のエッセイ「ふられ虫がゆく!」の中で、深夜泥酔した拓郎が、武田鉄矢にこう話しかける。
「もうすぐいやな時代がくるぞ。銃をとって戦する世の中になる。徴兵制が敷かれたらオレは自殺するぞ。ギター持つこの手で銃は持てないもんな。おまえもつきあうよな。」
 武田は「イヤです。拓郎さん、そんな時は、歌手として前線に慰問に行くと言うのはどうです?」と提案して、拓郎にその右手で頭を叩かれたという話だ。「ギター持つ手で銃は持てない」は、拓郎の銘言とさせていただいた。
 というわけで、かくして「右手」は、七万五千円どころではない膨大な金額を稼ぎ出し>おいおい、それよりなにより、多くの迷える人々の心と人生を救うことになったのだった。・・・・いいのかっ、そういうしめくくりで。

2015.10/17