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君の瞳に入りたい

1986年
作詞 安井かずみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「サマルカンド・ブルー」

悪ガキテイクと坊ちゃんテイクの間の咆哮

 何度も言うが「サマルカンドブルー」は、クリエイトをすべて加藤和彦・安井かずみに任せて、拓郎はボーカリストに徹したというイメージが強いが、作曲は10曲中7曲が拓郎自身。加藤和彦に曲を委ねたのは3曲だけだ。まごうかたなき拓郎のオリジナルアルバムだ。この作品も拓郎の作曲だが、陽気でアップダウンのあるゴキゲンなロックンロールなのにあまり省みられていない気がする。
 ネッフェルタが登場し、王家の谷魔、アクロポリス、蓮の花びらふりまく魔術と詞の世界は、異国の間をドラマチックに飛びまくる。そしてライブ73から15年。天才ギタリストとして成熟して熟練した高中正義のギターは、時間・空間を移動するかのようなドラマを実に巧妙に彩る。「高中いいねぇ」と拓郎もしみじみと語っていた。
 御大のボーカルはどうか。このアルバムのテーマは、安井かずみいわく「最後の雄ライオン」。加藤・安井は、雄ライオンの咆哮のようなボーカルを拓郎に求めた。タイトル曲の「サマルカンドブルー」はその最たるものだ。特にこの作品は、詞の内容からすると、ライオンに加えてエジプトのわがままな絶対君主という王様感までが求められているようだ。
 このワイルドなボーカルについては当時から賛否があった。「何が何でも拓郎最高」というポリシーで作られていた「シンプジャーナル」。その大越正美編集長も、「サマルカンド・ブルー」の凄絶なボーカルを聴いて「なんだこりゃ」と声を上げたほど。拓郎のワイルドなボーカルはいいのだが、なんつうか、これは作為的すぎるのではないか、ちょっとやりすぎではないかという気がする。
 この作品に関してはスレスレOKか。レコーディングの時のレポートにこの曲の歌入れの時の様子が載っている。加藤和彦が拓郎に対して「最初は”坊ちゃんテイク”、その次は”悪ガキテイク”でお願いします」と指示を出している。あれこれ拓郎のボーカルの様相を変えて試している様子がうかがえる。さしづめ収録されたのは悪ガキテイクではないかと思われる。厳しいのは、一番最後に悪ガキ風に拓郎の「イェエエエ」という掛け声が入る。悪ガキを意識したのだろうが、二日酔いでリバース直前という叫びにしか聞こえない。すまん。
 もっとナチュラルな感じのボーカルで良かったのではないか。そういう意味では「坊ちゃんテイク」も是非聴きたい。たぶん、それでも十分に拓郎はライオンだろうし、王様感は横溢しているはずだと思うが。この曲は一度だけ1988年のSATETOツアーで演奏された。この時のボーカルはとてもナチュラルで良かったが、今度は演奏の方が全体に平板なものでレコードほど表情豊かで縦横無尽なノリが感じられなかったのが残念だった。ご機嫌な一篇だが、諸要素が揃わずに封印されているかのようだ。

2015.10/25