言葉
作詞 松本隆 作曲 吉田拓郎
アルバム「ローリング30」/アルバム「吉田拓郎 ONE LAST NIGHT IN つま恋」/DVD「85 ONE LAST NIGHT in つま恋/アルバム「豊かなる一日」/DVD「全部抱きしめて」
ガラス箱に入れて眺めるべき繊細な逸品
1978年11月に発表された名盤「ローリング30」。松本隆が詞を書き、その面前で拓郎が曲をつけそのままスタジオで音楽作品として完成する・・・私が勝手に名づける「ロックウェルの魔術」の一端である。
この作品は小品ではあるが不動の人気曲のひとつと言っても過言ではあるまい。そもそも拓郎が「愛してる」なんて歌うのは軟弱であるという辛口のファン諸兄にとっても、楽曲としてのクオリティの高さは認めざるを得まい。
深夜の静寂を破るように流れ出す拓郎の歌声とピアノ。私たちは見知らぬ主人公と告白電話のドラマを分かち合うことになる。男と女の間にある友達と恋人の「国境」。この国境付近の話を描かせたら松本隆の右に出るものはいない。東海林太郎か。
まして命がけで国境を越えようとする歌である。緊張を湛えて歌は進む。拓郎の硬質の歌声と愛の告白に揺れる主人公の心情に、静かに寄り添うピアノ。拓郎は2012年のライブを通じて「武部聡志のピアノは歌声を飛び越えていくが、エルトン永田のピアノは歌に寄り添うピアノだ」と語った。まさしくこのピアノは拓郎の歌声と主人公の迷い揺れる気持ちにどこまでも優しく寄り添う。かくして実に繊細で美しい逸品を得た私達である。
ライブでは、当初弾き語りで歌われることが多かったが(初演は1980年7月の武道館)、拓郎が、いかに弾き語りの名手であっても、やはりピアノこそこの作品の命ではないか。後年のライブでは曲のリズムとともにゆったりと刻まれるピアノだが、この「ローリング30」の原曲バージョンでのピアノはヒタヒタと小走りのようにに刻まれる。まるで主人公の高鳴る心臓に歩調を合わせているかのように美しい。
そして思い切って友達と恋人の国境を突破してしまうと否が応でももう戻れない別世界が開ける。明転するようにバンドのサウンドが開花する。国境突破を祝福するような、ああ言っちまったという主人公のバクバクする鼓動のような、ずっしりと打つドラムのビートが心地よい。うーん、なんと見事な曲の組み立てだろうか。
そして何と言っても圧巻は拓郎のシャウトだ。「そうさ君の部屋のガラス箱に入れてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」の部分。夜空に向って突き抜けていくようなまっすぐなシャウト。このシャウトの美しさと言ったらない。無形文化財に指定されても私は驚かない。いや、少しは驚くかもしれないか。
その後のライブではこのまっすぐに上っていくシャウトになかなか会えない。もちろんだからマイナスというわけではないが、数ある名演のなかでベストとしてガラス箱に入れて飾られるべきは、やはり「ローリング30」のロックウェルの奇跡バージョンであると思う。
そう2007年のツアー。サンシティ越谷市民ホールでは、オープニングを飾ったことも忘れないでいよう。
2016.1/9