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こっちを向いてくれ

1972年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「元気です」/アルバム「みんな大好き」

困った距離感を回り続ける男女

 1972年発表の名盤「元気です」の一員であるこの曲。今にも泣き出しそうなギターのイントロのあとに唐突に拓郎は例の早口・字余りで歌い始める・・・・ 「一緒になれないからといって愛していなかったなんて泣いたりするのはとても困るんだ」 拓郎もこの詞の出だしの見事さに感嘆したという。しかも歌のテーマがこの出だしにすべて結晶のように凝縮している。作詞家の定石を無視した岡本おさみだからこそ書きえた詞か。
 およそ歌というのは「求愛」か「失恋」か「別離」のどれかのパターンにあてはまるものなのだが、このような「『ちょっと待ってくれ』と言いながらひたすら困っている」という歌はかつてあったのだろうか。拓郎も「これはホントに完璧な男のエゴの歌です」と認める。「結婚」という池の周りをいつまでもぐるぐる回っているようなそんな男女の出口の見えない歌。そういう人間の持つある種の情けなさをもひっくるめて歌うという拓郎。
 サビの部分で拓郎の声がファルセット=裏声になる、このはかない歌唱も含めて、歌全体に滲み出る「困った感」。石川鷹彦、松任谷正隆らによる名演に支えられ音楽的にも哀愁ある逸品に仕上がっている。
 ところで1980年4月に拓郎が小室等と一緒になりもの入りで始まったラジオ番組「サタデーナイトカーニバル」。番組中、アシスタントの女性が、たまたまかかったこの「こっちを向いてくれ」を聴いて、感動して号泣するという事件があった。拓郎は相当に嬉しかったようだ。自信を得た拓郎は翌5月に大竹しのぶ司会のラジオ番組「音楽人間世界を行く」にゲストで出演したときに、当時の新作アルバム「シャングリラ」のプロモーション出演だったにもかかわらず、シャングリラとは無関係なこの曲「こっちを向いてくれ」を大竹に聴かせた。しかし大竹しのぶの反応は冷たく、全く無反応であっさりかわされ、こっちを向いてはくれなかった。残念だったなぁ拓郎。
 ステージでは弾き語りで歌われることが多かったが、1997年のLOVE2オールスターズとのセルフカバー「みんな大好き」では、原曲とも弾き語りともガラリと雰囲気を変えたジャジーな演奏で歌われた。拓郎のボーカルと艶っぽさと相俟って成熟した感じはなかなかの仕上がりで、この「みんな大好き」の中では、数少ない成功曲の一曲になっている・・と個人的には思う。
 「男のエゴ」と言い切った拓郎は、約10年後に「情熱」という作品で、今度は自分自身の詞で、同じシチュエーションの男の心境を説明しようと試みた。いや、「情熱」が、「こっちを向いてくれ」と関係があるのかどうか、また試みたのかどうかもホントのところはわからないが。「一緒になれない」理由を歌う歌詞に拓郎自身の「理想」と「現実」が垣間見えるが、それは「情熱」参照。

2015.12/12