マークⅡ
シングル イメージの詩/マークⅡ/ よしだたくろうオンステージともだち/よしだたくろうLIVE'73/王様達のハイキングin Budokan/みんな大好き/18時開演/'82日本武道館コンサート/王様達のハイキング/感度良好ナイト/96年秋/LIVE2012/LIVE2016
車を聴いた瞬間から
言わずと知れた吉田拓郎のデビューシングル「イメージの詩」のB面だが今となっては実質的な両A面といっていい。すべての歴史はここから走り出したのだ。
ファンになりたての1974年=中学生の頃、「マークⅡ」というフォークソングでは考えられないタイトルの響きがえらく眩しかった。歌詞とタイトルに関係が見いだせない暗号めいたところにも痺れた。「吉田拓郎のマークⅡ」と口にするだけでなんか自分がイケてる気分になった。子どもだったからともいえるが、江口寿史の漫画「マークⅡ」を読むと、こういう気分はあながち自分だけではなかったのではないかとも思える。また、若き悲恋の歌なのに突然最後に年老いた男が川面を見つめるシーンでしめくくられる謎めきにも胸ときめいた。こんなふうに不可思議でカッコいい歌としてマークⅡは現れた。
楽曲自体を最初に聴いたのは"オンステージともだち"の弾き語りバージョンだった。弾き語りバージョンの中でもボブ・ディランばりに原曲メロディーを崩し、感情を押さえて淡々と歌う異質なものなので難しい。なかなか曲相が理解できなかった。なので次にあの名盤ライブ73のマークⅡ’73の砲撃のようなブラス演奏を聴いた時はぶっ飛んだものだ。それは丁度、当時、ライブ73をリアルタイムで聴いた方たちのそれとも重なるようで、拓郎は"ラジオでナイト"でこう述懐した。「73年のライブでこのアレンジで演奏した時は、サンプラザの客席がみな唖然としていた。というより、わけがわからず、ポケッとしていた。まさかマークⅡだとは思ってもみなかったようだ。いきなり高中のエレキのリフから入ってまさかマークⅡとは思わない。」…まったく合戦でも始まったかのようなサウンドがあまりに凄すぎて、ここでも中学生には曲としての実相がよく捉えられなかった。
その後、遅まきながらデビューシングル盤と広島フォーク村の自主製作盤を聴いた。「もともと広島フォーク村の「ユニオンジャックス」というSGばりの男の二人組が歌っていた。広島フォーク村の自主制作に入れた。僕は、後ろでエレキギターを弾いている。」と"ラジオでナイト"での述懐のとおり。要するにもともと吉田拓郎の頭の中にはこのサウンドがなっていたのだ。ようやく曲の実相が把握できた。実にメロディアスで美しい楽曲だと知る。なお”イメージの詩の無断裏打ち発売事件”のために録り直しされたいわくつきシングルなので、おのずとマークⅡも2パターンある。最初のバージョンのギターの入りのフレーズが素人にもメチャメチャカッコいい。これはよく坂崎幸之助やギター通のファンが何気に弾いて魅せるがしびれるんだな。
この標準仕様を聴いてからあらためてライブ73が吉田拓郎にとっての大いなる跳躍であったことを知る。「ライブ73の岡沢章のベースが良かった。超絶のベーステクニック。それに田中清司のドラムと超一級のミュージシャンだった。」あの美しい抒情的な曲がここまでソウルフルに変貌する。音楽ってすげえ、ミュージシャンてすげえと感嘆した。まさ歴史に残る演奏を聴いたのだ。
そして後にタイトルの由来がわかってくる。「髪の毛が腰のあたりまで長く、ミニスカートのよく似合う広島の街中でもその存在は目立つほどの少女だった。ある日喫茶店で何気なく外を見ていたら、(略)僕と同年代であろう若者の待つ車の中に彼女は吸い込まれていった。」ラジオでは拓郎本人がクリスマスの夜にフラれた女性だったとも話している。失恋の象徴。謎のままが良かったという説もあるが、もう私はマニアの端くれになっていて謎が解き明かされる深堀の快感のとりこになっていた。
このようにこれほどまでに変幻自在なアレンジに堪える曲も珍しい。ライブ73で基本アレンジは固定してゆくようだが、それでも80年代には、少なくとも2パターンのアレンジかあった。ひとつは80年の武道館からTONYを経て秋のツアーでのアレンジ。ソウルでブルージーなアレンジでリズムに自然と身体を揺すられる。キメのフレーズがメチャメチャカッコいいバージョンだ。80年の武道館は、松任谷正隆、青山徹、島村英二、ジェイク・コンセプシオンというブッカー・T迎撃シフトが敷かれていたのでこの武道館テイクがべストだと思う。特にサックスは絶妙だ。FM東京主催でキチンと音が録られているので是非公式音源として残しろてほしい。強いて近いと言えば「みんな大好き」のバージョンがこれに近い。このブラザー・トムがまたいいね。ギターも高中正義だし逸品だ。
もうひとつは王様達のハイキングin Budokanのバージョンだ。レコードは最終日の武道館でオマケとして初めて演奏されたバージョンだ。さすが王様バンド。初演でもよく練れた盤石のサウンドだ。キラキラ煌めくような抒情的なアレンジに泣くようなリリカルな青山徹のギターが切なく胸に疼く。これはこれでキープ。
結局、前者はこの曲のソウルなところを、後者は美しいメロディーをフィーチャーしている。結局ライブでは、ライブ73をベースにビッグバンドの時は豪勢にブラスを効かせ、シンプルなバンドの時はそこに80年テイクのブルージーなテイストをブレンドさせたサウンドになっている。特に矢島健&96年の外人バンドの感度良好ナイトバージョンも文字通り見事な和洋折衷を聴かせてくれた。こうなると王様達のメロディアスな美しいアレンジの進化系も是非聴いてみたい。こうしてさまざまなアレンジに翻弄されながら、あらためて私ごときにもどのバージョンにも共通する美しくてブルージーな結晶が見えてきた気がする。逆にその結晶があればこそいろんなアレンジが輝くのだと思う。最強のデビュー曲だったとあらためて想う。
最後の年老いた男の謎のメッセージは映画好きの拓郎ゆえと思う。映画のラストシーンに老人になった主人公の回想に切り替わる時の反転を思わせる。またアルバム"detente"の「渚にて」は、若い二人の別れの場面を切々と描くが最後になって「やがて僕達は不思議な夢を思い出す日に向って進む」という最後に唐突な時空移動チックな歌詞で終わるところにも通底している。時空を超えた俯瞰。今もすべて過去になる。
中学生だった自分もこうして実際に年老いた男になった。まさか拓郎がそれから50年近く拓郎が歌い。自分もファンでいるとは思わなかった。2017年のLOVE2の特番でゲストの菅田将暉がこのマークⅡをチョイスした。彼の歌う姿を観て歳老いた男は時の流れを知る。それは老いの悲しみではなく、私たちは間違っていなかった、最良の選択をしたのだという静かな誇らしさだ。タイトル、詩、メロディー、ソウルすべてが拠りあっているマークⅡ、マークⅡと口にすると歳をとった今でもやっぱり気分がいい。
2021.5.8