uramado-top

こんなに抱きしめても

1973年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
シングル「伽草子」/アルバム「TAKURO TOUR 1979 vol.2」

淋しいモノ同士が肩を寄せ合っても

 どちらかといえば地味系な曲だが、なんせシングル「伽草子」のB面であるし、バリバリ70年代なので作品としての知名度は圧倒的だ。この作品の発表前後の1973年におこなわれた吉田拓郎と岡本おさみの対談がある(岡本おさみ作品集「ビートルズが教えてくれた」所収)。
 そこで拓郎は岡本に向かって辛辣にズケズケと文句をつけている。「岡本さんの詞は「こんなに抱きしめても」のパターンが多すぎる。新鮮味がない。」 。コレに対する岡本おさみは大人の対応で、「こんなに抱きしめても」の詞は「淋しくて仕方がない。出口がない。淋しさに酔いしれる」もの。「そんな気持ちをいろんな角度から書きつくさないと次のテーマに進めないんだよ」と説明した。しかし「それでは詞の濃度が薄くなる」と拓郎はどこまでもカランでいた。ん~~昔から他人の詞には厳しい拓郎だ。
 岡本おさみと吉田拓郎。作品としては絶妙のコンビであるものの、人間的なソリは合わないというのは本当なのかもしれない。そんな風にこの作品に文句をつけていた拓郎だが、1975年9月に離婚した時以降、自分の心情を語るとき、よくこの歌を引き合いに出していた。
 「淋しい者同志が身体を寄せても、淋しさは消えない。どんなに近くにいても心が遠くなってしまうこともある。それがとてももどかしい・・・」
 同じ頃の拓郎のエッセイ「明日に向かって走れ」でも、「こんなに抱きしめても」というタイトルで、おケイさんと結婚していた時の、愛が届かないもどかしさ、また愛の身勝手さについて、やや自虐的に記していたのも忘れられない。意気軒昂だった拓郎も、深く傷ついたときに、この詞の持つ力を再確認したのではないだろうか。余計なお世話かもしれないが。
 さてさて原曲は、フォーキーなサウンドで、拓郎のボーカルも少し高めのキー。歌うのがややキツそうな感じさえする。しかし、だからこそ、この詞の切ない感じがうまく表現され得ているのかもしれない。
 ステージでは演奏されることは少なかったが、一度だけ晴れの大舞台を踏んだのは、1979年の篠島でのこと。セカンドステージの瀬尾一三オーケストラによる豪勢な演奏で観客を興奮させた。幸運にもライブアルバム「TAKURO TOUR 1979 vol.2」で公式音源として残されている。 「何より淋しくて、淋しくて仕方ない」という岡本おさみの悲愁の詞にもかかわらず爽快でノリノリの逸品である。例えば間奏明けの「だから言葉なんか投げつけたら~」のあたりに観られるのポップな歌い回しや「BUZZ」のコーラスのアシストも効果的だった。
 「どうしようもない淋しさ切なさ」。しかしそこに沈むことなく、大人はこんなふうに軽々とハンドルするんだぜ、という「余裕」がたまらない。まさにかつての寂しさが吹っ切れたような大人のロックになっている。

2015.10/11