恋唄
作詞 松本隆 作曲 吉田拓郎
アルバム「ローリング30」/アルバム「一瞬の夏」/DVD「TAKURO YOSHIDA IN BIG EGG」/ DVD「TAKURO & his BIG GROUP with SEO 2005 」
すべての恋するものの味方として
この作品は1978年11月発売のアルバム「ローリング30」に収められたが、名作・大作目白押しのこのアルバムの中では、当初はひっそりと地味な印象だった。しかしこの作品が拓郎の大のお気に入りであることは、御大自らが何度も語っていたから間違いない。
初めてライブ演奏されたのは、1989年の東京ドームをラストに置いた「ひまわり」ツアーだったが、2005年瀬尾一三をバンマスとしたビッグ・バンドとのツアーでは、とうとうコンサートのオープニング曲へと異例の大出世を果たした。「一曲目は絶対当たらないでしょう」という拓郎の自信のとおり全くの想定外の選曲でファンを驚かせた。
このビッグ・バンドでの演奏もスタジオライブアルバム「一瞬の夏」に収録されている。究極のラブソングだが、積極的な求愛ではなく、内向的で遠くから見つめるような繊細な詩。ゆったりとした海原を静かに漂うような心地よいメロディー。ビッグバンドの演奏は、そのおだやかさの上に、どこか壮大さも湛えたゴージャスな演奏に仕上がっている。
しかし、迷うところだが、やはり「ローリング30」の原曲がベストテイクではないか。まるで繊細なガラス細工のようなその仕上がりの美しさと言ったらない。拓郎のボーカルもミュージシャンたちの演奏も美術工芸品を扱うように、細心の配慮をしながら、ていねいに、ていねいに作り上げようとしている息遣いが伝わってくる。
興醒めしてしまうネタかもしれないが、この詞は松本隆がとある女性シンガーを思って書いた詩といわれる。「あなたの舌足らずな言葉たち」にもそのことが覗く。同じアルバムの名曲「無題」に、当初彼女の名前が仮題だったともいう。「切なげな眉の線」「肩までの夏の服」「細い腕の逆さ時計」飛び越えていけない壁の向こうから逡巡する、だからこそ思いが溢れかえるような言葉が煌めく。確かに御大のラジオにもよく二人揃ってゲストに出演してたりしたよな。
ええっと別に松本隆のことはいいのだ。大切なことは、松本隆の恋心に美しいメロディーをあてがい、優しく歌い上げる御大の心意気にこそある。中学生で言えば「吉田、オレあの娘が好きなんじゃ」「よしわかった応援しちゃるけん」という心意気に近いのではないか。…違うか。しかし、いつだって拓郎はすべての恋する人々の味方なのだ。
それにしても 松本隆の思いのこもった詞が書かれ、その場で拓郎が曲をつけ、隣接するスタジオで待ち構える石川鷹彦、島村英二、徳武弘文、エルトン永田、石山恵三らミュージシャンが音に紡いでいく。そのシチュエーションそのものが実に感動的でないかい。この作品たちは、まさにロックウェルスタジオの奇跡なのだと思う。間違いなく音楽の神様があそこに降りてきていたのだと思う。特にこの作品なんかはホントにキラキラと天から何か降ってきているのが見えるように美しい。このスタジオも拓郎の聖地のひとつとして伝えられるべきだ。それがダメなら世界遺産に指定してもいい>ってそっちの方がはるかにムツカシイか。
2016.7/2