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7月26日未明

1984年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「FOREVER YOUNG」/アルバム「吉田拓郎 ONE LAST NIGHT IN つま恋」/DVD「 ONE LAST NIGHT in つま恋」/DVD「吉田拓郎LIVE~全部だきしめて~」

パッキングの達人が歌う人生のパッキング不要論

 1984年11月発表のアルバム「FOREVER YOUNG」所収のこの作品は「ペニーレインでバーボン」を思わせるような、溢れる言葉のツブテを早口でたたみかける圧倒的なロックナンバーだ。もはや御大の独壇場。拓郎らしい硬質なメッセージソングとして多くのファンに歓迎された。ライブでも84年ツアーの本編のラストとして演奏され、コンサート会場の客 出しのBGMにも採用されていたから、自他ともに認めるアルバムの中心曲であることは間違いない。
 この意味ありげなタイトルの由来について、かつてラジオ番組で小室等が拓郎に「で、7月26日未明に何があったんですか?」とストレートに尋ねたことがあったが、拓郎は、少し不機嫌そうに「何があったとか、何の日か、そんなことにこだわらず自由な発想で聴け!」とだけ答えた。なんだそりゃ。かくして「7月26日」は謎のままだ。1.79年7月26日篠島当日説 2.離婚決意日説などファンの自由な発想の諸説が今も入り乱れている。
 不確かな話だが、この作品の仮題は、「いいじゃないかⅡ」だったらしい。「いいじゃないか」とは、その昔、清水健太郎に提供した作品(シングル「さらば」のB面)で、恋人との別れの哀しみの淵から清々しく立ち上がる応援歌である。そうなると1984年当時、拓郎は浅田美代子との離婚を決意し、翌85年のつま恋を最後に現役から去るという決意を結んでいたことと無関係ではないだろう。・・と憶測は妄想化する。
 拓郎は、つま恋前に「ホントは今の自分に、しばらく仕事を休むようなゆとりがないことは十分わかっている」とシビアに語っていたこともあった。四十代を前に家族も仕事もゼロになるという悲壮な決意だったことが窺える。若者に特有の無鉄砲で意気軒昂な旅立ちとは違う。齢を重ねることで、積み重なったしがらみやこれからの老いの予感を見つめ、今から旅に出てホントに大丈夫なのか?という不安と向き合っているところにこの作品の説得力がある。
 「間に合うさ、間に合うさ、遅すぎることはない」繰り返されるフレーズが、同じく齢を重ねていく私たちの胸にも響く。深いしがらみに生きる私たちは、再出発考える時についつい膨大な身辺整理に悩まされる。でも「すべてが終わってしまったわけじゃない」「・・・荷物をまとめようとしなくてもその中のひとつだけ携えて行こう!」という歌とともに、それを身をもって示している拓郎本人に勇気づけられるのだ。
 拓郎は、旅行の時は数か月前から周到なパッキングをすることで有名だ。しかし、人生という旅には、パッキングなしで行かんとするところが、なんとも示唆深い。 旅行と旅は違うのだ。きっと。
 哀しみを湛えたメッセージを支える演奏がまた素晴らしい。王様バンド最後のアルバムである。カッコ良いフレーズが満載で、清々しい元気に満ちた演奏だが、拓郎の歌よりも前面には決して出て行かない。いたずらに扇情的にならずに、拓郎の歌にどこまでも寄り添う。向かい風を振り払うようなギター。心臓の鼓動のようなドラム。すべてが拓郎の心情と一体になっているかのような演奏は、熟達とは何かをここでも教えてくれる。 人生の極北を行く私達が常備薬のように持っておきたい一曲である。

2015.10/10