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悲しい気持ちで

1977年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「大いなる人」

闘う社長放浪記

 1977年11月発売のアルバム「大いなる人」に収められたメッセージソングだが、どこか地味。アルバムの背景も関係しているのか。このアルバムの当時、拓郎はフォーライフの社長として会社再建のため人員整理に、地方営業にと厳しい仕事に忙殺されていた。この年のアルバム「ぷらいべえと」と「大いなる人」には、その辛さと苦悩が微妙に影響している。これらの作品群を「吉田拓郎の社長シリーズ」と呼ぶことにする。勝手に決めるな、森繁か。
 特にこの作品には、まさに「悲しい気持ちで」拓郎が慣れない仕事に苦しんでいる日々の悲しみが窺えるような気がしてならない。「待つ気になれば明日まで待てる 悪い日がそうそう続くものか」・・・なんかいきなり悲しい。
 しかし仕事社会の悲哀の中に投げ込まれた拓郎の気持ちが窺える貴重な作品かもしれない。ただこのメロディは秀逸だし鈴木茂のアレンジも気品があり、音楽的仕上がりは素晴らしい。音楽のクォリティにまでは苦悩を引きずらない拓郎は魅力的だ。特にメロディーは、成熟した安定感がありながら、その展開が心地よい。特に「幸せと不幸との紙一重の谷間・・・」との言葉がスウィングしながら立ち上がっていく感じがイイ。
  当時、フォーライフの社長として新人売り出しプロモーションのために、社長が全国行脚するコンベンションツアーというのがあった。ツアーといってもコンサートではなく、レコード店や地方の業界のオヤジたちに頭を下げに行くのだ。地元の業界の社長オヤジたちに頭を下げ、スナックの接待でカラオケの伴奏させられている写真が週刊誌に載った。頭を下げる拓郎に「社長ごっこは面白れぇか」「オレらが苦労してレコード売って潤うのはアンタだろ」とオヤジたちは露骨に拓郎に嫌がらせを浴びせたらしい(フォトブック「大いなる人」インタビューより)。「気取って見せよう 今日一日のことなんだから」「立ち上がるときは明日かもしれぬ」「待つときもあるさ」ひたすら理不尽さに堪え我慢する拓郎の姿が歌詞の中に滲む。これは社長ごっこなどてはなく、御大が本気で挑んだ戦いだったのだということをせめてファンは意識したい。
 しかしある日、拓郎は我慢の限界「おいアンタこそ、その手の“ゴルフだこ”。ゴルフ三昧で優雅なもんじゃねぇか」とレコード店業界のオヤジにキレて、大ゲンカになりプロモーションどころじゃなく不買運動になってしまったという逸話もある。それでこそ拓郎。堪える歌詞の中に「何を探してる魔法の杖かい?足元の石ころでも拾え」チラリと覗く拓郎っぽさがやはり魅力だ。拓郎の当時の苦労を偲びながら、今置かれているそれぞれの苦境を思い浮かべて聴き直してみたい作品だ。

2015.12/5