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心のままに

1996年
作詞 石原信一 作曲 吉田拓郎
アルバム「感度良好波高し」

ひっそりと佇む、てらいなき美しさ

 このタイトルを聴いて即、作品が浮かんでくる人はどのくらいいるだろうか。まず拓郎本人も忘れていそうな気がする。この辺の作品は、愛好家の間でもエアポケットになっていることが多いのではないか。もしたとえば拓郎ファンで、普通に「俺が死んだら葬式には『心のままに』をかけてほしいよ」なんて言ってるファンがいたとしたら、よほどの「通」だ。三歩下がって三顧の礼をもって接するべきだ。
 この作品が収録された1996年のアルバム「感度良好波高し」は、ロスの外人バンドとのコラボレーションの二作目にあたる。このアルバムのメロディーはどの曲も秀逸でハズレが無い。
 前作アルバム「ロングタイムノーシー」とその後のコンサートツアーで、彼らミュージシャン達からもらった音楽的な刺激やエナジーをきちんと昇華させた作品にしている。このミュージシャン達に恥ずかしくないカッチョイイ曲を作ろうという意識を強く感じる。そのせいかメロディーはしっかりしているが、ややヨソユキ感がある気もする。それが拓郎っぽくないのでこのアルバムはちょっと苦手だというファンの声も聞く。
 しかし、好き嫌いに関係なく、80年代後半から90年代前半にかけての不遇な冬の時代に混迷していた拓郎が、音楽家として蘇生する貴重なるプロセスとなったアルバムであることは間違いないと思う。メロディメーカーとしての拓郎の天賦の才が現れている。
 また作詞家・石原信一が健筆をふるうアルバムでもある。この詞は比較的地味でシンプルだが、汚れなく清々しい直球のボールのようで気持ちがいい。

 「失ってはならないものがある。例えば水と大地のように。例えばこの世には君がいる。」

 何のてらいもないありふれた言葉かもしれないが、その後に日本に起きた事象を思うとひとつひとつの言葉が重い。なによりこれらの言葉をポジティブに生かしていく拓郎の明るいメロディーと名演奏がたまらない。

 「幸福になりたくて人は生きているなら あきらめるより願うことだと思う。」

  こういう言葉を温かみをもって拓郎が歌ってくれていることが妙に嬉しい。面白いのは、最後フレーズの「たったひとつのことか信じられないなんて~」以降で、それまでのメロディーが少しひねられて変化するところ。拓郎にしては珍しい技のような気がする。ここがまた小気味よいし、最後の最後までこの歌に心をひっぱられる。
 エアポケットと言われる中にも、こんな清々しい名曲がひっそりと野花のように咲いているということは、あらためて吉田拓郎を誇らしく思うポイントでもある。

2016.2/20