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隠恋慕

1978年
作詞 松本隆 作曲 吉田拓郎
シングル「舞姫」

雲の切れ間の光が照らすB面

 こんな名曲がアルバムに入らず、シングル盤のB面にひっそりと佇んでいる。これが吉田拓郎である。シングルCDも入手困難になってしまうと、ほぼお蔵入りに近い状態になる。かくしていわゆる拓郎B面伝説に殿堂入りするのだ。
 この拓郎の本人の無頓着さ・商魂の薄さが、時にファンをヤキモキさせたり、時に清々しく誇りに思わせたり、ファンの心をあちこちに揺さぶる。
 1978年4月期の日本テレビの宇津井健主演のホームドラマ「たんぽぽ」の主題歌だった。当時、新譜ジャーナルで吉田拓郎のドラマへのゲスト出演の噂があったので毎週観ていた。出やしなかったが。主題歌のバックの映像に本当に路面電車が走り、船場の川の情景が映し出され、歌詞とマッチした情感ある使われ方をしていた。当時そこそこの人気ドラマだったと思うので、主題歌としてA面で出すのが定石のはずだが、商魂の薄い拓郎は敢えてB面にしたというか、むしろ「舞姫」をA面にしたかったのだと語ってもいた。
 「隠恋慕」・・・この漢字のアテ時は、なんとなく場末のスナックとかにありそうだし、ヤンキーの「夜露死苦」とかいう例の漢字フレーズを思い出してしまうが、そんなハンデにはビクともしない名曲だ。
 管弦から入るしっとりとした演奏は拓郎には珍しい。こういう歌謡スタンダードな演奏は拓郎には意外と少ない。いつものようなワイルドなボーカル、ワイルドな演奏をあえて抑え込み、よそ行きの礼服ようなスタイルを感じる。その演奏に乗せて、耳元でささやくような低い拓郎の歌声が滑り出す。この陰影のある歌い方がうまい。少し陰にこもったような歌が続き「正直すぎる男が優しすぎる女の」のところから、拓郎のボーカルとメロディーが立ち上がっていく感じがまたいい。まさしく「雲の切れ間の光が照らす」ように、曇り空に光が一条さすかのような感じがたまらん。最後の「好きと言えずにぃぃぃ」に至っての達成感ある締めも見事だ。松本隆の詞も実に見事だが、そこに生きた感情がこめられ、ドラマを展開していくようなメロディー展開が素晴らしい。吉田拓郎の技のようなものを感じさせる逸品だ。
 2011年のフォーライフのベストCDでは、ようやくB面シリーズの一環でこの作品が収録されたようだ。遅い。それまで無駄なベスト盤を何枚も作っておきながら、遅すぎだ。

2015.9/27