真夜中のタクシー
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「午前中に・・・」/アルバム「18時開演」
サービスと気遣いの王が銀の河を飛んでゆく
アルバム「午前中に・・・」の製作途中の「つぶやき」で御大は「面白い曲が出来た」とこの作品のことを嬉しそうに仄めかしていた。しかし申し訳ないが、長いファンの経験則で、御大が「面白い」と事前に絶賛する時は、結構危険なことが多かった(笑)。この作品も、最初の語り「すみませーん」「お客さーん」を聴いたときは、「ああ曲作るのがメンドくさくなったんだな」とトホホ感が頭をよぎったものの、最後まで聴くとしみじみとしたタクシー内での語り合いと歌がひとつに溶け合うほのぼのとした涼風のような作品だった。いい意味で黒い経験則を打ち破ってくれた。
まず車中の会話の御大の語り部分の軽妙さ。思えば初ドラマ出演「おはよう」のトホホな棒読みから幾星霜。映画「RONIN」出演などを経て、徐々にアップしてきた御大のセリフ力が心地よい。ホッ。
会話の内容は、ごくあふれた世間話、他愛ないスポーツの話から、やがて生きることに対する深奥にまで触れてくる。二人の間に流される若さへの郷愁と悔恨のようなものが浮かび上がるところも味わい深い。取り立てて幸福なわけではなく、かといって不幸にあえいでいるわけでもない、幸せと不幸の紙一重の谷間をなんとか生きていられる幸せとでも言うのだろうか。そんな空気に共感が芽生える。
そんな二人会話のエッセンスをまとめあげてポップの塊に仕上げるような、陽性でキャッチーな音楽部分がまた白眉である。「真夜中のタクシーは今夜もまた銀の河を飛んでゆく」「笑う男と叫ぶ女が銀の河で踊ってる」短いながらもドラマチックな詞とメロディーが冴える。気が付くと頭の中で心地よく反芻していたりする。曲を作るのが面倒なんて言って申し訳なかった。
しかし、ファンとしてこの作品から得るべきテーマはさらにその先にあるような気がしてならない。この車中の会話を通じて、浮かび上がるのは、御大のあくなきサービス精神である。饒舌な運転手のおじさんのボヤキに対し、決して手を抜かず、キチンと相槌をうって、丁寧に返答のボールを投げ返して会話の空間を創り上げている御大がいる。御大はスーパースターであり、真夜中ゆえにたぶん疲れていて、しかも車酔いの瀬戸際にあることを考えると、決しておしゃべりを楽しむ心境ではないだろう。しかし、それでも運転手さんにもきちんとサービスをするのである。最後の「やれやれ」が全てを語っている。もうこれは御大の身体と人格にしみついたサービス精神といわずして何と言おうか。
こんなサービス精神を身に貫く御大にもかかわらず、ファンからも常に「サービスが足りない」と文句を言われることが多いことにあらためて気づく。それは私か。ともかく何という不幸だろうか。敗けるな御大(笑)
2009年のライブで演奏されたことが記憶に新しい。ライオンとかキリンとかが出てきて驚いたがおそらくバンドがメロディーに入る合図と思うものの、作品のイメージが雑になってしまった気がする。
そしてライブといえば、この作品の演奏を聴いた2009年の名古屋公演のあとセンチュリーホールからタクシーに乗った時の実話だ。この歌のようにおしゃべりな運転手さんで「今日は誰のコンサート?、あ、吉田拓郎さん。オレ大好きだよ。テレビで最近観るよね。全国ツアーなの?、次はどこ行くの、広島? 拓郎さんの故郷だから・・え?吉田拓郎さんて北海道の人でしょ、ホラあの北海道の議員と仲間でさ・・・」。これ以上、話を進めない方が良い予感がした。「やれやれ」
2016.6/11