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君が好き

1973年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「よしだたくろうLIVE'73」/アルバム「豊かなる一日」

歌唱・演奏の全開放と野兎の草笛

 名盤「よしただくろうライブ73」に初めて針を落とし、この作品のイントロでビッグバンド全開の一撃を受けた時はびっくらこいたものだ。まるで黒船がいきなり大砲を撃ってきたかのような衝撃だった。フォークじゃないじゃん。吉田拓郎は、かねてから管弦を入れたビッグバンドの演奏で歌うことを夢見ていたという。その夢がかなった総勢約30名に及ぶビッグバンド。そのパワー全開のぶ厚いロックンロール。その激しい演奏とせめぎあうような拓郎のシャウト。 素晴らしい。ああ、もう賞とか勲章と殿堂入りとかなんでもいいから授与しろよ。
 うねるようなギターを弾く高中正義、松任谷正隆は二十歳そこそこ、拓郎も瀬尾一三もそしてこのコンサートを企画・製作したユイの後藤由多加らスタッフもみんな二十代の半ばだった。そんな若者たちが、よくこんな音を実現させ、また残せたものだ。間違いなく音楽の神様が、演奏させ残した音なのだと思う。
 特に、この作品はのポイントは「間奏力」だ、聴いている者の魂をグイグイと突き上げてくるようにたたみかけてくる演奏が一大展開する。ライブ73に限らず、間奏で、バンドが思い切り砲撃を打ち合うような合戦が始まり、そこにバンドのパワーを結集してゆく。この間奏は、座っていた観客の腰を浮かせ、また徹底的に打ちのめす。79年には、ここに島村英二の強力なドラムソロがインサートされ観客をあおり倒したことも忘れられない。
 このド迫力の演奏とシャウトに一番驚いているのは、喫茶店でトーストをかじっているオッサンと草笛を吹き鳴らしている野ウサギではないか。岡本おさみの詞だけを読むとどこか退廃したような静けさに満ちた世界だ。野ウサギの吹き鳴らす草笛。草笛吹くのか野ウサギ・・と思っていたが友人によれば、野ウサギの泣き声は草笛のように甲高い音らしい。ともかく繊細な詞である。岡本おさみは、直接この作品についてではないが、自分の詞と拓郎の関係についてこう述懐する。
 「拓郎のメロディーと肉声は言葉の静けさに乱入し、内に外に感情をぶつけて、腹の中から絞り出すように歌う。鉛筆画に原色の油絵具を勢いにまかせて塗りたくられているようだった。」
 まさにそうだろう。岡本氏はやがてそれが「快感」になってきたという。おそらく言葉の字面は、静かで退廃しているようでも、たぶんその奥に秘められた岡本氏の心はたぎるように揺れており、その見えない心の叫びときちんとメロディーが呼応しているからではないか。そういう意味でも、岡本おさみと吉田拓郎は天性のパートナーである。
 これまでいろいろな場面で演奏されてきたが、やはり出自がビッグバンドなだけに、最近では、2003年の瀬尾一三とビッグバンドの演奏が圧倒的に素晴らしい。この時は肺がん摘出からわずか数カ月の拓郎がこの歌を歌いきってシャウトしたことにも大いに驚いたものだ。もはや鉄壁のスタンダード。

2015.10/25