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レノン症候群

1986年
作詞 安井かずみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「サマルカンドブルー」

アブレものの愛のstarting over

 1980年12月、ジョン・レノンが凶弾に倒れたとき文字通り世界は慟哭した。偉大なミュージシャンを失った世界中の悲しみの渦の中、御大の思いは少しだけ違っていた。「結局、アブレものは社会から抹殺されるんだ」御大はそう言って泣いた。御大は不幸な事件とは捉えず、ジョンレノンは社会から殺されたのだと明言した。歴史上の偉人たるジョン・レノンも、同時代をリアルに生きた御大にとっては、社会に受け入れられない偉大なる少数派だったのだと思う。御大は「俺は彼の死を最も怒っている人間の一人だよ」とも語った。
 そして「ジョン・レノンは40歳から再びstarting overしようとていたんだよ」とさらに悲しさを募らせる。新たなる音楽人生の次章が始まったところで、未来が断ち切られてしまったことこそ御大にとっての悲痛事だったようだ。だからこそ御大は「ジョンレノンが死んだ40歳までは墓参りのつもりで歌う、それから先はわからない。」と御大には「40歳」が大きなマイルストーンとなった。そして、その言葉どおり御大は85年のつま恋の後で音楽活動から総退却した。そして翌年、静かにご隠居さんをしていた御大は、加藤和彦・安井かずみとニューヨークに連れられて、アルバム「サマルカンド・ブルー」を作り、この「レノン症候群」がアルバムの一曲目となった。
 やるせなくも美しいメロディーに御大の乾いた歌声が滑り出す。「あの20歳の頃の快い無邪気な自分はもういない」と胸が詰まるようなリフレイン。人は皆、年齢を重ねるごとに、若さに伴う数々の美徳とアドバンテージを失っていく。でもこの歌は、それだけではない力尽きたような諦念が滲む。
 それは、まさに御大が苦しんでいた少数派でアブレものが抹殺されていく社会の摂理、40歳からのstarting overが失われた無念と無関係ではあるまい。単に憧れのスターが亡くなっただけではなく、レノンとにつながる御大自身の大切な何かも損なわれたのだ。だから「レノン・ショック」ではなく「レノン・シンドローム」なのではないかと根拠のない推測をしてみる。
 それにしても佇立するような情感を湛えたメロディーの素晴らしさ。くれぐれも御大の作曲だ。加藤和彦ではない。大切なよるべを失って、それでも一人で大海に出て行かなくてはならない孤独を体現したメロディーは御大だからこそ書き得たのではないか。さまよいながらも決然と歌われるボーカルも心に刺さる。ホント勝手ながら、これはライブで再演というよりこの原曲を大切に大切に聴いていきたい感じだ。

2016.7/2