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花酔曲(静)

1972年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎   
シングル「おきざりにした悲しみは」

花に酔ったら、その時泣こう

 洗練されたメロディの美しさが光るこの作品は、吉田拓郎のメロディメーカーとしての天賦の才を証する好個の作品だ。朝日ソノラマのソノシート「真夏の青春‘70」に収録され、「オンステージ第2集」でも演奏されている。公式デビュー前に、既にその才能はフル稼働の全開でクオリティの高いメロディーが身体に溢れていたことがわかる。

 「静(しずか)」と題され、上記のバージョンはいずれも弾き語りで歌われていたが、このメロディー展開と曲の構成からすると、作ったとき既にフルバンドの演奏が拓郎の頭の中で鳴っていたに違いない。決してフォークギター一本という感じで作られたものではないと思う。

 その意味でこの歌が本当の生命を得たのは、1972年の"おきざりにした悲しみ"はのB面に、柳田ヒロのアレンジで"花酔曲"という新タイトルで収録された時ではないか。この演奏のキーボートの美しさ、心地よさといったらない。無駄な力がどこにも入っていない快適さ。おだやかな気分に誘ってくれる。この名演奏に支えられて、メロディーが持っていた本来の美しさが柔らかく羽を広げるているかのようだ。
 この絶妙な演奏で歌える快感からか、拓郎のボーカルはどこまでも繊細でやさしい。間奏で拓郎からつい洩れる「all right!!」の掛け声もたまらない。かつてカラオケの間奏でこの掛け声までがちゃんと歌詞テロップで出ているものがあって驚いたことがあった。
 これほどの名曲と名演が、シングルのB面という裏道にひっそりと息づいているのが吉田拓郎だ。だから凄いのか、だから困ったもんなのかわからない。かくして"B面名曲伝説"の一角をなすことになるである。
 まさしく路傍に咲いた一輪の花のようでもある。その美しさに気づいてしゃがみこむファンも少なくない。悪く言えば"拓バカ"、良く言えば"拓郎ツウ"である。その意味で、2014年に川村ゆうこがカバーしたこともナイス・チョイス!!と快哉を叫びたい。

   詞は、深夜の街の静寂の中で愛を確認する大人のラブソング。しかし、最後になると"ああ、生きている もつれ合いもがきながら今日もまたどこかで息づいている命"…まるでナレーションのように客観的なスタンスになってしめくくるのもユニークだ。
 また1974年、拓郎のオールナイトニッポンに浅田美代子がゲストに初めて出演した時、つまりは二人の初対面の時、拓郎はこの「花酔曲」の詞を浅田に朗読させている。本人も自信作だったことが拝察される。勝負に出たのだな、むはは。

 ライブでは滅多にお目にかからないが、伝説のつま恋75でオープニング「ああ青春」に続く2曲目だったことを忘れてはならない。あの歴史的大舞台の「つま恋」である。6万人の熱狂大歓声の中「ああ青春」をうわずりながら歌った拓郎は、これまた伝説の「朝までやるよ!」の激を飛ばし、観客のボルテージはマックスに。そこで歌われた二曲目がこの"花酔曲"だ。名曲であるが、こんな場面で登用する曲だろうか。拓郎は無理、無理シャウトしながら盛り上げようとしていたが、やはり、この場面じゃないだろう。といっても拓郎もまさかこんな怒涛のライブになっているとは予想だにしていなかったことが窺えて面白い。穏やかな夏の夕暮れの野外ステージで名曲をしっとりと聴かせるつもりだったのだろう。その反省からか、篠島ではオープニング「ああ青春」に続く2曲目は「狼のブルース」で、火が付いた観客をそのままロックンロールで引きずり倒した。

 このまま埋もれることなく、いつかどこかで再び咲き薫ってほしい可憐な花である。

2020.1.8