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もう寝ます

1971年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「よしだたくろうオンステージ ともだち」

俺達が愛した幸福感

 ある意味で、名盤「オンステージともだち」の象徴とでも言うべき作品かもしれない。このアルバムのコンセプトである「ユーモアとペーソス」というコピーを見事に体現している。
 それにしてもスタジオ盤音盤があるわけではないこの作品。いったいこの曲のホントのサイズはどこからどこまでなのか。曲目を言い忘れるところ、「起きてても」での観客の爆笑、何度もやり直すイントロ、最後の「えーアーメンというと・・・」という解説と、もうとにかく全部ひっくるめてこの作品といっていいだろう。それほど一言一句のどれもが心に残っている。この作品のプロットが「アナシン」のCMソングに使われたことがあったがやはり原曲は不滅である。
 MCとアドリブと詞・曲・歌唱のすべてが渾然一体となって生きている作品。どこも切り離したり、編集したりできない、まさに新しい作品モデルとしての「発明」ではないか。巧妙なMCが長く笑いをとる歌手はたくさんいるが、曲に渾然と融け込んで成り立っている例は見ない。それを含めて愛されているのはこの作品だけだろう。音楽界のみならず明石家さんまなども大きな影響を受けているという。
 そして一番重要なのは、この作品から滲み出ている何とも言えない「幸福感」ではないかと思う。御大のファンは、かつて、みんなこの作品を何回も聞いて笑い、共感をした日々があったはずである。アイドル、フォークシンガー、ロックンローラー、スーパースター、ヒーロー、神様、ポップメーカーなど様々な切り口から慕われる御大である。ひとりの人物であるにもかかわらず、それぞれの切り口によって随分と様相は異なってくる。それぞれの切り口を愛するファン相互の考えも異なり時にそれがファン同志の緊張関係をもたらしたりもする。
 しかしこの作品全体から溢れている「幸福感」は、すべてのファンにとって大切な拠り所だったのではないか。いろいろな嗜好があったとしても、みんなこんな拓郎が大好きだった。みんな間違いなく拓郎の醸し出す空気、音楽、語り口を愛していた。そういった意味で「帰依処」のような一作だろう。
 さて79年の秋には「7年後のもう寝ます」という作品が歌われた。「起きてても何にもいことないみたい なんてこと言ってたフォークのブリンスも・・」で始まる御大の独壇場。「つま恋、篠島、中津川、眠いのに朝までやるぞと叫んだり」と笑わせてくれる。極めつけは「ある時は金沢あたりに遠出して「もう寝ます」どころか20日も眠られず」・・このあたりはもう御大の真骨頂だ。こういう演奏は消えものだけれど、いつまでも大切に灯しておきたい燈火みたいなものでもある。

2016.1/30