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街角のタンゴ

2007年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「歩道橋の上で」

情熱も踊る、御大も踊る

 アルバム「歩道橋の上で」は、60歳を超えた大人の歌を作るという隠しテーマがあったらしい。いずれの作品も成熟と老境を抱えた大人の歌はどうあるべきかという問いのひとつの回答になっている。これを受けた2007年のツアーで演奏された新曲は「歩道橋の上で」と「街角のタンゴ」が抜擢されていた。代表曲のひとつであることは間違いない。とはいえ、音楽も踊りもオンチな私なんぞは、いきなり「おおおおぉぉタンゴ!!」と直球を投げられても「なんだそりゃ」と戸惑うだけだった。そもそも拓郎とタンゴの関わりなんて今まで全くなかったはずだ。いや、あったか。かつてのラジオ番組セイヤングの人気コーナーで「陣山俊一の奥様お手をどうぞ」。タンゴの名曲に乗って陣山さんが淡々と下ネタを読むという、もう最低のコーナーだった。大好きだったが(笑)。
 しかし、戸惑っている私も、この名うてのミュージシャンたちの手に係ると、たちまちイタリアだかアルゼンチンだかの石畳とレンガの街角に連れ出されてしまう。切なく響く異国な香りのピアノとギターそして身体揺れ出すビート。お見事。
 岡本おさみの綴るこの詞の世界のキーワードは「ワルツよりもタンゴ」。くだびれた大人にワルツは心地よい。しかし恋も、歓びも、そして胸痛む悲しみも、ワルツにゆだねてしまうのではなく、タンゴの律動の中で受けて止めようという作品とだ思える。
 話しは全く違うが、名優アル・パチーノが偏屈な盲目の退役軍人を演じた映画「セント・オブ・ウーマン」。パチーノが女性を誘って見事なタンゴを踊るシーンは屈指の名場面として評価が高い。誘われて、上手く踊れないからとしり込みする女性に、パチーノは言う「人生と違って、タンゴには失敗がない。足が絡まってもひたすら踊り続ければいいんだから。」もちろんこの歌とこの映画は無関係ではあるが、タンゴも人生もひたすら踊りの律動を続けるしかないんだという意味で、シンクロするのではないかと思ったりする。
 「歩道橋の上で」のDVDには、レコーディング時の映像も収められている。バンド演奏の途中で、ひとりブースで歌う御大の映像がインサートされる。これがカッコイイ。珍しく御大は、ギターを抱えない手ぶらで歌うところからしてレアな映像だ。ナチュラルな手の動きと身体のよじり方が素晴らしい。タンゴかどうかは別にしても、この音楽の「律動」とは何かを、身をもって教えてくれている映像は必見だ。街角も踊り、情熱も踊り、そして御大も踊る。

2015.10/17