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マスターの独り言

1994年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
シングル「マスターの独り言」/アルバム「Long time no see」/「18時開演」

プレイングマスターのジレンマ

 1994年発売のシングル。宝焼酎純レジェンドのタイアップで本人映像付CMで世間に露出はしたが、華々しいイメージではなく、おっさん化してゆく切なさもどこかに漂っていた気がする。92年頃に腰を痛め、アルバム・レコーディングもコンサートツアーも挫折し表だった活動も停止し、吉田拓郎というスターがフェイドアウトしていく・・・そんな危惧さえ覚えた「冬の時代」の真っ只中。
 この年は「まだ見ぬ朝」(4月)「決断の時」(6月)「マスターの独り言」(10月)とまるで生存確認のようにシングル盤の新譜がポツリポツリと静かに届けられた。しかし、この94年の三部作は、いずれも地味ながらも秀曲揃いである。
 「マスターの独り言」はミディアムテンポでメロディーも心地よい。しかし、さりげなく書いた詞なのかもしれないが、切ない時代背景とともに聴くとどうにも余計な思い込みも出てくる。吉田拓郎は、常に「酔客」だった。客として酒場に臨み、そこで、戦い、恋愛、人生、ビジネス、芸術さまざまなリングを経てきた百戦錬磨の人だ。
 しかし、この歌で、その拓郎は、「マスター」になっている。「酔客」を相手に静かな聴き役に回っている。そんなスタンスの転換は、激しい波が、ゆっくりと引いていくような後退感があって淋しいものだった。名プレイヤーがコーチに回るような寂しさ。
 それにこの詞からは何かとの別れを胸に抱いているような気さえする。

  ♪悪くない 悪くない
    みんなイイ男だったから
  ♪悪くない 悪くない
    みんなイイ女だったから

 思えば1984年の12月。この時も拓郎引退が噂され何かとの決別を覚悟していた時期、突然ステージで「人間なんて」の絶唱。そのシャウトの中で

  ♪ さよなら 優しい男たち
  ♪ さよなら 美しい女たち
  ♪ さよなら みんな笑顔で

 あのフレーズを彷彿とさせる。
 しかし、危うかった拓郎は、フェイドアウトせずに、翌年には、ロスのミュージシャンたちと出会い音楽的に蹶起した。「Longtime No See」のアルバムでこの作品も再レコーディングされた。さらに「LOVE2」を足がかりにして、御大は見事蘇生した。この作品も2009年のビックバンドとのツアーでもステージ演奏されスタンダードナンバーとなり、めでたしめでたし。

 やはり聞き役であるマスターは御大に似合わない。仮にマスターになったとして、夜な夜な拓バカどもが押しかけてトホホな歌を聴かされて、あの御大が我慢できるはずがない。ブチ切れてしまって、イイとこ3日で閉店だろう。
 昔、村上龍、田家秀樹が共に語っていたが、とある公式パーティの高級バーで、お店専属のギター弾きの演奏を止めさせ、ギターを奪い取って、自ら歌ってしまう御大の姿があったという。
 どんなに歳をとっても自らボールを放り続ける、それが御大だ。もっとも「客だからって偉そうにすんじゃない」「ヘタクソな唄、聴かせるんじゃない」とガンガン客にダメ出し罵倒するプレイング・マスターがいる店も面白いかもしれないが。

2016.2/6